第216話 中堅の実力
思えば、僕が『暗黒街』のエリアに来たのは初めてのことである。誰もが初見だった砂漠エリアには足を運んだものの、すでに攻略経験者のいるここには、わざわざ訪れる理由というか、機会がなかった。
色々と準備で忙しかったのもあるし、僕はそもそもダンジョン探索メインの活動ではなかったし。
そんな僕がこの度、初の暗黒街デビューと相成ったのは、蒼真道場での修行の成果を確かめるためである。勿論、みんなの方であって、断じて僕自身ではない。
「見えたっ――『一撃穿』ぉ!」
野々宮さんの鋭い槍の武技が、黒い狼男の騎士を貫く。
繰り出された穂先は、鋭い犬歯が生え揃う獰猛な口中に真っ直ぐ突き刺さり、そのまま頭部を完全に貫通させる。まさに、クリティカルヒット。
「遅ぇんだよ――『強大打』っ!」
もう一方の芳崎さんは、力強く振るわれた斧の武技で、同じく黒い狼男騎士の胴体を薙ぐ。
厚い鋼鉄のプレートで覆われた体だが、半ば以上まで一気に切り裂き、大量の血と臓腑とが吹き出す。最早、回復は不可能な致命傷である。
「よっしゃあ、勝った!」
「もしかして、アタシらめっちゃ強くなってない?」
自画自賛じゃなくて、実際に強くなってるよ、芳崎さん。素人みたいな僕の目から見ても、以前とは動きが違うのが分かるくらいだからね。
「二人とも、よくやったね。確実に強くなっているよ」
と、蒼真師匠も認める上達ぶりである。
今回、相手にした黒い毛並の狼男の騎士は、あのリビングアーマーに匹敵する強さを持つ魔物だ。防御力ではアーマーの方に分があるけれど、その俊敏な機動性と攻撃性は狼男の方が上だろう。
学園塔に来たばかりの頃の二人なら、二人がかりで狼男騎士を何とか倒せるか、くらいの実力であった。それが、今では余裕をもってサシで勝てるのだから、その実力の上がりっぷりが分かるだろう。
「蒼真流の教えってホントに役立ってんの?」
「さぁ?」
「よく分からんねーわ」
「……二人とも、無意識レベルでちゃんと身についているよ」
そういうことに、しておいてあげよう。
「本当だ。二人は理屈で覚えるよりも、体で覚えるタイプだから。そういう天才肌の人は、自分で術理を使っていることを実感しにくいものなんだ」
「なるほど、僕とは真逆のタイプだね」
びっくりするほど僕には剣の才能なかったよ。蒼真師匠のお墨付き。
「つってもさー、やっぱ中嶋が凄くない?」
「うん、あんな強くなるとは思わなかったわー」
修行によって最も頭角を現してきたのは、やはり中嶋陽真だ。
そんな彼は現在、ジュリマリコンビ同様に、狼男騎士を相手に戦っている。ただし、一体ではなく、随伴で二体の狼男がついている。
「ヴォアアアッ!」
大きな斧を振り回す狼男を前に、中嶋は小さな呼気を漏らしつつ、紙一重で回避を成功させる。
「ウォガァアアアアアッ!」
その後ろをもう一体の狼男が槍で狙って来る。
だが、背後を見もせずに、舞うように華麗に身を翻し、その穂先をかわしてゆく。
「よし、今だ」
そして、二体の攻撃をよけきった先には、ハルバードを構える狼男騎士が立っていた。
「ヴォッ!」
「ウガッ!」
騎士に相対する中嶋の背中を、今度こそ突くべく二体の狼男はすぐに動き出す――いや、動けない。
二体の足首が凍り付き、びったりと地面に張り付いているのだ。
中嶋は二体の攻撃を避けつつ、それぞれの足元にカウンターを食らわせていた。左手に握る氷の短剣『クールカトラス』の氷魔法によって、狼男の足を氷結させていた。
下級攻撃魔法と呼べるほどの威力にはなっていない。ほんの足先を凍らせただけで、狼男のパワーをもってすれば、すぐにでも砕いて振り解くことができるだろう。
しかし、その僅か数秒間の足止めができれば、中嶋には十分であった。
「剣崎流――『乱れ裂き・椿』」
刹那の間に描かれる輝く剣閃。中嶋の振るう二刀流、右手の『銀鉄の剣』が銀色に、左手の『クールカトラス』が水色に、それぞれ魔力の輝きを発しながら、美しく、そして鮮烈に嵐の如き斬撃を見舞う。
