第132話 聞こえた声
「ぁあああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
狂える獣の咆哮が、城の大広間を揺るがした。その瞬間だけは、戦いの手は止まり、思わず目を向けてしまう。
そして、誰もが見た。
燃え盛るような真紅のオーラを全身から迸らせる、双葉芽衣子――そう、本物の『狂戦士』の姿を。
「ぉおおおがぁああああああっ!」
オーラの残像を残すような、超高速の踏み込み。餓えた猛獣よりも殺意に満ちた、赤い狂獣を目前にして、斧持ちのゴグマはギリギリで反応した。
「ヴゥウウッ、ヌガァアアアッ!?」
自分よりも遥かに小さな、人間の女の一撃。だが、それを受けた瞬間に、揺らぐ。いや、吹き飛ぶ。
今までは、腕力では拮抗していたはず。しかし、腰を落として踏ん張っても、堪えきれないほどの重さと勢いが、真紅のオーラを纏った、漆黒のハルバードには宿っていた。
「ブグゥウウ!」
ガードした炎の大斧が弾かれ、勢いのまま、尻餅をついてしまう。
その致命的な隙を見逃す狂戦士ではないが、仲間のピンチを見逃すほど、ゴグマも甘くはない。
「ブンガァアアアアアッ!」
超震動ハンマーを振り上げ、追撃をかけようとする芽衣子に向かって襲い掛かる。
そのままダウンした斧ゴグマを刺せば、ハンマーに潰されて死ぬ。殺意に狂っていながらも、冷静な判断力が残っているのか、あるいは、皆殺しにするための最適解を知っているのか、芽衣子は襲い来るハンマーへの対応に動いた。
「ぐうっ、ごっおおぉあああああっ!」
人間を一発で床のシミへと変える、巨大な鉄槌が頭上から降って来るのを、芽衣子は『ダークタワーシールド』で真っ向から受け止める。ガギン! と強烈な金属の悲鳴が響きわたるが、リビングアーマーの大盾は、ヒビ一つ入らずに、震動粉砕の痛打を受け止めきった。驚くべきは、盾の頑丈さだけにあらず。
「うっ、うぉおおおおおおおおおおおおお!」
踏みしめた両足が、石畳の床を砕きつつも、芽衣子の体は全く揺らがなかった。その身は肉ではなく、鋼でできているかのように、強烈な打撃を受け止めきる。
そして、即座に反撃。
渾身の一撃を振り下ろしたハンマーゴグマは、実は腕に痺れが走っており、すぐに反応ができなかった。一瞬の遅れが、致命的。
「ブギィイイアァアアアアアアアアアアッ!」
芽衣子が振るったハルバードは、武技『撃震』の威力をもって、一瞬の硬直という隙を晒すゴグマを股下から襲った。
下から掬い上げる様な一撃は、まず、ゴグマの股間を直撃。そこにぶら下がっている馬並みの男性器を、無慈悲に粉微塵の血霞へと変える。
男の急所を完全破壊された痛みは想像を絶するが――幸いにも、その激痛を感じることはなかった。
股間から入った『撃震』は、たっぷりと肥えた脂肪と、分厚い筋肉と、そして何でも消化し吸収する強靭な腸を抱えた腹部を、そのまま吹き飛ばす。まるで、腹の中でダイナマイトが爆発したかのような、弾け様。
下半身を丸ごと失い、ゴグマは完全に沈黙。自らの血肉で作られた鮮血の海に溺れながら、意識が薄れゆくのみ。
「がぁあああああああああああっ!」
ハンマー大ゴグマの上半身が床へと落ちるのを見届けることなく、芽衣子はすでに、立ち上がろうとしている最中だった斧大ゴグマへのトドメに向かっていた。
あと1秒、相棒のハンマーが芽衣子を止めていれば、体勢を立て直すのも間に合った。だが、現実には、立ち上がる途中にある無防備な自分に向かって、勢いよくハルバードを振り上げる狂戦士が目の前にいる。
成す術など、あるはずなかった。
振り下ろされた『破断』は、丸太の様な太さのゴグマの首も、難なく跳ね飛ばす。
盛大に噴き上がる鮮血のシャワーを背景に、芽衣子は転がり落ちてきたゴグマの首を、蹴飛ばした。
敵に対する恨みがあったワケじゃない。死者を冒涜したかったワケでもない。
ただ、次の獲物を狙うのに、ちょうどいい道具だったから、利用したまでのこと。
頭蓋骨にヒビが入るほどの強烈な脚力によって蹴り飛ばされた斧ゴグマの生首は、投石機で飛ばされた大岩のような勢いで、隣の戦場へ飛んでいく。
「ムガァアッ!」
