第153話 ドキドキ新生活
魔法の杖を手に入れた僕は、ウキウキ気分で工場を出た。
「は、早く試し撃ちをしてみたい」
「次に魔物が出て来たら、撃っていいよ」
欲しかったオモチャを買ってもらってハイになってる息子を見る様な、母の如き優しい眼差しのメイちゃんである。
とりあえず、大変実りのある工場探索だったが、この辺のエリアの探索そのものは継続中。まだ妖精広場に帰るには早い。僕はしっかりと杖を握りしめて、遺跡の街を歩く。
「ねぇ、小太郎くん、アレも魔物なのかな?」
例によって隠れながら、僕らは新たに発見した魔物らしき複数頭の群れを眺めていた。
そこは元々、公園だったのか、開けた場所となっている。草木が生い茂り、小さな池もあるようだ。
そんな場所に、羊みたいな草食動物が群れていた。その辺の草をモサモサ食ってるし、草食なのは間違いない。
白くてフワフワしている体はあの雲野郎を連想したが、奴らとは違って、コイツらは純粋に毛皮によって膨れているだけだ。白毛皮のモコモコの草食動物といえば完全に羊だろと言いたくなるが、妙に体は丸っこいし、首が長い。羊より、アルパカの方が近いかもしれない。
「いや、アレは普通の動物だよ。『ジャージャ』っていうんだったかな」
ヤマジュンから教えてもらったメール情報の中で、コイツと一致する特徴を持つのがジャージャだ。
魔法陣のメール情報は個人間でかなりバラつきがある。僕が知る限りでは、ヤマジュンのメール情報は一番充実していた。
なので、古代語練習帳とセットで、別のノートにヤマジュンが知る限りの魔物情報も書いてもらっている。貴重な彼の遺品でもあり、大切な情報源でもある。
「食べられるの?」
「うん、アイツは食用に適した草食動物だから、見つけたら狩るのをオススメされてたよ」
パァアーっと、目がキラキラしてるメイちゃんは、今にもハルバード片手に飛び出していきそうだ。
「でも、ジャージャは鹿みたいに警戒心も強くて逃げ足も速いらしいから、ここはレムの弓に任せよう」
偶然にも風下から接近した形となったので、僕らはまだジャージャに気づかれていない。動物を狩るならば、遠距離武器である弓矢が適切だろう。まぁ、メイちゃんなら槍を投げつけるだけでも、十分な威力と射程でジャージャを仕留められそうだけど。二匹まとめて貫通とかしそう。
「じゃあ、頼んだよ、レム」
「グガガ……ガガ?」
レムが背負っていた弓を下ろして、構えようとしたちょうどその時、夢中で草を貪り食っていたジャージャが一斉に顔を上げた。
まさか、気づかれた?
ジャージャは「マァー、モォアアー」と変な鳴き声を上げながら、さっさと逃げ去って行った。
「ああー、逃げちゃった」
「何で気づかれたんだろう」
美味しい生肉が遠ざかっていくのをとても残念そうに見送るメイちゃんは置いといて、僕は原因を考えた。もし音で気づかれたのなら、僕らがジャージャを発見したその瞬間に逃げられているはず。臭いも、風向きはまだ変わっていないし、嗅ぎつけたとも考え難い。
ならば、魔力の気配とか、殺気を感じられるのか……なんて思ったところで、答えは出た。
「ブフゥー、ブルルッ!」
街角からひょっこりと現れたのは、大きなサイの魔物。立派な一本角に、全身を覆う茶色の毛皮。間違いない、アイツは以前、ジャングルで遭遇したのと同じ魔物だ。
『ロイロプス』という名前だと知ったのは、ヤマジュンの魔物情報を教えてもらってからだ。
初遭遇の時はサラマンダーみたいなドラゴンが、急降下で捕食していったから助かったが、今回はそんな奇跡的な横やりが入ることはないだろう。
現れたロイロプスは、この辺に天敵などいないかのような余裕の態度で、堂々と公園に乗りこんできては、さっきまでジャージャが食っていた草を食べ始めた。あの草、大人気かよ。
どうやら、ジャージャが逃げたのはロイロプスがやって来たからなのだろう。
「うーん、流石にアイツを矢一発で仕留められるとは思えないなぁ」
「それじゃあ、私がやるよ」
強烈な肉への執着心か、メイちゃんが名乗りを上げる。危険とかどうとか以前に、もっと大きい獲物が出て来てくれて僥倖、とか思ってそう。
