第157話 渡河作戦(2)
「――『風刃』」
放たれた風の刃は乾いた地面に炸裂し、砂埃を巻き上げる……だが、それだけ。
「ダメだ。こんなんじゃとても、煙幕代わりにはならないな」
狙撃を防ぐ手段で最も簡単なのは、遮蔽物を設けることと、隠れることであろう。
桜井君は弓矢を撃ってくる。飛んでくるのは、サーモグラフィーやソナーで自動追尾能力を持つ誘導ミサイルでも無人ドローンでもない。要するに、煙幕などで視界を遮ることが出来れば、多少なりとも彼の精密狙撃から逃れることができるのではないかと思ったワケだ。
普通、的が見えなくなれば弓の達人でも命中させるのは無理だけど、そこは超人的な能力を授かる天職『射手』である。視界を遮っても、ある程度は狙ってあててくると想定すべきだろう。
「うーん、下川の『水霧』は凄い魔法だったんだなー」
なんだかんだで、アレでピンチを切り抜けてきたこともあった、優秀な魔法だ。一発でお手軽に、広範囲の視界を防ぐ『水霧』の汎用性は抜群だ。おまけに、術者は視界が遮られないという機能もついてるし。
煙幕一つ張るにしても、魔法やスキルがなければ難しい。試しに『風刃』を地面に撃ってみたものの、人の姿を覆い隠すほどの砂埃は巻き上がらないし、上がったとしても、滞留せずにすぐに収まってしまう。
現実的な手段で煙幕を張るならば、やはり、継続的に煙を発生させる仕組みが必要だ。
「ダンジョンのど真ん中で、スモークグレネードを作れというのか」
クラフトゲームだったら割とありそうな展開だけれど、いざリアルでそういう工作をしようと思うと、なかなか難しい。工具も材料もなければ、製作方法も見当がつかない。
「松明の油くらいは抽出できそうだけど、ただ燃えるだけじゃあんまり意味ないし……」
うんうんと頭をひねりながら、一旦、広場へと戻る。
現在の妖精広場は、噴水周辺がメイちゃんのキッチンと風呂場になっており、並木の辺りはハンモックを吊った寝室、で、入り口近くは雑多な素材を並べた倉庫と化している。
スナイパー桜井攻略戦のために、何か使えるモノはないか、組み合わせて新しいモノができないか、考えるためにこの辺で集めてきた素材をとりあえず並べて置いてある。今いる遺跡街は、植生そのものはジャングルとほぼ同じなので、様々な植物由来の素材が採取できる。ハイゾンビ以外のモンスターや動物なんかも、探せばそれなりにいるものだ。
周辺探索と宝箱探しを経て、現時点でもかなりの種類の動植物素材が集まっているのだが、どれも劇的な効能を持つようなモノはない。せいぜい、料理に使えそうな食材が増えて、食生活が豊かになったくらい。今日のメイちゃんは、複数のハーブや香辛料を組み合わせて、オリジナルスパイスの作成に熱中している。今日も夕食が楽しみだ。
「はぁ……これで『簡易錬成陣』だけでも使えれば、もっと新しい武器とかアイテムが作れたかもしれないのに」
ないものねだりをしていても仕方がない。とにかく、手持ちのモノと、この場で集められるモノでどうにかするしかないのだから。
かといって、今の僕の所持品で、特別な何かがありそうなモノといえば……うーん、天道君が選別でくれた『召喚術士の髑髏』くらいだろうか?
