第185話 学級会(1)
「それじゃあ、学級会を始めようか」
「はぁ?」
と、誰ともなく声が上がる。というか、委員長にも言われたし。
「クラスのみんなが集まって話し合いをするなら、それは学級会と言うべきだよね?」
「それは、まぁ、そうなのだけれど……」
僕のド正論にあまり納得のいかない顔の委員長だったけど、構わず進めさせてもらおう。
「それじゃあみんな集まって、適当に座ってよ」
「なんで桃川が仕切ってんのー?」
こら、蘭堂さん、こういう時に僕がイニシアチブ握るのを邪魔しない! いいかい、会話の主導権っていうのは、往々にして何となくの流れで決まるものなんだよ。特に、自己主張の乏しい日本人の性格的には、尚更ね。
そして僕は、こういう時に口八丁で積極的に主導権を取りに行かないと、途端に空気化するのは平和な学生生活で証明されている。
「そこはほら、言いだしっぺだし」
「へへ、なんか委員長みたい」
なんで笑ってんの、僕これでも必死なんだよ蘭堂さん。ガラじゃないって自覚はあるけどね。
そもそも男子のクラス委員長は東君だし。もっとも、彼も適しているかと問われれば、果たして微妙なところだけど。女子の委員長である如月さんがあまりにも委員長すぎるんだよね。天職『委員長』でいいんじゃないかと思う。
「悠斗君も、桜も、いいわね?」
「……ああ。全員で協力できるなら、それに越したことはないからな」
「この期に及んでは、仕方ないですね」
流石は天職『委員長』、早速、お仕事している模様。やや渋々といった雰囲気ではあるが、蒼真悠斗は大人しく座り込む。そして、彼が行動を示せば、ハーレムヒロインズも黙って従う。
「学級会とか、また変なこと言い出したな桃川」
「俺はいいと思うぞ。アイツなら上手いことやってくれんだろ」
「桃川、俺らの進退はお前にかかってるべ! 頼むぞマジで!」
僕の登場によって、すでにして面倒事丸投げの野次馬スタンスの上中下トリオである。そんな彼らだけど、この場においては貴重な僕の味方だ。少なくとも、蒼真組みに対する負い目がある以上、向こう側につくことは不可能だし。
「密林塔の頃よりもいい生活を保障するから、僕の支持はよろしくね」
「おう、桃川に清き一票を捧げるべ」
「それから、可哀想だからそろそろ山田君を起こして来てあげてよ」
「うーい」
流石に放置はいかんでしょ。僕が言わなかったら、絶対そのままにしてたよね君ら。
「姫ちゃん、小太郎くんの言う通りにしていれば絶対に大丈夫だから、安心していいよ」
「あー、そ、そうなの」
「そうだよ、だから邪魔しないであげてね」
メイちゃんはお友達である姫野さんへ、そんな派閥工作を邪気のない笑顔で仕掛けながら、座らせていた。彼女と一緒に、何となく中嶋君も着席。
姫野中嶋カップルは、もともとクラスでも大した発言力はなかったし、天職の力もアレであることはヤマジュンの証言から判明している。この二人が学級会において、変に場を乱すような真似はしないだろう。現状では、メイちゃんによる引き込みだけで十分かな。
「小太郎くん、頑張ってね」
「うん、任せてよ」
こうして話し合いの場を整えられた時点で、みんなの協力は得られたも同然だ。よほどの下手を打たなければ、僕の、いや、僕らの立場が悪化することはないはずだが……蒼真桜がこのまま黙っているとは思えない。
蒼真悠斗も、いつまたキレるか分からないし、注意は必要だ。
「それじゃあ、みんな席についたようだし、始めようか」
「学級会の進行は、クラス委員長として私が務めさせてもらうわ。それから、発案者として桃川君も」
文句を言う者は誰もいない。委員長が議長役なのは二年七組では絶対の真理だ。
蒼真組みからしても、この場の代表者として委員長が立っているのでケチはない。そして、彼ら以外の面子にとって、僕がこの場に立つのは半ば必然でもある。
実質、蒼真派と桃川派、この二つの派閥に今クラスは分かれているといっていい。
それは、僕と委員長の二人がみんなの前に立っているのもそうだし、みんなの座るポジションからも明らかだ。
不思議とみんな円座ではなく、自然と教室で着席するような配置となっている。
僕と委員長が教壇に立っているとすれば、向かい合う最前列の席となる場所に座しているのは、メイちゃん、蘭堂さん、蒼真兄妹の四人。勿論。僕が立っている側にメイちゃんと蘭堂さん、委員長の側に蒼真兄妹がいる。
それから二列目には、僕の側に上中下トリオ、委員長の側に夏川さん、小鳥遊さん、剣崎の野郎が座す。
そして三列目は、どちらかといえば僕よりの位置に、姫野中嶋カップルが座り、傍らには「うーん……」とか言いながら目を覚ました山田君が起き上がろうとしていた。山田君、おはよう。