「グッ……ゴバァアアアッ!」
狼男騎士が、体中から血を吹き出してその場に倒れ伏す。
ただ、切られただけではない。よく見れば、その斬撃は全て関節部や装甲の薄い部位を切り裂いていることが分かる。
中嶋は何十もの連続斬撃を、全て弱点となる箇所へと命中させたのだ。
それも、リーチの勝るハルバードを装備し、かつそれを十全に扱うだけの技量を備えた、騎士に相応しい実力を持つ相手に対して。
最も脅威となる狼男騎士を仕留めれば、残った二体は消化試合だ。順当に二体を切り伏せ、中嶋は完璧な勝利を飾った。
「見事だ、中嶋」
「いや、これは全部、剣崎さんが教えてくれたことだから」
「そんなことはない。こんな短い期間で『乱れ裂き・椿』をここまで使いこなせるのは、お前の努力と才能の賜物に他ならない。誇っていい、お前はすでに、立派な剣崎流剣士だ」
「そ、そこまで言われると照れるな、剣崎さん……でも、ありがとう」
僕なんぞが褒める余地もないくらい、存分に褒められているので、特に言うことはない。
剣崎明日那はこれまでの無様なアレコレがなかったかのように、実に堂々とした師匠面で中嶋を褒め称えている。
対して、嫉妬心から陰湿な方法で学級会騒ぎにまで発展させた中嶋は、彼女のお褒めの言葉に実に初々しい表情で照れている。
まぁ、二人とも幸せそうでいいんじゃないの? 別に、僕としてはそのままゴールインしてもらっても構わない。このダンジョンを出た後にね。
「う、うぅ……蒼真くん、聞いて、最近、陽真くんが私に冷たいのぉ……」
「そ、そうなんだ……俺には、二人の問題だから口は出せないかな」
傍から見ればなかなか良い雰囲気になっている中嶋×剣崎を見て、今更ながらにキープ君が離れて行きそうで焦りを見せている姫野が、蒼真君にすり寄っている。
「おい、桃川――」
「蒼真君はリーダーで、姫野さんはサブだから。二人でしっかり話し合いした方がいいよ」
こういう時だけ、僕を頼ろうとするのは卑怯じゃないかな蒼真君。
ちゃんとブスでも差別せずに、お姫様扱いしてご機嫌とってよね。
「さーて、収穫収穫ぅー」
狼男の騎士達を倒したので、ようやくここを漁れるよ。
この場所は暗黒街でいえば外れにあたる。蒼真君が倒したドラキュラのボス部屋が街の中心地だ。この辺まで来ると石造りの建物もかなり少なくなり、鬱蒼と生い茂る暗い森が外側に向かって続くのみである。
ここはそんな街外れであるにも関わらず、敵のエリートポジションである狼男騎士がそれなりの数で現れるスポットだ。何があるかのかと言われると、小さな砦のような建物があることくらい。
恐らく、ここは本当に砦で、狼男騎士はここの守備隊という設定になっているのだろう。
「ゲームだと大体、こういうところは何かあったりするんだよね」
「そうかー?」
「何にもなさそうだけどー」
すでに役目を終えたとばかりにダラけているジュリマリコンビを尻目に、僕はレムを連れて砦を調べることにした。
ちなみに今回のパーティ編成は、
隊長・蒼真悠斗
副隊長・姫野愛莉
野々宮純愛
芳崎博愛
中嶋陽真
剣崎明日那
桃川小太郎(双影)
黒騎士
ミノタウルス
以上である。僕が『双影』の方なのは、安全重視もあるけれど、練習も兼ねている。
最近、ようやく本体と分身を同時に動かせるようになってきた。はっ、もしかして蒼真流の修行がこんなところで役に立って……いるかどうかは、分からない。
さらに言えば、コツコツと探索部隊に同行させて運用してきたお蔭か、黒騎士とミノタウルスの主力二機も、今ではすっかり余裕で使えるようになっている。僕のレム制御力も着実に伸びているようだ。
さて、今回の主目的は修行の成果を実戦で確認することだから、ここの調査は別に重要でもなんでもない。宝箱の一つでもあれば儲けものといったところ。
あるいは、実はさらなる隠しダンジョンの入り口なんてあったりしてー?
