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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第12章:それは荒ぶる野獣のように
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第177話 呪術師VS炎魔術士(2)

「ヤバい、マジで何も思いつかないんですけどぉ……」

 これまでのダンジョン攻略で、僕は何度となく命のピンチを迎えては、それを辛うじて切り抜けてきた。僕の何が何でも生にしがみつく生存本能と、咄嗟の機転と土壇場の度胸、どれもそれなりには磨かれてきたとは思うのだけれど……そうそういつも、ピンチを切り抜けるアイデアが閃くとは思うなよ!?

「どうだぁ、桃川、そろそろ暑さでボーっとしてきた頃じゃねぇか?」

 炎の熱気に晒されて、早5分は経過していると思われる。肌を焦がすような、ジリジリとした暑さが纏わりつき、すっかり全身は汗まみれで気持ち悪い。今すぐ妖精広場の噴水に飛び込みたくて堪らない。ついでに、ビキニのメイちゃんもいてくれれば、もっと堪らない。

「あー、堪んねぇ……」

「へっ、いよいよ暑さで頭がやられたか」

 うるせーよ、誰のせいでエロ妄想に現実逃避したくなるような灼熱地獄に陥ってると思ってやがる。いいじゃないか、ポロリくらい期待したって!

「ふぅ……お、落ち着け、まだ手は残っているはずだ」

 命には関わるが、ただ暑いだけ、という痛覚とは無関係の追い込まれ方のせいで、かえって考えもまとまらなければ、覚悟も決まらない。

 こう、目の前で荒れ狂う鎧熊が迫りくるような、僅かな猶予もないような状況だったら、流石の僕も後先考えずに何かしらの行動は起こすのだけれど……いや、待てよ、僕って鎧熊をどうやって倒したっけ?

「赤キノコの毒で」

「ワケの分からん独り言とは、これはいよいよ死ぬか?」

「うるさいな、ちょっと黙ってて」

 ハンバーグおにぎりに混入させた赤キノコは、確かに鎧熊を瀕死に追いやった主なダメージソースだが、トドメは違う。

「『赤き熱病』で体温を上げて、『痛み返し』で腹を割いて」

 そうして、鎧熊は死んだ。たった三つの初期スキルだけで、呪術師の僕が鎧熊を倒した歴史的な瞬間である。アレがなければ、今の僕はない……っと、過去の栄光という思い出に浸っている場合ではない。

「そうだ、『赤き熱病』だ」

 相手を微熱状態にする、というあまりにも微妙なクソ能力のせいで、マジで最近では存在すら忘れていた、記念すべき第一の呪術にして、クソ呪術界の不動のエース。それこそがこの『赤き熱病』である。

 鎧熊攻略を鑑みるに、『赤き熱病』が輝くのは、ほんの僅かでも相手の体温を上げることに意味がある時、つまり、熱に苦しむ状況下に限定される。

 ならば、今ここで大山に対して『赤き熱病』をかければ、多少なりとも熱気の苦痛を与えられる。

 勿論、大山本人はあの時の鎧熊と違って、高熱にうなされているワケではない。微熱状態を加えたところで、何ら命の危険にはなりえない……だが、そうだと思わせることはできるかもしれない。

 つまり、ブラフ。ハッタリで相手を脅すのだ。

 筋書きはこうだ。まず、僕がこっそり詠唱を唱えて、『赤き熱病』を大山に仕掛ける。すると致命的ではないが、明確に体温が上昇したことによる異常は察知するだろう。

 そこで、僕がこう言うのだ。

「ふっふっふ、どうだ大山、炎の熱も『痛み返し』で返せるようになったぞ!」

 と、如何にも戦闘の最中で能力が進化しました風に、アピールするのだ。あるいは、これこそが『痛み返し』の真の力、ということでもいい。

 奴の作戦は、熱で炙れば『痛み返し』で返らない、という前提があるからこそ。それが崩れれば、大山はこの作戦を中断せざるをえない。

 嘘だと疑いはするだろう。だが、もしも本当だったらと思えば、そのまま試す気にはならないはずだ。気づいた頃には、自分も熱でダウンすることになるのだから。

 恐らく、大山は僕を舐めている。というか、男として軟弱野郎と見下している。きっと、水の霊獣『セイラム』と同じように、たかが僕一人を相手に、共倒れするなど絶対に御免だと思っているクチだ。

