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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第12章:それは荒ぶる野獣のように
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第178話 熱い血肉

「ぜぇ、はぁ……はぁ……」

 ついに体力の限界を迎え、大山大輔は走り続けていた足を止めた。

 途轍もない疲労感の中、荒い息を吐きながら耳を澄ませて追手の気配を探る。聞こえてくるのは、どこかで滴っている水滴が弾ける音と、自分の吐息くらいのもの。

 どうやら『呪術師』と『狂戦士』の魔の手から、無事に逃げおおせることができたようだ。

「はぁ、はぁ……タカ……」

 自分を逃がして、犠牲になった杉野貴志。愛する彼の、最後の姿が目に焼き付いて離れない。

「ちくしょう……どうして、なんでだよぉ……」

 生き残るために、互いに命を賭けて戦った結末としては、妥当なものである。けれど、実際に敗北者となった時、その運命を素直に受け入れられるかどうかは、また別の話。

「俺だけ生き残っても、意味なんてねぇんだよ……タカ、お前がいないと、俺は……」

 どうしようもない後悔と喪失感が、大山の心を苛む。

 こんなことになるのなら、自分も一緒に死にたかった。けれど、現実に自分は逃げ出してしまった。

 確実に殺されると分かっていながら、杉野は狂戦士に背中を向けてでも、自分のピンチに駆けつけた。「逃げろ」と叫び、「愛している」と言い残して。

 けれど、自分が彼の最後の意思に従ったのか、それとも、杉野をあまりにもあっけなく殺して見せた、狂戦士が恐ろしかったのか。少なくとも、自分が逃げ出したことに納得できる理由は、見つけられない。

 自分で自分が許せない。軟弱な女男と、舐めてかかった桃川に負けた自分が。杉野に助けられた自分が。あの瞬間、何もできなかった、そして、こうして無様に逃げたこと。

 何もかもが許せない。けれど、もう取り返しはつかない。杉野は死んだ。最愛の恋人は、死んでしまったのだから。

「タカ、俺は、どうすりゃいいんだよ……」

 答えはない。優しい微笑みで答えてくれる相手は、もうどこにもいない。

「ダメなんだよ、お前がいないと……タカがいない人生なんて、耐えられねぇよ……」

 愛していた、心から。彼と一緒にいられるならば、たとえこんな異世界に落とされたって、生きていける。幸せになれる。

 けれど、それは最早、叶わぬ夢。正しく、死が永遠に二人を別ってしまった。

「タカ、今すぐ、お前の傍に――」

 後を追う。それは、とても魅力的な案だった。

 武器ではなく、生活用品として使っていたナイフを取り出し、その刃先を自分の喉元に突きつけても、恐怖は湧かなかった。これで楽になれる、また彼と出会える。そんな安堵感さえ覚える。

 そうだ、このまま何もかも忘れて、楽になってしまえばいい――本当に、それでいいのか?

