第217話 防具
「――ようやく防具も形になってきたね」
そうしみじみと呟いて、僕は目の前にある立派な鎧兜を眺めている。
白銀に輝く全身鎧だ。リビングアーマーほどデカくゴツくはないが、胴体を守る装甲は厚く、兜、籠手、具足、と全身あますところなく守りを固められている。
このようやく完成した全身鎧の試作型は、正にみんなの努力の結晶だ。
探索部隊が集めてきた金属素材に、レムが採掘してきた光石。それらを姫野さんが簡易錬成陣の手作業で下ごしらえして、さらにそこから蘭堂さんの鉄鉱錬成で上質な光鉄素材である『銀鉄』へと仕上げる。
揃った材料は、委員長の監視の元で『賢者』小鳥遊が製作。やはり委員長の目があればそうそうサボれないようで、今までにないほど順調に全身鎧が仕上がった。オメーやっぱり今までサボってたんじゃねーか。
「ふぅー、疲れたよぉー、小鳥もう今日はお仕事できなーい」
「お疲れ様、小鳥遊さん。早めにお風呂も入って来ていいよ」
「ほんと? やったーっ!」
「上がったら、コイツの改善と次の製作に入るから」
「小鳥、今日はもうお休みだもーん!」
などと叫んで、社長命令を聞こえないフリして小鳥遊は逃げて行った。
まぁいい、後で委員長に引きずってきてもらうから。
「あんなクソ賢者のことより、まずはコイツの試着からだよね」
「桃川、お前の小鳥遊に対する態度、レイナちゃんより酷くねーか」
「なに言ってるのさ上田君、こんなにホワイトな待遇で迎えているっていうのに」
頻繁に殺意を覚えるのはレイナと一緒ではあるけどね。
「それで、着た感じはどう?」
まずは鎧の試着である。形としては仕上がっているけれど、これを来て実際にどこまで動けるのか検証しなければいけない。
栄えある試着モデル一号は、『剣士』上田にお願いした。
「うーん、カッコいいけど着心地はよくねーな。フツーに動きずらいし、重いし」
「鎧だからそれはしょうがないんじゃない?」
「正直、この感じだったら着てない方がマシだわ。これじゃあ避けれる攻撃も避けられねーよ」
なるほど、多少の防御が上がったくらいでは、回避率下がる方がメリットを上回ると。
「軽量化したらどうかな?」
「限度あんだろそれも。元々、俺らは制服一枚で戦ってきたんだから、他の奴らだって基本、攻撃は避けるようになってんだろ」
「そうか、バトルスタイルもそういう風に慣れてしまったと」
「まぁ、手足くらいならいいんじゃねーか?」
「兜はどう?」
「頭を守れるのは安全かもしれねーけど、なんつーか、被ってると気配を感じにくいっていうか」
「頭は出ている方が、周囲の察知力も高まるのかな」
「多分、そんな感じだ。これは他の奴も同じだな」
うん、なかなかためになるレビューをありがとう。これは早速、改善しなければ。
「いやぁ、まさか兜と鎧のほとんどが無駄になるとは」
「まぁ、しょうがねーだろ。鎧の方は、山田にでも着せとけばいいんじゃねーの?」
「そうだね、それ採用」
回避よりも防御メインなのは『重戦士』山田だけ。彼のバトルスタイルなら、単純に防御力を上げられる全身鎧もフルに恩恵を受けられるだろう。
良かった、みんなの努力の結晶の全身鎧は無駄にならなかったよ。
翌日は、夏川さんを試着モデルとしてお呼びした。
彼女とは晴れて協力関係を結んでいる手前、こういうことも気兼ねなく頼めるよね。
「どう、夏川さん?」
「うーん、ちょっとゴワゴワする」
今回、彼女に着てもらっているのは金属製の鎧ではなく、魔物の革や毛皮を利用した装備である。
ほぼ全身を覆えるコート型、上半身だけのベスト型、あとは手袋にソックスと、色々と用意はした。
これらの品は、前々から僕が隙間時間でコツコツ作っていたものだ。光鉄系の素材を錬成で自在に操るには、僕の簡易錬成では難しいけれど、魔物素材はそうでもない。いつもの蜘蛛糸で衣類を作るのと同じような感じで作成できる。
「動きはどう?」
「着心地がもうちょっと良くなれば、大丈夫だと思うな」
「良かった、それなら微調整で済みそうだよ」
金属の鎧兜に比べれば、レザー装備は防御力ではずっと劣る。しかし、魔物の耐性をそのまま反映できるので、火や雷などに対する守りにはなるのだ。
