第176話 呪術師VS炎魔術士(1)
「行くぞ、レム! アイツを倒せ!」
「かかってぇ……こいやぁ!」
気炎をあげる大山に対して、この場に揃ったレム全機が一斉攻撃を敢行する。
先頭を行くのは、栄えある初号機にして最強の黒騎士レム。それと肩を並べて走る、三号機アルファ。
二号機アラクネは、僕と並んで一緒に蜘蛛糸を浴びせる。充実した前衛と、相手の動きを縛る援護を行う後衛。単純ながらも、間違いなく効果的な連携攻撃を前に、大山がとった対応は、
「うぉおおおお――燃えろぉ、『爆熱筋肉』ぉっ!」
薄らと赤いオーラに身を包んだ大山が、これまでに見たことがないほどの速さで、拳を繰り出す。
「ブラストぉ、ナッコぉおおおおおおおおおおっ!」
正拳突きで繰り出された、恐らく『ブラストナックル』という大山のパンチは、すでに黒騎士レムがリーチを生かして拳の間合いの外から振り下ろされた大剣と、真っ向からぶつかり合う。
素手で刃を殴るなど正気ではない。だが、メラメラと真っ赤に燃えて輝く拳が、真正面から刀身を打った瞬間、爆発が巻き起こる。
「グガッ!」
燃える拳による爆破パンチは、見事に黒騎士の大剣を跳ね返す。
爆ぜた威力は相当だったのだろう、大柄で重量のある鎧兜の黒騎士レムもたたらを踏んで体勢を崩す。そして、その隙に大山の追撃がブレストプレートへと炸裂する。
「セイヤァッ!」
再び弾ける『ブラストナックル』は、黒騎士レムを吹き飛ばして見せた。
と同時に、ほぼ真横に回り込んでいたアルファが、赤ラプター最大の武器であるノコギリ尻尾を振るう――だが、大山はすでに動いている。
「シャアアッ!」
大きく赤い弧を描く見事な回し蹴りが、アルファの尻尾を弾き飛ばし、さらにもう一回転を加えた追撃の蹴りで、馬並みのサイズを誇るラプターの体を軽々と蹴り飛ばす。
なんて奴だ。黒騎士とアルファを真っ向からブッ飛ばした大山のパワーとスピードは、完全に想定を上回っている。
こちらに残されたアドバンテージは、その動きを封じるための蜘蛛糸による援護だが、
「なんだよ、しゃらくせぇ! 『熱血炎気』だ、オラァッ!」
僕とアラクネが放った蜘蛛糸は、その場で堂々と構える大山へ重なるように降りかかるが、雄たけびと共に体が轟々と燃えあがったことで、蜘蛛糸の網は一瞬で消し飛ばされた。
全身に炎を纏うこともできるのか。アレでは、火に弱い黒髪縛りと蜘蛛糸はまるで役に立たない。近づいただけで、繊維に引火し焼き尽くされる。
だが、恐らくあの『熱血炎気』という技、いや、炎魔法は、ただ自分の身に炎を纏うだけでなく、身体能力を上昇させるのが効果の本質だと思われる。
加えて、大山は最初に『爆熱筋肉』という、明らかに筋力を増大させるパワーアップの魔法も使っている。どっちも使うということは、効果の重複があるんだ。クソっ、この異世界はバフが重ねがけできるタイプのゲームシステムなのかよ。
どちらも全身を強化する類の効果だろうが、その二つが合わさった時の上昇率はどれほどのものか……
「へっ、まだまだぁ、こんなもんじゃあねぇぞ――『腕力強化』ぉっ!」
「さ、さらにバフを重ねるだって!?」
三重強化だと、冗談じゃない!
