第139話 嘘吐き
ヤマジュンを失ったことに対する、あらゆる感情を押し殺し、ただ、必要な行動のために心を凍てつかせる。冷静に、冷徹に、今、すべきことを考えるのだ。
「それで、皆どうするの?」
埋葬を終えて、ぐったりとした様子で黙って座り込むばかりの彼らに、僕は真っ先に口火を切った。
「どうするって」
「どうするよ……」
上田と中井のリアクションは、実にパっとしないものだ。特に、これといって何も考えてないのだろう。普通、こんな状況下で何か考えようともしないけどね。友人の死、というショックは途轍もなく大きなものだ。
これが平和な高校生活の中の出来事ならば、そのままショックを受けつつ、少しずつ現実を受け入れて行けばいい。けれど、今の僕らにそんな贅沢な時間の使い方など、許されてはいない。
「僕らは、これからもまだ先に進まなきゃいけないだろう。ヤマジュンを失ったことはとても残念だし、ショックだし、そう簡単に割り切れるものじゃあないけれど……いつまでも、悲しんでいるワケにはいかないでしょ」
「そりゃあそうだけどよ、今すぐってのは、ちょっと、こう、気分も乗らねーべ」
確かに、すぐに気持ちなんて切り替えられないよね。
まぁ、だから今、こんな話をするんだけど。まだ頭の中が落ち着かないこのタイミングだからこそ、皆のことも騙しやすい。
「今すぐ出発しようとは言わないよ。休息は必要。でも、どうするのかは考えておかないと」
「うるせーな、どうしろってんだよ」
山田の苛立ちが大いに籠った発言。大切な友人を失って悲しみに浸っている時に、ゴチャゴチャ言われたら、そりゃあ不機嫌にもなる。
「皆はさ、気にならないの? 綾瀬さんのこと」
「っ!?」
さしもの山田も、これを言われたら、何も言い返せないだろう。だって、一番心の整理がついてないのは、山田だろうからね。
「れ、レイナちゃんのことは……」
「うーん、なんつーか……」
「ヤマジュンを撃ったのは、あの偽蒼真だべ」
「そ、そうだ、アイツがヤマジュンを殺したんだ! アイツは許せねぇ!」
正直、その答えはガッカリだよ。君たちはこの期に及んで、まだレイナのことを庇おうっていうのか。
庇うつもりはなくても、彼女を、あの見た目も心もか弱いハーフの超絶美少女を、責める気にはならないのだろう。やれやれ、全く、現実が見えていない。
「うん、その通りだよ。綾瀬さんは、まだ雲野郎の幻術にかかっているんだと思う」
「くそっ、やっぱりそうなのか!」
そんなワケねーだろ、アホか。
でも、そう信じたいならば、信じさせてやればいい。その方が、いざ行動に出る時にも迷いがない。自分が正しいと信じていれば、どんな悪事だって人は成すことができるのだから。いやホント、信じる心は、大切だよね。
「みんなで、綾瀬さんを助けよう」
「そ、そうだよな」
「おう、やるしかねーよな」
「そんなこと言って、本当は桃川、レイナちゃんの力がないと、この先も困るからだべ?」
「あはは、まぁね、それもあるよ、否定はしない」
やはり、下川は鋭い方だ。まぁ、これまでの経緯を見てれば、僕がみんなほどレイナに尽くす性格じゃない、ってのは誰でも気づくだろうけど。
面倒だし、お荷物だし、と僕が嫌々、レイナと付き合っていることを下川はちゃんと察しているし、それでも僕がレイナを見捨てないのは、ダンジョン攻略という一点において、『精霊術士』の力が絶大だから、っていう論理的なメリットも理解している。そして、下川は多分、僕は感情よりも、そういう確かな利益をとる男だと、思っているだろう。
その評価は、半分正解だ。実際、僕はそういうつもりでレイナと接してきたし、何が何でもパーティから切り捨てたくて仕方がない、っていうほどでもなかった。ゴーマの砦攻略の時も、彼女の力は大いに役立ったしね。
けれど、そんな僕にだって、我慢の限界ってのはあるんだよ。
「僕らがこれから、ダンジョンを進むためには、綾瀬さんの力は必要だし、みんなだって、ここで彼女を見捨てる様な真似はしたくないでしょ」
「当たり前だろ! 俺がレイナちゃんを助ける! そして、ヤマジュンの仇も討つ!」
今までの悲しみはどこへやら、山田はこれまでにないほどの奮起を見せる。
こんなに都合のいい解釈があれば、飛びつかないワケないよね。
ヤマジュンを失った悲しみは、彼を殺した仇という存在によって、復讐心へと昇華する。きっと、人間ってのは悲しむよりも、誰かを憎んでいるほうが、心が楽なんだろう。敵とか仇とか、憎むべき相手がいれば、悲しみの責任を全て被せられる。
