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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第12章:それは荒ぶる野獣のように
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第167話 遺跡街のボス(2)

 あれっ、もしかして今回、詰んでない……?

 いや落ち着け、まだ手は残っている、というか、これから打開策を試すんだ。

 今の僕にこれ以上、ハイゾンビを素早く処理する攻撃力はない。呪術師はいっつも火力不足だけどな。というワケで、まずは奴らの湧きを抑える方向性で考えるべきだろう。

 この異世界の召喚魔法については、最近スケルトン召喚を使えるようになった程度で、詳しいことは分からない。分からないけど、とりあえず魔法陣を塞いでみたらどうよ?

「いいか、アラクネ、まずはあの柱から狙う。合わせて狙ってくれ。1、2の――『蜘蛛の巣絡み』!」

 3の叫びを省略して、僕とアラクネは手近な柱を狙って全力で蜘蛛糸の束を撃ち出す。

 ねじれた歪な柱からは、ちょうど新たなハイゾンビが湧き出たところで、毒々しい赤い召喚陣から、上半身が起き上がっている。そこに、僕とアラクネの蜘蛛糸が殺到する。

「グゥウウ、オォオアアアアッ!」

 全力ダッシュする気満々で呼ばれたところに、粘ついた蜘蛛糸が覆いかぶさり、大いに不満を抱いているのか、ハイゾンビは激しい叫び声をあげながらもがく。でも、それだけだ。

 この蜘蛛糸は火には弱いけれど、物理的な衝撃にはそこそこ強い。ハイゾンビのパワーがあれば、引き千切るのも不可能ではないが……奴らは手足をバタつかせる程度しかできないアホである。ただ腕を振り回すだけでは、蜘蛛糸の持つ伸縮性を振り切って引き千切ることは、永遠にできはしない。

 ハイゾンビを縛り付けておくには、蜘蛛糸はかなり相性のいい材質なのだ。

「これなら一人でも行けそうだ。アラクネは向こうの壁を狙って!」

「シャアアアッ!」

 僕は隣の柱を、アラクネは反対方向で魔法陣を浮き上がらせる壁に向かって、それぞれ次の蜘蛛糸を放つ。ハイゾンビを縛る糸の量は半減だが、奴らをしばらくその場に括り付けているには十分な耐久度はあるはずだ。

 これで、次のハイゾンビの召喚が止まれば大成功なんだけど……

「まぁ、流石にこれで止まるほど、ポンコツなワケないよね」

 やはりというか何というか、縛り付けたハイゾンビを押しのけるように、次の奴が新たに召喚される。魔法陣の上に障害物がある程度では、召喚が中断されることはないようだ。

 召喚陣は機能を失うことなく、新たなハイゾンビを供給し続けるが……しかし、召喚された二体目のハイゾンビも、その場で蜘蛛糸に引っかかって止まっていた。

「これ、別に召喚そのものを止めなくても、普通に足止めになっているのでは?」

 いや、なってる、十分な足止めができているぞ!

「よし、アラクネ、かたっぱしから召喚陣を糸で塞げ! 三号機は増援が止まっている間に奴らを片付けろ!」

「キシャアア!」

「グガガ!」

 元気のいい返事を上げて、レムは役目を果たす。蜘蛛糸の行使だけに集中すれば、僕よりもアラクネの方が優れている。何と言っても、コイツは口と手と尻の三か所から、糸を繰り出すことができるのだから。

 射出された糸は次々と柱と壁の召喚陣を塞いでゆき、追加のハイゾンビを縛り付ける。次の奴が召喚されたとしても、蜘蛛糸の拘束を脱するにはそれなりの人数が必要となるだろう。一つの魔法陣が、五体ほどのハイゾンビを召喚しきるまでには、何秒かかるだろうか。そして、その猶予の間に、僕らがすでに暴れ回っているハイゾンビを減らしていけば――

「ヴォアアアアアアッ!」

「ええい、邪魔すんな、『ポワゾン』!」

 まだ数の有利が傾くハイゾンビ、その内の一体が三号機とスケルトン部隊をすり抜けて僕へと肉薄してきた。けれど一体程度ならば『呪術師の髑髏』を装填した『愚者の杖』で瞬殺できる。いやぁ、安定して雑魚を一撃できる技があるってのは、素晴らしいことだよね。