ヤマタノオロチは現在確認できているだけでも、火、雷、氷、と異なる属性のブレスをぶっ放していた。全部とは言わないまでも、一種類だけでも耐性を上げられるのならば、それに越したことはないだろう。
「できればもうちょっとカワイイデザインになればいいかな」
「そこは蘭堂さんと相談してみるよ」
僕が作ったので、素材の性能を引き出す重視のデザインになっている。良く言えばワイルド。火耐性のある厚手の革ジャケットを着こんだ夏川さんは、実に賊っぽい出で立ちだ。
「これじゃあ何か、悪い盗賊みたいで嫌だなー」
「そもそも良い盗賊なんていないけどね」
良いヤクザ、みたいな矛盾感である。アウトローのくせに正義まで求めてんじゃねーよ、甘えんな。
「とにかく、ちゃんとカワイクして! あと、インナーとかもあった方がいいかも」
「なるほど、着こむことばっかり考えてから、盲点だったよ」
薄手の素材だったら、十分にインナーとしていけそうだ。砂漠エリアでレムが採掘のついででとって来てくれた、黄色い電気ネズミのモンスターの革なんか、いい感じのシャツにできそうだ。
そうして、試着を繰り返してブラッシュアップを続けた結果、ようやく全員分の防具を用意するに至った。
『銀鉄の籠手・具足』:すでに剣などで実用化していた銀鉄を防具に使用。籠手と具足なら誰でも邪魔になるほどではない、とのことで前衛組みはほぼ全員これを装備している。
『銀鉄の小盾』:左手に装着する銀鉄製のバックラー。上田が装備することになった。鎧は重くて邪魔になるが、小型の盾くらいなら扱いに問題はないので、せめてもの防御アップとして用意した。
『銀鉄の円盾』:左手に装着する銀鉄製のラウンドシールド。中井が装備。上田と理由は同様で、パワー的に通常サイズの盾でも扱えるので、円盾になった。
『銀鉄の大盾』:銀鉄製のタワーシールド。山田が装備。防御重視の重戦士なので、大型の盾が最適だ。メイちゃんの大盾に次ぐ頑強さと重量を誇る。
『銀鉄の鎧兜』:最初に作成した試作型の全身鎧を、山田用に改修した一品。可動域を広げるために装甲を減らした部分もあるが、ぶ厚い装甲は確かな防御と重量を与える。全身に鎧を着こむことになったのは山田だけなので、実はクラスメイトの中で一番派手な見た目になった。
『黒鉄の籠手・具足』:銀鉄よりも重いが、より強固な金属である黒鉄製の籠手と具足。クラスメイトの中でも最大級のパワーを誇るメイちゃんが装備する。彼女も機動性を理由に、鎧の装備は見送っているので、手足の装甲のみとなった。それにしても、やけに刺々しい悪役チックなデザインである。狂戦士の防具に相応しい一品だ。
『ウルフベスト』:黒い毛並の狼男騎士の毛皮を用いて作られたベスト。鎧は邪魔だけど、毛皮のベストくらいなら大丈夫だ。多少の防御力と、地味に各種属性への耐性を持つ。襟首にあしらった白いファーは蘭堂さんのデザイン案。上田と中井と下川が、仲良くお揃いで装備している。
『牛革ジャケット』:ミノゴリラの革で作ったジャケット。性能はウルフベストとどっこいといったところ。ジュリマリコンビが装備。
『バンデッドダウン』:デカコッコの羽毛で作られたダウンジャケット。防御力はウルフ、牛革、どちらにも劣るが、属性耐性が高め。あと凄い軽いので、速さが命の『盗賊』である夏川さんの専用装備となった。蘭堂さんと相談して、ワルっぽさが出るようなデザインで仕立て上げた自信作。
『グランドボアコート』:下川達が無人島エリアでサバイバルしていた頃に捕まえて食べた『土猪』という土属性魔法を使う猪の毛皮で作ったコート。土属性魔法を使う際に補正効果が得られることが判明したので、蘭堂さんの専用装備として製作。なお、自分のコートということで、相当に気合いを入れてデザインされている。お蔭で、蘭堂さんも満足がいくファッショナブルなコートとなった。結構、色んな素材をつぎ込んだ高級品である。
『ギリースーツ荒野仕様』:お馴染み僕お手製のギリースーツシリーズ第三弾となる、ヤマタノオロチの巣に適応した色合いの偽装用マント。ただし、これを着るのは僕ではなく小鳥遊である。戦闘において役立たずな賢者なので、下手に目立ってガーゴイルからもヘイトが向けられないよう、黙って隠れられるようにするための装備だ。本人は物凄く嫌そうな顔をしていたが、だったら前線に立ってヤマタノオロチとやり合うか? ああん?
