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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第3章:クスリ
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第19話 生餌

「……酷い有様だ」

 双葉さんを通路の脇まで誘導してから、一分、二分……恐らく、五分くらいはグッタリしながら呆然と休んだ後、気を取り直してゴーマの死体検分を始めた僕の第一声が、コレである。

 一体、何度突き刺したのか分からないほど、全身血塗れとなっている。残虐さだけがウリのB級ホラー映画に登場するような惨殺死体だ。

 まぁ、初めて殺意を持っての殺人に及んだ場合、勢い余って滅多刺しにしてしまうことがあるらしいから、そういう意味では、この結果も仕方ないと言えなくもない。

 しかしながら、リアルでこんなグロい意味で18禁な死体を間近で見ていても、あんまり抵抗を感じないのは、自分で仕出かしたものだからだろうか。僕の感覚も、この短いダンジョン経験で結構マヒしてきているのかもしれない。

 ほんのちょっと休んだだけで、こうしてそこそこの冷静さを取り戻していることからも、割と信憑性のある説だ。精神スキルも習得してないし。

 とりあえず、今は僕のことなんてどうでもいい。さっさとゴーマを調べて、この場を去りたい。

 赤犬の時は、コアには期待できなかったけど、ゴーマなら欠片くらいは採取できるかもしれない。何より、人型のゴーマはボロいながらも武装していた。弓を使って遠距離攻撃を行うことも、双葉さんの話で判明している。

 つまり、装備鹵獲のチャンスというワケである。

「あれ、コイツ――」

 しかしながら、改めてしげしげと倒れたゴーマを観察、というか、パっと見ただけで分かったことがある。

「――全裸じゃないかっ!?」

 へ、変態だぁーっ! と叫ぶより前に、どうしようもなく期待外れの展開に愕然とさせられる。

 うん、何度見直しても、コイツは裸だ。

 思えば、こんな至近距離でゴーマを見るのは初めて。最初に目撃した時は、女子生徒を喰らっているシーンを、ちょっと離れた扉の隙間から覗いていただけだし。

 こうして改めて観察すると、そのゴキブリ染みた色の皮膚の他にも、骨格レベルで人間と異なっていることに気づかされる。

 体の大きさそのものは、成人男性よりも小さめ、ぶっちゃけ、僕と同じくらいだが、この黒くヌメった肌の人型の裸体を見ても、連想するのは人間の体よりも、オランウータンのような動物といった感じ。やや前傾姿勢で、足が短く手が長めの体型は、生物の資料集に登場する初期の原人の姿が、一番適切なイメージだろう。

 それにしても、コイツはオスなのかメスなのか。ついつい、股間に視線が集中してしまうが、どうにも判別がつかない。勿論、有るのか無いのか、触ってまで確かめようとは思わない。

 ゴーマが雌雄同体の生物であったとしても、今の僕にとっては激しくどうでもいい情報だし。

「ちくしょう……コイツ、本当に何も持ってない……」

 パンツは履かなくてもいいけど、せめて護身用のナイフ一本くらいは持っておけよ。ここは凶悪な魔物が闊歩するダンジョンだぞ。何で全裸で徘徊してんだ、この間抜け。

 いや、それとも、普通のゴーマは猿と同じく裸生活なのかもしれない。

 女子生徒を食ってた奴らは、ゴーマ内では狩人か戦士の特権階級で、魔物を狩るために彼らにだけ衣服や武器の所持が許されているだとか。

 くそう、ゴーマの生態なんて考えても仕方ないだろう。情報よりも、物理的な収穫が必要なのだから。

「……ん?」

 何かほんの少しでもいいから収穫を、と血眼になってゴーマの死骸を睨み続けた結果、ふと気づく。

 コイツ、やけに傷が多い。

 いや、滅多刺しにしたのはお前だろう、というツッコミには繋がらない。確かに、僕は自分でも数えきれないほどの刺突を喰らわせてやったが、当てた場所は全て胴体。

 単純に、最も大きな部位である胴を狙うのが、ついさっきの興奮と緊張状態では精一杯だったのだろう。頭を狙うだとか、他に急所を突こうとか、そういう発想は全くなかった。

 つまり、顔と手足に槍による刺し傷は絶対に存在しない。だがしかし、である。

「この傷は……刃物で切られたのか」

 そう素人目にも分かるほど、ゴーマの手足にはザックリと深い創傷が刻み込まれていた。その傷痕は、歪ながらも確かに一直線に走っており、決して鎧熊のような爪痕ではない。

 恐らく、切れ味の悪い刃物、そう、正にゴーマが装備しているような錆びたナイフのようなもので、強引に何度も同じ個所を切りつけたのだろう。

 傷の正確な位置は、両足のふくらはぎと、左の二の腕。何故か、右腕だけは無傷である。

「コイツは一体、何に襲われたんだ?」

 この異世界では、手足を負傷した魔物が経験値の美味しいボーナス雑魚敵のように、突如としてダンジョン内にポップするという現象が起こるのが当たり前――ってことは、流石にないだろう。少なくとも僕は、魔法以外は基本的に地球の物理法則に従って存在する自然界のように思える。

 だから、怪我をしているのならば、必ずその原因があるはずだ。このダンジョン内で考えられる可能性としては、不慮の事故と魔物に襲われる、の二つが大半だろう。

 今は例外的に、僕らのような人間が魔物と戦っているが……もし、このゴーマがクラスメイトと戦闘したのなら、手足に大きな損傷を負わせただけで放置しておく理由はない。

 この状況は、まるでゴーマの動きを止めるのを目的として、あえて殺さず負傷するに留めておいたのを、襲撃者が狙ったとしか思えない。

 それは一体、何のために?

