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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第14章:学園塔生活
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第213話 修行の成果(2)

「くっそぉ……『剣士』の天職は伊達じゃないか……」

 僕は負けた。それはもう、ボッコボコに。ちょっと恨みとか籠ってない? 上田にはこれといって酷いことした覚えはないんだけどなぁ。

 分身の僕は、十全に『黒髪縛り』の飛刀を操作することができる。広い間合いを生かして、ゴーマ相手には楽勝できるんだけど、やっぱり天職『剣士』を相手にすると、回避も防御も余裕、みたいな感じ? 完全に見切られている、ってああいうことを言うのだろう。

「剣じゃあ前衛職とは越えられない壁があるってことか」

 もし僕が本気で剣を使って上田に勝とうと思ったら、正攻法ではまず無理だ。毒を盛るとか、罠を張るとか、あとはレム全機出撃でフルボッコとか。

 そうなると、完全に呪術師の戦い方だしね。剣を使う意味はない。

「どうせ僕に剣の才能はないし、ほどほどにしておくか」

 さて、あまり実りのない剣術修行の一方で、本体の僕はエントランス工房に陣取って、今日も作業と研究の日々である。僕としては、こっちが本業。

「姫野さん、手が止まってるよ、なにやってんの!」

「ご、ごめんなさい……ちょっと、手が痛くなってきて……」

「手が痛いのはやり方が悪いんだよ。ちゃんと自分で痛くないやり方を模索しながらやらないとダメじゃないか」

「で、でもぉ……」

「はい、これ傷薬つけたら、すぐ作業に戻って」

 新社員の中で唯一、普通の『簡易錬成陣』を習得できた姫野さんには、レム達が砂漠エリアから採掘してきた光石の原石を、簡単な選別と分離錬成の作業を任せている。

 分離錬成とはいうものの、実際は原石にくっついている邪魔な石や砂を取り除くだけの簡単なものである。成分そのものを直接操る真似は簡易錬成ではできないが、目で見て分かるほど違う物質があるならば、それを変形、分離、させることは十分に可能である。

 そして、『賢者』小鳥遊だけが使える上位の錬成にかける前に、こうしてできる限り不純物を取り除いておく方が、効率化と品質向上につながるのだ。なので姫野さんの仕事は、大事な下ごしらえといったところ。

 さて、次は劣化ポーション再生プロジェクトに取り組んでいる下川君の様子を見てみよう。

「下川くーん、調子はどうー?」

「げっ、桃川……」

 僕が見に来ると途端に嫌そうな顔するのはなんでかな? そんなに後ろめたいことがあるのかなー、んー?

「俺の方は順調に進んでるから、気にしないでいいべ」

「そっかなー? その配合って、昨日も同じでやってなかった?」

「えっ!?」

 下川君、嘘を吐く時は覚悟をもって最後まで貫き通さないとダメじゃあないか。

 まぁ、僕は本当に試作の原材料と配合比率を覚えているから、どう足掻いても誤魔化し切れないんだけどね。

「ちゃんと違う配合で試さないと意味ないよね?」

「い、いや、でもよぉ、正確に成分を比較したりすんのって、スゲー集中力使うからめっちゃ疲れるんだよ。何時間も連続でなんてできねーって」

「確かに、錬成は結構、集中力を酷使するからね」

「だろぉ!」

「だから連続で行使しないで、間の時間に実験結果のレポートをまとめてくれないと。それなりに実験回数やってるんだからさぁ」

 劣化ポーション再生の鍵は、魔力と薬草にあると思っている。

 ポーションはそもそも魔法の回復薬である。魔法の効果を発生させるならば、それ相応の魔力が含まれていなければいけない。

 そして劣化ポーションには本物ポーションに比べ、著しく含有魔力量が低下している、という試験結果を『賢者』小鳥遊から得ている。

 しかし、だからといってただ魔力を込めれば、良いというものでもない。

 今やすっかり万能保管庫と化している宝箱であるが、アレの開閉は魔力で行われている。それと同じような感覚で、劣化ポーションに魔力を流せるか、と問われれば否である。

 宝箱は元々、魔力が流れる仕組みがついているから、作動するよう出来ているのだ。一方の劣化ポーションは、ただ魔力が失われた物質そのもの。

 ただのモノに魔力を与えるには、蒼真桜の『光の守り手ホーリーエンチャント』のように、いわゆる一つの付与魔法でなければいけない。特定の物質に魔力を付与しようと思えば、それに適した付与魔法を使うしかないワケだ。

