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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第13章:学級会
188/519

第183話 集結(1)

 眩い転移の輝きの向こうから、四つの人影が現れる。

「ああぁー、疲れた! 寝る、俺はすぐ寝るぞ!」

「くっそぉ、あのナマズ野郎、まだ痺れがとれねぇ……」

「あっ、そういえば桃川から貰った薬で、麻痺治すやつがあったような気がするべ」

「おい、お前ら情けねぇことばっか言ってんじゃねぇぞ。気合いが足りてねェ、気合いが!」

 教室でくだらない雑談に興じているようなノリでワイワイと話しているのは、四人の男子。

 上田、中井、下川、と上中下トリオと密かに呼ばれる三人組。それから、野球部の山田。

 彼らの登場を見た、すでにこの場へ集合しているクラスメイト達の反応は、実にさまざまだった。

「げっ」

 と思ったのは、姫野愛莉と中嶋陽真の二人。

 愛莉は彼ら全員からレイナをひっぱたいたことを糾弾されたことで、半ば発狂し飛び出して行った。

 陽真は、愛莉とただれた関係をズルズル続けている内に、途中で合流した彼らに愛莉をとられ、自分の気持ちも分からないままに、自らパーティを抜け出した。

 二人とも、彼らの顔を見て良い思い出はない。それどころか、再び彼らと共にいることが、この先どう考えても面倒で厄介なことにしかならないと瞬間的に察してしまう。それぞれ理由は違えど、二人とも同じように頭を抱えてしまう。

「……」

 特に彼らを見て反応がないのは、天道ヤンキーチームの面々である。そもそも他人にさして興味のない龍一は、彼らのことなどどうでもいい。

 杏子とジュリマリの三人組も、クラスでは多少絡みがあったくらいで、飛び上がって喜びあうほどの関係性にはない。あ、コイツら生きてたんだ、くらいの実にドライな感想しか浮かばなかった。

「お前達も、ここに飛ばされてくるとはな」

 そして、彼らの登場に最も劇的な反応をしたのは、当然、因縁のある蒼真悠斗達である。

「げえぇっ、蒼真悠斗!?」

「ま、マジかよ、何でここにいるんだよ」

「あー、これはもうダメかもしれねーべ」

 転移してきた四人へと、真っ向から向かい合うのは、すでに腰に差した剣へと手をかけ、泣き出したくなるほどの凄まじい威圧感を発している蒼真悠斗。

 彼の後ろには、すでに弓を構えた桜と、同じく抜刀の構えをとる明日那の姿が続く。

 正に、一触即発。

 そして、そうなるだけの理由があることも理解できてしまう。

 こういう時、真っ先に声を上げて口八丁をかますのは、桃川の役目。だがしかし、今はあの不思議と頼りになっていた小さな男子はいない。

 覚悟を決めて口火を切ったのは、下川だった。

「い、いやぁ、みんなが無事な感じで良かったべ!」

 下川が選んだ行動は、蒼真達の敵意に気づかないフリをしてすっとぼけることだ。

 少なくとも、このノリでいる中、問答無用で切り捨て御免はないだろうとの判断。それに、ここにいるのは蒼真パーティだけでなく、他のクラスメイトもそこそこ揃っていることだ。

 より多くの他人の目があれば、特に蒼真のような正義感の強い奴は、過激な行動はとりにくい。

「よくも、そんなことが言えるな、下川」

 目論見通り、いきなり悠斗が切りかかってくることはなかった。だが、いまだ剣に手をかけている状態。

「な、な、何をそんなに怒っているんだべ、蒼真? 俺ら、何かしたっけ?」

「いい加減にしろっ! お前らがしでかしたこと、忘れたとは言わせないぞ」

「ま、待てよ、落ち着けって! レイナちゃ、ああ、いや、綾瀬さんが死んだことを怒ってんのか? 誤解しないでくれ、俺らは関係ねーんだよ、っていうか、むしろ助けようとして頑張った方だから!」

「今更、そんな言い訳が通用すると思っているのか。お前達が桃川とつるんでいたのは明らかだろうが」

「だ、だから、あれは事故だったんだよ! 不幸な事故だべ! どうしようもなかったんだ、俺らは本気で助けようとしたけど――」

「黙れ! レイナを殺したお前達を、俺は許せない」

 まずい流れになってきた。誰か話を聞かずにヒートアップする蒼真を止めてくれよと思うが、そんな者は一人も現れない。

 傍から見ている分には、まさか本当に斬り殺したりはしないだろう、みたいに楽観している節も感じる。

 だが、こうして蒼真悠斗の本気の怒りを真正面から浴びせられると、本気で生きた心地がしない。桃川は、よくこんな奴を相手に最後まで啖呵を切ったもんだと、場違いな尊敬の念が湧いてきた。