横合いから飛んできた仲間の首を、風の魔剣を振るうゴグマは、軽く刃で弾いてみせた。
剣士ゴグマは、余計な邪魔が入ったことに不満げに鼻をならしながら、自分の相手である二人へと向き直る。
明日那と美波のコンビを相手に、戦力が拮抗している以上、ゴグマもそう易々と注意を逸らせない。
だからこそ、もう彼の運命は決していた。
「はぁあああああああああああああああああああっ!」
生首の直後に飛び込んできたのは、狂戦士の一撃。
真紅のオーラを纏った、異常な殺意の塊を前に、さしものゴグマも注意を向けざるを得ない。
本来なら、その隙を晒しただけで、明日那と美波に襲われて、致命傷を受けるはずだった。しかし、二人は動かなかった。否、動けなかったのだ。
芽衣子の圧倒的な力の発露を前に、美波の足はすくんでいた。明日那にいたっては、ガチガチと歯を鳴らしながら、全身に震えが走って、もう身動き一つとれない有様。
結果、狂戦士と剣士の一騎打ち。
同じ程度の実力を誇る二体を、瞬殺してきたのだ。決着は一瞬でつく。
「ギィイイイガァアアアアアッ!」
閃く真紅の一閃。
まず、足首を切られて、体勢が崩れる。
次に右腕を切り飛ばされて武器を失う。
体が石畳へと倒れ込んだ時には、脳天に深々とハルバードの刃が叩きこまれていた。
「バラ・バラダ・――ブラドーヴァ!」
直後、魔術士クラスのゴグマが詠唱を叫ぶ。三体もの仲間が殺され、流石に危険度の優先順位を、狂戦士へと変えざるを得ない。
桜と涼子と小鳥の三人組を相手にしていた魔術士ゴグマは、彼女達に対して大きな炎の壁を張ることで、一時的に守りを固め、剣士を倒した直後の狂戦士へ、火力を集中した。
轟々と迸る火炎の竜巻。巻き込まれれば、骨まで焼け焦がす大火力。
「おぉおおおああああああああああああ!」
しかし、灼熱の炎の真正面から、突っ込んでくるとは流石に予想外であった。
芽衣子は両手で『ダークタワーシールド』を正面に構えて、炎の竜巻の中を突っ切っている。女子としては破格の大柄な芽衣子だが、リビングアーマーの大盾は、彼女の全身を覆うだけの大きさがあった。
際どいタイミングで炎に襲われたため、剣士ゴグマの頭に叩き込んだハルバードは引き抜く暇はなく置き去りに、芽衣子は盾のみを頼りに、魔術士ゴグマへと襲い掛かる。
「ウガ、ブギラ!」
炎の魔法を力技で突破した芽衣子は、その勢いのまま、魔術士ゴグマへと体当たり。ガツン、という鈍い音を立てて、タワーシールドがゴグマの胴体と正面衝突。
「ブウッ、グ、オガ――」
剣士と戦士のクラスであるゴグマでも、今の芽衣子のパワーに押されていたのだ。同じゴグマとはいえ、魔術士クラスが力で勝てるはずもない。
体当たりをぶちかまされた勢いのまま、魔術士ゴグマは倒れ込み――気づいた時には、拳を振り上げた狂戦士が頭の上に、
「はぁああああああああああああああっ!」
黒く渦巻くオーラの拳『鎧徹し』が、ゴグマの顔面を貫き、絶命させた。
これで、四体のゴグマは全て死亡。残るは、勇者と激戦を演じる、四つ腕の大ボスゴグマ一体のみ。
「ふ、双葉さん、もう……」
もうこれ以上、一人で戦う必要はない。すでに戦いの趨勢は決した。後は全員で協力すれば、この大ボスは問題なく倒せる。
しかし、悠斗は止める言葉を言い切ることはできなかった。
「ふぅー、ふぅ……」
荒い息を吐きながら、芽衣子は腰の後ろに差していたサブウエポンの『人斬り包丁』を抜き放つ。いまだにメラメラと赤いオーラを発する彼女の目は、悠斗ではなく、ただ真っ直ぐと大ボスゴグマしか見つめていなかった。
言葉では、止められない。
そして何より、狂戦士の戦いに、誰も割って入ることはできないのだと、悠斗も、他の誰もが、認識した。
「うぉおああああああああああああああっ!」
「ォオガァアアアアアアアアアアアアアアッ!」
最早、どちらが人で、どちらが魔物か分からない。激しい雄たけびをあげならが、狂戦士と四つ腕のボスがぶつかりあう。
剣が、斧が、ハンマーが、同時に、あるいは連続的に、間合いへ飛び込んできた芽衣子を襲う。彼女の武器は、ハルバードに比べれば、遥かに小さな刃の包丁。どれも巨大で、さらに強力な能力を持つボスの武器と打ちあうには、あまりに頼りない。
