第20話 ゴーマの罠
要するに、この負傷したゴーマは獲物をおびき寄せるための餌だったのだ。
生かさず殺さず、手足の腱を切って動かさず。同時に、麻薬を与えておけば、元気な叫びを上げて自らの存在をアピールしてくれる、活きの良い餌の出来上がり。本人も痛みから逃れるために、喜んで麻薬を吸い続けるだろう。右腕だけ無傷なのは、自分で麻薬を吸引できるようにするために他ならない。
こんな仲間を餌にするという残酷極まる狩猟方法がゴーマにとっての伝統なのか、それとも、クラスメイトがこの階層の魔物を狩りまくって獲物が減った緊急事態だったからなのか、実施するにあたっての理由は不明であるが、ともかく、こうして実際に行われた。
そして、こんな見え見えの囮にひっかかる、馬鹿な獲物がいた。
そう、僕のことである。ちくしょう、傷ついたゴーマが倒れている時点で、何かあると怪しむべきだった。はぐれ赤犬のように、倒すのにちょうどいい弱った獲物と二度も出会えるなんて偶然、あるはずもないのに。
「どっ、ど、どどどどうしよう桃川くん!?」
そんなの僕が教えて欲しいよ、とは言えない。言える余裕もない。
ちょうどここはT字路となっていて、その三方どこからもゴーマの群れが押し寄せてきていた。僕らがゴーマを殺し、ショックで休憩し、今さっきまで死体検分にかけた時間を合わせれば、道を封鎖するには十分だったろう。
一本の道につき、およそ十体前後の数でひしめいている。ボロい弓を手にした者がちらほらと見受けられるが、まだ撃っては来ない。撃つ必要もないのか。
ゴーマ共はまんまと包囲が成功したことでテンションが上がっているのか、前に見た時よりもゲェーゲェーと汚らしいダミ声で叫んで大盛り上がり。手にする錆びた刃物を振り上げ、すでに狩りの成功を祝ってるように見えた。
「な、何とか……突破、するしかない……」
他に方法は思いつかないが、上手くいくとも思えなかった。提案する僕の声は、すでに震えている。
しかしながら、やるしかない。
正面の道は、左右に枯れ木の並木がある、元々辿って来たルート。左右の道に比べて広いけれど、あの捻じれて好き放題に伸びた枝が逃走の邪魔をする。
さりとて、左右の道はもっと無理。こっちは幅が狭く、端から端まで完全にゴーマの体で阻まれている。抜けられそうな隙間はどこにもない。
「真正面を行こう。真ん中の……いや、ちょっと左側にいる骨の棍棒を持ってるヤツ。アイツを『黒髪縛り』で動きを止めるから、それを押し退けて突破する」
「う、うん!」
土壇場で練った作戦にしては上出来だろう。ここで攻撃スキルの一つでもあれば、突破口を切り開くのにさしたる苦労はしないのだろうが……いや、今は考えるまい。
「よし、行こう! 逃げ足を絡め捕る、髪を結え――」
詠唱だけ先に済ませ、僕は一気に駆け出す。すぐ後ろに双葉さんが続く。
物理的な突破力はどう考えても彼女の方が上だけど、ゴーマへ突っ込むその瞬間にビビって立ち止まられては困る。突進の迫力も何もあったもんじゃないが、僕が前を走るしかない。
さて、ゴーマとの距離は、もう二十メートルもない。両手で握った血塗れの槍が、やけに重く感じる。ああ、そういえば双葉さん、槍は投げっぱなしできてしまった。
どうせなら、二人とも槍を前に構えて突進していけば、少しは相手が怯んでくれたかもしれない……でも、今更もう遅い。
目の前に立ち並ぶゴーマは、突っ込んでくる僕らに対して、さしたる恐怖も不安も感じてないようで、特に慌てた様子は見られない。手にする武器をこっちに向けてグエグエ言う様は、チビとデブが無駄な抵抗しやがって、と嘲笑っているかのようにさえ感じる。