「よし、いいぞ、流れが傾いた」

 僕は蜘蛛糸で魔法陣を封じつつも、『ポワゾン』乱射でハイゾンビを削って行く。敵の増援の勢いが止まったことで、こちらの処理速度が再び上回り始めた。

 気付いたらスケルトンの数が、ハイゾンビに袋叩きにされて半分ほどにまで落ちていたけど、髑髏を換装して召喚し直せば、すぐに補充できる。召喚魔法で雑魚湧き戦法は、こっちだって使えるんだよ。

「ふぅ、どうにか完封できるようになったな」

 暴れるハイゾンビを全て始末できれば、後は次々と湧いてはその場で食い止められている奴らを、順次処理していく作業に入る。これで完全に召喚陣による増援は遮断できた。

 なんといっても、スケルトン部隊の人数がいるから、一人あたり二つ召喚陣を担当して、囚われているハイゾンビの頭に剣をぶち込んで行けば、全ての召喚陣を封鎖できる。

 ハイゾンビの死体が増えて団子のようになってくるけど、適度に除去しつつ、アラクネが蜘蛛糸を追加していけば、召喚陣の封鎖は維持できるだろう。

「これでようやく、メイちゃんに加勢できる」

「小太郎くーん、ボス倒したよー」

「えっ! 終わったの!?」

「うん、終わったよー」

 ブンブンと笑顔で手を振るメイちゃんの後ろには……うわぁ、派手に体を切り開かれた、実に無残な惨殺死体と化したボスの姿が。体中から生えた太い触手の先っぽが、ピクピクと痙攣するように動いていて、実に生々しい。

「ねぇ、あれどうやって倒したの? 確か、凄い再生とかしてた気がするんだけど」

「うん、斬ったところからタコ足みたいなのが生えてきてキリがないから、体を開いてコアを直接抉りだしたんだよ」

 もの凄いパワープレイ。けど、相手の弱点を的確についた、有効な戦法ではある。このボス部屋にいる以上、コアという魔力の核が存在しているのも確定だし。

「レムちゃんが協力してくれたから、楽に終わったよ」

「グガガ」

 見れば、黒騎士レムは大槍でボスの体を縫い止めて、動きを封じるアシストをしたようだった。やっぱり、初号機をつけて正解だったよ。

「うん、よくやったレム。メイちゃんも、ボスを倒してくれてありがとう」

「ううん、小太郎くんがハイゾンビを引きつけてくれたからだよ」

 いえいえ、実はちょっとだけハイゾンビがメイちゃんの方に流れて行ってたの、知ってたんだよね。知ってたけど、防戦一方でヤバかったから、どうしようもなくて、ごめん。

 なんにせよ、今回のボス戦におけるMVPはほぼ単独でボスを仕留めたメイちゃんであることに変わりはない。僕はもう、彼女の足を引っ張らなければ及第点ってことで。

「それじゃあ、転移しよっか?」

「うん、そうだね」

 身一つのハイゾンビボスだから、大した素材も採取できないし。一応、肉片と骨とぶっとい触手を何本か回収しておく。

 ボス部屋の奥に、いつものように転移用の魔法陣はあった。ボスはすでに倒されたためか、ハイゾンビ共の召喚も完全手に停止している。何者かが乱入してくる気配も……ない。

 よし、大丈夫だ。万全を期して、いざ転移。

「ぎゅー」

 と、メイちゃんに抱きしめられながら、僕は転移を果たすのだった。




 ザザーン、ザザーン、と寄せては返す波の音。眼下に広がるのは、キラキラ輝く紺碧のオーシャンビュー。海、そう、海である。

「ねぇ、もしかして転移魔法の不備で、どっかの無人島に飛ばされたワケじゃないよね?」

 青い空、青い海、そしてどこまでも続く白い砂浜の光景を見て、そんな不安感が過る。

「うーん、ちゃんと妖精広場には出たから、ここもダンジョンの中……かも?」

 確かに、ボス部屋から転移すると、いつものように妖精広場には出た。で、そこから出ると、この南国リゾートのような風情が漂う、美しい海岸線が広がっているのだ。

 妖精広場は海辺を一望できる、ちょっと高い崖の上に建つ石造りの建物となっている。密林塔のように大きなものではなく、広場だけを囲った小さなものだ。

「あっ、小太郎くん、ここ間違いなくダンジョンの中だよ」

 今さっきまで疑問形だったのが、急に確信を持ってメイちゃんが言う。

「その根拠は?」

「ここ、外じゃない。海はちょうど、あの水平線のあたりまでしかなくて、そこから先は壁になってるの」

「え? 嘘、マジで?」

 改めて、雄大に広がる海を眺めてみるが……分からん、僕には全然、分からない。直感力の鋭い狂戦士のメイちゃんには分かるのだろうが。

「ともかく、ここは本物の海じゃなくて、超巨大なプールってことなんだね」

「うん、よく見ないと分からないけど、間違いないよ」

 ということは、この海も空も、壁と天井に映し出された超精巧なグラフィックに過ぎないということか。そんなギミックは今までお目にかかったことはなかったけれど、もしかしたら、森林ドームとかも、本当はこういった自然環境を投影するスクリーン機能があったのかもしれない。

