第193話 委員と係(2)
それで、他の係について説明すると、
『保健委員』:回復担当。治癒魔法を持つのが桜と姫野さんの二人だから、自動的に委員長と副委員長に抜擢。戦闘時での回復は勿論、普段の健康管理、公衆衛生に関しても請け負ってもらおうと思っている。
「あ、あの、公衆衛生って、もしかしてトイレも私達が管理しなきゃいけないの?」
割と「冗談じゃねぇよ」と言った顔でお伺いを立てるのは、副委員長の姫野さんである。
「大丈夫、僕の『魔女の釜』にかかれば汚物も一発で消毒だから」
実は、すでに魔女釜式トイレは実用化されている。
ほら、僕って妖精広場での滞在時間が長いから、それだけ用を足す機会も増える。ダンジョン探索で進んで行くだけなら、その場に放置で問題ないけれど、一か所に長く住んでいると地味に気になってくることでもある。
そこで『魔女の釜』の出番である。要は糞尿が臭わない程度に分解が促進されればいいわけである。トイレというより、超凄いコンポストみたいな感じ。
そんな漠然としたイメージのまま、試行錯誤した結果……高速で土の中での自然な分解を再現した『魔女の釜』の設定に成功。今じゃ僕は勿論、メイちゃんも愛用。もう手離せません。
とりあえず、コイツを設置しておけば、十八人分のトイレ問題は解決だ。なんなら、トイレは18個作って完全な個人用として、自分で自分のを掃除してもらってもいいかも。
「あっ、そうなんだ。それなら、良かったわ」
「トイレ掃除なんて誰でも嫌な仕事だからね。誰か一人に押し付けるような真似はしないよ」
こういう些細な所で、不満や反感というのは溜まるものだ。僅か18人の共同体ならば、誰か一人の強烈な反感は、ただそれだけで大きな影響力になりうる。
全ての不満を解消できる完璧な組織運営なんて不可能だけど、出来る限りの配慮はしていきたいと思っている。
さて、トイレの話は置いといて。他の委員についてである。
『広報委員』:要するに連絡係。地味に夏川さんが、皆の中で一番、クラスメイトのアドレス登録数が多かったので、委員長に任命。スマホが通じない場合でも、『盗賊』の俊足を生かして伝令とか頼みたい。体のいい使いパシリとは、絶対に言わない。
『装備係』:名前の通り、みんなの装備について担当してもらう。あと、転移魔法陣の操作も担当する。現状、装備を強化できるのも、転移魔法陣の発動ができるのも、『賢者』小鳥遊小鳥だけ。ここばかりは、他に替えの効かない重要な部分であるから、彼女にはひとまずこっちに集中してもらいたい。
『ヤマタノオロチ監視係』:とりあえず現地に『双影』置いといて、視覚だけ共有してれば監視くらい余裕でしょ。少なくとも、海辺で戯れるゲイカップルを監視するよりかは、精神衛生的によろしい。
『清掃係』:掃除はみんなで順番に。学生の義務ってやつ?