ちくしょう、僕だって分かってるよ。これがただの悪あがきにしかならないなんてのは。でも、しょうがないじゃないか。今の僕らにできる精一杯が、これしかないんだから。
「――黒髪縛りっ!」
力の限り叫んで発動させた呪術は、僕の狙った通りに効果を現した。
ターゲットである棍棒装備のゴーマは、突如として地面から生えた髪の触手に足をとられ前のめりに転倒。どうやらドン臭い個体のようで、マトモに受け身をとることもなく顔面から硬い石畳に突っ込んで行った。
「グゲェエッ!」
「今だぁっ!」
無様な転倒で一人分の突破口が開けたチャンスを逃さぬよう、決死の思いでラストスパートをかける。
だがしかし、僕が隙間に体を滑り込ませるよりも早く、隣のゴーマがカバーに入る方が早い。いかに低能でも、そこに突っ込んで行くのが理解できているのか。あるいは、素人がサッカーでボールだけを追いかけるように、ただ僕に目がけて襲い掛かって来ただけかもしれないけれど。
なんにせよ、このままだと衝突するだけ。ならば、もう一撃くれてやるしかないだろう。
「やぁああああああああああっ!」
両手で握りしめた槍を掲げて、ナイフ片手に立ち塞がるゴーマへと突っ込む。
僕は一対一でもゴーマ相手に楽勝というほどの力はない、むしろ負ける危険性の方が高いけれど、今回は勝たせてもらう。
いくら枝を削っただけの粗末な武器とはいえ、『槍』と呼べるほどの長さはあるのだ。剣道三倍段、なんて言葉があるように、リーチの差は絶対的な力となる。
ただ勢いだけに任せて繰り出した僕のランスチャージは、短いナイフを振りかざすだけのゴーマを安全圏から突き刺す。まだパワーシードの効果は続いてくれているのか、やはり、思ったよりも柔らかな感触で、穂先が黒い肉体を貫いていく。
だがしかし、いくら柔らかいといっても、僕の足を止める程度の障害物にはなった。
「――くうっ!」
槍で思い切りぶち当たって行った衝撃で、僕はたたらを踏む。ここで転倒したら死ぬ。必死の思いで踏ん張り、体勢を立て直す。
気が付けば槍から手を離していた。ナイフのゴーマはどてっ腹に妖精胡桃の枝を生やしたまま、やかましい唸り声を血反吐と共に吐きながら倒れ込んでいた。即死ではないが、死ぬのは時間の問題だろう。
そうして、僕が僅かな、けれど確かに足止めをしてしまったせいで、逃走へのロスタイムが発生する。それは、槍で刺してやったゴーマとはまた別のヤツが、飛び掛かってこれるだけの隙となってしまった。
白い枯れ木の枝、その隙間を縫うようにして新たなゴーマが現れた。手にしているのは、半分ほど刃の欠けた手斧。そんなもんでも一撃喰らえば、僕はゴーマよりも無様に泣き叫んで転げまわる自信がある。
というか、槍を手放し立ち止まってしまった僕に、その攻撃を防ぐ手段はな――
「わぁあああああっ!」
その時、泣き叫びながら突撃してくる巨大な人影があった。勿論、双葉さんである。僕の後ろを走っていたが、立ち止まったせいで追いつかれ、今この瞬間に、追い抜かれてしまったのだ。
「ギイっ!?」
そして、通り抜け様に飛び出してきたゴーマを撥ねた。僕と同じかやや大きいくらいの身長であるゴーマは、双葉さんの巨体に弾かれ枯れ木の枝の向こうにぶっ飛んで行く。対して、双葉さんの方はゴーマとぶつかったことさえ気づかぬ様子で、そのまま真っ直ぐ走り去っていく。
体重差、というのがこれほどまでに圧倒的なものであると、僕はまざまざと実感させられた。
いや、そんなことより、図らずともピンチを退けた今がチャンスだ。
僕は素早く身を翻して、双葉さんに続いて離脱を――
「うあっ!?」
一歩目を踏み出したその時、僕の体は勢いよく前へつんのめって行った。
何かに足をとられた――そう気づいたのは、咄嗟に両手を前に突き出して受け身をとったせいで、手のひらが擦り剥けてヒリヒリした痛みを覚えるのと同時であった。
