第186話 学級会(2)
「おい下川、詳しく」
蘭堂さんの鋭い視線に射抜かれた下川君は、あっヤベっ、みたいな表情をしながら言葉を続けた。
「いや、なんか実は前から桃川は双葉さんと付き合ってるって聞いたんだべ」
「誰から?」
「そりゃ本人から。あと、桃川が自慢げに僕デブ専だから、って言ったってのを山田から聞いたべ」
言ったよ、僕、確かに言ったよその台詞……でもアレはね、当時レイナにイカれてた山田君が僕にあらぬ疑いをかけてきたから、それを華麗に切り抜けるための冴えた方便なんだよ。
でもみんなに「付き合ってるんだよねー」とか調子に乗って言ったのは、完全に単なる見栄を張っただけ。こんなことになるなら、止めればよかった……
「はぁ? なにソレ、嘘っぽいんだけど」
「……嘘じゃないよ。私、前から小太郎くんと付き合ってたの」
「メイちゃん!?」
何故ここで嘘に乗っかる選択肢を!?
どういうつもりなんだ、これは女子特有の高度な恋愛的駆け引きなのか。それとも、実はメイちゃん前から僕のことが……ええい、都合のいい解釈でドキドキしてる場合じゃない。これもうどこに着地点あるのか分かんないよ!
「やっぱりなー、転移する前に桃川が双葉に魔法陣のノート渡してたからなー」
「下川君はちょっと黙ってて」
「ホントに付き合ってんなら、なんでキスもしてないわけ?」
蘭堂さんもそろそろ黙って。どうしてそう、メイちゃんを挑発するような台詞ばかり次から次へと出て来るのさ。そんなに僕がメイちゃんと付き合ってたら気に食わないの? もしかして嫉妬してくれてるの? 僕期待しちゃうから思わせぶりなことやめて。
「キスくらいしてるよ」
「嘘でしょ。それならさっき即答できてたじゃん」
真顔を保っていたメイちゃんの表情が、眉をひそめてガンを飛ばすレベルにアップしてしまった。これはそろそろ殺意を放ち出してもおかしくない。
「ウチはしたよ、桃川と。ファーストってやつ」
あ、殺意出た……ダメだ、これ以上はマジで危険、冗談では済まなくなる。
とうとう僕も、覚悟を決めなきゃいけない時が来たようだ。
「蘭堂さん、メイちゃん、二人ともそこまでにして」
メイちゃんからは厚い信頼を寄せられているし、凄いいい雰囲気になっているという自信もある。一方、蘭堂さんは勢いとはいえキスしてきたし、僕のことを憎からず思っているだろうことは分かる。
だからきっと、僕にも浮ついた気持ちがあった。ないわけないだろう。自分の好みドストライクな女子が二人も僕といい感じになれているのだ。期待しないはずがない。
そう、僕は自分の中では「攻略中は恋愛禁止」だと誓っていたけれど……それは所詮、自分の心の中で決めていただけだ。メイちゃんにも、蘭堂さんにも、他の誰にも言ったことはないし、提案したこともない。
だって、それを公言してしまったら、僕が童貞を貫くことはいよいよもって確定だ。もしかしたら一線を越えることがあるかも……なんて、甘い期待があったから、自分の中の決め事にしかしていなかったんだ。
けれど、それももうお終いだ。どの道、ここまでクラスメイトが集った時点で、そうしなければいけないと考えてはいた。だって、これからは複数の男子と女子による共同生活なんだから。
「なによ桃川、キスしたのは事実でしょ」
「小太郎くん……そんな、嘘だよね」
「ごめんね、メイちゃん。蘭堂さんとは勢いとはいえキスしたのは本当だし、メイちゃんと付き合ってると言ったのは見栄を張って嘘ついたんだ。でも、これからはもうそういうことは一切しない。僕もそうだし、みんなにもそうして欲しい」
そう、今まで僕の修羅場を眺めるだけだった君達も当事者だぞ。自分だけ我慢するのって辛いしね。ほら、苦労はみんなで分かち合うっていうの、日本人大好きでしょ。
