第136話 夢を現に
「こ、これは……違うんだ……」
一旦、罠の広間へ戻り、左側の通路へ捜索範囲を切り替えたら、早々に山田を発見した。
「違うんだ、これは……たのむ、レイナちゃんには、このことは……」
「うん、分かってるよ。大丈夫、安心してよ、山田君が女子小学生と乱交してたとか、絶対に言わないから」
発見当時、山田被告は部屋の中で複数の雲野郎に囲まれ、
「うぉおおお、やっぱ女子小学生は最高だぜぇえええっ!」
などと叫び、酷く錯乱した状態で、速やかに取り押さえられた。取り調べを進めるものの、「よく覚えていない」と容疑を否認する一方で、「俺はお兄ちゃんだから、みんな可愛い妹だから」などと意味不明な供述を繰り返し、精神鑑定にかける必要が――うーん、これは重度のロリコンを患っていますね。
いや、知ってたけど。
「これで、残りはヤマジュンと綾瀬さんだけだ」
死んだような虚ろな目でトボトボついてくる山田を加えて、僕らは捜索を続ける。
「分かれ道ばっかだな」
「迷いそうだ」
「二手に分かれてみっか?」
「いいや、分断されたらまた罠にかけられるかもしれない。効率は悪いけど、全員で固まって動こう」
順調にメンバーを回収しているが、これもいつまで続くか。もし、これでレイナを見つけて、ヤマジュンだけ発見できなければ、僕はこのパーティを維持する自信がない。パーティの要としても、純粋に友人としても、ヤマジュンは何としてでも見つけ出さなければ。
そんな、僕の珍しく純粋な思いが天に届いたのか、ついにその声を捉えた。
「ヤマジュンの声だ!」
「おい、どっちだ」
「ちょっと待て、静かにしろ……こっちだ、行くぞ!」
上田が耳ざとくヤマジュンの声を聞き取り、現場へ急行。みんなもヤマジュンのことは友人として大切に思っているし、クラスでもダンジョンでも何かとお世話になっているからか、山田発見の時よりも緊迫感があった。
特定された部屋の周囲を素早く確認し安全確保。そして、速やかに突入。五度目ともなれば、実に慣れたものだ。
そして案の定、ヤマジュンは雲野郎と一緒に床に転がっていて、
「う、うぅん……だ、ダメだよ、こんなのは……違うんだ、ボクはただ、君のことが……」
「す、すげぇ、ヤマジュン、まだ服着てるぞ」
「マジかよ、コレにかかってヤってねぇとか」
「流石ヤマジュンだべ」
これまで盛った野良犬のように、アホみたいに叫びながら腰を振っていた彼らとは異なり、ヤマジュンは多少乱れているが制服姿のままで、雲野郎も添い寝のような格好になっている。
この状態には、僕も驚きだ。ヤマジュンも男だ、性欲だって普通にあるはずなのに、どこまでも都合の良い淫夢を前に、まだ行為に突入せずに粘っているとは。とんでもない理性だ。あるいは、ヤマジュンのお相手はそこまで手を出すのに躊躇するほどの女性なのか。
どちらにせよ、その鋼の理性に感服する。
「ヤマジュン、今助けるから!」
黒髪縛りで雲野郎から一気に引き剥がし、取り残された野郎へ、上中下トリオと山田の四人によって怒りの攻撃が叩きこまれた。完全にオーバーキルだが、ヤマジュンに手を出したこの雲野郎は最も罪深い。
さて、これで無事に救助完了である。
「んっ、うぅ……」
「あっ、目が覚めた?」
「ごめん、ボク、もう我慢できないよ、好き……好きなんだ、心の底から!」
と、いきなり熱い愛の告白と共に、僕へと抱き着いてくるヤマジュン。
「うわぁっ!? ちょっと、ヤマジュンまだ寝ぼけてる! 助けて!」
「おい、しっかりしろ!」
「目を覚ませ!」
「ソイツは女の子じゃなくて桃川だべ!」
危うく、セカンドキスを男としそうになるギリギリのところで、ヤマジュンはみんなの手で引き剥がされた。
危ない、雲野郎を倒した時点で大丈夫だろうと油断していた。夢をみているようなモノだから、目覚めた直後はまだ現実を認識してない可能性もあるんだと、備えておくべきだった。
「ヤマジュン、大丈夫?」
「えっ、あ……桃川、くん……これは……」
ようやく正気を取り戻して、呆然とするヤマジュンに、僕はすでに五度目となる罠の説明を語った。
「あっ、そ、そんな……ごめん、桃川くん、ボクは……ううぅ……」
「えっ、いや、泣かないでよ。みんな罠にかかってたし、そんな気にしないで」
「そうだぜヤマジュン、気にすんな」
「ヤってなかったのヤマジュンだけだし、マジですげーよ」
「へへっ、ちなみに相手は誰だったんだべ?」
「別に、誰だっていいだろ……俺なんて、くっ……」
それぞれが、それぞれに慰めの言葉を口にする。珍しく本気の涙を見せるヤマジュンだったけど、僕らの思いもすぐに察してくれたのだろう。