 劣化ポーションへの魔力付与方法の模索と同時に、薬草も配合しなければいけない。

 これも本物ポーションとの比較検証だが、魔力以外にも、明確に何かしらの成分が劣化ポーションには欠けていることが判明している。これは下川の『水分錬成陣』にかけて分かったことだ。

 この欠けた成分がどういうモノなのか具体的には分からない。正確な物質名やらが分かったとしても、あまり意味はないが。

 しかしながら、そもそも傷を治す薬なのだから、そこに含まれるのは何かしらの薬効成分であろう。そして、現状そういった効果を得られる他のモノといえば、薬草しか存在しない。

 候補となるのは、信頼と実績の傷薬Aの原材料である、ニセタンポポと妖精胡桃の葉、それから花壇の白い花だ。

 他にも、マンドラゴラやその他の野草を用意しては、それぞれ単体、または複合させて劣化ポーションに水分錬成で組み込む。

 そうやって、とりあえず用意できるだけの薬草を総当たりで組み込み、本物ポーションに成分を近づけるよう試すのだ。

 だから、昨日と同じ組み合わせのモノを水分錬成しても、意味は全くないわけだよね。

「他に試してない組み合わせは? 実験結果はちゃんとまとめてる? ちょっと見せてみてよ」

「……ごめんなさい」

「下川君、仕事はさぁ、ただやってればいいってもんじゃないからね? 特に今やってるのは研究なんだから、結果が出なかったら何の意味もないんだよ」

「はい、その通りです、反省してます」

「昼までに、今日の実験結果のレポートまとめておいてね」

「えっ、昼ってもうすぐじゃ……」

「終わってから食べてね。メイちゃんには言っておくから」

「そん、な……」

 まったく、君一人分だけ昼食を遅らせて用意するなんて、我らが支配者たる給食係に余計な手間をかけさせてしまうじゃあないか。反省してよね。

 でもまぁ、全体的に見れば下川の研究は進んでいる方だ。

 そもそも、劣化ポーションを完全に本物に戻すのは無理である。けれど、普通に傷薬として使えるレベルにまで持っていくことは出来そうな感じ。

 僕としては、最終的な回復効果が傷薬Aより劣ってもいいから、即効性の治癒力が再現できれば、このプロジェクトは十分に成功だと思っている。

 きっと、あともう少しだから、頑張れ下川。顔が死んでるけど、倒れるなら研究を完成させた後にしてね。

「桃川ぁー」

「あ、蘭堂さん」

 次の部署の様子を、と思ったところで蘭堂さんに呼び止められた。

「暇なんだけどー」

 と、魔物素材として用意されていたフカフカの白い毛皮の上に、だらしなく寝そべりながら言う。

 制服だったらパンモロアングルだったのに、工房に来る時は作業着代わりのジャージ姿である。残念。でもジャージ着てても魅惑のボディラインが浮かんでいるのは流石だよね。

「すみません、もう少しで材料が入荷すると思うので……」

「早くしてよねー」

「はい、申し訳ございません。今業者に連絡して、配送を急がせますので」

「まぁ、ゆっくりでいいけどねー」

 どっちだよ、と思うが、彼女が暇を持て余しているのは僕の落ち度なので、平身低頭、謝るより他はない。

 蘭堂さんのお仕事は勿論、『鉄鉱錬成陣』を用いての光鉄の精製である。

 装備を作る上で、上質な素材というのは最も重要な条件の一つだ。身を守るプレート一枚作るにしても、ただの鉄と魔力が宿った光鉄では、間違いなく後者の方が強力だ。勿論、魔法の効果を宿す装備を作るならば、魔力のある光鉄素材は必須となる。