ロイロプスは見た目通りのパワーを誇るが、ゴライアスを雑魚扱いのメイちゃんならば、十分に対抗できるだろう。
「……うん、アイツの肉も美味しく食べられそうだから、狩ってみよう。ロイロプスは普通に魔物だから、人を見たら逃げずに襲い掛かって来るよ」
「任せてよ、小太郎くん。よーっし、頑張るぞ!」
そうして、勇んでメイちゃんはロイロプスの下へと飛び出して行った。
「ブルル、ブゴォーッ!」
現れたメイちゃんを見て、ロイロプスは鼻息荒く興奮している様子。食事の邪魔をされてお怒りなのか、人間を見るといつもこういう反応なのか。僕の時は、最初から怒り狂っていたような様子だったから、人を敵だと認識しているのだろう。だからこそ、魔物なのかもしれない。
「さっ、おいで」
ハルバードを両手持ちで、大きく体を捻って構えるメイちゃん。完全に一撃必殺を狙っているようだ。
メイちゃんとロイロプスの間で、僅かな睨み合い。
だが、牽制も読み合いもない、常に全力勝負の魔物であるロイロプスは、すぐに突進を開始した。やはり、トラックが全力で突っ込んでくるかのような迫力だ。恐らく、今のレムでもあれほどの巨躯を相手にすれば、真っ向勝負で勝ち目はない。
けれど、メイちゃんは『狂戦士』だ。
「ふうっ――ハアッ!」
裂帛の気合いと共に繰り出されたハルバード。その重厚な斧の刃は、突っ込んできたロイロプスの側頭部へとクリティカルヒット。
ドッ! という重い音を響かせながら、ロイロプスの巨体は一気に横倒しとなり、地面をズザザーっと滑っていった。起き上がる様子はない。ピクリとも動かない。
メイちゃんの一撃によって、完全に脳まで破壊され、死んだのだろう。
「うわ……やっぱメイちゃん凄い……」
自分の何倍も大きな魔物を相手に、武技すら使わず、たった一発で殺し切るその恐るべきパワー。今の彼女は、僕が思っている以上に強くなっているのかもしれない。
正直、蒼真君や天道君と同じくらい、底が見えない。だからこそ、頼もしい。僕にとって、彼女はこのダンジョンで一番の希望だ。
仕留めたロイロプスはあまりの巨体故に、これを引きずって探索するのは無理だ。公園の池で血抜きと大まかな解体をしてから、妖精広場へと一旦帰還。
「今日はもう、肉の加工だけにしよう」
「うん、こんなに沢山あると、作り甲斐があるね!」
流石、筋金入りの料理好きのメイちゃんは、大量の生肉を前に嬉しそうだ。『魔女の釜』という万能調理器具があるから、料理の幅は広がるし、調理の手間も省ける。
というワケで、僕はまず『魔女の釜』の製作に入る。大量の肉を保管する冷凍庫も必要だから、風呂桶並みにデカいのもセットで用意しておこう。
「ねぇ、小太郎くん。このお鍋、私でも使えるようにならないかな?」
「えっ? うーん、どうだろう……」
『魔女の釜』で熱したり冷ましたりミキサーしたり、といった効果を作用させるのは僕自身である。術者だから当然だけど。他の人には操作できない。というか、今までの面子を考えると、勝手に操作される方が困る。釜を使って色々できるのは、僕自身にとっての大切な役目、価値であったから。
しかし、メイちゃんと二人コンビに限っていえば、料理担当の彼女が自分で釜を使えた方が断然、便利。むしろ、料理素人な僕が毎回手伝う方が、かえって足手まとい。
「それじゃあ、ちょっと使ってみる?」
「うん!」
というワケでトライしてみた結果……半分成功、半分失敗、であった。
「なるほど、発動だけなら魔力でできるけど、効果を操るのは術者だけってことか」
釜に、その時に発動させる能力を決めておけば、メイちゃんでも使うことができる。ちょうど、あの宝箱の開け方と同様に『魔力を流す』という感覚的な操作で、完成させた状態の『魔女の釜』を作動させることができるワケだ。
しかし、効果の切り替えは、どうやってもできない。つまり、冷蔵庫に設定してある釜を、メイちゃんではオンオフだけはできるけど、それで煮炊きする効果に変えることはできないのだ。
ということは、用途に応じた数だけ、釜を作っておけばいいってことだよね。ちょっと手間だけど、メイちゃんのためなら惜しまない。
「ありがとう、小太郎くん。これなら、色々できるから、楽しみにしててね!」
