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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第11章:孤独の射手
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第159話 狂戦士VS射手

 小太郎の『双影』を失った芽衣子。だが、すでに桜井遠矢が陣取るビルのすぐ手前までやって来ていた。遥か遠くに居座る『射手』へと王手をかけるまで、あと一歩といったところ。

 そして、その窮地を遠矢も理解している。ブラフの盾を打ち破った彼は、いよいよ本気で目前に迫った狂戦士を射殺しにかかった。

 芽衣子の頭上から、矢の雨が降り注ぐ。何十人もの弓兵隊がいるかのような大量の矢はしかし、遠矢一人の手によって同時発射と高速連射の技能によって放たれたものだ。逃げ道どころか、回避の隙間さえ埋め尽くす矢を前に、芽衣子は恐れることなく盾を構えた。

「――ちいっ、やっぱ普通の矢じゃ貫けないか」

 芽衣子が掲げる漆黒の大盾『ダークタワーシールド』は、降り注ぐ矢をものともせずに弾き返す。その一発一発は、ゴアの厚い甲殻すら打ち抜く威力を誇るが、ひたすら重く頑強なリビングアーマーの盾を傷つけるには至らない。

「なら、これで――どうだっ!」

 黒角弓をさらに強く引き絞り、放たれたのは一本の矢。だが、武技の力が宿る一射である。

 通常の発射よりも、さらに速く、鋭く、射手の武技『穿撃』は疾走した。

「くっ!」

 ギィインッ! と甲高い金属音が響き、火花が散る。

 流石の芽衣子も呻き声を漏らしたのは、その手に加わった武技の衝撃の重さではなく、目の前に突き出た鏃を見たが故。

 盾は、貫かれていた。

「『穿撃』なら抜ける、が、完全には貫けないか」

 武技『穿撃』の矢は重厚な黒盾を貫いたが、芽衣子の体にまでは届いていない。突き刺さった途中で止まり、盾の持ち手にまで矢は至らないようだ。

 かといって、とても安心はできない。次は、そのまた次は、今度こそ貫かれるかもしれない。あるいは、こんな威力の矢を何発も受け続ければ、先に盾が割れてしまう。

「屋上に着くまで、保てばいい!」

「その前に、邪魔な盾は剥ぐ!」

 全速前進の覚悟を固める狂戦士と、それを妨げる射手。両者の距離は、すでにビルの高さ分ほどしかない。

 ビルの正面玄関にまで至った芽衣子に向かって、遠矢渾身の武技が降り注いだ。

「――っ!」

 ガン、ガンと強い衝撃が盾を構える腕に響く。同時に、盾の裏側に顔をのぞかせる鏃に、再び冷や汗を流す。

 放たれた『穿撃』は二発。武技の二連射は盾を貫いたが、芽衣子には届かず、盾が割れることもなかった。

 防ぎきった――否。そこで三連射目の武技が襲い掛かった。

「あっ!」

 より大きく響きわたった金属音と震動音と共に、『ダークタワーシールド』が芽衣子の手から離れる。

「よし、『衝波』のインパクトには耐えられなかったな」

 三発目の射手の武技は、貫通力強化の『穿撃』ではなく、衝撃波を発生させる『衝波』であった。

 矢が持つ貫通力を衝撃波へと変換させることで、命中した際に盾に加わる震動と衝撃は比べものにならないほど増幅される。二発の『穿撃』を辛くも受けきった直後に、それだけの衝撃が加われば、芽衣子とて盾をその手から弾かれざるを得なかった。