 だから蘭堂さんの元には、ゴーヴや狼男などの人型モンスターから鹵獲できる金属製の武器と、採掘される光石の一部を運ばせている。

 だが、蘭堂さんはちょうど光石を使い切ってしまったようだ。

 彼女の傍らには、これから加工待ちとなる、光鉄素材が山積みされている。

「蘭堂さんの作業スピードだけ明らかに早いんだよね」

「そう? 別に普通じゃない?」

 これが普通だとすれば、小鳥遊は働いていないことになるね。

「ごめん、何か他の作業も考えとく」

「じゃあ何かあったら呼んでー」

 気だるげな返事に、僕は少しばかりの敗北感を覚える。僕としたことが、人材を持て余すとは。

 いっそのこと、蘭堂さんに装備の製造までやってもらうか?

 いや、あれでいて不器用だから、実際に装備を作るとなると苦戦するに違いない。もっとこう、彼女に向いた作業があるはずだ。

 とりあえず、今後の課題ということで。

「委員長の方はどう?」

「そうね、三日もあればおおよその性能把握は済んだわ」

 姫野、下川、と違って堂々たるお答えだ。やっぱり真面目にやることやっている人は、仕事の進捗状況をいきなり上司に聞かれても動揺しないのだ。

「恐らく、今の私では、というより『氷結錬成陣』では、このサイズと密度の氷結晶が限界ね」

「うーん、やっぱりコレ、見れば見るほど魔力の結晶って感じがして、いいよね」

 委員長が差し出すのは、掌サイズの透き通った結晶体。

 氷のように無色透明で透き通っているが、淡い水色の光をボンヤリと放っている。

 錬成陣で作ったお蔭か、立派な宝石のようにカットは整っており、見た目は完全に光り輝く水晶だ。

『氷結晶』と、名付けた氷属性魔力の結晶体である。

「それで、これの使い道は何か思いついたかしら?」

「今のところ、まだなんとも。もう少し実験もしてみてからかなー」

 最初はただモノを凍らせるだけの『氷結錬成陣』だと思われたが、真の能力はこの氷結晶を作り出すことだと思われる。

 氷属性の光石を集めて錬成させると、コレが出来た。

 元の光石よりも高い魔力量なのは当然としても、小鳥遊が錬成するよりも、さらに高密度の魔力結晶となっていることが判明している。

 やはりその属性に特化した者が作れば、その品質は『賢者』を越えるほどになるようだ。

 そんなワケで、氷魔術士の面目躍如とでも言うように氷結晶を作れるようになったのだが、これといった凄い使い道が思いつかないのだ。

 氷結晶から魔力を上手に取り出せるのは、製作者である委員長のみ。僕がコイツを握りしめて『氷矢アイズ・サギタ』と叫んだところで、氷魔法が発動するワケでもない。ただ持っているだけで誰にでも氷魔法の力を与える万能アイテムではないのだ。

 しかし、これだけ高品質の魔力結晶だ。氷属性装備の材料以外にも、何かしら使い道がある、と思いたい。

 というか、もしかしなくても下川の『水分錬成陣』では水属性の結晶が、桜の『光錬成陣』では光属性の結晶が作れるのではないだろうか。二人の当面の作業が終わり次第、検証したいと思う。

「それじゃあ、私はこれから氷結晶の使い方の模索が仕事ね」

「いやぁ、それよりも、やっぱり委員長には社員の監督をして欲しいな」

「社員って」

「作業員でも従業員でもいいけど、今やこのエントランスは立派な工房だよ」

「確かに、それらしくはなっているけれど」

 作業の振り分けをした結果、すでに部署と呼べるくらい各自の作業は分担されている。

 それでは、僕のエントランス工房に務めるイカれたメンバーを紹介するぜ!

『賢者』小鳥遊小鳥。装備の作成全般を担当する、創業当時からの最古参であり、最も高い錬成能力を持つが、本人のヤル気が致命的なために最も頼りにならないクソ賢者だ。

『治癒術士』姫野愛莉。『簡易錬成陣』しか使えないが、原石の初期加工だけでも十分な働きぶりである。

 でも出来ればもっと使い倒す、もとい、色んな仕事を覚えていってもらいたい、成長性のある期待の新入社員である。

『水魔術士』下川淳之介。男はいいね、遠慮なく文句も言えるし。女子相手は気を遣うから。サボり癖があるから適度に叩かないといけないけど、『水分錬成陣』の効果は唯一無二。ポーションの実用化は君にかかっているぞ。

『土魔術士』蘭堂杏子。あまりヤル気はない態度だけど、与えた仕事は完璧かつ最速でこなす。控えめに言って天才なのでは?

