第152話 はじめての宝箱
チチチチ、と甲高い鳴き声を上げて小鳥の群れが頭上を飛び去ってゆく。ジャングルでも見かけた覚えのある鳥だ。
この地下街にはジャングルと同じ動植物もあるようだ。少なくとも、その辺に生い茂っている緑の木々は、ジャングルと同じ熱帯風味なデザインだし。探せばマンドラゴラもあるかも。バナナイモはあった。
注意するべきは、このエリア特有の新モンスだろう。あるいは、ダンジョンも奥に近づいてきたということで、これまでの魔物の進化系みたいな奴がいる可能性も。
「とりあえず、今日はこの辺の探索だけにしよう」
新エリアということもあって、あまり妖精広場からは離れない近場だけに留めておく。警戒の意味もあるけれど、物資を集めることも考えている。
僕の『直感薬学』と『魔女の釜』があれば、割と容易に食料を確保できる。メイちゃんもいるから、大猪だってチョロい獲物でしかない。
恐らく、他のクラスメイトでここまで食料の確保に優れたスキル持ちはいないはず。水と妖精胡桃だけで生きていけるとはいえ、しっかり肉も野菜も食っている方が、より長い期間で見れば健康的、つまり、気力も体力も優れる。ささやかな影響力かもしれないが、これは僕が持ち得る数少ないアドバンテージの一つだ。
少なくとも、蒼真パーティでも食料調達に優れてはいない。せいぜい、食用のヘビと、あとエビ芋虫の存在を知っているくらい。
でも、傷薬の材料を見抜いた鑑定スキル持ちの天道君なら、食べられる動植物の見分けは容易だろうな。あと、人間も魔物も喰らえる『食人鬼』の横道か。この辺の奴らは、あまり食料に苦労はしなさそうである。
「私、頑張っていっぱい獲物を狩るよ! そして、美味しいお料理を沢山作るからね!」
食べ物の話をしたから、メイちゃんが物凄い張り切っている。キョロキョロと忙しなく周囲を窺い、獲物の出現を今か今かと待ちわびていた。
「狩りも大事だけど、僕は建物の中も気になるんだよね」
街と呼べるだけの、無数の建物がこの辺には軒を連ねている。民家のような小さな建物は、ざっと覗き込んだ限りでは、道中のダンジョンにある部屋と同じように、ただの伽藍堂だったり、元々は家具であったのだろう残骸が転がるだけの、見るからに収穫のない室内であった。
だがしかし、このエリアに飛んできた妖精広場は、ちょっと大きな寺院のような建物の中にあった。同じ寺院があれば、妖精広場がある可能性が高い。他にも、大きな建物ならまだ中に何かしら残っているかもしれない。具体的にいえば、宝箱とか。
僕、なんだかんだで、一度も宝箱ってお目にかかったことないんだよね。大体みんな、一回くらいは宝箱を見つけていると話は聞いているんだけどな。
「うん、建物の中にも、獲物がいるかもしれないね」
僕は宝に目がくらみ、メイちゃんは肉に目がくらんでいる。まぁ、宝が先か、肉が先か、どっちでもいいけれど。
他にも、メイちゃんから密林の遺跡で、小鳥遊小鳥が賢者スキルで古代のマップ装置を起動させたという話も聞いている。ヤマジュンに習ったお蔭で、ほんのちょっとだけ古代語が読める今の僕なら、もしかしたら使える装置やら設備やらがあるかもしれない。
「とりあえず、あの倉庫というか工場というか、そんな感じのあそこに入ってみよう」
近場で目についた最も大きな建物を目指す。
シンプルな箱型の建造物で、半分ほど緑に覆われている。だが、太いパイプが何本も各所に走っている無骨な外観。壁はレンガのようだが、パイプは金属製なのか、すっかり錆びた赤茶色でボロボロになっている。
まずは、古代工場を外からグルっと一周して観察。正面には大型トラックが出入りできるような、シャッターなのか門なのか判別はつかないけど、大きな入り口が目につく。だが、固く閉ざされているようで、パイプと同じく錆びついた上に、いい感じに緑も生い茂っていて、ロックがかかっていなくても、開閉できるとは思えなかった。
他には、裏口のような扉が二か所。その内の一つは正面入り口と同じように閉ざされていたけれど、片方は空きっぱなしになっていた。内部へ侵入するなら、ここがいいだろう。
「よし、それじゃあレム、先行してくれ」
「グガガ!」
気合いの入った返事と共に、屋内戦でリーチの長い槍は不利と考えたのか、剣を手にしてからレムは先頭を行った。