しかし、これはただの包丁ではなく、『人斬り包丁』である。血に飢えたその刃は、強大なボスの武器とも真っ向から渡り合う。
「ふっ、ぐ、ぬぅうううううううっ!」
「グハハ、ウォガァアアアアッ!」
しかし、手数が二倍の四本腕を相手にすると、流石に分が悪い。押される。小太郎秘蔵の試薬Xによって、リミッターが外れたような力を発揮する芽衣子でも、大ボスゴグマの手数とパワーは簡単に覆すことはできない。
「ブラ・ダブラ・ディゴラ――ジグラズドッ!」
そこへ、四本目の腕に握られた、魔法の杖が雷を放つ。バリバリと迸る稲妻は、蛇のようにうねりながら、肉薄する芽衣子を正確に狙う。
魔法の行使と同時に、武器を振るい続ける大ボスゴグマを前に、芽衣子は回避も防御も許されない。
「――弾けっ、『反射』っ!」
そこへ、勇者の剣が割って入った。
芽衣子の背中を襲うはずだった雷の束は、悠斗の振るう光の剣によって、ことごとく打ち払われた。
「ごめん、双葉さん、動くのが遅れた。俺も戦う、いや、俺なら、君に合わせて戦える」
芽衣子に礼の言葉はない。だが、彼女が一瞥だけしてくれただけで、悠斗は十分だった。
「はぁあああああああああああっ!」
「うおぉおおお――『一閃』っ!」
二体一となり、形勢逆転。元々、ボスは悠斗一人を相手に拮抗状態だったのだ。ここに、狂戦士が加われば、捌き切れる限界を越えるのは明白であった。
「ムガッ、ブグッ、ヌガァアアアアアアアアアアッ!」
四本腕による連撃も、勇者と狂戦士の二人を相手に振るわれれば、手数は半分、普通の相手をするのと大差はない。そして、その程度の力で、この二人の猛攻を抑えるには、到底足りなかった。
「がぁああああ――ふんっ!」
「そこだ――『三裂閃』」
赤いオーラが渦巻く『人斬り包丁』の一閃が、右腕を切り飛ばす。光り輝く剣から繰り出す高速の三連撃が、左腕を寸断する。
ボスは両腕と、剣とハンマーを失った。単純に戦力は半減。戦いの趨勢は、一気に傾く。
「ヌグググゥ……ゴブル・ゼン・ジブラルガ――」
「あっ、危ない! 蒼真君、逃げて! ボスが自爆しようとしてるよーっ!」
小鳥遊小鳥の叫びに、踏み込もうとした悠斗の足が止まる。
勝負は決したことを、ボスもまた悟ったのだろう。このままでは勝てない。ならば、強敵達を諸共に道連れ。魔物であっても、大勢のゴーマを率いる王としての矜持、または、戦士としての誇りがあるのかもしれない。
その精神性は、悠斗としても素直に讃えられるものだが、それに巻き込まれて死んでやるつもりは毛頭ない。故に、後ろへ退く。
「うぉおおおああああああああああああっ!」
しかし、狂戦士に後退の二文字はありえなかった。
自爆用の魔法が走り始めた雷の杖が眩しく発光しつつ、ボスは残った斧一本を振り回して、発動までの最後の時間を稼いでいる。
「双葉さん! くそっ――」
ボスは意地でも倒れない。芽衣子であっても、あと数秒で完全にボスを殺し切るのは難しい。かといって、今の彼女を抱きかかえて、逃げるだけの余裕もなかった。
「兄さん、逃げて!」
一瞬、桜の声に甘えそうになった自分を、悠斗は心の底から恥じた。
逃げられるか。この状況で、自分だけ、逃げてなるものか。
双葉芽衣子を、彼女も守ると、誓ったばかりだ。今こそ、彼女を守るべき時。
覚悟が決まれば、不思議と力は湧いてきた。手にした光の剣に、更なる輝きが宿る。
「――『刹那一閃』っ!」
迸る、白い光の斬撃。長大な輝く刃は、壊されまいと高々と掲げた、ボスの握る雷の杖を、腕ごと消し飛ばす。
超威力の必殺技をピンポイントで狙い撃ち、もとい狙い斬れたのは、ただの偶然か。あるいは、誰かを守るために呼び起された、新たな勇者の力か。
「グガッ、ブゥウウウガァアアアアアアアアっ!」
ボスの叫びは、腕を消滅させられた苦悶の声か。それとも、道連れの自爆技を止められたことの無念か。
最後の雄たけびを上げるボスに向かって、狂戦士がトドメの刃を振り上げていた。
今の芽衣子には、誰の声も届いていない。
自爆を見切った小鳥の叫びも、桜の兄を呼ぶ声も、悠斗の決死の援護も、そして、目の前で死に抗うボスの絶叫も。
