第210話 修行(1)
「はい、これから皆さんに、ちょっと修行してもらいまーす」
新しい朝が来て、皆で揃って朝食を終えた後、僕がそう切り出すと案の定、「はぁ」みたいな空気が漂う。
「じゃあ、蒼真君、後はよろしくー」
「待て、説明くらいしろ」
「いや、特に反応がなかったから了解してくれたのかと」
「そんなワケないだろ。どうしてお前はそう、自分の都合のいい方に――」
最近、蒼真君の僕に対する小言が姑染みてきてる気がする件。まぁ、憎悪の発露がお小言が増える程度に留まるのならば、安いものだ。
「えー簡単に言うと、蒼真君から蒼真流の技を教えてもらおうかと。前衛職の方は特に」
「はぁー? なんだよソレ、聞いてねーぞ」
「なんで蒼真に教わらなきゃなんねーんだよ」
と、早速分かりやすいケチをつけてくれたのは、前衛職である『剣士』上田と『戦士』中井のお二人である。後衛職の『水魔術士』下川は、完全に自分は関係ないとタカをくくっている表情だ。
口にこそしていないが、他の面子も似たような怪訝な反応をしている。
そりゃあ、よっぽど興味でもなければ、自ら格闘技を習おうなどという意思は持てないだろう。僕は絶対御免だね。人生の幸せって、如何に苦痛から逃れることにあるのだと思う。
「じゃあ聞くけど、二人はここ最近で強くなれた?」
「そ、そりゃあ……まぁ……」
「新しい技覚えてねーんだから、そんな劇的に強くはなれねーだろ」
実に言い訳染みた返答だが、天職の性質を考えると概ね正解であるとも言える。
RPGに置いても、レベルが上がらなければステータスは上がらない。次のレベルアップに必要な経験値が100だとすれば、経験値1の状態と99の状態に何の差異もない。レベルが上がる、つまり、明確にステータスが伸びるだとか、新たなスキルを獲得するなどの変化がなければ、強くなることはない。
天職においても、すでに習得している技の熟練度という点を除けば、新しく授かる技がなければ大幅な強化は望めない。新しい技を覚えられなければ、自身の戦闘能力は自然と頭打ちとなる――というのは、あくまでも天職の能力のみを見た話である。
「それなりに探索で戦闘経験は積んでいるけれど、新しい技が得られないなら、他の方法も試すべきだと思うんだよね」
「なるほど、それで自分自身の鍛練というワケか」
元から武術やっているだけあって、こういう考えはしっくりくるといったところかな、蒼真君は。
そもそも、人間が身に着けられる戦闘能力なんて、一も二もなく鍛錬だ。体を鍛える、技を鍛える、心を鍛える。そうやって、人は初めて強くなれるのだから。
天職、などというくじ引きのようにいきなり当たって力を貰うというシステムがおかしいのだ。物理法則のみが支配する地球世界においてはありえないが、魔法の理があるらしいこの異世界においては、否定しようもなく存在しているのだが。
「実際のところ、同じ天職を持っていても、ド素人と格闘技経験者なら、断然、後者の方が強い」
同じ『重戦士』という強力な天職を持っていても、杉野は山田を瞬殺してみせた。
アレは不意打ちみたいなところもあったけど、多分、普通にサシで戦ったとしても、山田の勝率は限りなくゼロであろう。
「そういうワケで、蒼真君という都合のいい師匠役もいることだし、みんなを鍛えてもらいたいなと」
「えー、マジかよ……」
「修行とかダリぃー」
「ついでに根性も叩き直してくれてもいいよ」
「いきなり言い出すのは困り者だが……まぁ、いいだろう。出来る限り、みんなを鍛えてみよう」
蒼真君はそれなりにヤル気になっている様子。僕が言い出さなくても、近い内に自分から提案していたかもしれないな。
まぁ、一朝一夕で武術が身につくとは思えないけれど、そこは天職の能力に期待だ。メイちゃんなんて完全に我流だけど、明日那をボッコボコにできるくらい強くなっているワケだし。
そこまでいかなくても、これがキッカケで新しい技習得のフラグが立つかもしれないし。
天職の仕様が分からない以上、何事も挑戦である。
「で、他の魔術士系の人には、僕と一緒に錬成の特訓ね」
「はぁ、なんだよソレ聞いてねーべ!」
そりゃあ、今初めて言ったからね。
俺は蒼真の特訓なんて受いけなくてもいいべ、みたいに余裕こいてた下川は、僕の発言に割と焦っている。誰が楽なんてさせるか。ニートは許さん、一人残らず苦労させてやる。僕と一緒にデスマーチしようよ!