 まぁ、過ぎたことはどうでもいい。重要なのは、ここが海を模したエリアだということ。

「プールでもこれだけ広ければ、きっと水棲の魔物もいるだろうな」

 水棲モンスは、地底湖でジーラとボスのワニ型リザードマンくらいしか見たことがない。ここでは、本格的な海の魔物が出現するかもしれない。どれも初見の相手になるだろうから、注意しないと。

「ボス戦を済ませたばかりだし、半端な時間だから、軽く近くの探索だけして、あとは広場で休もう。本格的な攻略は明日からということで」

「うん」

 さて、それじゃあ早速、あの白い砂浜へ行こう。




「せーの、引けぇーっ!」

「やーっ!」

「グガガ!」

 波打ち際で、僕の掛け声と共に、メイちゃんとレムが大きな蜘蛛糸の網を引っ張る。ズルズルと引き上げられた蜘蛛糸網の中には、銀色に輝く鱗を持つ魚、一匹、二匹、いっぱい。

 はっはっは、大漁大漁!

 さて、軽く周辺探索を済ませるはずが、どうして僕らは投網漁に従事しているのかといえば、そこに魚がいたから、としかいいようがない。

 遡ること二時間ほど前。

「見て見て、小太郎くん、魚がいっぱい泳いでいるよ!」

 と、子供っぽい純真な台詞を、餓えた捕食者の目で言うメイちゃんであった。

 確かに、ちょっと海の方を見ればウヨウヨと群れを成して泳ぐ魚影が確認できた。見たところ、普通の魚であり、食べることはできるだろう。それに、ここ最近は肉ばかり続いたから、魚を食べたい欲求が僕としてもムクムク湧いてくる。僕ですら魚食べたいな、と思うくらいなのだ。メイちゃんからすると、魚影を見た瞬間に海へ飛び込まんばかりの気配であった。

「メイちゃんって、釣りできる?」

「うん。海でも川でも」

 新鮮な食材を求めて、自ら釣りへと赴いたのだろうか。一方、僕は恥ずかしながら釣りの経験はない。インドア派なもので……

「でも、ここなら網を投げた方がとれそうかな。小太郎くん、糸で投網って作れないかな?」

 今や僕はハンモック職人だよ。新しい妖精広場に到着する度に、人数分作っているからね。蜘蛛糸を網状にすることにかけては、それなりの熟練度だ。投網を作るくらい簡単だよ――えっ、これって縁に重りとかつけるんだ? 網の形もただの平じゃなくて、円錐形で……

 地味に四苦八苦しながらも、どうにか投網を作り上げた僕は、早速、投網漁へとチャレンジ。

 そして、釣りどころか投網の経験もあるメイちゃんの手によって、無事、漁は大成功である。

「これは食べられる、食べられる、食べられ……ない、食べられる、食べられない、食べられる、けどあんまり美味しくない……」

 引き上げた網には、複数種類の魚がかかっていた。小さいサンマみたいな銀色の奴とか、熱帯魚みたいな極彩色の三角形とか、どうみても金魚とか、フグのような……ってコイツ、結構ヤバめの毒もってるぞ!?

 僕は丁寧に一種類ずつ、『直感薬学』で食用判定をしていく。半分くらいの奴は食べられて、もう半分は食べられるけど美味しくなさそう、そして極わずかに毒を持つ危ない魚もいた。そういう奴は、新しい毒薬の材料として活用させてもらおう。

「もう陽も暮れてたし、広場に帰ろうか」

「うん、これだけあれば夕食には十分だよ。楽しみにしててね!」

 メイちゃん、よだれよだれ。

 それにしても、投影されている偽物の空だけれど、時間経過には連動しているようだ。時計を確認してみれば、午後六時を少し回ったといったところ。たとえ偽りであっても、こうして空模様が見えるのは、それだけで健全な気がするよ。

 2018年11月23日


 明日、コミック版『黒の魔王』の第3話が更新されることを、一応こっちでも宣伝しておきます。まだ読んでない方、まだ1話から全話読めるので、余裕で間に合います!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ハイゾンビ共の召喚も完全手に停止している
[良い点] 充実してるなぁ!
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