大山の両腕には、『爆熱筋肉』による赤いオーラ、『熱血炎気』の炎、そして今発動させた『腕力強化』によって、ギラギラと輝く赤い光が宿った。
見るからに力が溢れる大山の赤い腕は、吹き飛ばされて身を起こす最中にあった黒騎士レムへと無造作に伸ばされる。
「なんだぁテメぇ、中身はスッカラカンかよ。軽い、軽いなぁ、オラァッ!」
右手一本で、黒騎士の兜を引っ掴んで、力任せに放り投げる。子供が乱暴に扱う人形のように軽々とぶん投げられた黒騎士は、その背後から大山を刺そうと狙っていたアルファとぶつかり、激しいクラッシュを起こす。
「ふん、やっぱ弱ぇな、桃川」
共に倒れた黒騎士とアルファを背後に、僕の前へ赤く燃える大山が吠える。
「なんてこった、ここまでのパワーだなんて」
苦々しくつぶやく。僕は、完全に大山の力を見誤っていた。その実力は『重戦士』杉野よりも低いと評価していたが……とんでもない、純粋な攻撃力の一点で見れば、大山の力は図抜けている。
三重強化を果たした彼のパワーは、『狂戦士』たるメイちゃんすら凌駕するだろう。
まさか本職の戦士系よりも、魔術士が自分にバフを重ねがけした方が力強くなるなんて、クソゲーバランスかよ。
流石に、そんな裏ワザ染みた方法で人外の膂力を手にした奴が相手では、黒騎士レムでも分が悪い。
あっという間に前衛を潰されたせいで、僕の傍に残ったアラクネが、庇うように前へと立つ。
「残ってんのは、そのヒョロい蜘蛛野郎だけか」
「よく見ろよ、胸があるからアラクネは女の子だ――行けっ、『ハイゾンビ』!」
時間稼ぎの肉壁として、僕は『ハイゾンビ』を最大数の七体を召喚して、大山へとけしかける。
「ウォオオオアアアアアアアッ!」
相変わらずの絶叫を上げながら、泰然と佇む大山へ向かって、七体のハイゾンビが殺到してゆく。ゾンビ映画だったら死亡確実な絵面であるが、この場において奴らは単なる雑魚に過ぎない。
「桃川ぁ、テメぇこの野郎、まだ俺の力が分かってねぇのか? こんな雑魚共をけしかけるなんざぁ、舐めてんじゃあねぇぞコラぁ――『ブラストナックル』っ!」
繰り出した燃える拳は、前ではなく、足元の地面を叩く。ドーン、という爆発と共に、手足の千切れたハイゾンビがぶっ飛んでゆく。
この程度の相手なら、直撃させずに爆風だけで十分ということか。たった一発の拳で、複数の敵をまとめて吹き飛ばせる、爆発パンチは便利だな。
カスリ傷一つ与えられずに瞬殺されたハイゾンビ達だったが、今の僕に必要な時間は稼いでくれた。彼らを呼び出す『召喚士の髑髏』を外して、『呪術師の髑髏』へとリロードするだけの時間は。
「これならどうだっ――『毒』っ!」
大山はすぐ目の前、幾らなんでも、この距離では外さないし、避けられない。今の僕自身が持てる最大攻撃力。不可視の毒を放つ雛菊流呪術を喰らいやがれ!
