第149話 暗黒街
「んっ……」
なんだか、懐かしい夢を見ていた気がする。無邪気に遊びまわっていた、幼い子供の頃のような……
夢見は悪くなかったはずなのに、いざ目を覚ますと、酷く体が怠かった。睡眠時間もちゃんと確保しているはずなのだが、どうにも疲労がとれた気がしない。
いや、分かっている、疲れているのは体ではなく、心の方だということは。
「起きたのね、悠斗君」
「ああ」
「酷い顔色よ。かなり具合が悪いんじゃないの?」
「大丈夫だよ、委員長。顔を洗ってくる」
起き抜けで最初に会ったのが、委員長で良かった。心配の言葉こそかけてくれるが、それ以上は突っ込まない。ありがとう、今はまだ、俺のことは放っておいてほしい。
ひとまず、委員長に言った様に顔を洗う。よく冷えた噴水の水ではなく、生ぬるい井戸の水が半端に眠気をぬぐう。
ここは妖精広場ではなく、レンガ造りの建物の廃墟である。
現在、俺達は新しいエリアの攻略を始めた。運悪く、あるいは難易度が上がっているのか、初日の探索で妖精広場を見つけることができなかった。仕方なく、順番に見張りを立てて、適当な場所で野宿をすることとなったのだ。
見張りは平等にくじ引きで決めた。委員長の次が俺で、最後でもある。時刻は午前3時。せめて、みんなが起床する時間までには、ちゃんとしよう。
「……」
そう思うものの、いざ一人でジっとしていると、堂々巡りの思考が始まる。何故、どうして……レイナは死ななければいけなかった。
血の海に倒れる彼女と、傍らに立つ、血塗れのナイフを握る桃川。あの光景が、俺の目に焼き付いて離れない。
悪魔のような男だ。レイナを殺し、あまつさえ、その死体を操り人質とした。
あれで見逃した俺は馬鹿だ。目くらましの白い霧が晴れてから、俺達はすぐにアイツの後を追った。けれど、見つからなかった。桃川と、共に逃げた双葉さんの二人も、そして、レイナの死体も。
俺は彼女の死を、弔うことすらできず、みすみす仇を逃すだけの結果に終わってしまったのだ。
もっと他に、上手くやりようがあったはずだろう……いや、違う、どうして俺は、間に合わなかったんだ。レイナを、助けられなかったんだよ……
「くそ、俺のせいだ……俺が弱いから、レイナを守ることができなかった」
レイナを殺した桃川のことは許せない。けれど、俺が一番許せないのは、彼女を守れなかった自分自身だった。
このダンジョンに落とされてからずっと、自分ではベストを尽くしてきたつもりだ。人間離れした身体能力も当たり前になってきたし、魔法やら武技やら、超常の能力も身に着けた。何より、魔物との戦いという、日本では絶対にできない本物の実戦経験をすることで、俺の戦闘能力は自分でもまだ限界が見えないほど上がり続けている。
天職『勇者』を得て、ここまで戦い続けた俺は強い。前よりも、昨日よりも、確実に強くなっている――けれど、足りなかった。レイナを守るには、まるで足りなかったんだ。
何がベストを尽くしたつもり、だ。所詮は「つもり」に過ぎず、結果が出なければ何の意味もない。
俺はすでに、親友だった弘樹を失っているというのに……俺は、もっと死にもの狂いで強さを求めるべきではなかったのか。桜や委員長、頼れる仲間と共に戦うなどと言わず、全員、俺が一人で守り切るくらいの覚悟を決めなければいけなかったんじゃないのか。
俺は甘かった。
その甘さが、きっと、双葉さんに負担をかけることにもなっていた。四本腕のゴグマをはじめ、彼女の力に頼って勝利を拾った戦いは何度もあった。
しかし、『勇者』の俺と肩を並べて戦える『狂戦士』は、今は敵となってしまった。
俺には、双葉さんが何を考えているのか分からない。桃川に命を救ってもらった恩がある、という話は聞いている。