「うん、じゃあ、料理はメイちゃんにお任せするから」
というワケで、メイちゃんが嬉々として調理に入ったので、僕はお風呂と寝床の準備でもしておこうかな。
風呂桶代わりとなる『魔女の釜』のために、今日何度目になるか分からない泥遊びをしながら作っていく。メイちゃんが入浴するなら、いつもより大きめに作っておいた方がいいかな。
大漁の泥をレムと一緒にペタペタやりながら、僕はぼんやりと考える。
ロイロプスを運ぶのに、少々苦労させたれた。というか、ほぼメイちゃんによる力技である。今回は、真っ直ぐ妖精広場へ帰ってくることができたが、こういう時に魔物に襲われれば面倒だ。欲をかいて荷物を持ち過ぎたせいでやられました、となったら馬鹿みたいだし。
「荷物持ちが欲しいかな」
今の僕は、レムを最大で五体まで行使できる。密林塔では、豪華装備のレムとラプターに加えて、二号、三号、四号、まで作り出した。合わせて五体。あるいは、僕の魔力ステータスが成長していれば、六体まで行けるかもしれない。
無論、レムの性能が上がれば、その分だけ魔力消費も増えるので、作れる人数は減る。これは、ただ魔力の回復を待ちながら、素材をつぎ込んで高性能レムの生産をしても同じだ。
魔力全消費するレベルのレムを、五体作ることはできるだろう。しかし、そうして出来上がったレムが、五体全て十全な性能を発揮できるかといえば、恐らく、無理だ。
泥人形の製作とは別に、行使するにも魔力、いや、制御力というべきか、そういう能力が必要となっている。今はレムが一体だけだから何も感じないけれど、人数と性能に比例して、術者である僕の制御力にどんどん負担がかけられる。そして、どこまでレムをフルに行使できるか、というのが僕の『汚濁の泥人形』の習熟度によるってことだ。あるいは、魔法の制御力、というパラメータが一つの能力・才能としてあるのかもしれないけど。
素材さえ揃えばいくらでも強くなれる、とはいかないのが残念だけれど、できる範囲で自分の能力は生かしたい。今なら、まだ二体、三体くらいは、それなりの性能でレムを作れる。
その内の一体を、戦闘用ではなく荷物持ちと割り切って作り出すのもアリじゃないかと思ったわけだ。
戦闘系の天職の者は、武器の他にこれといって必要なモノは少ない。せいぜい、コアを回収するくらいだろうか。妖精広場のお蔭で、飲食と寝床が保証されているから、手ぶらでも何とかなる。
しかし、呪術のための素材に、肉などの食材も確保できるとなれば、僕としては色々と持ち運びたいモノがある。予備の武器や各種薬なども、あるに越したことはないし。
欲張りとは言うなかれ。この物量こそが『呪術師』である僕にとっての貴重なアドバンテージの一つなのだから。
「とりあえず、ゴーヴかハイゾンビでもいいから、作ってみるかな」
そんなことをダラダラと考えながら、お風呂を作って、寝床を作って、それから薬の製作とヤマジュンから託されたノートで古代語の勉強などなど、色々している内に、美味しそうな匂いが漂ってきた。
「小太郎くーん、ご飯できたよー」
さぁ、料理部ガチ勢のメイちゃんが作った、待望の夕食だ。ロイロプスの肉の味がどの程度かは未知数だけど、正直、かなり期待している。
「やっぱり、シンプルにステーキがいいと思うの」
と、熱い鉄板状態となっている浅く作った釜で、すでにジュウジュウと音を立てて、肉汁が滴る分厚い肉が焼かれている。
隣の釜をそのまま器にして、焼き加減がレアの肉がドーンと鎮座している。どこの部位なのかは分からないけど、脂がのって、赤々とした新鮮な肉は実に美味そうである。
「スープもあるよ」
さらに隣の深めの釜には、ぐつぐつと煮えたぎったキノコと葉野菜のスープが。二品用意するとか、僕にはなかった発想だ。いっつも牡丹鍋で、みんなごめん。
「本当はご飯が欲しいけど、バナナイモのマッシュポテトで我慢してね」
まさかの炭水化物まで登場である。吹かして潰すだけのマッシュポテトなら、確かに簡単に用意できる。けど、やっぱり僕にはこんなのを作る発想が欠けていた。
「ほとんど手抜きみたいなメニューでごめんね。手元にある食材で美味しく食べられそうなのは、これくらいが限界だったから」
