第214話 恋愛校則違反
「はい、それではこれから、学級会をはじめたいと思いまーす」
学級会、開かずにはいられない!
ぶっちゃけ、僕はもう夕飯を食べ終わった満腹感と共にさっさと寝たいのだが、とうとう問題が発生してしまった以上、早急に学級会を開かねばならないのだ。
「えーと、委員長、準備はいい?」
「ごめんなさい、もうちょっと待って……」
流石の委員長も頭を抱えている。顔色もあまりよろしくない。
気持ちはわかるよ。僕も大体同じ気持ちだし――そう、関わりたくねぇ、面倒くせぇよクソが、という心境である。
こういう時、問題解決に率先して取り組まなければならない委員長っていう立場って、辛いものがあるんだね。今、僕は委員長のなんたるかをまた一つ学び取ったような気がするよ。僕はまだ登り始めたばかりなんだ、この委員長坂をよぉ……
「おい桃川、なに遠い目をしてんだべ。さっさと始めろよ」
うるせーこのヤロー、誰のせいでこうなったと思ってやがる。剣崎のせいなんだけどさ。
「それじゃあ、みんな揃ったことだし、まずは状況説明から」
呼ばれて今ここに来た人とかもいるからね。全員に説明はしないと。
ちなみに、全員といっても天道君はいない。
「くだらねぇ痴話喧嘩に付き合う気はねぇ。俺は寝るぞ」
と言って、学級会への参加を拒否。
天道君、君はこのクラスで一番、賢明な判断を下したよ。
「今回の学級会は、初の校則違反者が出たとの告発があったので、開催した次第であります」
「要するになんなのよー?」
「昨晩、剣崎明日那が蒼真悠斗に夜這いをしたそうで」
「えっ、マジで!?」
「ふーん、やっぱ蒼真もヤルことヤってんだ」
「つーか剣崎の方からとか、ヤバくね?」
今、初めて事情を聞いた蘭堂さん達とか、実に面白そうな顔をしている。やっぱギャルはそういう話題大好きなの?
まぁ、素直な好奇心だけの感情しかない蘭堂ギャルズは、この中では一番マシな反応だ。なにせ、ちょっとしたお喋りの種になるくらいで、さして大きな関心はないからだ。
問題なのは……
「嘘ですそんなこと! 一体、何の証拠があって――」
「はーい、静粛にー」
事実確認はこれからやっていくから、そう焦らないでよ桜ちゃん。
「今回の件は、目撃者があって発覚したことよ。詳しく話してくれるわね、中嶋君」
おっと、委員長がようやく起動してくれた。
面倒だから後は議事進行から判決まで丸投げで、と思ったけど、頭痛薬のCMに出れそうな表情をしているので、やっぱり最後までフォローしないとダメかな。
「え、えーと、俺が昨日の夜に、トイレに行こうとした時なんだけど――」
と、事の発端である目撃証言を、中嶋陽真は語る。
もっとも、その内容は一言で済むものなのだが。
「剣崎さんが、蒼真君の部屋に入るのを見たんだ」
はい、ギルティー。
剣崎明日那被告は恋愛校則違反として永久追放刑に処す。以上、閉廷――と、スピード判決できたら楽なんだけどな。
「夜中に男の部屋に忍び込むなら夜這い以外にねーべ!」
「蒼真このヤロー、一人だけいい思いしやがって!」
「テメーそれでも風紀委員かよーっ!」
「ゲスな勘繰りはやめなさい! 揃いも揃って下劣な野次を飛ばすなど、恥を知りなさい!」
「明日那ちゃんは何も悪いことしてないよ! 酷いこと言わないで!」
そりゃあ文句も叫びたくなるよね、上中下トリオ。そして、ここまで言われれば桜のみならず、小鳥遊でも声を上げるほど。そういえば、二人は親友なんだっけ。
「静粛にー」
どっちの気持ちも立場も分かるけど、君らの言い合いは時間の無駄だからさっさと打ち切って。場合によっては、審議の邪魔だとして強制退場もやむなしだよ。桜ちゃんから順番ね。
「まだ中嶋君が証言の途中なので、遮るような真似はしないようにね」
とは言え、これ以上はあまり聞くこともないのだけど。一応、詳しく聞き取りの真似事だけでもしておこうか。
「詳しい時刻は覚えてる?」
「いや、時間までは。でも、みんなが部屋に戻った就寝時間から、一時間以上は経過していたのは間違いないと思う」
確実に他の男子が寝静まるのを待っていた、と捉えるには十分な時間だ。
少なくとも、ちょっと言い忘れたことがあって、などという些細な理由は成立しない時間帯である。
「それは間違いなく剣崎さんだった? 他の男子と見間違えた可能性はない?」