メイちゃんは超強いけれど、命のある人間であることに変わりはない。どんな危険があるか分からないダンジョン探索において、即死トラップにかかっても問題ないレムを先に行かせるのは当然だろう。素材さえあれば、レムはいつでも何度でも復活できるんだから。
「こんな廃墟でも、まだ電源は生きてるんだ」
正確には、電気ではなく魔力がエネルギー源だろうけど。
踏み入った古代工場の中は、ダンジョン内と同じく点々と白光パネルが点灯していた。ただ、かなり薄汚れていたり、壊れて消えていたり、今にも消えそうなほどチカチカしているものも見受けられる。
ここは窓がほとんど見当たらない造りだから、灯りがついてて助かった。レッドナイフを松明代わりにするのは、あんまりやりたくはなかったし。
「うーん、やっぱり、荒れ果ててるなぁ」
「小太郎くん、そこ木の根が出てるから気を付けて」
薄暗い廊下を歩く。覗き込んだ部屋の中には、他の民家と同様にこれといって何も見当らない。何かの残骸が散らばるか、自然に侵蝕されているだけ。
今のところの収穫は、食べられるキノコと野草が一束といったところ。暗くてジメジメした場所が、生育に良いのだろうか。
「グガ」
廃墟探索というより、単なる山菜取りのような状況の中、先頭を行くレムが立ち止まる。
「この先は大きな広間になってるみたい。それに……そこから、音が聞こえるよ」
メイちゃんがレムに代わって僕に異常を伝えてくれる。今のところ、僕には何も音なんて聞こえないけど、狂戦士のメイちゃんの方が耳も良い。
「クラスメイトが魔物と戦っているのか、それとも魔物同士の争いか。どっちにしても、まずは見つからないよう観察しよう」
君子危うきに近寄らず、とは言うけれど、ここにクラスメイトがいるならば確認しておかないワケにはいかない。
姿勢を低く、ソロリソロリと広間の方へと僕らは進む。
外れた扉を踏みつけて、例の広間へ入ると、なるほど、やはりここは何かの工場だったようだ。サイロのような円筒形の大きな設備が、二つ、いや、三つも並んでいる。曲がりくねったパイプが入り組んでおり、周りにはかなりの量の残骸が転がっている。残骸は製品なのか工作機械なのかただのガラクタなのか、原型を留めていないので元が何かまでは分からない。
うっかり蹴飛ばして音を立てないよう、足元に気を付けながら慎重に歩く。
「ウォオオーァアアア!」
「グヴェラ、オバァアアッ!」
広間に入ると、僕にも声が聞こえてきた。この声はゴーマと、もう片方は、人のように感じるが、恐らくはゾンビとかその辺だろうと思われる。
「どうするの?」
「そこに階段があるから、登って上から眺めてみよう」
錆びついた階段を上ると、ちょうど上から工場内を見下ろせるような通路が張り巡らされている。声と音からして、ゴーマは奥にある三つ目のサイロの辺りで戦闘中だと察せられる。二階通路は、奴らの奮戦を見物するにはちょうどいい位置だ。
そうして、冷やかし気分で僕は奴らの戦いを覗き込む。
「……精鋭のゴーヴ部隊か」
七体のゴーヴが、そこで剣や斧を手に激しい戦いを繰り広げていた。チビのゴーマは一体もおらず、戦士階級のゴーヴのみで構成されているから、彼らは精鋭部隊と見ていいだろう。
手にしている武器もそれなりの品質の良さだし、全員が綺麗な弓も背負っている。充実した装備は、それだけ偉い証でもある。
ゴーヴ達は円陣を組み、四方八方から押し寄せてくる敵に対して、的確に対処をしていた。この戦いぶりだけでも、奴らの技量の高さが窺える。
「相手は何だ、ゾンビなのか?」
ゾンビのように人型の魔物だ。しかし、エリート戦士なゴーヴに勝るとも劣らない筋骨隆々のマッチョで、アグレッシブに襲い掛かる様子から、これまで僕が相手にしてきたゾンビとは比べ物にならないパワーとスピードを秘めていることが分かる。
人としての皮膚はなく、生々しい赤い筋肉がそのまま露出している。外見的には、骸骨じゃなくて筋肉がついてる方の人体模型みたいな感じだ。だが、全身の各所に、白い甲殻のようなものが点々と形成されていて、ゾンビというよりは、立派な別種の魔物らしい印象も抱く。
うーん、とりあえず『ハイゾンビ』という名前で。
「でも、ゴリラのボスよりは全然弱いから、大したことない魔物だよ」
ゴライアスのことだろうか。アイツは曲がりなりにもボスなんだから、強いに決まってる。メイちゃんからすればクソ雑魚ナメクジだろうけど。
