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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第12章:それは荒ぶる野獣のように
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第172話 囮作戦2号

「ウォオオオオオオオオオオッアアアアアアア!」

 けたたましい雄たけびを上げて、森の中を進む異形の人型達。生々しい赤い筋線維が剥き出しのボディに、骨のような白い甲殻を鎧のように纏っている、ゾンビよりも危険なアンデッドモンスター。 小太郎が『ハイゾンビ』と呼ぶ魔物が七体、海辺の森を全力疾走で駆け抜けていく。

「グゴ、ガガガ」

 そしてハイゾンビ達を引き連れ、先頭を進むのは漆黒の騎士。泥人形の栄えある初号機である、黒騎士レムだ。

 右手に槍、左手に大盾を携え、その重厚な巨躯にも関わらず、ハイゾンビと同じ速度で走っている。

「キー、チチチ」

 小さな羽音と、小さなさえずり。木陰から黒いスズメのような小鳥が飛び出すと、そちらの方向へとレムとハイゾンビ隊は足を向ける。

 黒い羽の小鳥は、勿論、レムである。

 戦闘能力を持たないか弱い小動物は、小太郎の制御力をほとんど消費しない、実に低コストのユニットとして使役が可能。戦う力は持たないが、空を飛ぶ羽と、それなりの視覚を有する鳥は、索敵役としてこれ以上ないほど適している。

 複数羽のレム鳥を放つことで、赤ラプターの率いる群れを探し出すのだ。

 小太郎から与えられた命令の第一目標は、赤ラプターの討伐。

 正確な群れの数は不明だが、黒騎士レムとハイゾンビ部隊ならば一方的に敗北することはない。上手くいけば、黒騎士の力押しで赤ラプターを討ち取ることもできるかもしれない。

 だが、それはくまで、相手と正面対決になった場合に限る。

「キョォオアアアアアアアアアッ!」

 森の一角にて、ついにラプターの群れが、レム達に襲い掛かってくる。

「グガガ!」

 今更、ラプター如きに遅れはとらない。鋭い槍の一突きにて、飛びかかってくるラプターを確実に仕留めつつ、大盾のガードで爪も牙も寄せ付けない。

 配下であるハイゾンビは、殴る蹴る噛み付く、くらいしか攻撃方法はないので、ラプターを一撃で倒すことはできない。だが、スケルトンを遥かに上回るタフネスとバイタリティとによって、ラプターに倒されることもない。アンデッドモンスターの面目躍如とでもいうように、ラプターの猛攻を耐え凌ぐ。

 そうして耐えていれば、すぐに黒騎士レムはトドメを刺してくれる。攻撃役と足止め役という役割分担によって、レムの部隊はラプターの群れを屠って行く――だが、一向にボスである赤ラプターが現れることはない。

 いや、レムはすでに知っている。自分が決して、赤ラプターとあい見えることはないと。

 それは予感でも予測でもなく、単純な事実として、己の目たるレム鳥からの視覚情報によって確定している。

「――ようやく来たな。待ってたよ、赤ラプター」

 そう、不敵な笑みを浮かべる主の姿を、また別の自分の視覚に収めながら、黒騎士レムは、そこで己の役目を全うしたことを確認し、その場で機能を停止した。




「――ようやく来たな。待ってたよ、赤ラプター」

 浜辺のど真ん中に佇む僕の前に、グルルル、と唸りを上げて、赤ラプターは姿を現した。次々と配下のラプター達も森から飛び出し、あっと言う間に包囲網を形成していく。

 うわ、思ったよりも多いな。夜襲で見た時よりも数が多い気がする。奴が率いる全戦力を投入といったところか。

「思ったよりもギリギリの戦いになりそうだ」

 赤ラプターが僕の前に現れたのは、エースの一角、黒騎士レムが僕の傍を離れたからだ。

 僕は黒騎士レムに、ハイゾンビ部隊を随伴させて、赤ラプターの討伐に向かわせた。運よくこれで倒せればいいけど、勿論、そんなことあるわけもなく、護衛の戦力が低下したこのタイミングを狙って、赤ラプターは動いたのだ。