「ぐっ、くそっ――コイツぅ!」
僕の足をとった、つまり、手で掴んでいたのは、黒髪縛りで転ばせたゴーマであった。
両足を縛っていたが、器用に身を翻して、僕の足へと手を伸ばしていたのだ。幸いにも、武器の棍棒は転んだ拍子に手放してしまったようで、そのまま追撃を受けることはなかったが、僕の命を奪うには十分な活躍である。
「くそっ、ちくしょぉぉおおおおおおおっ!」
右手を学ランのポケットに突っ込み、双葉さんに解体用として渡しそびれたカッターナイフを抜き放つのに、一秒もかからなかった。キチキチと独特の音を立てて、刃を全開で出した時点で、二秒くらいだろうか。
そして、三秒が過ぎるころには、僕は怒りに任せてゴーマの腕を切りつけていた。
「ウゲェエエエっ!」
深々と新品の刃で切り付けられてまで、足を掴んでいられるほど根性はなかったらしい。薄汚い血を噴きながら、弾かれたように手が僕の足首から離れる。
「はぁ……はぁ……は、早く、逃げ――」
慌てて立ち上がるが、時すでに遅し。
「グルルルゥ……」
「ゲッゲッ、グゲェ!」
目の前には二体のゴーマが立ち塞がっている。右から、左から、この通路にいる全てのゴーマが僕を取り囲むようににじり寄って来ていた。
当然といえば、まぁ、当然の結果。槍で刺して、転んで、切って。あれだけまごついていれば、包囲を完成させるには十分すぎる時間がある。
「あ、ああ……」
僕は鮮血の付着した、ちっぽけな頼りないカッターナイフを手に、へっぴり腰で立ちながら震えあがる。
もう、突撃してどうにかなる包囲の薄さじゃあなかった。前も後ろも、右も左も、ゴーマ共が獣じみた呻き声のように笑いながら、二重、いや、三重になって囲んでいる。
前に立つ、つまり、元より逃げる方向だったところに立ち塞がるゴーマ、その背中の向こうに、振り返ることなく一目散に通路を駆けて行く双葉さんの背中がチラリと見えた。
今も泣き叫びながら、一心不乱に逃走中なんだろう。僕が助けの叫びをあげても、彼女の耳に届くことはないだろう。
いや、たとえ聞こえたとしても、双葉さんに僕を助けることは不可能だろう。
裏切られたとか、見捨てられたとか、不思議と恨みの感情は湧かなかった。さりとて、せめて彼女だけでも生き残ってくれ、なんて男気のある気持ちにもならない。
僕の胸に去来するのは、虚しいほどの諦観。諦め。ああ、まぁ、しょうがないよな。当然の結果だよ。
事実をありのままに受け止められる。
だってそうだろう。僕は彼女に、まだ何もしてやれていない。いや、命は救ったが、それだけ。まだ、勇ましく魔物に立ち向かっていける精神性と戦闘能力を、何ら培ってはいない。
だからもし、万が一、億が一、双葉さんが助けに戻ってきたとしよう。僕を助けるためになけなしの勇気を振り絞って戦ったとしても……奇跡は起きない。あんなスキル構成じゃあ、これだけの数のゴーマを相手にできるはずはない。
つまり、助けはまるで期待できないということ。
そして、それよりもっと期待できないのは、僕個人の戦闘能力である。攻撃技は勿論、防御も回避もままならない、クソスキル構成な呪術師の僕が、多勢に無勢の状況をどうにかできるはずもない。
ああ、そうだ。認めよう。僕は今、完全に……詰んだ。
「う、うぅぁあああああっ!」
けれど、イヤだ。死にたくない。
無駄な抵抗と分かり切っていても、僕は手元に唯一ある武器を振り回さずにはいられなかった。
ナイフ以下のリーチしかないカッターは、ただ虚しく空を切り裂く。
「グゲェー、ゲッゲッゲ」
「グゲゲ!」
僕の無為な抵抗を、ゴーマ共が笑っている。この原人並みの知能の魔物どもが、人間様を嘲笑っていやがる。
くそう、くそう……ちくしょう……
「痛っ!?」
