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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第10章:幻惑
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第133話 強い男

 眩い転移の輝きが収まり、目を開くと、そこにはもう鬼気迫る表情のゴーマの大群の姿はなく、静かな妖精広場であった。

「……みんな、無事に転移できたみたいだね」

 ちっ、レイナの奴め、ちゃっかり転移するっていうタイミングで戻ってきやがって。

 お前、本当はもっと早く戻って来れたけど、僕らのボス戦に参加したくないから、わざと遅れただろう。

 ギリギリでセーフだったよぉ、ふぅー、みたいな幼稚な演技で、僕を騙せると思うなよ。

「良かった、レイナちゃん、無事に戻ってきて……本当に良かったあぁーっ!」

 しかし、はじめてのおつかいから帰還した孫娘を見るお爺ちゃんみたいな勢いで、レイナの無事を喜ぶ山田のせいで、レイナを責める雰囲気でもない。

 まぁいい、今回は見逃してやろう。相手の非を叩くのにも、タイミングってのがある。その辺を分かってないと、蒼真桜とか剣崎明日那みたいに、余計な軋轢を生むことになるのだ。ああ、嫌だね、無駄な正義感ってのは。

「とりあえず、みんなお疲れ様。まずは、ゆっくり休もう」

 食事も風呂もあとでいいや。僕としては、今すぐ眠りたい。実際、戦いは真夜中だったしね。

「桃川くんも、お疲れ様。一人でボスを倒してしまうなんて、凄いよ……けど、ごめんね、ボクらがあまり役に立たなくて」

「みんな十分、頑張ってくれたよ。今回は、たまたま僕が上手く倒せる手段を持ってただけのことだから」

 実際、『クモカエルの麻痺毒』はあの一発で使い果たしてしまった。補充できない限り、二度目はない。

「それでも、やっぱり桃川くんは凄いよ。ボクらだけだったら、絶対にここまで辿り着けなかった」

 まぁ、それはそうかもね。あのバラバラでドロドロなパーティ事情じゃあ、勝てるモノも勝てない。

「ふわぁ……」

「あっ、疲れているところを、ごめんね。みんなのことはボクが見ておくから、桃川くんは、ゆっくり寝てて」

「あー、ごめん、そうさせてもらうよ」

 魔力消費はそれなりだけれど、何よりもイチかバチかの大勝負を終えたことで、ドっと疲労感と安堵感に満たされて、体が休息を求めているのだ。ああ、もう動きたくないし、何も考えたくない。

 ヤマジュンのお言葉に甘えて、お休みなさーい。




「……ちょっと、久しぶりな気がするな」

 目覚めると、暗黒の神様時空。前にここへ来たのは、バジリスク討伐後に『蠱毒の器』と『魔女の釜』を授かった時だ。

「我が信徒、桃川小太郎」

「はい、どうも、ルインヒルデ様、ご無沙汰しております」

 お決まりの呼びかけで登場してくる、漆黒の髑髏こと呪術の神ルインヒルデ様。今回は目覚めからして意識がハッキリしてたから、その恐ろしい死神フェイスにビビることなく、僕は折り目正しく返事をすることに成功した。

「うむ、そなたは成すべきことを、自ずから成しておる」

「ありがとうございます!」

 多分、褒められているニュアンスだから、元気よく感謝の言葉を叫ぶ。

 正直、僕もこの残念なメンバーを率いて、よくゴーマの砦を越えたと思っている。努力が認められれば、素直に嬉しい。

「そなたの欲するところを成せ」

「はい」

 今更だけど、ルインヒルデ様を崇めるにあたっての、教義とかタブーとかってあるんだろうか。

「自ら課すが故に誓約は力となる。王であれ、神であれ、その言に縛られるは鎖でしかない」

 ふむ、どうやら自由を尊重してくれる模様。難易度を上げたければ、自分で縛りプレイしてどうぞ、って感じか。

「新たな呪術を授ける」

 いよいよか、と体をこわばらせていると、ルインヒルデ様がそっと僕の両肩に手を置いた。

 あっ、これ、何か嫌な予感が――バリッ!

