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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第12章:それは荒ぶる野獣のように
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第169話 赤ラプター

 モササウルスみたいな大型水中モンスターに速攻でジャジーラが食われたその後、僕らは海岸の反対側に広がる、これまでのジャングルエリアと似たような森に入って野営をすることにした。海辺にはジーラがよく出没するから、見晴らしの良い海岸線で野営するのは避けたい。かといって、森の中も安全とも言い難いけど、今回はジーラの脅威を優先するということで。魚人なアイツらは、わざわざ森の中に分け入って探索はしてこないはずだし。

 僕らの野営地は、大木の間に張り巡らせた大きな蜘蛛の巣となっている。というか、アラクネの巣そのものだ。

 大きな蜘蛛の魔物であるアラクネが巣を張れば、当然、人間が上に乗っても破けることはない。つまり、僕らにとっても立派な足場として利用できるということ。アラクネの屍人形であるレム二号機の能力をフルに使えば、生前と同じように巣を張ることはできるし、利便性を考慮して粘着質ではない糸だけで巣を作らせることも可能だ。

 手間はかかる、けれど、それだけの価値はあるだろう。ここは魔物からの安全が保障されている妖精広場の外である。就寝中に対する備えは、出来る限りするべきだ。

「よし、こんなもんでいいだろう」

 アラクネと協力しながら、ようやく完成した本日の野営地を見て、僕は満足気に頷く。

 眠る時は、上の蜘蛛の巣まで登る。黒髪縛りで縄梯子をかければ、わざわざ木登りする必要もない。

 上には僕とメイちゃんと、あとアラクネが待機となる。地上での夜間警護には、黒騎士レムと三号機。一応、スケルトン部隊も出しておこう。泥人形と髑髏なら、わざわざ獲物として狙ってくる奴もいないだろうし。

「小太郎くーん、ご飯できたよー」

 と、いつものようにメイちゃんに呼ばれて、今日も美味しい晩御飯をいただきます。

 本日の献立は、カニ、カニ、カニ尽くし。たまたまデカい蟹がとれたからね。正確には、蟹型の魔物なんだけど。

 ルークスパイダー並みの分厚い甲殻に、ナイトマンティスのように斬れ味鋭い刃のハサミを持つ、凶暴そうな蟹だった。実際、僕らを見るなり唸りを上げて襲い掛かって来たから、立派なアクティブモンスターである。

 でも、そんな恐ろしい大蟹も、我らが狂戦士メイちゃんの手にかかれば、カニ尽くしフルコースの出来上がりである。いやぁ、食べられる魔物って、ありがたい存在だよね。

「味の方は……かなりタンパクだけど、ほのかな旨味が」

 うん、美味い。魔女鍋でグツグツとボイルした剥き身は、タラバガニを若干、薄味にしたような感じであった。

 肉でも魚でもない、この感じが美味しいんだよね、甲殻類って奴は。

「これだけ大きいと、ミソも沢山とれていいよね」

「ねー」

 とか言ながら、鋭い棘の生える攻撃的な頭の甲羅を皿に、カニミソをつつき合ったりして、存分に堪能させてもらった。

 夕食の後は、装備の手入れをしたり、僕は古代語の勉強とか、メイちゃんは新食材の研究とか、ほどほどに済ませてから、就寝する。火で灯りを確保することはできるけれど、わざわざ火を焚いてまで夜更かしする意味はない。陽が沈めば眠り、夜明けと共に目覚める。これが野宿の基本。まぁ、巨大ダンジョンの屋内だけど。

 というワケで、すっかり辺りも暗くなったので、お休みなさーい。

「……小太郎くん」

 耳元で囁かれたその声に、僕はハっと目を覚ます。

 暗い。真っ暗だ。まだ夜は明けていない、というか、完全に真夜中だろう。

 何も見えない。けれど、すぐ傍にメイちゃんがいることは分かる。多分、顔、めっちゃ近い。

「え、なに」

 起きたばかりの僕は、寝ぼけた間抜けな感じで応えてしまう。

 こんな夜中になに。どうしたの、ついに夜這いイベント到来? 夢オチとかは勘弁してよね。

「敵が来る。多分、もう囲まれていると思う」

「マジでっ!?」

 色気の欠片もありはしない、実に端的な敵襲の報告に、僕の頭は一気に覚醒。驚きと焦りで思考の回転率を上げながら、敵による夜襲を察知した場合のシミュレーションを思い出す。

