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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第13章:学級会
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第184話 集結(2)

「……ふぅ」

 ようやく蘭堂さんが泣きやんで、抱きしめていた僕を離してくれたお蔭で、一息つく。

 いやぁ、なかなかに熱烈な抱擁に、僕、感動だよ。こんなに泣いて僕の無事を喜んでくれるなんて、蘭堂さんは思ってた以上に心配してくれていたようだ。もっとサバサバした性格だと思っていたけど、仲良くなると凄く情が厚くなるタイプなのだろうか。

 などということを、素直に感動できるようになったのは、褐色おっぱいの谷間から無事に生還を果たしたつい今しがたのこと。その大きな胸に抱きしめられて、完全に思考が止まっていたよね。蒼真悠斗? そんなことよりおっぱいだ!

 純粋な意味で感動の再会を喜んでいる蘭堂さんには悪いけど、相変わらず胸元ガバガバで深い谷間が見えている格好で抱きしめられたら、そりゃあ他のことなんて考えられなくなるよ。

 ともかく、ボーナスタイムも終了なので、そろそろ真面目に考えよう。

 転移した先でいきなり蒼真悠斗率いる勇者様御一行と再びエンカウントしたのは非常によろしくない展開……だが、最悪ではない。むしろ、状況有利までありうる。

 そう、このやけに広い妖精広場には、蒼真パーティの他にも、この蘭堂さん含む天道ヤンキーチームに、すでにちょっと懐かしさすら感じる元レイナサークルの面々。それから、ヤマジュンから話だけは聞いていた、姫野愛莉と中嶋陽真の二人組まで揃っている。

 僕とメイちゃんを合わせて、今この場には実に18人ものクラスメイトが集った。

 二年七組は全41名のクラスだから、約半分ほどが揃ったことになる。これほどの人数が一度に集まったことは、間違いなくダンジョン攻略始まって以来、初めてのことだろう。

 そして姫野中嶋カップルを除けば、他の全員と僕はダンジョン攻略中に顔を合わせている。つまり、どんな能力か一切不明かつどういう考えをしているか、という不確定要素は薄い。そして何より、彼らとは概ね友好関係をすでに築けている。

 ならば、この大人数が揃う状況は、むしろ僕にとって有利。あんまり頭の冷えてなさそうな、蒼真悠斗を相手にしても、何とかなりそうだ。

「やぁ、天道君も久しぶり。煙草はまだ残ってる?」

「生きていたか、桃川。意外としぶとい奴だな。煙草はもう最後の一本だ。なんとかしてくれ」

 まず真っ先にこの場で取り入るべきなのは、『勇者』蒼真悠斗と双璧を成すだろうチート級天職の持ち主である天道龍一だ。

 彼が何の天職を授かっているのか、その天職名は明らかになっていないものの、その隔絶した能力の数々は記憶に新しい。正直、今のメイちゃんでも天道君と正面からやりあって勝てるかどうか分からない。

 そんな強さを持つ天道君とは、すでに友好関係を結べている。彼の性格からいって、いくら蒼真悠斗が僕のレイナ殺しを含む悪逆非道ぶりを説いたところで、一気に僕を恨むことはないはずだ。多分、天道君はたとえ親友であっても、他人の言葉を鵜呑みにするような男ではない。

 そして、その予想が正しかったことは、相変わらずぶっきらぼうながらも、普通に僕の挨拶に応えてくれた台詞が証明してくれている。

 天道君に、今すぐ僕と敵対する意思はない。ふふん、勝ったな。

「小鳥遊さんが小物をコピーする能力もってるから、頼んだら増やしてくれるんじゃないかな」

「そうか、やっぱ最後の一本はとっておいて正解だったな」

「意外とみみっちいことしてたんだね」

「うるせーよ」

 などと、実に和やかな会話をしながら、僕は天道君のすぐ隣へと移動。さらに隣には蘭堂さんがついて来ているし、メイちゃんは蒼真パーティから僕を隠すような立ち位置をキープしている。

 これで僕がちょっとくらい失言しても、蒼真悠斗や桜がいきなり攻撃を叩きこむことはできないだろう。天道君と蘭堂さんを巻き込んでみるか? ああん?

