第163話 プレゼント
そこは、美しい白い宮殿――が、廃墟と化して荒れ果てたような場所であった。
「……大分、雰囲気が変わったな」
そうつぶやいたのは、天道龍一。
つい先ほど、ボスを倒して転移を果たし、このエリアへと降り立ったのである。妖精広場の先に続く空間を覗き込む限りでは、宮殿廃墟と呼ぶべき様相を呈していた。
「なんか、お城の中っぽい感じ?」
「あー、そんな感じするわ。シャンデリアとかあるし」
キョロキョロと興味深げに周囲を見渡しているのは、野々宮純愛と芳崎博愛の二人組。
この妖精広場そのものも、普段と違って白い壁に装飾の跡が窺える。トレードマークの噴水も、どこか豪華な装いであった。
「ねぇ、桃川は、ここに来てないのかな」
そして蘭堂杏子は、ついこの間はぐれてしまった、男子生徒の行方を気にしていた。
「少なくとも、この広場に転移はしてねぇな」
「なんで分かるのよ、天道」
「転移してくれば、まず広場で準備を整える。アイツはそういう奴だ」
転移してきた妖精広場には、生活の跡は見られない。つい最近、何者かがここにやって来たような形跡は、どこにも発見できなかった。
天道の言う通り、もしここに桃川小太郎が降り立ったならば、天職『呪術師』の特性上、しっかりと拠点化を行うだろう。自分達のように、ただの通過点として、そのまま素通りしていくことはあるまい。
「じゃあ、さっさと進むぞ」
そうして、小太郎を失った天道チームは、宮殿廃墟エリアの攻略を開始した。
「……なんか、出てくる奴らは同じじゃない?」
歩き始めて五分と経たずに、ガラガラと音を立てて現れたのは、見慣れたスケルトン共であった。一応、それなりの武装はしている小隊だったが、わざわざ鹵獲するほどの品質ではない。
「とりあえず、ウチが撃っていい?」
「どうぞどうぞ」
「桃川言ってたもんね、魔法の練習しとけって」
「別に、そういうんじゃないし――『石矢』!」
ニヤニヤ笑いのジュリマリコンビに口を尖らせつつも、すでに手に馴染んだ土属性の下級攻撃魔法『石矢』を放つ。
下級とはいえ、拳大の石が高速で放たれる以上、そこに秘める物理的な破壊力は銃弾に匹敵する。特に、スケルトンのような打撃に対して脆い体の相手ならば、その効果は絶大。
二、三発も『石矢』を撃ち込めば、前方から駆け足で接近してくるだけのスケルトン小隊は、あっけなく砕け散った。
「やっぱフツーの骨みたいだね」
「城っぽい場所だから、ちょっと強いのかと思ったけど、大したことないわコレ」
杏子の攻撃であっさり全滅したスケルトン小隊を見て、ジュリマリが感想を漏らす。
新たなエリアでは、同じような姿の魔物であっても、強さが変わることがある。場所によっては、突然、スケルトンが達人のような動きで攻撃してくることがあるかもしれないのだ。
だが、これまで相手にしてきたのとさほど変わらない性能のスケルトンが現れたということは、ダンジョンの危険度もそれほど上がっていないと思われた。
「この辺も割と楽勝じゃない?」
「いや、そうでもねぇさ――真打登場、みたいだぜ」
ガチリ、という重い金属音は、スケルトンの歩みとは明らかにことなる重量感を放つ。薄暗い通路の奥から、そんな重い足音を響かせながら、ソレは姿を現した。
全身甲冑の騎士。そうとしか呼べない、完全武装の姿が二人。
長身の龍一よりもさらに高く、重厚な鎧によって幅もある騎士は、かなりの巨漢である。見るからに鋼鉄製の鈍色の装甲は分厚く、ブリキのバケツのような兜は頭部全てを覆い隠していた。
「ここの奴らは、イイモノ着てるじゃねぇか」
間違っても、人間に出会えたと勘違いすることはない。騎士のコンビからは、スケルトンと似たような、魔物の臭いがする。恐らく、アンデッドモンスターの上位種であろうことは、それとなく全員が察した。
「――『石矢』っ!」
躊躇うことなく、先制攻撃。
二体の騎士は、それぞれ槍と斧を右手に、左手には大きな盾を携えている。近距離装備しかない以上、間合いを詰められる前に魔法による遠距離攻撃で先手をとるのは当然。もっとも、杏子にはそんな戦術的な考えは全くない。
ただ、騎士から放たれるその危険な気配を、メンバーで最もこのテの察知に疎い杏子でも感じてしまったが故の先制攻撃であった。
放たれた石の弾丸は、直後に命中。ガギィインっ! と、うるさいほどの衝突音が、通路一杯に響き渡る。
