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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第14章:学園塔生活
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第198話 密会部屋

 さて、学園塔生活三日目の今日からは、いよいよみんなのレベルアップ&装備強化のための探索も始まり、ヤマタノオロチ討伐に向けての第一歩を踏み出した感じである。いやぁ、ただみんなでスタートを切る、というだけでもえらい苦労の連続だったよね。

 全く、人が集まると面倒事ばかりが増えて困ったものだ……けれど、人間ってのは集団になってこそ力を発揮する生き物だ。僕らが真に一致団結できれば、それぞれの天職の力も合わさり、あのレイドボス染みたヤマタノオロチだって倒せるだろう。どうせ、倒せるように調整してるんでしょ?

「まさか難易度システムがバグった結果、アイツが生まれたとかないよね?」

 不吉なこと考えるのはやめよう。

 ともかく、僕も本格的にヤマタノオロチ討伐の作戦を考えていくことになるわけだ。

「しっかし、なんにも思いつかないなー」

 正直に言って、現状、あの魔物というより最早、怪獣と呼ぶべき巨大ボスモンスを倒すビジョンが全く思い浮かばない。これは、スリートップ以外のみんなが成長して、上級魔法や達人級武技を習得したとしても、そのまま正攻法で勝てるとはとても思わない。

 奴を倒すにあたって、最大の障害は二つ。

 まず、あのブレス乱射する八本の頭をどう抑えるか。

 そして、奴を殺せる弱点である本体コアまで、どうやって辿り着くか。

「頭の数が半分でも今の戦力じゃ抑えきれないし、蘭堂さんのトンネルも無理そうだし……」

 うーん、速攻で行き詰ってしまった。

「とりあえず、目先の装備を整えることにだけ集中するかな」

 装備係たる小鳥遊小鳥を中心として、18人全員の装備を現状で揃えられる最高のものにする、という装備一新計画は、これだけでも相応の時間がかかるだろう。

「ここでのレベルアップ含めた皆の強さと、新装備を足した上で、おおまかな総戦力が揃ってから、実行可能な作戦を吟味しても遅くはないはずだ」

 それに、みんなが魔物素材を集めてくれれば、レムのさらなる成長も望めるし、その他にも何かできることがあるかもしれない。

「僕も全員に行き渡る分の傷薬作らなきゃ――」

 待てよ、とふと思う。

 ここには信頼と実績の『傷薬A』の原材料は通常よりも広い妖精広場のお蔭で、十分な量が確保できる。その上、ここにはお願いすればダンジョンで素材を調達してきてくれる人員も揃っている。

 そして何より、高度な錬成能力を持つ『賢者』がいる。

「もしかして、自作ポーションとかできるんじゃね?」

 傷薬Aは、ただでさえ優秀な薬だ。これをもうちょっと改良できれば、本物のポーションには及ばずとも、少しでも近づけることはできるのではないだろうか。

 それに、僕らの中で治癒魔法が行使できるのは蒼真桜と姫野愛莉の二人だけ。その内、姫野さんの方はほぼ最低限の回復性能だから、傷を癒す薬の需要は非常に高い。

 桜の治癒魔法は順調に成長した結果、今ではなかなかの性能を誇るそうだが……本人がアレなので、全く信頼できない。治せる力を持っていても、治してくれるとは限らないからね。

 なので、僕としてはもう最初っからヒーラーの存在などいないものと想定した上での、傷薬・ポーションなどの回復手段を確保しておかなければいけないワケだ。

 うーん、そう考えると、これは装備一新計画と並行して、かなり優先度の高い計画になるな。

「ねぇ、小鳥遊さんって、最大で何日徹夜できる?」

「ぴいいっ!?」

 あ、逃げた。

 なんだよ、ちょっと質問しただけで涙目逃走とか酷くない?

「小鳥遊さーん、今日のコピーのノルマだけは終わらせといてよねー」

 探索部隊が有用な魔物素材を回収してくるまでの間は暇なので、小鳥遊さんには試作型羽毛布団の他、細々とした生活雑貨なども今日の内に揃えておいて欲しい。本格的に装備の強化生産に入れば、忙しくなるからね。作業の進捗状況によっては、普通に徹夜もありえるから、覚悟しておいてね。

「さてと、これでようやくメイちゃんと二人きりだ」

 今日は探索部隊として委員長も出て行ってるし、天道君も蘭堂さんと一緒にオロチの巣へ向かった。この学園塔に残っているのは、僕とメイちゃんと小鳥遊さんの三人だけ。で、その小鳥遊さんも今は一階で作業に入ったので、昼食までは移動することはない。

「ふふ、なんだか久しぶりに感じるね、二人になるのは」

 どこか嬉しそうに微笑むメイちゃんを見ると、ちょっとドキっとしてくる。この密会しているという雰囲気も含めて。

「ここに来てからは、誰かしら近くにいたからねー」

 思えば、転移してきた瞬間から、口八丁全開で立ち回って安全確保から立場の確立と、心休まる暇がなかった。委員長も大概だけど、蒼真君に恨まれてる僕だってストレス相当だと思うよ?