「敵は」

「魔物で間違いないよ。かなりの数が群れてる……けど、かなり静かに動けるみたい」

 だから、まだレムも敵襲の合図を出していないのだろう。眠ってたメイちゃんの方が先に敵を察知するとは、狂戦士の直感恐るべしと言ったところか。レムは万が一にもサボることはありえないからね。

「クラスメイトじゃないだけマシかな。でも、強敵っぽいなぁ」

 まだレムは敵の存在に気づいてない、というか、僕が報告を聞いたから、もう伝わって警戒態勢に移行してはいるけど、ともかく、僕らを静かに包囲できる行動がとれる時点で、ただのゴーマの群れとは別格だ。ジーラの精鋭による特殊部隊でも攻めて来たか。ネイビージーラズ、みたいな?

「ここは捨てる。海岸まで出よう」

 こんな真夜中に仕掛けてきたということは、相手は夜行性。それでいて、森の中での行動に慣れている。開けた海岸まで出れば、それだけで縄張りを脱して追って来ない、という可能性もある。

 敵が群れで、僕らよりも数が多いことが分かった上で、包囲されやすい開けた砂浜に出るのは悪手に思えるが、夜の森の中で囲まれるよりは、砂浜の方がマシだろう。森の中では、どれだけ松明を焚いても闇は払いきれないからね。地の利は向こうにある。

「それじゃあ、行くよ、小太郎くん!」

 手早く装備を身に着けて、メイちゃんが僕を、盾を持っている左腕で抱える。

 ギュっと柔らかなボディに密着できて役得、でも、すぐに勢いと浮遊感とで、堪能するほどの余裕は吹き飛ぶ。

 敵は今にも僕らへ一斉に襲い掛かって来そうな状況。だから、アラクネの巣の上から、メイちゃんに抱えてもらって一気に飛び降りるのだ。

 ズン、という着地の衝撃。でも大丈夫、僕の頭はエアバックとは比べるのもおこがましい、人類が持ちうる最高の柔らかさによってガードされているから。すっごい、ブルンとして、たゆんとして、顔が埋まって一瞬息ができなくなったよ。すみません、今のもう一回やってもらっていいですか?

「撤退だーっ! 火を灯せぇーっ!」

 内心デレデレしつつも、僕はレムとスケルトン部隊に向かって、大声で叫ぶ。

 夜間警護をさせるにあたって、全員に松明を支給している。彼らだけで瞬殺できる程度の雑魚が近寄ってくるだけなら必要ないが、真っ当に迎撃することになれば、まず灯りはいるだろう。レムはかなりの暗闇でも視界は効くようで、スケルトンも最底辺でもアンデッドというべきか、夜目は効くらしい。だから、真夜中でも行動するに支障はないけど、ほら、僕は見えないじゃん?

 人数分の松明が灯り、周辺はそれなりに明るくなった。少なくとも、足元の木の根に躓くことはない程度には。

 メイちゃんを先頭に、次に僕、隣に黒騎士レムと三号機、そのすぐ後ろにアラクネが。スケルトンは全員後続部隊。ほぼ一列縦隊となって、僕らは夜の森を走り始める。

「キョォオアアアアアッ!」

 静かな森に響き渡る、けたたましい鳴き声。

「フンッ!」

 直後に、狂戦士の裂帛の気合いと共に、鋭いハルバードの一撃が繰り出されていた。

 鈍い肉を叩き切るような音と、短い悲鳴が轟く。包囲の一角に侵入したか、あるいは、逃げる僕らに対して飛び掛かって来たか。判別はつきがたいが、ともかく、いよいよ敵が現れた始めた。

「相手はラプターだったか」

 メイちゃんが仕留めた奴は、派手に血飛沫を上げながら茂みの向こうにぶっ飛んで行ったが、チラっと見えただけでも、その肉食恐竜のシルエットははっきり分かった。

 松明が照らす闇の向こう、そこら中からギャーギャーとラプター達の鳴き声もうるさいほどに聞こえてくる。やはり、僕の見間違いでもなく、相手はラプターで確定。

 既知の魔物で、少し安心する。いつだって初見の相手は恐ろしいからね。

 ラプターは、群れる系の雑魚モンスの中では上位の強さを誇る。俊敏な動作に、鋭い爪と牙を持ち、鱗の防御もそれなりだ。コイツらに勝てる群れ雑魚モンスは、ゴアしかいないだろう。

