第140話 霊獣への備え
さて、全員が僕の作戦に乗ってくれたところで、具体的な準備を進めて行こう。
「やっぱり一番難しいのは、霊獣オールスターの足止めだよね」
「おう、簡単に言うけどよ、フツーに戦うだけでアイツらはヤベーぞ」
「霊獣相手じゃあ、逃げるのだって厳しいからな」
上田と中井の前衛コンビが、割とマジな顔で言う。
それもそうだろう。僕もこれまで、霊獣の力は目にしている。特に、天道君から貰った素材をつぎ込んだ豪華装備のレムと、貴重なアラクネのコンビを一発で無に帰してくれやがった、あのブレス攻撃は非常に危険だ。
背中を向けて逃げている最中に、アレを撃たれればお終いだ。直撃すれば、山田でも耐えられるかどうか怪しい。
「なぁ、霊獣を引きつけとくのに、どっかの部屋に誘導するのはいいけどよ、それだと、俺の『水霧』もあんまりよくねーべ。俺らを見失って、レイナちゃんのとこに戻られたら、桃川死ぬぞ」
「追撃をやめて戻ってくる段階なら、僕は別に大丈夫だよ。でも、作戦を遂行するには、確実に奴らに追って来てもらえるように逃げなきゃいけない」
逃げる時の陣形は、まず最後尾に壁役として山田を配置。そこから、足止め用の障害物として防御魔法を張れる下川、弓が使えるレムが並ぶ。
前は、逃げてる途中は特に打てる手はない上田と中井が走り、そして先頭はラプターに跨った、『双影』で分身した偽物の僕だ。
「一応、陣形以外でも、霊獣の足を鈍らせる罠は仕掛けるつもりだけど、あんまり大した用意はできそうもないよ」
実は一番困っているのが、この何もない白雲エリアという場所そのものだ。前にいたジャングルエリアなら、木々や石ころと、何か作ろうと思えば材料は沢山あった。しかし、ここにあるのはフワフワの白雲素材だけ。出現する魔物も、あの雲野郎だけなので、魔物素材も一切入手はできない。手持ちのモノだけで、何とかするしかないのだ。
「で、桃川、上手く逃げられたとして、どの部屋におびき寄せるんだ?」
「ガスの罠が出た広いとこなら、戦いやすそうだけどよ」
正攻法での足止め狙いなら、中井の言う通り例の広間で戦うべきだろう。けれど、そもそも普通に戦う状況になった時点で、僕らの方が不利なのだ。まともにやり合うことを考えるべきではない。
「ここの妖精広場に、奴らを閉じ込めようと思う」
「マジかよ桃川、入り口にドアなんてねーんだぞ、無理じゃねぇのか?」
流石に山田でもそれくらい気づくか、というと馬鹿にしすぎだろうか。
「まず、綾瀬さんからできるだけ奴らを遠ざけたい、ってのが一つ」
「ここまで離れすぎると、警戒して戻ったりしねーべか?」
「その時は作戦中断。僕は分身を通して、霊獣がこの妖精広場にまで来たのを確認してから、綾瀬さんの下へ向かう。だから、途中で奴らが退いても大丈夫」
この段階で作戦が失敗したら、また別の部屋を選んでリトライすればいいだけ。ここまでならば、大したリスクはない。
「それから、入り口を塞ぐなら、この妖精広場が一番マシかなってのが、二つ目の理由」
「で、どうやって塞ぐんだ?」
「まずは僕らが、追い詰められたように見せかけて、広場まで全力で駆けこむ。それを追って、霊獣が広場に入ったら、そこで下川君が全力で『水霧』を張る。視界を奪っている間に、みんなは外に退避。全員出たのを見計らって、次は『水流大盾』で封鎖。それと同時に、みんなは丸太の壁で塞ぐ」
霊獣三体と正面対決するより、壁を挟んで押し合いしている方がいくらかは安全だろう。
パワーのあるタイプは、奴らの中でもエンガルド一体だけ。鷹型のラムデインは壁を押す動作そのものが難しいし、ソーマもさほどパワーがあるようには思えない。エンガルドのタックルに負けさえしなければ、入り口を塞ぎ続けることができるはず。
「確か、本物の水があれば、それを利用して水魔法を楽に発動したり、水量を増やしたりできるんだったよね?」
「まぁ、あんまやったことねーけど、盾を張り続けるなら、水があった方が全然楽だべ」
「けど、丸太の壁はどっから用意すんだよ?」
「ここはもうジャングルじゃねーぞ」
「立派な木なら、ここにあるじゃないか」
と、僕は並木道のように立ち並ぶ、妖精胡桃の木々を指す。
「えっ、それって切っちまって大丈夫なのか?」
「なんかバチあたりそうじゃね?」
「それに、切ったらクルミもとれなくなるべ」
意外なほど妖精胡桃の木の伐採に躊躇する面々。これまで妖精広場は僕らの安全を保障してくれた大切な場所だから、自然と神聖視してしまっているのかもしれない。僕としても、積極的に木を切ったり、噴水壊したり、広場を荒らしたいとは思わないし。
「今回ばかりは、妖精さんにごめんないさいしよう」
