第207話 奪ったモノ
「夏川さん、ゴーマを虐殺して奪ったハチミツは美味しい?」
「うん、美味しい!」
満面の笑みである。
心から幸せをかみしめるような素敵な笑顔で、夏川美波はゴーマから奪ったハチミツで作られた、妖精胡桃のハチミツ漬けをパクついていてる。
今回の作戦で最もヤル気に満ちていたのは彼女であり、そして、成功を喜んでいるのも彼女だ。天職『盗賊』として、略奪の喜びを覚えたといったところだろうか。
夏川さんだけでなく、他のみんなもおおむね甘味の入荷を喜び、メイちゃんの新作ハチミツスイーツに舌鼓を打っている。
平和に暮らしていたゴーマの集落を襲っては、大切なお宝である甘味を奪ってこんなにおいしそうに食べて喜んでいるんだから、人間って残酷だよね。
いやぁ、ゴーマが人間離れしたキモい化け物で良かったよ。女子供を殺し尽くしても、全く良心は痛まないからね。
「けど、アイツらも人の心はありそうだったけど」
僕はボスだけは上手く村から逃げ出すかもしれないと思い、あえて逃げ道を一つだけ残していた。下手に完全封鎖すると、どこから逃げ出すか分からないからね。
村の構造は祭壇塔からの監視でほとんど把握済み。裏口みたいな小さい入口が、ブタガエルの養殖場にあることは分かっていたから、ここを手薄にしておけば、必ずここから出てくるだろうと思ったら、案の定である。
そうしてまんまと村の奴らを見殺しに、自分の家族だけを連れて脱出してきたボスのゴーヴ。
アイツをアラクネに捕まえさせたまま、目の前で妻子を殺したらやけに激しく叫んでいた。メスゴーマも、メイちゃんが最初に飛び出してきた子供を踏みつぶしたら、奇声を上げて襲い掛かって来たし。
あの様子から、少なくとも親子、家族、の間における親愛の情がゴーマにもあることが確信できた。
だからといって、見逃してやる義理はないけどね? 所詮、奴らは人喰いの化け物に過ぎない。駆除するべき魔物であり、その上、僕らに役立つ物資を持っているならラッキーだ。
ゴーマ相手になら、ヒャッハーと高笑いをあげて略奪できるよね。
「それに、いい練習にもなったし」
今回のゴーマ村襲撃は、ヤマタノオロチ攻略に向けた予行演習の一環も兼ねていた。
すでに何度も探索部隊によるクラスメイト達との共闘は行っているけれど、ほぼ全員参加となる戦いは初めてだ。
ぶっつけ本番で18人フルメンバーを動員するのは無茶だろう。普段の少人数のパーティとは違う、大人数での作戦行動そのものに、僕らは慣れておかなければいけない。
結果としては、みんな思った以上に上手く動いてくれたので、一匹のゴーマも村から逃がすことなく、無事に殲滅を完了した。戦闘そのものはみんなも慣れたモノだし、あの村の奴らは雑魚ばっかだし。
心配するほどの問題は起きなかったけれど、また別の問題点を認識することもできた。
「やっぱり、通信手段はちゃんと確立しておきたいな」
パーティ間での連携は大体みんなできるようになっているけれど、別なパーティの動きをちゃんと把握できているかといえば、かなり疑問が残る。
今回の作戦だと、夏川さん率いる第一部隊が、村の正門を抑える。下川率いる第二部隊がもう一つの入り口を封鎖。そして、裏口の先に待ち伏せしている、僕の第三部隊。
おおまかに、この三つの部隊構成となっていた。
で、第一、第二、第三、の間ではほとんど何のやり取りもなかった。一応、スマホで連絡そのものはとれるようにはなっているが……いざ戦闘となると、悠長に電話もしていられないか。
今回は何のイレギュラーもなく作戦通りに事が進んだので、初期配置のままカタがついた。けれど、もしこれで祭壇からゴーマ王が救援部隊を召喚! みたいな展開となったら、どこまで対処できただろうか。
勿論、気を付けるべきは未知の転移能力を誇るゴーマの祭壇なので、分身の僕が塔の中でずっと見張っていたから、異常を察知すれば即座に全軍撤退の指示は出せるようにはしていた。
杞憂で済んだのは良かったけれど、やはりもっと互いの情報を把握できるような体制が欲しい。ヤマタノオロチ戦では、何が起こるか分からないし。
「でも、流石にテレパシー能力者はいないしなぁ」
スマホがあるだけ遥かにマシだろう。上手く活用する方法を検討するほうが現実的か。
とりあえず、複数部隊の効率的な運用方法は今後の課題として、考えておこう。
さて、今回の収穫は、なにもハチミツと砂糖だけじゃあない。
「桜ちゃんと姫野さんの二人は、これからちょっと僕と一緒に来てもらうから」
「……何を企んでいるのですか」
「えっ、私? 何なの桃川君……」
「そこまであからさまに嫌そうな顔しなくてもいいんじゃないの二人して」
警戒感全開である。