「ウッソ、効いてない!?」
見れば、槍持ちの騎士が盾を構えていた。その盾の中央部は僅かに凹みがついており、そこに『石矢』が命中したと思われる。
そして、それが杏子の攻撃が起こした結果の全て。つまり、ノーダメージ。
「下がってろ、お前らじゃ歯が立たねぇ」
「で、でも!」
「アタシらだって!」
「下がってろ、と言った」
三度目はない、と察せないほど、ジュリもマリも鈍感ではない。
食い下がったのは、望んだわけではないものの、これまで『騎士』『戦士』として戦ってきた自負もあるから。明らかな強敵を前に、少しでも役に立ちたいと思う健気な乙女心と勇気。
だがしかし、それを龍一は望まない。優しさでも、甘さでもない。彼の目は、二体の騎士にのみ向けられている。
彼女達へ一瞥すらせずに「下がってろ」と言ったのは、つまるところ「邪魔するな」の意味しか含まれてはいなかった。
「行くぜ、鎧野郎。一発で砕けてくれるなよ――」
僅かに口角を吊り上げ、笑いをかみ殺したような表情で、龍一は『宝物庫』より『王剣』を引き抜く。
赤き火竜の力を宿す真紅の大剣は、片手一本で無造作に振るわれる。対する騎士の対応は、さっきと同じく盾によるガード。
「――らぁっ!」
通路に響き渡るのは、先の衝突音を倍するほどの爆発音。叩きこまれたのは、大剣による斬撃の威力だけでなく、その刀身に秘められた爆発力も加算される。
その破壊力に、盾は歪み、大柄な全身鎧の騎士の体も揺らぐ。
だが、それまで。盾はいまだ原型を保ち、騎士は膝をついてもいない。
今度はこちらの番とでも言うように、鋭く、大型の穂先がギラつく槍を騎士は素早く繰り出――すよりも速く、龍一の長い足が騎士の胴体に炸裂していた。
「思ったより軽ぃな……」
ランスチャージのような威力が籠った龍一の蹴りをモロに受けて、今度こそ槍の騎士は後ろへと吹き飛ぶ。
見た目から判断して、とりあえず転ばせるくらいのつもりで蹴ったが、予想に反して騎士は吹き飛んだ。目測と実際の重量の乖離。それに、蹴ったインパクトの感触。答えを察するには十分すぎるヒントであった。
「そうか、お前、中身は入ってねぇのか」
鎧兜だけが、彷徨い歩き、襲い掛かってくる。そんな設定のモンスターが小学生の頃にやったRPGにいたな、と龍一は思ったが、そのモンスターの名前までは思い出せなかった。
「ってコトは、脳も心臓も急所もねぇのか」
どこを狙うか、などと呑気につぶやいている隙に、槍の相方である斧の騎士が猛然と龍一へと襲い掛かる。
大上段から振り下ろされる大振りのバトルアックスの刃を、やはり右手一本で握り続けるままの王剣で受け止めた。けたたましい鋼の悲鳴を上げて、斧と大剣の鍔迫り合いが始まる。
「メンドくせぇ、とりあえずバラしてみるか」
鍔迫り合い中に戦闘方針を決めた龍一は、とりあえず斧を押し退ける。ギリギリと火花を散らす中、王剣の刀身が急激に熱を帯びてゆく。緋色の刃が白く輝くほどの高熱へと達し――ドンッ! と爆発音を立てて、刃を火竜の力で爆ぜさせる。
至近距離で爆破を喰らい、よろめく斧の騎士に向かって、灼熱の一閃が、否、二、三、四、と連続的に叩きこまれた。
鋼の装甲は、血飛沫の代わりにかすかな白煙のみをあげて、一刀両断。斧を持つ右手が、盾を備えた左手が、野太い腰が、そして、首が飛ぶ。
「まぁ、こんなもんか」
両腕と胴と首とが別れた斧の騎士は、その場で崩れ落ちると、本当にただの鎧兜に戻ってしまったかのようにピクリとも動かない。どうやら、籠手や兜だけでも、動いて襲い掛かってくるほどのガッツはないようだった。
「三下でコレなら、ココのボスは期待できそうだ」
どこか満足気に呟きながら、龍一はちょうど起き上がって槍を繰り出してきた騎士を、同じように切り伏せた。
「うわ、やっぱ天道君強いわぁ」
「強すぎでしょ……」
好きな男のカッコいいところを見て、素直に喜びあうジュリマリ。だが、これまで大抵の相手に通用してきた『石矢』が簡単に防がれたせいか、杏子は考え込むような難しい表情をしていた。
「もっと強い魔法がいる、ってことかぁ……」
自分も戦うようになったお蔭で、『強さ』の価値を杏子はようやく理解する。
何故、桃川小太郎は天道龍一という強者の元に居ても、あんなに必死で頑張っていたのか。彼はきっと、誰よりも弱者であることの危険性を認識していた。