『薄氷のローブ』:蘭堂さんのコートと同じように、その属性の魔術士専用の装備。名前の通り、氷魔術士用で委員長が着る。特に氷属性のモンスターはいなかったが、彼女の『氷結錬成』によって作り出される『氷結晶』を錬成することで、氷属性魔法に補正が得られる効果を宿すことに成功した。
『レザーブーツ』:いつまで上履き履いてるんだよ僕達は……ということで、一刻も早い製作が求められていた靴である。完成まで時間がかかったのは、材料が揃わなかったのが原因。革は魔物素材でいくらでも調達できたのだけれど、靴底に使うゴムがない。無人島エリアにいるトレントみたいな植物系モンスターがどうやらゴムの木ベースだったと判明したことで、ようやく原料の入手に成功。しかしその後は、ゴムの精製は完全に小鳥遊の錬成頼みであった。やはり賢者の錬成能力は格が違うね。ともかく、待望の新しい靴の完成だ。
『レザーグローブ』:靴に比べて需要は低い、けど欲しい人は欲しかった手袋である。僕は剣を振り回すワケじゃないけど、貧弱な手の保護の為に地味に欲しかったが、自分の簡易錬成だけじゃイマイチな出来だったので、小鳥遊のいる今になってようやく実用化に成功だ。
『呪術師専用グローブ「カースドヘキサ」』:いいよね、専用装備。自分の立場にモノを言わせて、僕は専用のグローブを作った。ベースはレザーと同じだけど、小学生男子憧れの指ぬきタイプとなっている。さらに、手の甲には魔法陣『六芒星の眼』を刺繍した。これによって、手を起点として呪術を使うと効果が上がる……ような気がする。
『タフネスシャツ』:下着として使えそうなほどに柔らかく、かつ丈夫な皮素材で作ったシャツ。少しでも防御力を稼ぐためのインナーで。ほぼ全員が装備している。
『クリスタルシャツ』:砂漠エリアの初探索で遭遇したレアモンスター『クリスタウルス』の光り輝く皮で作ったシャツ。防御力は勿論、僅かだが魔力に対して様々な補正が働く効果がある。一体分の素材しかなかったので、全員の分は用意できなかった。なので、防御が貧弱にならざるをえない魔術士クラスのメンバーに与えられている。
おおよそ、こんなところである。
専用防具がない人は、その分、優秀な性能のアクセサリーを持たせるなどをして平等を期している。誰が何を装備するか、というのもちゃんと学級会を開いて、不満がでないよう話し合ったものだ。
もっとも、全員が平等ではなく、その能力と役割とで優遇措置なんかも当然、でてくる。たとえば、探索部隊が奇跡的に発見した『生命の雫』だとか。
話し合いの末に、この破格の回復効果を持つマジックアイテムは、蒼真君が装備するに至った。まぁ、戦力の中核だから当然でもある。僕としてはメイちゃんに持たせたかったけれど、それでは私情が過ぎるというものだ。
ともかく、装備も揃った。みんなの実力も上がった。
「――そろそろ、挑んでみる時期かもしれない」
ヤマタノオロチ攻略に向けての準備は、少しずつ、けれど着実に進んできた。そして、それは最低限、挑むに足るラインにまで達しているはずだ。
「と、僕は思うんだけど、どうかな、みんな」
「いよいよ、ということね」
「ああ、挑むには、いい頃合いかもしれないな」
「好きにしろよ」
それぞれ割と前向きな意見をくれるのは、委員長、蒼真君、天道君である。
今回の話し合いは学級会ではなく、僕含めて四人だけ。クラスにおける代表的な立場にある面子のみを集めて、事前の意見調整といったところ。内密の話なので、場所は学園塔5階の密会部屋である。
「蒼真君から見て、前衛組みでヤマタノオロチの頭は相手できそう?」
「一人ならまだ厳しいだろう。二人で何とか、三人以上揃えば安定するはずだ」
いいね、最初の頃なら何人束になってもブッ飛ばされるのがオチだったのに。ヤマタノオロチに挑む実力に達したと言える。
「ただし、それは頭一つだけの場合だ。二つ以上になったり、ブレスの乱射状態になれば退くだけで精一杯だろう」
「流石にそこまでは、まだ求められないね」
いくらリポーションの実用化で回復手段が充実したとはいえ、即死級の攻撃を食らえばお終いだ。あの巨大な頭に潰されれば地面のシミだし、ブレスが直撃しても消し炭である。
「それで、桃川君、勝算はあるのかしら」
「ないよ」
あっけらかんと言い放つ僕に対して、委員長は何とも言えない表情に。蒼真君はふざけんなとでもケチをつけようと口を開きかけた……ところで、思い直したように僕へと聞いた。
「何を考えている、桃川」
学園塔生活では、それなりに蒼真君とは一緒に色々とやってきたものだ。彼としても、僕の言動に少し慣れてきたといったところだろう。
少し前だったら、無策で突撃させて俺達を殺すつもりか、などと的外れなキレ方をしていただろうに。
「ヤマタノオロチを相手にする最低限の準備は整ったと思う。けれど、決定的な攻略の糸口はまだ見つからない。だから、今回の戦いは討伐が目的じゃない」
絶対に倒す覚悟がなければ挑めない、というシステムでもないし。そもそも、最初は僕らも様子見でちょっかいかけてきたものだしね。
ヤマタノオロチは決してあの場からは動かない。特別な動きは、いまだに一つもない。僕の分身の監視を今の今まで続けていても、不気味なほどに沈黙を保っているのみ。
ボスに変化はない。ならば、あとはこちらからのアプローチ次第ということだ。
「今の僕らがどこまで通じるか。それと、仮設段階の攻略法を確認するための調査。どっちも合わせて、今回の戦いで確かめたい。要するに、総合演習ってところかな」
「なるほど、いいと思うわ」
「俺も、色々と奴のことは探ってみたいと思っていた」
「好きにしてくれ」
よし、全員の承認が無事にとれたぞ。
「それじゃあ明日、挑んでみようか」