『洗濯係』:洗い物くらい自分で、という方がいいだろうけど、ここの水場は限られるので、当番を決めてやった方が効率はいい。勿論、男女別。
『給食係』:みんなの命を握る、絶対者。逆らうならば、無慈悲なる妖精胡桃の刑罰に処されるだろう。汝、全ての食材を彼女に捧げよ。さすれば、大いなる恵み、与えられん。なお、一人で十八人分は流石に大変なので、男女一人ずつ当番でお手伝いに入ります。
とりあえず、これで生活していく上での役割分担はおおよそできただろう。
「大まかに役職を割り振ってもらったけど、みんなにはこれから他に今すぐやってもらいたいことがあるんだよね」
パンパンと手を叩いてみんなの注目を集めながら、僕はまず真っ先にやらなければならない重要な仕事を発表した。
「みんなには、これからちょっと狩りに行って来てもらいまーす」
という僕の宣言に、
「……はぁ?」
みたいな反応をくれるのは、主に蒼真ハーレムメンバー達。どうやら、今までイノシシの一匹もロクに狩ったことがなさそうな感じである。このお嬢様どもめ。
「うーん、狩り、か……」
僕の発言に理解は示しつつも、あんまりピンときてない感じなのは、蒼真君と中嶋君と、あとはジュリマリとか。
「おいおい、いきなりかよ。全く、桃川は相変わらず人使いが荒いべ」
などと軽口を叩きながらもヤル気に満ちているのが、上中下トリオ&山田だ。流石に、僕を真似してサバイバル生活を始めただけある。
「僕はそれなりの食料は持っているけれど、流石に18人分を賄えるほどの量はないんだよね。だから、まずはみんなの食料確保が最優先」
「確かに、それはそうかもしれないが」
それが最優先でいいのか、と蒼真君がみんなを代表するように聞いてくる。
「まずはここでの生活が安定しないと、装備を整えることも、レベルアップすることもままならいからね。ヤマタノオロチのことはしばらく放っておくくらいでいいでしょ」
奴はレイドボスではあるが、イベント期間限定ってワケじゃない。僕らが倒さなければ、永遠にあの場所に居座り続ける存在だ。
「おい桃川、とりあえずイノシシ狙いでいいべか?」
「海辺の無人島エリアには、イノシシ以外にも食べられるのが沢山いるから、もっと狙い目の奴がいるよ」
警戒心が強くそれなりの逃げ足もあるが、安全に狩れるのはメール情報でもオススメされている草食動物ジャージャだ。
次点では、積極的に攻撃してくるアクティブモンスターではあるが、肉は食べられる鳥型モンスターのコッコ。
でも蒼真君がいるなら、ロイロプスとかミノゴリラに挑んでも余裕だろう。
四号機ミノタウルスのベース素材にもなった中ボス級のミノゴリラは、どっちかといえば人型のモンスターであり、その肉を食べるつもりはなかったのだけれど、気が付いたらメイちゃんが調理していて、そうとは知らずに食べてしまったんだよね。味はほぼ牛肉だった。なかなか美味しいし、食べごたえもある奴だ。
「肉の他にも、あそこには結構な野菜や果物もあるから、その辺もとってきて欲しい」
「つっても、俺らじゃそういうのは見分けつかねーぞ?」
「レムを同行させるから、その場で聞いて選別してきてよ。持って帰って来た後に、僕がもう一回チェックもするから大丈夫」
レムは頭の良い子だから、しっかり僕らが食べている動植物のことは覚えている。イエスとノーの意思疎通だけでれきば、食材チェックするだけなら十分だ。
「特に、モモマンゴーはレアだから、見つけたら絶対にとってきてね」
「お、おう」
「あとは、そうだ、デカい蜂の巣を見つけたら、場所を覚えておいて。ハチミツとれるから」
「は、はちみつ!?」
と、甘味の存在に食いついたのは、意外にも夏川さんであった。
いや、意外、と言うのは失礼か。彼女は普通に女子である。メイちゃんほどじゃないにしても、甘いものに餓えているだろう。
「それじゃあ、今日の夕飯の献立がクルミ尽くし定食になるか、焼き肉食べ放題になるかはみんなの働きぶりにかかっているから、頑張って狩って来てね」
「桃川、お前は来ないのか」
「僕はここでやること沢山あるから。風呂だって入りたいでしょ?」
「おい蒼真、ここは桃川に任せておけばいいんだべ」
すでに衣食住をお世話してもらった経験済みの下川は、したり顔で言っている。こういうのも、信頼の一つの形ってことなのかな。
「メイちゃんと蘭堂さんはこっちに残ってて」
「桃川、恋愛は校則で禁止されてるべ」
言うな、白い目で睨むな。
二人にはちゃんとこっちでのお仕事があるから。決してハーレム気分味わおうとか思ってないから。
「蘭堂さんには土魔法で釜を作ってもらうから。上手くいけば、大浴場だってできるよ」
「は? 釜ってなに? 陶芸?」
「あー、そういやぁ毎回泥遊びするのも手間だからなぁ。うっし、お湯は俺に任せておけ」
水魔術士って、呪術師の次に生活に便利な天職だと思う。どこでも水道って地味に凄くない?