 疑問は深まる。気分はまるで、ミステリードラマの主人公である。死体に隠された謎を、推理で解き明かす――

「……桃川くん」

 その時、不意にかけられた声に情けなくもビクっ! と体を強張らせてしまう僕。けれど、何もビビってなどいませんよという体を装って、ゆっくりと振り向く。

「双葉さん、もういいの?」

「あ、うん……大丈夫、だから……」

 どう見ても大丈夫そうではない蒼白な顔色での返答だが、あえてはツッコまない。きっと彼女も、頑張って乗り越えようとしているのだろうから。

「それで、どうかした?」

「うん、あのね……コア、取った方がいい、んだよね?」

 おずおず、といった様子の問いかけに、僕はすぐにピンときた。

「そういえば双葉さんって、コアを取るのに慣れてるんだっけ」

「うん」

 双葉さんのダンジョン身の上話によれば、委員長パーティにおいて唯一役に立ったのがコアの摘出ということであった。幸いにも、彼女の料理の腕前は結構なものらしく、こんな魔物の死体をバラすのも上手くいった、という話らしい。

 そう考えれば、惨殺死体であろうと、今更もう大した抵抗はないのかもしれない。死体が大丈夫なら、殺すのも大丈夫そうな気もするけど、やっぱり別問題なのか。

「でも、今は包丁ないけど、大丈夫? 刃物なんてカッターしかないよ」

「多分、大丈夫……ゴーマは何回か捌いたことあるし、コアもそんなに深いところにあるワケじゃないから、とれると思う」

 おお、なんと心強いお言葉。何事も先達はあらまほしきことなり、ってヤツだろう。

「それじゃあ、お願いするよ」

「うん、私、頑張るね!」

 少しだけ血色のよくなった顔で応える双葉さんに、僕はカッターナイフを手渡そうと学ランのポケットに手を突っ込む。ゴソゴソと漁ること三秒、お目当てのプラスチックの柄を掴み取り、さぁプレゼントというその時だった。

「あ、桃川くん、このゴーマ、何か持ってるよ?」

「えっ、嘘」

 全裸のコイツが? と思いながらも、双葉さんが示す先には、確かに『何か』はあった。

「何だ、コレ……」

 見れば、ゴーマの右手に小さな袋が握られているのだ。そう、それは本当に小さな茶色い皮のボロっちい袋で、手のひらで覆えるほどのサイズ。だからパっと見ただけじゃ気づかなかったんだ。

「何だろう……白い、粉?」

 双葉さんは何のためらいもなく、ゴーマの右手を開いて袋を回収してくれた。僕ならゴーマの死体の手なんて気持ち悪くて、触れる覚悟を決めるのにややしばらくの時間が必要だったろうに……流石は魔物を捌いた料理人なだけある。

 また一つ、双葉さんに対する評価を上げながら、僕は彼女の手にある謎の白い粉入りの袋を注視した。

「うーん、コレは……」

 一見すると、小麦粉か片栗粉かといったような、正しく白い粉と呼ぶ以外に他はないモノである。よく見れば、ゴーマの血塗れた右手にもソレが点々と降りかかっているのにも気づいた。

 何だコレ、というより、白い粉、なんて呼べば真っ先に思い浮かべるのは、犯罪的なアレしかない。

「えーと、なになに……吸引すると、精神を高揚させて疲労を吹き飛ばし、極度の興奮状態に、なお、極めて強い依存性――って、やっぱり麻薬じゃないかコレ!」

「ええっ、ま、麻薬!?」

『直感薬学』が働き、僕にこの白い粉、ゴーマ製麻薬の効能を教えてくれた。

 このゴーマは麻薬でラリったせいで、素っ裸になってダンジョンを走り回るという奇行をした、という事実であれば、何も問題はない。コイツがたででさえ知能の低いゴーマの中でも、飛び抜けた馬鹿であったというだけのこと。

 しかしながら、その最も信憑性のある説は、他でもない、ゴーマ自身の手足に刻まれた傷によって否定される。

 そう、コイツは何者かに手足を切り裂かれて行動不能にされた後、この麻薬を与えられた、という状況であるとしか考えられないのだから。

 ならば犯人の意図は――

「こ、ここ、これ、どうしたらいいのかな、桃川くんっ!?」

 まるで時限爆弾でも持っているかのように焦った様子で、双葉さんが手にした麻薬袋を差し出してくる。

「落ち着いて、吸ったりしなければ大丈夫だから」

「で、でもぉ……」

「あー、うん、いいよ、コレは僕が持ってるか……ら……」

 そうして手を伸ばしかけたところで、僕の動きは硬直する。眼の前に立つ双葉さん、その背後にチラつく『ヤツら』の姿によって。

「ど、どうしたの? 桃川くん?」

 僕がいきなり止まったこと。そして、恐らくは顔面蒼白で驚愕の表情を浮かべているだろう反応に対して、双葉さんが不安げに問いかけてくる。

 残念ながら、今の僕には「大丈夫」と言うことができない。安堵の言葉も、慰めの台詞も口から出てくるはずもない。僕が語るのは、ただ、最悪の現実のみ。

「や、ヤバい……僕らは、罠にかかったんだ……」

「えっ――」

 僕の視線を追って振り向いた双葉さんが、石の通路を割らんばかりに悲鳴を上げるのは当然の結果だった。というか、僕も一緒に泣き叫びたい気分。

 なぜなら、そこにいるのは――

「ちくしょう……ゴーマに、囲まれた……」

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― 新着の感想 ―
[一言] やっぱり罠か、都合良すぎて怪しいと平常心なら気付けただろうけど (ぶっちゃけ衰弱した犬の時も同じ罠を疑っていた)
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