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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第2章:豚
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第13話 呪術師と豚

「そ、そっか……」

 そんな馬鹿みたいに適当な相槌しか、僕には打てなかった。

「……うん」

 双葉さんは、ポロポロと大粒の涙を止めどなく流しながらも、うなずく。

 辛いことを、よく打ち明けてくれた――そんなくだらない感謝の言葉なんて、とても口にできる気分じゃなかった。

「そっか、そうか……はは、あの委員長でも、人を見捨てられるんだ……」

 つぶやいた言葉は、自分でもビックリするほど低く、暗い感情に満ちていた。

 気持ちのいい話じゃないのは分かっていたさ。それに、彼女達の判断だってそれなりに合理的だったというのも理解できる。限られた回復手段、戦闘能力、脱出の制限人数。双葉芽衣子は、まるで戦力にならない。真っ先に切り捨てるべき邪魔者の四人目に、これほど相応しい人物もいない。 

 僕は熱血な正義漢でもなければイエスな博愛主義者でもない。だから、似たような状況に陥れば、僕も同じ判断を下すだろう。委員長や夏川さんのように、最後の最後まで悩んで躊躇することさえせず、佐藤彩よりも自己保身に満ちた醜いことを口走ったかもしれない。彼女達は、何も、間違ってはいない。

「ふざけるなよ……」

 けれど、胸の奥底から途轍もない憎悪が湧き上がる。いざ見捨てられた人を前にすれば、どうしようもなく憎くて、狂おしいほどの怒りが溢れてくる。

 それは目の前で泣いている双葉さんがあまりに可哀想――だからじゃあない。ただ、彼女が僕と同じだからというだけ。どうしようもなく使えない、役立たずの無能だったからだ。


「桃川が呪術師なんてクソ天職じゃなくて、治癒術士とかだったら、イマイチ使えねーこのデブ捨てて仲間にしてやったんだけどよぉ」


 脳裏に浮かぶ、屈辱の記憶。


「な、良かったな斉藤、お前のお友達がカスみたいな天職で。小太郎クンが呪術師になってくれたお蔭で、僕は樋口様に捨てられずにすみましたーって、感謝しながら殴りなさーい。いやホント、お前、いい友達もったよ、羨ましいぜ」


 頬に吐きかけられた唾の汚らわしい感触が蘇る。

 そう、僕には力がないから樋口に負けた。双葉さんは力がないから、仲間に認めてもらえなかった。どちらも同じ、自らの無力が招いた当然の結果。

 けれど、それを素直に受け入れられるほど、僕は出来た人間でもなければ、敗北主義者でもない。

 認められるわけないだろう。他のヤツならいざ知らず、自分自身に限っては、怒らないわけがない、憎まないわけがない、恨まない、わけがない――

「双葉さん、僕と組もう」

 回りくどい誘い文句も、相手をその気にさせる詐欺的な誘導テクもなく、ストレートに僕は言った。ごちゃごちゃと余計な前置きをする気にはなれない、いや、ただ僕が言ってしまいたかっただけだろう。

「……え?」

 涙の溢れる丸い目をパチクリさせながら、双葉さんが僕を見つめてくる。いつもの僕なら、女子と目を合わせるなんてイケメン力が足りずにできなかっただろうけど、悪い意味で気持ちがハイになってる今は、真っ直ぐに彼女の円らな瞳を見つめ返すことができた。

「双葉さんは、まだ死にたくないでしょ?」

「う、うん……」

「仲間に見捨てられた絶望のあまり、自殺しようとか、考えてないよね?」

「そっ、そんなこと考えてないよっ!?」

 良かった、彼女にはまだ、自殺を速攻で否定できるくらいの元気は残っているようだ。これでドン底まで落ち込んでいれば、そこから励まして慰めて、立ち直らせるという七面倒くさい作業が発生するところだった。

 生きる気力さえあるならば、仲間に迎えるには十分すぎる。まぁ、僕は仲間を選べるほど偉い立場にはないのだけれど。

「それなら、僕と組もうよ。このダンジョンは一人じゃとても、攻略できない」

「え、え、でも……私……何も、できないよ……怖くて、戦うことなんてできない……絶対に私、桃川くんに迷惑かけちゃうよぉ!」

「大丈夫だよ、僕も戦えないから。多分、僕の天職はクラスの中で一番弱い」

 内容は情けないこと極まりないが、堂々と誇らしげに言い放つ。我こそは最弱と。

「……桃川くんの、天職って?」

「僕の天職は呪術師だ。攻撃することは勿論、防御も回避もできない。おまけに、逃げるのにだって、役に立たない」

 ああ、そうだよ樋口、お前の言うとおり、呪術師はどうしようもなく使えないクソ天職だよ、今のところ。鎧熊を倒せたのだって、一生分の幸運を使い切るほどツイてただけだったさ。

「でも、桃川くんは、私を助けてくれたよ!」

「それは薬草の力だよ。作り方を覚えれば、誰でも同じものができる」

 呪術師の僕が手作りしたからといって、薬用効果が上がるなんてことはない。ゲーム的に考えれば、その天職持ちじゃないと薬の精製は不可能、あるいは、効果が数十パーセント上がるだとか、そういう便利な補正がついたりするけれど……残念ながら、何もない。

 呪術師としての能力はあくまで『直感薬学』の範囲内のみ。それで知り得た効果やレシピは、誰かに公開すれば、それはもう僕だけのものではなくなる。

 逆に『治癒術士』なんて、技そのもので回復させるというモノは、本人じゃなきゃできない特殊能力である。最悪、僕から薬草情報を吐かせるだけ吐かせて、後はポイーなんてことも、十分にありうるのだ。