まるで街を歩いていた時に、黒高の不良にナンパされたような表情をしている。なんて失礼な。
「心配だったら兄貴でも彼氏でも好きな人連れて来てよ」
どうせ今日は休みだし、探索に出ている人は誰もいない。気になるならば、誰でも見学すればいいさ。別に、隠すようなことでもないしね。
「仕方ない、俺がついていく」
「はい、兄さん。お願いします」
「蒼真君が一緒に来てくれるなら、安心だよ!」
中嶋君は連れて行かなくていいの姫野さん? 自分の彼女が他の男と親しそうにしている場面を見てしまったラブコメ漫画の冴えない主人公みたいな表情してるけど。
まぁいいや。特に中嶋君が一緒に行くと言い出さないなら、このまま蒼真兄妹と姫野さんの三人だけで行こう。
「それじゃあ、さっさと行こうか」
というワケで、やって来たのは無人島エリアへの妖精広場。つい昨日、みんなでゴーマ村襲撃に集まったばかりの地点である。
村から奪った使えそうな略奪品はすでに学園塔へと運び終えており、ここには特になにも残ってはいない。けれど、学園塔に持ち帰れない大事なモノが、ここにはあるんだよね。
「はい、実験体1号から3号でーす」
この妖精広場の裏手に、ボスのゴーヴをはじめとした、生け捕りにしたゴーマを繋いである。
蘭堂さんの土魔法建築練習の一環で、牢屋モドキを作っており、奴らはその中にいる。
「うっ、これは……」
中にいるゴーマは見るからに瀕死といった有様で、最も体力のあるゴーヴも息も絶え絶えといった様子で消耗しているのが明らかに分かる。勿論、奴らはただ疲れているだけでなく、相応に出血も強いている。傷による出血よりも、自分で吐いた血の方が多そうだけど。
「なんて酷い……こんなのは人道に反します」
「ゴーマは人じゃないのでセーフでしょ」
「だが、いざこの有様を見せつけられると、いい気はしないな」
「僕だって別に好きでやってるんじゃないし」
魔物を相手にした実験は、僕にとっては仕方なくやるしかない検証方法だ。
ゲームじゃないから、数字でダメージや効果は確認できない。そもそも授かったスキルの説明は大体フレーバーテキストだし。
「何でもいいけどさ、とりあえずコイツらを治癒魔法で回復してよ」
「……はぁ?」
「な、何故私がそんな真似を」
ゴーマを癒すなどとんでもない、とでも言いたげな反応である。
「でも治ればもう一回、実験に使えるし」
「そんなおぞましいことのために、私は協力などしませんよ」
「私もちょっと……」
「いいや、これは僕のためじゃなくて、二人のためでもあるんだよ」
言うけれど、二人はすでに僕の話を聞こうともしない。
「蒼真君」
「分かったよ、理由くらいは聞いてやる」
こちらも渋々といった様子ではあるが、ちゃんと聞いてくれるだけ遥かにマシだよね。なんだかんだ、こういうところは生真面目な性格である。
「治癒魔法の練習をして欲しいんだよね」
「練習? そんなのは別に実戦で使っていればいいじゃないか」
「それはそれ、これはこれ」
実戦における治癒魔法の活用は、確かに効果的だ。なにせ実際の戦闘中に使うのだから、それそのものが経験である。
だがしかし、実戦の中で常に負傷者が出るとは限らない。むしろ、今の充実した戦力であれば、素材集めの探索だけで負傷することはかなり少ないだろう。
怪我人が出なければ、治癒魔法の出番はない。そして、使わなければ熟練度は稼げない。
「特に姫野さんなんかは、治癒魔法の使用回数がかなり少ないと思うんだよね」
「そ、そんなこと……」
「そんなことないなら、もっと上位の治癒魔法を習得できてるはずなんだけどね」
「うっ!?」
という反応は、治癒魔法の熟練度が低いからか、それとも、すでに『治癒術士』ではないからか。
まぁ、どっちでもいい。たとえ姫野さんが眷属でも、今でも『微回復』が使えるということは、まだ治癒魔法が伸びる可能性はゼロではないということだ。
「ゴーマが相手なら、好きなだけ傷つけられる。だから、何度でも治癒魔法をかけられる」
「最悪の発想ですね」
ちゃんと聞いてるじゃないか桜ちゃん。
「傷の深さも自由だから、どこまで治せて、どこまで無理なのか。手足が千切れたらくっつくか、生やせるか、出血はどこまで抑えられるか……治癒魔法の性能を、正確に把握もしておきたいしね」
「この人でなし」
「毒の実験もできるし、治癒魔法の練習もできる、一石二鳥の素晴らしいアイデアだよね」
僕の自信満々な目と、どこまで冷ややかな桜の視線が交差する。
果たして、どちらの主張が通るのか。
「……桜、一応、協力はしてやろう」
「兄さん!」
「治癒魔法は俺達にとっての生命線だ。いざという時、命を繋ぎ止められるのはお前しかいないんだ」
「そ、蒼真君、私は……」