「……今、何かしやがったか? 妙に臭ぇな」
ダメだ、『毒』が通らない。
耐性もあるってことか。
「そういやぁ、『呪術師』だったか? どんな呪いだか知らねぇが、この炎は魔法も防ぐんだぜ。テメぇのみみっちい力は、俺には通じねぇんだよ」
案の定というべきか、大山の纏う炎には魔法防御、ひいては状態異常耐性も備わっているらしい。
明らかに本物の炎が全身を覆っているのに、彼が着用している赤いタンクトップと学ランズボンは燃えていない。肉体のみならず、衣服にも干渉しない炎は一種のバリアのように見えたけれど、おおむねその認識で正しいのだろう。
そういえば、蒼真桜は『聖天結界』という万能バリアを持ってたっけ。似たような防御効果を得られる魔法は、各属性にも存在すると考えてもいいだろう。
そんな僕の考察を肯定するように、わざわざ答えを明かしたのは、自信の表れか。あるいは、僕に降服でも促すつもりなのか。
「なら、試しに僕を殴ってみなよ。僕の呪術『痛み返し』を、その弱火で防げるかどうか」
「挑発には乗らねぇぜ、桃川。その能力だけは、散々、注意しろってタカから言われているからなぁ」
チッ、僕が二人を警戒していたように、向こうも僕のことを警戒していたということか。『痛み返し』のことは、最初に接触した時に脅しとハッタリを兼ねて伝えてある。聡い杉野なら、もしも再び僕を敵とした時に、この厄介な能力の攻略法も考えているかもしれない。
しかし、幸いにも今この場には、代わりに僕を殺してくれる都合のいい捨て駒や罠などは存在していない。ボス部屋という空間が、外からモンスターを引き連れてくる、などの手段を防止してくれている。
「そっか、じゃあ僕はこのまま待たせてもらおうかな。メイちゃんが、君の彼氏をブチのめすまでね」
「平気で女に頼るその根性、反吐がでるぜ」
「そういうのって、今どきの男女平等な世の中じゃあ差別発言になるんじゃない? 気を付けた方がいいよ、まして、大山君はホモなんだし、そんなんじゃあ世間に同性愛の理解は求められないんじゃあないのかな」
「ンだとぉっ、テメぇ……」
「勢い余って、殴りかかったりしないでよね。こんなところで共倒れなんて、間抜けな末路は君も御免だろう」
「チッ、桃川、いつまでも舐めた口きいてられると思ったら、大間違いだぜ」
狂犬みたいな鋭い目つきで僕を射抜く大山だが、それでも直接的に攻撃を仕掛けてこない辺り、『痛み返し』への警戒は徹底していると見るべきだ。
ならば、まだ僕の方に分がある。大山の攻撃力は、拳一つで僕を即死させるには余りあるほどだが、だからこそ手は出せない。
ここから先は半ば賭けにはなるけれど、この炎の壁の向こうで、メイちゃんが杉野をサシで始末するまで待機することが今の僕にできる最善策だろう。杉野が倒れ、メイちゃんが戻って来れば、流石に大山も何とかなる。
勝敗の行方がメイちゃん一人にかかっているというのは、何とも心苦しいし、万一のことを思えばリスクも避けられない。とても上策とは呼べないだろう。けれど、基本的に賭け事が嫌いな僕でも、メイちゃんならば全財産ベットできる。命を預けるに値する。
だから、僕は彼女の勝利を信じて待つだけでいい。
このまま大山を僕の前で釘付けにしているだけで、役目としては十分。流石に、大山が不利を悟って向こうに加勢しようものなら、その背中は容赦なく襲わせてもらう。黒騎士もアルファも軽く蹴散らされてしまったが、まだまだ戦う力は十分に残っている。痛みを感じないレムは、タフなんだよ。
二人はすでに起き上がり、一定の間合いを保ちながら大山の背中を睨みつけている。隙さえあれば、今度こそ攻撃を叩き込む。
「焦る必要はない、時間が有利なのは、僕の方だ」
「ソイツはどうかな。この俺が、わざわざテメェをサシで相手してやってんのはなぁ――」
大山が動く。僕もアラクネも、そして奴を挟んで黒騎士とアルファも身構える。
なんだ、まさか僕の『痛み返し』すらも無効化するような特殊な炎魔法でもあるのか。一体、この状況下で何をするつもりなのか、警戒しながら大山の動向を探っていると、奴は僕の方でも、後ろのレムでもなく、あらぬ方向へと歩き始めた。
その足の向かう先には、本来のこの部屋の主たる、クリスタルを生やした大蟹ボスの死骸があった。
「ふんっ、オラァっ!」
力強い掛け声と共に、砕けかけた蟹のハサミを持ち、大山は三重強化のスーパーパワーでもって、その大きな死骸を放り投げた。僕の方に向かって!
「うわぁっ!?」
あ、危ねーだろ、当たったら死ぬぞ、お前も!