「これで、やっと腹を割って話せるよ」

 僕とメイちゃんの密会場所は、学園塔の最上階にあたる5階、その内の一室である。

 学園塔の1階は転移魔法陣エントランスに、工房と武器庫として利用している。

 2階は妖精広場。みんなが集まる教室でもあり、食堂でもある。

 そして3階と4階はそれぞれの個室だ。3階が男子寮、4階が女子寮として分けられている。

 部屋の作りはほぼ全て同じ。多少、広さや形が異なるだけ。窓のない石造りの部屋は牢屋かと思えるほどの閉塞感があるものの、僕の部屋に関しては、色々と素材や作りかけの小物などを持ち込んでいるため、すでに雑然とし始めている。

「私にだけ話してくれて、嬉しいよ」

「そりゃあ、メイちゃんには当然だよ」

 現状、僕が心の底から信頼できるのはメイちゃん一人だけ。逆に言えば、彼女に裏切られたなら、もう潔く死んでもいいだろう。いわば、僕にとってのブルータス……いやそれ裏切られてるし。

「でも、今のところはとりあえず、特に悪巧みも思いつかないんだよね」

「それじゃあ、みんなでヤマタノオロチを倒すんだ?」

「ここを突破するには、多分、それしか方法はないだろうから。メイちゃんはどう思う?」

「私も倒すしかないと思う。でも、みんなのことまだ信用はできないかな」

 友達である姫野さん含めてそう言い放つメイちゃんも、相当クレバーになったよね。まぁ、今までの経験があれば、そうなるのも当然だけど。

「僕らに限らず、それはみんなも同じだとは思うけどね」

 あのあんまり考えてなさそうな上中下トリオでも、現状での利益と打算とで僕につくことを選んでいるワケだし。というか、僕の派閥はみんなそんな感じだよ。

「早くみんなも、小太郎くんのこと信じてくれるようになればいいんだけど」

「いやぁ、それはそれでプレッシャーが……」

 これで全員がメイちゃん並みに僕を信用してくれるなら、かなり強力な軍団になるけれど、そうなると作戦の成否は指揮ってる僕一人に圧し掛かってくる。僕の立てた作戦にみんなが心から信じて実行した結果、取り返しのつかない大敗を喫した時、果たして僕は正気を保てるかどうか……まぁ、だからといって蒼真兄妹みたいに、土壇場で勝手なことしたり、逆らったりしそうな不安要素抱える方がマズいんだけどね。

「とりあえず、ヤマタノオロチ討伐作戦に従ってくれるくらいには、信頼は得ておきたい。だから、メイちゃんも今は警戒するより、仲良くする方を優先して欲しいかな」

「それは、蒼真君とも?」

「うん、そこが一番の狙い目だよ」

 蒼真悠斗は幼馴染のレイナを殺した僕を恨んでいる。しかし、僕のことを一番に信じてくれるメイちゃんのことまで、憎んでいるワケではない。

 レイナ殺しに直接の関係性がないことが一番の理由でもあるし、それに加え、メイちゃんが勇者パーティに居た頃の話を聞く限りだと、蒼真君はかなりメイちゃんのことも気にしてくれていたと思う。さらに、ゴグマ戦での恩もある。

 恐らく、蒼真君からするとメイちゃんとは普通に友誼を結びたい相手であるはずだ。ぶっちゃけ深層心理では僕を裏切って欲しいと思ってるよね?