そのたった一つの義理だけで、レイナを殺した罪を犯した桃川を、あそこまで庇えるものなのか。桜が言うように、桃川の呪術で心を操られているのか。あるいは、誰も知らない、もっと深い事情や、大きな秘密があるのか――俺には分からない。でも重要なのは、彼女が桃川の味方になる理由じゃない。
分かっている、桃川がレイナを殺したのは、偶然のようなもの。最悪と呼べるほどの、めぐり合わせに過ぎないのだと。
死と隣り合わせのダンジョン攻略。俺や桜と違って、レイナには何の武術の心得もなければ、サバイバル技術もなく、勿論、過酷な環境に耐えきれる強靭な精神力なんてものもない。
だって、彼女は普通の女の子だから。レイナは、初めて出会った幼稚園の頃から、何も変わらず、ただ純粋無垢な少女なのだ。
この場所は、そんなレイナにとってあまりに酷だ。ダンジョンに跳梁跋扈する無数の魔物、あるいは、脱出枠をかけたクラスメイト。誰が、レイナを死に追いやってもおかしくなかった。
結果的に、桃川がそうなっただけのこと。正当防衛などと叫んでいたが、あれは言い訳などではなく、本人は本気でそう思っているのかもしれない。
いくらなんでも桃川が平和な学園生活の頃から、レイナを殺したかった狂人だったとは考えられない。桃川だって、殺したくて、殺したワケじゃない、そう思いたい。
だから、俺がレイナを守らなければいけなかった。獲物を喰らう本能で襲い掛かる魔物から、狡猾に命を狙うクラスメイトから、そして、桃川のように理由があると叫んで人を刺すような奴からも――どんな奴らが相手でも、俺が傍にいれば、レイナを守れたのに!
「ちくしょう……どうして、俺は間に合わなかったんだ……」
結局、何をどう考えても、そんな後悔に行きつく。
今更、どれだけ悔もうと、どんなに涙を流しても、時間は戻らないし、レイナは生き返らない。ただの後悔に、何の意味もない。
いつまでも悔やんではいられない。そんなことは分かっている。分かっているけれど、そう思わずにはいられないから、後悔なのだろう。
「兄さん」
不意に呼ばれ、俺はハっと顔をあげる。そして、まだ人に見せられるような顔色をしていないだろうことを思い出し、不自然なまでに、顔を背けてしまった。
「な、なんだ、桜……まだ、起きるには少し早いんじゃないのか」
「レイナのこと、悔いているのですね」
「当たり前だろ」
言ってから、棘のある台詞だったと気付く。妹に対して、この物言い。どうしようもなく、情けないな、俺は。
「……心配するな。ダンジョン攻略はまだ続くし、このエリアの敵はなかなか強い。油断しないよう、気を引き締めて――」
「いいんです、兄さん。私の前では、無理をしないで」
俺の隣に腰を下ろし、そっと身を寄せて桜が言う。
「別に、無理なんて」
「していますよ。だって、みんなにも、私にも、泣き言一つ言わない、言ってくれないではないですか」
言えるわけがないだろう。俺も男だ、いや、それ以前に、こんな状況で俺が取り乱せばみんなも不安になる。ダンジョン攻略は終わってないし、レイナの死を嘆き悲しむ暇もない。
「兄さんの気持ちは、よく分かりますし、とても立派な心構えだと思います。けれど、少しくらい、私を頼ってくれても、甘えてくれてもいいでしょう……今の兄さんを見ているのは、私、とても辛いです」
「桜……すまない、心配をかけて」
そうか、そうだよな。俺の気持ちも意地も、桜には全てお見通しだ。彼女は俺の妹で、ずっと一緒に育ってきた仲である。
「お願いですから、何でも一人で背負いこまないでください。ただ、兄さんに守られるだけでは嫌なんです。私を頼って、必ず力になります。『聖女』として、私はもっと強くなりますから」
「ああ、そうだな。強くなろう。今の俺達にできることは、それしかない」
俺に力がないばかりに、レイナを失ってしまった。
