第204話 砂糖の秘密
早いもので、学園塔での生活も一週間が過ぎようとしている。
今のところ、小鳥遊パンツ冤罪事件の他には表だって争い事はないし、学園塔での衣食住も充実しつつあるし、素材も集まってきている。
食事関係については、山田が趣味の釣りを始めたのをキッカケとして、狩猟部隊も一定量の漁獲を目的として海に行くようになった。肉ばかりだと飽きるし、なにより僕らは日本人なので、魚の味は誰もが恋しくなるものだ。
さらにメイちゃん発案で、畜産の真似事も始めてみた。
無人島エリアの海辺にいるニワトリみたいなドードーみたいな鳥を捕まえては、卵を産ませる。
さらに遺跡街の方からジャージャを捕まえて、乳搾りでミルクを得ることもできた。
今や無人島エリアの妖精広場は、お手製の柵で囲われ、海鶏とジャージャを飼う小さな牧場と化している。
飼育委員長・双葉芽衣子
飼育副委員長・山田元気
以上、新たに家畜の面倒を見るための飼育委員も新説された。
メイちゃんは言いだしっぺと、唯一こういう方面の知識を持っていることから委員長に。
山田は釣りで無人島エリアに向かうことが多いのと、まだなにも委員はやっていなかったので採用となった。
山田で大丈夫か、とも思ったが、意外に面倒見がいいのか、楽しそうに世話をしている。
今は探索部隊の運用も一つだけにいているから、ちゃんと休みもとれるし、生活のために労力を割くこともできるようになった。
なんだかんだで、クラスメイトのみんなも、すっかりこの共同生活に慣れ始めている感じだ。
強いて問題といえば、いまだヤマタノオロチの決定的な攻略法が思いつかないことと、小鳥遊の仕事が遅いことくらいだろうか。
ヤマタノオロチには、ここにやって来た当日から僕が『双影』で監視を続けて来たけれど、驚くほどに動きがない。
朝も夜も関係なく、オロチは岩山に引きこもりっぱなし。僕らのような外敵が接近しない限り、表に出てくることは絶対にない。
その代り、ガーゴイル共は割とその辺の荒野まで飛んでいったりもしている。岩山の向かう途中の谷でエンカウントすることもあるくらいだし。
かといって、そういう奴らも特に何かしているというワケでもない。この荒野には奴らの他には、生き物は見当たらない。小さい虫を見かけたくらいだろうか。
本当に気まぐれのようにガーゴイルは飛んで来るので、ついこの間、とうとう僕が見つかってやられてしまった。
朝起きたら、分身との繋がりが切れていたのだ。どうやら、眠っている間にキルされた模様。
砂漠エリアの光石採掘のために、とりあえずの護衛役にしておいたガーゴイルレムも引き抜いたせいだろう。完全無防備で寝転がっていれば、いつか見つかってやられるとは思っていたよ。
別に、監視は再び送り込めばいいので何の問題もないけれど。
しかし、これ以上の監視を続けていても収穫はなさそうである。
念のために、見てはおくけれど、期待はしていない。
監視の成果は特に得られてないけれど、逆に言えば、それだけヤマタノオロチの方に問題は起こってないということでもある。密林塔の時みたいに、ガーゴイル軍団が学園塔を襲いに来たら困るしね。
そういう、今すぐ対処しなければならない緊急の問題がないのは、幸いであろう。
クラスのみんなも、円卓で食後のデザートなんかをつつきながら、実に満足そうな笑顔を見せている。
今日は三日ぶりにメイちゃん特製のデザートが振る舞われ、いつにもまして食堂は大賑わいである。
メニューは、搾りたてのジャージャミルクによって作られたヨーグルトのハチミツがけ、各種フルーツを添えて。
「んんー、美味しい! やっぱり甘いモノはいいよね!」
「私はそんなに甘いものは好きではなかったけれど、こうして貴重品になると、ありがたみが出るわね」
満面の笑みでヨーグルトをパクつく夏川さんと、お上品に召し上がっている委員長の差よ。でも、料理人的には幸せいっぱいで食べている夏川さんのリアクションの方が嬉しいだろう。
やはり女子は甘いものが大好きだ。
