第15話 武技
晴れて仲間ができたところで、いざダンジョン攻略に出発! とは、いかない。場所は変わらず、妖精広場。
「とりあえず、お互いの能力を把握しておこう」
双葉さんが授かった天職・騎士の初期スキル三つは、すでに話で聞いた通りであるが、やはり実際に試してみたいと思うのだ。
いくら能力を得たからといって、いざその時に使えるかどうかは分からない。いや、いきなり敵を目の前にした実戦で使いこなした委員長がおかしいのだ。僕だって、一度くらいは『赤き熱病』を詠唱していなかったら、鎧熊にトドメを食らわす時に噛んだかもしれない。何事にも、練習というのは大事である。
「うん、よろしくお願いします!」
不束者ですがー、みたいなノリで勢いよく頭を下げる双葉さんは、どこまでも素直だ。どこぞの詐欺師か呪術師に騙されやしないかと心配になる。
「まずは、双葉さんの『見切り』と『弾き』を試してみたいんだけど」
能動的に発動する、いわばアクティブスキルというべき『弾き』というガード技なんかは特に。恐らく、彼女はまだ一度たりとも発動させていない。
『見切り』は夏川さんが使っていた様子を聞けば、どうも自動的に効果を発揮するパッシブスキルっぽい。まぁ、相手の攻撃を認識した上じゃないと『見切り』が発動しないというのであれば、もうその時点で攻撃を見切っているだろうってことになるし、当たり前か。
「えっと、どうすればいいの?」
「とりあえず、僕が適当に攻撃してみるから、それを見切って弾いて欲しい」
「適当に攻撃って……何か、怖いんだけど!」
「大丈夫、いきなり呪術を撃ったりしないから」
まぁ、『赤き熱病』なんて撃ちこんだところで、効果はたかが知れているけど。怪我や病気に強いらしい『恵体』なんていう能力を持つ双葉さんには、このささやかな発熱作用さえ通らないかもしれない。うーん、これもちょっと試してみたい気もするが、それよりも気になることが。
「そういえば、お腹の傷はどう? 塞がりきってないなら、まだ休んでいた方がいいけど」
「ううん、もう大丈夫だよ。全然痛くないし、桃川くんの傷薬、凄くよく効いたみたい」
「……本当? もしかして、完全に傷塞がってる?」
「え、うん……」
僕の疑惑の眼差しを受けた双葉さんは、ちょっと戸惑ったような反応を見せながら、その場でクルリと後ろを向く。そして、そっとセーラー服の裾をまくって腹部をこっそり確認している。
「うん、本当にもう治ってるよ」
「え、ちょっと見せてよ」
あまりに自信満々な返答。治ってる、ということはかさぶたが浮く治りかけでもなく、跡形もなく傷が消え去ったってことだろう。いくらなんでも、それは回復が早すぎるんじゃないか?
「きゃあっ!?」
という体格に似あわぬ可愛らしい悲鳴を双葉さんが上げた瞬間には、もう僕は彼女の豊かな白いお腹をかぶりつきで凝視しているところだった。
「うわ、ホントに治ってる……」
思わず、そう言葉を漏らしてしまうほど見事な完治ぶりだった。ヘソのすぐ下を横一文字に走っていたあの深い創傷は、綺麗さっぱり塞がっている。傷痕はどこにも見られず、洗い落とし切れなかった少々の血痕と、はがれかけのかさぶたが薄ら残るのみ。
凄まじい治癒力だ。僕の素人調合で作り出した傷薬Aは、そんなに高性能だったのだろうか。
確かに、ニセタンポポだけで僕が鎧熊につけられた爪痕はあっという間に塞がったけれど、依然としてかさぶたが剥がれ落ちる段階にはない。もし、勝のヤロウが顔じゃなくて腹を殴ってきたら、再び傷痕が開いただろうし、今でも無理すれば再出血の危険もありそう。
薬草としては、ニセタンポポも破格の止血効果があるのは間違いない。これに加えて、何だかよく分からないが傷を癒す効果があるらしい妖精胡桃の葉っぱと白花が組み合わさることで、飛躍的に治癒効果が上がった――いや、やはり、どう考えても上がりすぎている。
直感薬学によれば、この三つを混ぜることで、物凄い相乗効果があるワケではない、というのは判明している。三種の薬用効果はそれぞれ阻害されることなく発揮される、というのが保証されているだけ。
つまり、双葉さんの傷がすでに治っているのは――
「う、うぅ……も、桃川くん、もう、いいかなぁ?」
