第187話 学級会(3)
モンスターと戦う系のアクションゲームでは古来より「巨大モンスター戦は作業」と呼ばれている。
ビルのように巨大な体を持つモンスターとの戦闘というのは、それだけで浪漫のある構図ではあるが、そこで実際に行われるのは、延々と特定のポイントに攻撃し続ける、専用のギミックをタイミングよく発動させる、などの単純作業の積み重ねというのがほとんどだ。端的にいってクソである。
勿論、僕にも経験はあるよ。ただ歩くだけの巨大ドラゴンを相手に、弱点部位目がけてただ攻撃を叩き込み続けては、たまに轢かれて大ダメージとか。単純作業の繰り返しのくせに、巨大だからという理由で桁違いの体力を誇り、挑めば相応のプレイ時間を消費させられる。その上、レア素材やレアドロップなんかもちゃんと設定されているから、周回プレイが不可避という……
「桃川君、ちゃんと聞いているの?」
「ちゃんと聞いているから、こんなに呆然としているんだよ」
僕はそれなり以上にゲームを嗜むゲーマーである。素人以上、廃人未満の、エンジョイ勢といったところだろうか。
だからこそ現実とゲームの区別がつくし、理解できてしまう。現実に存在する巨大モンスターを討伐するのが、どれほど危険で困難であるか。
ゲームは所詮、ゲームでしかない。コレをすればクリアできる、という簡単なタスクなど、リアルに生きるモンスターにとってはあるはずもない。
「蒼真君、ヤマタノオロチにはここにいる全員で挑めば倒せそうな感じなの?」
「無理だな。ただ数を揃えて突撃すれば、どうにかなるような相手じゃない」
ですよねー。
これで相手がゴーマの大軍とかだったら、人数が増えればそれだけ戦力差が埋まっていくけれど、一体の巨大モンスター相手は、明確な攻略法が確立していなければ、人数などどれだけ揃えても無意味。身じろぎ一つで、人間など軽く潰してしまう怪物だ。
それでも、今ここに集っているのは全員が天職持ち。きっと何かしらの役には立つし、彼らの存在がヤマタノオロチ攻略戦には必要不可欠になるだろう。一人残らず全員キリキリと働いてもらおう。ニート死すべし、慈悲はない。
「分かった、とりあえずボスの攻略法を考えるのは後回しにしよう」
どの道、ヤマタノオロチに関してより詳細な情報収集をするところから始めるしかないのだから、今この場で攻略法を話し合っても意味はない。
そんなことよりも、僕らには先に決めておかなければいけないことが幾つもある。
「聞いての通り、ここから先に進むためにはヤマタノオロチという強力なボスを倒さなければいけないわ。そのためには今ここに集まった全員の協力が必要よ。だから、次はこの協力体制を確立しなければならない」
流石は委員長、僕が切り出すまでもなく話を進めてくれてくる。
「まずは一つ、恋愛禁止とルールは決まったけれど、他にも決めなければいけないルールは沢山あるはずよ」
ヤマタノオロチを倒すまでには、準備も含めて結構な時間がかかる。そうでなくても、『呪術師』たる僕は事前準備に勝敗がかかっている。後先考えずに一発勝負でピンチには覚醒できる『勇者』とは違うんだよ。
だから、それなり以上の時間をクラスメイト18人が共同生活を円滑にしていける体制を作り上げるのが、この学級会最大の目的だ。
「で、そのための原案はすでに用意してあるから――」
「待ってくれ」
と、ここで声を上げたのは、やはりというか案の定というか、蒼真悠斗であった。
「なにかな、蒼真君」
「これから全員が長く共同生活を送ることになる。だが、それを始める前に、俺にはどうしても決めておかなければいけないことが……いいや、違う、裁かなければいけないことがある」
「綾瀬さんの件かな」
「そうだ。それもあるが、俺は改めて桃川、お前に問わなければいけない――」
鋭い視線。それは確固とした意思と正義に満ちた、後ろ暗いことだらけの僕には痛いほどに突き刺さる視線であった。
「――お前は今まで、何人殺してきた」
「羨ましいね、今まで誰も殺さずにやってこれたなんて」
薄ら笑いの皮肉で返す。まだ、僕は自分の罪状を素直に白状する必要はないからね?
