第203話 光石
クリスタウルスは強敵だった。
ただでさえ強靭な肉体を持つ上に、魔石を喰らいことで形成されたと思われる、光り輝く外殻という鎧まで身につけている。その体格と鎧の硬度からして、これだけであの鎧熊を上回るだろう。
だが奴の真の力は、火、氷、雷、と実に三つもの属性を操る魔法である。
口からは火を噴くし、天井からデカい氷柱を生やしては落としてくるし、両腕にはスパークを纏ってパンチしてくる。場合によっては、炎や氷の壁を作る防御魔法まで行使する多才ぶり。
コイツの戦闘能力は、間違いなく今まで僕が倒してきたどのボスモンスターよりも高い。
さて、そんな強キャラのクリスタウルスは今、見るも無残な有様で、僕の目の前に転がっている。
「はい、小太郎くん。光る牛、倒したよ」
うん、そうだね、倒したね。フルボッコだったよね。見てるこっちが可哀想だったよ。
「流石に、龍一と双葉さんがいれば、普通の魔物に苦戦はしないな」
「まぁ、サンドバックとしては悪くねぇ奴だった」
などと、勇者様と王様が涼しい顔で感想を語り合っている。
並みのボスより遥かに強い、明らかにレアな強個体と思しきクリスタウルスだが、この三人を相手にはあまりに分が悪かった。
三つの属性攻撃と巨躯を生かして暴れ回るクリスタウルスだったが、三人の息もつかせぬ連携攻撃によって、輝く外殻は砕け、出血を強い、肉を切り裂かれる。結晶の鎧はほぼ砕かれ、片腕が落ち、角が折れてボロボロになると、とうとう敵わないと悟り逃げ出したが、委員長の『氷結大盾』で通路を塞いで、詰みだった。
なまじ生命力に溢れる分だけ、トドメを刺されて絶命するまでが長かった。僕からすると、一方的なリンチを見ている気分である。
というか僕、クリスタウルスとの戦いで何もしてないんですけど?
「一緒だね、夏川さん」
「わ、私はちゃんと偵察してたもん!」
いや、分かってる、責めるつもりはないよ。あの三人に混じって攻撃に加われって、なかなかに酷な指示だよね。
夏川さんも決して接近戦の能力が低いワケではないのだけれど、やはり、三人と比べれば……しかし、僕がいた頃はここまでメイちゃんとも戦闘力の差はなかったように思えるけれど。
うーん、やっぱり、成長率の差っていうのも、ダンジョンを進んでくると大きくなってくるのだろうか。
「とりあえず、お疲れ様。コイツはかなり良さそうな獲物だよ」
いきなりこんな上物が手に入ったのは、幸先が良い。
強靭な肉体に、硬度もそれなりで魔力も含んでいそうな結晶外殻、そして力に見合った大ぶりのコア。クリスタウルスは上質な素材ばかり。歩く宝箱かな。
フルでミノタウルス4号機をアップグレードしても余裕でお釣りがくる上物素材を前に、すでに僕のテンションは上がり気味だが……クリスタウルスの検分は、学園塔に帰ってからでいい。
気になるのはコイツよりもむしろ、奴がガリゴリ喰らっていた魔石の方である。
「ねぇ、ここってもしかして魔石の採掘場なんじゃないかな」
「そうかもしれないわね。こんなに沢山の魔石が埋まっているなんて、鉱脈なのかしら」
魔石鉱脈があるからダンジョンを作ったのか、それとも、ダンジョンの中で鉱脈が精製されたのか。成り立ちなど今の僕らにとってはどうでもいい。
重要なのは、ここで大量の魔石が採掘できそうということだ。
「もう少し探索を進めよう。もしかしたら、このクリスタウルスが群れで出てくるかもしれないから、注意して」
最悪、このクリスタウルスの食事場になってたここの広間だけでもいい。魔石の採掘場として利用できたなら……ふっふっふ、これはマジックアイテム量産も不可能じゃないぞ!
