第180話 親友再会
青白い肌に、スラリとした長躯の壮年男性。身に纏うのは漆黒のマントで、立ち姿は貴族のような優雅さが漂うが、その顔は鋭い牙を剥き出しにした悪鬼羅刹の如き……いや、もっと的確な表現をするなら、ドラキュラ伯爵、とでも呼ぶべき姿をしていた。
「ハァ……ハァ……なんとか、倒したか……」
そのドラキュラは、俺が振るった『光りの聖剣』によって一刀両断され、その神々しい青白い光に浄化されるように、灰となって消滅していった。
長い戦いだったが、これで暗黒街のボスも撃破。攻略完了だ。
「兄さん!」
「ああ、桜、やったぞ、一人でボスを倒せた――っとぉ、いきなり抱きつくなよ」
真っ先に駆け寄ってきた桜が、疲労感でへたり込んだ俺に思いっきり抱き着いてくる。何とか受け止めたけど、かなり消耗しているから、地味にキツい。
「だって……ボスに一人で挑むなんて、無茶ばっかり……」
「心配かけてごめん。けど、俺はもっと強くならないといけないから」
今回、俺は一人でこの暗黒街のボスであるドラキュラに挑んだ。
ドラキュラは、あの四本腕のゴグマを越える強敵であることは、最初に挑んだ時に分かっていた。
まず、『勇者』の俺に匹敵する超人的な身体能力。パワーとスピードはほぼ互角といっていい。それから、明確な剣術を使うこと。それも、達人級の鋭さだ。
ドラキュラが振るうのは細身のサーベル一本きりだが、見た目以上に重い斬撃を繰り出す。おまけに、サーベル自体がかなり強力な魔法の武器となっている。
鮮血を思わせる真っ赤な色をしたオーラが常に刀身に渦巻き、ソレが刃となって伸びたり、赤い風の刃と化して飛んで来たりした。斬撃だけでなく、鞭のように伸ばして、不規則な軌道で広範囲を薙ぎ払う攻撃をされた時などは、かなりヒヤっとした。
他にも、影を伸ばして黒い槍のようなものを大量に出したり、なびくマントから無数のコウモリ型の精霊を召喚してけしかけてきたり……どれも強力かつ多彩な技と魔法とを駆使する、今まで戦った中で間違いなく最強のボスであった。
だからこそ、倒す価値がある。
習得スキル
『無双剣舞』:連続攻撃・速度・大強化。流麗な舞いの如き連続斬撃が、数多の敵を斬り伏せる。
『千里疾駆』:移動速度大強化。千里を駆け抜け、道なき道さえ踏破する。
『縮地』:蒼真流武闘術の高等技。動きを悟らせず間合いを詰める様は、さながら地面が縮まったかの如き錯覚を与える。
『蒼功波動』:より強力な光属性と、勇者の生命力が入り混じった、高密度の魔力オーラ。
獲得スキル
『聖血刀身』:聖なる血筋の一滴をもって解放される、強い浄化能力を刀身に付与する。
『多重連鎖召喚陣』:下級精霊の召喚に特化した魔法陣。同時に多数の召喚陣を展開し、大量の下級精霊を使役できる。
『白影槍』:光属性の魔力を物質化させた、白い槍を作り出す。自身が発する光を投影させた場所から、任意に突きだすことができる。
強力なボスを倒した、という経験そのものが大きな力となるのだが……『勇者』の能力の恐ろしいところは、相手の技や魔法なども覚えてしまうことである。
習得スキルと獲得スキル、と呼ぶべきイメージがぼんやりと脳内に浮かび、俺が新たに覚えた技などは、そのどちらかに分類されている。
どうやら、習得スキルは俺自身が戦闘経験を積んだ結果に身に着けたタイプであり、獲得スキルは相手が使っていた能力を覚えたタイプ、という違いがあるようだ。
だから、習得スキルの方には俺が戦いの中で編み出した技や、蒼真流の技が多い。
一方の獲得スキルは、やはりあのドラキュラが使っていた技や魔法とよく似た効果のものばかり。流石に『勇者』が鮮血の刃や、闇魔法みたいな力をそのまま扱うことはないようだ。性質的には光属性のような感じで、似た効果を再現しているといったところ。