蒼真君の言うことは、困ったことに正しい。特に、レイナだけでなく、他のクラスメイトも殺したのではないかと嫌疑をかけてきた辺りが、彼の勘の鋭さと、今の冷静さを教えてくれる。
本当にただ僕のことを貶めたいだけなら、感情的にレイナ殺しの罪科を再び糾弾すればよいだけだ。けれど、レイナ以外にも、と問うた蒼真君は実に僕の弱点を理解している。
そうさ、僕には何人も殺してきた前科がある。いや、別に警察に捕まってはいないから、前科者ってワケじゃないけれど。
ともかく、これから一緒に暮らそうって奴の中に、殺人者がいればどう思うか? 僕だったら絶対に御免だね。精一杯に温情をかけても追放処分、普通に処刑が妥当だろう、人間の感情的に考えて。
その者がどういう人物か、どんな罪を背負っているのか。これから構築される共同生活体に入れていいかどうか、本来はまずはそこから問うべきなのだ。
けれど、そんな裁判は僕にとっては不利にしかならない。だから、分かっていてスルーした。今この場にいる全員が、一人残らず一緒に暮らすことを前提として話を進めようとしたのだけれど――そりゃあそうだよね、ここで言わなかったら、蒼真君にはもう二度と、レイナの件を糾弾する機会はなくなってしまう。少なくとも、表だって言い出すことはできない。
頼むから言い出してくれるなよ、と半ばお祈りだったが……やっぱダメだったか。蒼真君がこうして切り出してしまった以上、スルーはできない。だから、最善ではないけれど、次善の策を打たせてもらおう。
というワケで、まず僕がすべきことは、
「メイちゃん、落ち着いて。僕は大丈夫、話し合いはこれからだから」
「……うん」
明らかに殺意を迸らせて、立ち上がりかけていたメイちゃんを止める。ここで殺し合いに発展したら今までの話し合いがパーじゃないか。僕はまだ、そこまでこの学級会に絶望しちゃあいないよ。
「どうなんだ、桃川」
「そもそも、このダンジョンの中での殺人は罪になるのかな?」
「なんだと」
「僕を殺人罪で訴えたいなら、そうすればいいよ。ほら、今すぐスマホで110番通報すればいい。パトカーが来てくれたら、僕は大人しく手錠をかけられるよ」
「ハハハ、そりゃ無理だべ桃川」
乾いた笑いの下川だが、そんなことは言うまでもなく全員が分かっている。だって、ここは現代日本どころか、地球ですらない剣と魔法の異世界なのだから。
「警察が僕を捕まえに来るまでは、殺人罪は不問ってことでいいでしょ」
僕らは日本人だし? 日本人の罪は、日本の法律で定めた通りに裁かれて、初めて確定するものだ。
「だから、その問いかけは無意味だよ。元の世界に帰ってから、改めて僕を訴えてよね、蒼真君」
「ふざけるな、桃川。俺はそんなくだらないことを聞いたんじゃない」
「じゃあ、どういうつもりで聞いたのかな」
「決まっている。俺はお前が殺したレイナと他のクラスメイト、その罪を隠して、誤魔化したまま、お前と共にいることはできない」
「嘘も秘密も許さないって束縛彼氏かよ」
「殺人の罪だけは、これから共に生活する前に明らかにしておかなければいけない」
おっと蒼真君、僕のジョークを華麗にスルー。でも僕が女だったとしても、ちょっと蒼真君とは付き合いたくはないのは事実だよ。本人はお堅いし、なにより周りが地雷原だし。
ともかく、流石と言うべきか、蒼真君の意見は正しい。
僕だって自分の手が綺麗なままなら、この辺は何が何でも明らかにしておきたいところである。少々の罪は誰だってあるものだけれど、やはり殺人というのは別格だ。まして、この状況だから尚更に。
「僕が誰を、どうやって殺したか、全て洗いざらい吐いてもいいよ。でも、条件がある」
「条件だと」
「今、この学級会の場で告白した罪は、全て罪には問わないこととする。つまり、誰を殺しても無罪ってこと」
「ふざけるなっ!」
「ふざけているのは、蒼真君の方じゃない? どうして犯人が、減刑も恩赦も期待できない状況で真実を自供すると思うのかな」