「えっ……」

 気が付けば、僕は自分で自分を見つめていた。僕の姿は、半分になっている。右半身と左半身だけ。体を縦に真っ二つ、ってな状態で。

 いや、ちょっと、嘘でしょ。久しぶりにコレは、エグいやられ方――

「うぅわぁあああああああああああああっ!?」




「ハっ!?」

 目が覚めて、まず自分の体がくっついてることに安堵する。

 こ、これは久しぶりに強烈なヤツがきたな……一瞬の内に体を頭から股まで引き裂かれたんだろうけど、痛みを感じる前にショックが大きすぎた。本当に、このテの凄惨な授け方はいい加減にやめて欲しい。けど、ルインヒルデ様の芸風としては無理なんだろうな。

 強力な新呪術は欲しい、けど残酷体験はイヤだ、というジレンマはこの異世界で戦い続ける限り逃れられそうもない。

 そんな辛い体験を乗り越えて、今回授かった新たな呪術の能力は……

「んっ?」

 声が聞こえた。話し声だ。

 うーん、何だよ、ちょっとお喋りの声が大きいんじゃあないのか。僕はこれから新呪術の確認という大事なお仕事が、などと文句を脳内でこねながら、不快な騒音へと、うすぼんやりと目を開けて見やる。

「……んん?」

 そこで、僕は見知らぬ人影を見た。何だ、誰だ。

 そう認識した瞬間、寝ぼけた頭は急速に回転を始める。当然だ、無防備に眠りこけているって時に、知らない野郎が現れたら、危機感は瞬時にMAXだ。

「ちょっと、そこにいるのは……」

「あん?」

「ああ、起きたのかい、桃川君。ふふふっ、おはよう、お寝坊さん」

 知らない奴は、二人。どちらも男。すでに眠気は吹き飛び、僕は警戒心全開で目の前の光景を確かめる。

 一人は、坊主頭に、錆びたナイフのような眼つきの男子。一昔前の暴走族にいそうな険しい雰囲気だが、彼は天道君や樋口と違い、品行方正なスポーツマンである。

 彼は空手部、大山大輔だ。

 もう一人は、平均身長の大山君と並んでも頭一つ分は大きい、クラスで一番デカい男子だ。ソフトモヒカンをバッチリとキメているが、丸眼鏡をかけた目はいつも微笑んでいるように細く、大山君とは対照的に温和な印象を与える。しかし、その上背に加えて、熊のような体格の大男であるため、笑っていてもどこか威圧感が漂う。

 彼は柔道部の、杉野貴志である。

「……どうして、二人がここに」

「はぁ? なぁに寝ぼけたコト言ってやがる。俺らが戻ったら、テメェらが勝手にいたんだろうが」

 眉をひそめて、全力で僕にガンを飛ばしながら大山が言う。

「ふーむ、私達が出かけている間に、ここへ転移してきたと見るが、どうだい?」

 一方の杉野は、一種のポーカーフェイスともいえる微笑み顔のまま、僕を見下ろしている。

「あー、うん、その通りだよ。そっか、先に二人がここまで来てたんだね」

 二人の厳しい視線には、気づかないフリ。何気ない会話を装いながら、僕は全力で二人の様子を探り、考える。

 今のところ、言葉通りに嘘は特にないだろう。大山杉野コンビは、先にこのエリアに辿り着き、ここの妖精広場を拠点にして探索を続けている最中だった。そこへ、僕らが一番乗りだと思ってやってきたワケだ。

 落ち着いて、よく妖精広場を見渡せば……隅の方に、生活をしている跡が確かにある。

 くそっ、転移に成功して安全地帯に逃れた安心感で、僕はロクに広場を点検もせずに眠りこけてしまった。先に確認して、この痕跡を発見していれば、クラスメイトの登場を予想できたのだが……落ち着け、まだ交渉は始まったばかり。寝首をかかれなかっただけ、十分だ。

「けっ、そんなモン見りゃあ分かんだろうが。眠てーなら、まだ寝てろや、桃川」

「うん、話ならヤマジュンとつけられそうだしね。桃川君は随分とお疲れのようだし、私達のことは気にせず、寝ててもいいよ」

 僕のことを馬鹿にしているのか、それとも心からの優しさなのか。いつも怒ってるような雰囲気の大山に、いつも笑っているような感じの杉野である。二人の本心は、いまいち分かりづらい。