 遠矢の目に、焦りを浮かべた芽衣子の表情が見える。矢を防ぐ唯一の手段を失えば、当然のことだろう。

 しかし、彼女が弾き飛ばされた盾を見送ったのは一瞬のこと。大盾がガランガランと音を立てて地面に落ちる頃には、すでに芽衣子は頭上にある敵へと目を向けていた。

 狂戦士の闘志は、盾を一枚失ったくらいで、消えるはずもない。

「ビルに入れば、勝てると思ってるのか――」

 あと数歩進めば、芽衣子はいよいよ遠矢の陣取るビルへと入ることができる。

 だがしかし、射手としてここに籠ると決めた、大事な拠点。傷ついた最愛の人を寝かせておく、大切なホーム。

 そんな場所を、自分以外に防備を置かないはずはない。

「時間は幾らでもあった。このビルの中はトラップだらけだ。地の利はまだ、俺の方にある」

 遠矢は元々、そのテのことに詳しいワケではなかったが、拙い知識と試行錯誤で、数々のブービートラップをビルの中に設置してきた。

 崩れかけの通路を利用した落とし穴。毒煙玉を仕込んだワイヤートラップ。階段の各所には松明油混じりのオイルで滑らせ、火矢で着火も可能。

 効果のほどは、ゴーヴの集団やフラっと迷い込んできた数々の魔物で実証済み。たとえ、罠一つで殺傷力が足りずとも、少しでも攪乱や足止めになれば、射手である遠矢がトドメを刺すのは容易いことだ。

 仕掛けたトラップの位置と、ビル内の構造は完璧に頭の中に叩きこんである。この中で戦うならば、狂戦士相手でも十分に接近戦でのアドバンテージはとれる。まだ、自分の優位は揺らがない。

 そう思って冷静さを保つ遠矢を、芽衣子は次の一歩で崩しにかかる。

 芽衣子が走ったのは、ビルへ入る玄関ではなく――壁であった。

「ま、まさか、壁を走れるのかっ!?」

 そのまさかの光景が、目の前の現実となって襲いかかる。

 ズン、ズン、と外壁の石材を砕くような力強い足取りで、芽衣子の体は垂直の壁面を走り始めていた。

 人間が壁をそのまま走る、という現実離れした光景に軽く衝撃を受けるが……思えば、自分だって『疾駆』の効果で似たような真似ができることに気づき、納得もする。

「移動系の武技があれば、こういうこともできるってか……」

 芽衣子が『疾駆』を極めているのか、『壁走り』なんていう専用武技を習得しているのか、あるいは素の身体能力で壁を踏み砕いて走っているだけなのか、詳しいことは分からないが、彼女がかなりの速度でビルの外壁を登り続けてくるのは、紛れもない事実である。

 予想外の行動に、遠矢の心に焦りはある。だが、まだ勝負を捨てるほどではない。

「盾はない。壁には遮蔽物もない。射殺すには絶好の場所だぞ、双葉さん」

 ここが、射手にとって最後のキルゾーン。

 壁を走って迫りくる芽衣子から、肌をビリビリと刺すような殺意の気配を感じながらも、遠矢は臆することなく弓を引く。

 屋上から飛び降りるような体勢で大きく壁側に体を乗り出し、垂直であれどもただの平面にすぎない壁を疾走する芽衣子へと、狙いを定める。

「貫け、『穿撃』」

 確実に仕留めるために、武技を行使。

 僅か十数メートルの距離を、瞬時に駆け抜ける必殺の矢はしかし――黒い一閃によって防がれる。

「弾いた!? くそっ、この距離で――」

 芽衣子が手にしたのは、禍々しい赤黒いオーラを纏った一振りの剣。包丁をより大きく凶悪にしたような形状の片刃の剣は、ゴーマ城のボスである四腕ゴグマを倒して進化を果たした呪いの武器『八つ裂き牛魔刀』である。

 魔法の武器とはまた異なる『呪い』という力を宿す牛魔刀は、矢の武技を真っ向から弾き返すだけの性能を持つ。もっとも、それを実現させるのは、狂戦士の驚異的な反応速度あってのことだが。