強ければ生き、弱ければ死ぬ。弱肉強食の掟とは、きっと、自ら殺生しなければ理解できない概念なのであろう。あのまま、ジュリマリと龍一によって守られ続けていれば、決して実感することはできなかった、この世の真実だ。
「でも、レベルアップってどうすればいいのよ」
うーん、と頭を捻るが、これといった名案は浮かばない。強くなることの重要性と価値を理解することと、それを実現することはまた別の問題である。
そして、杏子は考えることが苦手だった。恥ずかしながら、彼女はクラス成績ダントツの最下位である。本当に恥ずかしかった。
「ねぇねぇ、天道くーん、コイツらの武器っている?」
「天道君、いらないならアタシら貰っちゃっていい? 何か普通のやつより強そうだし」
バカの考えという休憩中だった杏子の前では、あっけなくバラバラ死体、もといバラバラパーツとなった騎士の残骸から、槍と斧を拾っているジュリマリの姿がある。
天道は特に興味なさそうに眺めていたが、
「おい、ソレちょっとそこに置いとけ」
彼の一言で「はーい」とジュリマリは素直に騎士の武器をその場に置いた。
「……『従者・錬成士』」
龍一がそう呟くと、黄金に輝く魔法陣が床に浮かび上がる。『宝物庫』とはまた異なる円形の魔法陣が、置かれた槍と斧を中心にして、煌々と光り輝く。
すると、魔法陣から蛍の光のようなモノがちらほらと飛び出すと、それは次第に量と勢いとを増し……やがて、人のような形を成してゆく。
金色の粒子が色濃く集まって象られた人型は、子供のように小さく、手には大きなハンマーを、そして、頭には妖精のような尖った帽子を被った、そんなシルエットで浮かび上がる。その小さな人影が、二人、三人、四人と数を増やし、魔法陣の中で踊るようにクルクルと回り――光が弾け、それらは全て幻であったかのように、全てが消え去った。
そこに残っているのは、始めから置いてあった槍と斧だけ。いや、その二つの武器は、明らかに形状を変えていた。
継承スキル
『従者・錬成士』:王に付き従う者。錬成士は、王命に応じて様々な物を作り出す。
龍一が試したのは、これもまたいつの間にか獲得していた、新たなスキル。強いて心当たりを言えば、小太郎がレムと呼んでいる黒いスケルトンを、アレコレ言って使い走っている姿をなんとなく眺めていた程度だろうか。
よく分からないが、ともかく、この異世界において『錬成』と呼ばれる魔法の力を行使する精霊を使役できるらしい、ということはおおよそ理解していた。錬成能力については、『賢者』小鳥遊小鳥が、精霊については蒼真桜と如月涼子が、それぞれ能力を獲得している。
だが、実際にどんなモノかというのは、試しに使ってみなければ分からない。ちょうどいいタイミングだと思い、モノは試しと『従者・錬成士』を発動したのだった。
「ジュリ、マリ、お前らが使え。今のモノより、ちっとはマシになってるだろ」
龍一の『従者・錬成士』によって形状を変えた槍と斧は、どちらも元よりも細く、小さくなっている。大柄の騎士が振るうに相応しいサイズの大型の武器であったが、普通の女子高生の体に過ぎない彼女達からすれば、扱うには大きすぎる。いくら二人の腕力が、今や男勝りどころか、十人力に匹敵するほどと化していても、握りが太ければ振るいにくいし、リーチが長すぎれば持て余しもする。
その点でいえば、錬成された槍と斧は二人が扱うにはちょうどいいサイズ。柄は細く握りやすい上に、黒地に流麗な黄金の模様が随所に施され美しい外観へと変わっていた。
『黒金の槍』:王より下賜された槍。
『黒金の斧』:王より下賜された斧。
二人は、龍一の言葉と、全く形の変わった武器を前に、唖然としたような表情だった。が。いざ槍と斧を拾い上げて手に取れば、すぐに満面の笑みへと変わった。
「こ、これってもしかして」
「プレゼント!?」
いくらなんでも、スケルトンから鹵獲した低品質で貧弱な武器で、あの動く鎧兜と戦えと言うのは、龍一も酷だと思ったのだろうか。
それは果たして、プレゼントか施しか、優しさか単なる気まぐれか。どちらにせよ、ジュリマリコンビは、飛び上がらんばかりにキャーキャー喜んでいた。
「ねぇ、天道、ウチにはないの?」
「あー、まぁ、その内な」
「なるべく早く頼むね」
ふんす、と何故か偉そうな杏子の態度に、流石の龍一も苦笑いを浮かべていた。
 