「ごめん、悪いけれど、ボクだけじゃあ話はできないよ。ボクらのリーダーは、桃川くんだから」

 二人へと先頭切って相対しているのは、やはりヤマジュンである。彼の後ろに、野次馬のようなお気楽な表情で、成り行きを見守る上中下トリオと、さらにその後ろに山田が立つ。

 そして案の定、こういう時だけ山田を盾にして、レイナは隠れていやがる。おい、そこのクソニート、引き籠ってんじゃねぇぞ、コラ、部屋出てこい、ちゃんと親戚に挨拶しないさい。

「へぇ、桃川が? おいおい、お前らよぉ、こんなチビに頼るとか、男として恥ずかしくねぇのか」

「ふむ、ということは、よほど強力な天職を授かっているのかなぁ」

 大山が僕のことを何だか盛大にディスっているようだが、彼は何かにつけて「男らしさ」とやらにこだわっているらしい、というのは聞いたことがある。だとすれば、見た目からして、すでに男か女か子供か分からない僕みたいな人間は、ハナっから気に食わないのだろう。

 まぁ、苦手な人とか、ちょっと生理的に無理っていう人はいるもんだから、別にいいけども、この状況下で余計な反感を買っている状態からスタートするのはよろしくないな。

 杉野の方は、顔の通りに基本的に温和な性格で、ヤマジュンほどではないがそれなりに社交的だ。基本的には良い人で、悪い噂は聞いたことがない。

 けれど、彼もまたこのダンジョンを突き進んできた者の一人。明らかに、僕を警戒している。

「えーと、そんなに警戒しないで、まずはお互いに自己紹介でもしない? 僕の天職は『呪術師』で、大した戦闘能力はないよ。リーダーってのは、ただ何となく、そんな感じになってるだけかな」

「ボクは『治癒術士』だよ。桃川くんは、確かに戦う力は弱いけれど、とても頭が回るんだ。彼の機転のお蔭で、ボク達はここまでやって来れたから、名実ともにリーダーに相応しいと、みんなが認めているよ」

 いやぁ、それほどでも、と照れている場合ではない。流石はヤマジュン、僕の胡散臭い自己紹介を、見事にソレっぽくフォローしている。ヤマジュンが言うから、僕は頭脳面で活躍してリーダーやってます説に、信憑性が出るのだ。

「……へぇ、そうかよ」

「なるほど、ふむふむ、桃川君の意外な才能が開花といったところだね。それじゃあ、私達も天職を紹介しようかな」

 なるほど、とはこっちの台詞だよ。どうやら、会話の主導権は杉野が握っているらしい。大山は明らかに間を置いて、適当な相槌の台詞しか言わなかった。

 つまり、大山は流れに任せて自己紹介、つまり自らの天職を明かすべきかどうか、迷ったのだ。

 その直後に、平然と杉野が自己紹介に乗った。

 杉野はバカじゃない。学業成績もクラスで上から数えた方が早いくらいだし、何より、全く感情の揺らぎを見せない微笑みのポーカーフェイス。

 間違いない、彼は樋口と同じように、腹の底で何を考えているか、どこまで考えているのか、決して他人に悟らせないだけの強かさを持っている。

 ああ、嫌だな、このテの人間を敵に回したら、相当に厄介だ。できれば、いや、何としてでも、ここは上手く協力の方向にもっていかなければ。

「俺の天職は『炎魔術士』だぜ」

「私は『重戦士』だよ」

 二人の天職は、概ね予想通りであった。まぁ、格好を見れば大体、察しはつくよね。

 大山は、学ランをどこかで脱ぎ捨ててきたのか、上半身は真っ赤なタンクトップが一枚きりだ。普段の制服姿では分かりにくいが、彼の体は空手部に相応しい、いや、普通の高校生の空手部員でも稀なほど、相当に鍛えられている。タンクトップの胸元はガッチリとした胸筋でピチピチになってるし、剥き出しの肩から二の腕にかけては、見事な筋肉の盛り上がりを見せている。それでいて、全体的には細身に見えるほど引き締まっているのだから、彼の鋭い雰囲気を含めて、まるでカンフー映画の主人公のようだ。