けれど、俺にはまだ、守らなければならない人がいる。桜も、みんなも、俺が守る。そして、みんなを守るためには、力がいる。もっと、誰にも負けない力――本当の『勇者』の力だ。
「はい、兄さん。必ず、みんなで生き残りましょう」
「ああ、もう絶対に、誰も死なせない」
レイナの死を受け入れられたワケではない。悲しみも、悔いも、何もかも忘れることはできない。
それでも俺は、目の前にいる大切な人を守るために進み続けなければいけないんだ。俺にはまだ、桜がいる。両親に、必ず守ると誓った、誰よりも大切な妹が。
だから、行こう。必ずこのダンジョンを攻略し、全員で日本に帰る方法を見つけ出すんだ。
俺達が進むここは、薄暗い廃墟の街だ。石と鉄で作られた精緻な建造物が立ち並ぶ、ヨーロッパの観光地にでもなりそうな、瀟洒な造りの街並み。
あまり荒れ果てた様子はなく、崩れた建物も少ない。だが、人気は皆無で、生活感というものは欠片も感じられない。
ここに漂うのは、淀んだ空気と、どこからともなく漂う血臭。そして、人ならざる者の呻き声だ。
「――っ! 狼男だよっ!」
先頭を進む『盗賊』の夏川さんが、鋭い声を上げる。
同時に、ウォオオーン! と響き渡る獰猛な咆哮と、鋭い殺気が迸る。すでに、向こうもこちら側に気づき、戦闘態勢に入っていた。
「明日那、後ろは頼む」
「任せろ」
挟撃を警戒し、明日那を後衛に残して、俺が前へと出る。
夏川さんの叫びから3秒もせずに彼女と肩を並べたが、狼男の襲撃も迅速であった。狂気を宿す赤い目をギラつかせて、血に飢えた獣がもう目前にまで迫っていた。
狼男は、その名の通り、狼のような獰猛な獣の頭を持つ人型の魔物だ。全身、黒い毛皮に覆われており、筋骨隆々の逞しい男の体型を誇る。
元々は人であったかのように、ほとんど何かしらの衣服を身につけている。いたるところが破れ、裂け、衣類としての体を成さないほどボロボロになってはいるが。中には、鎧の一部を纏った奴もいる。
目の前にいるコイツは、破れて半分になったズボンに、千切れかけのベストを着た、よくある出で立ちをしている。
「ウォオガァアアアッ!」
ただ真っ直ぐ飛び掛かってくるだけなら、これまでの魔物と変わりはない。
しかし、この狼男はただ己の牙と爪を頼りに襲ってくるだけの単なる獣ではなく、その手に武器を握り、そして、それを十全に活かした隙のない立ち回りをする強敵だ。
強さとしては、リビングアーマーと同格といったところだろうか。鎧兜を纏うだけあって、防御力はリビングアーマーの方が上だが、狼男はその分、スピードに優れる。強靭な脚力は速く走り、高く跳び、壁を蹴って三次元的な機動で獲物へと襲い掛かってくる。
そんな奴らが徒党を組んで、しかも、結構な頻度で遭遇するのだ。ダンジョン攻略の難易度は、ここに来てさらなる上昇を見せている。
「二体……いや、三体か。夏川さん、俺に任せてくれないか」
「えっ、でも」
「俺は大丈夫だから。それより、他に隠れ潜んでる奴が出てこないか、警戒していてくれ」
「うん、分かったよ!」
現れる魔物は強くなっている。しかし、ここまで進んできた俺達だって、強くなっているんだ。
そして俺は、俺だけは、みんなよりもさらに、今よりももっと強くならなければいけない。俺は『勇者』だから。みんなを守る使命がある。もう、誰も、失いたくない。
「――『一閃』」
昂ぶる心とは裏腹に、剣を振るう動作は、静かに、それでいて素早く、正確に。
剣の武技『一閃』は最初に習得した基本的な技だが、だからこその使いやすさがある。しっかりと相手の動きを見極め、かつ、それについていけるだけの体があれば、真正面から『一閃』を叩き込み、一刀両断できる。
「ウォアアッ!」
飛び掛かって来た狼男は、左右に断ち切られて地に伏せる。少しばかり切ったり突いたりした程度では、怯みもしないタフな狼男だが、バッサリと体を両断されれば即死は免れない。