 森の中は奴らの縄張り。そこそこの数のラプターを残しておけば、黒騎士レムをその場で足止めできる。事実、黒騎士レムはつい先ほどまでラプターの群れと戦闘をしていた。

 今は機能を停止して、ただの抜け殻になっているけれど。

「さぁ、来いよ。これで僕を守るのは、メイちゃんだけだぞ」

「キョォオオッ、ァアアアアアアアアアアア!」

 応えるかのように、赤ラプターが高らかに吠える。

 そして、それが開戦の合図となった。

 ラプター達は唸りを上げて、猛然と僕の立つ砂浜へと走り出す。

「朽ち果てる、穢れし赤の水底へ――『腐り沼』」

 珍しくフル詠唱で『腐り沼』を発動させる。

 この呪術は前の夜襲で見せている。すでに効果は明らかだ。

「ふーん、部下にも対策は教えたってとこ?」

 触れるだけで酸の毒によるダメージが発生するが、一瞬で致命的な負傷にはならない。足が絡んだり、長く浸かっていると取り返しのつかないダメージを食らうが、逆にいえばちょっとくらいなら耐えられないほどではない。

 そこでラプターのとった行動は、ジャンプである。

 広げた腐り沼は仕込みのお陰で、結構な面積を誇っている。ラプターの脚力をもってしても一っ跳びには越せない。けれど、途中で一回着地して、もう一回か二回、ジャンプすれば渡り切ることが可能。勢いに任せて飛び跳ね続ければ、ほとんど酸を食らわずに突っ切ることが可能――と、思うだろ?

「ギョアッ、ォボオァアアアア!?」

 先陣を切ってジャンプしてきたラプターが、沼のど真ん中へ着地すると同時に、溺れた。

 ドボーン! と盛大な毒の飛沫を上げて、ズブズブとラプターの体は沈んでゆく。

「馬鹿め! デカい水たまりじゃあないんだよ!」

 魔法陣を描いて、供物を捧げて、と一通りの儀式をすれば『腐り沼』は文字通りに沼のような深さにすることができる。面倒な手間がかかるため、普段の戦いでは使えないけれど、罠として仕掛けておくなら有効だ。

 これを使ったのは、ソロでバジリスクに挑んだ時以来。あれから、僕だって成長している。自分でも、儀式込みの全力発動の『腐り沼』がここまで大きく、深く、なるとは驚きだ。前のハイゾンビボスの時も、これだけの『腐り沼』が展開できていればヌルゲーだったのに。

 でも、久しぶりにデカデカと魔法陣をお絵かきして、せっせと血生臭い供物を用意するのは、やっぱり面倒くさいんだよね。今回は、全て囮役の『双影ふたつかげ』を操作してやったのだけれど、あんまり自分でやるのと手間は変わらない。

 まぁ、今回は囮を砂浜で遊ばせておくという時間もあったし、儀式の準備も良い暇つぶしになった。何より、これだけの効果を得られたのだから、作戦としては上々だろう。

「キョアッ、オウ、グォオウ!」

 一斉に飛び込んで行った先頭の数匹が毒沼に沈んだのを見て、赤ラプターが吠える。その途端に、後続の奴らが足を止めたから、恐らくは攻撃停止の命令を叫んだのだろう。

 毒沼の水際でラプター共はウロウロしたり、無意味に周囲をグルグル回ったりし始める。

今回の『腐り沼』は僕が立つ地点を中心に、ドーナツ状に沼を形成しているので、回り込むことも不可能だ。完全に包囲されるように、沼の向こうにはラプター達がひしめいているが、誰も足を踏み出そうとはしない。

 流石の赤ラプターも、深い毒沼の攻略に悩んでいる模様。あるいは、時間経過で効果が衰えるのか、待っているのかもしれない。

 だが、遠からず聡明な赤ラプターは撤退を選ぶだろう。僕という相手が、罠を張って待ち構えることができるということを学習し、今後二度と、僕が拠点で張っている間は襲わないことを選ぶはず。