あの蒼真桜も普段のヒスが嘘みたいに綺麗な微笑みを浮かべているし、蘭堂さん達も上機嫌である。
いいや、甘味を喜んでいるのは何も女子だけではない。
「あー、やっぱ甘いもんっていいな」
「ただのハチミツがこんなに美味く感じるからな」
「いやこれ普通に美味いべ」
「美味ぇ、美味ぇ」
上中下トリオが駄弁っているのも、山田がひたすら食っているのも、こうして見ていると和むほどだ。
天道君でさえ、今は大人しく席について食ってるし。
いやぁ、美味しいスイーツは心を豊かにしてくれるね。厳しいダンジョン生活だからこそ、尚更に甘味ってのは身に染みる。
僕は初めてメイちゃんがデザートを作ってくれた時から食べているけれど、今だって食べればちょっとした贅沢気分を味わえる。
ふぅ、今日はいい気分で眠れそうだ。
などと、和やかな雰囲気に包まれる中、
「……小太郎くん、ちょっといいかな」
と、一人だけ深刻な表情で、メイちゃんは僕にこっそりと耳打ちしてきた。
「分かった、外に出よう」
メイちゃんのこの顔つきは、野営中に敵襲を察知したり、強敵が出現した時の感じに近い。つまり、冗談抜きで、かなり深刻な危機的状況の発生を意味する。
一体どうしたのか。僕は気を引き締めて、メイちゃんと連れ立ってこっそり食堂を抜け出した。
「メイちゃん、どうしたの」
「もう、ハチミツがなくなりそうなの」
どんな話が切り出されるのか、覚悟はしていたつもりだった。
けれどコイツは、思った以上に事態は深刻だ。
デザートというのは、甘くなければ嘘である。
そして、僕らが満足いくほどの甘味となるのは、現状ではハチミツしかない。果物とは違う、あの濃厚な甘さが必要なのだ。
「あとどれくらい」
「もう、あと一回しかみんなにデザートは出せないよ」
「な、なんてこった、一週間ももたないじゃないか……」
みんなには学園塔に集って学級会を開いた、翌日のディナーでハチミツ団子を振る舞い、給食係メイちゃんの絶対的な力を見せつけた。
今日のハチミツヨーグルトで三回目のデザート提供となるのだが、恐らくみんなは、三日ごとに必ずデザートが出ると思い込んでいるだろう。
だがしかし、狩猟部隊隊長である下川ですら気づいていない。
狩猟を始めてから、まだ一度も蜂の巣を収穫できていないことに。
つまり、現在使われているハチミツは、以前に僕がとった在庫分を消費しているに過ぎないのだ。むしろ、よく今までもったと言うべきだ。
「万一に備えて、私と小太郎くんの分は確保しているから」
「双葉屋、おぬしも悪よのう」
「いえいえ、呪術師様ほどでは」
ひとまず、メイちゃんはアラクネに背負わせた宝箱に、ポーション瓶につめたハチミツを隠し持っているという。最悪、二人だけで消費すれば半月くらいはもちそうだ。
「とりあえず、みんなも甘い物は楽しみにしているようだし、明日は本格的に蜂の巣を探そう」
同時並行で、甘味の代替物として果物も集めていこう。
蜂の巣捜索隊と、フルーツ狩り隊の二つで。勿論、小鳥遊は山積みの錬成作業だ。ノルマ達成するまでスイーツはお預けな。
というワケで、翌日、僕ら二年七組は総出で無人島エリアへとやって来た。
「さぁ、みんな行くよ! 明日のスイーツのために!」
と、勇敢に先陣を切って森へと分け入っていくのは、夏川さんである。
彼女は結構な甘党なのだろう。普段のダンジョン攻略より、よっぽど気合いが入っている。
「じゃあ、収穫はよろしくねー」
「おう、いつもの狩りに比べれば、楽なもんだべ」
フルーツ狩りの方は、狩猟隊長の下川に丸投げだ。
今回の部隊編成は、特に戦力バランスを考えなくてもいいので、自然と仲良しグループで固定となった。
上中下トリオと山田、中嶋、姫野さん、と昔一緒だったメンバーだ。
一方の蜂の巣探索隊は、蒼真兄妹、委員長、夏川さん、剣崎、とこれも昔懐かしの最悪ハーレムが勢ぞろい。これに、メイちゃんと、『双影』の僕。
いやだって、この顔ぶれで生身で同行したいとは思わないよ。いざって時のためにね?