「だから――恋愛禁止だ!」
未練を振り切るように、僕は思い切って叫んだ。
「本当は後でちゃんと話し合ってから決めようと思っていたけれど、話の流れが脱線して危ない雰囲気になったから、先に言わせてもらう。これから全員、恋愛禁止だから」
「お、おい桃川、どういうつもりだ!」
「そんなの聞いてねーぞ!」
「なに勝手なこと言ってんだべ!」
おいおいおい、上中下トリオ、これは君達にとっても大いにメリットになる提案だというのに。条件反射で反対してしまうとは、まだまだ思慮が浅いんじゃないのかな。君らのすぐ隣には、クラスの美少女が集結したハーレムがあるというのに。
「とっくに分かり切ったことだけれど、今ここには僕らしかいないんだ。そして、僕らはこれから全員協力してダンジョンから脱出したいと思っている。まず、これに反対する者はいないと思うし、もしその気だったら、今すぐここから出ていってくれていいよ」
出ていく者など、一人もいはしない。天道君でさえ動かないのだから、他の誰も動けるはずがないのだ。
「みんなで協力するってことは、これからは四六時中、男子も女子も一緒に生活するってこと。だから恋愛なんていう、人間関係において特大の爆弾を抱えるワケにはいかないんだよ。たとえばさ、蒼真君がこれから毎晩、夏川さんと小鳥遊さんと剣崎さんとエッチしまくるけど、自由恋愛だから放っておいてねと言われたら、他の皆は納得できるのかな」
「おい、桃川、お前」
「兄さんを侮辱するのは許しませんよ、桃川!」
「ただのたとえ話だよ。これくらい大袈裟に言った方が分かりやすいでしょ?」
ただし桜テメーはダメだ。ガチの近親相姦とか気持ちわるいです。
「委員長はどう?」
「桃川君の言い分は分かるけれど、恋愛禁止とあまり厳しくしても、気持ちが抑えられないこともあると思うわ」
「うん、それじゃあ委員長が全責任をもってみんなの恋愛を適切に管理してくれるなら、禁止しなくても大丈夫だよ」
「恋愛は禁止よ」
流石にそろそろ、委員長も責任逃れするのが上手になってきたね。正義を貫いたところで、自分の胃がボロボロになるだけって、いい加減に学習したのだろう。
「委員長の言う通り、誰かを好きなる気持ちまでは禁止できないし、したとしても抑えられないと思う。内心の自由ってやつ? ともかく、気持ちまでは否定しないけれど、このダンジョンから脱出するまでは、みんなその気持ちはできる限り抑えて欲しいんだ」
公の場であるってことを意識して欲しいというだけのこと。僕だって、そんなに厳しいことを要求するつもりはない。
でも、大人だってこれがなかなか難しいというか、人の心の複雑な部分というか。まして、僕らは健全な高校生だ。こんな閉鎖環境で一度タガが外れてしまったら、速攻で昼ドラかエロ同人みたいにドロドロになるに決まってる。だから、最低限のルールってのは絶対に必要なのだ。
「そういうワケで、おおっぴらに好きとか嫌いとか言わないで。告白するのも禁止。するなら、ここを脱出した後にしてよね」
「……俺は桃川に賛成する」
おお、蒼真君まさかここで声を上げるとは。
「蒼真君、そんなにハーレムで苦労していたとは」
「桃川、悪いが俺はまだお前と気安く喋ることはできそうもない。真面目にやってくれ」
美少女に睨まれるのもアレだけど、イケメンにされるのもなかなか心にくるものだね。正直、怒り狂っているよりも、理性を保って冷めた態度をとられる方が怖く感じるよ。
「兄さん、いいのですか」
「共同生活をする上での、最低限のルールというやつだ。当たり前のことだろう」
「それは、そうですけれど……」
へい桜ちゃん、自分がこの状況を活かして兄貴と一線越えようとか狙ってたから、恋愛禁止には素直に賛成できないのかなー? んー?