「なんとかコイツをレムに組み込んで、召喚術を使えるように……」
無理なんだな、それが。
そんなの、最初にこれが手に入った時に、試してみたよ。ダメだったよ。ついこの間も試してみたけど、やっぱりダメだった。上手く取り込めなくて、なんかレムが凄い申し訳なさそうにしている感じが不憫だったので、もう無駄に試すのも戸惑われるし。
「どこまでも期待外れの髑髏め。いっそぶっ壊してやろうか」
この魔法の杖で『風刃』の的代わりにしてやってもいいんだぞい。
などと、半ば八つ当たり気味に杖を構えたところで、ふと思いつく。
「髑髏って、なんかこの杖にハマりそうだな」
ふと、杖にある風属性の玉と、髑髏を見比べてみると、そう思った。
サイズとしては、人間の頭蓋骨である『召喚術士の髑髏』の方が大きいが、鳥の足のようになっている杖先端の掌ギミックなら、上手く握り込めそうなのだ。
「いや、まさか、そんな安直な」
どうせこういうのは期待外れのパターンだろ、と思いつつも、一旦、風の玉をパージして、髑髏をセットしてみる。
ガチリ、と鋭い爪の手が白い頭蓋骨を確かに握りしめた。軽く振って見ても、外れる様子はない。しっかり固定されているようだ。
「出でよ、サラマンダーっ!」
バッっと杖を振りかざしてポーズを決めて叫ぶ。
しかし、なにもおこらなかった。
「ですよね――っ!?」
『愚者の杖』:愚か者は杖を振るう。神の奇跡と知らず、聖者の冒涜と解さず、ただ振るう。
頭の中に走り抜ける、電撃のような感覚。前にもあった。けど、今回は見えた。
「こ、これは……新しい呪術、ってことでいいのかな」
今までも、ふとした拍子にルインヒルデ様から授かった覚えのない呪術が、脳裏に過ることがあった。『黒の血脈』や『蠱毒の器』などがそうである。僕自身の肉体そのものが呪術専用に変質しているタイプのものは、このパターンが多い気がする。
しかし、今回のは僕の体というよりも、杖という武器を持ったが故の反応といったところか。
確かに、呪術師なら魔術士みたいに杖がメイン装備なイメージがあるし、その杖を入手したのもコイツが初めてだし。
「もしかして、なんでもいいから杖を使っていたら、『愚者の杖』とやらは発動できていたのでは……」
ただでさえ手段に乏しいのに、隠しスキルとかマジで勘弁してくださいよルインヒルデ様。僕はピンチの覚醒に期待するよりも、手札は全て把握した上で戦術を決めるタイプなんで。
「まぁいいや。相変わらず、クソの役にも立たないフレーバーテキストだけど、どんな能力があるのか、試してやる」
そして、僕は再び杖を構えて、ポーズを決めて叫ぶ。
「出でよ、サラマンダーっ!」
しかし、なにもおこらなかった。
ちっ、やっぱりサラマンダーはダメか。別に、雷属性の黒ティラノの方でもいいんだけど。そうそう、強モンスをノーコストで召喚とか甘い話はないようだ。
「ええい、何でもいいから出ろよ! 召喚術士だろうお前!」
と、雑に杖を振ってみると――
「うわっ、なんだこれ……魔力を吸い取られているのか……」
気合いを入れてレムを再創造している時のような、急激な魔力消費の感覚が僕を襲う。呪術行使の時は全身から抜け出ていくような感じだけれど、今回は明らかに掌から、杖の方に魔力がダバダバ流れ出ているのを感じた。
そして、湯水の如く流れ出た僕の魔力は、そのまま『愚者の杖』の魔法発動のエネルギーとして使われたようだ。
具体的には、魔法陣が描かれた。
見たことのない、僕の知らない円形の魔法陣だ。直径は約一メートル、図柄と文字はさほど複雑ではなく、割と簡素な模様。魔法陣は光のラインではなく、呪術師らしく、血のようなドロドロした赤い液体によって描かれていた。
そんな不気味な魔法陣が、一、二、三……次々と妖精広場の芝生に描かれてゆき、最終的には十三もの数になる。
そして、全ての魔法陣が出そろったところで、ついに、その内より人影が姿を現す。
「こ、これは……」
魔法陣の内部が、『汚濁の泥人形』作成と同じように、ドロドロとした混沌が渦巻く。そこから、のっそりと起き上がるように現れた人影は……スケルトンだった。
初期型のレムと同じ、色が黒いだけの貧弱なスケルトン。身長も僕と同じ程度だし、明らかにパワー不足なロースペックボディ。
しかし、それが十三の魔法陣の全てから現れたのだ。合わせて、十三体もの黒スケルトン部隊は、僕の前に並び立った。