 だからこそ、大山は僕と相討ちになりそうな展開を避けようとするはず。熱が返されると知れば、必ず他の作戦へシフトする。

 もしかすれば、大山には別の呪術師殺しの策がまだあるのかもしれない。それ以前に『赤き熱病』が『熱血炎気バーニングパワー』の耐性を越えられず、通じないかもしれない。それなり以上の威力を持つ『ポワゾン』すらも、ちょっと臭う、程度で無効化させられたんだ。ダメな可能性の方が高い。

 不安要素を上げれば、数限りない。しかし、とりあえず試してみる価値はあるだろう。これでダメだったら、また別の方法を考えればいい。まだ、あと5分くらいは耐えられそうだし。

 よし、やるぞ。いいか、レム、焦った大山が隙を見せるかもしれない。イケると思ったら、容赦なく攻撃するんだぞ。

「シャッ!」

 僕の目の前にいるアラクネだけが、鳴き声で答えてくれた。

 さぁ、後は出たとこ勝負だ。

「やまない熱に病みながら、その身を呪え――」

 物凄く久しぶりに口ずさんだ呪文だけれど、不思議と馴染む気持ちがした。何だかんだで、付き合いだけは長いせいだろうか。

 この土壇場で、最も頼れないコイツに頼ることになるとは、何とも皮肉だが……頼むぞ、どうかこのピンチを切り抜けるための、突破口となってくれ!

「――『赤き熱病』」

 視界の真ん中にハッキリと大山の姿を捉えながら、第一の呪術、発動。

 果たして、その効果は――

「なんだ、体がっ! ど、どうなってやがる!?」

 よっしゃあ、効いた!

 僕も驚くほどに、大山は大袈裟なリアクションをくれた。カっと目を見開いて、自分の体に起こった異常に酷く動揺している。

 よし、行ける、これなら僕のヘタクソな演技でも、ブラフを貫き通せるぞ。えーと、確か事前に考えておいた台詞は……

「ふっふっふ、どうだ大山ぁ――」

「馬鹿なっ! 俺の強化が、消えてやがるっ!」

「えっ」

 なんか、思ってたのと違う反応。

 強化が消えた。聞き間違いでなければ、大山はそう叫んだように思えるが……

「あっ、マジで消えてる」

 大山の体から発せられる、赤い輝きも炎も、全てが消え去っていた。

爆熱筋肉マッスルヒート』のオーラ、『熱血炎気バーニングパワー』の炎、『腕力強化フォルス・ブースト』の光。強化の発動を示す三つの証は、いつのまにか綺麗に消えてなくなっているのだ。

 なんだ、どういうことだ。

「クソッ、桃川ぁ、なにをしやがった!?」

「……はっはっは! 馬鹿め、かかったな大山!」

「な、なにぃ!」

 なに、って僕の方が聞きたいよ。でも、ここは勢いに任せるが吉と出た。

「体、暑くない? 風邪でも引いたみたいにさぁ」

「ハッ! そうか、この妙な微熱は、テメぇの呪いかぁ……」

「そうさ、これが僕の第一の呪術『赤き熱病』の真の力……強化魔法の無効化だ!」

 なにぃ、そ、そうだったのかーっ!?

 自分で適当なことを言いながら、納得してしまう。

 恐らく、『赤き熱病』には本当に、バフをかき消す効果があるんだ。


『赤き熱病』:相手を微熱状態にする。


 授かった能力への期待に満ちていた僕を絶望のどん底へと突き落とした、思い出すのも忌々しい、クソすぎる説明文。しかし、この簡単すぎる説明が、むしろ広い意味を含んでいたことに、僕は今初めて気が付いた。

『相手を微熱状態にする』とは、相手がどんな状態であっても、『微熱』にするということだろう。

 だから、強化魔法の効果で、パワーアップしてようが、スピードアップしてようが、『赤き熱病』にかかれば、強制的に『微熱のみ』の状態にさせるんだ。

 今まで強化魔法を使う相手はいなかったから、試しようもなかった。いたとしても、気づけなかったはず――いや待てよ、そういえば、メイちゃんが初めてゴーマの麻薬を服用して暴走した時のことだ。

 ゴーマの罠にかかって大ピンチだったところを、麻薬でラリったメイちゃんがゴーマどもを力任せに殺戮し、挙句の果てに僕にまで襲い掛かって来た、あの時である。首筋に噛み付かれながら、僕は『赤き熱病』を発動させて……そしたら、止まったのだ。

 ひょっとして、アレって麻薬による興奮状態っていうのを、『赤き熱病』が無効化してくれたから、止まったんじゃないの?