あまりに真剣な形相でヘソを見つめられるのはよほど恥ずかしかったのか、双葉さんが顔を真っ赤にして言う。また涙目になっちゃうくらい恥ずかしいのに、それでもセーラーを捲り上げたままでいてくれるのは、何とも不安になる健気さである。絶対、優しさにつけ込まれるタイプだ。
「あ、ゴメン、もういいよ」
早速、僕もその優しさにつけこんで、もう五分ほど眺めてみたり、白いお腹をプニプニつっついてみたかったけれど、今後の事を考えて止めておいた。セクハラによる信頼喪失って、人としては割と最低な部類の失い方だと思う。
そうだ、僕には女性経験など皆無であるからして、この辺はよくよく気を付けないといけないな。女の子って、男じゃ思いもよらない些細なことで傷ついたり深くショックを受けたりすらしいし。面倒くさ――じゃなくて、ナイーブなのである。
「傷が治って良かった。多分、治りが早いのは『恵体』のお蔭だと思う」
「ケータイ?」
自分の能力名くらい、ちゃんと覚えておこうよ。スマホを探して、ポケットをゴソゴソしない。
「騎士の天職であったでしょ? 怪我や病気に強い体、っていう曖昧な説明だったけど、傷薬も普通以上によく効くようになってるはずだよ」
「そ、そうなの、かな?」
「そうだよ。もし、自然治癒力が高まるだけなら、僕が傷薬を使わなくても完治していたはずだから」
そう、この回復力が自前のものなら、僕が発見した段階で、腹の傷は塞がり始めていたはずだ。しかし、現実は間違いなく失血死目前という有様。『恵体』の回復能力を上回る深手であった、あるいは、一定以上のダメージなら自然回復の補正がかからないという欠陥スキルな可能性もある。
なんにせよ、薬用効果上昇も含まれるなら、妖精広場さえあればいくらでも傷薬を供給できる僕と組めば、双葉さんは大抵の手傷は怖くない。まぁ、治るというだけで、痛くはあるけれど。
「それじゃあ、怪我も治ったことだし、本題に戻ろうか」
「うん、えっと……攻撃、するんだよね? あんまり、痛くしないでね?」
それは攻撃が当たる前提の発言だよね。『見切り』で避けて『弾き』でガードしてくれなきゃ意味はない。
「大丈夫。当たりそうになったら、ちゃんと寸止めするから」
寸止めって高等技術らしいけど。僕にはとても、勢いの乗った拳や竹刀を、ギリギリで止められる自信はない。ないけど、とりあえず言っとけ。天職の能力は絶対だ、大丈夫だろう。
「えーと、まずはその辺から木の枝でも……よし、これにしよう」
広場の隅に立ち並ぶ妖精胡桃の木から、手ごろなサイズの枝を見繕って、手を伸ばす。しっかり握って、グっとやれば、ボキっと――
「くっ……」
堅い。思った以上に堅いぞコイツ。僕の細腕でも折れそうな細々とした小枝を選んだはずなのに、全然ボッキリいかない。
「はぁあああ……でやぁーっ!」
と、気合いを入れてみたりもしたけど、ビクともしない。どうやらこの妖精胡桃の木、見た目以上の強度を持っているらしい。
「あの、桃川くん、大丈夫?」
「はぁ……はぁ……ダメだ、これ、全然折れな――」
「えい」
と、双葉さんが何気なく手をかけたら、そのままグっとやって、ボキっといきました。
「やったよ桃川くん、折れたよ!」
「あ、うん、そうだね、ありがとう」
自分の貧弱な腕と、僕の太ももくらいありそうな双葉さんの剛腕を交互に見比べて、これが絶対的な力の差か、と少しばかりの戦慄を覚える。この腕力の差は、きっと天職・騎士の補正に違いない……いや、違うか。違うよな。素で僕が弱いだけだ。
改めて自らの弱小ぶりを思い知らされながら、僕は双葉さんからポッキリいった木の枝を受け取った。
さて、気を取り直して、実験開始だ。
「やぁーっ!」
「きゃぁーっ!」
僕のヘナチョコ剣術を前に、双葉さんはバッチリ目を閉じ身を竦ませて完全硬直。これがモンスター相手だったら、僕でも思い切りクリティカルヒットを叩き込める大チャンスだけど、今は全く必要ない。
「双葉さん、ちゃんと攻撃を見てくれなかったら、流石に『見切り』は発動しないと思うんだけど」
「あっ……うん、ごめんなさい……何も見えなかったよ」
そりゃあ目を瞑ってれば見えないだろう。もしかすれば、『見切り』を極めれば死角に頼らない、第六感なんかで察することができるようになるのかもしれないけど、少なくとも、今の双葉さんには到底及びもつかないレベルだろう。
