第134話 白雲エリア
「えー、見事にコアをカツアゲされちゃいましたが、張り切って新エリアの攻略にいきたいと思いまーす」
どんよりした表情で、どんよりした雰囲気のみんなに、僕はそう宣言する。
命あっての物種。コア強盗はされてしまったが、僕らは傷一つ負っていない。合理的に考えれば、さっさと行動を起こして、後れを取り戻すのがベストな選択だろう。
ゴーマの砦攻略戦では、とにかく転移で脱するだけで精一杯だったから、ロクに武器も素材も回収できていない。
僕としては、レムの強化素材も早く集めたいところ。性能次第では、杉野大山にも対抗できる可能性があるのだから、現状、最も期待できる戦力はレムだと思っている。何より、レムが強くなればなるほど、僕も安心だし。
「みんな、もっとヤル気を出して、おー、とか言ってよ」
「そりゃあ無茶ブリだべ、桃川」
だよねー、僕だって正直、ヤル気が急降下だよ。ハクスラゲーで手に入れたレア武器を、雑魚敵の不意打ちで理不尽にやられて失った気分だ。
「気が乗らないのは確かだけど、もう休息も十分にとった。そろそろ動き出さないと、体も鈍るし、もっと気分もダレてくるよ」
「はぁ……しゃあねぇ、行くか」
「あー、くそ、マジで無駄に損した気分だぜ」
渋々といった様子で、上田と中井が立ち上がる。下川も二人に続き、トリオは出発準備完了といったところ。
「山田君、大丈夫? まだ気分が優れないのなら、無理しなくても」
「……いや、大丈夫だ」
杉野に瞬殺されたことが意外とショックだったのか、山田の表情はメンバーの中で一番暗い。天職『重戦士』になってから、痛みとは無縁の戦いを続けてきたせいで、その恐ろしさを、敗北してあらためて思い知らされた、といったところだろうか。
さて、これから山田はビビって使い物にならなくなるか、それとも敗北を糧に成長できるのか……高みの見物を決めたいところだけれど、ちくしょう、前衛の要である重戦士がダメになったら僕が困る。面倒だが、山田が戦士として折れないよう、精神的なフォローってのも考えないと。
うーん、この案件はヤマジュンに丸投げで。
「それじゃあ、行こうか」
杉野大山のゲイカップルが荷物をまとめて出発したのは、もう何時間も前のこと。すでに二人はこのエリアを突破する算段がついたといった感じで、イチから攻略を始める僕らが、追いつく可能性はないだろう。しかし、下手に遭遇すると、次は殺し合いに発展しかねないし、慎重に進みたい。
もっとも、今はあの二人のことよりも、目の前のダンジョン攻略に集中すべきだけど。ただでさえ、大した戦力はないのだ。その上、注意力散漫で士気も低いとなれば、本当に理不尽ハクスラゲーみたいに、雑魚相手に即死かもしれない。
「うおっ、何だよココ」
「なんかモコモコしてて、妙な感じだな」
「どっかのアトラクションみたいだべ」
「わぁー、なんだか雲みたいだねー」
広場を出てすぐ、これまでにない異様なダンジョンの構造に、それぞれが感想を漏らす。
確かに、レイナの言うように雲のような場所だ。より正確に言うなら、雲の王国的なイメージで、遊園地のメルヘンチックなアトラクションを作りました、みたいな感じ。
通路の広さや、空き部屋など、構造自体はこれまでの石造りの基本エリアとそう変わりはない。しかし、壁にはフワフワモコモコの雲をデフォルメしたような、クッションみたいな柔らかい素材で全面が覆われている。試しにナイフで切って見れば、あっさりと刃は通る。どうやらスポンジのような素材らしい。