「ごめんね、本当に迷惑をかけてしまったみたいで。もう、大丈夫だから」
ヤマジュンはいつものように穏やかな微笑みを浮かべて、すぐに立ち直ったのだった。
「さて、それじゃあ、みんな揃ったことだし、先に進もうか」
「おい、桃川」
「お前、レイナちゃんのこと忘れてんじゃねーよ」
「わざとやってるべ?」
上中下トリオのコンビネーションばっちりなツッコミを受けて、僕は渋々、レイナの捜索をすることになった。
「なぁ、けどよ、レイナちゃんがこの罠にかかってたら」
「えっ、おい、おいおい、それってまさかー?」
「うおっ、ソレってヤバくね? 児童ポルノ的な?」
「お、おい! お前ら、見るなよ、絶対見るなよ!?」
ちょっと男子、エッチな想像するのやめてよね。
というかお前ら、散々エッチな気分は味わったんだから、もういいじゃないかよ。少しは僕にも分けろよ、爆乳ハーレム体験させろよ。
「もし、レイナが裸でヨガってたらさ、ヤマジュンが上着でも何でもいいから被せてよね」
「えっ、ボクがかい?」
「それが一番適任だよ」
唯一の女子であるレイナが、この罠にハマっていた場合でも、当然、本人が行為に及んでいる可能性がある。相手はまず間違いなく蒼真悠斗だろう。
見た目こそ小学生だが、レイナだって僕らと同じ年頃の少女。あそこまで熱烈に思いを寄せる蒼真君に言い寄られれば、あっけなく陥落。とんでもない痴態を雲野郎相手に繰り広げている可能性はある。
僕としてはそんなレイナの姿を、電源切りっぱなしでバッテリーを温存していた携帯で動画撮影して、脅しのネタの一つとしてストックしておきたいところだけど、流石にソレはまずいんだよなぁ。
「なぁ、おい、桃川、ちょっとくらい眺めたっていいよな?」
「それくらいは役得っつーか、不可抗力っつーか」
「まぁ、見ちゃうのはしょうがねーべ?」
「だから、見るなっつってんだろ!」
いや、気持ちは分かるけどね。見るなと絶叫しながら股間がすでに盛り上がっている山田の気持ちは分かりたくもないけれど。
「悪いけど、レイナのサービスシーンは見ない方がいいよ」
「なんでだよ」
「これくらいいいだろ」
「そうだべ」
「なんでだよ! ちょっとくらい見えちゃうのはしょうがねーだろが!」
おい山田、お前いい加減にしろよ。裸のレイナに我を忘れて襲い掛かるのは勝手だけど、それを止めなきゃいけない僕らの苦労を少しは考えろ。
「もし、レイナが僕らに裸を見られたことでショックを受けたら、全員、エンガルドに八つ裂きにされるよ?」
瞬間、誰もが黙った。そりゃそうだ、あんな女の裸に、自分の命をかけるなど割りにあうってレベルじゃないからね。
「だから、レイナ救出の際は、細心の注意を払って行う。みんな、いいね?」
しっかり意思を統一して、僕らはレイナを探し続けるのだった。
結局、広間の左側通路から続くエリアを探し続けても、レイナを発見することはできなかった。
「となると、真ん中の通路を進んで行った可能性が一番高い、か」
僕が異常を察して慌てて戻った最中に、レイナは正面通路へと進んで行ったのだろう。もしかしたら、すぐ横をすれ違っていたのかもしれない。
正直、僕はこのまま行方不明でもいいかなーって思っているけれど、他のみんなは本気で心配している様子。でも、流石にこのエリアを捜索しても発見できなければ、諦めざるを得ないだろう。
「だ、ダメだ、見つからねぇ……レイナちゃん、どこにいるんだよ」
山田が絶望的な声音で言う。この辺も結構な範囲を捜索したが、いまだに見つからなかった。
「くそ、声も全然、聞こえねぇし」
「もっと先に行ってるんじゃねのか?」
「でもよ、もし転移とかしてたら……見つけるの、無理じゃね?」
下川の言う通り、レイナがどっかで転移魔法にかかった可能性もゼロではない。このダンジョンは必ずしもボス部屋にのみ転移魔法陣があるワケではない。樋口が利用しようとしていた、生贄転移装置のように、他にも色々とあるはずだ。単純に転移トラップなんてのもありそうだし。
「あそこの部屋が、ちょうど妖精広場になってるみたいだ。みんな、ちょっと休んで行こう」
広間の正面通路から、そのまま真っ直ぐ進んで行くと、妖精広場の入り口が見えた。
ずっと歩きづめだったのもあるし、レイナ捜索があまりに芳しくない精神的な疲労感も強いのか、みんなも素直に休憩案に賛成してくれた。
疲れているのを体で表すように、ダラダラと歩きながら、僕らは妖精広場へと踏み入った。
「……うん、ユウくん、大好き」
そこに、レイナがいた。
入り口からは見えなかった、噴水の影。そこには、確かに雲野郎がいて、そのモコモコの大きな体に、半ば埋もれるようにレイナが抱き着いていた。
