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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第11章:孤独の射手
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第158話 呪術師VS射手

 川辺に立つ高いビルの屋上で、一人、川にかかる橋を眺める。

 ここへ籠って、どれくらい経つだろうか。

 やけに肝が据わった態度の桃川と、どういう魔法なのか誰もが振り返る巨乳美少女へとダイエットしていた双葉さんのコンビが現れてから、三日以上は経過しているとは思う。

「桃川の薬、試してみるべきだったか……いや、ダメだ、リスクは冒せない」

 敵対的な態度をとったことは、絶対に正しかったどうか、正直、自信はない。こんな状況では、何が正解で、何が失敗なのか、省みる余裕も余地もありはしないのだから。

 桃川がポーションはないけど薬はある、という言葉を信じるのは簡単だった。今の俺には、飛びつきたいほど魅力的な話だ。

 だが、俺の『直感』が「桃川は危険だ」と訴えていた。

 天職『射手』となったことで、超常的な、あるいは魔法的なのか、何にせよ、鋭い、の一言では済まないほどの直感力が身についている。天職のスキルとしても『直感』というのを獲得しているし。 だから、俺はそれに従った。

 けれど、こうして時間が経ち、一人きりで先の見えない警戒をし続けていると、不安感と焦燥感ばかりが募っていく。

 もしかすると桃川の薬を使えば、すぐに早矢ちゃんは治ったかもしれない。ひょっとして俺は、彼女を治す唯一の方法を自ら放棄してしまったのではないか。

 そんな、どうしようもないことばかり考え込んでしまう。

 けれど、何度考え直しても、あの桃川の姿を思い返せば、やはり危険は避けなければいけなかった。外見こそ特に変わった様子はない、相変わらずの童顔の女顔だったが……教室の隅でぼんやりしているアイツとは、明らかに気配が違っていた。

 それも当然だろう。曲がりなりにも、ダンジョンをここまで進んできたのだ。それ相応の修羅場を潜り抜けているに違いない。証拠も何もない、完全にただの勘ではあったが、桃川が人を殺した経験すらしている、という予感に間違いはないはずだ。

 そして何より、当てなかったとはいえ、警告の射撃を受けておきながら、あの堂々とした交渉態度。道連れにする能力、だったか。嘘か真かは分からないが、真っ先にソレを口にして俺から射殺の選択肢を奪ったのは狡猾の一言に尽きる。

 今の俺の直感は鋭いが、あらゆる嘘を見抜くことができるワケではない。だから、桃川の道連れ能力も、傷薬のことも、はっきりしたことは何も分からない。アイツの言葉はどこまで本当で、どこからが嘘なのか。

 人に対する疑心暗鬼もあるだろう。それでも桃川の話しぶりを聞くに、アイツは突然の脅迫者を相手にしても、抜け目なく交渉に持ち込める頭のキレがあることに間違いはない。そんな察しの良い奴を相手にするなら、唯々諾々と向こうの言い分を呑むのは危険だろう。

 万が一、早矢ちゃんを人質になんてとられたら、俺にはもう手の打ちようはない。

 そこまで分かっておきながら、桃川の薬を使っていれば……と思ってしまうのは、それがそのまま、俺の心の弱さである。

「はぁ……頼むよ、神様、どうか早矢ちゃんを治してくれ……」

 今の彼女の容体は、安定している、と思いたい。出血こそおさまっているが、痛々しい傷痕は塞がらないし、消毒液や綺麗な包帯もない状態だから、感染症とか他の危険性だってある。出来る限りの応急処置はしているが、彼女の傷を癒すには、やはりポーションのような魔法の薬の力が必要になるだろう。

 このまま安静にしていても、自然に治癒するとは思えない。最近は食欲もかなり失せているのか、全然、食事も食べないし。

「どうする、少し遠出してでも、俺がポーションを探してみるか」

 近場はとっくに探し尽くした。傷ついた早矢ちゃんの傍を離れるのは危険だが、獲物を狩るためにここを離れる必要もあるし、そのついでで周辺の探索も行った。

 この辺には、ポーションの入った宝箱は見つからなかった。けど、この大きな遺跡街ならば、どこかに一つくらいならあるはず。ならば、一日、二日、ここを離れる覚悟でポーションを探しに行くのが、最も希望の持てそうな選択ではあるが……

