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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第10章:幻惑
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第141話 霊獣囮作戦

 作戦準備と魔法の練習とリハーサルとで、三日ほどの時間を費やした。人事は尽くしたつもりだ。後は天命を待つのみ。お願いしますよ、ルインヒルデ様。

 最後の晩餐、というと不吉だけど、景気づけに残っている猪の欲し肉をつぎ込んで、みんなで食べた。

「それじゃあ、行こうか」

双影ふたつかげ』の分身をラプターに乗せ、本物の僕は徒歩で、広場を出て現地へと向かう。道中、僕らは仕掛けた罠の位置を再確認しながら、すっかり雲野郎がなりを潜めた通路を歩く。

 最初にここを通って以降、雲野郎は全く現れなくなった。奴らはリポップするのが遅いのか、ここにいる限りの魔物だったのか。何にせよ、魔物というエンカウントが予期できない、不確定要素がないことは、今回の作戦にとって大きなプラスである。

 魔物は出ないと知りつつも、僕らは静かに通路を進む。誰も、何かお喋りする気分でもないのだろう。レイナの妖精広場が近づくごとに、緊張感が強まっていくのが分かる。

「僕はここで待つ。後は、みんな頑張ってね」

「おう、任せろよ」

「その代わり、レイナちゃんのことは頼んだぜ」

「あんだけ準備したんだ、しっかり時間は稼げるべ」

「桃川……マジで頼むぞ。レイナちゃんを、助けてくれ」

「うん、任せてよ」

 みんなの期待を、僕は冷たい心で受け止める。みんなの方こそ、最悪の事態になるのを、覚悟しといてよね。

 そうして、僕は一人で白雲ギリースーツを被り、広場から近い小部屋にて身を潜める。壁の隅っこに座り込み、目を閉じて分身の操作に意識を集中する。

「うん、視界良好」

「うおっ、いきなり喋るなよ桃川」

「やっぱ、桃川二人いるの気持ち悪ぃよな」

「えー、なにその言い草、酷くない?」

 ラプターの背中の上で揺られるがままだった分身の僕が、いきなり動き出したことで、ちょっとビビられた。

 実際、全く同じ人物が二人同時に存在している様は、酷く違和感のあるものだろうけど。分身は体が透けてもいなければ、2Pカラーリングになってもいないから、完全に見分けはつかない。少なくとも、外見からでは。

 まさか、この期に及んで、魔力の気配だかいう第六感的なモノで、一発で偽物だと看破されはなしないよな。と、今更ながら不安になってくる。

 しかし、本物の方の僕がスタンバイ状態に入った今、もう後戻りはできないし、いよいよ決戦場たるレイナの妖精広場にも、30秒と経たずに到着してしまう。

「いるな」

「レイナちゃん……」

 通路から、開け放たれた扉の向こう側に、今日も変わらずソーマとイチャイチャしているレイナの姿を確認。ここ三日、監視役をしていた僕にとっては見慣れた光景だけど、山田にとっては思わず声を漏らしてしまうほど、ショッキングではあるらしい。

 実にくだらない男心の嫉妬だが、それで霊獣ソーマに対する敵対心が強くなるなら、僕としては特に文句はないよ。

「さて、それじゃあ作戦開始と行こう」

 名付けて、逆天岩戸作戦! 引きも籠ったアマテラスを、外で楽しそうに騒ぐことで、間抜けにものこのこと顔を出したところを捕まえたという、小学生レベルのやり取りである『天岩戸』にこじつけた命名。楽しそうに騒いで興味を惹くところを、単純な罵詈雑言によって挑発するから、逆みたいな感じ。まぁ、ただの挑発行為といえばそれまでなんだけど。