 日本企業ではデキる社員でも無能社員と同等の扱いを受け、作業量3倍の仕事ぶりでも給料は同額、などという異常事態が発生していると聞いたことがある。

 我が社ではそんなこと勿論ありません。仕事が早く終わったなら、その分、ダラけてくれて構わない。強いて問題点といえば、僕に払える給料が特にないこと。ボーナスとか、何か用意しておいた方がいいかもしれない……

『氷魔術士』如月涼子。『氷結錬成陣』はまだ活かせる状況にないが、今後の展開次第では重要部署になるかもしれない。それよりも、今は4人いる作業員の監督をして、より効率的な工房経営をできたらいいなと思っている。僕だって、いつも全員を見られるワケじゃないからね。

『聖女』蒼真桜。ああ、そんな人もいたねぇ……一応、『光錬成陣』を元に照明具の開発を任せている。ヤマタノオロチを倒すための本体コアは、岩山の中、恐らくは巨大な空洞になっているので、直接乗り込んで攻撃する際には、照明具は必要となるだろう。

 まぁ、現地で桜が適当に光精霊を飛ばせばそれで十分といえば、十分なんだけど。

 重要度はそれほどでもない上に、顔を合わせれば険悪なので、自然と避けがちに。なので、この辺も委員長に丸投げしたいところだ。

 それから、僕の忠実なシモベたる泥人形レム達は、リアルで重労働な光石採掘という仕事を担ってもらっている。

 現在は蒼真道場があるので、魔物素材調達の探索部隊は稼働していない。なので、黒騎士、アラクネ、アルファ、ミノ、とメイン機体を全てつぎ込める。オマケでスケルトンとハイゾンビも同行させてやれば、それなりの人数になる。レム達のお蔭で、僕らは学園塔にいながら、光石を調達できるのだ。

 そして僕こと『呪術師』桃川小太郎は、工房の経営方針を決める社長の座についていると自称している。

 どんな装備を作るのか、何を優先して作るのか。材料の調達方法とその要請。ほとんど僕が一人で決めているし、その上で『簡易錬成陣』で出来ることは何でもやっている。

 別にワンマンでいるつもりはないけれど、特に誰も意見を出さないから。合議制ってのは、それぞれ有用な意見を持っているからこそ、議論を交わして最善を導き出せるのだ。誰も意見がないのなら手間がかかるだけ無駄になる。ウチは無駄な会議はしない主義です。

 そんな感じで、学園塔エントランスでの装備生産は進めている。

 まだまだヤマタノオロチに対抗できる決定的な武装などは全くできていないけれど……でも、出来ることが増えて来て、少しずつ可能性は見えてきた気がする。僕としても、コレができたらいいな、というアイデアもちょっとずつ固まってきている。

 実現にはまだほど遠いけれど、後はもう天職の力を信じるしかない。

「一応、順調と考えていいのかな」

 まだ手詰まり感はない。ヤマタノオロチ攻略は遠いが、みんなの士気もそれなりで、それぞれに出来ることをやってもらっている。

 そもそも、まだ一つもこれといって大きな揉め事が発生していないだけで、素晴らしいことだろう。

 なんだかんだ、ダンジョン生活という色々と抑圧されまくる環境をみんな潜り抜けてきたってのもあるだろうし、天職持ちとしての精神的な補正効果もあるのかもしれない。勿論、日本人的な気質が良い方に働いて、それぞれ配慮して上手く共同生活できている部分もあるだろう。

 割と奇跡的に上手くいくよう、噛み合った感じだよね。

 このまま安定した生活環境が続けばいいな――などと思ってしまったことが、フラグだったのか。

 その日の夕方、問題は起こった。

「おい、剣崎が蒼真とヤったって本当だべか!?」

 勘弁してくれよぉ、下川……


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