一体目を一撃で処理し、次の攻撃へ俺は備える。
「フシュゥ……ヴロロロロォアアアッ!」
次に道路を駆けてきたのは、上半身が筋肉で肥大化し、丸太のような両腕で大きなハンマーを握りしめた、見るからに力自慢な狼男だ。
鼻息荒く突進してくる奴と同時に、俺は傍らに建つ民家の屋根の上から、別の奴が奇襲をかけてきたことにも気づいている。
「グルァアアッ!」
赤い三角屋根の上から降って来るのは、槍を持った細身の狼男。ハンマーとはコンビを組んでいるのか、それとも偶然なのか、結果的には派手に目を引きつけるハンマーを陽動として、槍持ちは相手の不意をついて襲えるような格好となっている。
どちらか一方に対処すれば、もう一方にやられる。つまり、二体同時に倒さなければいけない。
『光りの聖剣』を一振りすれば、狼男くらいならまとめて消し飛ばせるのだが、それではいけない。ただ生き残るためだけの戦いをしているようではダメだ。強くなるためには、魔物との実戦も貴重な修行と捉え、己の技を磨く機会として利用させてもらう。
後先考えずに、強力な『勇者』の力を振りかざすだけでは、更なる成長は望めない。
だから、ここは自分の持てる武器と技だけで対処する。
「『剛力』」
鎧熊を倒して得た、腕力を強化する魔法を発動させると同時に、俺はもう一本、別な剣を鞘から抜く。ただし、その鞘は物理的には存在しない、見えざる鞘である。
『ソードストレージ』:武器を呼び出す、光の空間魔法。
俺の左手に、俄かに青白く輝く魔法陣が浮かび上がる。そして、己の欲する剣をイメージ。
「『ソードストレージ』、セレクト、『蒼雷の剣』」
ゴグマとの戦いを経て習得した『ソードストレージ』は、何もないところから武器を取り出す、割ととんでもない魔法だ。
説明を読むに、こういった類の効果は空間魔法と呼ばれる魔法らしい。俺の『ソードストレージ』はあらゆるモノを、無限に詰め込める、という効果ではなく、刃のついた武器だけを、一定のサイズで一定量を魔法陣に収納できるというものだ。
ソード、と名はつくものの、槍でも斧でも入れることはできるし、ゴーマが振り回す粗末な木の棍棒も入れることはできた。収納する武器の制約は、わりと緩いようだ。この緩さを利用して、非常用の『ポーション』なんかも入れてあるが、基本的には説明にある通りの使い方をしている。
そして、俺が『ソードストレージ』の魔法陣から抜いたのは、雷の力を宿す『蒼雷の剣』である。ゴーマのピラミッド城に挑む前に、小鳥遊さんが錬成してくれた魔法剣だ。
「『飛雷槍』っ!」
片刃の刀身を持つ『蒼雷の剣』を、突きを放つようなモーションで、頭上から槍を繰り出す狼男を撃つ。
剣と槍では、リーチの長い槍の方が有利である。その差を覆すには、素手で剣に対抗するための実力差を現す『剣道三倍段』と同じくらいの力量を求められる。
だが、剣そのものが槍を上回るリーチを持ち得るならば、三倍以上の実力差は必要としない。もっと簡単に、素早く確実に、槍を持った敵を倒すことができるのだ。
だから、同時攻撃を仕掛けられた俺がとった対応が、『蒼雷の剣』で雷魔法を撃ち、槍持ちのアウトレンジから撃ち殺す、ことである。
俺が放った雷魔法『飛雷槍』は、バリバリと雷鳴を轟かせる、青く輝く雷撃と化して、頭上の狼男を貫いてみせた。
「ギョォアッ!」
真っ黒い毛を逆立たせて、痛烈な雷撃に焼かれて槍の狼男があえなく落下していくのを視界の端に捉えながら、ちょうど俺の目の前で大きな鋼鉄のハンマーを振りかぶる狼男へと剣を振るう。
「グルルッ、ヴォアアアッ!」
「ハアッ!」
狼男の巨漢が振るうハンマーと、俺が右手一本で薙ぎ払う剣が、真っ向から衝突する。
結果、弾き飛ばされたのは明らかにパワーと重量に勝る、狼男の方だ。
