第173話 赤い新車
「キョォオアアア、グガァアアアアッ!」
と、猛々しく吠えるのは、燃えるような真っ赤な鱗の赤ラプターである。
「おおー、いいぞー、カッコいいぞー」
僕はそんな赤ラプターに抱き着いては、頬ずりをして大満足。いやぁ、強敵だったからこそ、喜びも一入といったところ。
勿論、この赤ラプターは『屍人形』である。
実は一目見た時から、コイツには乗ってみたいと思っていたんだよね。そもそもラプターの騎乗動物としての有用性は僕自身がすでに証明している。まだまだ先の長そうなダンジョン攻略だ、足があるに越したことはない。
普通のラプターでも良かったのだけれど、こんな明らかに特殊な個体を見てしまったら、欲しくなるのが人情というもの。
通常よりも一回り以上は大きい立派な体躯。鋭い二本の角は生えてるし、何よりこの目立つ赤色は、由緒正しい専用機カラーリングだ。
うーん、素晴らしい。赤いスポーツカーでも買った気分だよ。カウンタックとか渾名でもつけちゃおうかな。
「ねぇねぇ、メイちゃん。スポーツカーって言ったら、どんな名前が思い浮かぶ?」
「うーん、アルファロメオ?」
「よし、お前の名前はアルファだ!」
いつまでも赤ラプターと呼ぶのもアレだしね。
「それじゃあ早速、アルファの乗り心地を試させてもらおうか」
僕が言うと、赤ラプターの三号機こと『アルファ』はクルルーと可愛らしい声を上げながら、素直に体を下げてくれる。あの狡猾にして凶暴なボスから、この従順なレムに変わるギャップが堪らない。外見はほとんど変わらないのに、今ではこんなに可愛く見えてくる。
そんな可愛いアルファちゃんには、この時のために作っておいた、新しい鞍と鐙を装着だ。ラプター用の鞍は密林塔でありあわせの材料で作ったけれど、今回はそこそこ素材は充実しているし、僕自身も一度作った経験値に加えて、さらに『簡易錬成陣』の加工力もあるのだ。前回の作品とは、比べ物にならないクオリティになったと自負できる。
赤ラプターの外観から、おおよその大きさを推測しながら作っておいたけど……よし、なかなかピッタリじゃあないか。もしかして僕、生産職の方が向いてるのかな。習得した呪術も割と生産系に使えるものも多いし。どうでしょうか、ルインヒルデ様。
ともかく、気合いの入った革張りの鞍と鐙を装着し、騎乗準備は完了。
「よぉーっし、これで夕日の海辺を爆走だっぜ!」
颯爽と跨り、手綱を握り、テンションの上がった僕の叫びと共に、赤い新車はエンジン全開で走り出し――って、速っ!?
「小太郎くん、大丈夫? 怪我してない?」
「ふへへ、大丈夫。ありがとね、メイちゃん」
予想以上の急加速に耐えかねて、あえなく落馬もとい落竜した僕は、万が一のために待機していたメイちゃんによってキャッチされた。ああー、いいっすねぇ、この後頭部を包み込む特大エアバックの感触……などと、デレデレしている場合ではない。
決して胸の感触など楽しんでいませんよという澄まし顔で、心配そうなメイちゃんに無傷をアピールしつつ、物凄く申し訳なさそうに戻ってきたアルファを撫でる。
「いやー、ごめんごめん、僕の騎乗スキルがクソ過ぎたせいで起こった事故だから、レムは気にしなくていいよ」
「クルルー」
と、落ち込んだ感じのレムを慰める。そういえば、以前にレムはアシダカ蜘蛛になった時、急に走るな、走り続けるな、と僕にお叱りを受けている。騎乗関係にはレム自身、気を付け続けていた点かもしれない。
そういう部分でまたミスをした、と思ってしまえばショックもマシマシというもので……しかしながら、今回のは騎乗者としての僕があまりにも貧弱すぎたことが問題だったと思っている。もうちょっとでも握力か根性があれば、手綱を離さずに済んだんだけど。
「とりあえず、アルファを乗りこなすのは、要練習ってことだね」
あとは、黒髪縛りでシートベルトでもしておくか。完全に括り付けられているだけの姿になりそうだが、背に腹は代えられない。アルファを全力で飛ばさなきゃいけない時なんて、きっと命の危機で決死の逃亡を図っている最中だろうからね。
ともかく、赤ラプターを倒し、屍人形へと変え、全ての目的は達した。もうこれ以上、この素敵なロケーションのホテルに滞在する理由はない。
少々名残惜しいけれど、出発するとしよう。
翌朝、出発準備も整え、僕の魔力も回復し、予定通りにホテルを出た。
思えば、昨日の赤ラプターとの戦いは、珍しく僕がメインの戦闘だったよね。メイちゃんは確実なトドメ役として最後まで隠し通していたし。
今やレムだけでなく、スケルトン&ハイゾンビという便利な捨て駒もいるから、毎回メイちゃんを前衛に出す必要性もないわけだ。今まで常に最前線だった彼女には、少しでも楽をさせてあげられたら、という男心と、適当な雑魚相手に連戦して疲れが溜まったらいざという時に困る、という合理的な戦力温存としての理由もある。
これからは僕とレムだけで対応できる相手なら、それだけで戦った方がいいだろう。もっとも、その程度の魔物ばかりが出てくるなんてことはありえないけど。
「すっごい今更だけど、何か僕だけ乗り物に乗っててごめん」
意気揚々とアルファに跨り歩き出したはいいものの、隣を歩くメイちゃんを眺めていて、ふと気づいてしまったのだ。女の子だけ歩かせて、自分はバイク乗ってる野郎とかいたらクズじゃん?