 メイちゃんの口ぶりからして、今回の群れは今までにないほどの数がいるようだけど、狂戦士として成長を続けた彼女に、リビングアーマーの戦闘力を獲得したレム、それと僕やスケルトンなどのプラスαがあれば、まず戦力的に負ける要素はない。夜の森を抜ければ、さらに僕が死角からピンポイントで狙われ事故死、みたいな可能性もなくせるので、海岸まで出られれば、勝利は盤石――

「小太郎くん、砂浜に出――っ!?」

 深い茂みを突き破るように突破し、砂浜まで出たメイちゃんが動きを止める。

 どうしたの、と問うより前に、すぐ後ろに続く僕は、状況を理解した。

「ウソだろ、大蟹が三匹も……こんな時に!」

 砂浜には、大きく鋭いハサミをジャキジャキさせて、ヤル気満々な今日の晩御飯こと大きな蟹の魔物がいた。しかも三匹。昼間のエンカウントした時は一匹だけだったのに、コイツらも地味に群れるのか。

 一匹だけなら、楽勝だった。メイちゃんが瞬殺してくれる。二匹でも大丈夫。一匹目はメイちゃんが、二匹目は黒騎士レムがあたればいい。

 だが、三匹だとどうだ。少なくとも、瞬殺とはいかない。メイちゃんが、レムが、一匹ずつ仕留めている間、三匹目はフリーとなる。

 大蟹はルークスパイダー並みの甲殻だ。普通に攻撃して叩き割れるのは、狂戦士と黒騎士くらいで、ノーマルよりちょっと強化した程度のレム三号機では難しい。それでも、僕もアラクネもスケルトン部隊もいるから、足止めくらいはできるが……背後からは、ラプターの群れが迫っている。

 前門の蟹、後門のラプター。虎と狼に挟まれるよりマシかもしれないが、あまり良くない形成だ。

「蟹はメイちゃんに任せる! アラクネが援護!」

「うん!」

「シャアア!」

 とりあえず、メイちゃんに任せておけば、大蟹三匹も順当に倒してくれるはずだ。アラクネ二号もサポートにつけてるから、万が一ってこともないはず。

 後は、黒騎士レムと三号機を前衛に、スケルトンを壁に、僕が追撃してくるラプターを迎え撃つ。ハイゾンビの無限湧きよりかは楽な相手だと思いたい。

 それにしたって、こんな時に、まるで僕らを待ち構えているように大蟹という全く別の魔物が現れなくたっていいのに。今日の運勢は最悪なのだろうか。泣きっ面に蜂、不幸が重なりますので、外出は避けるように、なんて――いや、待てよ、これは本当にただの不運、偶然なのか?

「キョォオオアアアアアアッ!」

「いつも通りだ、レム。広がれ、『腐り沼』」

 まずは『腐り沼』を引いて、地の利を得る安定の戦法。ラプターは跳躍力があるから、一足飛びに越えられないよう、気合いを入れて広めに沼を作る。

 レムは黒騎士も三号機も、共に毒沼を活かした立ち回りはすっかりお手の物。十分な助走をつけた上で飛び越えようとする奴がいれば、真っ先に妨害もしてくれる。最悪、飛ばれても黒髪で邪魔をすれば落とすことはできるし。

 スケルトンの方は、あまり良い動きとは言えないが、ただ毒沼の水際で戦っていればそれだけで十分だ。

 あとは、僕が可能な限り援護して敵を食い止めるだけ。『黒髪縛り』で沼に引きずり込み、『赤髪括り』でちょっかいをかけて牽制。それから、『愚者の杖』に『呪術師の髑髏』を装填すれば、ラプターならほぼ即死級のダメージとなる『ポワゾン』もぶっ放せる。

「よし、行ける。これなら、このまま倒し切れる」

 今までも、大体はこの布陣で凌いできたのだ。僕自身にも確かな攻撃力が得られる『ポワゾン』まであれば、若干の余裕があるほど。押し寄せるラプターの群れは、僕らを前に明らかに攻めあぐねていた。

 野生の魔物であるラプターは、馬鹿ではない。そこそこの数が倒されれば、割に合わないと察して必ず逃げ出す。経験則でいけば、そろそろ諦めて退いていく頃なんだけど――

「シャオッ!」

 一瞬、視界の端に赤い影が過った気がした。

 なんだ、見間違いか、それとも目の錯覚か――いや、違う。

「赤い奴が一匹混じってる」

 ラプターの亜種だろうか。それとも、ソイツがボスか。どちらにせよ、赤色のラプターがいるのは間違いない。

 ラプターなら亜種になっても、せいぜい炎を吐くとかそれくらいの強化具合だろう。けれど、どんな隠し玉を持ってるか分からないので、排除するなら最優先。

「どこだ」

 目立つ赤色のはずなのに、かなりの速度で動き回っているのか、なかなか捉えられない。けれど、この開けた場所でいつまでも姿を隠しきれるはずもなく……いた、そこだ!