「おおお、流石にこれだけ数が揃ったのは初めてだよ。もしかして、これが召喚術の力ってことなのかな」
『簡易召喚陣』:使い魔を呼び出す、簡易的な略式召喚陣。呪術の影響か、血で描かれる。
『スケルトン』:基礎的な使い魔の一種。呪術の影響か、色は黒い。
『同調波動』:己の魔力を相手に同調させることで、意思疎通や従属を図る。基礎的な精神魔法。
頭の中に思い浮かんだそれは、いつもの呪術の説明のようでありながら、異なる。これら三つのスキルは、恐らく、天職『召喚術士』のモノだ。
「もしかして、召喚術士の初期スキルが使えるのか」
だとすれば、凄い能力ではなかろうか。
ざっと要約すれば、『愚者の杖』は、天職持ちの頭蓋骨を杖にすることで発動し、その天職の初期スキルを行使できる、といったところだろうか。
使い続ければ熟練度が上がって、さらに新しいスキルも獲得、なんてことになれば、僕は呪術師でありながら、他の天職の能力も同時に習得することができる、成長チート染みた効果ということになる……けど、僕の呪術師としての勘によると、そんなに優秀かつ便利に万能な力があるわけない、と強く確信できる。
初期スキルしか使えない、という可能性は高いし、熟練度システムが実装されていても、莫大な経験値を要求されるレベル調整だとしか思えない。そもそも、本職だって相応の経験と苦労の果てに新スキル解放でレベルアップするのだから、ただの呪術一つでお手軽な成長など望めるはずもない。
だがしかし、たとえ初期スキルのみ、だとしても今の僕にとっては十分すぎる効果である。
「よーし、それじゃあ早速、召喚術の力ってのを、試してみようじゃあないか」
「……うん、やっぱり弱いなコイツら」
意気揚々と十三体の黒スケルトン部隊を連れて、いざ実戦に臨んでみれば、半分以下の数である六体のハイゾンビ相手に余裕で負けました。
「グルル、ガガガ」
「キシャー」
結局、レムとアラクネコンビによってハイゾンビは倒し切った。
この結果は、なんとなく予想はしていたけれど、ここまで弱いと戦力としてまるで頼りにならない。
「というか、幾らなんでも弱すぎる……やっぱり、中身がレムじゃないんだ」
その通り、と肯定のハンドサインをレム初号機が出してくる。
『愚者の杖』による召喚術で呼び出した黒スケルトンは、体の弱さもさることながら、その動きもどこか緩慢であった。僕と共にダンジョン攻略を続けて、それなりに戦闘経験を積んだレムは、今なら黒スケルトンの体になったとしても、そこそこ動ける。パワーもスピードも上だが、単調な動きのハイゾンビを相手にしても、かなり粘れるはずだ。
しかし、先の戦闘では十三体の黒スケルトンはどいつもこいつもそのままぶん殴られるだけで、その動きは野生のスケルトンと同等といったものであった。
「いや、本当に野生のスケルトンと同じなんだろうな」
僕が使役する使い魔的な存在は、全て中身はレムだった。『汚濁の泥人形』と『怨嗟の屍人形』。屍の方は、泥人形の派生であるせいか、中身はレムで統一されていたけれど……恐らく、呪術ではなく召喚術という、別のカテゴリーの魔法で誕生させた存在だから、中身は別物になっているのだろう。
果たして、彼らを動かす自我はどこから生まれるのか。よく分からないが、ともかく、召喚術によって行使するスケルトンは、ロースペックな体というのみならず、中身の方もクソゲーチックなAIで動いてるってことになる。
彼らも戦闘経験を積ませれば、レムのように成長するのだろうか。なんとなく、ダメな気がする。
「これだけ数がいても、この程度の戦闘力じゃあ使い物にならないなぁ……」
現状、スケルトン召喚のメリットといえば、そこそこの魔力量で十三体を同時に呼び出せるコストと時間。いざという時の囮や捨て駒としては実に使いやすい。
けれど、その程度の役目であれば、適当な素材で作り出したレムだけでも十分だ。中身がレムなら、戦況に応じての対応力もあるし。
「召喚術で出したり引っ込めたりできるのは便利なんだけど」
いわゆる空間魔法、とでもいうのだろうか。召喚術で呼び出したスケルトンは、消すことができるのだ。
最初にスケルトンを作っておけば、次に召喚陣を使えば即座に現れるし、役目を終えれば再び召喚陣へと帰すことができる。一度作った奴を呼び出す時は、当然、魔力消費も召喚陣の発動分しか使わない。