「奥の手の魔法剣ってところか。けど、それはこっちにもあるっ!」

 方針転換。威力重視の武技よりも、手数が有利となる場合もある。今がその時だ。

 今や芽衣子の身を守るのは、禍々しい黒い剣が一本きり。彼女の能力から、速く重い武技でも弾くことはできる。しかし、肉体そのものは人間。天職の効果で強化されていたとしても、あの漆黒の大盾より硬いことはありえない。

 仕留めるならば、通常の射撃でも十分。剣一本で捌き切れないだけの、数を射かければそれでいい。

 さらに、あえては使わなかった毒矢もつぎ込む。


『猛毒矢』:『猛毒ヴィオラ・ポワゾン』が付加された強い毒の矢。


 雛菊早矢が戦いの中で獲得した、『ポワゾン』の上位魔法、『猛毒ヴィオラ・ポワゾン』の宿った毒矢である。

 武技を除けば、この『猛毒矢』は最も殺傷性の高い武器である。カスリ傷でも致命傷になるだけの、強力な毒性を持つ。『猛毒』の名に偽りはない。

「これで、終わりだ!」

 クラスメイトの女子を毒矢で撃つという躊躇を振り切り、遠矢は情け容赦なく矢を放つ。一本だけではない。矢筒に入っている『猛毒矢』をありったけつぎ込む。

 今、目の前に迫る彼女は、それだけの価値がある強敵である。出し惜しみはしない。

「んっ、くうっ……」

 機関銃のような速さと数で殺到して来る毒矢を前に、芽衣子の迎撃能力も限界を迎えた。

 目にも止まらぬ速さ、それでいて、正確に急所へと飛来する矢を呪いの刃で切り払う――だが、それ以外の部分にはヒットを許す。

 まず、左の肩口に一本の毒矢が突き刺さる。

 鋭い痛み、と同時に、焼けただれるような猛烈な熱を感じた。

 次は頬を鏃がかすめ、その次は右の太もも、そのまた次は脇腹に突き刺さる。

矢に込められた『猛毒ヴィオラ・ポワゾン』は効果を発揮し、激痛となって芽衣子の体を襲う――

「な、何故、止まらないっ!? 毒が効いていないのか!」

 芽衣子は走り続けた。いくら急所は外れているとはいえ、その身に幾本もの毒矢を受けて尚、止まらない。

「破ぁあああああああああああああああああああああっ!」

 腹の底から震えるような雄たけびと共に、狂戦士がついに間合いへと踏み込もうと迫る。

 ダメだ、止められない。

 最早、距離のアドバンテージを完全に失ったことを悟った遠矢は、一目散にビル内へと一時撤退すべく踵を返す。

 芽衣子の速力は相当なものだが、こちらもまた『疾駆』で素早く走ることができる。スプリントでそうそう後れを取ることはない。

 自らがビル内に撤退できれば、今度こそ拠点内での罠という地の利を得られる。今の芽衣子の様子を見るに、その程度の優位性では不安だが、それでも、このまま屋上で正面対決するより遥かに勝機はある。