「シャアアアアッ!」

 赤ラプターは、よく見ればただ色が赤いだけでなく、虎のような縞模様となっていた。全身を覆う鱗は鮮やかな赤色で、そこに原種と同じ暗い茶褐色が縦に走って縞々に見える。

 けれど、最大の特徴は色ではなく、その頭と尻尾だ。

 頭部には、敵を刺し貫くかのように、鋭く尖った二本角が前方へと突き出ている。ラプターに角は生えていないが、コイツには立派な二本角と、さらに頭部には厚みのある甲殻が形成されており、まるで兜でも被っているかのようだ。

 尻尾の方は、ギザギザとしたブレード状になっている。ナイトマンティスの鎌よりは斬れ味は悪そうだけれど、刀身の長さも厚さも上回っており、何より特徴的なノコギリみたいな刃が凶悪さを際立たせている。

 間違いなく、コイツはボスだ。その姿も、気配も、他のラプターとは一線を画す存在であることを感じられる。

 そうであるなら、何が何でもコイツは仕留める。大将首をとってやろう。ここはすでに、『ポワゾン』の射程圏だ。

「喰らえ、『ポワゾン』ッ!」

 毒沼の縁に立つ赤ラプターを、確かに視界の真ん中に捉え、杖を振りかざして不可視の呪術たる『ポワゾン』を発動させる。見つめた先へ一直線に毒を届けるこの呪術は、相手が見えてさえいれば外しようがない――はずだった。

「シャッ、クァアアアアッ!」

 鋭いいななきと共に、赤ラプターの体が大きく傾ぐ。そして、気が付けば、僕の視界から奴は離脱していた。

「嘘だろ、避けたのかっ!?」

 もしかして、アイツには放たれた毒の波動みたいなモノが見えているのだろうか。それとも、僕が正確に視界内に捉えていなければ命中しないことに気づいているのか。ただの偶然ならば、それでいいけれど、

「ああ、くそっ、速すぎる!」

 赤い疾風と化して、毒沼の外周を走り抜けていく。僕は次こそ、と狙いを定めるが、その走る速度に加えて、飛んだり、あるいは戦闘中の仲間の影に入ったりと、奴は華麗に呪術の照準から逃れ続けている。

 ダメだ、僕の並み程度な動体視力ではアイツの動きは捉え切れない。狙い撃つエイムに自信だってそもそもない。FPSって、嫌いじゃないけど、あんまり得意でもなかったんだよね。

「シャアア、シャオッ!」

 僕の狙いを掻い潜り、赤ラプターはついに反撃に出た。手近にいたスケルトンへと、奴はノコギリ尻尾を振るい、思いっきり叩きつける。

 勿論、単なる雑魚でしかないスケルトンに、強烈なノコギリブレードの一撃を耐えきる防御力などありはしない。横薙ぎに振るわれた尻尾は、見事にスケルトンの腰を砕き、真っ二つにしてみせた。

 でも、攻撃したその隙に、『ポワゾン』を撃ち込めば――

「シャアアアアアアッ!」

 甘かった。奴の動きは止まらない。

 流れるような動作で身を翻すや、地面に落ちたスケルトンの上半身、そのあばら骨に片足をかけ、反対側の足で思い切り砂浜を蹴る。

 すると、どうなるか。

 滑るのだ。

 そう、奴はスケルトンの残骸をボード代わりにして、毒沼の上を滑って来たのだ。

 基本的に『腐り沼』の水深は浅い。水深というのもおこがましい、水たまりのような浅さである。だから、死体が倒れればすぐに水面は埋まってしまう。

 沼を深くするならば、準備が必要となる。あの毒沼エリアでバジリスクを倒した時のように、魔法陣と供物という準備が。

 勿論、今回はそんなことはせず、呪印から数滴の血を飛ばして展開させた、通常発動である。その水深はいつも通りに浅い。そして、毒沼を満たす強酸性の液体は、血のようにドロリとしていて、水よりもヌメりがある。つまり、割と滑りやすいのだ。

