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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第11章:孤独の射手
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第155話 橋

「よし、今日はいよいよ、次の広場を目指して行こう」

「うん!」

 アラクネ二号機をゲットした二日後、十分な準備が整ったと判断して、出発を決意。

 宝箱には目いっぱいのロイロプス肉とジャージャ肉を詰め込み、さらに、これまでは持ちきれなくて作らなかった量の傷薬に、その他の素材も搭載している。

 それから、晴れてアラクネが仲間になったことで、再びアラクネの毒が抽出できるようになったので、『クモカエルの麻痺毒』もようやく補充することができた。ただし、今度はカエルの毒が不足気味なので、数に限りはある。

 ついでにアラクネの毒は、『魔女の釜』の機能を使いつつ、逆に麻痺毒を薄めることで、痛みを鈍くさせる薬としても活用してみた。

 名付けて『痛み止め』。痛みに弱い僕には、心強い新薬である。

 あとは、この辺をウロついているゴーヴから鹵獲した予備の武器もほどほどに積み込んで、準備は万端だろう。

 あと、ハイゾンビをベースにして泥人形のレム三号機も製作しておいた。僕の制御力では、この辺が限界値である。

 そうして僕らはちょっと久しぶりに、コンパスに従って進んで行った。

 広場周辺はおおよそ探索しているので、しばらくは見覚えのある道のりを進んで行く。

「ウェエエアアアアアアアアッ!」

 ほどなくすると、この遺跡街で最もエンカウント率の高い、ハイゾンビが今日も元気に駆けつけてくれた。コイツら、一体どこから湧いているんだろう。スケルトンと同じように、どっかで召喚されてるんだろうか。

「小太郎くん、下がって」

「メイちゃんも下がっていいよ」

「えっ、でも」

「レムだけの戦闘力も確認しておきたいから。今回は任せて」

「うん、分かったよ。それじゃあ、頑張ってね、レムちゃん!」

「グルル、ガガガッ!」

 僕の期待とメイちゃんの応援に応えるように、レムと三号機は、真正面から突撃して来るハイゾンビの群れの迎撃に出た。

 一方のアラクネ二号機は、後衛として蜘蛛糸での援護射撃を敢行している。

 真っ直ぐ走って来るだけのハイゾンビは、飛んでくる蜘蛛糸の網に絡まって、突っ込んできた勢いのまま、頭から派手に転倒する。

 そこで、レムと三号がすかさず、頭に刃を叩きこむ。

「ウヴォオオアアアアアッ!」

 後続のハイゾンビは、お仲間があっさり殺られる様子にもまるで臆することなく、やはり同じように突っ込んでくる。

 上手く機先を制したレムは、焦ることなくそのままアラクネの援護を生かしながら、順番にハイゾンビを仕留めていく。初号機、二号機、三号機、と中身は全てレムだから、その連携は完璧の一言に尽きる。

 前衛を張る、ゴライアス素材のレム初号機はハイゾンビよりもパワーは十分に勝っているようで、危なげなく剣と斧の二刀流で次々と切り伏せている。素材のグレードが落ちる三号機も、ゴーヴとハイゾンビをベースにして、ちょくちょく他の素材を混ぜているお蔭か、ハイゾンビと真っ向から組み合っても、力負けしないだけのパワーはあるようだった。

「よし、レム、よくやった」

「グガガガァーッ!」

 ほどなくして、勝利の雄たけびが響いて、ハイゾンビは掃討された。

 うん、かなりいい感じに仕上がっているぞ。メイちゃん抜きでも、かなりの戦力だ。

 レムの大活躍に満足しつつ、僕らはどんどん、先へと進んで行った。

 それから、三度のエンカウントがあったけど、全てレムだけで片付いた。かなり順調な道行である。

 正午も間近となった頃、僕らの行く先は不意に視界が開けた。

「ここは、川なのか」

 緑あふれる綺麗な河辺、というよりは、コンクリートでガッチリ護岸工事の施された、人工的な都市部の川といった感じである。

 両岸は灰色の石材で固められており、川面まで何十メートルもありそうな高さだ。危ないな、と思ったのは当時ここを建設した古代人も同じなのか、川に沿って走る道は、それなりにしっかりした鉄の柵が張ってある。もっとも、かなり錆びついていて、ところどころ破れたりしているけど。