「自分の犯した罪すら逃れるのか! お前には欠片でも正義があるのか!」
「人は正義で生きているんじゃない、欲望で生きているんだよ。現実を見なよ、蒼真君」
「戯言を!」
「悠斗君、桃川君、そこまでにして」
「ありがとう委員長、そろそろ止めてくれると信じてた」
キッとしたキツめの視線が委員長から送られてくれる。僕はヘラヘラして誤魔化しながら、ここから先は委員長に任せることにした。
「どちらの意見にも一理あるわ。悠斗君は共同生活を始める前に、これまでの罪は清算すべきだという主張よ。対して、桃川君はこの場でただ罪を認めるだけでは、何のメリットも保障にもならないから、認めるつもりはない」
要約すれば、それだけの単純な利害対立でしかないからね。正義の在り方、などどうでもいい。委員長はちゃんと本質を分かってくれているようだ。
「どの道、ここにいる全員で協力することは決まったことよ。その上で、人を殺した罪があるからといって、今更、排除することはできないし、するべきではないと私は思う」
「けど、委員長――」
「悠斗君、それをすれば、ここに残るのは恐らく貴方と桜の二人だけよ」
「どういう意味だ」
「一度、双葉さんを見捨てた私も立派な殺人未遂よ。もう一度、このダンジョンの現実を思い出しなさい。ここでは、誰も綺麗なままではいられないの」
絶対的な力と、運命的なめぐり合わせのある『勇者』と『聖女』の蒼真兄妹はそりゃあ誰も殺さずに済んでるよね。それと、天道君の庇護下にあった蘭堂さんとジュリマリコンビも殺しの経験はない、というか、機会もなかったはずである。
「この場で断罪することは、ここにいる全員を罰することになるのよ」
「だからといって、全ての罪をなかったことにしていいのか」
「罪はこの場で認めるわ。けれど、罰は今ここで与えるわけにはいかないの」
罪が発覚すれば、速やかに罰が執行されなければならない。それはごく自然的な考えであり、きっと人間の本能的な思考でもあるのだろう。
死刑囚が何十年経っても刑が執行されずに生きていることに不満を覚えるのは、そういう意思があるからかもしれない。
けれど、現実的な社会制度として考えれば、罪の確定と罰の執行は、必ずしもワンセットである必要性はない。両者の間にそれなり以上の時間を空けることに、大きな意義もあるし、必要性もある。ほら、冤罪ってこともあるわけだし?
ともかく、この場において委員長の提案は、僕と蒼真君、双方の主張の落としどころとしてはベストだろう。どの道、レイナ殺しの罪は発覚している時点で、僕には徹底して罪を認めない方針にさほどメリットはない。レイナを殺していない、という言い逃れは不可能ならば、認めた上で不問とされた方がやりやすい。
「僕は委員長の意見に賛成するよ。僕もみんなも、この場で先に罪を全て白状しようじゃないか。その上で、それら全てを棚上げすることを認めようよ」
僕だけつるし上げられるのは御免だからね。全員巻き込んでやる。そうでなくても、僕自身もみんながどんな罪を犯したのか、是非とも知りたいところだ。
もっとも、僕とメイちゃんよりもクラスメイトのキルスコアを稼いでいる可能性があるのは、天道君くらいだけど。
「悠斗君、どうかしら。罪の告白だけに留めるか、それとも誰もが口をつぐむか。選択肢はそれしかないわ」
「……認めるしかないのか」
「そもそも、ここにいる誰にも人を裁く権利なんてないわ。日本では私刑が認められていないのよ」
つまるところ、蒼真君は自分が何の罪も犯していない綺麗な身だから、他人の罪を裁く側に立っているからこそ、声高に正義を叫べるんだよね。
ねぇ、蒼真君、もし君が今まで何かの弾みや事故なんか、その気がなくても襲ってきたクラスメイトを返り討ちにして殺してしまったとしたら、今と同じように「罪を裁くべき」と言えたのかな。あるいは、妹の蒼真桜に殺人の罪を償って死ね、と僕に向かって言うのと同じ台詞を吐ける?