おまけに、可愛いお姫様であるところのレイナを助けるという美味しい役目もプラスされれば、そりゃあ山田も元気百倍だろうよ。
「けれど、彼女を助けるには、今までにないほど厳しい戦いになる」
「つっても、あの偽蒼真を倒すだけだろ?」
「あん時はいきなりでビビったけどよ、奴一人だけなら、俺ら全員でかかればなんとかなるんじゃね?」
「アイツは風魔法使いだべ。剣を使わねーなら、本物の蒼真よりはチョロイだろ」
確かに、僕も霊獣ソーマユートの戦力は、そこまで高く評価してはいない。この面子でも、全員で決死の覚悟でかかっていけば、恐らく、倒しきれるはずだ。何より、アイツは本物の蒼真悠斗、つまり『勇者』じゃない。土壇場で起死回生の覚醒で大逆転って展開もありえないだろう。
「敵は、ソーマだけじゃない。今の綾瀬さんは、まだ幻術にかかっている。だから僕らを見ても、敵だと思う――つまり、僕らが戦わなきゃいけないのは、彼女が繰り出す『エンガルド』と『ラムデイン』も含まれるってことだよ」
もしかすれば、水属性担当の『セイラム』という女性型の水精霊も出してくるかもしれない。コイツは多分、水場でしか使えないか、能力が弱まるか、と僕は予想しているけれど、別に普通にどこでも使える可能性だってある。
レイナが本気を出せば、この炎・雷・水、の属性を持つ強力な霊獣三体を躊躇なくけしかけてくるだろう。これに加えて、風属性のソーマユートがいるのだ。
僕らは五人で、霊獣は四体。実質、数の有利など皆無だ。むしろ、能力的にみれば、僕らの戦力の方が確実に劣る。
「で、でもよ、レイナちゃんが敵になるとは限らねーだろ! 幻術で操られてるだけなんだ、そんなこと――」
「するよ。綾瀬さんは、確実に僕らを敵とみなして、全力で排除してくる」
頭の中お花畑な山田の言葉に、僕は勘違いしないようにキッパリハッキリ断っておく。
「残念だけど、そもそも綾瀬さんは、このダンジョン攻略っていう環境に、精神が耐えられないんだ。まぁ、女の子だし、それはしょうがないことなんだけれど」
全然しょうがなくないし、ただ甘えたクソ女でしかないけれど、この際それは置いておこう。
「そんな彼女が、雲野郎の幻術にかかって、大好きな蒼真君と一緒にいられるという、幸せな夢に浸ってしまうのは、当然だよ」
それだけならば、放置で安定だった。でも、そうはならなかった。そうするわけには、もういかない。
「今の綾瀬さんにとって、幻術の夢は何が何でも守りたい世界だ。僕らの呼びかけは、嫌で仕方がない、ダンジョン攻略という過酷な現実に戻そうとする、悪魔の呼び声にしか聞こえないだろう」
思うに、雲野郎の幻術にかかっても霊獣が何の反応も示さなかったのは、きっとそれをレイナ本人が望んだから、敵だと認定されなかったから。結果として、名もなき雑魚モブ魔物の雲野郎から、霊獣ソーマユートへと進化を果たしたお蔭で、晴れてレイナの忠実な下僕へと仲間入り。
ソーマは、つらい現実に傷ついたレイナの心を癒す、精神安定剤として大活躍、というワケだ。
「けど、俺らがちゃんと呼びかければ、レイナちゃんだって、きっと目覚めてくれるはずだ!」
「山田君、そう信じたい気持ちは分かるけど、それは絶対に無理だよ」
「なんでだよ!」
「だって、ヤマジュンは死んだじゃないか」
そう、つまるところ、これが全てだ。
レイナは、僕らのことなど何とも思っちゃいない。自分の願望を叶える、暴力装置である霊獣が殺意をもって動き出していると知っていても、決してそれを止めたりしない。
レイナ、お前が、お前だけが、あの瞬間にヤマジュンを助けられたんだ。霊獣ソーマの攻撃を、口先一つで止められた。なんなら、気持ちだけでも、テレパシーか何かが通じて、止まったかもしれない。
そんな簡単なことだったのに、あの女は、どこまでも目の前の現実を見るのを拒否したんだ。その甘えが、人を殺した。ヤマジュンを、殺したんだ。
「僕らの声なんて、届くワケないでしょ」
「そ……それは……」
ようやく分かったかな、山田君。もう、僕らは大切な仲間を一人、失ってしまっているんだ。取り返しのつかない事態になってしまった。
そうである以上、くだらない希望や、都合の良い願望に、頼ることなど有っちゃいけない。
レイナが僕らの呼びかけに答えて正気を取り戻す?