「小太郎くん、あっちの方に大きな橋があるよ」

「うーん、向こうに渡るには、あの橋一本しかなさそうだね」

 両岸を繋ぐのは、大きなアーチ橋が一つきり。これといって特徴はない、四車線道路くらいありそうな幅の、無骨な大きな橋である。

 右を見て、左を見ても、遠くにこのジオフロントの壁面があるだけ。どこをどう見ても、橋が一本しかかかっていないのは、一目瞭然であった。

「うーん、何だか、嫌な予感がするなぁ」

「そうなの?」

「開けた場所で、通るところは橋だけ。待ち伏せするにはもってこいだよ」

「なるほど、そうだよね」

 けれど、ここを渡らなければ先には進めない。僕らには、渡る以外の選択肢はない。

 それに、ゴーヴ共だって欲しいのはここにあるお宝や食肉になる獲物だけだろうから、わざわざ橋に陣取って、何に対して待ち伏せするというのか。

 こういう襲撃されたらマズそうな場所を無駄に警戒するのは、FPSプレイヤーだけで十分だろう。

「……うん、敵はいないな」

 念のため、よく周囲を見渡して、敵影がないことを確認。メイちゃんも集中して、気配を探ってくれたけど、特に魔物の気配は感じなかったという。

 今なら、一気に橋を渡り切っていけそうだ。

「よし、それじゃあ行こう」

「――待って、小太郎くん!」

 いよいよ橋を渡り始めようとした、正にその瞬間、鋭いメイちゃんの静止の声が上がった。と、同時であった。

 バキンッ!

 鋭い破砕音と共に、コンクリートみたいな地面に、深々と何かが突き刺さった。

 何か、じゃない。羽根と、柄と、鏃のついたソレは、どこからどう見ても、矢であった。

「なっ、なんだ、どこから――」

「――そこで止まれ!」

 どこからともなく、男の声が響いてきた。

 その声に従ったワケではないが、僕の足はとりあえず止まらざるを得ない。だって、コンクリの地面に突き刺さる威力の矢が、飛んできたのだ。すぐ足元に、あともう一歩でも踏み込んでいれば足の甲は貫かれて、僕とスナイパーは揃って苦悶の絶叫をあげたことだろう。

「誰だっ! どこにいる、出てこい!」

「俺は桜井だ。桃川、今の一撃は警告だ。それ以上、橋を進めば、次は当てる」

 桜井、っていうと、桜井遠矢君か。

 あの蒼真桜と同じ弓道部員、だけど、珍しく桜には何の気もない、純粋な弓道ガチ勢だ。腕前は全国クラスだし、おまけにかなりの爽やかイケメン。勉強も運動もできるし人当たりもそれなりに良い、けど、どれにおいても蒼真悠斗ほどではない、といった感じ。蒼真悠斗が規格外なだけで、桜井君は一般的な男子高校生とすれば、かなりのハイスペック男子である。

 まずいな。こういう元から優れている人ってのは、『天職』を得るとさらに才能が開花して強くなるんだよね。

 すでに、一方的に僕を弓の狙撃で撃ち殺せる状況に持ち込んでいる時点で、戦術的には彼の勝ちである。

「分かった、橋は渡らないよ……一発目で、僕に当てなくて正解だったよ桜井君。僕は、受けた攻撃を相手に返す能力を持っているから」

「道連れにするだけの能力なら、身を守るには不便だな」

 いや全くその通り。でも、これで桜井君がいきなり僕をヘッドショットで一撃キルすることはないだろう。試してみるには、リスクが高すぎるよね。

「それで、桜井君の要求は?」

「随分と察しがいいな、桃川」

「似たような経験してるから」

 一発で僕にヘッドショットをかまさなかったのは、殺害が目的ではないからだ。わざわざ警告に留めるということは、僕のようなクラスメイトに何かしらの要求があるからに決まっている。

 まぁ、大体はコアが目的なんだけどさ。

 それに、察しているのは桜井君の事情だけでなく、彼の能力も含めてだ。

 僕には彼がどこから狙撃してきたのか、分からない。橋を渡った先の対岸に潜んでいるのは間違いないし、その辺に立ち並んでいる背の高い建物のどこかだとは思う。しかし、そうなると、数百メートルもの距離があるということになる。