生きるか死ぬかの瀬戸際なんです。どうかここは、平にご容赦を。そんな感じで、噴水の上にある妖精像にお祈りしておこう。
「それと、作戦が成功するにしろ、失敗するにしろ、どの道、長くここには留まれない。クルミの心配をする必要はないよ」
レイナを突破できるかどうかで、僕らの進退が決まる。
「それじゃあ、早速、準備と作戦のリハーサルと行こう」
おう、と元気の良い返事が響きわたるのと同時に、
「ただいまー」
と、間の抜けた声が広場に響き渡った。
声の主は、僕だ。
ラプターに跨った、学ランのチビ助。生意気な眼つきの、微妙なレベルの女顔。この容姿と見間違うような男子は、クラスにはいないし、他でも見たことはない。
「おかえり」
そうして、僕は僕を出迎えた。
ラプターから降り立った僕が、僕の方へと歩み寄ってくる。そして、目の前に立つと、瞬時に黒い霧と化し、まるで幻であったかのように消滅した。
正確には、僕の影に戻っただけなんだけど。
「いやぁ、改めて見ても、分身って不気味だべ」
「そう? 慣れれば面白いよ、ゲームみたいで」
僕は広場でみんなを相手に作戦説明している間、早速、新呪術にして今作戦の肝でもある『双影』を使い、分身を動かす練習をしていた。
『双影』:己を映す、影二つ。自身に他ならず、話し、歩き、感じ、そこに在っても、影に過ぎず。
と、相変わらず説明文は要領を得ないフレーバーテキストだったので、分身の性能ってどんなもんよと実際に試したワケだ。
結論から言うと、コイツ、マジで分身である。影分身というべきか。
僕の意識は一つきり。だけど、『双影』を発動させれば、視界は二つになって、動かす体も、喋る口も、二つになるのだ。
初めて分身が現れて、自分で自分を見た時のマヌケ面といったらない。
なるほど、確かにコレは、説明にある通り、「話し、歩き、感じ、そこに在る」というワケだ。いきなり二つになった感覚に、最初こそ混乱したものの……あ、コレは要するに、ゲームでプレイヤーキャラを操作しているのと同じなんだ、と気づいてからは、違和感はなくなった。
僕だけど、僕じゃない。僕が動かすけれど、僕ではない。正に、コントローラーを握りしめて操作する、ゲームキャラクターである。
この『双影』は、ゲームのコントローラーよりも、直接的、感覚的に自分の分身を動かせるから、その自由度たるや……もしかして、僕は今、最新鋭のVRゲームを遥かに超えた、新世代のゲームを体感しているのかもしれない!
という謎の感動を抱きつつも、僕はひとまず想像以上だった『双影』の性能に満足。これならば、上手くラプターを乗りこなしつつ、僕本人の囮役を全うできるだろう。
みんなと準備を進める一方で、僕は影分身の習熟にも努める。ラプターに乗せて、ここからレイナの広場付近まで行ったり来たりを繰り返す。
分身は動かすだけなら何の問題もないのだが、僕自身と同時に動かす、となると、これがなかなか難しい。右手と左手で、それぞれ別々の動きをさせるのも難しいのだから、同時操作の難易度の高さは当然だろう。
今のところ、僕がお喋りしながら、分身を歩かせる、くらいのことならできる。でも、どっちも歩く、となるとまだ上手くいかない。
幸い、今回の作戦では、囮の分身は妖精広場までゴールできれば、そこで役目は終了。あとは本物の方の僕がレイナとの決戦に挑むだけ。僕と分身が同時に動かなければならないタイミングはない。
だからといって、何が起こるかは分からないし、これから先のことを考えても、同時操作は是非とも習得しておきたい技術である。慣れるには、まだまだ時間がかかりそうだけれど、頑張ればモノにできそうな気がする。
そういうワケで、練習に打ち込んでいるのだが、ただ、それだけというのも時間と体がもったいない。
分身は視界が共有できることを活かして、監視役としても利用することにしたのだ。
「……やっぱり、今日も動かずゴロゴロしてやがる」
目を閉じれば、分身の視覚に集中できる。逆に、自分が目を開けて、分身の方を意識しなければあまり気にもならない。
今、僕の分身はレイナが立て籠もる妖精広場の前、その開けた扉からこっそりと中を覗き込んでいる。堂々と扉の前に立てば確実にバレるので、広場から最寄りの曲がり角に体を潜めて、頭だけ出している状態。この白雲エリアは真っ白いモコモコ外装だから、黒髪の頭だけでも発見されやすいので、ちゃんと擬装もしてある。
千切れば簡単にモコモコ素材がとれるのをいいことに、僕はバジリスクの毒沼エリア以来となる、ギリースーツを作成した。集めたモコモコを黒髪縛りでくくっているだけの、簡単な造り。でも、コイツを被って壁に張り付けば、そう簡単には見つからない。
白雲ギリースーツのお蔭で、今日も無事に発見されずに、監視任務を遂行中。