「だから釜ってなによー」
「メイちゃんは僕のアシスタントってことで。料理の準備もあるし」
「うん、分かったよ」
あえて口には出さないけど、僕の護衛。
この状況下で誰かが僕に危害を加えるとは思い難いけれど、何が起こるか分からない。備えは常にしておくことに越したことはない。
ひとまず、しばらくの間、僕は小鳥遊小鳥が操る転移魔法陣は使わないでおこう。
僕が飛んだ瞬間に、謎の不具合が起きた、とか言い張って転移魔法陣を閉ざされるかもしれない。
被害妄想、と言われそうな発想ではあるが……僕としては、蒼真派閥の奴に、自分の命綱を一瞬でも握られる瞬間というのは作りたくはない。
小鳥遊小鳥は僕が見た限りでは、レイナと似たような感じで、純真だし怖がりで、いかにも女の子らしい性格だと思っているが、腹の底では何を考えているか分からないし、純粋さそのものが僕を殺す凶器になるってことは嫌ってほど理解している。
本当は、転移も装備も担当する重要なポジションに彼女を就けたくはなかったが、天職『賢者』は彼女だけ。どうやっても替えが利かないのだ。
だから、利用はするけれど、絶対に隙だけは見せないよう気を付けないといけない。
「それじゃあみんな、行ってらっしゃーい」
小鳥遊小鳥への疑念を考えながら、転移魔法の光に包まれて狩りに向かうクラスメイト達を僕は見送った。
これで学園塔に残っているのは、僕、メイちゃん、蘭堂さん、それから転移魔法担当の小鳥遊小鳥と、委員長、天道君である。
委員長は天道くん係にかまけて置き去りにされたワケではなく、ちゃんと僕と一緒にこれから住むことになる学園塔での生活空間、いわば寮の設営に協力してくれることになっている。
「天道君はどうするの? 寝てるの?」
「人をニートみてぇに言うんじゃねぇ」
ついさっきまで天道くん係によって色々と言われたらしい天道君は、やや疲れた表情をしながら、僕の率直な問いかけに答えてくれた。
「俺はあのクソ蛇のところに行く」
「じゃあ、僕と蘭堂さんも一緒に行こうか」
「えっ、ウチも行くの!?」
また二時間も歩くのヤダーっ! とダダをこねる蘭堂さんだが、彼女には土魔法による『魔女の釜』のベース作成という仕事の他に、メインとなる重要な――
「ぶはぁ!」
「桃川ぁー、ウチもう歩きたくねぇー」
ぶーたれる蘭堂さんによって背後から奇襲を受けた僕は、ほっぺたをモニモニされて邪魔をされてしまう。
「あー、もう、いいから離してよ!」
「だってぇー」
「しょうがないから、僕のアルファに乗っていいよ」
「なにソレ」
「アレ」
「クアーッ!」
指を指すと、アルファが吠えて存在をアピール。
「アレに乗んの?」
「苦労して手に入れた自慢の新車だよ。中身はレムだから安心して載せてもらってよ」
「そっかー、レムちんの新しい体かぁ」
こういう時、レムのこと知ってると理解速くて助かるよね。というか蘭堂さん、なにその渾名? ちょっと可愛いね。
「じゃあな、先行ってるぞー」
「ああーっ、ちょっと待って天道君! 蘭堂さんには釜作ってもらってから出発したいんだよね」
「うるせー知るか」
「だから釜ってなんなのよ」
「待ってる間、天道君は小鳥遊さんにタバコをコピーしてもらっててよ」
「そういやぁ、そういう話だったな」
よし、足止め成功だ!
「おい、小鳥遊、できるのか?」
「ぴぃ!?」
「龍一、アンタこの期に及んでまだタバコなんて持ってたの?」
「おいおい、勘弁してくれ涼子。こんな場所だからこそだろうが――」
いいぞ、天道くん係。そのまましばらく痴話喧嘩して時間潰ししていてよ。
「それじゃあ、さっさと『魔女の釜』造りを済ませておこうか」
いい加減、蘭堂さんも釜の正体が気になっているようだしね。もし、彼女の土魔法による高速釜製造ができるようになれば、僕としてもヤマタノオロチ攻略に使えそうな手段の一つになりそうだし。是非とも、頑張ってもらいたい。