 ともかく、ここはいっちょ、景気よくレイナの野郎に罵詈雑言を直球ストレートで投げつけてやろうじゃあないか。

 僕は妖精広場の入り口の前に立ち、思い切り息を吸い込み、宣戦布告代わりの叫びをあげた。

「くぉらぁーっ! クソニートレイナァーっ、働けぇーっ!」

 瞬間、大きな音を聞いた猫のように、ビクンと反応して、慌てて声の方である入り口へとレイナが目を向けた。無論、彼女を抱きかかえている、霊獣ソーマも同様。

「甘え根性全開のクソガキが! お前の無能がどれほどの罪か、今から叩きこんでやる、覚悟しやがれーっ!」

 どこまでも素直な、僕の気持ちを真っ直ぐに叫ぶ。

 あくまで挑発という体だから、みんなは特に僕の過激な発言内容に対して、いぶかしむことはない。

「ほら、みんなも叫んで」

「レイナちゃーん! 帰ってきてくれぇーっ!」

「目を覚ますんだぁーっ!」

「ソイツは偽物の蒼真なんだってーっ!」

「オラァっ、かかってこいや蒼真悠斗、テメーマジで今すぐぶっ殺してやるぁっ!」

 山田は僕と同じく本心ダダ漏れの叫びだが、挑発の台詞としては上々だ。

 さて、アイツの反応は……

「いやぁーっ! どうして、なんでみんな邪魔するの! もう嫌だよ、みんな嫌い、あっちに行ってよ!」

「ああ、そうだね、レイナ。今すぐ俺が、いや、俺達が、邪魔する奴らを排除するよ」

 案の定、精神的に不安定なレイナは子供のように泣き叫ぶ。そして彼女の感情に呼応して、ソーマが立ち上がり、同時に、その左右に魔法陣が展開される。

 中空に描かれるのは、燃え盛る炎の円環と、迸る紫電の四角形。勿論、そこから飛び出してくるのは、レイナの主戦力である炎獅子エンガルドと雷鷹ラムデイン。

 やはり、水のセイラムは出してこなかったか。

「お願い、ユウくん、エンちゃん、ラムくん……私を守って」

「任せてくれ。レイナを泣かせる奴は絶対に許さない。すぐに倒して、帰って来るよ」

 外見だけは本物ソックリに、爽やかな笑みを浮かべるソーマに、怒りの咆哮を上げるエンガルドとラムデイン。

 どうやら、これ以上の挑発行為は必要なさそうだ。セイラムを引っ張り出せなかったのは残念だが、致し方ない。

「かかってこいよ、ケモノ風情が人間様の相手になるかよ。返り討ちにして、お前らの毛皮を剥いでやる!」

 僕の叫びを合図に、まずはレムが弓を引いて一発。みんなに聞かせてはいないけれど、レムにはレイナを狙うよう、事前に指示してある。

 もし、ラッキーショットがここで決まれば、僕の目的は達成される――けど、そう簡単に事が運ぶはずはないよね。

「レイナを傷つける者は、全て――」

 ソーマが無詠唱で発動させた風の盾によって、あえなくレムの矢は明後日の方向へと弾道が逸らされる。次の矢を番えている余裕はない。

「――排除する」

「退けぇーっ!」

 霊獣共が勢い込んで駆けだす直前に、僕は退却の号令を下す。

 みんなも、待ってましたと言わんばかりに、踵を返して猛ダッシュ。さて、命がけの鬼ごっこの始まりだ。

「『水盾アクア・シルド』――どわぁっ!?」

 単純に走る速度では奴らの方が上。早々に時間稼ぎのために、下川が速攻で『水盾アクア・シルド』を展開させるが、エンガルドがぶっ放した火球攻撃によって一瞬で爆散。

 ヤバい、想像よりも突破力が高そうだ。これは、下手すると逃走中に誰か一人くらい脱落するかもしれない。

「急げ!」

 唯一、身の安全が確保されている僕は、ラプターの上で叫ぶ。みんな必死の形相で走っているから、特に返事らしいものはない。まぁ、そりゃあそうだよね。

「下川君、行くよ――『腐り沼』!」

 分身だけれど、呪術は問題なく行使できる。ただ、少しばかり勝手が違う感じがするから、発動速度は劣るし、分身に分け与えた分の魔力でしか呪術も使えない。調子に乗って呪術を使いまくっていれば、体が破壊されなくても魔力不足で自然消滅するのだ。