新たなスキルの数々は、俺にこの上なく分かりやすく強くなったことを現してくれるが……足りない、こんなものでは、まだまだ足りない。
「悠斗君、おめでとう、と言うべきなのかしら。ともかく、無事にボスを倒せて良かったわ」
「ありがとう、委員長。俺のワガママを聞いてくれて」
「見ていて、何度も参戦しようと思ったわよ。やっぱり、悠斗君一人にボス戦を任せるなんて、よくないわ」
「俺は大丈夫だよ。次も必ず勝つ」
「悠斗君なら勝てるかもしれないけど……黙って見ているだけの私達の気持ちも、少しは考えてくれてもいいんじゃないかしら?」
「うっ」
それを言われると、弱い。現在進行形で、俺に抱き着いたまま離れない桜がいるから、尚更に実感してしまう。
「すまない……やっぱり、そうだよな」
ドラキュラとの激闘を征した後だからこそ、俺も多少は冷静になれた気がする。
結局のところ、俺は焦っていたのだ。レイナを失った衝撃からも、全然立ち直れていなくて。ただ、目の前の強敵を一人で相手することで、現実逃避をしていただけかもしれない。
「桜から聞いているとは思うけれど、私達は仲間なのよ。もっと頼ってちょうだい」
「みんなのことを、信じていないワケじゃないんだが……俺はもうこれ以上、誰かを失うことが怖くて仕方がないんだ」
「でも、それは私達だって同じよ。もう誰も死なせたくない、だからこそ、みんなで協力して戦うの」
「ああ、本当にすまなかった。こういうのは、今回限りにするよ」
「ううん、いいのよ。きっと、私達も綾瀬さんの死を見て、戦うことに恐怖を感じてしまったの。だから、ボスも悠斗君に任せてしまった気持ちもあるわ……お互い様ね」
そうか、そうだよな。俺だけが、レイナの死にショックを受けていたワケではない。当たり前のことだけれど、あんな無残な死に様を目の当たりにして、桜は勿論、委員長達だって何も感じないはずがない。
そんなことを今更になって気づかされるとは、俺は自分のことしか考えていなかったワケだ。本当に、情けないな。
「それじゃあ、次からは、ちゃんとみんなで力を合わせて攻略して行こう」
「ああ、そうだな、蒼真。次はお前に後れはとらない、立派な戦働きをしよう」
「私も頑張るよ、蒼真君!」
「こ、小鳥だって頑張るもん!」
明日那も、夏川さんも、小鳥遊さんも、俺の呼びかけに快く答えてくれた。ありがとう、情けない真似をした俺のことを、まだ信じてくれて。
「よし、それじゃあ行こう。転移するから、みんな集まってくれ」
そうして、灰となって消滅したドラキュラが唯一残したコアを手に、転移魔法陣と思しき広間中央に全員が集まる。
サイズこそ掌に収まるほどだか、ドラキュラのコアはルビーのようにギラギラと真っ赤に輝く綺麗な結晶だ。恐らく、普通のものより純度が高いとか、より濃密に魔力が凝縮されているとかで、高品質なのだろう。
そんなドラキュラコアが、さらに輝きを増すと、転移魔法陣も連動して光を放ち――
「……ん」
目を開けば、よく見慣れた緑の木々と噴水のある広場。転移は無事に成功した。
すでに慣れ始めた転移の感覚ではあるが、直後に俺は驚きに目を見開く。
「――悠斗か」
「龍一……龍一じゃないか!」
俺の前には、いつもと変わらず仏頂面で堂々と立つ、親友の姿があった。
それから、俺が龍一とゆっくり話ができるようになったのは、たっぷり二時間は経過した後だった。
「あー、疲れた……」
「そう言うなよ。委員長だって、やっと龍一に会えたんだ」
