第205話 ゴーマの開拓村
「ここが奴らの巣だな」
その日の内に、僕は無人島エリアにあるゴーマの集落を発見した。ハチミツ捜索のレム鳥部隊に空からの索敵を続行させていると、簡単に見つけられた。
森の少し深いところに、明確に人の手によって切り開かれた場所があったからね。
中央にはダンジョンの遺跡である石造りの塔がある。そこから、ゴーマ城でも見たような粗末なテントが立ち並ぶ。
どの程度、魔物に対して効果があるのか分からない雑な木の柵も、一応は集落を囲っていた。
「見たところ、この集落は大した規模じゃない。多分、ゴグマもいないと思う」
「それじゃあ、今から襲うのか?」
それを僕に聞くのかい、蒼真君。君の後ろには、ゴーマ殲滅に燃える盗賊と狂戦士がいるじゃあないか。
「いや、しばらく様子を見ようと思う。砂糖のことも調べたいし」
「調べるといっても、どうするつもりなんだ?」
「僕が潜入してくるよ」
「そんな、危ないよ小太郎くん!?」
「いや、分身だし」
別に見つかっても困らない。『双影』の分身は僕の魔力を除いて失うモノはなにもないわけだし。
「それでも、奴らに見つかれば警戒はされるだろう」
「その時は、調査はそれまでということで」
所詮、こんなのはサブクエストみたいなもんである。
「だから、今日はみんな解散でいいよ」
「は、ハチミツは……」
「僕がちゃんと置いてある場所を調べておくから」
まぁ、後先考えないゴーマのことだから、採取した端から食べ尽くしていそうだけど。でも今の夏川さんには言うまい。
「分かったよ。小太郎くん、気を付けてね」
「せいぜい頑張るよ」
というワケで、僕の単独スニーキングミッションの始まりである。
みんなとはその場で分かれて、僕はレム鳥部隊だけをお供にして、さらに森の奥にあるゴーマの集落を目指す。分身だから、どんだけ走っても疲れないから、移動する時は便利なものだ。
幸い、道中でモンスに襲われクエスト失敗、とはならなかった。ここでラプターにでも絡まれていたら、普通に終わってたよ。
「ちょうど夕暮れか」
僕がゴーマの集落を目視できるポイントまで接近した頃には、空は夕焼けに赤々と染まっていた。まぁ、屋内なんだけど、リアルな空のグラフィックは本当にオーバーテクノロジーである。
「今の内にご飯食べておこう」
完全に陽が暮れるまでの間、僕は本体に戻って、メイちゃんと和やかに夕食を済ませる。
こういう意識の切り替えをしていると、分身の操作はVRゲームでもしているような感じだよ。こんなリアルな操作感のVRなんて、まだ日本に存在しないけど。
さて、お腹も膨れたことだし、そろそろ戻るとしよう。
木の影に潜ませておいた分身を再び起動。周囲は真っ暗で、いい感じに夜になってくれた。
「奴らが夜行性じゃなくて助かるよ」
ゴーマが人間と同じ程度の生活サイクルをしていることは、ゴーマ城の攻略で知っている。だから、陽が落ちれば奴らも寝静まって、潜入できる余地も生まれる。
見たところ警備も手薄だし、僕でも大丈夫だろう。
「こういう時に、射手の髑髏を使えれば良かったんだけど」