「ギャウっ!?」
脇腹を突かれた。恐らく、槍のような長物で。見えない位置ではなかったけれど、絶対絶命で恐怖の極致にある僕は、完全に視野狭窄へと陥っている。真正面以外は全て死角も同然。
そんながら空きのボディーに繰り出された一撃でも、浅く済んだのは『痛み返し』のお蔭だろう。
僕が突かれたのと同じ、右のわき腹を抑えて呻き声を上げるゴーマの姿が目に入った。
「そ、そうだぁ……僕を、斬ると……お前も、斬られるんだよぉ!」
あはは、どうだ、凄いだろう、僕の呪術は。僕を殺せばお前も死ぬ。死ぬ覚悟で僕を刺せるヤツが、この中にいるかよ――
「がああっ!」
僕の絶叫と同時に、今度は別のゴーマが悲鳴をあげた。足を切られた。左の太もも。傷は浅いが、それでも確かな熱さと痛みを覚える。
「あ、ああぁ……痛っ、くそぉ、痛い……」
左手で傷口を抑えるように触れてみると、ドクドクと血が溢れ出てきているのを直に感じた。鎧熊の一撃に比べれば軽傷もいいところだが、あの経験だけで負傷に対する耐性ができたはずもない。むしろ、出血を伴う怪我なんて、怖くて仕方がない。
けれど、溢れ出る鮮血はどこか他人事のようにも思える。フワフワと現実感のない感覚は、ピンチと恐怖で思考が麻痺しているのだろうか。
「痛っ、たぁ!」
気が付けば、僕は無様極まる叫び声を上げて、唯一の武器であるカッターを落としていた。またしても横合いから飛んできた攻撃、どうやら今度は棍棒による打撃であった。見事な小手を決められて、僕の右手からカッターナイフは叩き落とされたのだ。
見れば、ガラガラとやかましい音を立てて棍棒を落とし、右手首を抑えてのた打ち回るゴーマがいた。『痛み返し』は正常に発動している。ざまぁみろ――なんて、気持ちは欠片も沸かない。
今、僕の頭に浮かぶのは、短い十七年の人生の中で最も屈辱的なシーンの記憶。その中の一節だ。
「斉藤、お前ちょっと桃川ボコれ」
どうよこのアイデア、俺様天才! みたいな満面のドヤ顔が、鮮やかに脳裡に浮かび上がる。
ああ、そう、そうだよ樋口……お前が見つけた『痛み返し』最大の弱点に、僕は今まさに、つけ込まれている真っ最中だよ。
あの時は、僕への攻撃役は奴隷ポジションの勝の野郎だけだった。だから、殺害するまでにはどうしても至らない。
だがしかし、今は三十近い数が揃っている。一人一発、順番にパンチを喰らわせていくだけで、僕はボロボロ、奴らはちょっと痛いだけで済む。
果たしてゴーマ共が『痛み返し』の原理に気づいているのかどうかは分からない。分かっていようがいまいが、奴らが僕を攻撃する意志と行動は現実に実行されているのだから。
ああ、ちくしょう。最後にトドメの一撃を刺してきたヤツを道連れにできたところで、どれほどの意味があるだろうか。同族を餌に利用するような奴らだ。追加で一体くらい死んだところで、何とも思わないだろう。
死ぬのは御免だけど、無駄死にはもっと御免だ。せめて、自分が殺された恨みくらいは晴らしたい――
「ああっ!」
そんな気持ちも、次の一撃でガラスのように粉々に砕け散る。脆い理想論だった。現実の死というのは、こんなにも惨めで、理不尽で、唐突で、あっけない。
一矢報いる? 馬鹿馬鹿しい。くだらない自尊心からくる発想だ。弱い無力な自分を認めたくない逃避といってもいいだろう。
圧倒的な暴力に晒されれば、プライドなんて砂上の楼閣どころか砂山に立てた割り箸よりもあっけなく倒壊する。
背後から蹴り飛ばされて通路に倒れ込んだ時に、僕はそれを実感した。
「う、あ……やめっ」
ドブに素足を突っ込んでもそこまで汚れないだろうというほど、汚らしく黒く脂ぎった足を、僕の鼻先で振り上げるゴーマの姿が見えた――と思った時にはもう、サッカーボールのように顎を蹴飛ばされていた。