最後に中立派とでも言いたげに、最後尾となる噴水に天道君がどっかり腰を下ろしており、その足元にジュリマリが侍る形となっている。
悪くない布陣だ。
僕の目的は、この集ったクラスメイト全員を曲がりなりにも一致団結させてダンジョン攻略に挑むこと。そして、この集団の中における指揮権を、僕が握る。最悪でも、合議制の代表者にはなってやる。
蒼真悠斗の恨みを買った以上、僕の命を保証するのはクラスメイトの支持に他ならない。メイちゃんの護衛は強力だが、それだけでは、いつまた二人きりのサバイバル生活に戻るか分かったものじゃない。
あれはあれでのんびりスローライフしながらもドキドキする刺激もあるという魅力的な生活ではあるけれど。
ともかく僕の方針としては、一人でも多くのクラスメイトと協力して最深部を目指しつつ全員での脱出方法を探すこと。同じクラスメイトで殺し合いバトルロイヤルなどもう沢山だ。ここに来るまでに、何人殺したと思っている。
これ以上はもういい。三人の脱出枠を巡る殺し合いを、させるわけにはいかないんだ。僕のためにも、みんなのためにも。
だから、今だ。謎の黒幕の掌の上か、それとも神の気まぐれか、今ここに18人ものクラスメイトが集った。恐らく、もうこんな機会はない。一致団結できるチャンスは、今しかないのだ。
大丈夫、僕ならできる。今の僕だからこそ、できる。
「まずは自己紹介からしよう」
「そうね、ダンジョンに落とされてから、初めて会った人も多いわ」
「天職と、簡単に能力を教えてね。あと、今まで倒してきた中で一番強い奴も。それじゃあ、委員長からお願いね」
「えっ」
まずお前からじゃねーのかよ、という鋭いツッコミを秘めた視線が突き刺さるが、素知らぬ顔で委員長にどうぞどうぞ。
「私の天職は『氷魔術士』よ。攻撃魔法と防御魔法は、どちらも最近、上級まで使えるようになったわ」
「おおー」
素直に感心してしまうのは僕だけではなく、同じ魔術士の天職を持つだろう何人かもそうだった。
僕がまだ委員長と一緒にいた頃は、まだ中級魔法を覚えたてくらいだったはず。メイちゃんが残っていた頃でも、まだ上級には手が届かなかった。
ということは、レイナ殺人事件の後のダンジョン攻略によって上級を使いこなすまで至ったということ。最近使えるようになった、とは嘘ではないようだ。
「今まで倒した一番強い魔物は……ごめんなさい、ボスとの戦いは常に誰かと一緒だったから、私が一人で倒した魔物は、ゴーマとかそれくらいなのよ」
「それってかなり初期の頃の話だよね」
「ええ、あの時は双葉さんと二人だけで」
「懐かしいなぁ、今では考えられないお荷物ぶりだったよね、メイちゃん」
「こ、小太郎くん! その頃の話はしないで!?」
メイちゃんにとっての黒歴史なのか、割と本気で焦って会話を遮ってきた。彼女がまだビックリするほど役立たずの天職『騎士』だった時代の話をこれ以上続けたら、実力行使も辞さない気配が。
「えー、とりあえず、ソロでボスを倒したことがないというパラサイトさんもいらっしゃるようなので、そういう時はパーティプレイで倒した一番強い敵でいいよ」
「桃川君……パラサイトってどういう意味なのかしら」
「それじゃあ、ソロでボスを倒したことがない委員長は、蒼真君に倒してもらったボスを発表してくださーい」
「ぐっ……ま、まぁいいわ。私が参加した中で一番強かったのは、五体のゴグマと戦った時かしら」
「えええぇーっ!? それってメイちゃん一人で全部ぶっ殺したっていうピラミッドのゴグマでしょ? それ自分のボス戦にカウントしちゃっていいの!?」
「……桃川君、ごめんなさい。どうやら貴方と協力できるのは、ここまでのようね」
「あはは、いやだなぁ委員長、ちょっとした冗談じゃあないか」
半分以上マジだけど、眼鏡の奥で目が据わってる委員長を見て、半分以上冗談ってことにしておいてあげるよ。
「なら、そういう桃川君はどうなのよ」
「えっ、僕? それ聞いちゃうのー?」
うわウザっ、みたいな冷たい眼差しの委員長であるが、ここは存分にドヤらせてもらおうか。
「僕の天職は『呪術師』。このダンジョンサバイバルの中でも、美味しいご飯と熱いお風呂と柔らかい寝床を提供できる、素敵な天職だよ」
「戦闘能力は?」
「僕を攻撃したら、呪いでダメージがそのまま跳ね返るから、共倒れしたくなければ絶対に攻撃しないでね」
「ねぇ、本当に一人でボスを倒したことがあるの?」
「あるよ、これでも僕はそれなりにソロ攻略の経験が豊富だからね。まぁ、好きで一人になったワケじゃないんだけど……嫌な事件だったね?」
チラっ、と視線を向ければ、あからさまに顔を逸らす剣崎明日那の姿がある。僕、まだ君から一言も謝罪の言葉を聞いてないんだけどねぇ?