実に馬鹿げた作戦だ。そんなの、僕が死に戻りのタイムリープ能力者だったとしても、百万回繰り返したって、成功させるのは不可能だよ。
「だから、今回の戦いは綾瀬さんの持つ霊獣全てを相手にするだけの、覚悟と作戦が必要ってことだよ」
「マジかよ、あの霊獣を全部相手にするとか……」
「普通に無理じゃね?」
「でも、それじゃあレイナちゃんを置いていくってことになるべ」
「ふざけんな、そんなのは認めねーぞ! ヤマジュンを失って、この上さらにレイナちゃんまで、失うわけにはいかねーだろが!」
山田の台詞だけならカッコいいけれど、論理的に考えれば下川の言う通り、レイナ放置の方が安全確実である。
実際、ヤマジュンが死にさえしなければ、僕は迷わずレイナ放置の案を支持した。というか、僕が絶対に全員を説得してみせた。アイツの持つ戦力はあまりに強大で、立ち向かうのは愚の骨頂。
それでも僕が戦いを挑むのは、それだけの憎悪があるからだ。あの女は許せない、何が何でも、ここで殺さなければ気が済まない。
ヤマジュンが聞いたら、そんな危ないことしなくていいよ、と優しく復讐の無意味さを説いてくれただろうけれど。復讐なんて彼自信が望まない。そんなことは、誰に言われなくても分かり切っている。
だから、これはどこまでも、僕自身の気持ちの問題だ。復讐の理由を、ヤマジュンのため、なんていう綺麗事で誤魔化すつもりはない。僕がレイナを許せない、ただその怒りでもって、アイツを殺すのだ。
そして何より、復讐心と同時に、レイナは僕のことを明確に憎い敵だと認識している。ヤマジュンが死んだショックで忘れそうになるが、そもそも、僕はあの時、レイナのことは放置しようとしていた。戦う気はなかった。
だが、アイツは僕が逃げることそのものを許さなかったのだ。レイナは、僕の死を望んでいる。最早、よりを戻すことは不可能なほどに、敵対関係にある。
こんな危険な奴を、放置していくことはできない。たとえ復讐心などなくても、僕にとってレイナは、殺さなければならない危険な敵になっているのだ。
「正攻法では、まず霊獣は倒せない」
「そりゃあ、考えるまでもねーべ」
全員が頷く。気合いや根性で、どうにかなる相手だとは、流石の山田も思ってないようだ。
「かなり危険な賭けになる、けど、僕に作戦がある」
「おお、流石」
「なんだよ桃川、もったいぶんなよ」
「ゴーマの砦も何とかなったんだから、大丈夫だべ」
「俺はレイナちゃんを助けるためなら、何でもやってやるぜ!」
みんな、ヤル気があって実によろしい。僕の作戦への食いつきがいいのも、やはりゴーマの砦攻略が上手くいったという実績も生きている。信頼があるっていうのは、素晴らしいね。
「そう難しいことじゃない。多分、綾瀬さんはあの妖精広場に陣取ったまま、動かないはず」
作戦の前提条件は、レイナがソーマと共に妖精広場に立て籠もっていること。
もし、何かの気まぐれで、とっくにレイナがどこかへ行ってしまっていたら、追跡は不可能だ。流石に、その時は僕も今すぐ復讐するのは諦めざるを得ない。
けど、アイツがあの場所を動かない確信が、僕にはある。レイナは生粋の引き籠り体質だ。偽物とはいえ、蒼真悠斗を手に入れたレイナは、それで満足しているはず。他には何も望まない。求めるモノがなく、満ち足りた環境になったなら、それをわざわざ手離す真似はしない。