 何か、流れを変える台詞を言わなければ。

 しかし、今は何を言っても蒼真にはただの見苦しい言い訳と受け取られ、火に油を注ぐことになりかねない。

 ここは、もう最終手段でもある土下座からの決死の命乞いをかますしかないか――そう下川が決断しかけた、その時である。

「……ざっけんなよ」

 緊迫感の漂う静寂を破ったのは、下川でも、悠斗でもなく、これまで一言も口を発さなかった第三者。

「ふざけんなよ、蒼真悠斗ぉ! レイナちゃんが死んだのも、ヤマジュンが死んだのも、全部テメーのせいだろうがぁああああああああああっ!」

 怒りの叫びを上げたのは、山田であった。

「お、おい、山田!?」

「何言ってんだお前!」

 まさかの逆切れを突如としてかます山田に対して、ギョっと目を剥きながら上田と中井が止めに入る。

「うるせぇ! お前がぁ! お前のせいでぇえええええええええ!」

 上田と中井が抑えようと手を伸ばすが、それを跳ね除けて山田は猛然と駆け出していた。一度、走り出してしまった重戦士を、止めることなどできない。

「うぉおおおおおおおお!」

「くっ、何なんだ」

 怒り狂った山田のことが、理解不能なのだろう。悠斗は驚くが、しかし拳を振り上げ全力で向かってくる相手を前に、冷静に対処する。

 剣は抜かなかった。だが、手心は加えない。

「蒼真流、『体崩し』」


 習得スキル

『体崩し』:蒼真流武闘術の格闘技の基礎。掴み、崩し、投げ落とす。


 元々、悠斗が幼少より習い、鍛えてきた蒼真流の基礎的な投げ技。しかし今では『勇者』のスキルとして、さらに強力な技と化している。

 悠斗は、山田がどのような天職で、どんな能力を持っているのか知らない。しかし、山田が襲い掛かってくるその姿を見た瞬間に、それとなく察した。

 恐らく、山田の体は相当に固い防御スキルで守られている。

 拳や蹴りによる、カウンターの打撃は有効ではない。固い防御ごと、剣で切り捨てるわけにもいかない。

 故に、悠斗は自然と投げ技を選択した。

「ぐおっ!?」

 ただ怒りに任せて突進してきた山田を投げ飛ばすのは、悠斗にとってはあまりに容易いことだった。今の悠斗は、突進してくる大猪だって軽く投げ飛ばせる。

 これといった技もなく、天職で得たのであろう単純なパワーのみを頼りに殴りかかってくる山田など、魔物を相手にするのとそう変わりはない。

 クラスの中では上位に位置する体重を誇る山田の体が軽々と宙を舞い、直後、ドズッ! と鈍い音を立てて、背中から地面に叩きつけられる。

 天職『重戦士』の防御によって、叩きつけられた衝撃そのものは大したダメージにはらない。だが、肺から吐き出してしまった酸素はどうしようもない。

「ガハッ! グッ、ゴホッ!」

 せき込む山田。それから、投げた時に触れた腕の感触で、悠斗は山田の能力に確信を深める。

 やはり、生半可な打撃を無効化するほどの硬さを持つ。だが、苦しげに咳き込んでいることから、呼吸は人並みに必要。

「これ以上、暴れられても困る。悪いが、落ちてろ」

 山田が体勢を立て直すよりも前に、悠斗は素早くその太い首に腕を回し、裸締めを決める。それは、以前に妖精広場で同じ天職『重戦士』を持つ杉野が、山田を瞬殺した時の再現となった。