 けれど、それではダメだ。より警戒心を高めた赤ラプターに、今後も狙われ続けるのは最悪のプレッシャーとリスクである。

「だから、お前はここで倒す。絶対に逃がさない」

 さぁ、ここでいよいよ、本日の主役の登場だ。ザッパーン! と海から勢いよく飛び出してくるのは、ヒレを持つ魚人ではなく、角を持つ猛牛頭の巨躯。

 レム四号機、通称ミノタウルス。ハイゾンビボスとミノゴリラ譲りのマッシブボディと、大蟹甲羅の鎧兜を纏った、期待の新人、もとい新型機である。

 右手には大剣、左手にはメイス、それぞれ黒騎士から流用した武器を握りしめ、ヤル気満々といった様子。

「よしよし、『乗り換え』は上手くいって良かった」

 黒騎士レムを突出させる、という戦力分断という愚を僕があえておかしたのは、帰って来られるからだ。物理的に存在している黒騎士のボディは、召喚術のように瞬時に呼び戻すのは不可能だけれど……レムそのものは、帰って来られる。正確には、レムの自我や魂といった本質の部分は、どうやら僕の本体の中にあるらしく、常に一緒。泥人形で用意した体は、『双影』と同じように操作するだけの器、アバターみたいなものに過ぎない。

 だから、レムには黒騎士から、この海の中に隠しておいた四号機ミノタウルスへと、操作する体を変更してもらった。

 強力な黒騎士とミノタウルスは、同時に行使することはできない。けれど、どちらか片方を動かすだけなら、十全に能力を発揮できる。そしてレムが体を変更するのに、何のコストも時間もかかりはしない。

 今頃、黒騎士の方は森の中で置物と化しているだろう。放置するのは心配だけど、頑丈だからラプター程度に齧られてもビクともしないから、問題なく後で帰還できる算段だ。

「グルルル、ギョワッ、クアアーッ!」

 ミノタウルスの出現で、赤ラプターが上ずったような声を上げていた。流石に焦っているようだ。

 そりゃあそうだろう。黒騎士レムが分断されたからこそ、有利と判断して襲ってきたのに、黒騎士に匹敵する戦力が新たに出現したのだ。作戦の根底がひっくり返ったも同然。

 僕が張った深い毒沼は、まだいい。一度撤退すれば、次に生かせる程度の障害。だが、このミノタウルスは、自身の退路すら危うくなる。

「雑魚はどれだけ逃がしてもいい。でも、赤タプターだけは絶対に逃がすな」

 前方には、突破不能な深き毒沼。そして今、後方をミノタウルスが塞ぎにかかる。

 ダメ押しとばかりに、ここで魔力を振り絞ってハイゾンビを再召喚。黒騎士に随伴させた方はラプター相手に全滅しているので、魔力さえつぎ込めば、また7体を新たに召喚することが可能である。

 さらにオマケで、今ならスケルトン部隊13体もおつけします!

 召喚術を一気に全力行使したら結構ごっそり魔力が持っていかれたよ。でも、これで戦況は一気に優位に傾いた。あともうちょっとだ、頑張れ僕。

「ウゴゴゴ、グガァアアーッ!」

 ミノタウルスの雄たけびと共に、ハイゾンビとスケルトンが唸りを上げて、大将たる赤ラプターの首を目指して、敵陣に突撃を仕掛けた。

「キョォアアア、アアーッ!」

 そこから先は、ミノ・ハイゾンビ・スケルトン混成部隊と、ラプター軍団との、壮絶なモンスターバトルが繰り広げられた。

 ミノタウルスは黒騎士並みのパワーでもって、大剣とメイスを振り回し、飛びかかるラプターを次々と薙ぎ払う。ハイゾンビとスケルトン達も恐れ知らずにラプターに向かってゆき、赤ラプターへの道を切り開く。

 だが、死にもの狂いで反撃するラプターによって、ハイゾンビの体は爪に引き裂かれ、牙で食い千切られ、次々と散ってゆく。スケルトンは、さらに凄い勢いでどんどんぶっ壊される。

「じゃあ、どんどん追加で」

 まだ僕の魔力は残っている。ハイゾンビもスケルオンも、やられた端から再召喚で戦力補充。戦力の逐次投入って最下策だけど、7体という定数が決まっている以上は仕方がないよね。うーん、使い続けていれば、最大数の上限も上がるのだろうか。