「くっ、く……クソッ!」

 カラン、と虚しくナイフを投げ捨てた音が、暗い洞窟に反響する。

「くそ、ちくしょう……どの面下げて、タカに会えるってんだよ!」

 それは大山大輔にとって残された、男としての最後のプライドであった。

「俺のせいで負けた……俺のせいで、タカは死んだ……」

 それでも、あの優しい彼は自分を許すだろう。このまま天国で彼と会ったなら、いつものように抱きしめてくれるだろう。

 けれど、それじゃあダメだ。杉野が許しても、自分が許せない。

「せめて、仇くらいはとらねぇと、俺はタカに会えねぇんだよっ!」

 憎悪、とはまた異なる、その復讐の決意は、きっと男の意地というべきものか。

 桃川小太郎を悪いとは思わない。杉野をその手で殺した、双葉芽衣子ですら、憎いと思わない。男として、命を賭けて挑んだ戦いの結果に過ぎないから。

 潔く、負けは認めよう。けれど、負けたままで終わるわけにはいかない。

「桃川、双葉、お前らを殺すまで、俺は死ぬわけにはいかねぇ……仇をとるまで、俺は何が何でも生き抜いてやるんだっ!」

 絶望の闇に沈んだ大山の心に、闘志の火が灯る。

 後追い自殺をするのは簡単だ。いつだってできる。ならば、もう死んだつもりで、仇を討つためだけに突っ走る。

 それを成し遂げれば、きっと自分は、胸を張って彼に会いに行けるから。杉野貴志という半身を失った自分は、死んだも同然。だから、残りの人生は全て、彼のための仇討に捧げることに躊躇はない。それでしか、もう生きていく理由は残されていないのだ。

「男たる者、強くあれ……そうだ、俺はもっと、もっと強くなるんだ」

 心と体が、再び熱く燃え上がって行く。

『呪術師』桃川と『狂戦士』双葉のコンビは強い。今の実力では、とてもあの二人を相手に勝つことはできない。杉野を失った今、自分はもう誰にも甘えず、頼らず、己の力のみを頼りにしなければいけない。

 辛く、険しく、けれど復讐を果たした先には何もない、不毛なる茨の道。けれど、それこそが無様に一人生き残ってしまった自分に相応しい。

「俺は強くなる。だから、待っててくれ、タカ。俺が仇を討って、お前に会いに行けるその時まで――うおっ!?」

 決意を固めた矢先、水滴が首筋に弾けて、思わず叫び声を上げてしまう。

「クソっ、なんだよコレ……妙にベトついてやがる。水じゃねぇのかよ」

 反射的に、首筋に当たったところを手で拭えば、やけに粘ついた感触がする。それに、やけに生ぬるい上に、妙な臭気を発していた。

「なんだよチクショウ、気持ち悪ぃ、変な虫でもいるのか――あ?」

 謎の粘液が落ちてきた洞窟の天井へと、視線を上げた先に、ソレはいた。

「ハァ……ハァ、ラァ……」

 ゴツゴツした岩の天井に、蜘蛛のようにピッタリと張り付いている。薄暗く、はっきりとは見えないが……どうやらソレは、人の形をしているらしかった。

 ポタリ、とその人型の口から、涎が零れ落ちる。

「ヒッ!?」

 悲鳴が漏れる。息を呑み、背筋が凍る。気づいてしまえば、ソレはあまりにおぞましい姿をしていたから。

「ハラァ、ヘッタぁ……」

 信じがたいことに、ソレは人間だった。

 ぶよぶよと脂肪がたるんだ、だらしない体つきが剥き出しになっている。つまり、裸。辛うじて、股間部には汚れきったパンツらしきモノで覆われてはいる。

 醜い肥満体ではあるが、確かに人間の体だというのに、トカゲのように這いつくばった体勢で天井へと張り付く姿は、ホラー映画のワンシーンが如く怖気をかき立てる。

 しかし、最も恐ろしいことに、その異様な男の顔には、見覚えがあった。

「よ、横道なのか、お前……」

 油汚れにギトついた髪を逆さまに垂らしながら、こちらを向いてる男の顔は、確かにクラスメイトの横道一のものだった。

 二年七組には、軟弱な桃川に不良の樋口、など気に食わない男子は色々といたが、近づくことすら嫌な、正しく生理的な嫌悪感を覚える最低の奴は、横道一だけだろう。

 クラスでハブられるのは当然な態度。最悪の性格に、清潔感の欠片もない出で立ちに、たるみきった肥満体。

 今では自他共に認めるゲイである大山だからこそ、その嫌悪感はより一層に激しいものとなる。もし、この男に不意に尻を触られるなどのセクハラをされようものなら、女子生徒よりも激しく泣き叫ぶ自信がある。