「明らかに今までのエリアと違うってことは、多分、見たことない新種の魔物が出てくるはずだ。気を付けて進もう」
警戒を促しつつ、僕らは白雲エリアを進む。
歩いてしばらく経つが、杉野大山が先行しているお蔭か、モンスターはいまだ出現していない。道すがら雑魚モンスを間引いてくれている、かと思うが、不思議と戦いの痕や、魔物の死体は見当たらない。血の一滴もなく、どこまでも綺麗な純白の空間が続いていた。
何だか、真っ白フワフワなところをずっと歩いていると、眠くなってくるな……
「クルル」
注意力が途切れそうになった時、すぐ隣に連れているラプターレムが声を上げた。ここではラプターも通常戦力として扱おうと思い、僕は乗っていない。
「レム、どうかした?」
「おい、壁から何か出てくるぞ!」
レムの返事よりも先に、先頭を行く上田が声を張り上げた。どうやら、いよいよ白雲エリアのモンスターがお出ましのようだ。
「おいおい、何だよコイツ、キグルミかぁ?」
「気味の悪ぃ、雲野郎だぜ」
前衛を務める、上田と山田がそれぞれ、現れたモンスターへの感想を漏らしている。キグルミの雲野郎とは、言い得て妙である。
ソイツは、壁と同じような白いモコモコ素材に全身が覆われた、人型であった。サイズは普通の人間程度にまちまち。頭は大きく、手足は短めで、雲スポンジの体のせいでかなりずんぐりむっくりした感じだ。
武器はナシ。動きはゾンビのように遅い。だが――数が多い。
「桃川、俺も前に出るか!」
「いや、後ろからも来てる、中井君はそのまま。下川君とラプターの援護をつける」
「分かった!」
「了解だべ」
「レム、弓を引け、ヤマジュンはサギタ、お願い」
まずは遠距離攻撃で先制。見た目からして、矢が刺さっても平気そうな感じだが、さて、雲野郎の実力はどんなもんなのか――
「モォアアアア!」
放たれたレムの矢と、ヤマジュンの光の矢が、それぞれ別の雲野郎に突き刺さる。すると、随分と根性ナシなのか、それだけで低いうなり声のようなものを上げて、ばったりと倒れ込んだ。
「コイツ、弱いんじゃね?」
「一気に行くか」
「ヤマジュンがもう一発撃ったら、突っ込んで!」
後方に『腐り沼』を張りつつ、僕は前衛の突撃支援。レムも弓から野々宮ランスに持ち替えて、一緒に突撃の構えだ。
「よし、行け――」
そうして、ものの数分で雲野郎の群れは殲滅した。
ダメージを負っても超回復で復活とか、倒しても無限湧きだとか、本気出すと超スピードの超パワーだとか、そんなことは全くなく、あまりにあっけなく、奴らは次々と討ち取られていた。
「随分と弱かったな。スケルトン以下じゃないか」
トロイ動きでヨタヨタと接近してくるだけのモーションは、毒のないマタンゴみたいなもんだ。こんなの、僕でも白兵戦で倒せるよ。どう考えても、ダンジョンで出会った中では断トツで最弱のモンスターである。
「ちぇっ、やっぱコアは一個もねーか」
「まぁ、しょうがないんじゃね、コイツらめっちゃ弱かったし」
「いくらなんでも雑魚すぎるべ」
僕らにはカスリ傷一つもなかったが、収穫も全くない。こんなカカシのような奴らを何十体と倒したところで、レベルアップも望めないだろう。戦った体力を無駄にしただけの感じ。
もしかして、僕らはダンジョンの初心者エリアみたいな場所に飛ばされたワケじゃないよね?