紛失のリスクは冒せない。あの髑髏の付け替え可能な杖は、今のところ一品モノだから。
さて、そろそろ完全に陽も落ちたし、行くとしよう。
「頼むから真面目に警備なんてしてるなよ」
集落の周りは木が伐り倒されて開けているので、視界が広い。昼間なら一発で見つかるだろう。
僕は雑草の生える草地を匍匐前進で、少しずつ集落までの距離を詰めていく。
ざっと見た感じでは、柵の入り口に当たる箇所にのみかがり火が焚かれ、見張りが何体か突っ立っている。それ以外の箇所は、時折、歩哨が歩いてくるだけで、警備はガバガバである。
「よし、ひとまずは潜入成功だ」
雑な造りの木柵を越えて、集落へと潜入。この柵はラプターくらいのサイズの相手を想定しているのだろう。ちょっと黒髪縛りの縄梯子をかければ、簡単に超えられた。
「とりあえず、あの塔だな」
ここの中心地は間違いなくあの塔だ。立地的にもそうだし、なにより、テントしか作れないクソ建築技術のゴーマにとって、堅牢な石造りの建物は自動的に重要拠点となる。ゴーマ城もそうだし、ピラミッド城もそうだ。
ここの塔はゴーマ城に比べて随分と小さい、本当に3階建て程度の塔が一本あるだけだ。
集落にある遺跡のサイズは、そのまま集落の規模と強さを示しているように思える。ゴーマ城にはゴグマが一体だったけど、それよりも遥かに巨大なピラミッド城には、ゴグマ四天王に加えて大ボスの四つ腕もいたわけだ。
「まぁ、ゴーヴの一体でも僕相手じゃ瞬殺だろうけど」
本体だったら流石に対処できるけど、分身では黒髪縛りと腐り沼を少々使えるだけだ。発見されれば余裕で倒される。
「っと、言った傍からゴーヴかよ……」
ゴーマ共が寝静まったテントが張ってある区画を、相変わらずの匍匐前進で進んでいると、歩哨なのか、それともトイレで起きたのか、ゴーヴがのしのしと歩いているのを発見。
というかアイツ、このままこっちに来るぞ……まだ見つかってはいないが、距離を詰められれば発見されるかもしれない、
後退、するにしては匍匐の体勢はよろしくない。身を潜めるだけの遮蔽物も見当たらない。
おっとぉ、桃川小太郎、ここで任務失敗かぁ?
「レム、お願い」
「チュチュン!」
困った時のレム頼み。
連れてきたレム鳥をテイクオフさせ、ゴミ捨て場で縄張り主張するカラスが如く、歩くゴーヴの頭上スレスレを威嚇飛行させる。
「ブゴッ!? グブラ!」
まさかこんな夜中に鳥に襲われるとは思わなかったのだろう。
腕を振り回しながら、鋭い怒りの声を上げている。
おい、あんまりデカい声は出すなよ。
「チュンチュン」
「ムガぁ! ゲブル、ゴンガァーッ!」
レムの見事な誘導によって、怒ったゴーヴは飛び去るレム鳥を追いかけて、僕が潜む反対方向へと走って行った。
こんな夜中に鳥を追いかけるとか、マジでゴーマはアホだよね。
「しかし、もうこの手は使えない。一気に塔まで辿りつかないと」
僕が連れてきたレム鳥はあれで最後の一体だ。
『召喚術士の髑髏』がはまった愚者の杖は、メイちゃんに預けて学園塔に戻してあるので、テイムした鳥も使えない。
覚悟を決めて、気合いの匍匐前進!