「桃川君、お願いだから余計なことは言わないで」
「分かってるって、委員長」
つまり、委員長も同じこと思ってたってことだよね? 桜、お前は友達の信用ないな。
「蒼真君の言う通り、これは必要なルールだから。もし、どうしても反対というか、僕らの仲は認めて欲しい、というカップルがすでにあるなら話し合うことはできるけど、どう?」
ざっと見渡してみても、手を上げる者はいない。
そりゃあそうだろう。すでにクラスを代表するバカップルである桜井君と雛菊さんは死んでいる。そして、ガチなゲイカップルだった杉野大山コンビも解消されている。
残っているのは、みんながみんな、いまだ思いを伝えずに片思いをする者だけ。勿論、僕も含めてね。
「それじゃあ、恋愛禁止ルールは可決ということでいいかな委員長」
「ええ、まずは一つ決定ね」
委員長はいつの間にか手にしていたノートとペンで、サラサラと可決案を書き記していた。いやぁ、やっぱりこういうところが委員長だよね。
「そういうワケだから、メイちゃんも蘭堂さんもこれ以上、僕のことで何か言い合うのはやめて欲しい」
「うん……分かったよ、小太郎くん」
「むぅー」
シュンとうなだれたようなメイちゃんと、この鈍感とでも言いたげにむくれている蘭堂さん。それぞれケチの一つもつけたいところだろうけど、ひとまずは大人しく二人とも引き下がってくれたようだ。
あ、危なかった……学級会というシチュエーションがなければ、恋愛ド素人の僕では切り抜けるのは不可能な修羅場だったよ。
「すっかり脱線しちゃったけど、自己紹介の続きをしようか」
さて何の話してたんだっけとみんな忘れるレベルの脱線ぶりだったけれど、まだ自己紹介の途中という序盤も序盤であるのだった。時間なんて幾らでもあるけれど、会議が長引くとみんなダレてくるから、サクサク行こう。
次の自己紹介は蘭堂さんの次で、蒼真ハーレムの面子になるのかな。彼女達を含めて、後はほぼ僕の知ってる人ばかりだから、僕にとっては確認程度の意味合いしかない。
「えっと、私の天職は『盗賊』で、でもっ、悪い盗賊じゃないからね!」
やけに悪くないことを強調しながら、夏川さんが自己紹介を始めた。
その次は剣崎明日那、小鳥遊小鳥と続く。
委員長と同じく、彼女達も順調に天職の力を成長させているようだ。武技も魔法も充実している。本当に、素直に強いパーティだよ。
「あー、俺の天職は『剣士』だ」
それから、今度は上中下トリオ+山田の番となる。
僕と別れてから、彼らは僕の見よう見まねでサバイバル生活を営みつつ、ボスを倒してここまでやって来たようだった。自前で燻製肉を作ったりと、なかなか頑張ってる。でも、その肉ちょっと生焼けなんだけど? 燻し方が足りないよね絶対。
さらに残念なのは、彼らには蒼真ハーレムほどの目に見えた成長がないことだ。それぞれ、一つか二つ新しい技を習得している程度で、劇的に戦闘能力が上がるようなものはないようだった。
「私の天職は『治癒術士』です」
と、何食わぬ顔で自己紹介しているのが、姫野愛莉である。
僕は知っている、今は亡きヤマジュンから彼女について聞いたことははっきりと覚えているからね。
彼女は恐らく、天職ではなく『眷属』という別系統の能力を授かっていると。
横道も人間を文字通りに喰らう邪悪な眷属と化していると推測されている。奴の危険度は実際に遭遇した僕だからこそ嫌でも分かる。眷属は人間を止めるような化け物になるのではないかという危険性が非常に高い。
姫野愛莉に関しては、サキュバスのように体を使って男に取り入ってはいたけれど、レイナの登場によってあっけなく見捨てられ、という顛末も知っている。それを思えば、横道ほど強力かつ危険な力はないと思うのだが……彼女に関しては、注意して監視が必要だ。メイちゃんと委員長には協力してもらおう。
「俺は『魔法剣士』だよ」
そんなサキュバス姫野の相方を務めているのが、中嶋陽真君だ。彼についても、ヤマジュンから一通り聞いている。