そんな疑念を抱くほどに、僕らはその後も定期的に湧き続ける、雲野郎の群れを蹴散らしながら、順調に先へと進んで行った。
「……うわ、あからさまに怪しい広間だなぁ」
辿り着いた大きな広間には、やはり同じように雲のようなモコモコとなっているが……薄らと、ピンク色の靄がかかっているのだ。
ただの霧なら、バジリスクの毒沼エリアでも、ゴーマのジャングルでも、よく見た自然現象だ。しかし、薄くとはいえ、目に見えて分かるほどピンク色の気体となれば、怪しくないワケがない。
「おい、なんだよコレ」
「なんかキモくね?」
「うーん、臭いはしないし、別に大丈夫なんじゃね?」
「あっ、馬鹿! いきなり吸うな!」
信じられないことに、上中下トリオはピンクの霧が満ちる広間に平然と踏み込んでいた。
「早く戻って!」
「そんな怒んなくていいだろ」
「そうだぜ、別に俺らなんともねーし」
「桃川、焦りすぎだべ」
臭いもなく、実際に吸っても平気な様子の三人。ひとまず、一呼吸で即死確定なバジリスク級の猛毒ガスではないことは、確かに安心できる。
「これが普通に毒ガスだったら、三人とも死んでるよ。今は何ともなくても、遅効性かもしれないし。っていうか、これ絶対、遅効性だよ。あー、ごめん、もう手の施しようはないから。あと半日くらいで三人とも苦しんで死ぬけど、遺言くらいは聞いてあげる」
「はぁ、何言ってんだよ」
「そんな嘘でビビらそうってのか?」
「僕の『直感薬学』、忘れたの?」
「あっ!」
「えっ、いや、マジで?」
「はぁ……無駄だと思うけど、一応、解毒薬、飲んでみる?」
「う、嘘……嘘だべ、桃川?」
「うん、嘘」
「このヤローっ!」
「ビビらせんなや桃川!」
「本気で死ぬかと思ったべや!」
「今回は嘘で良かったけど、次からは怪しいモノに不用意に近づくのはやめてよね。変な罠とかだったら、僕ら全滅なんだから」
と、三人に今更すぎる注意を促してから、あらためてピンクの広間への対応を考える。
「ねぇ、桃川くん、この霧、本当に毒はないのかい?」
「正直、分かんない。『直感薬学』も反応しないし。まぁ、三人のお蔭で、即効性の毒ガスではないってのは証明されたけど」
さて、どうしたものか。僕の嘘が実は本当で、遅効性の毒ガスだった、という可能性は、何となくないとは思う。直感薬学じゃないけど、本当にただの直感だ。
かといって、ただ色がついているだけの無害な霧とも思えない。即座に死に結びつくほど致命的ではない、けれど、何らかの効果はあるような気がする。
こういう時に、小鳥遊小鳥の『賢者』スキルにあった『魔力解析』が役立つんだけどな。正直、アレって完全に直感薬学の上位互換だと思う。魔力さえあれば、モノでも魔法でも現象でも、なんでも反応して教えてくれるらしい。
「僕としては、霧の毒性よりも、これに紛れてどんな魔物が潜んでいるか、っていう方が怖いかな」
「確かに、ちょっと先までしか見えないもんね、この霧じゃあ」
「下川君はここの霧って見通せる?」
「俺が見えるのは自分の魔法だけだべ。他のは無理」
一応確認してはみたが、やはり視界不良への打開策はナシか。
「ここは危なそうだし、他のルートを探そうか?」
「いや、多分このエリアは、どう進んでも似たような広間に突き当たるような気がするんだよね」
「それじゃあ……行ってみる?」
うーん、結局、無策で突っ込むことになるってのは、大いに抵抗がある。しかし、他に今の僕らにできることと言えば……
「分かった、レムを先行させて、広間の様子を探る」
「なるほど、流石だね、桃川くん」
いやぁ、素直に褒められると照れる。むしろ、すぐアイデアが出なかった僕の頭の回転の悪さを非難されてもおかしくないのでは。
ともかく、毒無効の上に、物理的に死んでも問題ないレムなら、こういった危険なエリアの偵察に最適だ。
「よし、頼んだぞ、レム」
「グガガ!」
そうして、勇んで広間へ突っ込んで行ったレムの帰りを待つこと、一分ほど。
「グガガ!」
「早っ、もう戻ったのか」
レムの仕事ぶりは疑う必要はないので、それだけ広間には何もなかったということだろう。
「出口はあった?」
「ガガ」
手で丸のマークをつくりながら、頷く。出口は見つけたようだ。
「一つだけ?」
「ガ」