 そうして、遠矢が一歩目を踏み出した、その瞬間だった。

「キョエエエエエエエエエエエエエエッ!」

 甲高い鳴き声と共に、一羽のカラスが目の前に飛び出してきた。

 上空からハヤブサのように急降下してきたその黒い鳥は、明らかに遠矢を狙っていた。

「くそっ、コイツは、桃川の――」

 芽衣子が距離を詰め切る寸前で、遠矢が距離をとるために逃げの一手を打つだろうことは、分かり切っていた。

 だからこそ、小太郎はもう一羽のカラスレムを用意しておいた。

 芽衣子がビルにまで迫れば、いくら遠矢でもその対応に手いっぱいで、今度こそ川を渡りくる鳥にまで手が回らない。

 そして、遠矢の逃走を阻止するカラスレムが、今の小太郎が行使できる操作能力の限界ギリギリのラインでもあった。

「――やっと追いついた、桜井君」

 届いた芽衣子の声に、ゾっとする。

 すでに、頭上から襲い掛かって来たカラスの使い魔は、ほぼ反射的に引いた矢の一撃でもって、撃ち落としている。

 だが、攻撃をするために足が止まった。ほんの一瞬、僅かな隙。けれど、芽衣子が屋上に辿り着くには十分すぎるタイムであった。彼女は今、遠矢のすぐ、真後ろにいる。

「があああっ!」

 振り向く間もなく、刃の一撃が背中へと叩きこまれる。

 背負った矢筒ごと、あっけなく切り裂かれて、ドっと血飛沫を上げながら倒れ込む。

「ぐっ、うぅ……」

 立てない。たった一撃で致命傷。だが、特に防御に優れるわけでもない射手にとっては、当たり前の結果。

「く、う、くそぉ……」

 それでも、気合いを振り絞って、体を起こし、手放さなかった黒角弓を構え――そこで、音もなく左手首を黒い斬撃が薙ぐ。

「うぁああああああああああああああああああああっ!」

 弓を握った手首ごと斬り飛ばされた。

 深い傷を負っているはずの背中と、断面から勢いよく鮮血の噴き出る手首は、不思議と痛みはなく、ただ、ジンジンとした熱さだけを感じる。しかし、痛みの代わりに、絶望感だけは嫌というほど遠矢の心を蝕む。

 勝てない。毒矢を叩きこんでも止まらなかった、双葉芽衣子という怪物を相手に、逆転できる手段が何一つ思いつかない。

 ついに、心は折れる。

「ふ、双葉さん……頼む……」

「命乞いは、あんまり聞きたくないな」

 だから、遠矢にできることは、もうこれしかなかった。

「俺のことは、いい……でも、早矢ちゃんは、彼女だけは、どうか助けてくれ」

「それは――」

 無理だよ。そう言い切るのは簡単だった。そして、それは紛れもない事実でもある。

 桜井遠矢は雛菊早矢を愛している。そして、雛菊早矢も桜井遠矢を愛している。

 遠矢を殺した相手となれば、早矢もまた決して許さないだろう。

 殺意を持った相手を、小太郎は容赦しない。小太郎の敵を、芽衣子は許さない。

 和解の道は、最初からありはしないのだ。

「――うん、大丈夫。小太郎くんの薬で、雛菊さんはきっと治るから」

「そうか、良かった……」

 心の底から安堵したような、救われたような、そんな純粋な微笑みを浮かべる遠矢の表情は、死の縁にあって尚、神々しかった。

 ああ、愛のなんと美しいことか。

 その愛を踏みにじることの、なんと悲しいことか。

 けれど、立ち塞がった敵である『射手』桜井遠矢を殺すことが、『狂戦士』双葉芽衣子にとっての愛でもある。

 故に、迷いはなかった。

「ごめんね、桜井君。さようなら――」

 呪いの刃は、桜井遠矢の首を切り裂き、確かにその命を刈り取ったのだった。

 2018年9月28日


 24日にコミック版『黒の魔王』が公開されました。まだ読んでいない、忘れていた、という方は今すぐ『コミックウォーカー』へどうぞ。そもそも『黒の魔王』を読んでいない、という呪術師オンリーの方がいましたら、是非この機会に読み始めてください。現在680話、文字数400万弱と読み応えは保証します!

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― 新着の感想 ―
わざわざ殺す必要なかったって言ってる奴転送門の存在忘れてないか?
桜井君は二人で元の世界に帰るためなら、雛菊さんを助けた人でも殺せる人間だろうし、後衛だから双葉さんが前衛で戦う間に十分に小太郎君を殺せる。 蒼真君達と敵対してる時点で皆で元の世界に帰るという蒼真君だよ…
[気になる点] わざわざ殺す必要なかったでしょ。 双葉が近づけたあの段階なら無力化もできたし、死んじゃってたけど彼女の方も無力化してる間に傷薬使ってたら直すこともできてそのまま仲間にできてたし、主人公…
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