「ぐっ、が、あぁ……」

 しばしもがいた後、山田はがっくりと力が抜け、気絶に至った。

「ふぅ、一体なんなんだ。急に襲ってくるってことは、それだけやましいことがあるってことじゃないのか」

 山田が狼藉を働いたお蔭で、さらに蒼真悠斗の視線が険しくなる。後ろの桜と明日那も、そのまま気絶した山田にトドメを刺さんばかりの気配を放っている。

 勝手な山田の行動で、状況は一気に不利に傾いた――否、ここが流れの変わりどころだと、下川は見切った。

「おい、蒼真。山田がキレるのもしょうがねーんだよ。お前こそ、何も理由を知らないくせに、一方的に人を悪いと決めてつけているべや!」

 土下座作戦は撤回。ここは、逆に蒼真悠斗の非を攻めるべき時だ。

「こっちはなぁ、ヤマジュンが死んでんだよ!」

「なん、だと……」

 そう、犠牲になったのは、レイナだけではない。

 誰もがヤマジュンと呼び親しんでいた、山川純一郎という男子生徒を失っているのだ。

「お前に山田の気持ちが分かんのかよ! ヤマジュンとは一番の友達だったんだぞ!」

「それが、どうしたって言うんだ。ヤマジュンが死んだ、というのが本当なら悲しむべきことだけど、どうして俺に責任があることになるんだ」

 蒼真悠斗も、ヤマジュンとはある程度の付き合いはあった。細やかな気遣いのできる、凄く良い奴だったと思っている。男女問わず、クラスのみんなと広い交流を持っているのも、頷ける男子であった。

 だがしかし、悠斗はこのダンジョンに来てから、一度もヤマジュンとは会っていない。全く一切の関係がない、その死すら今初めて知ったというのに、何の関係が自分にあるのか。そう思うのは当然であろう。

「綾瀬さんはなぁ、あそこでダンジョンの罠にかかってたんだよ。幻を見せる、みたいなやつだ」

 今、蒼真悠斗は全く身に覚えのない意味不明な嫌疑をかけられた。実際、悠斗の身の潔白は分かり切っているし、本当に何の責任もないのだが、多少の困惑はしてしまう。どういう理由があるのか、事情を知りたいという意識が芽生える。

 だからこそ、ようやく事情説明を悠斗へ、いや、その後ろにいる桜達まで含めて、聞かせてやることができるのだ。

「俺らも罠にかかったけど、目覚めることができた。けど、綾瀬さんは目覚めなかった。俺らは起こそうと頑張ったけどよぉ……そこで出てきたのが、お前だべ、蒼真悠斗」

「ど、どういうことだ」

「綾瀬さんは『精霊術士』っていうスゲー強い天職を持ってた。霊獣、とかいうめっちゃ強い魔物を呼び出す能力だ。で、幻の罠にかかった綾瀬さんが呼び出した新しい霊獣が、お前にソックリな『ソーマユート』って奴だ」

「……つまり、ヤマジュンはその霊獣に殺された、っていうのか」

「な、なんて馬鹿なことを。そんなのはただの言いがかりでしょう! 兄さんは何の関係もないじゃないですか!」

 思わずといった様子で、弓を構えた桜が叫ぶ。

 そりゃあそうだ。お前ソックリな奴に殺されたから、お前が悪い、と。そんな理屈は通じない。

「うるせーっ! 俺らだって見てんだよ、見ちまったんだよ! 蒼真にヤマジュンが殺されるところをなぁ! それでお前、何にも思わないワケねーだろうがっ!」

 だが、理屈は感情論で押し退ける。

 ヤマジュンは蒼真悠斗が殺したワケではない。だが、見た目が悠斗にソックリな奴に、大切な友人が殺されれば、本物の悠斗は別人だから、と早々割り切れるものではないだろう。いわば、トラウマに近い感情である。

「そ、そうだ! 下川の言う通りだ!」

「そうだぞ、俺らは霊獣ソーマのせいで、命がけでレイナちゃんを助けなきゃいけなくなったんだ!」

「分かったか! 俺らはヤマジュンを失いながら、頑張って助けようとしてたんだぞ! それなのにお前ら、後から遅れて来たくせに、偉そうに人のこと悪者呼ばわりしやがって! 謝れよ! まずは山田に謝れよっ!」