 あ、そう考えると、薬草の種類および薬の作り方は、誰にも教えない方がいいのか。もし、双葉さんが仲間になってくれたとしても。薬草情報の秘密は、僕の存在価値を上げてくれる数少ないファクターなのだから。

 全く、仲間に誘っている真っ最中にまでこんなことを考えてるなんて、本当に自分で自分が嫌になる。けど、自己嫌悪は後回し。今は何としても、目の前の双葉さんを攻略することに集中するんだ。

「僕は誰よりも弱くて、誰よりも、この危険なダンジョンの中じゃ使い物にならない。だから一度、殺されかけたよ」

「ええっ!? それじゃあ桃川くんも……その……」

 同情心がありありと浮かぶ双葉さんの優しい気遣いの視線を受けながら、僕は黙ってうなずいた。

 まぁ、樋口御一行様の仲間入りなんて、絶対に御免だったけど。土下座して頼まれたって、パーティ入りしてやるもんか。アカキノコぶつけるぞコノヤロウ。

「これから先、僕を必要としてくれる人はいないと思う。双葉さんはどう? もし委員長達に追いついたとして、その時、また仲間にしてもらえると思う?」

「そ、それは……無理だよ……」

 そりゃあそうだろう。どれだけ厚顔無恥であれば、何食わぬ顔で戦力外通告を喰らわせた元メンバーと合流を果たせるのか。というか、そんな態度で絡んで行ったら実力行使で追い返されるだろう。精神がスレちゃった佐藤彩なんて、躊躇なく『一射』をぶち込んでくるね。

 けど、ここで重要なのは、委員長パーティだけでなく、他のクラスメイトと出会った時のことも、双葉さんに想像させたことである。彼女も気づくはずだ。あの委員長・如月涼子さえ見捨てた無能な自分を、一体誰が拾ってくれるというのか。

 まぁ、蒼真君あたりならどうとでもフォローしてくれそうだけど、見殺しにされた直後で心がバッキバキにへし折れているだろう精神状態なら、他の人なら受け入れてくれる! なんて、とてもじゃないけど思えないだろう。

「僕らが強い天職の人に、守ってもらえる可能性は限りなく低い。委員長は否定したみたいだけれど、脱出人数が三人という情報をそのまま信じる人の方が多いと思う。半信半疑でも、それを前提に行動するだろうしね。だから、使えない仲間を抱える余裕は、どこにもない」

「そんな……でも……そう、だよね……」

 信じたくない厳しい現実、だけど、それを正しく認識できる理性は、双葉さんにはあるようだった。もしかしたら、淡々と説明する僕の上手くもない口先に丸め込まれているだけかもしれないけれど。

 まぁ、この際どっちもでいい。呪術師を仲間にしたい人がないというのは、間違いない事実だと自信を持って言えるし。僕は何も嘘をついてはいない。

「だったら、弱いなら弱いなりに、頑張るしかない。僕はまだ、自分の命を諦めたくない。双葉さんだって、まだ死にたくないって、言ったよね」

「うん、うん……イヤだよ、私、さっきまで本当に、死んじゃうんだって思ってたの……凄く、怖かった……」

 人の気持ちが分かる、なんて安易に言うのは好きじゃないんだけど、こればっかりは激しく同意できる。

 鎧熊と遭遇した時も、倒したその瞬間も。ゴーマが女子生徒を食っていたのを覗き見た時も。死、というものを意識した時、いつも心に湧き上がるのは途轍もない恐怖と忌避感だった。二度とこんな目にはあいたくない。絶対に、あんな目にはあいたくない。何が何でも、どれだけ苦しくても、辛くても、『死』だけは、絶対に嫌だと、心の底から思うのだ。

「だから、死なないためなら何でもやろう。生き残るためなら、何だって、やれるはずだよ。お願い、双葉さん。僕と一緒に、このダンジョンを進もう」

「ほ、本当に……本当に、私で、いいの?」

「僕は、双葉さんとじゃなきゃ組めない」

「私、ホントに何もできない、役立たず……だよ?」

「他の人ができすぎるんだよ。みんな最初から強くて、ズルいくらいに……でも、僕らだって、少しずつでも、強くなれるはずだから」

「でも、でも、私……」

「僕は裏切らない。双葉さんを、見捨てたりしない。でも、今すぐ信じてくれなくていいよ。信頼って、一緒に時間をかけて築くものだしね」

 少し、カッコつけすぎただろうか。確かに僕は、丸っきり嘘を言ったつもりはない。僕は、僕だけは、役立たずでも双葉さんを見捨てるつもりはないと本気で思ってる。使えないから、と斬り捨てたら、僕はアイツらと同じになるから。

 しかしながら、いざ、という時、僕は彼女を見捨てて一人で逃げ出すんじゃないかという可能性も捨てきれないのも、また事実である。いや、状況次第では確実に有り得る。

 だから、本当は僕の言葉なんて、何の覚悟も意味もない。蒼真君や天道君みたいな人なら、きっと有言実行で貫き通すだろうけど……僕みたいに普通の人の言葉には、そんな意志の力はないのだ。

「う、うぅ……桃川くん! ありがとう、ありがとぉーっ!」

 だがしかし、そんな軽い言葉でも双葉さんは感極まった様子で感謝の言葉を叫んでいた。

 チョロい、というより、完璧に心の弱ったところにつけ込んだ、といったところだろう。彼女の涙に濡れながらも、真っ直ぐな視線が僕の心をチクリとさせる。

「私、頑張るから! 桃川くんのために、一生懸命、頑張りますからぁ!」

「あ、ありがとう……それじゃあ、これからよろしくね、双葉さん」

「よろじくおねがいじまずぅーっ!」

 何はともあれ、僕はこうして思惑通りに双葉さんを仲間に引き込むことに成功した。

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