「いや、全然、凄いよメイちゃん! いまだかつてないご馳走揃いだよ!」
このダンジョンにおいて、主食と汁物とメインディッシュの揃った食事をとった者は、きっと僕らが史上初だよ。僕は今、歴史的なご飯を食べようとしている。
最早、これ以上の言葉は不要。発するのは、ただ一言だけ。
「いただきます!」
「小太郎くん、こ、これは……」
メイちゃんが用意してくれた夕食は衝撃的だったけど、今度は逆に彼女の方が衝撃を受けていた。
「お風呂だよ」
「お風呂! 凄い、なんで、どうやって!?」
「大きい『魔女の釜』でお湯を沸かしただけだけど」
「凄い、小太郎くん天才だよ!」
いや、絶対誰でも思いつくと思うけどな。でも、ここは素直に褒められたことを喜んでしまう。
「先に入っていいよ」
「いいの!」
「いいとも」
無邪気に喜ぶメイちゃんが微笑ましい。日本人なら誰だって風呂には入りたいだろうし、まして女子ならば尚更だろう。あのレイナだって風呂の魔力には抗えなかったワケだし。
「それじゃあ、僕は広場を出るから」
「ダメだよ」
踵を返したところで、ガシっとメイちゃんに肩を掴まれた。えっ、なに、どういうことなの。
「妖精広場の外に出たら、危ないよ」
「いや、でも出ないと、その、覗けるような状態になっちゃうし」
「そんなこと気にしてる場合じゃないよ。もしものことを考えて、小太郎くんは一人で離れたら絶対ダメ」
凄い、流石はメイちゃんだ。女子の入浴を覗くのは重罪という、日本人女性の価値観をあっけなくぶち壊して、危険なダンジョン生活に見事に適応した先進的な思想である。
実際、僕はこの女子の裸を見ないための配慮によって余計なリスクを背負ってきた、という思いは持っていた。
その最たるモノは、最悪のハーレムパーティである。例のオナニー事件がなくても、僕が何らかの事故、あるいは冤罪によって、女子の水浴びを覗いた、などという嫌疑がかけられれば、結果的には同じ末路を辿っていたに違いない。容疑の時点でギルティーとか、魔女裁判もいいとこだよね。
蘭堂さん達だったら、たとえ覗いたとしてもまだ情状酌量してくれる余地はありそう……だけど、信頼を失うというリスクにはさほど変わりはない。
レイナの場合に至っては、アイツが覗かれたと思って泣いた時点で、全ての霊獣とヤマジュン以外の男共が敵に回る。
女子の入浴を覗く。犯罪的な意味ではなく、主に不可抗力で。僕が愛するマンガやアニメやラノベでは、定番の展開、ラッキースケベの王道。そのシチュエーションに多少の憧れは抱いていた。
だがしかし、現実では死の危険が付き纏う、最高に理不尽な即死トラップも同然だ。
だからこそ、僕はスケベ心云々よりも、女子の裸を目撃することの致命的な危険性を最重要視して、行動してきた。蘭堂さんに「覗くなよ」なんて冗談を言われても、僕にとっては冗談じゃないと半ギレになるほど、心に余裕が持てない重大案件である。
僕は自分自身の命のために、女子の着替え、水浴び、入浴の際には万が一にも誤解がないよう細心の注意を払って行動してきたんだ。正に、命がけの気遣いである。
なんてくだらない、とんでもない理不尽だ。そう思ってイラだつことは、何度もあった。けど、命には代えられない。そして、感情に生きる女子に対して、僕のこの危機感を理解することはできないだろう。
そう、思っていたのに、メイちゃんは僕のささやかな危険を優先してくれたのだ。
「ありがとう、そう言って貰えて、凄く嬉しいよ」
泣きそうなほどに嬉しいね。感情とリスクを天秤にかけて、合理的な判断が下せる、というのがこんなにもありがたいことだと、心の底から実感するよ。
「うん、それじゃあ……一緒に、入る?」
「えっ」
えっ、え、えぇ……思考が止まる、殺し文句であった。
いや、待て、落ち着け、これはメイちゃんの罠だ。
ただの冗談、かもしれない。いや、冗談ならまだいい方だ。
恐らく、メイちゃんは僕のことを男として見ていない。小学生くらいの子供だと思われているような気がするのだ。保護すべきか弱い存在だと認識しているからこそ、一切の危機感ナシにこんなことを言いだしている可能性を考慮すべきと進言します。だから、どうか落ち着け、僕の性欲。期待なんてするんじゃない!