やったね小鳥ちゃん、仕事が山ほど増えるよ。今夜は寝かさないぜ、ベイビー。
「――魔石はね、本当は『光石』っていうんだって」
「ふーん」
「それで、魔物の中にはこの光石を食べちゃうのがいて、そうして光石の魔力で強くなったのが、『光石種』って呼ぶの」
「なるほどねぇ」
今日の砂漠探索の成果として、クリスタウルスを持ち帰ると、小鳥遊がコイツについての設定をいきなり語り出した。
特定モンスを倒すことで情報解禁フラグが立って喋り出すNPCかと思ったが、どうやら、以前に受け取ったメール情報を思い出したらしい。
天職『賢者』のお陰なのか、小鳥遊はメール情報が豊富に持っているようだ。後で全部、書き出しておいてもらおうかな。
「それで、コレが採掘場でとってきた天然モノの魔石、じゃないや、光石なんだけど、どう?」
「うーん……」
と、適当に拾ってきた色とりどりの光石を眺めている。
これまで各所で入手してきたモノに比べると、色艶も輝きも劣って見える。こっちはただの原石といった感じだ。
多少、魔力の質が落ちるとしても、使い物になればいいんだけど……
「小さくてあんまり光ってないのは、ほとんど魔力はないけど、沢山集めたら錬成して大きくできる、かも?」
「じゃ、光石錬成の仕事もよろしく」
「やっぱり小鳥の錬成能力じゃできそうもないよ」
「オッケー、それなら錬成能力のスキルアップするための特訓しようか。朝練とかどう?」
「光石錬成します!」
まったく、できるんなら最初からできるって言えばいいものを。
とりあえず、サンプルとして持ち返った光石を小鳥遊に渡して、僕は別の準備をすることにしよう。
「光石種、か。やっぱレアモンスだったんだな、コイツは」
このクリスタウルスは、ミノタウルスの光石種ということで間違いないだろう。実際に光石を食べていたし、取り込んだ魔力を利用し、体も結晶の外殻を形成と、代表的な特徴は全て当てはまっている。
「いい素材だけど……丸ごと4号機につぎ込んで強化は無理っぽいなぁ」
主に、僕の力不足で。
もしできたとしても、かなりの制御力を求められるだろう。
現状、ほぼ同程度の性能を持つ黒騎士とミノタウルスはバランスが良い。今の僕の制御力では、この主力級2体に集中すれば、どちらも十全に力を発揮させられるくらいにはなっている。
アラクネ、アルファ、その他、ガーゴイルなどの全機体を同時に動かすのは無理だけど、まぁ、レム各機はそれぞれ別々の仕事についているので、全機が戦闘する状況に陥る可能性は非常に低い。リスクはゼロではないものの、現在の仕事量を考えると、どのレムにも頑張ってもらう他はない。
「でも、このペースでレム全機稼働を続けていれば、制御力も成長していくはずだし」
ヤマタノオロチ討伐時には、できれば現在保有のレム全機を全力で戦闘できるくらいの制御力には伸ばしておきたい。
ちょっとずつの地道な成長だけれど、それを実感できるというのはありがたいことだと思う。ひとまず、成長度合いが打ち止めになるまでは、このままで行こう。
「4号機の強化はまた今度にしよう。それより今すぐ必要なのは、やっぱり採掘用かな」
あのピラミッド地下の光石採掘場が有用だと分かった以上、積極的に掘りに行くのは当然だ。しかしながら、男子連中をゾロゾロ引きつれて鉱夫の真似事をさせるのもどうかと思う。少なくとも、あまりテンションの上がる仕事ではないし、士気の低下も懸念される。
採掘場で良さそうな光石を探し回っては、ひたすら採掘、という単純ながらも重労働な作業は、人形であるレムにこそ向いている。
「黒騎士とミノタウルス、あとはガーゴイルも回すか」
これで全自動採掘部隊を結成だ。スケルトン小隊とハイゾンビ小隊も同行させることができれば、十分以上の人手は確保できる。
探索部隊に配置していたレムが抜けることにもなるが、そこは人員の入れ替えで補おう。
どうせヤル気のない小鳥遊のところで作業が滞っているから、素材ばかりがどんどん溜まっていってもしょうがない。
この機会に、探索部隊の運用は一つにして、メンバーをローテーション。何人かは常に休めるような、余裕のある勤務体制にしよう。具体案は、委員長に丸投げで。
「さて、光石の安定供給の目途が立ったし、僕も本格的に、使い捨てできるマジックアイテムの開発をしようかな」
小太郎の提案により、今日から探索部隊の稼働は一つだけとなった。
本日の編成は、
隊長・『勇者』蒼真悠斗
副隊長・『治癒術士』姫野愛莉
『土魔術士』蘭堂杏子
『剣士』上田洋平
『重戦士』山田元気
『魔法剣士』中嶋陽真
以上である。
今回は戦闘経験も必要とのことで、これまでヤマタノオロチの巣で土木工事に従事していた蘭堂杏子も参加することになった。
「今日はコアを中心に集めて欲しいそうだ。手間はかかるが、倒した奴は全て剥ぎ取ることになる」
「マジかよ面倒くせー」
悠斗の指示に、あからさまに悪態をつくのは上田だけだったが、他の者も似たような気持ちだというのは、表情に現れている。誰も、血生臭い作業など喜んでやりたくはない。
しかし、それでもコアの摘出作業そのものは誰もができるあたり、ダンジョン攻略の経験が生きている。
「いやぁー、私、こういうの無理ぃー」