「それじゃあもう一回。ほら、ちゃんと構えて」
「うぅ……頑張りますぅ……」
めちゃくちゃへっぴり腰で、木の枝を構える双葉さん。当たり前のことだけど、木の枝は僕が攻撃に使う分と、双葉さんが『弾き』で使う分の二本必要。勿論、彼女のスーパーパワーにかかれば二本目もあっさりと入手できた。僕の一本目よりも一回りは太いというのに、難なく折ってくれました。木の枝どころか、人の腕の骨もバッキリやれるほどの力強さを感じるね。
「えいやー」
テイク2は、かなり遅い速度で振り下ろしてみた。果たして、こんなんでも攻撃判定が入って『見切り』が反応してくれるかどうかは疑問だが――
「わっ、わわっ!?」
双葉さんは、いざ動けば意外に機敏な動作で、僕のヤル気のない一撃を回避して見せた。左方向へ体を傾け、そのすぐ脇を僕の弱っちい斬撃がノロノロと通り過ぎていった。
「どう、見えた?」
「うん、ちゃんと見えたよ!」
どうやら話に聞いた通り、『見切り』は敵の攻撃が辿る軌道が薄ら白く光って見えるらしい。あんなショボい一撃でも一応は攻撃と認識してくれるなら、そこまでシビアな設定はされていないのかもしれない。
「次は、今のと同じように振るから、弾いてみて」
「う、うん、分かった……頑張るね!」
小さいながらも成功をおさめたお蔭か、双葉さんの顔にはさっきよりもヤル気が満ちている。よし、この調子でどんどん検証していこう。
「それじゃあ行くよ――えいっ」
と、僕が宣言通りに、先と同じ鈍い振り下ろしを放ったその瞬間、両手に凄まじい衝撃が走った。
「――やぁ!」
思いの外、力強い掛け声が耳に届くと同時に、僕は宙を舞っていた。
高速で景色が後ろに流れたり、グルグル回ったり、視界がバグったようにしか思えない光景が目に映る。けれど、不思議と自分が握っていたはずの枝が、クルクル回りながらぶっ飛んでいくのだけは、妙にはっきり捉えることができた。
「――ふぎゃぁあっ!?」
無様極まるダメージボイスを上げながら、僕は地面に叩きつけられていた。痛い。全身を強く打っている……けど、下が柔らかい芝生で良かった。恐らく、軽傷で済んでる。
「も、桃川くん!? わぁーっ!? そんな、大丈夫っ!?」
若干、朦朧とする意識の中で、泣きわめきながら突進してくる双葉さんのダンプカーが如き巨体が見えた。ちょっと、生きた心地がしなかった。
「だ、大丈夫……大丈夫だから……」
「うわぁーごめんなさい! ごめんなさい、桃川くーん!」
必死の勢いで謝り倒す双葉さんを、僕は未だにうつ伏せでグッタリしたまま、何とか手だけ動かして制す。しかし、このアングル、スカートの中が見えそ――
「ふぅ……大した怪我はしてないから、本当に大丈夫だよ。流石に驚いたけど」
僕は目の前にチラつくパンチラの誘惑を振り切りながら、どうにかこうにか体を起こす。とりあえず適当な大丈夫アピールをするが……うん、やっぱり大丈夫だ。奇跡的にも、手に擦り傷さえない。僕は柔道の授業でも、受け身だけは得意だったから。
「ご、ごめんなさい……私、あんな風になるなんて、思わなくて……」
「じゃあ、さっきのは間違いなく『弾き』を使ったってことだよね?」
「……うん。使ってみよう、と思ったら、何だか自然に、手が動いて……」
それで僕がホームランというワケか。
「ホントにごめんなさい! 次はもっと、気を付けるから、だから――」
「いや、そんなに謝らなくていいよ。むしろ大成功だから」
そう、双葉芽衣子は今この時、初めて武技を発動させた。己の意志さえあれば、怖がりな彼女でも問題なく使えることが、これで明らかになった。
けど、僕にとって最も喜ばしいことは、その威力だ。
「これが天職・騎士の力か……双葉さんは絶対、強くなれるよ」
僕にはもう、絶対に手に入らないパワーが、彼女にはあるのだ。これからのダンジョン攻略に、確かな光が差し込んだような気がした。
「だから、頑張ろう」
「うん……うんっ! 私、頑張るよ、桃川くん!」
2016年7月24日
活動報告で第二章について解説しています。是非、本編と合わせて読んでいただきたいと思います。