だから、レイナは今もあそこで、偽物の蒼真君を相手に、イチャイチャダラダラしていることだろう。
「まずは適当に挑発して、霊獣ソーマを引っ張り出す」
アイツが単独でのこのこ出て来れば、最高だ。僕ら全員で、まずはソーマを一気に叩き潰せばいい話。
「出てきたソーマを、できるだけ広場から離れた場所まで誘導。そこで、一気に倒す」
「でも、アイツ一人だけで、そんな都合よく追っかけてくるべか」
「うん、恐らく、ソーマとセットで、エンガルドとラムデインも出てくると想定すべきだよ」
早くも真打登場となるが、最初の時点であの二体が出てくると思う。レイナは余裕ぶっこくタイプの敵キャラじゃないから、僕らが邪魔だと思えば全力で対処してくる。というか、レイナが本気で嫌がれば、霊獣共が黙っていないから、命令がなくても自発的に現れるだろう。
レイナは僕を差して、嘘吐きだのイジワルだのと、幼いなりにあらん限りの憎悪をぶつけてきた。だから、アイツは僕を見かければ、必ずマジになって排除にかかるに違いない。
やれやれ、随分と恨まれたもんだね。僕もお前のことが大嫌いだよ。
「霊獣が総出でかかってきた場合は、逃げる」
「おいおい」
「逃げてどーすんだよ」
「奴らが追いかけてきてくれれば、それだけでいい。時間稼ぎだよ」
「時間なんか稼いだって、どうしようもねーだろが! 霊獣を倒さなきゃ、レイナちゃんの下には辿り着けねーぞ」
「それだよ、山田君」
珍しく、冴えているじゃあないか。
「要するに、レイナの元にさえ辿り着ければ、後はどうとでも……幻術を解ける」
霊獣という屈急なボディガードが全員出払っていれば、レイナは単独だ。そして、霊獣の行使に特化した『精霊術士』だからこそ、自分自身は果てしなく無力。アイツは今でも、見た目通りのか弱い少女でしかないのだ。
「霊獣を全て広場からおびき出して、術者の綾瀬さんを単独にする。囮役が霊獣を相手に時間を稼いで、その隙に、本命が綾瀬さんの解呪に乗り込む。これが、作戦の基本方針だよ」
「けど、その本命を見逃すほど、霊獣も馬鹿じゃねーべ」
奴らはただの獣じゃないからね。それくらいの知能はあるし、隙もない。
適当な部屋に隠れ潜んで、奴らが通り過ぎていくのを待つ、という作戦もありえるが、絶対ではない。僕らのメンバーの内、誰か一人でも姿が見えなければ、奴らも警戒して、ラムデインあたりが広場に残りそうなのだ。
「うん、だから、霊獣を誘い出す囮役には、僕ら全員が揃ってないといけない」
「それじゃあ、誰もレイナちゃんのとこには行けねーべや」
「僕が行く」
「桃川が?」
「どうやって?」
「『呪術師』のお前じゃあ、速くも走れねーし、隠れ潜むのも無理だろが」
もう、みんなして、僕の素の能力を甘くみてるんだから。まぁ、その通りなんだけど。
「大丈夫、僕には霊獣の目を誤魔化せる、呪術がある――」
それは、ルインヒルデ様に体を真っ二つに引き裂かれる、歴代でもトップクラスに無残な方法で授けられた、新しい呪術。
この呪術を得たからこそ、僕はレイナの殺害が可能だと踏んだのだ。
「――僕の新呪術『双影』。効果は、分身だよ」