 それほどまでに、嫌う男。ここまで最悪な男は見たことがない。

 けれど、だからこそ横道の顔を、見紛うことはなかった。

「フゥウゥーン……に、臭うぅ……にく、肉ぅ……」

 ドブのように淀み切った横道の瞳が真っ直ぐに、唖然として佇む大山に向けられる。

 身の毛もよだつおぞましさに、大山は一も二もなく魔法の行使に踏み切った。今、目の前にいるのは対話が可能なクラスメイトではなく、餓えた魔物である。

 曲がりなりにもダンジョン攻略をしてきた経験で磨かれた直感が、激しくそう訴えかけたが故の先制攻撃だ。

「うぉおおおおお、『火矢イグニス・サギタ』っ!」

 ほぼ真上に陣取る横道に向かって、拳大の火球をぶち込む。一発、二発、三発、と連射しながら、逃げるように後退を始めるが、

「フシャァアアアアアアアッ!」

 弾けた爆炎を突っ切って、細長い触手のようなモノが飛来する。

「くっ、痛っ!」

 避けきった、つもりだったが、触手の先端が足首に巻きつく。鋭い痛みと共に、足の感覚が鈍ってゆく。どうやら、麻痺毒を受けたらしい。

 しかし、全く動けないほどではない。

「くそっ、こんなモンで俺を止められると思うんじゃねぇ! はぁあああっ、『爆熱筋肉マッスルヒート』っ!」

 急激に上昇してゆく熱き筋力のパワーを感じながら、大山は右の足首に巻きついていた麻痺毒付きの触手を、左足の鋭い蹴りで千切ってみせた。

「ンギョォオオオッ!」

 痛みがあるのか、横道の気色悪い叫びが、『火矢イグニス・サギタ』が炸裂して黒煙の煙る向こうから聞こえてきた。

「マジで気持ちの悪ぃ野郎だぜ。テメーを拳で殴るのも汚らしくて御免だな」

 このまま炎魔法の遠距離攻撃で爆散させるのが最善。そう判断し、大山は一切の情け容赦なく、自身が持てる最大火力を放とうと、両手に魔力を集中させる。

「んぬぅううう、いぃ、痛ぇ、痛ぇええよぉお、ぶぉおおあああああああああああああっ!」

 そんな叫びと共に、今度は何本もの触手が飛来してくる。ヒュンヒュンと音を立てて振るわれる新たな触手は、全部で六本。

 威力を高めるために、溜めの動作に入ったこと。そして、右足が痺れていること。二つの要因が重なって、大山は六本もの触手を避けきることができない。

「ちいっ!」

 両手両足、それから腰と首元に触手が巻きつき、全身の動きを封じる。ジワジワと麻痺の効果で体中が急激に重さを感じるが、焦る必要はない。

「舐めんなやぁ!『熱血炎気バーニングパワー』ぁ!」

 全身から魔法の火炎に包まれると同時に、再び体に活力が戻ってくる。

熱血炎気バーニングパワー』は小太郎が放った毒の呪術を防いだように、状態異常に対する耐性を持つ。すでに喰らっていた状態でも、燃え盛る炎が浄化するように、ある程度までの回復も可能だ。

 すでに麻痺は癒え、体に巻きつく触手も炎に炙られ焼き切れる寸前。

 横道のちんけな麻痺触手など、何本繰り出そうと自分を止めることはできない。今度こそ、汚らわしい最低男子を消し炭にしようと、再び両手に魔力を込めた、その時だ。

 天井に漂う黒煙が晴れて、煙に隠れていた横道の姿が露わになる。そして、この絡みつく触手の正体も、初めて大山は目にしたのだ。

「なっ、あ、あぁ、イイィヤァアアアアアアアアアアアアっ!」

 女のような悲鳴を上げるのも、無理はない。

 その触手は、横道の口から生えていたのだから。つまり、舌。

 根元から何本にも枝分かれして伸びる触手と化している舌は、魔物の持つべき異形な器官だが、現実として横道の口の中から、舌として生えているのだからどうしようもない。

 近づくことすら厭う最悪の男に、自分の体がベロベロと舐められていたのだと理解したその時、大山の嫌悪感は限界を突破する。

 一瞬、正気を失う。最大火力の炎魔法を放とうとしていたことなど忘れ、今すぐにでも、この汚らわしい舌の拘束から脱しようともがく。その姿は、まるで溺れる者のように必死で、合理性に欠ける動き。

