第146話 互いの成長
その母性でもって僕の心を癒し、その爆乳でもって僕の理性を殺し、メイちゃんには精神的に上げたり落とされたり大変だったが、ひとまず、落ち着いた。トイレにも行ってスッキリしてきたし。
洗濯物は僕が張った黒髪ロープで干されていて、お互いにジャージ姿、つまりメイちゃんは惜しげもなく爆乳の谷間を見せつけるエロファッションのままなので、とりあえず彼女の自前のブランケットを羽織ってもらっている。いくらスッキリ状態の僕でも、あんなものを継続して見せつけられれば、再び理性が崩壊する。ただでさえ、おっぱい相手には弱い僕の理性が、砂山に立てた割り箸よりも脆く崩れ去ることだろう。
そういうワケで、非常に残念ながら、メイちゃんの胸元は世界平和のために隠されたのだった。ああ、もうちょっと拝んでおけば良かったかな……次回に期待しちゃってもいいかな……
「ところで、お腹空いてる?」
「うん」
メイちゃんにお腹空いてるかと聞いて、ノーと聞いたこと一度もないけど。
まぁ、食料に乏しいダンジョン生活である。妖精胡桃のお蔭で栄養的には耐えられても、満足に腹が膨れる機会は皆無だ。誰だって、お腹はいつでも空いている。決して、メイちゃんに腹ペコキャラのレッテルを張りたいワケではないんだよ。
「僕、まだちょっとだけ食材残ってるから、食べようか」
「ええっ、いいの!?」
いいに決まっているじゃないか。僕とメイちゃんの仲だろう。野郎共に振る舞うより、よっぽど料理のし甲斐があるってもんだ。
しかし、レイナ討伐の景気づけに、大猪の肉の残りはほとんど解放しちゃったから、本当にあと一食分くらいしか残っていない。肉の他には、割と好評だった謎ハーブと、バナナイモと、あとはとりあえず食べられる野草とキノコが少々といったところ。
とりあえず、僕の得意料理と化した牡丹鍋でいこう。
「ああっ、そ、それはもしかして、ベーコンなの!?」
僕が取り出した、最後の猪ベーコンの塊を見て、メイちゃんが食いつく。いや、文字通りの意味じゃなくて。
「うん、そうだよ」
「凄い、保存食に加工しているなんて……時間、かかったんじゃないの?」
「ううん、僕の呪術にかかれば一発だよ」
そういえば、『魔女の釜』はメイちゃんと別れた後に習得した呪術だから、彼女はこれの存在を知らないのだ。これから色々と生活面でお世話になる能力だから、早速、お披露目といこう。
「――で、これが『魔女の釜』」
噴水の隣に、さっさと器を作って、発動。調理用にぴったりな、鍋サイズの『魔女の釜』が完成する。
「水を入れたら、結構すぐ沸騰するから、火力もそれなりなんだよね」
「ええっ、なにこれ、火が出てないのに、温まってる! IHなのかな?」
違うと思うけど。多分、魔法的に熱を加えているだけかなと、勝手に思っている。自分の呪術なのに、あんまり詳しい原理が分からないのは、ちょっとアレだよね。
「この鍋は温めるだけじゃなくて、そのまま冷凍もできるし、乾燥させたりもできるんだ。だから、生肉を放り込むだけで、簡単に干し肉ができるんだよ」
「ええっ、しゅごい……」
メイちゃんの驚きようが、尋常じゃない件。
だがしかし、彼女は料理部で、筋金入りの料理好きである。ならば、ダンジョンの中でも、これ一台で様々な調理を可能とする、万能調理器具である『魔女の釜』というのは、夢をかなえる魔法のお鍋に見えるのかもしれない。料理なんて、食べられればいいや程度の認識だった僕と比べれば、感動も一入だろう。
「他にも、ミキサーにしたり、混ぜたり、色々とできるけど」
「凄い! 凄いよ、小太郎くん!」
「えーと、今度使ってみる?」
「うん! これがあれば、色んな料理ができるよ!」
目がキラキラしている。『魔女の釜』一つで、ここまで喜んでくれるとは、呪術師冥利に尽きる。というか、この能力はやっぱり、僕よりもメイちゃんが授かるべきモノだったのでは……
完成した牡丹鍋に舌鼓を打ちながら、僕らはお互いに気になっていた、別れて以降の経緯を話し合った。