 そんなことよりも、そろそろ僕の魔力ががが……

「グルル、キョアワッ、ギョオアアアッ!」

 さて、事ここに及んで、いよいよ赤ラプターも進退窮まり、覚悟を決めたといったところか。

 毒沼の向こうで、偉そうに腕を組んで仁王立ちしている僕に向かって、射殺さんばかりに鋭い視線を向けてくる。

 どうやら、リスクと犠牲を覚悟で、僕を狙ってくるようだ。

「ォオオオアアアアアアアアアアッ!」

 赤ラプターの号令一下、ラプター達が最初と同じように、一斉に毒沼へと飛び込んできた。

「黒髪縛り」

 当然、次々と沼に沈んでゆき、僕の下には到底、辿り着くことはできない。この深さでは、群れの全てを放り込んで、ようやく水面まで届くかどうかといったところ。

 簡単に、死体で架け橋などできるものか。

 僕は念のために『黒髪縛り』で飛んでる奴らの邪魔をしながら、着実にラプター共を毒の水底へと引きずり込んでゆく。

「グァアアア! ギョォオアアア!」

 悲痛なラプターの叫びがそこかしこで上がり、最早、戦いというより虐殺のような凄惨な光景となりつつある。でも、悪いけど僕には敵に容赦ができるほど、強くはないんだよね。

「グォオオオアアアアアッ!」

 ほらね、油断したら即死だよ。

 獰猛な叫び声を響かせて、僕の頭上から飛び掛かって来たのは、やはり、赤ラプター。

 仲間を次々と毒沼に沈ませて、橋はできなかった。けれど、即席の足場にはなった。

 赤ラプターは沈みゆく仲間を踏み台にして、見事に毒沼を渡り切り、武器も持たずに海パン一丁の無防備極まる僕に――僕の偽物に向かって、その爪と牙を突き立てた。

「ようやく、ここまで来てくれた。待ってたよ――黒髪縛り」

 単なる分身に過ぎない『双影』に、痛みはない。何の危険もない代わり、その身に『痛み返し』も宿らない。

 でも『黒髪縛り』くらいなら使えるんだよね。痛みも恐怖もないから、僕は死の寸前、もとい分身が消滅するその瞬間まで、全力で戦い続けることができる。

「クワァアアアっ!?」

「あはは、やっと気づいたか。僕が偽物だと見破れなかった時点で、お前の負けなんだよ」

 深々と僕の白い貧弱なボディに喰らいついて、ようやく人間ではない、血の通う動物ではないことに赤ラプターは気が付く。

 魔力の塊でしかない影の体は、実に味気ないだろう。悪いね、最後に口にできたのが、こんな水よりも歯ごたえの無い肉体で。

 全て、自分をここまで誘き寄せるための罠だったと、赤ラプターならば悟っただろう。偽物の僕に拘束され、彼の心中は如何ほどか。

 死にもの狂いで、それでいて、冷静な戦士のように、素早い身のこなしで偽の僕を爪で切り裂き、体を縛る黒髪を尻尾のノコギリ刃で切り払う。

 けど、どんなに速くても、この一瞬、ここで動きを止められたお前の運命はもう変えられない。

「ハァアアアアアアアアアアアアッ!」

 死神の鎌、いや、狂戦士の刃が、振り下ろされる。

 ホテル三階で待機していたメイちゃんが、そこから全力の大ジャンプをかまして、ここへ斬り込んできたのだ。

 ホテルからここまでは、それなりに距離はある。赤ラプターとしても、もしホテルからメイちゃんが現れても、すぐに察知して退くことができると考えていたはずだ。

 潜むには近すぎず、ギリギリで襲撃を決意させる程度の距離。この数十メートルを、一度で跳躍できるメイちゃんの身体能力があるからこそ、最後の必殺の罠は完成した。

 偽物の僕を囮に赤ラプターを誘き寄せ、メイちゃんが仕留める。

「ふぅー、囮作戦、成功だ」

 分身が消滅し、本体へと意識が戻った僕は、ホテルの上から、赤ラプターの首を掲げながら、笑顔でこっちに手を振るメイちゃんと、その後ろで、散り散りになって逃げだすラプター達の姿を眺めながら、見事な勝利に満足した。

 2018年12月28日


 今年最後の更新となります。黒の魔王と違い、こちらはほどよくキリのよいところで終われたかなと思います。

 来年の更新は、1月4日となります。

 それでは皆さん、よいお年を!


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