「――うん、何にもなかったよ」
「ほらー」
「だから言ったじゃーん」
おのれ、無駄に埃まみれになって汚れただけだ。
宝箱も謎の入り口も、特に気になるものは何もない。部屋はほとんど伽藍堂だし、あってもガラクタか家具か何かの残骸ばかり。遺跡街の廃墟と似たような何もなさである。
「絶対なんかあると思ったんだけどなー」
「桃川、期待しすぎ」
「何かあってもアタシらじゃ見つけられないんじゃね」
確かに、本格的に隠蔽されていたら夏川さんでもないと気付けないか。いや、確か蒼真君もそれなり以上の感知スキル持ってたような気がするから、何も言わないことを思えば、本当に何もないのだろう。
ちなみに、蒼真君はまだ姫野さんに粘着されている。
「ねぇー、何もねーならもう行かない?」
「次はあの鎧野郎も倒してみる?」
などと、すでに次の戦いに心が移っているジュリマリの二人は、パンパンと尻をはたいて立ち上がる。
ちょうど腰を掛けていた砂袋みたいなのが詰まれた場所は、思ったよりも汚れていたようで、叩く度に白い粉が舞っていた。
「え、ちょっと待って、その粉なに?」
「さぁ」
何の興味もないといった表情だけど、僕としては気になることしきりである。
少なくとも、ただ白っぽい砂とか埃とか、そういうのではなく、本当に白い粉なのだ。
もしかして、この袋の中には全てヤバい白い粉が入っているのでは。
人目につかない街外れの砦。妙に硬い騎士の防御。まさか、そういうことなのか……?
「ペロっ――こ、これは!?」
そして、試しに一舐めしてみると、僕は全てを理解した。
「みんな、この袋を持ってすぐに帰還する! 全部持ってくぞ!」
「いや、それ無理じゃね」
「どんだけあると思ってんのよ」
「そうだよね。とりあえず、持てるだけ持って帰ろう」
何もないかと思ったが、とんでもない。僕は、凄い発見してしまった。
これは一刻も早く戻ってメイちゃんに伝えないと――小麦粉、見つけたよって。
暗黒街の外れの砦で、備蓄食料設定だと思われる小麦粉を発見した翌日。
今日はすっかりお馴染み、無人島エリアへとやって来た。
青い海、白い砂浜。
「ウギョォオアアアアアアアアアアアアアアッ!」
そして、けたたましい絶叫が今日も元気に響き渡る。
「まだこんなに叫べるなんて、タフでいいねコイツは」
目の前で苦悶の絶叫を上げているのは、晴れて実験動物として捕獲されたゴーヴである。あの夜襲を仕掛けたゴーマ村の長と思われる奴だ。
コイツには予定通り、回復実験用として、日々、傷をつけては癒すということを繰り返している。
人間だったらとっくに発狂していそうなものだけど、餌を口につきつければ食べるので、最低限の体力は維持し続けている。苦しみから逃れるために自死を選ぶよりも、生存本能の方が勝っているのだろうか。
何にせよ、実験動物として使いたい僕としては都合がいい。そのまま、あともう少しくらいは頑張って欲しいものだ。
「それで、調子はどうなの姫野さん?」
「う、うん……少しは回復できるようになった……気がする」
この非人道的な回復実験は女子にはキツいのか、あんまり顔色のよくない姫野さんが実に曖昧な返答をする。
「せめて、このリポーションと同じくらいの回復量は欲しいんだよね」
ゴーヴは桜&姫野の治癒魔法使いコンビの練習用だけれど、下川が研究開発した劣化ポーションの実験にも用いられている。
つい先日、下川的にはかなりいい感じに回復効果が出せた、と報告があり、劣化ポーションの再生計画は一応の完成をみたといえる。
名付けて『リポーション』だ。
回復効果はポーションの半分以下。だがしかし、即効性のある治癒効果と安定した生産数が何よりも強みである。
多少の手傷を負っても、リポーションで応急処置すれば速やかに戦線復帰できる。
「うん、十分な性能だ」
「グブブゥ……ムゴォオオ……」
脇腹を切りつけたところにリポーションをぶっかけて、その治り具合を観察。
魔法現象特有の発光をしつつ、青白い液体はすぐに傷口を塞ぐように固まる。実際に固まっているというより、魔力か何かで傷口を保護しているような感じだ。