しかし、スケルトンを戦闘員として行使するには割と致命的な問題点が一つ、今回の実戦によって明らかとなった。
「せめて、武器くらいは持ち返ってくれよ」
そう、召喚陣で出し入れできるのは、スケルトン本体のみ、なのである。今回は予備の武器もアラクネという荷物持ち係もいるので、スケルトンにも剣や槍を支給することができたのだが、コイツラを帰すと、持っていた武器はその場に残して自分だけ消えてしまうのだ。
推測だけど、召喚陣での出し入れは、魔力に変換することで行っているのではないだろうか。スケルトンは召喚術という魔法で生み出された存在だから、魔力というエネルギーへと再変換することが可能。しかし、最初から物質である武器や防具といった装備品は、魔力へ変換できずに残る。召喚術での出し入れは不可能というワケだ。
「くっそ、やっぱ天道君のアイテムインベントリがチート性能なのか」
あの黄金の魔法陣は、なんでもかんでも好きなだけ放り込めていた。『王剣』と呼んでいたメインウエポンも、僕にくれたモンスター素材も、全て一緒に扱っているようだった。特に制限がないって、素晴らしいことだよね。
もしかすれば、『簡易召喚陣』がレベルアップして次の召喚スキルになれば、物質の出し入れも可能になるかもしれない。
「ええい、ないものねだりをしても仕方がない。何か利用法を考えないと……」
ひとまず、この一戦だけで『簡易召喚陣』と『スケルトン』の効果はおおよそ把握できた。あとは、三つ目のスキルである、『同調波動』である。
「要するに、自分の魔力が強ければ、モンスを従わせることができるってことだよね」
いわゆる一つのテイムというやつだ。
これもまた、実にゲームライクな能力である。きっと天職『召喚術士』は、最初はこの『同調波動』を使って、弱い魔物から少しずつ手下を増やして、戦力増強を図っていく、というプレイスタイルなのだろう。
「多分、強いモンスを従えるのは無理そうだから……まずは、ハイゾンビあたりから試してみるか」
というワケで、毒薬開発以来、ちょっと久しぶりとなる人体実験をするとしよう。こういう時に、アラクネがいるのは本当に便利だよ。
「ヴォオオアアアアアアアアアアアアアアッ!」
そして三十分と経たずして、元気にデスボイスを上げるハイゾンビの捕獲に成功した。
ゴーマよりかはずっとパワーがあるので、厳重に蜘蛛糸でグルグル巻きにして、木から逆さ吊りにしている。
「さて、それじゃあ実験させてもらうよ、ハングドマン君」
僕は吊るされたハイゾンビに向かって、『愚者の杖』を突きつけた。
そして一時間後。そこには、物言わぬ躯と化した、逆さ吊りのハイゾンビの姿が。
「……まさか失敗するとは」
ハイゾンビのテイムは失敗に終わった。全然ダメだった。
『同調波動』という魔法そのものは、問題なく発動できた。しかし、その効果がクソすぎた。
「ちくしょう、この感覚だとかなり弱い奴が相手じゃないと、従属させるなんて無理だよ」
この魔法の使い心地は、正に感覚、と言うより他はない。精神魔法、というこれまでにない独特な系統だからだろうか。明確なダメージ判定などが見えない、精神面に作用する魔法というのは効果の確認というのがなかなか難しい。
強いてその効果の度合いを説明するならば、色を塗る、といったところか。
相手の精神、心にある色を、自分の色で塗りつぶしていく。自分の色の方をより多く塗ることが出来れば、相手を従属させるだけの影響力が持てるだろう。
つまり、俺色に染まれ! である。
「ハイゾンビが無理なら、ゴーヴも無理だし、この感じだとゴーマや赤犬相手でも怪しいなぁ」
ちょっと待って、それじゃあ僕が従わせることができる魔物って、存在しないってこと?
「そ、それはないだろ……」
おいおいおい、魔物を使役する魔法なのに、使役できる魔物が存在しないとか、どんなクソゲーだよ。
一応、僕は呪術師という魔力をメインに使う天職だから、魔力量というステータスは魔法職としては人並みだと思っている。特別に、僕の魔力ステが低いということはないはずだ。
だというのに、このダンジョンにおける最弱の雑魚モンスであるゴーマですら『同調波動』をかけられるかどうか、という性能である。オブラートに包んでも、クソとしか言えない効果だ。やったね『赤き熱病』、仲間がふえるよ!