「ふぅー、なんとか到着したぞ」
塔の扉は開け放たれている、というか、最初から扉がついていない。そして、ゴーマ如きに扉を取り付ける技術もないため、常にオープンである。
入口には一つだけ松明が設置してあるだけで、警備は誰もいない。実に都合がいい。
もしかして何か罠が仕掛けてあるのかも、などと疑いながらも思い切って入口へ飛び込んでみれば、特に何もなく、侵入成功。
さーて、気になる塔の内部は……
「なるほど、祭壇ね」
広さとしては通常の妖精広場と同じくらい。その中央には噴水の代わりのように、円形の台座と、大きな墓石みたいな石版が突き立っている。
その祭壇には、如何にも魔法陣ですとばかりに、ミミズがのたうったような文字らしき図形がビッシリと書きこまれ、円を基調としながらも、歪な陣が描かれている。
そして、その妙な魔法陣は不気味に赤い光を、ぼんやりと輝かせていた。
「古代語でもないし、遺跡やコンパスとかの魔法陣とも形が随分と違う……ってことは、これがゴーマ流の魔法なのか」
薄らと輝きを発している、という点から魔力が通い、魔法陣が起動状態にあることは間違いない。それでいて、僕がこれまで見てきたどの魔法陣とも類似性が見られないので、奴らのオリジナルだと判断できる。
勿論、これといった解読スキルはないので、どういうモノなのか効果や機能の判別はできない。適当に弄って見るのアリだけど、それはまだ時期尚早。
「分かりやすく光ってて、物色するにはちょうどいいや」
真っ暗だろうと思っていたが、石版が光っているお蔭で、多少は室内が照らされている。豆電球をつけてるくらいの明るさだ。
「結構、雑然としてるな。やっぱ倉庫としても利用してるのか」
部屋の四隅には、雑多なサイズの木箱やら壺やらが転がっている。祭壇の周囲以外は大体、モノが積み重なっているので、僕が隠れ潜むのにもちょうどいい感じだ。
とりあえず、探すだけ探してみるか。
「うーん、案の定ガラクタだらけかよ」
まぁ、期待はしていなかったけどね。
箱の中身は大したモノは入っていない。何かのモンスターの骨やら、雑な作りの革やら。遺跡街に繰り出して収集してきたのか、よく分からん破片やらゴミみたいなモノが入っていることもある。
ガラクタの他には、保存食のつもりなのか、干からびた果実のようなモノが詰まったものもあった。
「おっ、コレはもしかしてハチミツでは?」
たまたま覗き込んだ小さい壺の中には、トロトロした黄金の甘味であるハチミツが詰まっていた。
まぁまぁの量である。とりあえず、これだけでも確保できるよう、隠しておこう。あの辺の如何にも長年放置されているっぽい木箱の中に入れておくか。
「ふわぁ……そろそろ寝るか」
ひとしきり塔内の物色を済ませ、ハチミツ壺も確保したこで、今夜はこの辺にしておこう。他にできることはなさそうだし、僕本体もちゃんと寝ないと翌日の活動に支障をきたすからね。
僕は一応、身を隠すつもりで、大きな壺の中に入った。気分はタコか。
とりあえず、明日一日くらいは昼間の村の様子を観察してみよう。
「……おはようございまぁーす」
ゴーマ達の朝は早い。
僕が学園塔で起床し、身支度を整え朝食を終え、相変わらず仕事の進捗状況が悪い小鳥遊を叱ってから、ゴーマ村に潜入中のアバターにインしてみれば、すでにゴーマ達は活発に動き回っていた。
「よし、普段はここの塔には誰も寄りつかないみたいだな」
祭壇があるせいだろうか。少なくとも、無意味に中に入ってくるような奴は誰もいない。
ここは村の中心地にあり、かつ、誰も近寄らず、ほどほどに小窓などもあるので、村を観察するにはうってつけのポイントである。
僕は夜が明けてそれなりに明るくなった塔の中で、物音を立てないよう慎重に歩きながら、窓から村の様子を眺めた。
「こういう生態観察は、バジリスク以来かなー」
ゴーマは僕らにとっては、最も馴染み深い魔物といえるだろう。
クラスメイトの中には、序盤で遭遇した雑魚モンスには微妙な差異もあったりしたが、このゴーマとだけは誰でも必ず、かつ頻繁に遭遇している。
それだけダンジョンに生息域を広げているゴーマであるが、実はあまり多くのことは分かっていない。僕らにとってゴーマは、出会ったらその場で殺す、単なる障害物でしかないからそれで十分な扱いではあるけれど。