 鍛え上げられた肉体を誇る大山だが、その身には武器が一つもない。タンクトップに制服のズボンだから、ナイフを隠し持っているようには見えない。もし暗器使いなら、隠し場所のために学ランは絶対に着込むはず。

 天道君のように武器を召喚するタイプでなければ、大山の戦闘スタイルは自然と、武器を使わない方向性に限られる。で、武器ナシの天職といえば、最も可能性が高いのは魔術士クラス。彼の自己紹介が嘘でなければ、まぁ、順当に予想通りだといえるだろう。

 そして、相方である杉野の方だが、彼の姿は……正直に言おう、アホだと思った。

 学ランもワイシャツも下着としてのシャツすらない、上半身裸。流石に制服のズボンは履いているのだが、上半身は完全無欠に裸であるのだ。

 僕が一瞬で危機感を覚えて眠気が吹き飛んだのは、主に杉野のトップレスファッションのせいである。

 あえてツッコまずに話をここまで続けてきたが……ああ、下手にツッコまずに本当に良かった。一応、その格好には妥当性があるのだから。

 杉野の天職は、山田と同じく『重戦士』。となれば、当然その肉体は、二重の防御系スキルによる、強固な守りがあるはずだ。体そのものが、鋼の如き硬さを誇るが故に、衣服も鎧も必要としない。

 でも、それにしたって、シャツくらいは着ててもいいんじゃないだろうか。もしかしたら、激しい戦闘の末に擬態カイコでも修復不能なレベルで衣類が破れ去ったのかもしれないが、いやでも、ゴーマのボロ布でもいいから羽織ってくれ。

 大山とは対照的に、横にも大きくなるよう鍛えられた肉体は、オリンピック中継でみた柔道選手と比べて、遜色がないほど立派なものだ。

 そんなガチムチボディを惜しげもなく晒しつつ、巨大なメイスを背負っている。鉄の鎖の固定具だけが、彼の体にたすき掛けに巻かれていて……うん、どこからどう見ても、変態だぁ……

「――と、三人はそれぞれ『剣士』『戦士』『水魔術士』だよ」

 僕の代わりに、ヤマジュンがみんなの天職を紹介していく。その間に、僕は次の出方を考える。

「はぁーん、まぁ、見た目通りだな」

「あと、山田君も『重戦士』」

「へぇ、私と同じ天職に出会ったのは初めてだよ」

「それと最後に、『精霊術士』の綾瀬さん」

「なんだ、もう一人いたのかよ。隠れてんじゃねーよ」

 そーだぞ、隠れてんじゃねーぞクソニート。

「まぁ、女の子が一人だけというのなら、怯えて隠れているのもしょうがないだろうねぇ」

 ちょっと、ニートを甘やかすようなことは言わないでくれよ。速攻で調子に乗りやがる。

「それで、僕達はみんなでダンジョンを脱出しようと思って、一緒に行動しているんだ。良かったら、大山君と杉野君も仲間に加わって欲しいんだけれど――」

 結局、僕は単刀直入に本題を切り出すことにした。

 この二人は、是が非でも仲間に入れておきたい。二人がここにいる、というだけで、すでにダンジョンを攻略してきた実績が証明されている。そうでなくても、大山と杉野からは、山田や上中下トリオとは一線を画す、気迫というか凄みというか、そんな気配を感じる。

 恐らく、戦えば負ける。レイナが本気を出さない限り、勝てないだろう。

 さて、自分よりも強い者に出会ったならば、どうするか。選択肢は二つ、逃げるか、媚びるかだ。そして、こうして会話が成立しているならば、さらに交渉という新たな選択肢も生まれる。

 ここは二人が、クラスのみんなで助け合って脱出を目指そう、という正義と平和と友愛に満ちた蒼真桜も納得の大義名分に同意してくれれば、話は丸く収まる。緊張のピンチは一転、強力な新メンバー加入によって、これからのダンジョン探索も明るい。