メイちゃんに泣きついた時に、大まかな事は喋った気がするけど、こうして落ち着きながら順を追って僕の経験を説明すると……メイちゃんは涙ながらに、僕の苦労話を聞いてくれた。あんまり真剣に感情移入して泣かれると、僕もまた泣きそうになってくるよ。
でも、今のメイちゃんの胸元に飛び込んだら、確実に性欲の方が先行してしまう。生おっぱいの谷間だし。
さて、僕の話は割とどうでもいい。大した収穫もなかったし、新呪術を授かったくらいのものだ。現状、レムも失ってしまっているし。
気になるのは、メイちゃんの方だ。
こうして、躊躇なく僕の味方につき、蒼真悠斗に刃を向けたことから、どうやら寝取られた心配はせずにすみそうだ。メイちゃんが彼の魅力にメロメロだったら、僕はあのまま切り殺されてデッドエンドだった。
「私の方は……順調、だったよ」
腹立たしいほどに、とでも言いたげに、メイちゃんはあまり、蒼真パーティとの旅路を、良い顔で語らなかった。
「しばらく一緒にいて、私、分かったの……ああ、誰も、小太郎くんのことなんて、心配していないんだなって」
何気なく言ったその言葉に、僕の背筋がゾっとした。僕の身を案じてくれた、彼女の優しい気遣いの台詞のはずだけど、まるで、底知れぬ恨みを秘めているような気がしたんだ。
「一応、探しはしたよ? でも、きっとみんな、小太郎くんのことを見つけるつもりはなかった。ううん、見つからなければいい、そう思ってたんだよ」
そりゃあ、そうだろうね。彼女達の立場を思えば、僕なんて永遠に見つからない方がいい。
僕が突き飛ばされた直後、明日那の非道にメイちゃんは怒り心頭ではあったが、蒼真悠斗の武力的な抑止力&委員長による決死の説得によって、どうにか殺し合いは避けられた。
メイちゃんはダンジョンを進み、僕を探すには彼らの力が必要だということを分かっていた。でも、蒼真桜にしてみれば、僕が見つからなければ、メイちゃんが反逆することもないし、そもそも死んでた方が気分的にも良いだろう。
「まぁ、いいけどね。そもそも僕の好感度は、あの時点じゃあマイナスだったし」
「うん、結局ただの好き嫌いのくせに、綺麗事ばかり。私、怒りを抑えるのに、とにかく必死で……あの時のこと、実は、あんまり覚えてないの」
ヤバい、メイちゃん、目がマジだ。そこまで怒らなくても……いや、しかし、メイちゃんからしても、僕は本当に理不尽に殺されかけたのだ。それでいて、犯人グループは反省の色を見せずにヘラヘラしていたら、そりゃあ、キレそうにもなるか。
「あっ、でも、みんなの能力はちゃんと覚えているよ」
「そっか、それは良かった」
「うん、いつ敵に回してもいいように、みんなの強さは注意して見ていたから」
最初から裏切る気満々だったんだね。彼らにとっては悪夢だけど、僕にとっては涙が出るほど嬉しいスタンスだよ。
「あれから、ダンジョンを進むごとに、魔物もボスも強くなっていって――」
それから、詳しく蒼真パーティでの攻略模様を聞いた。どうやら、僕が遭遇してきたボスよりも、遥かに強い奴らと戦ってきたようだ。
宮殿エリアのリビングアーマーに、ピラミッド城のゴグマ&四つ腕ゴグマ。
僕もゴグマを倒してジャングルを脱出してきたけど、アレが四体いる上に、さらに強い四本腕の大ボスまでいるとは。とてもじゃないけど、相手にならない。蒼真パーティ以外で対抗できる可能性があるのは、天道君だけだろう。
「よく、そんなの倒してこれたね」
「敵が強くなった分だけ、武器も良くなったから。それに、ゴグマのボスを倒せたのは、小太郎くんのお陰だから」
えっ、僕、どう考えても何もしてないんですけど。
「あのね、試薬X……全部、使っちゃったの」
「ええっ!? ぜ、全部!?」
メイちゃんにはそれなりの量を持たせていたけど、まさか、アレを全て使い切るとは。いくら解毒薬を混ぜて調整しているとはいえ、まだまだ素人の目分量。絶対的に安全な服用は保証されてはいない。
「大丈夫なの!?」
「うん、なんともないよ」