しかし、RPGの雑魚モンス然としたゴーマ共だが、奴らもまたこの世界に生きる生物であることに変わりはない。つまり、奴らには奴らなりの暮らしぶりがあるということ。
「ふーん、意外と普通に生活しているな」
村の中は、ゴーマらしくギャアギャアと汚らしい言語が飛び交い騒がしい。親もいれば、子供もいる。
村の各所には共同の竈のような場所があり、そこにメスと思しきゴーマが複数集まり、調理を行っている。その周りには、小さい子供が群がって、追いかけっこやら取っ組み合いやらして遊んでいた。
「っていうか、メスはああいう姿なのか」
ゴーマのオスとメスの見分け方は、一目瞭然だった。
いつも僕らがぶっ殺しているのがオス。やはり、集落の外に出張ってくるような奴は、男の仕事になるらしい。
一方のメスは、こういった集落に来なければその姿を見かけることはない。なので、今回は初見なのだが、メスだとすぐ分かった。
それは、腹だ。
ビール腹のように、腹がでっぷりと出ているのだ。
腹部の膨らみには、かなりの個人差が見受けられる。妊娠状態の進行度でサイズの違いは勿論あるだろうが、恐らく、妊娠していなくても腹はオスに比べてあきらかに膨らんでいる。
逆にいえば、顔も胸も尻も、オスゴーマと大差はない。けど、腹という目立つ部位が膨らんでいるので、パっと見ですぐ判別はつく。
「……腹がデカいのがモテるのか?」
ちらほらと、オスがメスの腹を触って喜んでいるような姿が見受けられた。
醜悪なゴーマの面であるが、僕には分かる。アレは男がおっぱいを揉んでる時と、同じ喜び方だ。それくらいしまりのねぇ面をしている。
胸も尻もない代わりに、腹がセックスアピール一点突破となっているようだ。多分、腹が大きい方が、沢山子供を産めるとか、そういう本能的な理由づけだろう。
「ふーん、ボスの女ともなれば、特に腹もデカいってワケか」
入口の方から外を覗き込んでみれば、村の正門となる位置に、これから狩りにでも出かけるのであろう、一団が集まっているのが見えた。
三体のゴーヴがいて、真ん中の奴は頭一つデカい上に、鋼鉄の鎧を着こんでいる。この村のボスか、少なくとも戦士を率いる立場にいるのには間違いない。
そんな鎧のボスの周りには、奴の女と思しきメスゴーマが二体寄り添っている。
二体のメスは、どちらも他のメスよりも一回り以上は大きな、それはもう立派な腹をしている。おっぱい換算でいえばGは越えているレベルだろう。
そして鎧ボスは、その二体のG級お腹を撫でまわしては、ご満悦な表情。間違いねェ、コレはおっぱいを揉んでいる顔だぜ!
「ゴーマのくせに巨乳ハーレムだとぉ……許さねぇ絶対ブっ殺してやる」
僻み根性全開でそんな様子を眺めている内に、ゴーマの狩猟部隊は村を出て行った。
大半のオスは出払って行ったが、やはり最低限の防衛戦力は残している模様。要所にはオスのゴーマと、正門には一体だけゴーヴが残っている。
この村で確認できた限りだと、ボス含む狩猟部隊のゴーヴが3と、防衛の1で、合わせて4体。たったの4体だ。遺跡街で初めてハイゾンビを目撃した時ですら、ゴーヴ7体編成だったというのに……やはり、この村はゴーマ集落の中でも相当のド田舎だと見た。
「制圧は簡単だな。けど……」
この際だ、もう少し奴らの生態に関して調査してもいいだろう。
早くハチミツを奪還せよと夏川さんが本体の方に詰め寄っているが、今日一日くらいは待って欲しい。こんなに奴らを間近で観察できる機会は滅多にない。
どうせ今後もゴーマとのエンカウントは続くのだから、奴らに関する情報は多い方がいいだろう。物凄い強いゴグマが現れたとしても、ソイツの女を人質にするとか、戦術の幅も広がりそうだしね。
そんなワケで、僕が説得した結果、今日一日は待ってくれることになった。
そうして僅か一日ではあるものの、観察結果として得られた情報はなかなかのものだ。
まず、ゴーマの出産について。
総人口200といった小規模な集落だが、日中でメスゴーマが子供を産む出産イベントが2回発生した。
1回目は塔から死角になったので見えなかったが、2回目はかなりいいアングルで見えた。
「アイツら、卵から産まれるのかよ……」
驚愕すべきは、奴らが卵生だったこと。