「実のところ、装備係であるところの小鳥遊さんの働きがすこぶる悪いから、こっちの作業が滞っているんだよね」
「むぅー、そんなことないもん、小鳥は一生懸命頑張ってるもん!」
「とまぁ、こんな感じで言い訳までする始末なんだよね」
「桃川君、その辺にしおいて」
やれやれ、とばかりに委員長が間に入る。
「小鳥の仕事ぶりは置いておくにしても、確かに、錬成ができる人が少なすぎる。これだけの人数もいるのだから、何か装備一つを用意するだけでも、とても手間がかかるわ」
「少しでも効率上げたいし、そうでなくても、錬成が使えたら色々と役立つし」
本当に、雛菊さんにはお世話になっている。愚者の杖で使用率トップは間違いなく『呪術師の髑髏』であろう。二番手は『召喚術士の髑髏』だ。
「けどよぉ、俺は錬成の魔法なんてもってねーぞ」
「だから、覚えられるかどうかみんなで試そうよって話」
各属性の魔術士の天職名からいって、その系統の魔法しか覚えられない印象を覚えるが……本当にそれしか覚えられない、と決まったワケではない。
それに、少々異質ではあるものの、現実として僕は呪術師以外の能力を行使するに至っている。ならばこの異世界において、自分の天職に沿う以外の能力を使うことは、決して実現不可能ということはないのだ。
ゲームでも、魔術士系は共通で覚えられる魔法とかもあるし?
「だから、この機会に魔法を使う人は錬成と、あとついでに治癒なんかも覚えられるかどうか試してみようかなと」
「無理だと思うけどなー」
「わ、私もちょっと自信ないかなー」
ヤル気なさげな下川と姫野の両名である。僕だってそう上手くいくとは思わないけど、だからといって、何もしなくていい理由にはならない。
「どれも上手くいく保証はないけれど、それでも、何か一つ成果があれば儲けものだ。ヤマタノオロチを攻略するには、まだまだ足りないことだらけだから、今は一つでも多くの可能性が欲しい」
「ええ、桃川君の言う通り、今は試せることは全て試していきましょう。時間だけはあるわ、焦らず、しっかりと出来ることからやっていきましょう」
そうして、ひとまずの納得を得て、僕らはそれぞれの修行と特訓を始めることにしたのだった。
「――とりあえず、この基礎の素振りを500本だ」
「えー、そんなに? まさか根性論で言ってるワケじゃあないよね?」
「一番、性根を叩き直さなきゃいけないのは、お前だと思うよ」
「いやいや、僕なんて天道君に比べれば全然だから」
などと、蒼真師匠と軽くバチバチしつつ、僕は渋々ながら素振りを始めたみんなを眺めている。
この蒼真道場の門下生は、『狂戦士』メイちゃん、『盗賊』夏川、『剣士』上田、『戦士』中井、『重戦士』山田、『魔法剣士』中嶋、『騎士』野々宮、『戦士』芳崎、以上8名である。
一応、僕も含めれば9名になるけど。
「何事も基礎は重要だ。武術は特にな」
「分かったよ。僕もルーチン性能の確認と思って、大人しく素振ることにするよ」
と、僕もブンブンと木刀を振り回し始める。
僕の貧弱な細腕では、軽い木刀でも何十回か振ればあっという間にキツくなってくるけれど……うーん、やっぱり『双影』の体は疲労感とは無縁でいいね。
僕が一緒に修行に参加しているのは、決して真面目に蒼真流剣術を習得するためではない。この『双影』の操作性向上に利用できないかと思ってのことだ。
どうせ分身なら疲れないし、痛くないし、とりあえず動かしておくだけで熟練度も稼げそうな気がする。
「――よしよし、やっぱ素振りくらいの簡単な動作なら、意識を切り替えても続けられるな」
「桃川君、今ボーっとしていたけれど、大丈夫なの?」
「うん、ちょうどあっちで修行が始まったところだから。今はみんなで素振りしてるよ」