「野々宮さんと芳崎さんも、無事で何よりだよ」

「桃川、アンタもね」

「まさかホントに生きてるとは」

 蘭堂さんのギャル友であるところの、ジュリマリコンビも僕との再会を素直に喜んでくれた。

 なんだかんだで、二人とも仲良くさせてもらったからね。あの地底湖の塔でジーラの大軍を相手に籠城戦を経験した以上、僕にとって彼女達は頼れる戦友でもある。

「下川君達も、大変だったみたいだね。っていうか、修羅場の真っ最中だった?」

「ま、マジで助かったべ、桃川!」

「待ってたぞ!」

「すげータイミングで来やがって!」

 案の定、蒼真パーティとエンカして危機的状況に陥っていたらしい彼らが、僕の下へと走り寄ってくる。上中下トリオ三人はすっかり安堵の表情を浮かべていた。

 ところで、山田君はなんで一人だけ寝てるの? 死ぬほど疲れているのかな。今はそっとしておいてあげよう。

「メイちゃん」

「いいの?」

「僕は大丈夫だから。もういいよ」

 僕の周りには、あっという間に人だかりができている。メイちゃんが僕の傍をちょっとくらい離れたところで、安全上はもう特に問題はない。

「姫ちゃん、また会えて良かったよ!」

「あ、う、うん……っていうか、双葉ちゃん、だよね?」

 今のメイちゃんの役目は、僕のボディガードではなく、現状あまり立場が明確ではない、姫野中嶋カップルの引き込みだ。

 何と言っても、メイちゃんは姫野さんのリア友。クラスでいつも一緒いる友達グループの一人であることは、僕でも知っている。

 最初から友人関係が成立していれば、こうして出会った時もすぐに取り込めて楽なものだ。その友情、最大限利用させてもらおう。

「うん、ちょっと痩せたから、やっぱり変わって見えちゃうかな?」

「……ちょっと?」

 姫野さん、的確なツッコミするのはやめてよね。一番変わってるのは、外見よりも中身なんだけど、彼女がお友達の双葉芽衣子本人なのは僕が保証するから、変わらず仲良くしてあげてよ。

「中嶋君は、姫ちゃんのこと守ってくれたのかな? ありがとう」

「いや、俺はその、別に……」

 今や完全に美少女と化したメイちゃんから、眩しい笑顔でお礼を言われた中嶋君は見事なまでのキョドり具合。いやぁ、分かるよその気持ち。

 でも、彼の視線がメイちゃんの美少女フェイスよりも、ドーンと突き出た規格外の爆乳に行ったり来たりしている気持ちの方が、もっとよく分かる。男なら、これを前にして視線が泳がないはずがない。まぁ、僕くらいになると、開き直ってガン見してるけどね。

「本当に、みんなと無事に再会できて良かったよ」

 さて、これでこの場にいる蒼真パーティ以外のクラスメイトは、全員、僕の側についている。勿論、みんながみんな、メイちゃんのように僕のことを心から信じてくれる味方、というワケではないけれど――さぁ、これで分かっただろう、蒼真悠斗。僕のことを殺したいと思っているのは、君とその妹くらいなんだよ。

 こうして再会の挨拶と共に、僕の傍にみんなが集まったことで、僕と彼らの関係性は一目瞭然だ。少なくとも、僕と敵対する強い意思を持つ者は一人もいない。

 いくらレイナが死んで頭に血が上った状態で、今この場で僕を殺せばどうなるか、分かるよね? それとも、開き直ってここにいるクラスメイト全員を殺すかい?

 それもいいかもね。そうすれば、蒼真兄妹は晴れて誰にも邪魔されずに脱出枠を獲得できるんだから。

 けれど、それはできない。だって君ら、『勇者』と『聖女』だもんね。

「ねぇ、委員長」

「な、なにかしら、桃川君……」

 クラスメイトという絶対守護領域が完成したところで、僕は満を持して委員長へと声をかけた。

 蒼真兄妹はスルーで。怒りで我を忘れているような人には、話し合いなんて理性的な行為ができるはずもないからね。

「見たところ、まだみんなここに転移してきたばかりで、お互いの状況把握もロクにできていないように思えるんだけど」

「ええ、その通りよ。姫野さんと下川君達は、本当についさっき転移してきたの」

「それじゃあ、もしかたらすぐまた他のクラスメイトが来るかもしれないね」

「さぁ、どうかしらね」

 委員長としては、蒼真兄妹の理性を容易くブッ飛ばす僕という特大の爆弾が現れたことで、すでに気が気じゃないといった様子。

 また僕が何を言い出すか分からないといった不安の目。それから、再び黙って僕の傍に戻っては警戒態勢をとるメイちゃんに対する恐怖の目。

 それだけではない。僕を中心として、自分達以外の全員がこちら側についている、という数的不利の状況をバッチリ理解している。これは選択肢を一つ間違えば、大変なことになるというプレッシャーが、クールで知的な委員長の顔にもはっきり浮かんでいる。