それを悪いとは言わないけどね。所詮、自分の大切な人を贔屓するのが、人間として当たり前の感情。僕はメイちゃんの殺人は何が何でも庇うけど、桜が人を殺したらここぞとばかりに糾弾してやるよ。
「分かった、いいだろう。だが、全て話してもらうぞ。嘘も誤魔化しも許さない」
「あはは、全然分かってないね。蒼真君は許すしかないんだよ」
「桃川君!」
「まぁ、落ち着いてよ委員長。どの道、僕らが全員共存できるかどうかは、蒼真君にかかっているんだ。究極的に、彼が僕を決して許さないと言うならば、僕はそれに全力で抗わなきゃいけないし、そうなれば、この18人は分裂する。脱出枠の3つをかけて、バトルロイヤルするしかなくなるよ」
「この期に及んで、まだ脅すつもりか」
「いいや、僕は覚悟を問うているんだよ。君が僕を許せば、全員協力できる。許せないなら、殺し合いしか道はない」
今この場で確定させなければならないことは、僕の殺人罪や他のみんなの罪状ではない。これまで負ってきたそれぞれの罪を、ダンジョンを脱出するまでは決して罪に問わず糾弾しない、という契約なのだ。
それが成されなければ、ささいないさかいが一つ起これば、各々の罪を引っ張り出して糾弾し合うに決まっている。特に女の子って今は関係ない過去の非をいきなり持ち出して責めたりするの得意でしょ?
なぁなぁで始めてしまえば、いつか必ず衝突が発生し、そしてすぐに取り返しのつかない事態になるだろう。
「できるはずがない。レイナを殺したお前を許すことなんて、俺には……」
「だから、許さなくてもいいけど、今はそれを我慢してよって話」
「悠斗君、お願いよ、短慮は起こさないで」
「分かっているさ、委員長」
意外にも、蒼真君は平静に答えていた。ただ、その心中はいかばかりか。怒りの炎を理性で抑えているってところかな。さっき天道君に殴られた甲斐もあるね。
「桃川、俺はきっと一生、お前を許すことはできない。けれど、今だけはここに残ったクラスメイトみんなの命がかかっている。だから、俺はお前に協力しよう。ここをみんなで脱出するまでは、あらゆる罪を不問にする」
「理性的な決断をありがとう、蒼真君。これでようやく、スタート地点に立てた」
蒼真悠斗、君は実直な人間だから、自らが一度言葉にしたことは滅多なことでは破らないだろう。だから、今はその人間性を担保として、契約させてもらおう。信じているよ、君の正義をね。
「だが桃川、これから犯す罪は、その時に裁きを下す。お前を信用したワケでも、全てを許すワケでもない」
「ああ、そういう共同生活の上での裁判制度は、後で話し合って決めるから」
あくまで、水に流すのはこれまでの罪である。これから問題を起こした者は、みんなからつるし上げを喰らうのは避けられない。これだけ人数がいて、大なり小なりトラブルが起こるのは避けられないから、真面目に決めておかないと。あー、考えるだけで面倒くさい。
「それじゃあ、話を進めましょう。これから、改めて今まで犯した罪を話してもらうわ。その上で、私達はそれら全てを糾弾しないことを約束する」
「そして、この場で話した罪に関しては、今後一切、話に持ち出すのは禁止――いいや、話さなかった罪も不問にしてもらおうかな」
「どういう意味だ、桃川」
「後になって、実はアイツにはこんな罪があったんだ、だから許せない、なんて言いだされたら結局は同じことでしょ?」
「それは隠し事した方が悪いんだから当然じゃないのか」
「真実は何もかも明らかになった方がいい、なんて考えはいい加減に改めてくれないかなぁ」
「桃川君、それ以上はやめて。要するに、罪を許すといっても、隠しておけるようなことをわざわざ告白する必要はないってことよ」
許す、と言っても所詮は表面上のこと。この人はこんな罪を犯しました、と知ってしまえば真偽に関わらず、何かしらの悪感情を抱くことは避けられない。悪い噂ほどすぐに広まるってものだ。
「だから、黙秘権も保障してもらう。同時に、告発する権利も認めるよ」
「ええ、それがいいわね。この場で告発しなかった者は、今後はその件に関して口にすることは許さないわ」
黙っていることを選んだなら、最後まで口を閉ざしておけということ。後だしでケチをつけられる余地を残しては意味がない。
だから、罪を犯した者も、その罪を知っている者も、今この場で選択しなければいけないのだ。この僕が許されたのだ。どの道、罪を罰することは不可能。あとは、それを明らかにするか、しないかだけの違いのみ。
「はぁ……そんなことまで言い出すとは、お前はどれだけ罪を重ねて来たんだ」
「まぁまぁ、それはちょっと長い話になりそうだから、ゆっくり聞いてよ――」