首をふりながら、バツのマーク。出口は二つ以上、ということは、複数本の通路が合流していることになる。
「T字路?」
「ガ」
「十字路」
「ガガ」
「中に石版とか柱とか、目立つオブジェクトは?」
「ガ」
「木とか、魔物が隠れられそうな遮蔽物は?」
「ガ」
「何もない?」
「ガガ」
「広さは森林ドーム以上?」
「ガ」
「ドーム以下、妖精広場の倍以上」
「ガガ」
「三つの出口の先にボス部屋は見えた?」
「ガ」
「うん、分かった。ありがとう、レム、よく調べて来てくれたね」
髑髏頭を撫で撫でしながら、霧に隠れる広間の全景をまとめる。
「ここの広間は十字路型に通路が繋がってて、何もないし、広さも大したことないみたい――思い切って突っ切ってみようか」
反対意見は、特に出なかった。
ひとまず、目指す出口はここの反対側にある通路に定める。真っ直ぐ走って行けば、そのまま辿りつける。
念のために、もう一度レムを行かせて、ルートを確認。間違いなく、真っ直ぐ行けば反対側に出られる。
「じゃあ、言いだしっぺの僕から渡るよ」
「大丈夫かい、桃川くん? ここは、襲われても大丈夫なように、山田君を行かせた方が」
「大丈夫、みんな不安だろうし。でも、僕はレムを信じてるから」
と、ラプターレムに颯爽と跨り、僕は心配そうなヤマジュンと、順番待ちでソワソワしてる他の面子を置いて、さっさとスタートを切った。
ラプターに乗ってれば、うっかり方向を見失って、左右に逸れることもない。レムからすれば、すでに三度目となる広間の横断だから、何の迷いもなく駆け抜けていった。
「到着っと……やっぱり、何もなかったね」
「グガ、ガガガ」
うんうん、と頷くレムは、一緒に並走してきた。これで、僕とレムとラプターは広間の横断に成功だ。
これなら、後は全員一緒に渡って来ても大丈夫そうだけど、まぁ、一人ずつ順番でって言ったから、それでやってもらおう。二人以上の人数で反応するトラップなんかも、ないとは言い切れないし。
「おーい! 次の人いいよーっ!」
今にも落ちそうな吊り橋を渡る時みたいに、僕は次の順番を呼んだ。大した広さがないのは分かっているから、大声で叫べば普通に聞こえる。
「おーう! 次、行くぞーっ!」
返事をしてきたのは上田だ。僕が無事に渡ったことが証明されて、声には特に不安の色はなかった。
「……」
しかし、遅い。ただ真っ直ぐ走り抜けてくるというだけなのに、上田はまだ現れない。
Gショックでタイムを確認すると、すでに一分以上は確実に経過している。おかしい、どう考えてもおかしい。広間は直線距離で50メートルもない。
やはり罠、何かがあったのか。しかし、それにしては何の声も聞こえない。ええい、悩むくらいなら、声をかけた方が早い。
「上田くーん! 大丈夫―っ!」
「おーう!」
僕の不安に反して、すぐに声が返ってきた。特に切羽詰った様子もなく、最初と同じように気軽な声音だ。
「もしかして、霧の中で迷ってる?」
「おーう!」
「だったら、レムを迎えにだすから、一旦、そこで止まっててもらえる?」
「おーう! 次、行くぞーっ!」
瞬間、僕の背筋が凍る。この声は、上田じゃない!
声音こそ上田そのものだが、喋ってる台詞が同じなのだ。僕が順番を呼んで、返事をしたのと全く同一。まるで、録音した音声を再生しているだけのような――
「くそっ! レム、戻るぞ!」
再びラプターに跨り、僕は元来た道を戻る。もしかすれば、この霧の向こうで上田は隠れ潜んでいたモンスターにでも襲われているかもしれない。
戦闘準備と覚悟を決めて戻ったのだが……
「なっ!? だ、誰もいない!?」
何事もなく、僕は最初の入り口へと辿り着いた。そして、そこには順番待ちしているはずのメンバーが、一人もいなかった。
「何で、そんな、何時の間に……おーいっ! 誰か! いないのかーっ!」
僕の叫びは、どこまでも虚しく反響するのみ。
ただ、唯一、僕の呼びかけに答えるかのように、広間に満ちる霧が、スウっと引いていった。
「く、くそ、やられた……誰もいないぞ……」
完全にピンクの霧が晴れて、レムが調べた通り、本当に何もない大広間の中が露わになる。遮蔽物など一切ない、円形のホールは一目で端から端まで見渡せる。だから、この広間の中にも、誰もいないってことも一目瞭然であった。