「あそこの通路は薄明りだけど、女子と男子を見間違えるほど暗くはないから。姿もはっきりと見たよ」
「どんな格好だった?」
「えっと……寝巻だと思うけど、かなり薄着だったよ」
ゴクリ、と唾を飲んだのは、まぁ、上中下トリオか山田だろう。
「剣崎さんが入ったのは、蒼真君の部屋で間違いない?」
「角の部屋だから、これも見間違いはないよ」
ですよねー。もし違う部屋に入ってたら、その場で大騒ぎだったでしょ。
もしもまかり間違って僕の部屋に剣崎が入ろうものなら、「暗殺だ!」と叫んでは護衛のレム達が襲い掛かると同時に、5秒後にはメイちゃんが鬼の形相で駆けつけてくれただろう。
いざって時のために、メイちゃんにもレムをつけているんだよね。小さいテントウムシみたいなヤツを。僕のピンチを知らせる用である。
「中嶋君の立場からすると、明確な校則違反だと声をあげるのは当然のことだよね。ありがとう、よく証言してくれた」
「い、いや、俺は別にこんな大事にするつもりはなくて……」
「当たり前だべ、こんなの聞いて黙っていられるワケねーべや!」
「最初に下川君に話したんだ?」
「ちょっと、どうしようか相談しようと思って、それで」
こんなの下川に言ったら速攻で言いふらすって分かるだろうに。多少の付き合いはあるんだからさぁ。
いや、下川のこと分かっているからこそだろうか? だとすると……
「それじゃあ、次は本人に事実確認と行こうか」
と、僕は割と冷めた目で、剣崎明日那を見る。
「……」
顔面蒼白で震えているのは、僕に睨まれているから? それとも、クラスのみんなから好奇か軽蔑の視線を向けられているから?
違うね、きっと彼女が今でも心底恐れているのは、双葉芽衣子による処刑だろう。
校則違反があった場合、どのような罰則を下すか決めていない。つまり、僕が一言メイちゃんに命じて、鞭打ちでも棒叩きでも、刑罰を食らわせることができるのだ。
まぁ、事はそう簡単にはいかないだろうけど、明日那の女郎がビビるのも当然な状況下ではある。
「明日那、どうなの。何か異論はあるかしら」
「……」
「ふーん、黙秘権を行使するってことは、それなりに煽られる覚悟もあるのかな」
「桃川君、今はやめて」
しょうがないなぁ。日頃の恨みも込めて、こういう時に発散しようと思ったんだけど、やっぱダメか。
「――これ以上はやめてくれ。代わりに俺が言おう」
おっと、あからさまに傷ついてますアピールして震える明日那を庇うように、蒼真君が声を上げたぞ。
「中嶋の言う通り、昨日の夜、明日那は俺の部屋に来た」
「じゃあ、罪を認めると言うんだね?」
「俺は……明日那のしたことを、罪だとは思わない」
「でも寝たんでしょ?」
「待て、確かに俺は明日那と一緒に寝たが……そういう意味じゃなくて、本当にただ一緒に寝ただけだ。いかがしい真似は一切していない」
「じゃあ、今日から剣崎さんは他の男子とも一緒に寝てもらうことになるけど、いかがわしい真似じゃないからOKってことでいいんだね」
「桃川、お前まさか!」
「まぁ、この件を収めるための罰として、そういう選択肢もあるよねっていう話だよ」
「桃川! やはり貴方は最低です!」
案の定、桜ちゃんが発狂してるけど、男の視点で見た公平性というと、こういうことになるわけで。
「蒼真君、剣崎さんを擁護しようと思うなら、よく考えて発言した方がいいよ。というか、君も普通に校則違反になるし」
これで部屋に来た剣崎を諭して帰したというのなら、まだ格好はついたんだけどね。
でも、蒼真君には明日那を返す真似はできないよね。
「ふざけないで! 兄さんまでも貶めるとは、許しませんよ!」
「許すか許さないかは、僕でも君でもなく、みんなで決めることでしょ? 二人を弁護するなら、全員が二人の無実を納得できるような釈明をしてくれないと」
そう、最初に合流した、あの時とは違うんだよ。
ここに僕も君らも含めて、18人ものクラスメイトが揃っているんだ。そして、今は僕の派閥の方が人数は上。発言力でも暴力でも、もう桜一人の好き勝手にはならない状況下である。
いやぁ、本当に民主主義って最高だね。
「桜、少し落ち着いて。この件に関しては、当事者である悠斗君が弁明してもあまり説得力はないわ。そして、そのことにただ不満を叫んでも、誰も納得はしない」
だから、委員長が弁護するって?