 とりあえず、囮役を全うするのに必要な魔力は与えているから、予定通りに呪術を繰り出していく。

「よっしゃあ、喰らいやがれー、『酸盾アシッド・シルド』ぉーっ!」

 最初の仕掛けポイント、つまり、僕があらかじめ血を垂らしておいた地点にさしかかり、いよいよ『酸盾アシッド・シルド』を発動させる。

「グルォアアアアアアアアアアアッ!」

 奴らが突っ込んでくる絶妙のタイミングと位置で、下川が『酸盾アシッド・シルド』を出してくれたお蔭で、先頭を走るエンガルドは火球で吹っ飛ばすほどの猶予はない。だったら、こんなもん構わず突破してやるぜ、という気合いがみなぎっているかのように、躊躇なく獅子の巨躯は突っ込んできた。

 衝突の瞬間、ボシュウウウッ! と腐り沼特有の溶解音と共に、毒々しい赤色の液体は弾けたように吹っ飛ぶ。やはり『酸盾アシッド・シルド』そのものには、エンガルドの突進を受け止めるだけの、物理防御はない。

 だが、酸の毒液はモロに被ったはずだ。

「どうだ……」

 吹き飛んだ酸の飛沫と湧き上がる白煙の向こうから、威勢よく雄たけびをあげて飛び出すエンガルド。見た目では、大してダメージを負った様子はない……だが、僅かに走る速度は鈍っていた。

 だが、それも一時的なもので、すぐにまた加速して元の速さで走り出す。

「思ったより効いてない。コレは辿り着くまで、かなりギリギリになるか」

 厳しい状況だが、それでも僅かでも足を鈍らせるだけの効果があるだけ、マシだと思おう。エンガルドが『酸盾アシッド・シルド』を突破した直後に、レムが弓を放って多少、怯んでいた。ダメージはないが、こういう嫌なタイミングで矢を撃ち込んでやれば、奴の加速を僅かながらも遅らせることができる。

 けれど、ただ追いかけられるだけならいいけど、霊獣は揃って遠距離攻撃手段を持っている。

「『水盾(アクア――うわぁああっ!?」

「うおっ、危ねーっ!」

 ソーマが放った風の刃と、ラムデインの雷撃が飛んでくる。下川の魔法発動が中断されるが、際どいところを山田が自慢の防御力でもってガードに成功。辛うじて、被害は免れる。

「くっそ、バンバン撃ちやがって、危ねーべや――『水盾アクア・シルド』」

 攻撃を凌いで、今度こそ防御魔法が発動。通路を塞ぐように水の盾が形成されるが、それもすぐに破られる。

 今回はソーマがぶっ放した、大きめな『風刃エール・サギタ』によって、切り裂かれた。あの威力、もしかすれば下級じゃなくて中級かもしれない。

「おい、まずいぞ桃川、このままじゃ追いつかれるんじゃねーか!?」

「俺らも何かできねーのかよ」

 霊獣の追撃の圧力が凄まじい。まだ出番のない上田と中井が焦りの声をあげるが、事実、その通りだと僕も思う。

 そろそろ、逃走路の中で最も広い空間である、例の桃色ガスの罠があった広間へとさしかかる。

 ここまで通路を走って来たから、霊獣もお互いの攻撃で味方を巻き込まないよう、攻撃力は控えめだった。特にエンガルドやラムデインは、大技が炸裂すれば通路一杯に爆風や雷撃が荒れ狂う。僕らを仕留めるなら、それくらいの威力のブレスを撃つのが最も確実なのだが、こんな雑魚相手に味方が傷つくデメリットは負いたくないのだろう。

 実に舐められたものだが、そのお蔭で僕らは無事に逃げ続けていられる。

 しかし、それなりの面積を誇るあの広間に入れば、より強力な攻撃を撃ってもフレンドリーファイアの危険性はなくなる。おまけに、広さを生かして、三体が挟み込むように動くこともできる。

 一番デカいエンガルドは通路の幅をほぼ占領しているので、ソーマとラムデインはその後ろについてほぼ一列となっている。天井もさほど高さはないから、頭越しにラムデインが飛来してくることもない。