 故に、大きな隙を生んでしまった。

「ビッ、ビィ、ビッビガヂュウウウウウウウウウウウウウッ!」

 横道が放ったのは、電撃だった。


 捕食スキル

『発電器官』:雷の魔力を発生させる器官。


 体内に電気を発生させる器官を獲得した横道は、自分の体から放電することができる。『発電器官』を喰らって得た魔物の鳴き声と似たような叫び声をあげながら、横道は獲物を捕らえた舌の触手に放電する。

「ぐぁあああああああああああああっ!」

 全身に容赦ない電撃を喰らい、大山は大きく絶叫を上げた後、ガクリと力を失った様に倒れ込んだ。

 無力化を完了したと判断したのか、スルスルと舌が解かれ口へと戻って行く。

 そして、動けなくなった獲物に対し、いよいよ横道は接近する。

「う、あ、あぁ……来るなっ……」

 天井から地面へと降りてきた横道は、何故か両手を地につけた四足のまま。人間であることを捨てた獣のような格好で、四足歩行で倒れた大山へと近づいてくる。

「肉、肉ぅ……喰わせろぉおおお……」

 かろうじて人の言葉になってはいるが、まるで理性を感じさせない眼つきに、ボタボタと唾液を口から垂らしながら四足歩行で迫るその姿は、完全に餓えた獣である。

 その獣性を示すかのように、舌なめずりをする横道の口が、大きく割れた。

 有名な口裂け女のように、頬が割け、耳の付け根辺りにまで口が開く。だが、真に恐るべきは、裂けた口腔の中に、歪な牙がビッシリと生えそろっていることだ。

 鋭い牙も、固い臼歯も、統一感なく生える歪み切った歯並びは本能的な嫌悪と恐怖を呼び覚ます。不気味な歯列を剥き出しにして、大口を開けながらも、更なる変化を遂げる。

 ギチギチと音を立てながら、横道の顔の側面から角が……いや、それは大きく、鋭い、顎だ。クモやサソリが口に持つ、鋏角と呼ばれる大顎代わりの肢である。

 最早、人間の顔ではない。魔物としてもあまりにおぞましい、裂けた大口に獰猛な鋏角を開く横道の姿は、

「ば、化け物……」

 そうして、血肉に餓えた化け物は、欲望のままに獲物へと襲い掛かる。

「ぐふふ、肉ぅ、んまそぉおおおお!」

「や、やめろっ、来るな、ヤダ、助けて、助けてっ、タカぁ! イヤだぁあああああああ!」

 死にもの狂いの叫びを上げて、大山は痺れる体に鞭を打って逃げ出す。立ち上がって走れるほどには回復してはいない。だから、手足をついたハイハイの状態で、とにかく少しでも前へ進もうと、必死に這いずっていく。

 だが、その歩みはあまりに遅い。蜘蛛の巣にかかった蝶が、羽をバタつかせるのと同じ程度に、無意味な悪あがきに過ぎなかった。

「逃ぃがぁすぅかよぉ、俺のぉ、飯ぃいいいいいいいいいいいっ!」

 荒ぶる叫びとは裏腹に、逃げる獲物を仕留める一撃は、驚くほど静かに放たれた。

 それは、横道の腰元から生えた、長いサソリの尾である。黒光りする甲殻に、発光する紫色の筋が浮かぶ、不気味な色合いの尻尾。その先端には、真っ赤な色の毒針が、槍のような鋭さと巨大さでもって備わっている。