ちいっ、やっぱり冷静に頭が回る委員長は厄介だな――なんて思うが、まぁ、今回に関しては別に蒼真兄妹や剣崎に対して、嫌がらせや立場を貶めようというつもりはない。
折角いい感じで協力体勢が維持できていたのに、こんなつまらないところで崩れたら堪ったもんじゃない。そもそも、18人全員揃って初めてヤマタノオロチ討伐の可能性は出るのだ。たとえ桜でも、僕は誰一人、切り捨てるつもりはない。
なので、僕としても夜這い事件は、穏便に解決したい方針だ。
「明日那は以前から、悠斗君と一緒に寝る……と言ったら語弊があるわね。添い寝する、ということはあったのよ」
「なんだべソレ、どんなサービスだよ」
「何も知らない他人が聞けば、いかがわしいイメージを抱いてしまうのも仕方がないわ」
「いかがわしい以外に何があるってんだよー」
「だったら俺にも剣崎と添い寝させてくれよぉ、ああぁー?」
「何がちゃうんねん、言うてみぃー」
上田が囃し立てると、明日那ガチ恋勢の中井が割と本気で怒りと欲望の声をあげる。そして、面白半分で野次を飛ばすのはやめてよね蘭堂さん。
「……すでにみんなには説明したと思うけれど、以前、明日那は双葉さんと決闘をして、負けたことがあるの」
「ああ、なんか桃川のことで揉めたんだっけ?」
「それが何の関係あんだよ」
「桃川いっつも問題起こしてるべ」
うるさいぞ下川。明日から残業4時間な、社長命令ぞ。
「負けた、といっても寸止めや降参で済むようなものじゃなかった。その時の明日那は、かなりの重傷を負っていたわ」
僕でもドン引きするレベルのフルボッコぶりだったからね。その綺麗な顔が傷一つ残らず完治したのは、あの時僕が即座に治療をしたからだよ。やっぱり、傷一つ残るくらいの方が良かったかも。
「それがキッカケで、明日那は大きな精神的な傷を今も抱えているのよ。不安を癒すことができるのは、悠斗君だけなの」
だから添い寝も許される。OK?
「ぐぅ、ぎぎぎ……蒼真悠斗ぉ……」
ああ、中井から殺意のオーラが目に見えるようだ。頑張れ、もっと強くなったら、きっとメイちゃんみたいに赤いオーラとか出せるようになるはずだから。
「だから、本当にいかがわしい目的で、添い寝をしているわけではないの。今の明日那には、どうしても必要なことなの」
そうじゃなければ、桜ちゃんが許すはずもないしね。
そして、そんな美味しい状況でありながらも、いまだに一度も手を付けずに添い寝だけで乗り切っている蒼真君の精神力に、敬礼! 剣崎さぁ、実は全く脈がないんじゃないの?
「うーん、そうは言ってもなぁ……」
「そんな言い訳認められっかよぉ!」
「まぁ、今は恋愛禁止だし? 他の人の目もあるし? そういうのは控えてもらうのが妥当じゃねーべか?」
心に深い傷を負った明日那ちゃんに、救いの手を差し伸べるかどうかは、個々人の勝手だよね? そりゃあ友人だったら、蒼真君添い寝療法も認められるけど、そうでもない他人からすれば、理解を求められるほどじゃあないよね。
「お願いよ。こうでもしなければ、明日那の心はきっと潰れてしまうの!」
みんなのイマイチな反応を見て、真摯にお願いする委員長の姿勢は、実に正しい。
けど、それだけだ。
生真面目で品行方正な委員長の限界点がここだろう。
いいかい、委員長。人の心を動かすのは、純粋な願いではなく……明確な利益なんだよ。
「さて、とりあえずこれで全員、詳しい事情は理解できたと思う。今回の件は、初めての校則違反者だし、処分については慎重に決めた方がいいと思うんだよね。少なくとも、今すぐ勢いで決めていいようなことじゃないよ」
必要なのは、時間だ。
この状況下で全員の心を、明日那を許す方向に傾けるのは不可能。だって実際、快く許せる要素が一つもないしね。心の傷も添い寝療法も、全部テメーの都合だろうが、といったところ。
「そろそろいい時間だし、今日のところは一旦、学級会は閉会しよう。みんな、この件については時間を置いて冷静になって、よく考えてみて欲しい。これは、今後の校則違反に対する前例にもなることだから」
などと適当な理由を並べ立てて、僕は学級会を解散させた。
実際、夕食後でそろそろいつもの就寝時間という頃合いだったし。夜更かししてまで議論するほどのことでもない。エントランス工房の仕事は明日もあるし。
そんなワケで、気になる罪状はちゃんと明らかにはなったので、みんなもひとまずは納得して、素直に解散には応じてくれた。
僕もなんだか無駄に疲れたので、さっさと部屋に戻って休みたい――のだけれど、最後にこれだけはきちんと言っておこう。
「委員長、蒼真君」
コソっと一声かけて、最後に残ったのはこの二人である。
「明日、僕が一人一人、順番に説得しておいてあげる」
あ、というような表情を浮かべる委員長。それから、やや罰の悪そうな顔の蒼真君である。
交渉事って、全員を一度に相手するから分が悪いんだ。
個別に説得していけば、あんがいすんなりと了承してくれたり、少々の利益供与で味方についてくれるものだ。
剣崎の処遇に関して、概ね罰則化を支持しているのは、上中下トリオをはじめとした、ほぼ僕の派閥の人達になる。だから、蒼真君でも委員長でもなく、僕が説得役をする。
「一つ、貸しにしとくから」