 だが、これも広間という大きな空間にでれば、狭さのデメリットは消える。ここに入った瞬間、奴らはその攻撃力と機動力をフルに活かして襲い掛かって来るだろう。

 正直、逃げるにあたって、この広間が一番の鬼門だと分かってはいた。けれど、僕らに打てる手はあまりに少なすぎる。

「桃川、このまま広場に入ったらやばいべ!」

「ちくしょう、もうアイツら止められねーぞ」

 下川も山田も、悲鳴染みた焦った声を上げている。このまま行くだけなら、確実に捕まる。

 仕方ない、決断すべき時だ。

「レム、奴らを止めろ」

「ガガガ!」

 ついに僕らが広間へと踏み入った。そこで、レムは弓を捨てて、剣を抜く。勝の長剣を構えたレムからは、不退転の決意がにじみ出る。

 ここで捨石になってもらうのは、レム一体だけでなく、ラプターも同様。霊獣三体をレム一体で相手したところで、瞬殺に決まっている。少しでも長く時間を稼ぐなら、レムとラプターの二体をけしかけるより他はない。

「頼んだよ。次はもっといい体で、復活させてやるから!」

 せめてもの償いの言葉を叫んで、僕はラプターから転がるように降り、自分の足で走り出す。

 振り返ることはなく、僕は真っ直ぐに全力疾走を開始。分身だから、体力という概念がないので、僕自身の全力疾走の速度をずっと保ちながら走り続けることができる。単純に走力だけでみれば、魔力だけで動く分身は、人間である本物の僕よりもハイスペックだろう。

 お蔭で、貧弱な体力しかない僕でも、多少はマシなペースで駆け抜けることができる。

「一気に広間を抜ける!」

 ここが逃走中の勝負どころであると全員が察している。みんなは無我夢中で広間を駆けた。

「ガガァァーッ!」

「ギョォアアアアアアアアアアアアッ!」

 後ろからは、レムとラプターの激しい雄たけびが響きわたる。同時に、炎の爆発音や、雷の炸裂音。霊獣相手に真っ向から立ち向かっている、戦いの音色。

 やはり、戦力差は歴然。天道君から貰った素材で作った、過去最高のレムとアラクネのコンビでも、エンガルドとラムデインの霊獣二体に瞬殺だったのだ。ただのラプターと、ラプター素材だけのレムでは、まるで相手にならない。

 しかし、あの屈辱的な一戦が、多少なりともレムにとっての経験となったのか、思った以上に戦闘時間は長かった。

 約10秒といったところか。僕らが広間を駆け抜けるには、十分すぎる時間であった。

「よくやった、レムーっ!」

 無事に広間を駆け抜けて、再び通路へ入れば、もうゴールは目前だ。

「よし、これで最後だべ――『酸盾アシッド・シルド』!」

 エンガルドの獰猛な咆哮を置き去りに、僕らは飛び込むように妖精広場へと入った。

 さて、ここからが本当の勝負だ。

 まずは、上田と中井が素早く左右に散って、まだ何本か残っている妖精胡桃の並木へと隠れるように走り込む。二人の後に続き、下川と山田も散る。

 そして、僕だけが堂々とど真ん中を走り抜け、噴水の目の前で立ち止まる。

「ようやく、追い詰めた」

 複数の風の刃が乱れ飛び、入り口近くに仕掛けた最後の『酸盾アシッド・シルド』が吹き飛ぶ。ここが行き止まりであると、レイナの霊獣である奴は知っているのだろう。ソーマは悠然と妖精広場へと足を踏み入れる。

「グルル」

「キョォアアア!」

 そして、何度も酸の盾に突っ込んで、少しばかり毛皮に汚れが見えるエンガルドが唸りを上げ、ラムデインがバチバチと威嚇代わりの紫電を迸らせながら、ソーマに続き広場へと侵入を果たした。