 上田と中井もついに声を上げて便乗し始めた流れに乗って、下川は声高に悠斗側の非を叫んだ。

 対して、蒼真悠斗は考え込むような表情で黙り込んでいる。

「いい加減にしなさい、男のくせに見苦しい言い訳ばかり! 兄さん、こんな本当かどうかも分からない言葉、信じるに値しません」

「桜、待ってくれ。俺は……」

「それに、例えその話が真実だったとしても、レイナが桃川に殺されたのも事実でしょう。そして、貴方達はその仲間」

「だ、だから、あれは助けようとした結果に起こった事故だって言って――」

「そもそも、レイナのことがなくたって、貴方達には小鳥を襲った前科がある。忘れたとは言わせませんよ」

「お、おいっ、それ今は関係ねーべ!?」

 悠斗が黙ったと思ったら、今度は桜が、火がついたように糾弾を始めてしまった。

 それも下川が一番突かれたくなかった、小鳥レイプ未遂の件まで引っ張り出されてしまう。

 ああ、どうして女って、こう過去の怨恨をまぜっかえすのが好きなのか……つい、そんなことをぼんやりと思ってしまう下川であった。

「貴方達のことは一切、信用できません。けれど、直接レイナに手をかけたわけではないことを考慮して、命だけは助けてあげましょう。今すぐ、ここから出て行きなさい」

「ちょ、待っ、なに勝手に決めてんだべ!」

「出て行かないというならば、ここで私達と戦う気ですか。ならば、容赦はできませんよ!」

 ギリギリ、と桜の構える和弓が弦を引き搾り、そこに番えられた光り輝く魔法の矢が、今にも下川に向かって放たれそうである。

「ま、待て、マジで待って、俺らは別に争うつもりはなくて――」

 やはり土下座作戦発動か! そんな覚悟を決めた、その時であった。

「うおおおぉーっ!?」

 撃たれた、と思った。

 眩い閃光が視界を覆う。とうとう我慢の効かなくなった桜が、顔面に向かって光の矢を放ったのか。

 しかし、何の痛みもない。それに、この光り方には見覚えがある。

 というか、つい先ほど自分達が体験してきた、すでに馴染み深い白き輝き。

 すなわち、それは――新たな転移の発動である。

 白い輝きの向こうから現れた人影を見たその瞬間、集った誰もがその名を口にした。

「桃川、か」

 天道龍一は、興味はなさそうな冷めた視線のまま。けれど、その目に映った彼の小さな姿を見て、自然とそうつぶやいていた。

「あ、桃川だ」

 本当に何の興味もなく口にしたのは、姫野愛莉と中嶋陽真。ただ、このダンジョンの中でその姿を見たのが初めてだったが故の言葉に過ぎない。

「も、も、桃川ぁ!」

 まるでピンチにヒーローが現れた時のような、情けなくも希望の籠った声音で叫ぶのは、今正に蒼真桜に撃たれようとしていた、下川である。

「桃川……」

 そして、最も強い感情を込めてその名を言うのは勿論、『勇者』蒼真悠斗。

 自分が守らなければならなかった、掛け替えのない大切な幼馴染、レイナ・アーデルハイド・綾瀬を殺した張本人に対する怒りの感情は、いささかも衰えてはいない。

 下川達に向けたものとは次元の異なる、本物の殺意をみなぎらせ、蒼真悠斗は剣の柄をついに握った。

「やぁ、蒼真君」

 桃川小太郎が言う。

 この場に集った者、全ての視線を一身に受けながら、クラスで一番小さくて、地味で目立たない文芸部のオタク男子はしかし――正に『呪術師』を名乗るに相応しい、妖しい微笑みを浮かべて応えた。

 全力の殺意を発する『勇者』と、まったくの無防備ながらも不敵に笑う『呪術師』。

「思ったよりも、早い再会になったね。どうかな、少しは頭が冷え――たばぁ!?」

「桃川ぁあああああああっ!」

 と、小太郎へ襲い掛かったのは、光の剣を振り上げる『勇者』蒼真悠斗ではなく、

「桃川ぁ! このバカッ! めっちゃ心配したんだからぁっ!」

「あ、あー、ごめんね蘭堂さ、むぐぅ……」

 蒼真悠斗の怒りよりも、さらに強い感情を爆発させたのは、アラクネに攫われてよりずっと、一心にその身を案じ続けていた、蘭堂杏子であった。

「よ、良かったぁ……ちゃんと生きてて、よがったぁーっ!」

「ふがふが」

 物凄い勢いで小太郎に抱き着き、そのまま押し倒しては感動の再会で号泣し始める杏子のことを、しばしの間、誰もが黙って見守るより他はなかった。

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― 新着の感想 ―
この頃くらいから明確に下川のキャラが立ってきたんだよなぁ。第一印象最悪だったのに、今では好感持てるの素直にすごい。 人ってのは相対的に自分との関係値で相手を評価するものだけど、勇者は準殺人を犯した明…
修羅場 ww
ナイス蘭堂さん。 双葉さんの名前が全然出てこないのがなんか恐ろしい。
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