「桃川君、今はそのことは」
「分かってるって、この話はまた後で」
それで、僕がソロで倒したボスの話だったよね。
「紫色の毒の沼があるエリアのボスで、猛毒のガスを吐き出すバジリスクみたいなデカいトカゲを倒したよ」
「本当に? どうやって?」
「そりゃあ、知恵と勇気を振り絞って」
今思い返してみても、かなりの激戦だった。というか、毒無効な『蠱毒の器』がなかったら、余裕で死んでたよね。
「全然、分からないのだけれど」
「呪術師の能力は色々あるから、詳しい話はその内ね。ともかく、大した攻撃力がなくても、工夫と作戦次第でボスも倒せるんだから、みんなも諦めずに頑張ろうねって話」
実のところ、僕が倒した敵で一番強いのは、樋口かセイラムなんだけどね。どっちも人殺しに関わるから、わざわざ言い出しはしないけど。
「じゃあ、次は蒼真君でいいかな」
「ああ、いいだろう」
素っ気ない返事。だが、怒りや刺々しさは感じない、平坦な声だ。一度、怒りを鎮めたから、僕が声をかける程度では動じないと言ったところか。
「俺の天職は『勇者』だ。剣の武技も魔法も使える。光の剣を使う、勇者らしい大技なんかもあるな。倒した奴で一番強かったのは、ここに来る前のボスだった、ドラキュラみたいな奴だろう」
どうやら、そのドラキュラも蒼真君と似たような戦闘スタイル、つまり剣技を中心としつつ、魔法も使っていくタイプ。一対一で勝負した結果、ギリギリで勝利を収めたというのだから、相当な強さなのだろう。
蒼真君の方も、順調にレベルアップを重ねてきているといったところか。一体、今はどれほどの強さに至っているのか……もしも、メイちゃんを圧倒的に凌駕するだけの力を身に着けた時点で、僕は終わりかな。
勇者の力については、これから詳しく調べていかなければいけない。
「次は私かな」
最強候補の勇者蒼真に対抗するのは、僕の守護神にしてスーパーエースなメインアタッカー、狂戦士メイちゃんだ。
「私の天職は『狂戦士』。武技は使えるけど、魔法は使えないよ。あとは、えーと、力には自信がある、かな?」
なかなか上手く自分の能力をぼかした説明である。本人は、本当にちょっと力に自信がある、程度の認識かもしれないけれど。
「ねぇ、そのめっちゃ痩せてんのは天職の力なのー?」
怖い物知らずの蘭堂さんが、まったく無遠慮な、けれど誰もが気になっているだろうことを質問してきた。実際、他の女子たちも気になるとばかりに、メイちゃんへと視線を送っている。
しかし悲しいかな、たとえ魔法の異世界であっても、ダイエットというのは食事制限と運動という絶対的な基礎からは免れえないのだ。僕だけは知っている、メイちゃんが狂戦士の力に目覚めて以降、度重なる戦いを経て、ようやくこのグラドルを圧倒するレベルのミラクルボディへと至ったのだと。そう、全ては彼女自身の努力の結果なのだ。
「ううん、私が変われたのは、全部小太郎くんのお陰だよ」
「桃川ぁー、あとでちょっと二人きりでお話しな?」
「蘭堂さん、痩せ薬とかはないからね」
あからさまにガッカリした顔しないでよ。
一応、カロリーを燃焼させて力を得られるパワーシードとかソレっぽいといえばぽいけれど、教えない。悪いけど、僕は蘭堂さんを痩せさせるつもりなんてこれっぽちもないからね?
「ボスは色々倒したけど、やっぱり一番強かったのはピラミッドのゴグマかな」
あの『試薬X』までつぎ込んだっていうからには、相当の激戦だ。うーん、僕もメイちゃんの雄姿を見たかったな。
もっとも、信頼しきれない仲間と組んでの死闘だから、メイちゃん的にはあまり良い思い出ではないさそうだけど。全部で5体ゴグマいるのに、メイちゃんが一人で2体受け持つってどういうこと? しかも一発の援護も、一度の回復も飛んでこないって、他のみんなは何してたの?