「まぁまぁ、落ち着いてよ。話せば分かる」

 勢い込んで襲い掛かって来ないのをいいことに、僕はお喋りで1秒でも時間を稼げるなら儲けものと、適当な言葉をソーマに向かって投げかけた。

「桃川、君は敵だ。敵は殺す」

「僕は敵じゃないよ、レイナの仲間だし、僕が死んだらレイナが困るよ」

「レイナの望みだ。君は死ななければいけない」

「僕はあえて、憎まれ役を買ってやってるんだよ。お前ら霊獣は強いけど、美味しいご飯も温かいお風呂も用意できない。僕がいなければ、レイナはこのダンジョンで快適に生きてはいけないし、そもそも生き残れない。ああ、もしかしたら、偽物の蒼真君でも、言うことは効くかもしれないから、どうだろう、今から戻って、レイナに僕に従うよう頼んできてよ。素直にごめんなさいができるなら、まぁ、許してやらないこともないよ?」

「レイナは俺が傍にいればいい。それを邪魔する君は敵でしかない。だから殺す。ここで、必ずね」

 うーん。これ以上の会話を引き延ばすのは無理みたい。

 どうやら霊獣ソーマは、表向きは人間のような受け答えが出来ているように聞こえるが、所詮、中身は魔物同然の獣。レイナという人間が、このダンジョンで生きていくことへの最適解を考えるだけの頭はない。ただ、レイナ自身の望みによってのみ、動くことしかできない、犬以下の奴隷だ。

 今の僕とのやり取りは、恐らく、ソーマにとっては人型になったが故に、お喋りすることを本能的に行っただけ。奴はレイナの命令に従って僕らを殺しに来ただけで、多分、それ以上の感情は何もない。僕の傲慢な物言いを聞いても、怒り狂うこともなければ、一理あると考える素振りもみられないってことは、レイナのことを心から思いやっている人格があるというより、単なるロボット的な思考回路しか持たないのだろう。

 まぁ、元々はあの白雲野郎を、レイナの『精霊術士』の力で強引に霊獣に仕立て上げただけの存在だ。高い知性を持つことなど、望むべくもないか。

「上等だ、かかってこいよ偽物野郎。そこのバカ犬とアホウ鳥も、まとめて相手にしてやる」

 挑発的な台詞で、臨戦態勢に入った霊獣共の注意を、僕一人に集中させる。

 こんな真似をしなくても、奴らの最優先ターゲットは僕だろう。レイナが最も忌み嫌うのは、僕だから。彼女の拒絶に呼応して、霊獣も僕のことを最も憎んでいるはずだ。

「グルル、ゴァアアアアアアアアっ!」

 まず、真っ先に飛びかかって来たのは、エンガルドであった。

 思えば、コイツは僕が初めて見た霊獣であり、樋口を殺して発動させた生贄型転移魔法陣を奪われた時に僕を襲いやがったクソ犬だ。次にレイナとジャングルで遭遇した時も、僕のことを抑えやがって、豪華素材のレムも消し炭にしやがって。ぶっちゃけ、僕が一番ぶっ殺してやりたい霊獣はコイツである。

 その恨み、今こそ晴らす――

「ガアアッ!」

「ぐはぁっ!?」

 残念ながら、エンガルドを直接的に倒せるだけの手段は、ないんだけどね。

 野生のライオンのように、魔法に頼らず己の牙と爪でもって、僕に飛びかかって来たエンガルド。その俊敏な巨躯に襲われ、僕に成す術などあるはずもない。

 小鹿よりもチョロい獲物である僕は、あっけなくエンガルドによって押し倒される。鋭い爪は、深く体に食い込み、ギラついた牙の並んだ大口が、僕の細い首筋に今にも齧りつかんと迫る。

 死亡確実な体験であるが、コイツは分身。痛みはない。あるはずもない。

 痛くないのは物凄いメリットだが、『痛み返し』は発動しないというデメリットもある。他にも『直感薬学』とか、僕の本体のみに適応されている類の呪術は、分身では使えない。

 けれど、今はこれで十分。僕は無事に囮役が全うしきったことに満足しながら、涼しい声で最後の指示をみんなに下した。

「それじゃあ、後は頼んだよ、みんな――」

 そこで、エンガルドによって完全に喉笛を食い千切られた僕は、意識が途切れた。

 分身が破壊されて、『双影』は効果を失った。そしてすぐに、僕は自分自身の体で目を覚ます。

「……さぁ、覚悟しろよ、レイナ」

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