「でも、私が蒼真君に近づいたら、あの子達が騒ぐんじゃないかな?」

「騒いでくれた方が好都合だよ。かえってメイちゃんになびくから」

 大抵の男は女の言うことを鵜呑みにするが……蒼真悠斗には鋭い直感がある。もしメイちゃんを嫉んで、彼女を貶めるようなことを誰かが言えば、それを醜い嫉妬心からくる悪しき感情だと蒼真君なら気づくだろう。

 それは蒼真君が桜の反対を押し切って、メイちゃんに『生命の雫』を譲った件で、証明されていると僕は思う。蒼真君は決して、桜や他の女子の言いなりというワケではないのだ。

 彼には彼なりの意思と正義が、それこそ『勇者』の名にふさわしい強靭さで持っているから、蒼真君自身がメイちゃんとの友好を望めば、くだらない噂や嘘などの横やり程度では決して揺らぐことはない。

「そっか、そうだよね。私が蒼真君と仲良くなっておいた方が、いざという時、殺しやすいもんね」

「できれば穏便に止めてくれるくらいで、そういう非常事態は治めたいんだけど」

 レイナ殺しの現場で出くわしたあの時は、蒼真君自身がメイちゃんには恨みはないため、彼女が僕の盾になってくれたのには非常に大きな抑止効果があった。

 だって、あれで盾になってくれたのが上中下トリオや山田だったら、問答無用で切り捨てられたと思うし。あそこで立ちはだかったのがメイちゃんだからこそ、蒼真君もあれ以上は踏み込めなかったんだ。勿論、『狂戦士』の戦力もありきだろうけど。

「でも私、あんまり上手く近づける自信ないかな」

「別に口説き落として欲しいワケじゃないから」

 色仕掛けとかはマジでやめてね? やめろメイちゃん、NTR属性攻撃は僕に効く。即死だから。

「普通に笑顔で応対してくれるだけでいいと思う。それに、これからは一緒に戦う機会も作るから、戦闘で頼れる仲間みたいなポジションを目指してくれれば」

「それなら前とあんまり変わらないから、大丈夫そうだよ」

「あとは、蒼真君以外とも仲良くしてね。特に、僕の方についてくれてる人には」

「うん、分かったよ」

 それから、大ざっぱに僕の考えをだらだら語って、あまり長引かない内に密会場所の5階部屋を出た。

 二人揃って戻って来たのは、2階妖精広場。

 メイちゃんには、昼食の仕込みと保存食作りの仕事がある。なんでも、今回はフリーズドライによる保存食の製作を目指しているのだとか。

 あの無人島エリアへの行き来が自由になって、様々な食材が安定して調達できるようになったので、料理のレパートリーも増え続ける一方。フリーズドライは干物や発酵食品とは違って、料理そのものから水分だけを抜いているので、お湯をかければ調理品そのままで復活させることができる。上手くいけば、様々な料理を丸ごと保存できるはずだ。

 ヤマタノオロチを倒した後もダンジョン攻略が続くことを思えば、決して保存食の充実は悪いことではない。

 メイちゃんには、是非とも頑張ってもらいたい。

 というワケで、僕も仕事を頑張ろう。

「じゃあ、僕はそこのハンモックで寝てるから」

 レムは全て出払っているけど、メイちゃんと同じ妖精広場にいるから、安全は保障されている。

「それじゃ、おやすみー」

「うん、おやすみなさい」

 笑顔のメイちゃんに見送られて、僕は妖精広場のハンモックから、眠りの世界――ではなく、ヤマタノオロチの巣まで意識を旅立たせる。




「――おはよう、蘭堂さん」

「うわぁっ!? 桃川起きたっ!?」

 目を覚ますと、そこは固い荒野の地面。寝心地は最悪だけど、すぐ近くに蘭堂さんが立ってたものだから、ただでさえ短いスカートをローアングルから眺める絶好のロケーションに。

 あっ、ちゃんと支給した蜘蛛糸パンツを穿いてくれてるんだね。白も似合ってるよ。

「それじゃあ、今日も頑張って工事しようか」

「うーい」

 相変わらずヤル気の欠片もない返事。でも、なんだかんだで延々と土魔法を使ってくれる蘭堂さんは、真面目、というか非常に付き合いの良い人である。

 ここはヤマタノオロチの巣を一望できる、すり鉢型フィールドの端っこ。奴がギリギリで反応しないラインである。

 僕はヤマタノオロチ監視係として現地に残している『双影』をメインに動かしている状態だ。

 蘭堂さんはついさっき、アルファに乗って現場へと到着している。

 今日は天道君も一緒だけど、気分が乗らないのか戦っていない。僕らの近くにどっかりと腰を下ろして、早速、一服している。何しに来たんだろう。

「……桃川ぁー、やっぱ建物作んのは無理だわー」

「うーん、そうみたいだねぇ」

 塹壕の方は着々と掘り進めているものの、トーチカ造りの方は全く進展がない。

 今の蘭堂さんの手にかかれば、土属性の中級範囲防御魔法『岩石防壁テラ・ウォルデファン』で、高さ3メートル超の土壁を十数メートルも一気に展開できるのだが……張れるのはこの壁一枚きりとなる。