やはり、あらかじめ『剛力』をかけておいて良かった。素のパワーだけだったら、普通にこちらが押し負けていたぞ。
俺は蒼真流の剣士としても、『勇者』としても、力押しで戦うパワーファイターではないのだが、常に正々堂々の一対一というルールに守られた戦いができないダンジョン攻略では、単純なパワーを要する場面も出てくるだろう。魔物は群れを成す奴は多いし、味方を守るためにどうしても攻撃を避けるわけにはいかない、なんて状況も想定される。
このハンマー狼男のようなパワータイプな敵と戦うなら、普通だったらこっちの素早さを生かして立ち回るが、今回はあえて自分のパワーがどこまで通じるか、という実験の意味も込めて、正面から受けて立ったのだ。
『剛力』一つで、これだけ筋力が上昇するなら、桜を含めて他の強化魔法を受ければ、更なる恩恵が望めるだろう。
けれど、人間サイズを遥かに超えた大型の魔物も、ボスを筆頭に存在する。やはり、ただの人間に過ぎない俺が、パワーだけを頼りに戦うのは危険だろうな。
そんなことを考えながら、俺は右手にした『聖騎士の名剣』と左手の『蒼雷の剣』、合わせて二刀流でもって、力負けして大きく体勢を崩していたハンマー狼男へ、トドメの連撃を叩きこむ。
『蒼雷双烈』
二刀流による連撃武技『双烈』は、俺が『蒼雷の剣』を使って繰り出せば、その刀身から発せられる青い雷が、相方の剣にも移り、雷属性の威力も加わった『蒼雷双烈』へと派生する。
これで、炎を宿す魔法剣『蒼炎の剣』を使えば、『蒼炎双烈』になる。魔法による属性が付与されることで、発動する武技にも変化が起こるということだ。
もっとも、実戦においては狙って発動させるというよりも、戦況に応じて持っている武器の組み合わせで、たまたま発動するという方が多いと思うが。今回も、槍持ちを倒すのに『蒼雷の剣』が有効だと判断した結果、この二刀流になったに過ぎない。
ともかく、大きな隙を晒した狼男を倒すのには、普通の『双烈』でも十分な威力を誇っている。これに雷撃の力まで加われば、全ての斬撃を叩きこむのを待たずとも、死に至ってしまう。
ブスブスと黒焦げになった狼男のバラバラ死体を前に、少しばかりオーバーキルになってしまったと反省する。人道的な配慮ではなく、過剰な威力の攻撃は、その分だけ余計な力を消耗することになる。ダンジョンに居る限り、魔物との戦いはずっと続く。出来る限り消耗を抑えながら戦い続ける、というのもダンジョン攻略においては重要な要素であろう。
「よし、これで全部片付いたな。夏川さん、他に敵はいそう?」
「……ううん、大丈夫だよ。もう近くに敵はいないみたい」
耳を澄ませて、より広い範囲で敵の気配を探っていた夏川さんが報告してくれる。場合によっては、戦いの音にひかれて、仲間が集まって来たり、別な魔物が寄って来たり、ということもあるからな。
なんだかんだで、『盗賊』として広い索敵力を持つ夏川さんの能力には、非常に助けられている。
「蒼真君、ゴメンね、一人だけに任せちゃって」
「いや、俺が自分で言いだしたことだから。気にしないでくれよ」
「うん……でも、わ、私も、蒼真君の力になりた――」
「兄さん、早く進みましょう。今日こそは妖精広場を見つけておきたいですし」
不意に背後からかけられた桜の声で、両拳を握りしめた気合いの入ったポーズで何か言おうとしていた夏川さんの発言が遮られた。一人で戦ったのは俺の勝手だし、本当に、気にしなくてもいいのに。真面目だよな、夏川さん。
「ああ、そうだな。それじゃあ夏川さん、行こうか」
「う、うん、そうだね、はぁ……」
何故か残念そうな表情で項垂れる夏川さんを先頭に、再び暗い街を進み始めた。夏川さん、もし疲れているのなら、俺、交代するけど……ホントに大丈夫?
第10章はこれで完結です。次章もお楽しみに。
 