 さらに言えば、杉野なら、僕に代わって力も知恵もあるリーダーになってくれそうだ。正直、僕はもうこのポジションに疲れた。今まではどうにかこうにか、みんなのイニシアチブを口先と悪知恵で奪ってきたが、決定的に力に劣る僕は、常に反乱の危険が伴う。いつまでも、僕が上手にみんなを従わせることができるかどうか、他ならぬ僕自身が疑っている。

 だが、僕の直感通りに杉野が強ければ、多少の無理も押し通せる強力なリーダーシップを持つ人物ということになる。支配構造は、シンプルな方が盤石なのだ。

 そんな僕の思惑はさておいて、二人の答えは如何に。

「はんっ、どうやら、まだ寝ぼけているようだな、桃川」

「うん、素晴らしい協力関係だと思うけれど……残念ながら、私達は協力できそうもないねぇ」

「僕らが五人以上でパーティを組んでいる時点で、寝首をかく意味はないと思うけど」

「ああ? なぁに言ってやがる」

「別に、君たちの罠や裏切りを警戒しているワケではないんだよ」

「だったら――あ、そうか、やっぱり、脱出枠にかけてるんだね」

「ご名答。なるほど、桃川君、確かに君はリーダーに相応しい」

 ニヤリと杉野の笑みが深くなる。同時に、背筋に悪寒が走った。まるで、獰猛な肉食獣が獲物を見る様な、いや、違う、コレは同種のライバルに向ける威嚇の顔つきだ。

 焦って話を略しすぎた。もっと馬鹿なフリをするべきだったか。お蔭で、杉野は油断なく、僕と相対することになってしまった。

 つまり、この二人とは始めから交渉の余地などなかったんだ。なぜなら、三人の脱出枠を大前提に行動しているから。杉野は、大山とただ二人きりで、このダンジョンを脱出すると決意しているに違いない。

 そうだとすれば、あ、なるほど……二人がガチホモカップルでかなり進んだ関係にあるという噂は、本当だったんだ……

「分かった、僕らは二人に構わない。今すぐ、この妖精広場を出ていくよ。それとも、先にスタートしたい?」

「無益な争いは避けたい、といったところかな?」

「そっちも同じのはずだ」

「それはどうかなぁ」

「僕の天職は『呪術師』だ。僕を殺せば、相手も道連れに殺せる呪術を持っている」

「おっと、安心してくれ桃川君。何も私達は、他のクラスメイトを皆殺しにしたいワケじゃあないんだよ」

 微笑みのポーカーフェイスが破れない。くそ、出して当然の妥協点だというのに、どうして乗って来ない。杉野、コイツは僕らと戦うつもりなのか、それとも見逃すつもりなのか。

 腹の底で、何を考えている――

「おい! グダグダといつまでも下らねぇこと喋ってんじゃねぇぞ、桃川! いいからテメーらは、ありったけのコアを出しやがれ!」

 なるほど、そう来たか。僕が結論を出すよりも前に、短気な大山が答えを教えてくれた。

「まぁ、簡単に言えばそういうことになるね。どうかな、桃川君、ここは私達に、大人しく君らの集めたコアを全て譲ってはくれないかなぁ」

 つい目の前のダンジョンやボスの攻略に集中しがちだが、最終的には相当量のコアを集めなければいけないことが予想されている。真っ当に天送門でも脱出を考えている彼らなら、起動用のコア収集は優先事項の一つだ。

 勿論、僕らだって要所でしっかり回収している。特に僕はレムの強化にも使えるし。全員での脱出予定とはいえ、そう簡単に集めたコアを手離すわけにはいかない。

「……半分でどうかな」

「ふふふ、あまり欲をかきすぎるのは良くないよ、桃川君。折角、穏便に事が済むところだったのに――」

 という台詞の途中で、杉野の姿がブレる、と思った瞬間には、もう視覚の外へ。

 は、速い!? あの巨体で、なんて速さだ。突如として動き出した杉野を視線で追う。

「うわっ!」

「うおっ!?」

 走り出した杉野は、呑気にボーっと野次馬していた上田と中井をタックルの要領で軽く弾き飛ばす。攻撃のつもりはなかったのだろう、二人に負傷は見られず、ただ突き飛ばされて転んだだけ。