 捕食スキル

『デスストーカーの毒槍尾』:強烈な神経毒を持つ大サソリの尾。


 赤いサソリの毒槍は、無様に逃げ惑う大山の、無防備な背中のど真ん中に突き立てられる。

「かっ! はっ、は、ぁ……」

 刃渡り30センチ以上の刃と化している毒針が突き刺さる、物理的なダメージ。だが、それを上回る圧倒的な効果を発する神経毒により、大山の動きは瞬時に停止させられる。

 最早、悪あがきすら許されない。

「ふっ! は、ふはぁ!」

 この神経毒の恐ろしいところは、獲物の動きこそ縛るが、意識は奪わない点である。大山は金縛りにあったようにピクリとも動かない体のまま、ただ、餓えた化け物が自分の体を貪りにやってくる様子を、まざまざと見せつけられることとなる。

 強烈な臭気を放つ裸の横道が、鼻息荒く圧し掛かってくる姿は、心も体も犯されるような恐怖と屈辱。真の絶望がどういうものであるのか、大山は最期の瞬間に思い知るのだった。

「いっただっきまぁーす!」




「――ハッ! 俺は一体なにをっ!?」

 新鮮な血肉を喰らい尽くしたことで、極限の飢餓状態を脱した横道は、久しぶりに人間らしい正気を取り戻した。

「あー、ヤッベー、完全に無意識だったわぁー」

 と、どうやらクラスメイトの一人を捕食したらしいことに気づく。

 夥しい血の跡が広がる洞窟の床。だが、肉片一つ、骨の一欠けらすら、残ってはいない。見事なまでの完食である。

 肉体は全て食い尽くしたが、その身に纏う衣服までは食わないので、エビの殻でも剥くように、その辺にズダズダになって制服の布地が散らばっていた。

「ん? っつーかコレ、学ランのズボン……ってことは、俺が食ったのは男っ!?」

 うげぇ、と吐きそうな表情でのたうつ横道だったが、臓腑に染みわたる熱い血肉の味は本物である。本人のプライド的に男は食いたくないが、『食人鬼』としては人間の男も美味しい肉として喰らい尽くせる体となっている。

「クソっ、誰だか知らねぇけど、今回ばかりは許してやる。俺もかなりヤバかったからな、非常食だからしょうがねぇ」

 ひとしきり嫌がってから、横道はそう自分を納得させた。

 相手が誰だったか認識できないほど、餓えで正気を失っていた状況に陥っていたことは覚えている。

 そもそもの発端は、転移した先に出たのが、生物の気配がまるでしない一面の砂地だったこと。

「やっぱ砂漠ステージってクソだわ」

 これもダンジョンの一部なのだろう。広大な砂漠を再現したようなエリアを、横道はついさっきまで攻略していた。

 ゴーマすら出てこない不毛の砂漠には、限りある貴重な資源を巡って、狡猾な魔物達がしのぎを削っていた。

 横道は味気ない砂漠の魔物達を、出会った端から喰らっていった。

 石のようなトカゲを食べ、ムカデのキメラみたいな虫を食べ、やけに素早く動くサボテンを食べ、電気を発するデカい黄色の鼠を食べ……そうして、ボス部屋で待ち構えていた猛毒を持つ大サソリの魔物『デスストーカー』を喰らった。

 道半ばで、あまりの飢えと渇きに正気を失いながらも、ただ生存本能に従って進み続けた結果、無事にボスも倒して砂漠エリアを突破したのだった。

「まぁいいか、デスストーカーの能力は強ぇし、誰だか知らんが今食ったコイツも、中々強そうな能力が……おっ、うぉおおおお、キタキタキタぁーっ!」


捕食スキル

『大山大輔の炎魔法』:下級炎魔法と中級炎魔法の一部を再現する。

『大山流炎拳術』:炎系強化魔法を組み合わせた格闘術。


「ってコイツ大山かよぉおおおお! ぐぅうええぇーキメぇ! アイツを食ったのかよクソォ、気持ち悪ぃ、キモいんだよこの空手坊主がコラぁ!」

 不良の天道や有希子を寝取った樋口は当然として、大山のような格闘技やってイキってるような男子も、横道は常日頃から恨んでいた。特に大山は、さりげなく女子のように生理的嫌悪感を浮かべた侮蔑の眼差しを向けていたことに、横道は気付いている。