ちなみに、天道ヤンキーチームは揃ってお留守番である。
まったく、自由を与えるとヤンキー共は――うぐぐっ!?
「蘭堂さん! 分身操作してる時に悪戯すんのやめてくれる!?」
「あはは、ごめんごめーん」
全く反省の色が見られない。
『双影』を操作している本体の僕は、妖精広場でお昼寝が如くハンモックで横になっていたのだが、そこを暇を持て余した黒ギャルに襲われてしまった。戦闘中だったらどうするんだ。この面子で分身の僕で貢献できることなんて、ほとんどないけどさ。
「小太郎くん、どうしたの?」
「いや、何でもないよ。広場の方がなんかちょっと騒がしかっただけだから」
「そう、蘭堂さんが何かしたのかと思ったよ」
うわー、メイちゃん、分身の僕の制御が一瞬途切れただけで、そこまでお察しとは。
蘭堂さんには、もうちょっと真面目に釘を刺しておいた方がいいかもしれない。
「僕のことはどうでもいいよ。それより、レムはどんな感じ?」
「クアー」
と、僕が跨っているアルファは、順調そうだ、という感じで吠えている。
「小太郎くん、どうなの?」
「うーん、この感じだと、もう蜂の巣を見つけてくれた気がする」
今回、どこにあるとも知れない蜂の巣を探すにあたって、僕はちょいと久しぶりに『同調波動』で野生の鳥さんをテイムした。勿論、指揮官機となるレム鳥に率いらせて、この無人島エリアを覆う広い森へと放ったのだ。
夏川さんの索敵力はなかなかのモノだけど、所詮は一人分の感知能力。広範囲を探すなら、空を飛べる鳥の機動力と視界には及ばない。
「――んっ、この先に多分、蜂の巣あるよ!」
「本当か、夏川さん」
「うん、急ごう!」
いやぁ、まさか夏川さんに先を越されるとは。伊達に『盗賊』一筋でやってきてはいないってことだろうか。
前衛役たる蒼真君と連れ立って、ガサガサと森を突き進む背中を見ながら、僕は天職の能力の高さをあらためて実感した。
「ゴーマだ!」
茂みの向こうで、そう叫んだのは蒼真君だった。
「またアイツらか」
そういえば、この無人島エリアにも生息していて、どこからか砂糖を手に入れているゴーマだっけ。
「っていうか、死んでるじゃん」
「ああ、死体しか残っていない」
てっきりいつものように無謀な喧嘩を売りにきたのかと思ったけど、目の前にはすでに息絶えたゴーマの死体が三つほど転がっているだけ。
「ラプターにでも襲われたんだろう」
「いや、これは多分――」
「ああーっ! は、は、蜂の巣がぁ……」
僕の検死結果を遮って、夏川さんが絶望的な悲鳴を上げていた。
驚愕に目を見開く彼女の視線の先にあるのは、トロトロと蜜が滴り落ちている、崩れた蜂の巣であった。
「なるほど、奴らもハミチツを集めているってことか」
このゴーマの死体は、無残にもボコボコに腫れ上がっている。これはリンチで殴られたのではなく、蜂に刺されたのだ。
人権意識がド底辺のゴーマらしい作戦だ。ハチミツ欲しさに、生身のまま巣をつついたのだろう。
ここの蜂はミツバチではあるが、日本のススメバチ並みのサイズを誇る。ゴーマくらい余裕で殺せるだろう。
見たところ、ゴーマの蜂の巣襲撃は一日も前とは思えない。半日ほど、恐らく、早朝あたりに実行されたと思われる。
巣は半分以上崩れかけているが、女王は生き残っているのか、ハチ達が元気にブンブン飛び回り続けている。
しかし、あの残りを回収したところで、大した量が収穫できるとはとても思えない。
「くっそぉ……ゴーマぁ、許さねぇ……」
うわ、夏川さんのそういう口調、初めて聞いたよ。かなり本気でキレてそう。
「よくも私のハチミツをぉ」
「私のハチミツだよ」
「メイちゃん、そんなところで張り合わないで」
夏川さんほどではないけど、メイちゃんもまんまとゴーマ共にハチミツを奪われたことに憤然やるかたないといった様子。