あまりアテにならないメイちゃんの戦力評価は置いといて、あのハイゾンビは真っ当に相手をすれば、なかなかの強敵だと僕は思う。
元々、この工場に潜んでいたのか、それとも外から追いかけて来たのか、奴らは数十体もいる。数を生かしているのか、本能のまま戦っているのか、結果としてゴーヴを包囲している状態だ。奇声を上げてただ飛び掛かる奴らに対し、ゴーヴの精鋭戦士でも防戦一方。このまま順当に数を削れば勝てるだろうが、途中で誰かが脱落すれば一気に不利になる。そんな、緊張感のあるギリギリの戦況と見た。
「ハイゾンビはあの数が相手でも、何とかなる?」
「なるよ。体は脆いし、頭を潰せば動かないし、戦い方も単純だし。リビングアーマー一体の方が、厄介だよ」
「それじゃあ、ゴーヴの方は?」
「ゴーマの城で戦った時、あれくらいゴーヴは沢山倒してきたよ。カッコつけてるだけで、大して強くもないから、安心して」
うん、安心します。
とりあえず、必死こいて戦っている奴らの中にメイちゃん単独で乱入させれば制圧余裕というワケだ。僕からすれば、どっちも単なる敵の魔物でしかないから、さっさと死んでほしい。
かといって、メイちゃん一人に何でもお願いするのもアレだし、ここは、軽くちょっかいをかけるくらいにしておこう。
よく、タイミングを見計らって……よし、今がいいところかな。
「逃げ足を絡め取る、髪を結え――『黒髪縛り』」
ちょっと久しぶりにフル詠唱。仕掛ける先は、勿論、奮戦するゴーヴ共だ。
影から生やすことのできる『黒髪縛り』は、弓矢や攻撃魔法のように、弾道から位置を割り出されないから、隠れて仕掛けるには非常に都合が良い。
「グブッ、ムガァッ!?」
突如として足元の影から這い出た黒髪の触手が、手足にまとわりついて来て、ゴーヴは切羽詰った悲鳴染みた叫びを上げていた。
奴らのパワーなら、頑張れば普通に引き千切れる程度の拘束力でしかない。だがしかし、彼らは殺到するハイゾンビを相手にギリギリ限界バトルの真っ最中。
そんな中で、一瞬でも動きを阻害されればどうなるか。それも、互いに命を預け合う七体の仲間も同時に縛られていれば。
「ブガッ、グッ、ゲヴァァアアアアアアアッ!」
悲痛な悲鳴と共に、ゴーヴがハイゾンビの猛烈なタックルを喰らって押し倒された。
「ゼバ!? ジェグバ――ンバァアアアアアアアッ!」
あっ、倒れた仲間を助けようとして、背中から飛び掛かられてやられている。
一気に二体の仲間が倒れたことで、ゴーヴの円陣は崩れ――あとは、割とあっけなくハイゾンビの群れに飲み込まれた。
「がんばれー、一体でも多くハイゾンビ共を道連れにしてくれよー」
僕の温かい声援に応えるように、押し倒されてもがくゴーヴは、全身を噛み付かれながらも、最後の武器であるナイフを振るって刺しまくる。
そうして、最後の最後まで激しく抵抗しながらも、ついにハイゾンビの猛攻を前に、ゴーヴ部隊は全滅となった。激戦を経た結果、勝利を収めたハイゾンビ軍もかなりの数を減らしている。奴らはもう、十体も残ってない。
いやぁ、いい戦いだった。感動した。君たちの奮闘は忘れないよ。
「それじゃあ、メイちゃん、レム、あとはよろしく」
「うん!」
「ガガ!」
ガチムチマッチョで食べごたえのありそうなゴーヴの死体を、勝利の美酒としてガツガツと貪りはじめた生き残りのハイゾンビ達の後ろから、情け容赦ない狂戦士と、殺人マシーン同然の泥人形が襲い掛かった。
ゴーマVSポーンアント以来の漁夫の利を得た僕は、まずコアを回収。ゴーヴもハイゾンビも、どっちも小さな欠片ではあるが、確実にコアを持っている。
メイちゃんは基本的に自分で仕留めた魔物の分のコアは、自分のモノとして所有しているから、結構ある。でも、僕は大山杉野のガチホモカップルにカツアゲされたせいで、一欠けらも手元にない。
彼女の貯金に頼らず、僕もコツコツと溜めていかなければ。ヒモ生活は御免だよ。
次に装備品を回収。とはいっても、メイちゃんの武器は『賢者』謹製の高品質というか、超品質である。レムの装備が更新できたくらい。
剣と槍とナイフ。それと、トマホークのような小ぶりの斧も一本、頂戴した。
今やすっかり身長も高くなり、鋼線筋肉のお蔭でガタイも良くなったレムは、マッチョなゴーヴが身につけている防具などもそのまま装着できるようになっている。汚らしい服はいらないけど、武器やポーチを下げるベルトなどは使い道がある。