魔法で傷を塞いでいるから、瞬時に止血することはできるが、魔力が切れれば保護機能は失われる。だから、ちゃんと傷そのものを再生させる効果もまたセットで必要となるわけだ。
ポーションだったら単体で傷をすぐに完治できるが、リポーションでは塞ぐだけ。傷薬Aには即効性はない。だから組み合わせて使うことで、互いの短所を補うワケだ。
基本的に傷はこのリポーションと傷薬Aの併用で治していく。確保しているポーションはいざという時に温存である。
「それじゃあ、姫野さんはこのまま自主トレってことで」
「ううー、叫び声が耳に残って嫌なのぉー」
「声が気になるなら、喉を潰しておけばいいじゃん。で、最後に治せば元通りでしょ」
「うわー、桃川君マジモンのサイコパスじゃないの」
酷いなぁ、騒音問題の簡単な解決法を教えただけなのに。
「姫野さん、ゴーマに変な情けはかけない方がいいよ」
「別に情けはかけてないけど、幾らなんでもこれはちょっと酷いなぁというか」
割とマジでドン引きした感じの発言である。
確かに、曲がりなりにも人型の生物を相手に、この仕打ち。実際、縛られているゴーヴの姿は無残極まるほどボロボロである。回復こそさせているけれど、傷痕が綺麗になるとは限らない。
もし、これと同じ真似を人間にしていたら、とんでもなく残酷無比な拷問である。
「姫野さんも、実際にコイツらがクラスメイト食ってるところ見たら、酷いとか思わなくなるよ」
「えっ……ゴーマに食われた子いるの?」
「消去法的に考えて、佐藤さんか篠原さんか、その辺りだね」
確実にゴーマにやられたというから、佐藤さんの方だとは思うけど。今となっては確証もない。分かったところで、どうしようもないし。
「今じゃすっかり雑魚だけど、コイツらが人喰いのバケモノってことに変わりはないから。人類の天敵ってヤツ? だから、ゴキブリと同じくらいの扱いがちょうどいいんだよ」
「確かにゴキブリっぽくはあるけど……」
気持ちは割り切れなくても、やることはやってよね姫野さん。
いくらリポーションの開発に成功したとはいえ、やはり治癒魔法使いが控えているというのは大きい。戦闘中では、薬を自分で使う暇だってあるとは限らないのだから。
そして何より、現状唯一のマトモなヒーラーが桜しかいないことが、僕にとっては大きな懸念事項である。信頼できない人物に頼らざるを得ない分野ができるなんて、組織運営では最悪だ。
リポーションのお蔭で最悪の状況ではないものの、更なる安定のためには、是非とも姫野さんには治癒魔法の腕を上げてもらいたい――でも、もう正式な『治癒魔術士』ではない彼女では、無理なのかもしれないけれど。
「それじゃあ、頑張ってね」
「うぇ……『微回復』ぅー」
実にヤル気のない感じで、傷ついたゴーヴ相手に回復をする練習を始める姫野さんであった。
僕は彼女の後ろで治癒魔法の様子を観察しつつ、この辺で集めた薬草や素材の選別、それから新たに発見した食用候補の鑑定などをして時間つぶし、もとい、仕事をしていた。
そうして、二時間ほどが過ぎた頃。
「おーい、桃川ぁー」
「あ、狩猟部隊も帰って来たね」
ゴーヴの人体実験場は、無人島エリアの妖精広場すぐ傍である。だから、ここは無人島エリアで、狩猟部隊の主な活動場所だ。
先頭切って戻って来たのは、上中下トリオと、夏川さん。
その後ろには委員長と、山田、それからアラクネが続く。
「おい桃川、コイツでいいのか?」
山田がアラクネの引きずってきた獲物を指さす。
糸でグルグル巻きにされているが、ジタバタと元気よくもがいている。
「活きがいいラプターだね。大きさもなかなかで、いい感じだよ」
「そうかよ。ったく、生け捕りなんて面倒臭いことさせやがって」
「この方が性能良く仕上げられるから。ありがとね」
今更ながら、僕が所望したのはラプターである。アルファというものがありながら、まだ乗り物が欲しいのかと言われそうだ。
実際、欲しい。というか、アルファとは使い道が違うから。
「それじゃあ、みんな帰ろうか。メイちゃんが美味しいパンを焼いて待ってるよ」