「ううん、いいんだよ。全然、気にしないで」
天使のような笑顔で応える彼女の姿に、罪悪感が。
「それに、私はこっちの方がすぐ動きやすいし、いざという時はレムちゃんが小太郎くんを乗せて逃げてくれるから、安心だよ」
そして自分の守られっぷりに、情けない無力感が……いや、仕方がない、この貧弱ぶりは僕が天職『呪術師』を授かった時点で定められた宿命なんだから。
もう今更、ルインヒルデ様に「チートな身体能力くだしあ!」なんてお願いできないし。
「ありがとう。そう言ってもらえると、助かるよ」
「私のことは気にしないでいいよ。小太郎くんも、乗りたかったんでしょ?」
うわー、僕の子供じみたライディング願望まで見抜かれていて、恥ずかしい。
ともかく、気持ち的にも現実的にも、メイちゃん用の騎乗レムを用意する必要性はなさそうだ。確かに、いざって時は何かに乗っているよりも、徒歩でいる方が素早い対応が可能。少なくとも、アラクネの蜘蛛糸一本釣りくらいまでは、対処できることが証明されているし。
そんなワケで、僕だけアルファに乗って、海辺の遺跡街を進んでゆく。
先頭を行くのは、無事に森から帰った黒騎士レム。次に僕とメイちゃんが続き、後ろにはすっかり輸送部隊ぶりが板についてきたアラクネ。
それから、最後尾には四号機ミノタウルスがノシノシ歩いてついてきている。
黒騎士とミノタウルスを同時に使わないのは、あくまで戦闘面でのスペックが落ちるからであって、同時に動かせないワケではない。
ボス素材もつぎ込んだミノタウルスの性能は、なかなかのものだ。昨日の戦いぶりからでもそれは明らかで、あの一戦で使い捨てるには勿体ないかなと。基本、僕ってケチだしね。
なので、黒騎士レムの予備機体として、ミノタウルスも同行させることにした。とりあえず、歩いてこさせる分には支障もない。
しかしこれ、傍から見れば、リビングアーマー、赤ラプター、アラクネ、ミノタウルス、とそれなりの魔物が四体も揃っているんだから、結構なモンスター部隊だよね。これにオマケでハイゾンビとスケルトンもついてくるわけだし。
うっかりクラスメイトと出くわしたら、弁解の余地なく戦闘に突入してもおかしくない面子だ。
「でも、今回はこっちが先に捕捉できているから……メイちゃん、そろそろ近いよ」
「うん、分かったよ」
全体、一時停止。僕もアルファから一旦、降りる。ここで休憩タイム、というワケではない。
「ここから1ブロック先にある、僕らが拠点にしてた海辺のホテルみたいなところに陣取っているらしい」
「私が先に行って見てこようか?」
「その前に、レムだけで先行させる。もっと詳しく状況を見てから、接近しよう」
「ねぇ、小太郎くん……殺すの?」
「それは、あの二人の実力次第かなぁ」
大山大輔と杉野貴志。あの二人のことを、僕はずっと探していた。
拠点にしていたホテル内に、二人が戦闘した痕跡を発見してから、とりあえずその辺の鳥を出来る限りレム化させて、彼らの捜索も開始した。
第一の目的としては、大山杉野コンビが、赤ラプター迎撃のためのホテル近辺にいるかどうか、警戒するため。ほぼ敵対が確定している奴らが、囮作戦中に乱入されては堪らない。僕らの存在には気づいていないとは思うが、それでも近くに潜伏していた場合、無用なリスクを背負う事になり、そうなると囮作戦も根本から見直さないといけなかった。
幸い、レム鳥達の警戒網によって、本命の赤ラプター軍団の動きは捕捉できていたし、大山杉野も近くにはいない、ということも判明した。
無事に赤ラプターを納車することに成功したワケだが、大山杉野の動向は探り続けなければいけない。囮作戦が終わっても、予期せぬタイミングで奴らと鉢合わせるのは御免だ。
そして現在は第二の目的として、彼らの捜索と追跡を行っており……今さっき、先行させていた鳥が戻り、現在の二人の正確な所在地を掴んだということだ。
「僕らが先に向こうを発見しているのは、大きなアドバンテージだ。チャンスがあればコアを取り戻すために襲ってもいいし、全く隙がないほど強ければ手を出さない方がいい」
「それじゃあ、ひとまずは観察? 監視? するっていうことになるのかな」
「うん、そういうこと」
欲しいのは、何よりも情報である。
あの二人がそれなり以上の戦闘能力を有しているのは明らかだ。特に杉野は山田を瞬殺してみせたように、『重戦士』の硬い防御力に加えて、リアルの格闘スキルも合わせ持っている。多分、いくらメイちゃんでも、首を絞められれば山田と同じようにあっさりダウンさせられてしまうだろう。素手による格闘戦は避けて欲しいところだ。