「くそっ、ダメだ、近くにはまだ桃川が潜伏しているはずだ」

 もし俺が遠出しているのがバレれば、アイツは橋を渡って、誰にも邪魔されずに無防備な早矢ちゃんを人質にとることができる。

「最初に殺しておくべきだったか……」

 いいや、それも短慮に過ぎる。俺が自分でポーションを探し出すのと、桃川が要求に従ってポーションを探すこと、どちらの可能性も五十歩百歩といったところだろう。

 つまるところ、今の俺にはこれといった手が打てない、八方ふさがりの状況でしかないのだ。

「考えろ。考える時間は腐るほどある。何か、早矢ちゃんを治すいい方法が――っ!?」

 どうやら、考える時間すらなくなったのだと、俺の直感が教えてくれた。

 敵の存在を感知する時は、大抵『直感』スキルが先に働いて、次に『索敵』でおおまかな位置を特定。最後に『鷹目』で目視するか、『風読』の副次効果である音を拾って、完全に敵の存在を捕捉する。

 今は、すでに『索敵』にかかっていて、どこにいるかが何となく分かって来た。

 いや、この足取りなら、スキルなんてなくても、すぐに気づいたな。敵は堂々と真っ直ぐに、俺が封鎖している橋へと向かってきたのだから。

「桜井くーん、いるー?」

 小学生のように大声で名前を叫ぶのは、やはり、桃川だった。

「来たか、桃川。ポーションは見つかったのか――って、なんだその格好は!?」

 現れたのは、紛うことなく桃川である。勿論、双葉さんも一緒だ。しかし、その二人の状態が問題であった。

 双葉さんが、デカい盾を持っている。そして、その盾に桃川が磔にされているのだ。

 お前、一体どんな罪を犯したんだよ。巨乳美人になった双葉さんの水浴びでも覗いたか?

 重厚な黒い大盾に、ロープでグルグル巻きにして縛りつけられた桃川は、どこからどう見ても、これから脇腹を槍で刺されるか、火あぶりに処されるか、といった状態の罪人であるのだが、当の本人は余裕の表情で俺を呼んだことから、双葉さんから罰せられているワケではないのだろう。

「桜井君、悪いけれど、こっちも命がけだからね。だから、万全の態勢で来たってことさ」

「そ、そうか」

 そういうプレイで遊んでいるワケではないのだな。

 しかし、その口ぶりでは、どうやら大人しくポーションを見つけて譲り渡すということではなさそうだ。

「ポーションは見つかったのか?」

「いいや、見つからなかったよ。もう一度聞くけれど、僕の傷薬を使う気はある?」

「俺の答えは変わらない」

 薬を試すべきか。躊躇はある、だが、肯定はできない。

「ここを通りたければ、ポーションを持ってくるか、俺と戦うか、二つに一つだ」

「僕らと戦うのは、桜井君にとっても危険があると思う。余計な戦いは避けて、ここは一つ、僕らのことは見なかったことにして、ただ通してくれるワケにはいかないかな」

「スルーするくらいなら、最初から脅しなんてしないさ。お前の方こそ、ポーションを探して持ってきた方が、安全確実だぞ」

 いつでも警告射撃ができるよう、俺は矢を黒角弓に番えて、ギリギリと引き絞る。

 これで、もう一度交渉を試みた、というだけなら終わりだが……さぁ、どう出る、桃川。

「そっか、残念だよ……それなら、君を倒して、押し通らせてもらう」

 そう桃川が宣言した瞬間、双葉さんが走り出した。重そうな装備に反して、その足はなかなかに速い。

「後悔するぞ、桃川!」

 まずは、警告代わりにそのまま矢を放つ。空を切り裂き、矢が一直線に空間を駆け抜ける。

 ガツンッ! と音を立てて、双葉さんが踏み込んだ足元を矢が射抜く。

 だが、彼女に立ち止まる様子はない。むしろ、矢が飛んできたことに気づいてすらいないような反応――いや、違う。アレは、俺が初弾は絶対に命中させないと分かっているから、避けることも、防ぐ素振りも、それどころかビビる様子すらなかったんだ。

 けれど、それを分かっているというだけで実行できるのだから、双葉さん、大した度胸だ。クラスでは早矢ちゃんに負けず劣らず気弱な感じだったというのに。彼女もまた、この過酷なダンジョンサバイバルで変わったということか。