大蟹ボスの死骸は、僕のすぐ目の前に落下し、重苦しい音と少々の血飛沫をたてて着地する。まさか、本当にこれを投げつけて僕を殺そうとしたワケではないだろう。投擲攻撃だって、普通に直接攻撃として扱われ、僕が潰れれば同時に相手も潰れるのは間違いない。
「桃川ぁ、俺にはな、テメーを倒す手段があんだよ! 焼き尽くせ、『炎砲』ぉ!」
大山が手をかざした瞬間、竜巻のような猛火が迸る。火炎放射機のように渦巻く炎に炙られれば、僕はあっという間に焼死してしまう。
「うわっ、なんだよ、熱っつ!」
だが、この期に及んで炎魔法で僕を撃つはずがない。大山が狙ったのは、ボスの死骸だった。
まるでこの場で火葬してやろうとでも言うのか、執拗に動かぬ大蟹ボスへと炎を浴びせ続けていた。あっ、ちょっといい匂いがしてきた……
「おう、暑いか、桃川?」
「なんだって」
「暑いか、って聞いてんだよぉ」
そんなもん、暑いに決まってんだろ。こんな目の前で、デッカい蟹を丸焼きにしているんだ。暑くないはずがない。
早くも、僕の頬には大粒の汗が滴り落ちた。
「俺はなぁ、炎魔術士になったお蔭か、火は熱くねぇ。せいぜい、フツーの蒸し暑さを感じる程度だぜ」
呪術師の僕が毒に強いように、天職に見合った一種の隠しステータスのようなものだ。炎魔術士には、初期スキルとは別個で火や熱に対する耐性があるのは、もっともな話。
「だから俺は今、暑くねェ。けど、テメェは暑いだろ?」
二筋目の汗が流れたところで、僕は大山が何を言わんとしているか気付いた。
「この熱気は、『痛み返し』で返らない」
「へへっ、流石はタカだぜ、読みが当たった! どうだぁ、桃川、俺はただ倒したボスの死骸を焼いてるだけ。テメーには攻撃してねぇんだよ!」
放った炎は、直撃しなければ『痛み返し』の対象にはならない。近くで燃えて「暑い」と感じることに関しては、全くの無関係なんだ。
「なぁ、人間が生きてられるのが何度までか、知ってるか?」
人間の生命維持に限界が訪れるのは、確か45度前後。それくらいの温度があれば、人は死ぬ。
これは、炎魔法を用いた罠だ。僕ではなく、その周辺に火を放つことで、気温を上げてジワジワと熱で体力を奪ってゆく。脱水症状で倒れるか、心臓が根を上げるか、脳が限界に達するか。いずれにせよ、高すぎる気温の中では、人間の生命は危機に瀕する。
「くっ、これが火計ってやつかよ」
「そこを動くんじゃねぇぞ、桃川。お前が動くより先に、俺が『火壁』を張る方が早ぇぜ。先に張ってある炎の壁に、テメー自身が飛び込んだら、それは俺の攻撃じゃなくて、自殺になるんだろ?」
今すぐ僕を火の壁で完全包囲しないのは、どの程度まで火を近づければ『痛み返し』が発動するか、正確な検討がついていないからだろう。僕だって分かんないし。
それに、あまり調子に乗って炎をまき散らせば、火の壁の向こうで戦う杉野にも高気温の影響が及ぶかもしれない。大山としては、これ以上は火を使いたくはないのだろう。
それでも、この場で僕を熱で炙り殺すには十分な火力がすでに焚かれている。
「ふぅ、はぁ……」
早くも、吐き出す息すら熱くなっている。僕が立つ周辺は、最初に展開されていた分断用の炎の壁と、目の前でちょっと美味しそうに焼かれ続けている大蟹ボスのせいで、グングンと気温が上昇していることだろう。
この温度では、そう長い時間は持ちそうもない。僕、サウナは苦手なんだよね。5分入っていられるかどうか。
このままさらに気温が上がり続ければ、僕の意識はどれだけ持つ。10分か、15分か。たとえ死ななかったとしても、僕が気絶すれば終わりだ。メイちゃん単独となれば、杉野の防御と大山の火力を前に、どこまで抗えるか……
「さぁ、どうするよっ、桃川!」
あー、どうしよう……ヤバい、これもう詰んだかも……