分身の視界には、遠く広場の入り口の向こう側、やはり噴水の片隅で、霊獣ソーマユートに抱きしめられた、レイナの姿が確認できた。眠っているのか、と思うほど動きはないが、何とか口が動いているのが見えたので、今はお喋りに興じているようだ。
偽物の蒼真君を相手に、果たしてどこまで会話が成立するのか疑問だが、そもそも白雲野郎は他人の記憶を利用することで、何の違和感もなく夢の世界で獲物を誘惑しているのだ。当然、ソーマも同じような能力を駆使して、レイナにとって都合の良い受け答えだけをしていることだろう。
ここが危険なダンジョンということをすっかり忘れて、まるで教室の中にでもいるかのように談笑しているレイナ。それを、霊獣という絶対的な力を持つ、強者の余裕とみるべきか。それとも、現実逃避した憐れな少女とみるべきか。
まぁ、いいさ。レイナ、お前にとって、今が最後の安息だ。たとえ夢幻の虚構であっても、せいぜい楽しんでおくといい。
さて、定期的なレイナの監視は置いといて、僕も自分の作業を進めよう。
「はい、みんなちゅうもーく、これから罠の説明をしまーす」
入り口封鎖用の丸太壁作りのために、男らしく汗水たらして妖精胡桃の木の伐採に励んでいた前衛組みを呼ぶ。僕は頭脳労働担当なので、作業してないよ。適材適所ってやつ?
「くそ、桃川、テメーだけ涼しい顔しやがって」
「まぁ、そう言わないでよ山田君。これが終わったら、僕もちゃんと手伝うから」
力仕事をサボりたい気持ちは勿論あるけれど、ちゃんと僕にしかできない優先すべき仕事があるっていうのも本当だから、いちいちズルいとかケチつけんのは止めて欲しいよね。
「まずは、これを見て欲しい」
噴水前で車座になった真ん中に、僕はノートを広げる。
「逃走ルートの略地図。で、この印のところが。罠を仕掛けるポイント」
前回のゴーマの砦攻略と違って、今回は僕らが戦う場所の地形は明らかとなっている。ほとんど直線で、迷う要素はないけれど、こうして地図に起こして確認、しっかりと頭に叩き込んでおくのは、多少なりとも役に立つだろう。逃げる時も、見知った道の方が自信を持って走れるというものだ。
「罠ったってよ、大したことはできねーだろ」
「せいぜい、桃川の毒沼くらいか?」
僕も最初は、点々と腐り沼を張って僅かでも時間稼ぎができれば御の字、くらいにしか考えていなかったけれど……思いつきでやってみたことが意外なほどに上手くいったので、かなりいい感じの仕掛けができた。男は度胸、何でもやってみるもんだね。
「下川君、僕らの罠を見せてやってよ」
「了解だべ」
伐採作業をサボっていたのは、僕だけでなく、下川も同様。僕ら後衛組みが協力することで、この罠は完成した。さぁ、括目して見るがいい、これぞ呪術師と水魔術士の合体魔法――
「――『酸盾』っ!」
あらかじめ展開させておいた小さな腐り沼から、赤髪括りが飛び出るように、ドロリとした毒々しい水面が激しく波打ち、急激に持ち上がる。
毒の水流はうねりをあげて宙を舞い、引き寄せられるように一か所に集まってゆく。それはすぐに大きな塊と化し、次の瞬間には、水魔術士が作り出す防御魔法『水盾』と全く同じ形状の、液体の盾が完成した。
しかし、この盾は透き通った水ではなく、僕の腐り沼の酸性毒液で形成されている。つまり、コイツは触れるだけで、肉を腐らせ骨まで溶かす、強力な酸の塊なのだ。
「下川君の『水盾』を、僕の毒沼で作ったんだ」
「いやー、ここまで上手くいくとは思わなかったべ」
会心の出来に、僕も下川も笑顔を隠せない。
対して、前衛組みは「ふーん」みたいな感じ。全く、これだから脳筋の戦士共は、という微妙なリアクションへのケチはさておいて、この地味な合体技を編み出すにあたって、僕は色々と考えさせられた。
まず、水魔術士は水だけじゃなくて、液体全般を操る能力があるという点。水は操れるが、お湯になると操れない、というほど融通が利かないモノじゃないってのは、下川がお風呂のお湯で魔法の水鉄砲して遊んでいることから、分かっていた。
水とお湯の間に、明確な差異が水魔法には設定されていない。さらに言えば、塩水も砂糖水も、水と同様に操れるのだ。その気になれば、下川は僕が作った牡丹鍋の汁を操作することもできる。
そうして、結果的には水でも水溶液でもない、呪術の産物である腐り沼の毒液すらも、操作の対象としてみせた――が、厳密には違う。
最初に試した時は、全く操作ができなかった。『腐り沼』は呪術であり、水魔法で操作可能な液体として認識されてはいないのだろう。
ウンともスンとも言わない毒々しい水面と、右手を掲げて必死に魔力を送ってる風の間抜けな格好の下川を眺めながら、僕は思いついた。これ、毒沼に水を混ぜたら動かせるんじゃね?