「分身を操作している、というのは分かっているけれど、いざ目の前で呆然とされていると、少し心配になるわ」
分身操作している時の僕って、そんなアホ面晒しているのかな。次からは、せめて目くらい瞑っておいた方がいいだろうか。
いやいや、目指すのは完全な同時操作だから、むしろ気合いを入れて本体の眼は見開かなくては。
「さて、それじゃあこっちも錬成の特訓を始めようか」
本体の方の僕は、魔術士系メンバーと共に錬成特訓に参加である。
こちらの錬成会メンバーは、『氷魔術士』委員長、『土魔術士』蘭堂、『水魔術士』下川、『治癒術士』姫野、そして仕方ないから数に入れた『聖女』桜と、あとオブサーバーとして天道君が煙草をふかしながら僕らを眺めている。
知ってるんだよ、天道君も実は錬成系のスキルを習得しているってことはね。大体なんでも持ってるし、マジチートだよ。
「はい、みんなちゅうもーく。これが錬成の一番簡単な『簡易錬成陣』でーす」
エントランスの隅に設置した黒板に、僕は大きく『簡易錬成陣』を描く。
「改めて見ると、これだけでも中々に複雑な図形ね」
「これってスキル習得してると、一発で魔法陣が出るんだべ? ずるくねーか」
「ウチこんなの覚えらんなーい」
錬成スキルを習得している大きな利点は、魔法によるオートで瞬時に錬成陣が描かれることだ。例の如何にも魔法っぽい光の魔法陣として。
僕も『呪術師の髑髏』を使えば、一発で『簡易錬成陣』を発動できる。
「でも、自分で描いても効果は発揮するんだよね」
そもそも、僕が一番最初に獲得した魔法陣は『簡易錬成陣』ではなく、オリジナルで描きだした『六芒星の眼』である。
バジリスク攻略時に編み出し、それからは赤ラプターを倒す時の罠として使ったくらいで、使用頻度は低い。やっぱ事前準備が必要だと、基本的にエンカウントによる通常戦闘では使うことはできないし。
それでも、ただ自らの手で図形を描くだけで、何かしらの魔法効果を得られる、ということが証明されたのは大発見と言えるのではないだろうか。それはすなわち、神様からスキルを授からなくても、人は魔法陣の力を使えるということだ。
「だから、まずはみんなで錬成陣を描いて、発動を目指そう」
幸いにも、僕らは沢山ノートを持っているし、筆記用具もあるからね。
一度書いたノートも、それを素材として複製陣にかけてコピーすると新品同様に戻せるし、失敗を気にせずガンガン書けるぞ。
「はぁー、なんかこうして机に向かうなんて、久しぶりな感じするべ」
「こういうのウチ苦手なんだよねー、速攻で眠くなってくるし……」
そういえば蘭堂さん、地味にウチのクラスで学力最下位なんだよね。
でも今は命とかかかってる状況だから、出来るだけ頑張って欲しい。
本体の僕らが『簡易錬成陣』の練習を始めている一方、蒼真道場の方では素振りをはじめとした基礎トレーニングを一通り終わらせ、次の訓練に入ろうとしていた。
「やはり、みんな天職の力でここまで戦い抜いてきただけある。これなら、いきなり実戦的な技の練習に入ってもいいだろう」
蒼真君はみんなの高いポテンシャルを見て、満足そうに言う。
武術に限らず、素人がスポーツを始めた場合、まず重要となるのはその競技に耐えうる体作りであろう。ランニングやら筋トレやら、肉体そのものを鍛えるトレーニングは様々だ。
ただし、それらは地味である。決して楽しい作業ではないだろう。僕なんて、金でも貰わないと、走ってなんていられないよ。マラソンは拷問。
しかしながら、蒼真君の言う通り、すでにそれなりのダンジョン攻略を経験してきた僕ら、というか前衛職の面々にとっては、すでに十分、戦闘についていける肉体が出来上がっている。
ほとんど天職を授かった恩恵だろうが、貰ったモノは有効活用すればいい。