なんでも、最初に姫野さんと二人きりで、上中下トリオ合流後、見事に寝取られて逃げ出したと。ただ、彼がいた時期は上中下トリオだけで、ヤマジュンが合流した時にはすでにいなかった。だから、ヤマジュンが自分で見たわけではないという。
この辺は、後でトリオにしっかり裏をとっておこう。もっとも、あっさり姫野さんを寝取られてしまうほど、強くはない天職だったらしいけど……
「魔法剣士は最強か器用貧乏か、ってのは真実だったのかな」
ひとまず中嶋君の自己紹介を聞いた限りでは、なるほど、これは見事に器用貧乏と言わざるを得ない能力構成であった。
武技も魔法も使える。なかなか強そうではあるが、どっちも中途半端に止まっていては決定打に欠ける。今の段階だったら、武技も魔法も上級に位置するような技を一つは使えるようになっているべきなのだが、中嶋君は両方ともなんとか中級に手が届いたといった程度。
色んな雑魚を相手に一人で戦い抜くには役に立つかもしれないけど、ちょっと強いボスに当たったら詰むような頼りになりきれない火力だ。
「私は『騎士』」
「アタシは『戦士』」
中嶋君の後に聞くことになったジュリマリコンビの自己紹介は、見事に理想的な成長をした前衛職といった感じであった。
天道君のワンマンチームではあるものの、雑魚戦やある程度の強敵なんかは彼のために役に立とうと健気に尽くすジュリマリは積極的に戦闘をしていた。その経験がしっかりと生きているといったところだろう。
二人とも上級と思われる武技の大技をそれぞれ持っているそうだ。少なくとも、僕と一緒に地底湖塔でヒーヒー言っていた頃よりかは、格段に成長している。これは、強さを確認するのが楽しみだ。
「ああ、俺か」
そして最後は天道君。地味に、僕が一番気にしていた自己紹介である。
「天職『王』だ。デカい剣を出して、デカい魔法を撃てる。リビングアーマーの親玉みてぇな奴が、倒した中では一番強ぇだろう」
思ったよりも、素直に白状したものだ。すでに蒼真君とかには打ち明けていた感じなのかな?
しかし、なるほど、『王』ときたか。『魔王』ではなかったか。ちょっと残念なような、安心したような。
しかし天道君、君の能力で一番凄いのは無限収納な黄金魔法陣に、傷薬のレシピを見抜く鑑定眼などなど、充実したシステムスキルだよ。
この辺を含めた総合力でいえば、『王』は『勇者』を凌駕する。
しかし、『勇者』は覚醒システムあるからなぁ……
「一通り自己紹介も終わったところで、次は現在の状況確認をしていこう」
僕が一番最後にここへやって来たので、どうしてこんな人数がここに留まっているのか事情が分からない。
もっとも、ざっと見たところでおおよその推測は立つけれど。
この広場での生活の痕跡からして、勇者ハーレムと天道ヤンキーズが先にここに到着していた模様。そして、両チームは特に遺恨がない上に、なにより蒼真君と天道君はマブダチである。協力しない理由がない。
そんなクラス最強のドリームチームが結成されているというのに、いまだここに留まっているということは……この面子でも突破できない何かしらの障害があるのだろう。
さて、それが何なのか、大人しく説明を聞こうじゃあないか。
「それについて、まずは私から説明させてもらうわね」
僕を含め、ここに来たばかりのメンバーは素直に委員長の説明に耳を傾けた。
そして、僕は速攻で耳を塞ぎたくなった。
「ヤマタノオロチ、というべきとても強力なボスがいるの。私達と龍一のチーム全員で挑んだけれど、ほとんど相手にならなかったわ」
「……ま、マジっすか」
ストレートにボスが強力なパターンだったか。シンプルであるが故に、その解決は困難となる。というか、いざ蒼真天道コンビで負けたと聞くと、絶望感半端ないんですけど……
「そ、そのヤマタノオロチって、どういうモンスターなの」
「八つの首がある、かなり巨大な蛇というか、竜というか、そういう姿をしているわ。大きな岩山から頭だけ出していて、口からは強力な攻撃魔法を吐き出すし、その上、頭を落としても5分もあれば再生してしまう。小鳥の分析によると、岩山の中に隠れている本体にあるコアを破壊しない限り、八つ首を止めることは不可能だそうよ」
「えっ、なにそのクソモンス……」