 僕はまだ、大したことは何も言っていない。脅しの言葉などもっての他。

 でも、委員長は分かっているよね。蒼真兄妹の感情にまかせた行動を許せば、どうなるか。

「まぁ、みんな色々とあっただろうけど、まずは落ち着いて話し合いをするべきだと思うんだよね」

「よくもっ、ぬけぬけとそんなことが言えますね!」

「桜は黙ってて!」

 委員長が頬に冷や汗を流しながら、声高に叫んだ。

 そう、それでいいんだよ委員長。自分の仕事を分かっているじゃあないか。

 委員長は、蒼真兄妹のストッパー。前からそうだったでしょ? 実にストレスの溜まる役柄だけれど、君の他に誰も適任者がいないから、しょうがないね。

 そんな状況を理解しているが故に、叫んでしまうほどの焦りを覚える委員長は対照的に、桜ちゃん、君は実に呑気なものだねぇ。

 この期に及んで、マジで状況が分かっていないのか、委員長に怒鳴られて「何故」みたいな顔をしている桜である。

 うーん、その図太さと鈍感力は一周回って褒めたいくらいだよ。君、今までどんだけ他人の顔色見ずに生きてきたの? 頭レイナかよ。そういえば幼馴染だっけ。

「ぬけぬけ、とか実際に言う人、僕初めて見たよ」

「桃川君も、お願いだから挑発するようなことは言わないでっ!」

 おっと、ごめんね委員長。ついウッカリ、口が滑ってしまったよ。

「涼子、まさか桃川の話に乗るつもりじゃないでしょうね」

「アイツの言い分に従うのは危険だぞ、委員長。俺は、この場で刺し違えてでも、桃川を――」

「いい加減にしてよ! そんなに殺し合いがしたいの、アンタ達はっ!」

 おおお、委員長マジ切れだよ。

 普段の冷静さをかなぐり捨てた、感情剥き出しの叫びに、怒られた張本人である蒼真兄妹も、成り行きを見ているだけの周りのみんなも、かなり唖然とした表情となっている。

 ごめん、僕だけちょっと噴き出しそう……僕が騒動の張本人という自覚はあるし、緊迫するはずの場面だけど、滑稽さを感じてしょうがない。

 とりあえず、僕はこのまま笑いを堪えながら、委員長が蒼真兄妹の説得を待つばかり。今度こそ胃に穴があくかもしれないほどのプレッシャーとストレスだろうけど、頑張って、僕らの委員長!

「おい、もうその辺にしておけ」

 と、そこで声を上げたのは、天道君だった。

 ここで動くとは、僕としても予想外。でも、なんだかんだで憎からず思っているだろう、委員長の取り乱しぶりを見て、渋々ながらも干渉を決意といったところだろうか。

「桜、お前ちょっと黙ってろ。今はお前のヒスに付き合っているほど暇じゃねぇ」

「龍一君、まさか、貴方まで――」

「黙れと言った。女に手ぇ出すのは気が引けるが、できねぇワケじゃねぇってのは、知ってるだろ、桜」

「くっ……」

 す、凄い、天道君、どストレートな脅しの言葉であの蒼真桜を本当に黙らせたよ。昔、天道君を怒らせてボコられたことでもあるのかな。幼馴染だからこそ、通じる脅し文句といった感じがする。