親友との再会、といったところだったけど、次の瞬間に俺を押し退けて龍一へ飛び込んで行ったのが、委員長であった。
まぁ、そりゃあそうだよな。本人は隠しているつもりらしいけれど、委員長は龍一のことが好きだ。ようやく思い人と無事に再会できたのなら、わき目も振らずに抱き着いてしまうのも当然だろう。
というワケで、俺としても積もる話は沢山あったのだが、まずは委員長に龍一の相手は譲ることに。これまでずっと冷静かつ気丈に振る舞い続けてきた委員長だったけれど、大泣きに泣いていて、最初の方はほとんど言葉にならなかった。
感極まるとはこのことか。だから龍一、そんなあからさまに迷惑そうな顔していないで、もっと優しく抱きしめてやれよ。
ともかく、そんな微妙に温度差のある感動の再会だったワケだが、今は委員長も泣きつかれたせいか、眠ってしまった。
他のみんなも、とりあえずは休息モードにはいって、のんびりとしている。
俺と龍一はくつろぐ女性陣から離れて、男二人で広場の隅に座り込んだ。
「ありがとな、悠斗。涼子の面倒をみてくれたんだろ」
「いや、面倒を見てもらったのは俺の方だよ。委員長がいてくれて、ずっと助けられたから」
「そうか。まぁ、お前と一緒なら仲良くやれねぇワケがないからな」
「けど、委員長には色々と負担もかけてしまったから。龍一と合流できて、本当に良かったよ」
「ふん、どうだかな。奇跡的な再会だなんて、馬鹿正直に信じられる気持ちにはならねぇよ。どういうカラクリかは知らねぇが……いや、今はどうでもいいことか」
俺は龍一と合流できたことは素直に喜ばしく思っているが、どこか作為的なものを感じる気持ちも分かる。
そもそも俺達がちょうどレイナの殺害現場に転移してきたことも、偶然の一言で済ませるにはあまりに出来過ぎだ。
俺達のクラス全員の転移、それからダンジョン攻略。全て何者かの掌の上で踊らされているだけなのではないか。そんな疑惑を薄々感じてはいたが……龍一の言う通り、今は考えても仕方のないことだ。
「龍一だって、ちゃんと蘭堂さん達を守って、ここまで来たんだろう」
「別に、アイツらは勝手について来ただけだ。俺は特に、何もしちゃいねぇよ」
こういう突き放したような言い方をするってことは、彼女達の力を認めているってことだ。龍一は捻くれたところがあるから、素直にそういうことは言わないから。
クラスではあまり交流はなかったけれど、蘭堂さん、野々宮さん、芳崎さん、の派手目な女子三人が無事でいることに、少しだけ安堵する。こうして、ちゃんと生き残っているクラスメイトがいることが分かると、希望ももてる。
「それでも、ちゃんと無事な人がいて良かったよ」
「はぁ、良くはねぇだろ……悠斗、誰が死んだ?」
気だるげな溜息をつく龍一だが、そう問いかける眼光な鋭い。それは全てを見透かしているかのようで。
「敵わないな、龍一には」
「馬鹿、お前は自分で思っているより、顔に出やすいんだよ。気づかないワケねーだろ」
多少は持ち直したつもり、だったんだけどな。
「別に、隠すつもりはないさ。むしろ、龍一、お前には聞いて欲しい」
「湿っぽい懺悔に付き合うのは御免だが、聞くだけは聞いてやれるぜ」
相変わらずの物言いに苦笑を浮かべて……けれど、いざ口を開けば、酷く苦々しい気分になった。
「何人かクラスメイトが犠牲になったことは聞いている。その中でも、俺の目の前で死んだのは……弘樹とレイナだ」
俺のもう一人の親友と言うべき弘樹は、まだダンジョン攻略が始まった頃、妖刀を携えたボス級のゴーヴによって殺された。首なし死体となった彼の姿を見た時の衝撃は、俺にこのダンジョンの本当の恐ろしさというものを叩きこんでくれた。