「警告はしたぞ。次は、当てる!」

「僕の能力、忘れたワケじゃあないよね、桜井君?」

「縛られたお前じゃあ、双葉さんと共倒れだろうが――っ!」

 桃川付きの盾を構えたまま、疾走する双葉さんの足に狙いをつけた、その瞬間だ。

 盾が動いた。

 僅かに、足元をガードするように。気のせいじゃない、確かに動いた。

「まさか、狙いが分かるのか。なんて直感力だ……」

 そうだ、天職という超常的な能力を得ているのは、俺だけではない。桃川は異様な雰囲気こそ纏っているが、身体的に大した強さはないというのは何となく察せられる。

 だが、双葉さんは違う。彼女は恐らく、バリバリの戦闘天職を得ている。だからこそ、あの持ち上げるだけでもキツそうな、バカデカい黒盾を構え、さらには、桃川といういくら小柄とはいえ40キロ以上は確実にある重りを縛り付けても、ああして涼しい顔で走ることができるのだ。

 もしかすれば100キロあるかもしれないクソ重い装備を抱え、それでいて陸上部エースの夏川さん並みの速度で走っている。超人的な身体能力を獲得しているのは、これだけでもう明らかだ。

 そして、強化されているのは肉体だけでなく、その直感もそうだ。

「そうか、文字通り、桃川を盾にしているってことかよ」

 ただ盾としてかざしているだけなら、桃川を避けて撃ち抜くことは可能だ。よくハリウッド映画である、テロリストが女子供に銃をつきつけて人質、なんていう体勢でも、今の俺なら正確に犯人だけを狙い打てる。

 だがしかし、多少なりとも射撃に反応して盾を動かされれば、その限りではない。

 双葉さんは間違いなく、俺の狙撃に対して反応できる、直感か動体視力か、あるいは両方の力を持っている。ただ狙い撃つだけでは、桃川に命中する可能性は高い。

 桃川の道連れ能力が事実であった場合、ウッカリ急所を射抜いてしまえばそれでお終いだ。そうでなくても、腕や足に一発喰らえば、それだけで俺はほぼ戦闘不能となる。

 道連れ能力が嘘だったなら、構わず撃ち抜ける。しかし能力を検証しなければ、桃川に致命傷を負わせることはできない。

 嘘か真か、試すのは簡単だ。カスリ傷だけ負わせればいい。

 だが、それを双葉さんが許さない。彼女が盾を動かせば、カスリ傷狙いだった軌道が、桃川の手足直撃コースに変わる。

 いや、むしろ、ソレを狙っているのか。

 俺が負傷すれば、回復手段はない。こっちはポーションを要求しているのだ。負傷を即座に回復する手段がないことを、すでに自ら明かしてしまっている。

 だが、桃川には自前の傷薬がある。それも、その効果は結構なものらしい。だから手足の一本くらい犠牲にしても、後で治せばそれでいい。負傷して動けない俺を始末した後で、ゆっくりと治療できるのだ。

「くそ、どうする……」

 双葉さんの走る速度は落ちるどころか、どんどん速くなっているようにも見える。それなりに長い橋だが、このまま走り抜ければ20秒もかからない。

 考える時間すら足りない……

「落ち着け」

 盾になっている桃川。道連れ能力は、俺の直感でいえば、嘘の可能性が高いと思う。

 本当に自分の命を賭けているなら、もう少し焦りや緊張もあるはずだ。桃川の肝は据わっていることは認めるが、それでも全くないはずではない。

 それでもあの余裕ぶりは、自分の身の安全が確保できているが故。

 しかし、それもあくまで可能性に過ぎない。イチかバチかで桃川を射殺してみるには、あまりに危険すぎる。

 やはり一度、能力検証は必要。

 これで道連れ能力が事実なら、もう腹をくくって桃川抱えた双葉さんと近距離で正面対決に挑むしかない。

 だが、もし嘘であることが確定すれば、まだ遠距離攻撃のアドバンテージはこちらにある。桃川ごと、武技でもって彼女を射殺してみせる。

 そして、この能力検証をするためには……

「そうだ、コイツを使って――んっ、なんだ」

 閃きのような発想が思いついた、その瞬間、新たな異常を察知する。

「ただの鳥か?」

 俺が陣取っているのは屋上だ。だから、空はよく見える。

 夜も曇も訪れない、明るい地下空間の空に、鳥の群れが飛んでくるのが見えた。『鷹目』がなくたって、誰でも普通に確認できる。

 ここは緑の自然に侵蝕されているから、魔物の他にも普通の動物が生息している。鳥だって、何種類もいることは、ここで過ごしていれば当たり前に気づける。

 だから、飛んでくる鳥は見覚えのある鳥ばかりで、これといって異常はない。

 だがしかし、明らかに種類の異なる鳥たちが、まるで一つの群れであるかのように編隊飛行をしてくるのは、正常といえるだろうか?