結果から言うと、失敗だった。ただ水を混ぜただけでは動かない。毒性が薄まるほど大量に水を投入すれば、流石に操作可能になったけれど、その段階ではもう、毒沼ではなく、毒液混じりの水である。肌がピリっとする程度のうっすい毒液では、意味がない。
水だけでダメなら、じゃあ他のも混ぜてみようといろいろ試した結果、最も上手くいったのが、下川の血も混ぜることであった。
下川から採血しようとした時は散々に渋ったけれど、僕の呪術師としての勘が、術者本人の血液というのは是が非でも試すべきだと叫んでいたので、半ば強引に出血させた。
物凄く恨みがましい涙目で睨まれながらも、下川が水魔法を唱えれば……晴れて、『酸盾』の感性である。
そんなこんなで、『腐り沼』は条件付きだが水魔法で操れる、という思いがけない新発見となったのだ。これができたのは、下川が水魔術士としての才能があってのことかもしれない。まぁ、世間一般の水魔術士のレベルなど知ったことではないが。
なんにせよ今の僕らにとって非常に有益なことだ。素直に喜ばしいが、裏を返せば、僕の腐り沼の弱点にもなりえる。
もし、この先で下川を敵に回したら、または水魔術士の敵が現れたら、注意はしておこう。
「逃走中に、下川君は普通の『水盾』と、この『酸盾』を混ぜながら、通路に張っていってもらう」
ただ『水盾』一枚を張るだけなら、エンガルドの突進一発で破られる可能性もあり、さほど障害物としての期待は持てない。けれど、突っ込んだら毒液を喰らうこの盾ならば、多少は躊躇してくれるかもしれないし、構わず突っ込んできても少なからずダメージは与えられるはずだ。
果たして僕の腐り沼の毒液が、霊獣相手にどこまで通用するかは未知数だが、現状で最も効果がありそうな罠というか、仕掛けをするならコレで精一杯なのだ。
いや、精一杯ってこともないか。この腐り沼と水魔法の合体技には、色々と可能性がありそうだし。
「作戦を成功させるためには、少しでも有効な足止めの仕掛けを用意すること。霊獣とガチバトルするのは、本当に最後の手段だから」
「まぁ、そうだよな」
「俺らも霊獣とはなるべく戦いたくねーし」
「そういうワケで、僕らはもうちょっと魔法の練習するから」
「なんだよ、結局、力仕事は俺らがやんなきゃいけねーんじゃねーか」
ケチはつけつつも、それ以上は何か反対しようと山田はしなかった。
「さぁ、あんまり時間もかけてられないし、みんな作業に戻ろう」
おう、と素直に返事をしてから動き出す面々を見て、僕の心は一抹の罪悪感でチクリと痛む。彼らは全員、レイナを助けるための作戦だと思っているからこそ、こんなに頑張っているのだ。その想いを利用して、こんな労働どころか、命さえ賭けて戦わせようというのだから、僕はとんだ極悪人かもしれない。勝を脅して奴隷にしていた、樋口とどれほど違いがある。
けれど、今更そんなささやかな良心のせいで、悩み、躊躇することはない。
僕が何も言わなければ、彼らはレイナ救出作戦を勝手に実行しただろう。もしかすれば、本当にただレイナに呼びかけるだけの、作戦とも呼べない単なる自殺行為をやらかしてしまう可能性だって高い。
呪術師である僕がダンジョンを進むには、仲間である彼らの力は必要。純粋に、これまで一緒にやってきた経験もあるし、無駄死にして欲しくはないと思えるほどの情だってある。
論理的にも感情的にも、彼らをここで死なせるべきではない。これ以上、仲間の犠牲は許容できない。まして、レイナなんていうクソ女のために。
「報いは必ず、受けさせてやる」
燃えがある復讐心は本物。だけれど、僕は確かに、誰かを憎むことで、大切な仲間を失った悲しみが紛れていると、心のどこかで感じるのだった。