確かに、メイちゃんにおかしな様子は見られなかった。意識はしっかりしているし、顔つきだって、やつれたりとかもしていない。顔はむしろ、美しさに磨きがかかっているみたいだ。ジャンキーの兆候は見られない。
「でも、無理しちゃダメだよ」
「ごめんね」
心配ではあるが、メイちゃんだって馬鹿ではない。ピラミッド城のボスを倒すためには、どうしても必要だったのだろう。正しく、僕が想定した緊急事態に該当する。
ちゃんとピンチを切り抜ける役に立ったというのなら、素直に喜ぶべきだろう。なんだかんだで『試薬X』は有用だ。今後も一定量は確保しておこう。
「私の方は、こんな感じ。装備は良くなって、武技を覚えたり、前より少し、強くなれただけだよ」
話を聞いていると、少しというより、かなり強くなっているように思えるのだが。
「あっ、あと、そういえば、スマホが使えるようになったよ」
「……はい?」
「スマホが使えるようになったよ」
笑顔で繰り返されても、意味が分からないんだけど。
「小太郎くん、アドレス交換しよ?」
あまりににこやかな笑顔に押されて、僕は素直にアドレス交換に応じた。めっちゃ久しぶりに携帯の電源をつけたよ。鞄の奥底で眠っていたコイツは、どうやら無事に生きていたようだ。
それにしても、もしかしてメイちゃん、バッテリーさえあれば、携帯電話はトランシーバーのように通話ができると思っているのだろうか。
残念だけど携帯電話というものは、それそのモノが無線で繋がっているワケではなくて――ピルルルルッ!
「ええっ!?」
電話がかかってきた。開いてみれば、今しがたアドレス交換を終えたばかりの、双葉芽衣子の名前が。
「小鳥遊さんの賢者の魔法で、電話とメールだけは繋がるようになったんだって」
「あっ、そうなんだ……」
おのれ小鳥遊小鳥、携帯電話の通話まで可能とするとは、やはり、賢者の魔法はチートか。というか『錬成』がチートなのだ。魔石だかいう、ありがちな魔力結晶的な素材アイテムを使って、マジックアイテムの製造まで始めているとは。
このままでは、どんどん装備の質の差が広がっていく。さっきは、メイちゃん一人でも十分な対抗戦力になっていたけれど……もし、ロープとかネットとか麻痺とかの、捕獲用の武器・マジックアイテムなんかが存在していれば、その非殺傷性から躊躇なくメイちゃんに使って行動不能にしただろう。で、僕に対してもそのテの拘束系武器を使われれば、『痛み返し』も発動せずに、成す術がない。
うーん、そろそろ本格的に、良い武器やアイテムの収集というのも、考えないといけないかもしれない。あのゴグマは良い武器に加えて魔法の杖まで持ってたから、意外とお宝を隠し持っていそうだし。
「そうだ、小太郎くんに、プレゼントがあるの」
「えっ、なになに、気になるー」
まさかのサプライズに、素直に浮かれてしまう。実は呪術専用の禍々しい杖を宝箱からゲットしていたとか? それとも、ひょっとして蘭堂さんみたいにパンツか。うーん、どっちも実用的で即戦力だよ。
などとセクハラ染みたことを考えながらワクワクテカテカしていると、あっさり手渡されたのは、キラリと輝くアセクサリーが二つ。
「ネックレスが『生命の雫』で、指輪が『ガードリング』っていうんだって。どっちも、身を守るのにとっても役立つ魔法のアイテムだから、小太郎くんに持ってて欲しいって、ずっと思っていたの」
『ガード・リング』:武技『硬身』と同じ効果を発動させる指輪。
『生命の雫』:どんな傷も癒すという『生命の水』を一滴だけ結晶化させた、小さな宝石をあしらったネックレス。
まるで交通安全のお守りのように気軽にプレゼントされたが、実際の効果の説明を聞いて、思わず絶句する。
「こ、こんなモノまであるのか……凄い効果だよ!」
まさかここに来て、身を守るためのマジックアイテムが手に入るとは! 安全確実な防御力というのは、貧弱な呪術師の僕にとって、攻撃力に勝るとも劣らないほど欲しい力だった。
やったねメイちゃん、安全策が増えるよ!