「なんだと、コイツ――『ポワゾン』!」

 骸骨でサーフボードをかますという、完全に予想外の方法でもって渡ってくる赤ラプターに対し、今度こそ命中させるべく呪術を放つ。向こうは一直線に滑って来るだけ。それだけの動きならば、僕でも当てられ、

「シャアアッ!」

 そこで、赤ラプターは飛んだ。見事なジャンプ、大跳躍である。

「しまっ――」

 しまった、外した。一直線に向かって来ると思ってぶっ放した『ポワゾン』は、高々と跳躍を決めた赤ラプターには当たらない。

 そして、そのまま奴はこちらに、毒沼の向こうに立つ僕へ向かって今度こそ真っ直ぐ飛び掛かって来ている。

 早く、次の『ポワゾン』、ダメだ、連射は効かないんだ。なら、黒髪縛りで、クソ、間に合わない、もう、すぐ目の前にギラついたラプターの爪がっ!

「グガァアアアアアアアッ!」

 気合いの雄たけびと共に、飛来した赤ラプターへと、横合いから飛び出したレム三号機が渾身のタックルをかました。

「レム!」

「ググ、グガガガ」

 とにかく、僕を助けるためだけに飛び込んだのだろう。その手に武器はなく、ただ力いっぱいに赤ラプターへとぶちかましただけ。

 その咄嗟の判断力と行動力で、僕は今、命拾いした。

「シャッ、キシャァアアアアアアアアッ!」

 僕という獲物を目前にして邪魔が入ったことが、よほど気に入らなかったのか。毒沼の上に倒れ込んでも、痛みを感じさせない怒りの声を上げて、赤ラプターは素早く立ち上がる。

 対するレム三号機も、立ち上がってさらに応戦しようとするが、奴の方が早かった。

 怒り心頭といった様子で、赤ラプターは獰猛にレムへと喰らいついた。肩口に牙を突き立て、甲殻の鎧ごとバキバキと噛み砕きながら、さらに投げ飛ばすように大きく振り回す。

「グガッ!」

 成す術もなく地面に叩きつけられたレムに向かって、今度は必殺のノコギリ尻尾が振るわれる。武技の如く、強く鋭い赤い一閃によって、レム三号機の首が飛んだ。

 三号機との繋がりが途絶えるのを感じる。完全に機能停止。

「『ポワゾン』」

 レムを仕留めた赤ラプターへ放つ。だが、怒りながらも僕の呪術のことは忘れていなかったのか、素早いステップで避けられた。ええい、マジかよ、この距離、このタイミングでも回避できるのかよコイツは!

「ギシャァアアアッ!」

 ついに僕へと向かって牙を剥く赤ラプター。手を伸ばせば届かんばかりの間合い。『ポワゾン』はまだ撃てない。

 だから、変わりに投げることにした。

 桜井君が持っていた、雛菊さん謹製の『ポワゾン』が込められた毒煙玉だ。

 この至近距離でも、僕の貧弱な肩で投球しても、超回避の赤ラプターに命中させるのは無理だから、すぐ足元で叩きつける。

 衝撃が加わった毒煙玉は、どういう構造なのか、割れた拍子にブワっと如何にも毒らしい紫の煙を一気に噴き出す。

「ギィイッ、シャアアッ!?」

 警戒するような鳴き声を発する赤ラプターだけど、すでに毒煙は奴の間合いにまで達している。射線から逃れられる俊敏な回避力も、空間そのものを埋め尽くす毒ガス攻撃には無意味だ。毒煙が充満するこの場へ突っ込んできた奴に、避ける術はない。

 けれど、これだけで奴を完全に止めきれるとは限らない。『ポワゾン』に蝕まれて死ぬよりも前に、僕へと牙を届かせるかもしれない。

 同時並行で足止めもいる。この状況下で使えるのは、もう使い慣れた『黒髪縛り』しかしないけど!

「止まれよぉ、黒髪縛り――いいっ!?」

「シャァアアアアアアアアアアアッ!」

 視界を埋め尽くす毒煙の向こうから、赤い刃が、奴のノコギリ尻尾が突きを繰り出すように飛んできた。

 そう認識した時には、頬に走る熱い感触。鋭い痛み。顔を切られた――けど、致命傷じゃない、気にするものか。敵は、すぐ目の前にいるんだ!