 建物とは当然、四方を囲む壁だけでなく、最低でも天井は塞がってなければならない。それから、利用するためには当然、出入り口も必要となるわけで。

 しかしながら、大きな壁を一枚作ることはできても、人が出入りできるような箱形を作り出すことが、どうやら非常に難しいようだ。

「うーん、イメージ力が不足してる? それとも、単に才能の関係か……女性って空間認識能力が低いとか言うし……立体形はダメなのかも」

「あー、なんかウチのことバカにしてるー?」

「蘭堂さんって、小さい頃、積み木とかブロックとか好きだった?」

「ウチすぐ小っちゃいヤツ口に入れちゃうとかで、禁止だったんだよねそういうの」

「じゃあ、プラモデルとか作ったことある?」

「あれ何が楽しいの? 完全にただの作業じゃん。日給一万でもやるかどうか悩むわ」

「これは根本的に向いてないかもねー」

「なにそれぇ、酷くなーい!?」

 どう考えても蘭堂さんに建築の適性はないと思うんだよね。才能云々を別にしても、単純に好きか嫌いか、ってのも大事な要素だし。

 僕なんて幼稚園の頃は、デカい木の積み木がお気に入りで、休み時間の度に築城を志しては、タイムリミットと保育士の手によって邪魔されるを繰り返す日々だったのに。

 他にも、あの世界的に有名なブロックのオモチャも好きだったし、プラモなども男子としては人並みに手を出してはいる。今でも何か作ることは好きな方だと思うし、『簡易錬成陣』を手に入れてからは充実した物作りライフを送っているし。

 だがしかし、僕に適性があってもしょうがない。『土魔術士』は蘭堂さんなのだから。

「何か別な方法を考えるか……なんだったら、建材を用意するだけでも……」

「ちょっとー、ウチだってその気になれば積み木くらいはできるってー」

「いや今から積み木で素養を培っているほど時間は――いや、待てよ」

 いっそのこと、積み木だけでもいいんじゃね?

「蘭堂さん、レンガみたいなブロックを一個だけ作れる?」

「はぁ? そんなの今のウチにかかれば余裕だし」

 と、彼女がさっと手を翳せば、地面の上に最初からそこにあったかのように、一瞬の内にレンガサイズの砂岩でできたブロックが完成していた。

 魔法名の詠唱はナシで、杖代わりの黄金リボルバーも使わなかった。

 この砂岩のブロック一個作ることは、本当に今の蘭堂さんの実力なら余裕なのだろう。

「じゃあ、この上にもう一個、同じの作れる?」

「ほい」

 どうよ、と言わんばかりのドヤ顔で、重なった二個目のブロックが現れた。

「これさぁ、もうこのままブロック重ねていくだけで建築できるんじゃないのかな」

 そもそも、壁も天井も全て一発で出そうとするのが間違いだったのだ。

 防御魔法ってのは、盾や壁を一枚で作り出すのが基本である。例外は蒼真桜の『聖天結界オラクルフィールド』。アレだけは全身を覆うバリアータイプだ。

 例外を除き、防御魔法は一枚単体が基本だとするなら、壁4枚と天井、合わせて5枚の面を同時に一度で出すなら、単純に考えて5倍の手間がかかるわけだ。で、ちょっとした試行錯誤で、同じ魔法を5倍の出力にできるかと言えば、まぁ、無理である。

 しかし魔力さえ続くならば、同じ魔法を5回連続で使うことは容易だ。要するに、防御魔法を4枚張れば、四方を囲む壁はそれだけで建設できる。

「あー、なるほどねー」

「っていうか、なんでこんな当たり前のことに気づけなかったんだ……」

 それまず最初にやるべきことじゃねーのと言わんばかりの発想である。そもそも塹壕だって、『石盾テラ・シルド』の連打で作ってるだけなのに。

 いかん、つい魔法一発でポンと完成させてしまうイメージを優先してしまったかもしれない。蘭堂さんも、いきなりソレでやろうとするから悪いんだ。

「というワケで、まずは壁と柱を作って、連結させる練習から始めよう」

「うーわ、また何か地味ぃーな感じ」

 残念だけど蘭堂さん、天職『土魔術士』を授かった時点で、地味という宿命から逃れることはできないんだよ。諦めて、地道に建設技術を磨こう!

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