「ありがとう、これで、まだまだダンジョンを進んで行ける気がするよ!」
「良かった、喜んでもらえて。あっ、ネックレス、つけてあげようか?」
是非ともお願いします。自分で装着するより、女の子に着けてもらう方が断然いいに決まってる。
と、安易に答えたのが、地獄の始まりだった。
「それじゃあ、ちょっとジっとしててね――」
僕へ抱き着くように、首に手を回して急接近したメイちゃんの体から、はらりとブランケットが落ちる。それは、世界平和を維持するために、凶悪な双子の魔物を封印するための聖なるブランケットだった。
今、再び解放される、爆乳ノーブラジャージ。前かがみで、急速接近中!
目の前に、これ見よがしにぶら下げられる巨大な生おっぱい。あと10センチほど顔を突き出せば、僕の顔面はその白き神々の谷間へと埋まることだろう。サイズ的に、本当に顔面全部埋まりそう。
埋まりたい、溺れたい……いや、ダメだ、落ち着け……めっちゃいい匂いとかもするんですけど……ああ、神よ、ルインヒルデ様、助けて……こんな仕打ち、僕もう耐えられないよ……
「――はい、ついたよ」
「ハっ!?」
一瞬、意識が飛んでいた。きっと、天国の扉付近にまで飛んでいたに違いない。危ないところだった、もう、二度と戻って来れないかと。
「あっ、ありがとう!」
「指輪もつけようか?」
「ああーっ、残念だなー、僕もう自分でつけちゃったよーっ!」
バカみたいに叫んでいないと、やってられなかった。僕の理性はもうズタボロだ。もう一度、あんな風に迫られたら、マジでもう耐えられる自信がない。イエスおっぱいノータッチ。
「装備も完了したし、そろそろ出発しようか」
「もう少し、休んで行った方がいいんじゃない?」
「まだ追撃の可能性はあるし、早くレムも再生したいから」
「そっか、そうだよね」
そうだよ、もうダンジョン攻略でもやらないと、僕の気分が悶々としてヤバいんだよ。
メイちゃんは、心の底から信頼できる最高の仲間だ。だけど、僕にとっては最高にエロい女性でもある……彼女と二人きりでいることが、こんなに苦しい我慢の連続なのだと、僕はようやく思い出したのだった。
どれだけ苦しかろうと、彼女の信頼だけは失うまい――そう、固く心に誓って、僕はメイちゃんと共に、久しぶりとなるダンジョン攻略へと出発した。
「ねぇ、小太郎くん。私、どうしても一つだけ、聞いておきたいことがあるの」
覚悟を決めた矢先に、メイちゃんから待ったのお声がかけられる。
見れば、随分と思い詰めたような、とても真剣な表情だ。
「うん、なに、どうしたの?」
一体、どんな重大な質問が飛び出すのか。僕はやや身構えながら、彼女の問いを待つ。
「あの、さっき洗濯した時に見つけたんだけど――このパンツ、誰の?」
真顔で差し出された、豹柄パンツ。
あっ、これ詰んだわ……