汚らしいダミ声を上げてメスゴーマが股座からひねり出したのは、ソフトボールサイズの卵だ。ゴロゴロと5個か6個は出ていた。
やはり下等な魔物だけあって、人間よりも多産だ。コイツがたまたま五つ子を産んだ稀有な例とは思えない。最初の方でも、卵の数は5つを越えていたことは、その後の奴らの動きから分かっている。
卵を生み出すと、すぐに中から赤ちゃんゴーマが殻を割って這い出てくる。
こんにちは赤ちゃん、世にもおぞましいゴーマベビーの誕生である。
しかし、卵を割れない奴もいた。
僕が見た中で、割れなかったのは二つ。片方はヒビが入っただけ。もう片方は、半ばまで這い出てきたが、途中で力尽きた格好だ。
そういう子は、大人が殻を割って助けるのかと思ったが……
ところで、話は変わるけど、奴らは地味に畜産業も営んでいる。
村の柵のすぐ傍には、また別に柵が囲われた小さな池がある。池というか、泥沼みたいな汚い水辺だ。
そこには、いつか見かけた豚のような顔をしたカエルが住んでいる。
ゴーマは残飯らしきモノを放り込んでは、そのブタカエル共に食わせている。明らかに、餌をやって飼育していた。
途中で一匹のブタガエルが連れ出されて、メスに捌かれているのを見たから、食肉として利用されているのは間違いなかった。
要するに、生まれ損なった赤子は、ブタガエルにとってはちょうどいい餌になるということだ。
「一回の出産で卵5個、内、生まれ損ないが2個。それがメス2体分……一日で6体は増えるのか」
これは驚異的な数だ。
6体の内、無事に成長するのが1体だけだと仮定しよう。そうだとしても、僅か一年で365体。200の人口が軽く倍増している。
もっとも、ゴーマが数字通りに繁殖していればダンジョンはコイツらで溢れ返っているから、何かしら人口が頭打ちする要因はあるだろう。平気で赤子を家畜の餌にするし、強い魔物も沢山いるし。
ともかく、奴らが弱いくせに無警戒にどこにでも現れては、積極的に喧嘩をふっかけてくる生態も納得がいく。これだけの速度で数を増やせるなら、生まれた端からオスは特攻隊員で問題ない。
「さっさとここを潰さないと、下手すれば無人島エリアで食料の奪い合いになるな」
僕らがのんびりヤマタノオロチ攻略を準備している間に、この食材豊かな無人島エリアにゴーマが大繁殖しました、となっては冗談ではない。流石にそこまで奴らが勢力拡大するほどの時間、学園塔に滞在するとは思えないけれど、目障りな存在であることに違いはない。
「ゴーマ殺す、慈悲はない」
と、改めて方針を固め切るには、この一日は十分すぎる時間であった。
「さて、明日の夜に襲撃するとして……今日の観察はもうこの辺でいいかな」
僕は昨日も隠れていた壺の中に入ろうとした、ちょうどその時であった。
「グルバ! ゼン、ガーダラガ!」
入口から、ゾロゾロとゴーマ共が入って来た。
あちゃー、ついに見つかったか、と思ったが……どうやら奴らは祭壇に用があるらしい。
僕は物陰から、ゴーマの様子を窺う。
「ゴーヴが4体……幹部勢揃いといったところか」
祭壇の前には、鎧を纏ったボス。
手には御供え物なのか、小さな壺と、毛皮、それからコアの詰まった籠だ。
ボスは手ずから、祭壇へとそれらを置くと、両ひざをついてその場でしゃがむ。
しゃがみこんだボスの隣には、人間でいう巨乳嫁に相当する、腹のデカいメスゴーマが一体、控えている。もう一人の巨乳ちゃんはどうした。コイツが正妻か。
そしてボス夫婦の後ろに、3体のゴーヴが続き、さらに後ろには、まぁまぁ上等そうな衣服を着用したゴーマ達が複数体いた。
「オーマァーッ!」
ボスがいきなり叫んだ。
「オーマ!」
「オーマッ!」
すると、ボスに続いて他の奴らも同じように叫び始めた。
オーマ、とそう叫んでいる。基本ゴーマは叫んでばっかだが、はっきりと単語を聞き取れたのは思えば初めてのことかもしれない。
このオーマってのは、奴らの祈りの言葉か、それとも崇めている神の名前か。
何にしろ、意外に信心深い習性があるのだなと感心ながら眺めていると――
「魔法陣が……動いた?」
間違いなく動いている。ゾゾゾ、と不気味に魔法陣は石版の上を蠢きながら、その赤い光が強く輝く。
なんだこれ、ただのお祈り儀式じゃなくて、何かしらの魔法儀式だったということか!?