気持ちはわからないでもない。君らにとってメイちゃんは魔物との戦いで死んでくれるのが一番安心できるだろうからね。
でも、僕が指揮権を握った暁には、そういうの絶対に許さないからな。
「それでは、次は私が――」
僕は実に寒々しい思いで、蒼真桜の自己紹介を聞き流す。
というか、桜含めて以下の蒼真メンバーの紹介と戦歴は、今更さほど聞くに値はしない。だって、どう考えても蒼真悠斗以上の活躍や戦いなんてあるわけないし。
せいぜい僕が知っている頃よりも、彼女達の能力や装備が順調に伸びて行ったことを確認できた程度だ。
ちなみに、蒼真桜は紹介の時に自分だけ守れる万能バリアこと『聖天結界』のことは言わなかった。お前、そういうとこだぞ。
「ウチの天職は『土魔術士』でぇー」
勇者ハーレムのように、男一人が一強状態の天道ヤンキーチームも、あまりメンバーの成長性に変わりはないだろう。蘭堂さんとジュリマリの三人が無事にここまで一緒に来ているということは、特別に物凄い何かがあったわけではなさそう。あのまま順当に成長を果たしていると思う。
「おい今笑ったヤツ前でろー、ウチの土魔法舐めんなよ」
「下川だ」
「下川だな」
「おい、ちょっ、俺は違っ――って、蘭堂、その金色のリボルバーなんだべ!?」
下川君、蘭堂さんの『土魔術士』を聞いて笑ってしまったのか。
おおよそ、どのゲームでも土魔法ってのは不遇だし、漫画に登場した土魔法使いは大抵かませだし、これといって強力なイメージはないけれど……それは『水魔術士』の君も似たようなものだと思うよ。水魔法の使い手で優遇されるキャラは、メインヒロイン級の清純な美少女のみと相場が決まっているのだから。
などと、若干の憐みを込めた目で、黄金に輝くド派手なリボルバーを向けられて焦ってる下川を眺めていた。いやホント、なにそのリボルバー? 黄金銃なの?
「まぁ、ウチもほとんど桃川のお蔭で強くなれたようなもんだけど」
「そう言われると照れるなー」
「えっ、桃川、なんだべその蘭堂とフラグ立つイベント経験済みみたいな反応は?」
「照れるなぁー」
「……小太郎くん、蘭堂さんと何かあったの?」
「ヒエッ」
刹那、脳裏に過るのは蘭堂さんに奪われたファーストキスの思い出。
実に素敵な青春の1ページになったはずが、アラクネの女郎のせいで感動も何もあったもんじゃない。おのれアラクネ……今は輸送型二号機としてお世話になってます。
いや、そうじゃない、恐ろしいのはアラクネではなくメイちゃんの反応だ。何でそんな真顔になってんの? ほら、下川君みたいにもっと人の色恋沙汰を茶化すような楽しい表情になろうよ。スマイルスマイル。
「いやぁ、特に何もないってこともないんだけど……」
「双葉は桃川とキスしたことあんの?」
「っ!?」
いきなり何言い出してんの蘭堂さん! やめて、マジでやめて、僕は別にメイちゃんとも蘭堂さんとも付き合ってるわけじゃないし、浮気とかそれ以前の関係性でしかないけれど、どう考えてもヤバい雰囲気になってるからホントやめて!?
「どういう意味」
「別にー?」
真顔のメイちゃんと、目が笑ってない蘭堂さん。
わー、凄いなー、なんか修羅場みたいだなー。
「小太郎くんは……蘭堂さんと付き合ってるの?」
「桃川はもう双葉と付き合ってんの?」
そして僕は今、修羅場のど真ん中にいるらしい。
二人とも、その質問はどういう意図なの? もしかして僕のこと好きなの? 可能性にかけて、僕もうこの場で思い切って告っちゃった方が楽になれるかなぁ?
いや、待て、落ち着け、これで二人とも別に僕と付き合いたいほど好きではないとかだったら、きっと僕はこれ以上ダンジョン攻略を続ける意思がバッキリとへし折れるに違いない。
そうでなくても、下手な言動は慎むべき。思い出せ、僕の基本方針はダンジョンを脱出するまでは、リスクの高い恋愛沙汰には手を出さないこと――
「えっ、桃川って双葉さんと付き合ってたんじゃねーのか?」
下川、呪い殺すぞ。
いつか僕がついた見栄を張るためのささやかな嘘が、巡り巡って最悪のタイミングでメガトン級の爆弾発言となるなんて……ねぇ、マジこれどうすんの……