「今更、元来た道を戻ってゴーマなんか使い魔にしたって、意味なさすぎだろ」
だったら、大人しくスケルトンを使った方が時間もコストも労力も、あらゆる面でマシである。
「はぁ……どうすんだよ、これ」
吊るされたハイゾンビを背景に、ガックリと項垂れながら『愚者の杖』に嵌め込まれた召喚術士の髑髏と睨めっこ。
この頭蓋骨の持ち主がクラスメイトの誰かは知らないけれど、ひょっとして、とんでもないクソ性能の召喚術士だったせいで、死んでしまったのではないだろうか。だとすれば、同情するよ。でも、本物の召喚術士は超性能だったら、特に同情はしない。調子に乗って天道君に喧嘩売って返り討ちにされても、お好きにどうぞ。
どうしようもないことを考えて現実逃避していると、後ろの方でチュンチュンという小鳥のさえずりが耳に届いた。
ジャングルに生息している、いつもチュンチュン朝チュンと鳴いては、一日の始まりを伝えてくれるスズメ的な小鳥さんである。遊ぶ方の小鳥と違って、素直に可愛らしいと思っていたけれど、実は肉食なのか、死んだハイゾンビにたかっては、小さなクチバシでその体をつついていた。
「……『同調波動』」
かけた瞬間、一羽の小鳥がピタリと動きを止めた。
「せ、成功した!?」
なんとなくの気まぐれだった。ただ、近くにいた、目についた、それだけの理由である。
けれど、『同調波動』を発動した瞬間、その手ごたえは抜群であった。
ハイゾンビに試した時は、広大なキャンバスを0,3ミリのシャーペンで塗りつぶすような徒労感だったのが、スズメ相手だと、ペンキ缶をぶちまけるが如き勢いで、精神の同調が進行したのだ。
こっちに来い、と軽く念じてみれば、パタパタと羽ばたいては、僕の肩へと止まった。
「おおお、凄い、マジで言うこと聞くよ」
ひょっとして、魔物は最初からある程度の魔力を保有しているから、魔力でもって支配するのは難しい、抵抗力がある。けれど、魔物ほど魔力を持たないただの動物なら、その抵抗力も低い、ということなのか。
まぁいい、原因はなんにせよ。こうまで容易く従属させることができたというのは朗報だ。
さて、『同調波動』で従属させた動物は、召喚陣で出し入れできるのか。
「おおお、できた!」
杖を一振りすれば、肩乗りスズメちゃんは地面に描かれた小さな血の召喚陣へと降り立つと、そのまま黒い靄のように消え去っていった。
そして、もう一振りすれば、再び靄が溢れると、スズメの姿を形成していた。
「よし、よし、いいぞ!」
スズメほどの小動物なら、簡単に『同調波動』が成功できる。従属させた動物は召喚陣での行使も可能。
スケルトンなら、召喚陣で行使できるのは十三体。だが、この肉食スズメだけで使うなら、百羽でもいけそうだ。
いや、そもそもスズメではなく、もう少し大きな鳥を使役できれば……
「やった、いける! これなら、桜井君を相手にできる!」
ようやく、超人スナイパー桜井が封鎖する橋を突破するための、手札が揃った。
まず、第一のカードは、『双影』で分身した僕をそのまま盾としてメイちゃんに装備させ、桜井君の射撃を躊躇させるというもの。
そして第二のカードは、僕ごとメイちゃんを撃つのに迷った隙をついて突入させる、鳥類による即席空軍だ。
「いやー、空を飛べるって、もうそれだけでちょっとしたチート能力だよね」
僕は召喚術士の髑髏が嵌った『愚者の杖』を握りしめながら、ニヤニヤ満足気な笑みを浮かべて空、もとい、ジオフロントの遥か高い天井を見上げる。
そこには、大小さまざまな鳥たちが、グルグルと仲良く飛び交っている。
「よし、戻れ」
言いながら、杖を一振りすると、鳥たちは真っ直ぐこっちへと降下を始め、バタバタと地面へと降り立った。
僕の下に集った鳥は、この辺で見かけた奴らを手当たり次第に『同調波動』をかけてきたものだ。スズメのような小鳥サイズから、派手な色合いのオウムみたいなちょっと大きめの鳥まで、雑多に混じっている。
けれど、僕が「戻れ」と命じれば、等しく召喚陣で送還されて消えていく。召喚術による使い魔として、しっかりと機能している。
だが、一羽だけ召喚陣が展開されずに、取り残された鳥がいる。
カラスのように黒一色で、見た目も良く似た、どこにでもいそうな、ごく普通の鳥。コイツだけは、屍人形のレムである。
「やっぱり、レムをリーダーにした方が動かしやすいな」