 その距離で正確に狙ってくる精度と射程も十分すぎるほど脅威だが……よく考えて欲しい、それだけ遠くにいる狙撃手と、普通に会話が通じるのはおかしい。

 桜井君の声は、風に乗って響いてくるような感じで僕の耳に届いている。対して、僕の声は普通に喋っているだけでも、ちゃんと彼の方に聞こえているようだ。

 つまり、桜井君には数百メートル以上離れた相手の声、その程度の音でも正確に聞き取ることができる聴力か、音を集める魔法を習得しているということだ。

 驚異的な長射程と命中精度に加えて、些細な音も聞き逃さない耳による索敵力。今の桜井君は、神がかり的なスナイパーである。絶対に、こんな開けた場所で相手にしたくない。

「桃川、お前はポーションを持っているか?」

「宝箱からとれる、魔法の回復薬のことでいいんだよね?」

「ああ、ソレだ」

 どうやら、桜井君はコアよりもポーションをご所望のようだ。

 負傷しているのか……いや、自分ではない、別な誰かが怪我をしているのだろう。

「もしかして、雛菊さんが怪我したのかな?」

「どうして、そのことを知っている!」

「桜井君がクラスメイトを脅してでもポーションを求めるってことは、それだけ大事な人が負傷してるってことでしょ。なら、それは雛菊さんしかありえない」

 いくら僕でも、桜井遠矢と雛菊早矢のバカップルは知っている。一年の頃から知ってるよ、同じクラスだったしね。

 二人のラブラブ空間ぶりは、両想いであるが故に、蒼真兄妹よりも遥かに強烈だ。クラスメイトに「お前ら本当に付き合ってるのかよ?」と言われて、教室でキスをかましたら、そのまま生活指導の先生に連行されたのは、有名な事件である。

 ともかく、二人の関係を知っていれば、誰だって簡単に推測はつくのだ。

「その通りだ。早矢ちゃんは、かなりの重傷を負っている」

「残念だけど、ポーションは持ってない」

「お前の命は俺が握っていることを忘れるな。もう一度聞くぞ、ポーションを持っているか」

「本当に持っていない。ポーションはないけど、傷薬なら持っている。それで代わりにならないかな」

「傷薬ってのは何だ? クローバーのことか?」

「僕が『天職』の力で作った薬だよ。クローバーよりも、回復効果は高い」

「……ダメだ、信用できない。薬を作れるってことは、毒も作れるだろう」

 嫌なところで察しがいい。

 けれど、ここで傷薬に飛びついてくれれば、恩を売って仲間になる可能性も見えたというのに。警戒心が強く、慎重になっている相手は、厄介だな。

「雛菊さんを助けたいなら、僕を信じて欲しい」

「いいや、信じられない。俺はすでに、お前に弓を向けた。お前は敵を許さない、違うか?」

「僕、桜井君に恨まれるようなことした覚えは、ないんだけどな」

「ああ、恨みはないさ。けどな、分かるんだよ……桃川、お前は随分と、修羅場を潜って来たんだろう。もしかして、もう何人か殺しているんじゃないのか」

 恐ろしいほどの直感力か、ただカマをかけているのか。あるいは、僕の顔は一目で人殺しだと分かるほどに、ヤバいことになってるのだろうか。

「もしそうだとしても、冷静な取引はできるつもりだよ。僕はここを通りたいし、桜井君と戦いたくもない。だからポーションはないけど、代わりに雛菊さんを治せる傷薬を差し出すよ」

「悪いが、桃川、俺も万に一つも危険は冒せない。だから、ポーションじゃなければ、取引には応じない。ここを渡りたければ、ポーションを探し出してもってこい」

「……分かった、ポーションを探してくるよ。でも、もし気が変わって、今すぐ僕の傷薬が欲しいなら、この辺に矢文でも撃っといてよ」

「想像はついているだろうが、俺の天職は『射手』だ。今の俺は、この河原全てを射程範囲に収めている。こっそり渡れるとは、思うなよ」

「うん、それじゃあ、また来るよ」

「脅しておいて、こんなこと言うのはなんだが、ポーションを探し出してくれるのを祈ってる。俺は早矢ちゃんを助けたいだけだし、お前らと殺し合いをしたいワケじゃない。なにより、その双葉さんと戦うのは、かなりヤバそうだしな」

 おおお、桜井君、今のメイちゃんを見て一発で双葉芽衣子と見抜くとは、慧眼である。さらに、狂戦士の強さも感じ取っているようだし、桜井君の直感力は盗賊並みの鋭さだな。

 そうして、僕はすごすごと橋を後にして、思わずつぶやいた。

「桜井遠矢……とんでもない強敵だな」




 スナイパー桜井によって完全封鎖されている橋から退避して、ようやく、人心地がつく。

 正直、橋の上で話している時は、生きた心地がしなかったから。自分に銃口を向けられ続けて落ち着いていられるほど、僕の肝は太くはない。

 銃じゃなくて弓だけど、『射手』の能力があれば、軽く本物のスナイパーライフルを凌駕する。もしかして弓の武技とかあったら、アンチマテリアルライフルみたいな威力も叩き出すんじゃないのだろうか。