「姫野さんはちょっと黙ってて」
今、蒼真君が桜を説得しているフェーズだから、二人きりの世界にしないといけないんだ。
「ヤマタノオロチと戦うなら、無傷では済まないだろう。治癒魔法を鍛えられるなら、それに越したことはないはずだ」
「……分かりました。確かに、最悪の状況でも命を救える可能性があるのは、私の治癒魔法だけですからね」
「ああ、その通りだ。やり方は、ちょっと問題がある気もするけれど……我慢するしかないだろう」
「仕方がないですね、兄さんにそこまで言われれば、私もやるしかありません」
「じゃ、後はよろしくぅー」
「少しは感謝の気持ちを示したらどうですか桃川っ!」
やるって言ったの自分じゃないか桜ちゃん。単なる自分の決意表明に、人からの感謝の気持ちまで求めるなんて、浅ましい自尊心なんじゃないのかな。
「僕は次に試したい毒を用意しておくから。完治したら呼んでねー」
ともかく、これでゴーマの人体実験場も上手く稼働できそうだ。
正直、ヤマタノオロチにも通用するほどの毒が出来るとは思えないし、二人の治癒魔法が上達するのも難しいとは思うけれど、やれることは全部やっておきたい。
時間も資源も人手もある。天命を待つには、まだまだ人事は尽くし切れていないからね。
「ねぇ、小鳥遊さん」
「んー、なにー」
僕が声をかけると、エントランスでチンタラ仕事中の賢者様は、実に嫌そうな返事をくれる。
「あ、手は止めないで、そのまま聞いて」
「むー」
あからさまにむくれながら、止まりかけていた光石の融合錬成に戻る。ただでさえここが一番遅れているんだから、休まず作業してくれないと。
「これ読める?」
「読めなーい」
「もっとちゃんと見てよ」
「えー」
「手は止めないで」
「桃川君、小鳥の邪魔するならあっち行っててよ!」
まさかの逆ギレである。
まったく、これだから最近の若者は。キレる十代って、何年前のフレーズだっけ。
「まぁ、読めたらチラ見でも分かるか」
と、僕はあらためて彼女に見せたノートを眺める。
ここに書かれているのは、ゴーマの祭壇の魔法陣である。
あの祭壇はダンジョン由来のモノではなく、明らかにゴーマ自らの手によって作られていた。メインとなっている石版の、魔法陣が刻まれている面だけは平らに磨かれており、他の面は荒削りの岩のようになっている。それから台座を含めて周辺の装飾も、骨や毛皮、草花などをあしらった実に手作り感溢れる装いだ。
恐らくあのオーマと呼ばれていたゴーマ王が拵えた、ゴーマ専用の通信用魔法装置だ。
アレを自作できるというだけで、オーマの魔法の実力が窺える。多分、小鳥遊並みか、それ以上の錬成スキルか、全く別系統の魔法技術を習得しているだろう。
オーマの実力は未知数だが、気にするべきなのは祭壇の魔法陣そのものだ。
始めて見るタイプの魔法陣だったから、念のために詳細にノートに書き写してある。塔に忍び込んだ分身の僕が見ながら、実際にノートに書き写すのは本体の僕が妖精広場のテーブルでやっていた。
ゴーマ魔法陣の写しは、初期状態と、オーマと通信が繋がった時に変化した形状の二種類ある。
両方とも広げて賢者様に見せたワケだけど、あの反応だったわけだ。
「やっぱり、コレは完全にゴーマ流の魔法陣で、僕らが使ってるのとは別系統の魔法なのか」
そもそも僕の呪術が、他の魔術士系の魔法と同系統かどうか非常に怪しいところであるが。
何となく、ネーミング的に雛菊流呪術の方が、一般的な魔術士系に近い気がする。ルインヒルデ様の呪術って、名前がどれもポエミィだし。ついでに説明文も……
「うーん、何かに利用できないかと思ったけど、無理っぽいかなやっぱり」
でも、ヤマジュンが残してくれた古代語練習ノートと見比べると、古代文字とゴーマ魔法陣に使われている謎文字の中には、似通ったモノも見受けられる。
さらに、小鳥遊から地道に聞き出している新しい古代語の翻訳と、それからこっそりと奴が使っている錬成陣なども書き写している。
さりげなく古代語の研究、というほど立派ではないけれど、多少は齧っているので、僕も最近は結構、見慣れたてきたものだ。その上で、やはりゴーマ魔法陣に利用されている文字には、共通点は幾つか見受けられるのだ。
もしかすると、同じ古代語を源流として、人間とゴーマとで派生していったのかもしれない。
そうであれば、パっと見で「似ている」と気づける程度の差異ならば、ゴーマの謎文字を読み解くことができるかもしれない。
もっとも、それ以前に僕は古代語解読スキルがないので、読める古代語はまだまだ少ないのだけれど。
「流石に言語の解読は無理かなぁ……」
だって、こうして謎の古代文字の羅列を眺めているだけで、段々と眠気が――