食べ物の恨みは、もとい、スイーツの恨みは深いのだ。
「まぁまぁ、女王が残ってれば、またハチミツはとれるから」
「そんな呑気なことを! それじゃあいつになるか分からないじゃない!」
「小太郎くん、流石に私も養蜂業の経験は……」
僕も別に本格的に養蜂に手を出したいなと思っているワケじゃないんだけど――いや、待てよ。
「試してみる価値はあるか」
僕の手には、『召喚術士の髑髏』が装填された『愚者の杖』が握られている。
前と同じスケルトンの焼身自殺戦法で蜂の巣を確保しようかなと思ってたのだけれど、僕は今、さらに革新的な方法を思いついてしまったのだ。
「――『同調波動』」
つまり、女王蜂をテイムすれば、好きな場所に巣を作らせることができるのではないだろうか。
「す、凄い、小太郎くん天才だよ!」
「やったぁ! 桃川君、天才!」
メイちゃんにプラスして、夏川さんも僕をヨイショしてくれる。
「いやぁ、上手くいって良かったよ」
鳥を『同調波動』にかけられるなら、虫でできない道理はない。あの蜜蜂はデカいけれど、魔物ではないのだ。
まんまと呪術師によって操られた女王蜂が、生き残りの働き蜂を引き連れて、新天地へと旅立って行った。
具体的には、妖精広場の軒先である。
牧場化に加えて、養蜂場にもなるとは……本格的にここで住むつもりか、と言わんばかりの充実ぶり。
とりあえず、これでいつでもハチミツを取りに行けるだろう。
再利用ができる程度に採取量は抑えないといけないけれど、ちょっとずつでも溜められると思えば精神的な余裕が違う。
「桃川君は、相変わらず変なことを考えるわね」
「やはり、意思に反して操る呪術を……」
「……」
大喜びの二人組に対し、委員長達は若干、引き気味であった。
というか、桜ちゃんはすぐ洗脳と結びつけるのやめて欲しいし、やっぱりみたいな無言の圧を剣崎が発しているのもいい加減にして欲しい。
これは呪術じゃねぇよ、召喚術だよ。文句は本来の能力者である東君に言ってよね。
「召喚術は優秀だから。色々と応用が効いて便利なんだよ」
あらぬ疑いをかけられたものの、戦闘、索敵、おまけに養蜂と、地味に髑髏シリーズでは一番役に立っているのではないだろうか。ありがとう東君、大事に使わせてもらってます。
「さて、女王蜂のテイム成功は思わぬ収穫だったけれど……本来の収穫はできていないんだよね」
夏川さんがどうやってか察知した、この壊れた蜂の巣。ここに溜めこまれていたハチミツは、ゴーマ共に丸ごと奪われたことに変わりはない。
「小太郎くん、ゴーマを倒しておかないと、新しい蜂の巣も狙われるんじゃない?」
「他の蜂の巣だって危ないよ!」
「つまり、ハチミツのために奴らを根絶やしにしようっていうの?」
おお、なんと残酷な思考であろう。人間の欲望とは、かくも残忍なものなのか。
「ゴーマに食べさせるハチミツはないよ」
「一滴たりとも、食わせてなるものかぁ……」
「そうだよね、あんな奴らに食われたらムカつくよね」
まぁ、ゴーマだし。絶滅しちゃっても生態系に影響はないでしょ。
「おい桃川、まさかこのままゴーマの拠点を探して、襲撃するつもりか?」
「まさか、とりあえずは様子見で」
もし、ここに蒼真パーティが遭遇したピラミッド並みの大きな集落があったなら、攻めるのはそれ相応のリスクがある。ヤマタノオロチ攻略に役立つ秘密兵器でも持っているなら、制圧するのもやぶさかではないが……流石に、ハチミツのために命をかけろとは言えない。
でも、僕らだけで楽に制圧できるような小さな集落だったら、その限りではない。
「砂糖の出所も気になるしね。そろそろ調査しようとは思っていたんだよ」
この機会に、無人島エリアに蔓延るゴーマの調査を進めてもいいかもしれない。