 そんなことを考えながら、近場にあったマシな建物に入り、腰を落ち着ける。周辺と入り口をレムに見張らせて、小休止。

 その辺に転がってた木箱の残骸みたいなのに腰かけて、はふぅー、と気の抜けた溜息を吐いていると、ブルルンと爆乳を揺らしてメイちゃんが目の前に立った。

「小太郎くん、桜井君を倒そう」

 あ、ごめん、おっぱいに注目しすぎて、よく聞いてなかった。

 えーと、なんだっけ、随分と好戦的な意見が出たようだけど。

「……まぁ、落ち着いてよ。敵対的な接触になっちゃったけど、まだ交渉の余地はあると思うんだよね」

「ううん、違うの。小太郎くんを狙ったのは許せないけど、それだけじゃなくて……桜井君は多分、仲間になれない。彼の一番は、雛菊さんだから」

「脱出枠を譲らない、ってこと?」

「うん。桜井君は、雛菊さんと二人で脱出することを決意しているよ。たとえ、他のクラスメイトを皆殺しにしても。それだけの覚悟がある」

「僕は桜井君がそこまで狂気的になっている、とは思いたくないけど……」

 けれど、このダンジョンにおいて他人の理性と善意に期待することほど、愚かなことはない。

 メイちゃんの言うことは、よく分かる。僕が考えをまとめるよりも前に、直感的に桜井君の危機と脅威とを、メイちゃんは察していたのだろう。

「桜井君は、本当に雛菊さんのことを愛しているから。彼女のためなら、何でもするよ」

「それだけ聞くと、美しい愛なんだけどね」

「愛しているから、他の全部を犠牲にできるの」

 全く、恐ろしい理論だ。誰か一人を愛することは、その一人を特別扱いするということ。相対的に、他人の価値というのは著しく低下する。一種の差別といってもいい。

 まぁ、今は愛について論じているほど暇を持て余してはいない。ひとまず、現状の打開策を考えなければ。

「桜井君と敵対を選んだとしても、正直、戦いたくないんだよね」

「うん、あんなに遠くから攻撃されたら、私もちょっと、どうしようもないから」

 近接最強な狂戦士と、遠距離最強の射手。相性は悪いと言わざるを得ないだろう。

「とりあえず、他の道を探そうと思う」

 ポーションを渡して見逃してもらう、という手段は考えない。

 そりゃあ、今は彼と戦うことなくスルーできて安全だけれど、これで雛菊さんが治れば、そのまま戦力が増強されるってことだ。

 雛菊さんは、どうして桜井君ほどのイケメンがベタ惚れしているのか全く理解不能なほど、平々凡々な女子である。美少女揃いの二年七組においては、容姿レベルは最底辺。他に、文武に優れるってこともないし、少なくとも、何か非凡な才能や魅力がある、という風には思えない。

 そんな平凡女子でも、天職を得れば立派な戦力だ。まして、桜井君との絆があれば、普通の女の子であっても、頑張って戦うだろう。

 霊獣のないレイナ、みたいな完全な足手まといだったらそれはそれでいいけれど、もしも雛菊さんの天職が並みレベルでも戦闘能力があるならば、桜井君とのコンビは非常に危険な敵と化す。

 だから桜井君と戦うなら、彼が単独の今か、あるいは、雛菊さんが死んでソロになった後、という状況が好ましい。

 そういうワケだから、僕が傷薬で治して恩が売れないのであれば、雛菊さんにはこのまま死んでもらうのが、今後のため。ただポーションをプレゼントして彼女を回復させるなど、絶対にありえない選択肢だ。

 自分でも中々に冷酷な選択だとは思うけれど……悪いけど、先に武器を突きつけて脅してきたのは、桜井君の方だよ。これで、彼女を助けてくれと泣きついてくれたなら、僕としても温情をかける、仲間に取り込む余地はあったのだけれど。

 本当に、残念だよ。

「でも、桜井君の力なら、あの川の端っこを渡っても撃たれちゃうよ?」

「うん、川をそのまま渡るのは無理だろうね。でも、その下だったらどうかな」

「下?」

「下水道、通っていると思うんだよね」

 というワケで、下水道を通って超人スナイパーはスルー作戦でいこう。

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[気になる点] 麻痺毒薄めただけなら小太郎効かなくね?
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