 ならば、杉野の狙いは――

「うわっ! なんだ、なんだよオイ!?」

 気が付けば、山田が杉野に捕まっていた。チョークスーリパーのように、ガッチリと太い腕を首にかけて拘束しており、すでにして山田は苦しげな表情だった。

「いいかい、桃川君。今すぐ、全てのコアを渡すんだ」

「お、おいぃい、やめっ、苦しっ……う、うぐっ、く……」

 ギリギリと首を締め上げられ、あっという間に山田は白目を剥いて気絶した。

「ふふ、見たところ、君たちの中で一番、戦闘能力が高いのは山田君だろう? 重戦士の防御の固さは、私もよく知っているからね」

 正に、プロの格闘家が素人を相手するように、圧倒的な勝利。まさか、僕もあの山田がこんな一瞬の内に無力化されるとは予想もしていなかった。

「まぁ、だから弱点も知ってるんだけどね。体は硬くても、息はしているし、血も流れている。首を締めてやれば、ほら、この通り」

 杉野がパっと腕を解放すると、山田は力なく膝から崩れ落ちて、無造作に地面へと倒れ込んだ。

「分かった、コアは全部くれてやる」

「ありがとう、桃川君、賢明な判断だよ。お蔭で、私達もクラスメイト相手に強盗せずに済む」

 山田のダウンを見て、杉野の要求に従わない者などいない。少なくとも、普通の面子な僕らの中には、彼の戦闘力に抗う力も、精神力もありはしない。こういう時、蒼真桜とかあのテの頑固な輩がいると、余計に話が拗れて被害も拡大するんだよね、横道の時みたいに。

 そうでも思わないと、なかなか、素直にコアを差し出すという屈辱には耐えがたい。

 くそ、ちくしょう……樋口は倒したのに、まさか別の奴らに奪われることになるは……

「ふむ、思ったより少ないけど、君たちの力ではこんなものだろうねぇ」

「おい、まだ隠し持ってんじゃねぇだろうなぁ?」

「それで全部だよ。疑うなら、気が済むまで調べればいい」

「生意気な口ききやがって、桃川ぁ」

「まぁまぁ、素直に応じてくれたんだ、これ以上、手荒な真似はしたくないんだよね」

 イキる大山に、杉野が笑顔で肩に手を置いて止める。何気ない動作だけど、どことなく肩を撫でる杉野の手つきがやらしい。あっ、今、鎖骨を指で撫でたよね? そういうの、なんかガチっぽくて怖いんですけど……

「ちっ、しゃあねぇな、これで勘弁しといてやる」

「私が言うのも何だけど、できればクラスメイトと戦いたくはないし、殺しもしたくはない。だから、コアのことは諦めて、またイチから頑張って欲しい」

「分かってる。とり返そうなんて、思っちゃいない」

 それをやったら、今度は殺す、という宣告だ。殺したくない、というのは本音だろうが、かといって、危険とみれば容赦なく殺せる。カッコつけてるんじゃなくて、本当に、杉野はそういうことができる男だ。

「それじゃあ、私達はこれでもう行くよ。君らを含めて、クラスのみんなが、無事にこのダンジョンから脱出できることを、心から祈っているよ」

 そんな皮肉、いや、素直な本心か、それだけ言い残し、二人は去って行った。

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― 新着の感想 ―
レイナが使役精霊ぶっ放せばむざむざカツアゲされずに返り討ちできたのにね クソニートは魔物にも人にもほんと役立たずね あぁヘイトが溜まる~ 小太郎くんとヤマジュンの心労が~(>_<)
[良い点] 会話どころか喋ってすらいないクソニート。 強盗ホモ2人以上に悪質…。ヘイトが溜まりやがるぅ。 マジでブレねぇな…。 渋々とは言え、自主戦闘したんだから新技なり意識改革なりしろよ…。 目…
[気になる点] ちゃんと親戚に挨拶しないさい 決して他人に悟らせないだけの強かさを持っている
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