「は、ははは」
かろうじて、冗談だと受け取りました、というリアクションで笑ってみる。
「あっ、折角だから、脱がせてあげるね」
何が折角なのか意味分かんないし、メイちゃんの手が自然な動作で僕の学ランのボタンを外してるし、えっ、ちょっ、これ、冗談とかじゃない、ガチ、ねぇ、ガチなのメイちゃん?
「……メイちゃん、五分待っててくれるかな」
「えっ? いいけど」
僕は努めて冷静に、彼女から距離をとる。そして、右を見て、左を見て、周囲の状況を確認。
よし、これならいける。
「『黒髪縛り』ぃいいいいいいいいいいいいいいいいっ!」
全力で発動させる。まずは、黒髪のロープを風呂のすぐ隣に張る。妖精広場の両サイドには胡桃の木があるから、その両端を結んで、頭上3メートルくらいの位置でロープを張るのだ。で、風呂のところに『蜘蛛の巣絡み』の要領で黒髪を編み合わせて布状にしたモノを全力で展開して、被せる。短い時間で、まだあんまり慣れてない布地を編んだものだから、かなり目は荒いけど、向こう側が透けて見えなければそれでいい。
そうして、僕は五分の持ち時間をギリギリいっぱいに使って、無事に風呂場の仕切となる黒髪製カーテンを完成させた。色が黒一色なので、カーテンというより暗幕みたいな出来である。
「はぁ、はぁ……それじゃあ、僕はこっち側にいるから。気にしないでお風呂に入っててよ」
と、半ば捨て台詞のように言いながら、僕はカーテンの向こう側へ歩き去った。この仕切があれば、妖精広場にいても風呂場を視覚的に隠すことができる。
「もう、そんなに気にしなくてもいいのに」
「い、いやぁ、でも、こういうのがないと、落ち着かないし」
「ふふふ、気遣ってくれたんだよね。ありがとう、小太郎くん」
気遣ってくれたのは、むしろメイちゃんの方だと思うけど。
メイちゃんが僕に対して全幅の信頼を寄せているとしても、僕の方は彼女に対して信頼と同時に、かなりの下心も抱いてしまっている、というのが問題だ。実はメイちゃんのこと、ずっとエロ目線で見てました、と知られてしまったら、その信頼がどうなるかは分からない。
つまるところ、メイちゃんが相手でも、これまで通りにリスクは冒せないのだ。
もしかしたらマジでただの自惚れかもしれないけど、メイちゃんが僕のことを男として本気で惚れていたとすれば、そりゃあお風呂も一緒に入って、それ以上のことも期待できて最高だけれど……そうではない、可能性がある。100%両思いで男女の関係が成立する、というのが保証されなければ、その可能性に踏み込むことはできない。
ヘタレ? いいや、違うね、これが僕にとっての安全保障条約だ。
平和な学生生活の中でなら、僕の方からイチかバチかで告白ということはできた。けど、このダンジョン生活の中でフラれてしまえば、それは死を意味するに等しい。
メイちゃんが信頼をもって僕と行動を共にしてくれる、という状態は、今の関係性の維持が前提にあるのだ。良い方向でも悪い方向でも、これを崩すリスクだけは冒せない。
ならば、あえて言おう。僕、このダンジョンを脱出したら、メイちゃんに告白するんだ。
そういうことにしておかないと、僕だって、気持ちの整理がつかないよ……
「わぁー、凄い、これハンモックっていうんだよね?」
心がボロボロになりながらも、無事にお風呂イベントを乗り越えて、いざ就寝。メイちゃんは僕が用意した蜘蛛糸のハンモックにも、大いに喜んでくれた。
「ふふふ、一緒に寝る?」
メイちゃん、実は僕のこと殺そうとしているんじゃないだろうか……どうやら、彼女との二人パーティは、自分自身の理性との戦いになりそうだ。
 