「人のこと汚物扱いしやがってよぉ……こっちのが汗臭ぇ野郎を食わされてよっぽどショックだよクソがっ! 死ねオラっ! さっさと死んで、早くクソになって俺の体から出てけやこのホモ野郎!」

 嫌な男子を食ってしまった後悔が再燃するものの……獲得した能力は相当なものだ。

 最初に喰らった長江有希子から得た氷魔法は、「下級の一部」という制約つきだった。本人の実力がその程度しかなかったため、それ以上の魔法は得られない。

 だが、大山の場合はここまでダンジョンを進んだ経験があってか、下級に加えて中級の一部まで習得している。おまけに『大山流炎拳術』は、自分なりのバトルスタイルも編み出した結果ともいえる。

「ふへへっ、コレだけありゃあ、もう天道の炎魔法も怖くねぇ」

 今まではせいぜい、火耐性のある毛皮や耐熱効果の高い粘液を出すのが精々だったが、これで本格的に炎魔術士としての力が手に入った。火炎の攻撃は、今となってはさほどの脅威とはならない。

「ちくしょう、クソDQNキャラ天道の復讐イベントはまだかよ。あの屈辱はまだ忘れてねぇからな――っと、おお? こ、この香りは……」

 不意に、鼻をくすぐる匂いに気づく。血生臭い臭気が満ちる洞窟内だが、その中でも横道は全く異なる極上の芳香を確かに感じ取った。

「この匂いは間違いなく小太郎きゅん! ち、近い! これは近いぞぉ!」

 犯人の存在を確信した警察犬の如き勢いで、猛然と洞窟を突き進む横道。ほとんど一本道であることが幸いして、途中で方向に迷うこともない。

 いる、間違いなく、この先に桃川小太郎がいる。

 横道は一歩進むごとに上がって行くテンションのまま、ついに色濃く匂いを漂わせる広間へと飛び込んだ。

「うぉおおおおお、小太郎きゅんはっ、俺の嫁ぇええええええええええ!」

 持てる全能力を解放し、突入した広間は――もぬけの殻だった。

「えっ……あれ、もしかして、ここボス部屋? しかも攻略済み?」

 広間の中央には、焼け焦げた巨大な蟹のような死骸が転がっている。この場に残った匂いをよく嗅いでみれば、小太郎の他にも、大山含む、複数人の匂いと、まだ新しい血の香りも残っている。

 どうやら、ここでボス戦とクラスメイト同士の戦いが行われたようだ。

 そして、それはすでに終了しており、大山があの場にいたことと、もう一人分、嗅いだことのない血の匂いが残っていることから……桃川小太郎は戦闘に勝利して、すでに転移を果たした後ということが、明らかであった。

「ち、ちっ、ちっくしょうぉ……」

 思わぬおあずけを喰らったことで、横道は目に涙をためて、叫んだ。

「会いたくても会いたくてもぉ、会えないよぉおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 恋を歌う乙女のような台詞はしかし、異形の『食人鬼』たる横道が叫べば、それは荒ぶる野獣のようでしかないのだった。

 2019年2月8日


 今回で第12章は終了です。

 次章では大きく話も動いてきますので、どうぞご期待ください。

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― 新着の感想 ―
逃げた先の地獄
>会いたくても会いたくてもぉ、会えないよぉおおおおおおおおおおおおおおおおっ! お、おもろすぎる
杉野と一緒に死んだ方がマシだったのは可哀そう。 杉野の死体は弔うために持ち去ったのかな?
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