制服はそのまま。着衣の乱れはない。小さな子供が母親に甘えているように、無邪気な笑顔を浮かべていた。
「レイナちゃん!」
トリオと山田がほぼ同時に、彼女の名前を呼ぶ。
すでに幻術のタネは割れている。僕の指示なんかなくても、次の瞬間には、可愛いお姫様を救うべく、彼女を抱える雲野郎に怒りの刃が叩きこまれる――はずだった。
「あっ、みんな……どうして、ここにいるの?」
レイナが、こちらに気づいた。
あんな大声で名前を呼ばれたのだから当然の反応。だが、それはおかしい。
レイナは今、雲野郎の幻術にハマっている真っ最中なのだから、現実の僕らの声なんて、彼女の耳には届かないはずだ。
何かがおかしい。
でも、そんな違和感を覚えたのは僕だけで、レイナを救うべく動き出した四人は、彼女の言葉に普通に応えていた。
「レイナちゃん、今助けるからな!」
「雲野郎、ぶっ殺してやるぜ!」
「ソイツは本物の蒼真悠斗じゃねーべ!」
気炎を上げる上中下トリオに、さらに山田が叫ぶ。
「うぉおおおおっ! レイナちゃんは、俺が、絶対に助ける!」
そんな彼らに対する、レイナの答えは、
「いや……いやぁっ!」
拒絶だった。まるで、僕らが幸せを破壊する恐ろしい魔物であるかのように、レイナは激しく泣き叫んでは、雲野郎の胸に顔を埋めた。
「いやっ、やだ、やだよ! 来ないで、私はユウくんと一緒にいるの!」
「な、何言ってるんだレイナちゃん!?」
「ソイツは偽物なんだって!」
「なぁ、きっとまだ幻術にかかってんだべ」
「よっしゃ、さっさとアイツをぶち殺すぞ」
本当に、幻術にかかっているからなのだろうか。あるいは、それは彼女の本心なんじゃないのか。
いくら僕らが、レイナを大切に思って、必死こいて守ってやっても、それを彼女が感謝するとは限らない。
レイナにとって僕らは、ただ自分の周囲でギャアギャアとやかましく騒いでいるだけの、馬鹿な男子としか思っていないのでは。自分が助けられていて、精一杯に気を遣われていて、守られていることにすら、彼女は本気で気づいていないのかもしれない。
「私はユウくんと一緒にいる、ずっと一緒にいるの! それだけでいいのに、どうして……どうして、みんな邪魔するの!」
その言葉を聞いて、僕はようやく、レイナ・A・綾瀬という少女を、理解できたような気がする。
レイナに悪意なんかない。他人の好意を無碍にするような、クズでもない。
ただ、彼女はあまりに純粋で、あまりに、その心は、子供だったんだ。
親の心子知らず。親でなくても、小さな子供に大人の気持ちなど、分かるはずもない。子供は子供の価値観、尺度でしかモノを計れないのだから。
それを思えば、大好きな蒼真悠斗の傍にいられるだけで、全てが満たされていたレイナにとって、彼と離れてしまったこの状況は、酷く可哀想なのかもしれない。彼女が泣いて叫ぶように、蒼真悠斗と一緒にいられれば、それだけで良かった、というだけのこと。
けれど、その望みがどれだけ小さかろうが、大きかろうが、この異世界ダンジョンに放り出された時点で、叶わないのは当然。ただ現実として、蒼真君とレイナは、違う地点に落とされたという事実があるのみ。泣いて喚いても、すでにある現実は変えられない。
「嫌だよ、私はもう絶対に、ユウくんから離れない! みんな嫌い、私とユウくんの邪魔をする、みんなみんな、大嫌い! 助けて、ユウくん! 私を守って、ずっと離さないで!」
だから、どれだけ純粋で、どんなに悲痛な思いであっても、ただ叫んだところで、現実は変えられない。この場に、蒼真悠斗はいないのだから。
「――ああ、俺が、レイナを守るよ」
けれど聞こえた、蒼真悠斗の声。
ありえない、まさかこのタイミングで、本当に転移で現れたのか――否、この妖精広場に転移魔法が発動した際の、強烈な光は出ていない。
何も起こっていない。誰も来ていない。そのはずなのに、
「ユウくん!」
「俺は、レイナとずっと一緒にいるよ……約束だ」
「うん、約束だよ、ユウくん!」
「ありがとう、レイナ――ここに、契約は結ばれた」
声の主は、雲野郎だった。
奴は、レイナを抱きしめたまま、のっそりとした動きで立ち上がる。まるで、モコモコの体はただのキグルミで、中に本物の蒼真君が入っているかのように、彼とソックリ同じ声で、流暢に喋りやがる。
「な、何なんだ、お前は」
絞り出すような僕の誰何に、奴は堂々と答えた。
「俺は蒼真悠斗――レイナを守る、霊獣『ソーマユート』だ」
刹那、白い雲の体が弾け飛ぶ。
そして、その中から現れたのは、紛れもなく、蒼真悠斗の姿であった。