「それから、悠斗」

「なんだよ、龍一」

「歯ぁ食いしばれ――オラァ!」

 ドゴッ! と結構ヤバそうな音をたてて、蒼真悠斗は天道龍一にぶん殴られた。

 元から最強不良であるところの天道君のパンチ力は相当なものだろうけど、今や謎のチート天職を得たスペックで、その拳を振るえば破壊力はどれほどのものか。

 蒼真君はバトル漫画でしか見たことないような吹っ飛び方をしながら、妖精胡桃の木に激突して、その動きを止めていた。

 あれ、もしかして、死んだか? おお、勇者よ、死んでしまうとは情けない……

「ど、どういうつもりだ、龍一……」

 ちっ、死んでなかったか。割と平気そうに蒼真悠斗は立ち上がった。

 天道パンチが直撃したであろう頬には、少々の赤みがあるだけで、それ以上の負傷や深いダメージの様子は見られない。天道君が加減してたか、あるいは、防御力もチート級か。

「言ったはずだろ、らしくねぇ、ってな。悠斗、今のお前はどうしようもなくダセぇよ。俺まで恥ずかしくなってくるだろうが」

「何を……」

「頭に血ぃ登らせて熱くなってんのは、お前だけだぞ。それでキレて暴れて満足かよ。そういうのが許されんのは、俺みてぇな不良だけだ。なぁ、蒼真流の後継者が、そんなアホでいいわけねぇだろが?」

「くっ……俺は……」

「話くらいは聞いてやれ。それから、仇討でも決闘でも好きにしろ」

「……怒りに飲まれた、俺の心が未熟だったか」

「明鏡止水の極意ってやつか。やっぱ、俺には蒼真流は合わねェな」

 何だかよくわからない理論だが、ともかく蒼真悠斗からはあれほど迸っていた殺気と戦意とがすっかり失われていた。

 委員長に変わり、説得成功といったところか。

「龍一……あ、ありがとう」

「別に、お前のためじゃねぇよ」

 テンプレなツンデレ台詞をマジでカッコよく吐きながら、天道君はもう自分の出番は終わったとばかりに、また僕の隣のところまで戻ってきた。

「桃川、お前もあんま回りくどいことしてんじゃねぇぞ」

「ごめんね、これが弱者の身の振り方ってもんで。天道君には分からないかな」

「弱者、か。どの口がいいやがる」

 ふっ、と少しだけ笑ってから、天道君はそのまま押し黙った。これ以上、僕とお喋りするつもりはないらしい。

「それで、どうかな委員長。僕ら全員で、まず話し合いの場を設けてくれるかな」

「そうね、まずはお互いの事情を知らなければいけないわ。これから先、どうするかを決めるには、まずみんなで情報共有すべきだから」

「話し合いは、平和的にお願いね?」

「勿論よ。私達は一切、話し合いの最中に手出しはしない。その代り、桃川君もそれは約束してちょうだい」

「いやだなぁ、メイちゃんは『狂戦士』だけど、いきなりキレて暴れだしたりはしないよ」

「桃川君、真面目に言っているの。分かっているでしょう、天職の力を手にした今の私達が互いに戦えばどうなるか。冗談では済まないわよ」

「そんなことは、誰よりも僕が一番よく分かっているよ。最弱の『呪術師』は伊達じゃない、ってね」

「信じていいわね」

「呪術の神に誓ってもいいよ。僕らは決して、相手が手を出さない限り、こっちから手出しはしないって。専守防衛ってやつ?」

 ちなみに、先制的自衛権は僕の主義では採用しているから。最初の一撃で致命傷もらったら、堪らないからね。

「……分かったわ。お互い、武器は手離して話しましょう」

「ついでに目隠しでもして欲しいけどね」

「ダメよ、これ以上、お互い疑心暗鬼にするような真似は、したくないわ」

 半分冗談だったんだけど、委員長は真面目だなぁ。

 実際、拘束をキツくすれば、それだけで誰もが嫌な思いをする。天道君とかはそもそも従わないだろうし。拘束したとしても、蒼真悠斗が怒り狂えば、そんなもん幾らでも脱するだろうし。

 とりあえず、場を整えるのにあんまり手間もかけていられない。みんなが揃って、みんなが話し合いをする気持ちさえ持っていれば、十分に成立できるだろう。

 なんて言ったって、僕らは高校生だからね。

「それじゃあ、学級会を始めようか」

 2019年3月22日


 今月20日に、同時連載中の『黒の魔王』の書籍7巻が発売しました。コミック一巻も発売中ですので、この機会に是非どうぞ!

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― 新着の感想 ―
いつ読んでもこの作者の修羅場面白いよなぁ
学級会! この辺特に好き
ヤマジュンがいないから委員長大変だな。 小太郎君、胃薬作ってやって
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