ガツン、という音と衝撃が走る。目の前で星が散るとはこういう感覚を言うのだろうか。ショックと痛みで、前のめりに倒れた体が思わずひっくり返る。
見上げた天上はうす暗い。今にも消えそうな白い発光パネルが、まるで僕の寿命を現しているかのようだ。
しかし、感傷的な気分に浸ってんじゃねぇよ、とでもケチをつけるかのように、再び視界に汚らわしい黒が映る。点々と妙に白く浮いて見えるのは、砂。ゴーマの足の裏だった。
「ひっ――」
反射的に顔を手で覆う前に、ストンピングが炸裂する。顔面ど真ん中。一瞬、息が止まった。
「かっ、は、あ……あぁ……」
強烈な鈍痛が、鼻血と共に顔の中心から走る。鼻骨が折れたか、あるいは、ヒビが入ったか。骨折した経験は初めてだし、両方の鼻の穴から鼻血が噴き出すのも初めてである。
今の僕はきっと、これまでの人生の中で最も醜い顔をしているだろう。勝に殴られている時でも、もう少しマシな面構えをしていられた。
ついでに、心構えも。だって、今の僕はもう――
「うぅ、あぁ……や……やめて……」
ドっと腹を蹴飛ばされて、今度は吐く――のを寸でのところで耐えた。しかし次の瞬間、同じ場所に別なゴーマのヤクザキックが突き刺さる。
我慢するなんて意味なかった。ゴーマの下品な鳴き声を笑えないほど、僕もゲェーゲェーとうめきを上げる。
まき散らした吐瀉物と鼻血が顔に塗れる。気持ち悪い。自分のものでも、どうしようもなく気持ち悪かった。
顔だけでなく、心まで汚れた気分になる。ソレは心の奥まで浸食し、精神を腐らせる。
もしも僕の心に柱のような芯があったとすれば、その根本が真っ黒に腐食して、ついにボッキリ折れてしまった感覚。いや、この時、僕は確かに……心が折れる、音を聞いた。
「やめて……ください……」
命乞いである。
それはあまりに惨めで、愚かな言葉だ。けれど、言わずにはいられない。僕のように弱い人間なら、きっと、誰もが言うだろう。例え相手が言葉の理解できない魔物相手でも。
「グゲェーッ!」
元気の良い楽しそうなゴーマの掛け声と共に、リンチは続く。足、足、汚い足。奴らはひたすらに僕を足蹴にする。
『痛み返し』のせいで、ゴーマはキックを連続で繰り出すことができない。蹴ったダメージが跳ね返る度に怯むからだ。それなりに痛くはあるだろう。お蔭で、ボコられるスピードそのものはゆるやかなものだった。
「や……やぁ……あぁ……」
けれど、奴らは飽きもせず僕を蹴り続ける。何がそんなに楽しいのか。ここじゃあ弱った獲物をいたぶることしか娯楽がないのか。いつまで経っても、武器によるトドメがやってこない。
幸いだ――そう思ってしまうのは、どうしてだろう。
助けは来ない。自力ではどうにもならない。後はこのまま、肉体の限界が訪れるまでひたすらゴーマに蹴飛ばされ続けて、嬲り殺しにされるだけだというのに。僕の残りの人生は、暴力による苦痛しか、残されてないというのに。
――死にたくない。
プライドと一緒に粉々になった心のごみ山の奥底に、燻る思い。
――死にたくない。
生存本能の残り火。
イヤだ……絶対に……死にたく……ない――
「――ぉおおおお」
声が、聞こえた気がした。霞む意識の中で、耳に届いたその雄たけびは、ギャアギャアと盛り上がるゴーマの鳴き声の内の一つだと思えない。
そう確信できるほど、その声は異質だった。
言うなれば、そう、魂の奥底から震えあがるような。消えかけた生への種火を、再び燃え上がらせる風のような――そんな、力強い声。
「ぉおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああああああっ!!」
そう、それは正に、狂った獣の咆哮だった。