肩や腰の各所にベルトを装着し、回収した武器を装備させた。
でも、そこそこの質の弓矢が手に入ったのは一番の収穫だ。今やレムの弓の腕は、かなりのモノだ。天職『射手』には色々な面で及ばないだろうが、狙って、撃って、当てられる、というだけで弓兵としては十分すぎるほどの実力である。これで、『クモカエルの麻痺毒』に次ぐ毒薬を生成できれば、攻撃面でも期待できる。
レムに弓を持たせ、予備で僕がもう一つ持って、出発。
工場では、他に魔物と遭遇することはなかった。せいぜい、デカい虫が群れてキモかったり、蛇がチロチロと横切って行ったりといった程度。蛇の奴、危機を察したのか、さっさと壁の亀裂に逃げて行った。メイちゃんが「食べられそうだったのに」と酷く残念そうだった。
「結局、大した収穫はなかったな。この部屋を見たら、もう出ようか」
工場の最上階にあたる三階、その奥にある両開きの扉で閉ざされた部屋。この中に何もなければ、工場探索は完全な空振りということになる。
まぁいいや、どうせ一発でアタリを引けるほど、僕の運が良くないってのは十分承知してるし。
それでは、大した期待も込めずに、オープンザドア。勿論、メイちゃんによる力技である。
「あっ……宝箱だ! 小太郎くん、あれ、宝箱だよ!」
「えっ、どこどこ!?」
バーンと派手に扉をぶっ放した先で、メイちゃんが嬉しそうに叫んだ。
まさかの大当たりに、僕は勇んで部屋に踏み込むが、ゴホゴホ、換気悪いぞこの部屋!
「宝箱って、どれ?」
積もった埃でケフケフしながら、中をざっと見渡すが、ソレらしいモノは見当たらなかった。ソレらしいとは、勿論、デカい鍵穴のついた金属で補強された木箱である。
室内には、ロッカーらしき金属の棚と、大小のコンテナのような錆びついた箱が転がっているだけだ。
「アレだよ、アレが宝箱なの」
「あっ、そうなんだ」
転がっているコンテナの内の一つをメイちゃんが指差す。大きさは縦1メートル、横50センチ、高さ30センチといった直方体。黒っぽい色で、金属のような、そうでもないような、不思議な質感をしている。そこに転がり落ちて久しいのか、宝箱コンテナの周りには雑草が生い茂って、半ばまで覆い尽くしていた。
なんかちょっと、思ってたのと違う……けど、中身があれば箱なんてどうでもいいや。
「うーん。やっぱり、鍵がかかってるみたい」
とりあえず宝箱だという箱を引っ張り出して、ガタゴトしてみるが、全く蓋が開く気配はない。というか、これ、蓋ってどこについてるの?
「えっと、魔力を流すと開くんだって」
「そうなんだ。っていうか、魔力を流すってどうやれば――うおっ!?」
特に意識してなかったけど、突如として宝箱がヴォンと音を立てて光を放った。縦横に青白い光のラインが走り、そして、次の瞬間には、カチリとロックの外れる音と共に、箱の上部がスライドして開いていった。
「お、おおぉ……」
魔法的というより、どこかSFチックな開き方に感動する。中を覗けば、ラインと同じように青白い光が灯っていた。
そして、そこに保管されていたのは……
「これは、杖なのか」
魔法の杖、なのだろう。黒っぽい木の杖で、微妙な捻じれを描きながら、先端は鷲の足のような、鋭い爪を備えた手がついていた。
「この杖、どっかで見たことあるような――あっ!」
ゴーマの砦のボスが持っていた、爆破杖だ。炎の赤い魔石こそ嵌っていないが、アレにそっくりなのだ。
「待てよ、それなら」
僕ははやる気持ちを抑えながら、鞄の奥底で完全に肥やしとなっていた、緑色の玉を取り出す。そう、風属性の杖を持っていた西山さんから拝借してきた、風属性の魔石である。
「頼む、動け……おおっ!」
拳大の風魔石を、爪の手が動いてガッチリと握り込んだ。
そして、僕はドキドキしながら、その杖を振るった。
「――『風刃』」
ヒュウン、という音と共に、一陣の風が薄緑色に輝く光となって、解き放たれた。
それは、間違いなく、攻撃魔法の発露。呪術師となって、苦節ウン十日。僕はこの異世界において、初めて呪術ではなく、魔法を行使したのだった。
「や、や、やったーっ!」
「よかったね、小太郎くん。おめでとう」
こうして、僕ははじめての宝箱から、魔法の杖を手に入れたのだった。