「うぁああああああああああああっ!」

 全力で黒髪縛りをけしかけつつ、最後の最後で頼ることになる、近接装備のレッドナイフと樋口のバタフライナイフを抜刀。この間合いなら、もう僕でも直接攻撃するしか――

「小太郎くん!」

「グルル、ガガァアアアアッ!」

 僕を呼ぶ声すら置き去りにして、凄まじい勢いで我らが守護神、メイちゃんが突っ込んできた。ほぼ同時に、大勢のラプターを食い止めていた黒騎士レムの方も駆けつける。

「シャッ、クアッ、キアアアアアア!」

 赤ラプターの対応は早かった。あと一手で僕を切り殺せたかもしれない状況だけれど、奴は高らかに鳴き声を上げながら、退いた。

 薄らと晴れだした毒煙の向こう側に、毒沼に倒れ込んだ仲間の死体を足場にして、沼を渡って戻りゆく赤い姿がチラっと見えた。

「に、逃げたのか……」

 やはり、野生の魔物の引き際は実に潔い。あっという間に戦闘の喧騒は止んで、静かな夜の砂浜へと戻っていた。

 そのくせ、僕はいまだに二本のナイフを握りしめたまま、興奮したように心臓がドクドクとうるさいくらい鼓動を鳴らしている。

「こ、小太郎くん! そんな、顔に、き、き、傷がぁ!?」

「えっ……ああ、大丈夫だよ、カスリ傷だから」

 そういえば、頬を切られたんだった。怪我した自分よりも悲痛な表情で、涙すら浮かべるメイちゃんが凄い勢いで迫って来て、かえって僕は冷静になれた。

「で、で、でも、もし傷痕が残ったら……そ、その時は私が責任をとるからね!」

「いや大丈夫だって、傷薬ですぐ治るから、落ち着いて」

 何故か僕より取り乱しているメイちゃんをなだめながら、僕はさっさと常備薬となっている傷薬Aをほっぺたに塗りたくった。うう、久しぶりに使うと、傷口に沁みるなぁ……

「ごめんね、小太郎くん、私がもっと早く駆けつけられれば」

「いや、いいんだよ。メイちゃんの方も、蟹だけじゃなくて、ラプターも行ってたでしょ」

 彼女は前衛としての役割を十全に果たしてくれていた。大蟹三匹は見事に叩き潰されているし、迫るラプターを全て返り討ちにしている。

「油断があったのは、僕の方だ」

 あと少し、奴の尻尾の軌道が下にズレていれば、僕は首を切り裂かれて致命傷を受けた可能性がある。毒煙が充満して、視界が利かなかったから、アイツも狙いが逸れたのだろう。

 頬を切り裂かれるカスリ傷で済んだのは、単なるラッキーでしかない。そう、僕は今、死にかけたんだ。ボス戦でもなければ、クラスメイトと敵対したワケでもない、ただの雑魚モンスとの遭遇戦で……認めよう、油断はあったと。見慣れたラプターが相手だと、警戒心を一段階下げていた。

 自分では最善手を打ったように思えるけど、もし、もっと危機感を以って対処してれば、結果は変えられたはず。むざむざと三号機を失うことも、無様に負傷することもなく、あの赤ラプターも逃がさず討ち取れたかもしれない。

 たとえば、便利な『ポワゾン』に頼って、僕が赤ラプターを狙うのではなく、黒騎士レムと役割をスイッチすべきだった。三号機とスケルトンとをもっと上手く使っていれば、黒騎士レムが止めていた分のラプターだって捌けたはずだ。

 いくらレムは賢いからといっても、いつも前衛として戦っている以上、戦況の全てを把握することはできない。せいぜい、僕の意思を汲んで多少、情報が知れる程度で……つまり、僕は欲張って攻撃に参加せずに、味方の指揮と援護に集中すべきだったんだ。

「とりあえず、ここからは移動しよう。別な場所にもう一回野営して、休んだ方がいい」

「うん、分かったよ」

 最低限のコアと素材を回収して、僕らはこのすっかり血生臭い砂浜を後にした。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ポワゾンはこの段階で主人公に与えるにはちょっと便利で強すぎたので弱体化してみました っていう話だったのかな?
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