大山の方も、ホテルで見たジャジーラの死骸からして、中々の火力がありそうだ。そもそも、火属性といえばファンタジー作品でも攻撃魔法の花形だ。でも個人的には、ホテルのジャジーラとの戦闘の跡を見るに、壁や天井に余計な焦げ跡がみられかなかったことから、大山は大火力をぶっぱなすのではなく、正確に火球をコントロールしてぶつけているように思えた。
炎の攻撃力に、正確無比なコントロール力もあるとすれば、かなり厄介な後衛である。
現時点で予測できる二人の能力はざっとこんなところだけれど、切り札なんかを隠し持っている可能性は高い。彼らの手札を、道中での魔物の戦闘とボス戦とで、出来る限り明らかにしておきたい。
「できれば、このエリアのボスを二人に倒してもらって、横取りできればベストかなぁ」
「小太郎くんは、あんまり二人のこと、殺したくないの?」
「どうだろう……今更、人殺しに抵抗が、なんて言っても説得力ないし」
僕はすでに、二人もの人間を殺している。樋口恭弥と、レイナ・A・綾瀬。そのことを、後悔はしていない。あの二人は、どうしても僕が殺さなくてはならない、紛れもない敵であったから。
そう思えるだけの動機があったんだ。でも、大山と杉野の二人には……確かに、コアを奪われたのは屈辱だし痛手ではあったけど、殺したいほど憎いかと問われれば、ノーと言わざるを得ない。
恨みが足りない。憎しみが足りない。
けれど、二人を殺すことには確かな理がある。敵対者である二人を排除することは、イコールで僕らの安全に繋がるのだから。
「ごめん。やっぱり、積極的に殺したくはないかな」
己の利のためだけに、躊躇なく殺人ができるのは、樋口と同じ冷酷非道である。そんなアイツと同じになるのは御免だ……なんて、誇り高い理由が言えればカッコいいんだけれど、あんまりそういうプライドは湧いてこない。
端的に言って、怖いのだ。
ここまでダンジョンを進んでおきながら、人を二人も手にかけておきながら、それでも僕はいまだに、冷酷な殺人マシーンになれるほど、精神力が強くはない。
呪い殺してやる。そう心から思えるような相手でなければ、人殺しをする決心もつかないとまぁ、そんな情けない感じである。
「ううん、いいんだよ。小太郎くんは優しいから」
「身内に甘いだけだよ」
その程度なら、誰だってもってる当たり前の気持ちだよ。ほら、ヤンキーとかヤクザとかも、仲間内とか身内に対しては優しいでしょ?
「ふふふ、私は分かっているから。そう、だから、私がやってあげる。小太郎くんが手を汚す必要なんて、どこにもないんだよ」
「いやぁ、それはそれで、罪悪感のある行いだと思うんだけど」
トドメだけ人に任せて、自分は不殺を貫いた聖人君子だと胸を張れっていうの? いいね、それ、大真面目にそんなことを言えるなら、自分だけ超高性能なワンオフ機に乗りながら、戦場で敵の雑魚機を手足や武器だけぶっ壊して無力化する、不殺無双も心から楽しめそうだよ。戦場で武器もなく、動けなくなった敵の末路なんて、考えるまでもないというのにね。自分はトドメは刺してないから、人を殺していないから、壊しただけだから。確かにそれは事実ではあるけれど、現代の法律だと、明らかに死ぬと分かっていながら放置するのって、普通に罪に問われるはずだよね。パチンコしに行く間に車に赤ちゃん放置していくのは、ほぼ殺人なんだよね。
「だから、あの二人を殺さなきゃならないなら、一緒に殺人罪を背負ってくれる方が気が楽かな」
うん、その辺がちょうどいい。一方的に甘えるよりも、共犯者という方がよっぽどマシだ。
「そっか、じゃあ、その時は、二人だけの秘密だね」
あーあ、折角のロマンチックな台詞が、秘密の内容が血生臭いせいで台無しだよ。
「ともかく、まだ二人を殺すかどうかは未定だから。まずは監視を徹底して、その上で方針を決めよう」
結局、僕は覚悟をうやむやにしたまま、行動を起こすことにした。
メイちゃんにここまで言わせて「うん、殺す!」と笑顔で応えられない辺り、男としては情けない気もするけれど、自分で自分のメンタルを守るのも、大切だと僕は思うんだよね。
2019年1月4日
新年、明けましておめでとうございます。
今年も同時連載で『呪術師は勇者になれない』を更新していきたいと思います。勿論、完結の気配はありません。
それでは、今年もどうぞよろしくお願いします!