「まずは基本的な技から行こうか」
「ちょーっと待った!」
と、そこで声を上げたのは僕ではなく、なんと上田であった。
「本当に蒼真は俺らより剣術がスゲーのかよ?」
「どういう意味だ?」
「確かに、お前は強ぇよ。そこは認める。けどなぁ、その強さは『勇者』のお陰なんじゃねーのかよ。俺らだって、お前みてぇにド派手に光る剣を使えりゃあ、同じくらい強くなれんだろうが」
なるほど、一見すると完全に強い天職に対する嫉妬染みたイチャモンにして、次のページにはこてんぱんにやられるかませキャラみたいな言い草ではあるが、上田の発言はなかなか正しい見解である。
蒼真君の強さは蒼真流剣術本来の強さではなく、あくまで天職『勇者』によって与えられた破格の強さであるということ。そりゃあ、日本の剣術である蒼真流に、剣を光らせてビームを放つ奥義などあるはずもない。
「それなら、純粋な剣技のみで勝負をすれば、俺に勝てると言うのか、上田」
「へっ、俺だって伊達に『剣士』で戦って来てねぇんだよ」
ほう、さりげなく剣士としての誇り的な気持ちも持っていたとは。意外に上田、ロマンチストか。
「まぁ、確かにな。木刀だけでやり合うってんなら、勝てないにしても、そう簡単に負ける気はしねぇな」
上田の啖呵に乗っかって、中井もヤル気のあることを言い出した。
「蒼真君どうする? 生意気言ってんじゃねぇよ雑魚どもが、とか言って『光の聖剣』でぶった切る?」
「そんなことするワケないだろう。お前は俺を何だと思ってるんだ」
「キレたら弱者相手にも全力で殺しにかかってくるから、怖いなーと」
「ぐっ……桃川、お前がそれを言うのか」
そりゃあ僕しか言えないよ。僕みたいな貧弱チビっ子を相手に、殺意全開で切りかかってきたんだからね。
「頼むから桃川、少し黙っていてくれ」
目頭を押さえながら、あからさまに怒りを抑えています雰囲気を出しながら、蒼真君はあらためて上田達へと向き直る。
「上田、お前の気持ちはよく分かる。剣をとる者なら、そういった感情は覚えて当然のものだ」
「へっ、気取りやがって」
「ならば、勝負を受けよう。天職の技は使わない、純粋に剣術だけの勝負だ。勝っても負けても、俺の実力が教えを乞うに値しないと思ったなら、やめてくれて構わない」
「おし、いいぜ蒼真。お前の実力の底を、見極めてやるぜ」
おお、これはなかなかに面白い展開になってきた。なんかちょっと少年漫画的な展開である。そうなると、やはりどうあがいても上田は噛ませにしかなりそうもないが。
蒼真流の技と、天職『剣士』の技。真っ向勝負すれば、どちらが上なのか。
非常に気になるが、僕の見立てではそもそも蒼真君と上田とでは、素のステータスが違う。強化系武技や強化魔法などなくても、単純な筋力において蒼真君の方が上である。土台が違うのだから、純粋な技の勝負にならないのが残念だ。
「他にも、俺の実力に疑問があるならば、勝負は受けて立つ」
堂々と宣言する蒼真君。みんなの師匠をやるにあたって、その力を証明することは義務だと思っているのだろうか。真面目だねぇ。
その一方で、隅っこであまり興味なさそうに事の推移を見守っていたメイちゃんが、僕の方をチラチラっと見てくる。
彼女のアイコンタクを翻訳すると、
「小太郎くん、どうする? 蒼真ボコる?」
勝負と聞いて、明日那との決闘を思い出して血がたぎったのだろうか。なかなかに好戦的な意見が出たもんだ。
「いや、ここは大人しく蒼真君の教えに従っていいよ」
ここで狂戦士を暴れさせてもしょうがない。今のメイちゃんなら、マジで蒼真流を覚えてレベルアップとかしそうだし。
「そんじゃあ、言いだしっぺだしな。まずは俺がやるぜ!」
「いいだろう。かかって来い」
そうして、師匠の座をかけた剣術勝負が始まった。