「オォーマァーッ!」
そして、一際大きな叫びが塔内に響き割った直後――石版に、魔法陣とは違うモノが現れた。
「ゼブ、グラ、アブラーダヴァ」
ソレはゴーマだった。石版に映し出されているのは、別なゴーマの姿。
そうか、この祭壇はテレビ電話みたいなもんで、それで他の場所と通信が可能なのだ。
「ゴーマの王、なのか?」
見たところ、映し出されたゴーマは、今まで見たことがない姿と出で立ちをしていた。
付け毛なのか地毛なのか、真っ白い髪と髭が長く伸びている。それでいて、深く刻まれた皺とヒョロっとやせ細った体格は、まるで仙人のような佇まい。
だが、黄金に輝く冠と、色とりどりの宝石をぶら下げ、白い毛皮のローブのような衣装を纏う様は、実に俗っぽい王様のような感じである。
「ウゴゴォ……オーマ!」
ゴーマ王が映る石版を前に、ボス達は明らかに緊張した様子で、土下座のような体勢で平伏しきっている。
奴らが何と喋っているのかは全く分からないが、両者の立場は明白であった。
「ザガラ、ベダブ、ゴルルボガ」
土下座状態のボス達を前に、至極当然といった様子のゴーマ王は、何やら喋り始めている。
あっ、これ絶対長くなるパターンだ。
あの面、全校集会で千を越えるエリート生徒共を立たせていることに優越感に浸りながら、水で薄めすぎたカルピスみたいな内容を長々と語って聞かせる、白嶺学園の理事長と同じだ。
ああ、嫌だねェ、権力者としての悦に浸るジジイの醜い面といったらないよ。
などという感想を人外のゴーマ王の演説を聞き流しながら思い浮かべていると、ようやく話は終わるところだった。
「――グフ、ブラガ、ゼド」
そう締めくくると、再び石版が激しく赤く発光を始める。
何が起こったのかは、光が収まった時に明らかとなった。
「ンボォ、グバ! オォーマァ!」
何やら凄い喜んでいるらしいボスは、祭壇の前に現れた小さな壺――お供え物とは異なる、白い陶器の壺を手に、歓喜の雄たけびを上げていた。
「グバラ!」
「ゼバァーッ!」
「オーマ!」
他の奴らも、何やら盛り上がっている。
石版の前のお供え物が消え、代わりに白い壺が現れた。
「なるほど、こうやって取引もできるのか」
ならば恐らく、あの壺の中身は……
「ンバァーッ!」
歓喜爆発といった様子で絶叫するボスは、白い壺の中身である白い粉を指先につけて、舐めていた。
「砂糖の出所は、そこか」
最後の疑問も氷解し、実に有意義なゴーマ村観察は終わりを迎えた。
ありがとう、君達。ここは実にいい村だった。これで気分よく、明日の夜に村を焼き払えるよ。