最初のスケルトン部隊の実験で分かったことだけど、召喚術で生み出した使い魔や、同調波動』によって使い魔とした奴は、あまり頭がよろしくない。命令には忠実、だが、それだけだ。
少なくとも、一朝一夕で剣術やら戦術的な判断やらを、叩きこむことは不可能である。
だからこそ実戦の場においては、術者自身が逐一、命令を下さなければならないのだが……これが結構な手間なのだ。特に、今回のように複数の使い魔を一斉に動かすとなると、ただ移動させるだけでもなかなか難しかったりする。
ストラテジーゲームみたいに、マウス操作の俯瞰視点で簡単に集団を操ることができれば便利なんだけど。この辺も熟練度で操作性は向上するのかもしれないけど、今の僕には命令対象が視界に映っていないと、上手く操れない。あまり遠くに離れすぎても同様。
鳥なんて飛んで行けばあっという間に、空の彼方である。僕が直接操作しようと思えば、その現実的な操作範囲というのはかなり限られた空間となってしまう。
これでは、折角の空中機動力が台無し……そこで、レムの出番である。
レムは初号機から二号、三号、と数が増えても、並列思考能力があるのか、その動きや判断が衰えることはない。だからこそ、使い魔の鳥部隊を統率するためだけのレムを一体、いや、一羽こしらえることで、僕の召喚術者としての仕事を大幅に軽減できる。
レムならば、作戦概要を説明すれば、それを理解して的確に行動してくれる。ある程度、不測の事態が発生しても、作戦継続か、即時撤退か、くらいの判断だって下せる。
今や高い知能を持つお利口さんなレムをリーダーユニットとすることで、頭の足りない使い魔達は、ただレム様に唯々諾々と従って行動すれば良いだけなのだ。
流石にお馬鹿さんな使い魔でも、レムについていけ、とか、レムの合図で攻撃しろ、とか、それくらいのことは覚えられるし。移動、攻撃、撤退。これだけできれば、手駒としては十分である。
「メイちゃん、そっちの調子はどう?」
「うん、大丈夫だと思うよ」
僕が鳥操作の練習をしている傍らで、明るい笑顔で答えるメイちゃんは、ビュンビュン飛来してくる矢を、黒い大盾で弾いている真っ最中であった。
相手が射手なので、弓矢を撃ってくることは確定である。敵のバトルスタイル、使用武器が分かっているなら、それを想定して訓練するべきだろう。
これまで弓矢を相手にするといえば、ゴーマどもがヘタクソなオンボロ矢を放ってくる程度で、メイちゃんもリビングアーマーに稀に弓矢やボウガンを使う奴がいた、というくらいで、あまり大した経験はしていない。
今回は、分身の僕を上手く盾にしながら橋を強行突破するので、矢の狙撃に少しでも対応できるよう練習中なのである。まぁ、折角、時間もあることだし。
現在、レム初号機とアラクネと三号機の三人がかりで、盾を構えるメイちゃんに対して情け容赦なく撃たせている。アラクネは人型の上半身だから、実は普通に弓が撃てるんだよね。ケンタウロスも弓が上手い設定とかあったよね。
ともかく、今やそれなりの技量を持つレムが、三人組みでバラバラの三方向から矢を射かけるのだ。普通だったら死ぬ。一発目で死ぬだろう。
だがしかし、流石は僕らのバーサーカーメイちゃん。真後ろから矢が飛んできても、苦も無く反転して盾で防いでみせた。
「これくらいなら対処できるけど、桜井君の弓はもっと凄そうだったから、ちょっと不安かも」
「流石に、天職『射手』が相手だからね。武技もあるだろうし、完璧な練習はできないよ」
「うん、でも……小太郎くんのことは、私が絶対に守るから」
「いや、今回はちゃんと、僕のこと盾にしてよね」
「あっ……そうだよね、てへへ」
これで、本物の僕が盾になってあげられたら、最高にカッコいいんだけどね。メイちゃんの技量なら、桜井君の狙撃に対応して、上手く僕の手足に命中させて『痛み返し』の負傷をさせた上で、接近戦に持ち込むという、より勝率の高い作戦もできるんだけど……ごめんね、やっぱり僕には、自己犠牲の精神ってのは持ち合わせていないようだ。
結局、一番危険な役目をメイちゃんだけに押し付ける形となるのだけれど、ケチどころか嫌な顔すらせずに、作戦を考え付いた僕のことを天才的だと褒めてくれた彼女には、本当に、何て言うか……いや、やめよう。
今はただ、作戦の成功を信じて、メイちゃんの力を信じて、『射手』桜井君に挑もう。