 うわー、しまった、ちゃんとヒントがあったというのに、今更になって気づいてしまったよ。しょうがないじゃん、あの時はあまりに必死だったから。

 と、ともかく、『赤き熱病』の本当の効果は、バフのみならず、デバフまでも無効化させるというものならば……あれ、もしかしてこの呪術、割とチートじゃね?

 へっ、へへ……僕は最初っから信じていましたよ『赤き熱病』様ぁ……

「強化の無効化だとぉ! クソッ、こんな手を隠し持っていたとは――うおおっ!?」

「シャアアアッ!」

 上ずった叫び声をあげながら、大山はアラクネがいきなり吐きかけた蜘蛛糸を慌てて回避していた。

 あっ、そういえば、隙を見せたら襲え、って言ってたっけ。

「グガガッ!」

「キョォオアアアアアッ!」

 当然、背後でずっとチャンスを窺っていた、黒騎士とアルファも同時に動き出していた。

「ち、ちくしょう、コイツら――うぉおおお、『火矢イグニス・サギタ』っ!」

 猛然と迫りくる黒騎士へ、『火矢イグニス・サギタ』を連打して足止め。突進の速度は鈍るが、それでも大盾を構えた重厚な黒騎士レムを倒すことはできない。

「ギシャァアアーッ!」

火矢イグニス・サギタ』を受け止める黒騎士を壁役として、その肩を蹴ってアルファが飛び上がる。生前の赤ラプター譲りの強靭な跳躍力でもって、一足飛びに大山への間合いを侵略する。

「くっ、『ブラストナックル』ぅぁあーっ!」

 頭上から飛び掛かってくるアルファに対し、大山がとったのは爆破パンチによるカウンター。

 アルファの爪と大山の燃える拳が、瞬間的に交差する。

「ぐわぁあああっ!」

 大山の苦痛の叫びと共に、バァン! という爆破音が響く。

 互いの攻撃はヒットしたようだ。大山の赤いタンクトップには三筋の爪痕が刻まれ血を噴き出している。だが、一方のアルファは、胴体が少しばかり煤けているだけで、大したダメージが通っているようには見えない。『爆熱筋肉マッスルヒート』の強化がないから、一発で殴り飛ばすほどの威力が『ブラストナックル』には出なかったのだろう。

「グルル、シャァアアアア!」

 素早く体勢を立て直したアルファが、胸元を爪で斬られた痛みに呻く大山に向かって即座に追撃の構え。

「ウゴゴゴ、グガァッ!」

 そしてさらに、『火矢イグニス・サギタ』の足止めから解放された黒騎士が、大剣を振り上げて一気に距離を詰めて迫りくる。

「うぉおおおお、もう一度だぁ……燃えろっ、俺の筋肉カラダ! 『爆熱筋肉マッスルヒート』ぉおおおおおおおっ!」

「――『赤き熱病』」

 燃え上がるように大山の体から噴き出しかけた赤いオーラが、僕が呪術を唱えると共に、靄となって虚しく掻き消えた。

 間違いない。『赤き熱病』には、相手の強化魔法を消す効果がある。

 だが、大山が発動しかけたということは、『微熱』状態に陥っていても、もう一度使えば強化魔法を発動できるということでもある。使う度に、『赤き熱病』をかけ直さなければいけないようだ。地味な注意点だな。

「ち、ちくしょう……」

 最大の武器である強化魔法を完全に封じられ、大山の顔には明らかな絶望の色が浮かんでいた。

 大山は強化がなくても、炎魔術士としての真っ当な攻撃もできるのだが、如何せん、黒騎士とアルファが相手ではあまりに分が悪い。そして最早、遠距離攻撃だけで退けられるような余裕があるほど、間合いは開いていない。

 目の前には、黒騎士レムが今度こそ必殺となりうる大剣を振り上げて迫り、横からはアルファのノコギリ尻尾が狙いを定めている。

 三重強化のパワーを失った大山には、レムの連携攻撃を防ぐ力は残されていなかった。

「うおぉおおおおおおおおおおおっ、大ちゃーんっ!」

 両者の間合いに、突如として割って入る第三者が現れた。誰だ、などと考えるまでもなく、それは杉野貴志に違いなかった。

 相棒であり、親友であり、そして何より愛し合う恋人である大山のピンチを察したのだろう。いまだ燃え盛って分断する壁となっている『火炎防壁イグニス・ウォルデファン』を突っ切って、飛び出してきたのだ。