ただし、姫野愛莉だけは倒した狼男を前に、イヤイヤとわざとらしく駄々をこねていた。
「蒼真くぅーん!」
「姫野さん、これはみんなやっていることだから――」
「うるせぇ、いいからやれっての姫野!」
「ひィアアっ!?」
ごねる愛莉に対し、杏子は割とキレ気味にケツをひっぱたく。
突然の攻撃に、愛莉はあまり可愛らしくはない悲鳴を上げていた。
「う、ううぅ……」
あまりの理不尽、とばかりに愛莉は杏子を恨めし気に睨むが、
「あ? なによ」
「な、なんでもないです……やります……」
これがクラスカーストの越えられない壁か。杏子に睨み返され、愛莉は一言のケチをつけることもできずに折れた。
「蘭堂さん、今のはちょっとキツく言い過ぎなんじゃ」
「蒼真、アンタは女に甘すぎ。そんなんだからつけ上げんだよ」
「えぇ……」
まさか自分に非難の声が飛び火するとは思わない悠斗であった。
そんな一幕がありながらも、探索部隊によるコア収集は順調に進んで行った。
今回の狩場は暗黒街だが、ここ数日は通いつめのため、多少は狼男達との戦闘にも慣れてきた。
蒼真悠斗を中心として、残りのメンバーが無力な愛莉を守りつつ、後方警戒。
この布陣ならば、狼男が群れで襲って来ても、より強力な魔物が混じっていても、安定して対処ができる。
この安全安心な陣形にメンバーも慣れ始めていたが、だからこそ、彼らも忘れてしまったのかもしれない。
それはあまりに、『勇者』の力に頼り過ぎた陣形であることに。
「――あのさぁ、蒼真」
昼休みも兼ねて比較的安全と思われる、大きな石造りの礼拝堂のような建物に入った頃である。口火を切ったのは杏子であった。
「これウチらいる意味ねーじゃん」
最初の戦闘含め、ここに至るまで合わせて4回の戦闘があった。
その内、悠斗以外のメンバーが倒したのは、狼男が3体ほど。他の魔物は全て、悠斗一人で始末していた。
「そんなことないよ、蘭堂さん。仲間が後ろを固めてくれているから、俺も安心して戦えるわけで」
「ウチはアンタが好きに戦うために、姫野のお守りしてんじゃねーんだよ」
「お、おいおい、蘭堂ぉ、ちょっと落ち着けって」
明らかに棘のある台詞に、悠斗は面を喰らっている。なだめるように口を挟んだのは、杏子とは多少、交友のある上田だ。
他の愛莉、山田、中島などは、突如として険悪となった雰囲気に、固唾を飲んで見守るほかはない。
「確かに、俺が戦っている方が多いけれど、これが一番安全な――」
「そりゃ蒼真が倒してくれりゃ楽だけどさぁ、そういうことじゃないでしょ、今の状況は」
どこまでも気まずい沈黙が漂う。
安全第一、という方針は決して間違いではない。
だがしかし、強くなるためには多少のリスクを負うことは避けられない。
「けど、今は安全確実に行くべきだ。俺には、みんなを守る義務がある」
「蒼真、アンタ勘違いしてない?」
「なんだって」
「ウチはアンタに守って欲しいなんて、一度も頼んでない」
それなら、お前のことは助けない――などと逆上して言うほど、蒼真悠斗は短絡的な性格はしていない。
杏子が何故そんなことを言うのか、悠斗にはむしろ理解不能で困惑するほどだ。
「蘭堂、流石にそれはちょっと言い過ぎじゃねぇか? 実際、蒼真が一番強ぇんだから、頼るのはしょうがねぇことだろ」
「だからって、こんな戦い方してて強くなれんのかよ。ウチは蒼真に守って欲しいんじゃなくて、守ってもらわなくても大丈夫なくらい、強くなりたいの」
「強さは無理をして求めるものじゃない。まして、ダンジョンでの戦いは命がけの実戦なんだ、無茶をするのは危険だ」
「そのためにアンタが隊長やってんでしょ。保護者じゃないんだから、勝手に一人で守るとか言ってんじゃねーよ!」
その言葉に、悠斗はすぐに反論できなかった。
つまるところ、自分は探索部隊のメンバーの力を信じていなかったということ。
桜をはじめ、今まで組んできた彼女達ならばいざ知らず、ここで合流したばかりの、それも、いくら学級会で話し合いをしたとはいえ、遺恨のある者も含んでいる。
そうした面子を率いることになった時、悠斗の心には彼らへの信頼が欠けるのは、半ば当然とも言えよう。
「……確かに、俺はみんなの力を信じてはいなかった」
「まぁ、蒼真からすれば、ウチらなんて雑魚みたいなもんだけどさ」
「いや、そ、そこまでは……」
けれど、その明確な実力差を少しでも縮めるべく、努力しなくてはならない。
それは最早、向上心などという人間性の問題ではなく、ヤマタノオロチという強大な敵が立ち塞がるこの状況下においての、死活問題だからだ。
強い者に頼るだけでは、解決できない。一人残らず力を磨き、力を合わせなければ打破できない大きな障害。
「どんな奴でもこき使う桃川を、少しは見習えっての」
「それはちょっと……けど、分かったよ。これからは陣形を変えていこう」
流石の悠斗も、ここまで言われれば折れるより他はなかった。
言葉通り、杏子の言い分に一理あると納得もしている。
だがしかし、芽衣子と同じように、戦いとはまるで無縁だった蘭堂杏子にここまで言わせたのも、桃川小太郎の影響なのかと思うと、少しばかりの不快感と、嫌な予感を覚えてしまう。
「……アイツは、人を戦いに引き込む呪いでも、持っているのか」