「くそっ、これも桃川の仕業か!?」

 鳥の群れは、川の向こうから真っ直ぐこちらに向かって飛んできている。どう考えても、桃川があの鳥を操っているとしか思えない。

 ビル屋上の狙撃地点に居座る俺を、空から鳥をけしかけて邪魔しようっていうのか。それも、双葉さんが橋を走り続ける、このタイミングで。

「万全の体勢ってのは、このことかよ、桃川」

 恐ろしい男だ。俺のスナイパースタイルを見て、的確にその対処法を用意してきたのだ。

 アイツは俺を邪魔者とみて、何の躊躇もなく淡々と殺す準備を進めてきたのだろうか。あるいは、感情面でも俺と言うクラスメイトを殺すことに、戸惑いを覚え、それでも先に進むためにやむなく攻勢に出たのか……いいや、そんなこと、今考えることじゃあないな。

 感傷的になる必要はない。

 俺は早矢ちゃんを守るためなら何でもする。そして、桃川も生き残るためなら何でもする。俺と奴は、すでに敵同士。ならば、あとは戦うだけのことだろうが。

「嫌な奴を敵に回してしまったな……けど、俺の弓の腕を、舐めるなよっ!」

 矢を二本、いや、三本番える。相手が群れの時に便利な、同時発射だ。特にスキルではない。けど、射手として戦い続けていれば、当たり前に習得できる自前の技術である。

「疾っ!」

 ヒュウン、と風切音をたてて、三本の矢が同時に、けれど、別々の軌道で飛んでゆく。明後日の方向に逸れたものは、一本たりともない。

 一の矢は、オウムのような大き目の鳥を貫く。二の矢は、鳩のような鳥を。三の矢は、スズメのような小さな鳥を、二羽まとめて射抜いた。

「ちっ、このペースじゃ間に合わない」

 鳥にたかられれば、その時点で双葉さんの接近を許してしまう。まだ、桃川の道連れ能力の検証が終わっていない。このまま、危険な近距離戦に入るのはまずい。

 速やかに、鳥の群れを排除する。そのための手段は、一つしかない。

「すぅ……はぁ……」

 焦る気持ち、乱れる心を落ち着かせる。深呼吸は一回でいい。

 飽きるほど繰り返した弓道の所作で、ゆっくりと、そして、確実に矢を番える。今度は、一本だけでいい。

 すると、番えた矢は仄かに青白い光を宿す。

「――『流星』」

 俺が持つ、最大威力の武技を放つ。

 放たれた瞬間、矢は閃光のように眩しく輝き、真昼の明るさの空に映るほど、輝く光の尾を引いて飛んでゆく。なるほど、その様は確かに『流星』の名に相応しい。

 そして眩い光の矢は、群れの先頭を飛ぶ黒いカラスのような鳥に直撃し――大爆発を巻き起こす。

 青白い光が空中に炸裂し、その爆発は鳥の群れを全て飲み込み、一撃で葬り去った。

熱風が頬を撫でてゆくのを感じながら、大きく息を吐く。

「よし、次だ」

 武技を放った後の、僅か一拍の硬直すら惜しい。『流星』を撃つための、ゆっくりした準備動作に、発射後に俺が動けるまでの時間。この数秒間で、双葉さんはいよいよ橋を渡り切りそうなあたりまで進んできていた。

 けれど、焦るな。

 タイムリミットの緊張感に指先が震えそうだが、それでも道中で何度も繰り返してきた動作として、流れるように矢筒へと手を伸ばす。

 普通の矢は、背負った矢筒に入れている。そして普通じゃない方の矢は、腰に装着した矢筒へと入れて、分別している。

 取り出した矢は、『毒煙玉』だ。


『毒煙玉』:『ポワゾン』の煙を封じた玉。


 玉は着弾の衝撃で弾け、早矢ちゃんが封入した『ポワゾン』の煙、つまり毒ガスが瞬く間に広がる、毒矢のグレネードバージョンみたいなモノだ。牙の生えた鼠とか、歯の生えたゴキブリとか、小型の魔物を殲滅する時に便利な一品である。