「た、タカぁ!」

「私の大ちゃんにぃ、手は出させんっ!」

 ハアッ! という裂帛の気合いと共に繰り出されたのは、大きなメイスによる二連撃。

 武技の力を宿していると思われるメイスの打撃は、まず一撃目で黒騎士レムを押し返し、続く二撃目で、アルファを弾き飛ばす。

 アルファが放ったノコギリ尻尾は杉野の胴体に直撃していたが、重戦士の防御力でもって防ぎきり、そのままカウンターを放ったのだ。何という防御ゴリ押しによる戦法だろう。

 何にせよ、進退窮まった大山の下へ、杉野が救援に入ったことで、その命を繋ぎ止めるに至った。

「ああ、間に合って良かった。怪我はないかい、大ちゃん?」

「タカ、この馬鹿野郎! どうして、俺なんかの為に――」

 ああ、杉野、本当に馬鹿だよ。確かに君が助けに入らなければ、大山は死んでいた。

 でも、僕はヤマジュンから学んだんだ。誰かを助けるならば、必ず助けに入る者も生き残らなければ、意味はないんだって。

 だから、いつかの僕と同じ境遇に立つ大山のことを、ほんの少しだけ、哀れに思った。

「そんなの、決まっているだろう。愛して――ぐふぉっ!?」

 杉野の腹から、大きな黒い刃が生える。鋭い漆黒の穂先が、文字通り鋼鉄の肉体と化している重戦士の体を、見事に貫き通していた。

「ふぅー、ようやく仕留められたよ」

 炎の壁から、狂戦士が歩み出る。その歩みは散歩するように軽やかで、手には何も握っていない。

 杉野を刺したのは、ハルバードによる投擲だ。

 恐らく、炎の壁の向こうから、狂戦士の全力でもって投げつけたハルバードが、燃え盛る『火炎防壁イグニス・ウォルデファン』に穴を空け、その先に恋人を助けるために無防備にならざるを得なかった杉野の背中に突き刺さった。

 そうだよ、僕が大山と戦っていたように、炎の壁の向こうでも、メイちゃんと杉野は戦っていたのだ。

 狂戦士と重戦士、どちらも戦闘に特化した天職による一騎打ちだ。搦め手で戦う呪術師の僕とは違い、そっちの戦いは一瞬の油断も許されない、激しい接近戦となっていたはず。

 そんな戦いの最中、メイちゃんへの警戒を放棄し、大山への助けに入ったなら、当然その背中はがら空きとなる。そして今やすっかり狂戦士と化した、情け容赦の欠片もないメイちゃんが、その隙を見逃してくれるはずがなかった。

「そ、そんな……嘘、だろ、タカ……」

「すまない、大ちゃん……逃げるんだ」

 串刺しにされた恋人を前に、呆然と佇む大山。一方の杉野は、すでにして己の敗北と死期を悟っているのだろう。

 クラス一を誇る大柄で屈強な杉野が、最早、立つ力すら失ったかのように、ガクリと膝を屈する。倒れることだけは、どうにか耐えているような膝立ちのまま、ゴフゴフ、と血を吐きながら、大山へ逃げろと訴えかける。

「なに言ってんだ、逃げるなんて、できるワケねぇだろ! タカ、お前を置いて、俺だけで逃げられるかよぉ!」

「いいから、逃げるんだぁ! 大ちゃん!」

 ドンっと大山の体を、杉野は突き飛ばした。あっ、とか妙に女々しい声をあげて、大山は地面へと倒れ込む。

「杉野君、悪いけど、大山君も逃がすつもりはないよ? だって二人はもう、小太郎くんの敵なんだから」

 真顔でそんなことを言いながら、メイちゃんはサブウエポンである呪いの剣『八つ裂き牛魔刀』を腰から抜き放つ。

「逃げろぉ! 逃げるんだ、大ちーゃん! 君さえ生き残ってくれるなら、私は――」

「大丈夫、そんなに愛し合っている二人なら、きっと天国で一緒になれるよ」

 ただ恋人の無事を祈って叫ぶことしかできない杉野。その頭を、狂戦士が無慈悲に掴む。ソフトモヒカンの髪の毛を引っ掴んで、メイちゃんは禍々しいオーラを発する刀身を、何のためらいもなく、杉野の太い首筋へかけた。