けれど、そんな無残な弘樹の死が、まだマシな死にざまだったと思えることになるとは。
「弘樹はボスとの戦いで命を落とした。明日那と小鳥遊さんを守って……」
「そうか。で、綾瀬は誰に殺られた?」
龍一はどこまで見抜いているのだろうか。その口ぶりは、俺が心の中で抱える苦しみの根本がそこにあると分かっているのように、確信に満ちている。
「樋口か、それとも横道か?」
「クラスメイトに殺された、とは言ってないだろう」
「言ったろ、お前は分かりやすいんだ。全く、らしくもねぇ……ソイツは、誰かを恨んでいる顔だぜ」
襲ってきて当たり前の魔物ではなく、常に高い死の危険が付き纏うボスでもなく……同じクラスメイトに殺されたからこその、憎悪とでも言うのだろうか。
確かに、俺は再びアイツと見えた時、自分の殺意を抑えられるかどうか自信がない。
「……桃川だ。レイナは、桃川に殺されたんだ」
自然と、怒りの感情で声が震えるのが自分でも分かってしまうほどだ。
俺はレイナを守れなかった自分自身の弱さをこそ恨むが……それでも、彼女を殺めた犯人であり、さらに死体をも弄んだ桃川に対する憎しみが、消えてなくなるワケではない。
「そうか、桃川か。アイツ――」
龍一はどこか納得したような、そんな表情を一瞬浮かべて、すぐにまた、面倒くさそうに溜息を吐いた。
「悠斗、そのことは黙っておけ。他の奴らにも喋らせんな。面倒事になる」
「どういうことだ。龍一、桃川について何か知っているのか」
「お前にとっちゃ、綾瀬を殺した仇かもしれねぇが……また別の奴には、桃川は大切なオトコってことだ」
「それは、どういう――まさか、あの三人の誰かが、桃川の彼女だっていうのか?」
「それ以上は野暮ってもんだぜ。知ったところで、良いことにはならねぇな」
「龍一、お前は……桃川を庇うのか」
「勘違いすんな、俺は俺だ。俺の邪魔をしなけりゃ、他の奴の事情に、わざわざ首を突っ込んだりはしねぇ」
「……そうか、そうだよな。お前はそういう奴だから、龍一」
俺はレイナとは幼稚園以来の幼馴染で、龍一はもっと前からの付き合いだ。けれど龍一とレイナの二人には、ほとんど接点がない。
幼いころから他人を圧する気配と態度だった龍一と、純粋で怖がりなレイナとは最悪の相性だった。顔と名前は知っているが、お互い、言葉を交わしているところは見たことがない。
龍一にとってレイナは、ただ昔から知っているだけで、単なるクラスメイト程度の関係しかない。彼女の死に対してドライなのは、龍一の性格も相まって当然ではある。
「そんなことよりだ、悠斗。ちょっと手伝え」
「手伝うって、何をだよ」
「この先にとんでもねぇボスがいる。俺一人じゃどうにもならねぇ」
「なんだって」
龍一でもこう言うってことは、相当な相手なのだろうが……いや待て、そもそも俺は、龍一がどんな天職で、今どれくらい強いのか全く知らない。
「ここでお前らが合流してきたのは、多分、そういうことだ」
「ど、どういうことだよ――っていうか、今すぐ行くのか?」
「当然、こっちは待ちくたびれてんだよ」
「いや、俺達はボス戦終わった直後なんだが」
「お前一人で蹴散らしてきたんだろうが。とにかく行くぞ。アイツとは実際に戦り合ってみなきゃ、分からねぇだろうからな」
「ああー、全く、しょうがない奴だなぁ」
普段ヤル気ないくせに、たまにその気になったら強引だからな。
けど、龍一にここまで言わせるボスモンスターというのは非常に気になる。どの道、そのボスを倒さなければ先には進めないのだから、挑むより他はない。
2019年2月22日
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