 元々、『ポワゾン』は単体にかける魔法だから、毒ガス状にして霧散させると、その分だけ威力は落ちる。殺傷力こそ低いが、即効性は変わらない。

 つまり、コレを炸裂させれば、道連れ能力を検証できるのだ。即効性だから、喰らえばすぐに結果が分かる。弱い毒だから、事実だとしても俺への影響は薄い。というか、早矢ちゃんがいざという時のために、解毒薬も作っておいてくれてるから、俺に対する毒ダメージは皆無。

「コイツで、嘘か真か、見極めさせてもらうぞ、桃川――」

 放った『毒煙玉』は、双葉さんの前方で炸裂。あからさまに毒々しい、濃い紫色の煙が広がり、橋の上を覆ってゆく。毒ガスを避けて、通り抜けるのは不可能な範囲である。

 明らかに危険なガスが目の前に広がっているというのに、やはり度胸があるのか、双葉さんは迷いなく、そのまま走り込んで行った。

「……ふっ、やっぱり嘘だったか」

 体に異常はない。息を止めていたとしても、『ポワゾン』は皮膚に触れただけでもある程度の効果は発する。

 頭痛、めまい、吐き気、倦怠感、どの軽度の症状も現れない。

 ということは、つまり、そういうことなのだ。

「ここからは、全力でいかせてもらうぞっ!」

 惑わされた鬱憤を晴らすように、俺は弓を力いっぱい引き絞り――今だ。

 煙る毒ガスを突っ切って双葉さんが再び姿を現した瞬間を狙い撃ち。

「――っ!?」

 けど、流石だな。やっぱり、俺の狙撃に反応しきってみせた。放った矢は、かざした盾に見事に弾かれる。それも、縛られた桃川を避けた部分で。

「健気だな。だが、もう無意味だ!」

 間髪入れずに、次を、そのまた次を撃つ。撃つ、撃ちまくる。

 天職『射手』だからこそ可能な速射。さながらマシンガンのように、矢を連続で放ってゆく。

「くっ――」

 いくらなんでも、これだけの連続射撃に双葉さんも対応しきれない。十三発目までは、桃川に当たらない部分で受けてみせたが、それから先は、ついに直撃を許す。

 掌に、脛に、肩に、腿に。桃川の小さな体に次々と矢が突き立ったが、やはり、俺の体には何の痛みもありはしない。

「これで終わりだ、桃川」

 心臓と額、両方の急所に同時に矢が突き立った――瞬間、桃川の体が爆ぜた。

 爆発、ではない。何だ、いきなり黒い靄みたいなのが弾けて、桃川の死体が、ない。消えている。

「偽物か、幻覚かといったところか。どこまでも抜け目のない奴だな」

 まぁいい。先に強力な戦士である双葉さんを倒せば、お前を守る者は誰もいなくなる。

 本物の桃川が近くに潜んでいるのは、間違いないはずだ。彼女を倒した後、探し出して確実に殺す。

 桃川、お前は放っておくには、あまりにも危険すぎるからな。

「これで邪魔者はいなくなった。正々堂々、勝負といこうか、双葉さん」

 偽物とはいえ、桃川を撃ち殺した俺に対し、恐ろしい形相を浮かべる彼女に向かって、俺は全力で黒角弓を引いた。

2018年9月21日


『黒の魔王』のコミカライズは、24日から連載開始です! どうぞ皆さん、お見逃しなく。『コミックウォーカ-』と『ニコニコ静画』でどうぞ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 小太郎が危険だと直感で分かるからこそ、疑心暗鬼に陥って敵対か。 スキルに振り回されてますなぁ。 数日もポーションを待つくらいなら、お手製傷薬の検証をすれば良いものを…。 このデスゲーム…
[一言] あー サブタイを見た瞬間で最早期待していないけど 視野が狭くなったなぁ  薬を作れるのは確かに毒も作れる事を意味するけど… ポーションが無いのに薬を持っているのだから量を確保できることも同…
[気になる点] 絶対に正しかったどうか、正直、自信はない
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