「ま、待てっ、やめてくれ、頼む、タカを殺さないでくれ! お願いだぁ、タカは俺の全てなんだ、だからっ――」

「もう、いいんだ、大ちゃん。最後まで一緒にいられなくて、ごめんね……愛してる」

 きっと、そこまで杉野が言い残せたのが、メイちゃんの情けなんだろう。そして、そこから先には、もう慈悲はない。

「や、やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 スっと滑るように、杉野の首を呪いの刃が裂く。

 たった一度で『八つ裂き牛魔刀』は、頑強なはずの重戦士の首を刈り取ってみせた。あまりに鮮やかなその手つきは、いつも大きな肉塊を切り裂いて料理をしている時と、何も変わらないようにみえる。無駄のない、正確にして機械的なほどの手つきは、獲物を捌くのに慣れた熟練の動作。

 多分、これでメイちゃんが殺した人間クラスメイトは二人目。けれど、敵の首を落とすことが、あまりに手慣れたように思えた。

「ねぇ、大山君は、何か言い残すことはある?」

 左手に杉野の生首をぶら下げ、右手に『八つ裂き牛魔刀』を握り、メイちゃんは、いっそ慈悲すら感じるような微笑みで、顔面蒼白で震える大山へと声をかけていた。

「あ、う、あぁ……」

「安心して、苦しまないように殺してあげられるし、ちゃんと、杉野君と一緒に埋めてあげるから」

 桜井君と雛菊さんのように、か。

 きちんと弔ってあげるから、安心して死ねというのは、果たして正常なのか異常なのか。

「う、うぅううああああああああああああ、『黒煙スモーク』っ!」

 泣き叫ぶ絶叫と共に、大山から凄まじい勢いで真っ黒い煙が噴き上がる。

「っ!?」

 一瞬、驚いたような表情をメイちゃんが浮かべた、と思っていたら、次の瞬間には彼女の腕が僕へと伸びていて、

「……ただの煙、なのかな。ごめんね、小太郎くん、大山君が逃げちゃった」

 メイちゃんのあまりに素早い対応のお蔭で、気づけば僕は彼女に抱えられた状態でボス部屋の隅にいて、部屋の中央から入り口にかけて濛々と煙る黒い煙の中には、もう大山の姿はないようだった。

 逃走用に煙幕の魔法まで習得しているとは、中々の多芸ぶりである。『水霧アクア・ミスト』の一発屋な下川とは、魔術士としての格の違いを感じさせるね。

「今すぐ追いかけるね」

「いや、いい……もう、いいよ」

「でも、放っておいたら危ないよ」

「もういいんだ。これ以上、進んで手を汚す必要なんてないから」

 一体、どんな顔して僕はそんなこと言ってるんだろう。慈悲でも何でもない、ただこれ以上の殺人をやるのも見るのも、ちょっと御免だなという僕の軟弱な精神から出た台詞でしかない。

 けれど、メイちゃんはもっと素晴らしい思いやりの心とでも受け取ったのだろうか。何も言わずに、そのまま僕を抱きしめるだけだった。

 ああ、荒んだ心に、人肌の温かさと柔らかさは、何て沁みるんだろう。このまま性欲と快楽に流されることができれば、どんなに良いことか……

「はぁ、何かあったら面倒だし、早く転移しちゃおうか」

「うん、そうだね」

 名残惜しくも、彼女との抱擁を解いて、まずは当初の目的であるボスのコアを回収。コアは杉野が持っていてくれて、助かったよ。

 それから、淡々と準備を整えることだけに集中して、僕らは無事に転移を果たす。

 それにしても、自分の方から奇襲しておいて、結果的には成功になったというのに、この嫌な気分を味わう羽目になるんだから、本当に、人殺しってのは嫌になるよ。

 最終的には手を汚さずに済んだ自分に対してか、躊躇せずに殺しができる彼女に対してか、あるいは、ここ数日の熱愛ぶりをこの目で見ておきながら、そんな二人の仲を永遠に引き裂くことをしでかした罪悪感か……何でもいい。

 けれど、いつか言った樋口の「後悔するぞ」という言葉の意味が、今更ながら、ほんの少しだけ、認められるような気がした。

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― 新着の感想 ―
赤き熱病がいっきに地位を上げたな。 まぁ、初期スキルに配置して欲しくないのは変わらないけど。 杉野の首は戦士系だから持っていかないのかな。
[一言] 逃がすリスクやばくないか? クラスメイト全員と戦う力がないんだから始末しとくべきだったのでは
[良い点] 赤き熱病の真価が発揮されたことです。
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