クスリを使って暴走したとは思えないほど、芽衣子の頭の中は冷静だった。心が落ち着く。
それは、声を聞いたから。
「殺せ」
確かな殺意の籠った声だった。
「斬れ」
自分でも、仲間の誰でもない声。
「切って、斬って、殺せ」
男のものか、女のものか、判然としない謎の声音だった。けれど、その言葉は確かに芽衣子の耳に届いた。
否、頭の中に響いていた。それはさながら、神の声のように。
「斬り殺せぇええええええええええええっ!」
殺意の叫びを、芽衣子はどこまでも落ち着いた心で聞き届けた。
「うん、いいよ」
子供の我がままを叶える、母親のような気持ちで、そう心の中で答えた。
「斬ってあげる。殺してあげる。私が、この手で――」
それは、ただの慈悲でもない。気まぐれでもない。芽衣子には分かっていたから。それが、一番、お互いにとっての利益になると。
「――だから、力を貸してね、『人斬り包丁』」
そして芽衣子は、呪われた武器『人斬り包丁』の声を聞き届け、その力を引き出すに至った。
『声を聞く者』:遥かなる声を聞け。拒まず、狂わず、しかと聞き届けよ。
天職『狂戦士』となって得た、三つ目の初期スキル。頭の中に刻まれた、その説明の通り、芽衣子は呪いの声を、拒まず、狂わず、しかと聞き届けてみせた。
故に、握った『人斬り包丁』から、力が湧き上がる。
ジワジワと火だねが燻り、そして、いよいよ火が点いて広がったように、その刃から、黒いオーラが噴き出した。
すでに放出されている真紅のオーラと、呪いの力の具現である漆黒のオーラは、互いに混ざり合い、赤黒い禍々しい揺らめきとなって、刀身を迸っている。
抑えきれないほどの、力がみなぎる。
いや、抑える必要などない。この力を全てぶつけるに相応しい敵が、もう、目の前にいるのだから。
「――『黒凪』」
その一撃は、ボスの首を薙いだ。
あっけなく飛ぶ、一つ目に雄々しい二本角の頭。一撃必殺とばかりに、綺麗に命を刈り取り、勝負を決した。
しかし、一度解放された力は、それだけでは収まらなかった。
「あぁあああああああああああああああああああああああっ!」
返す刃で、首元に突き立てる。深々と差し込んだまま、思い切り、斬る。ボスの硬質な皮膚、分厚い筋肉、そして身に着けた鎧。全てまとめて、上から下まで切り裂いた。まるで、上着の閉じたチャックを下ろすかのように、軽々と『人斬り包丁』の刃は通り過ぎて行った。
胸と腹、胴体を真正面から切り開かれて、ドっと噴き出る血飛沫と、零れ落ちる臓物の数々。
芽衣子は、目の前にいっぱいに広がる、赤黒い血肉の塊に向かって、さらに刃を振るった。
「うぅうううがぁあああああああああああああっ!」
切って、切って、斬りまくる。刺して、引き裂き、八つ裂きに。
芽衣子の凶行を止められる者は、誰もいなかった。
鮮血の嵐の中で、踊るように刃を振り続ける彼女の姿に、流石の悠斗も声のかけようがなかった。
「――ふぅ、はぁ……あぁ……お腹、空いたな……」
どれだけの間、その凄惨な解体ショーを見せつけられたのか。時間の感覚がマヒしそうな中で、芽衣子のつぶやきと共に、それは唐突な終わりを迎えていた。
同時に、彼女の体は糸が切れた人形のように、その場にばたりと崩れ落ちた。
「双葉さん!」
真っ先に駆け寄る悠斗。
それに続いて、涼子が正気を取り戻して、その後に続いた。
「双葉さん、大丈夫か! しっかりしてくれ!」
「悠斗君、落ち着いて、彼女は無事よ。前に、似たような状態になったのを見たことあるわ。多分、桃川君のクスリを使ったせいで、体力を大幅に消耗したの。今は、疲れて眠っただけだから」
初めてダンジョンで、小太郎と芽衣子のコンビの遭遇した時のことを、涼子ははっきりと覚えていた。あの時、倒れていた芽衣子は、ゴーマの麻薬を使用したことで、体力の限界を迎えて寝込んでいたのだと、小太郎から説明されている。
今回も同じパターンだというのは、すぐに察しがついた。
「く、クスリって、それって危険なモノなんじゃないのか! 双葉さんの狂いぶりは、どう考えても以上だったぞ」
「桃川君は『呪術師』だから。リスクはあるけど、強力な効果の薬を作る能力があってもおかしくないわ」
「前にも、と言ったとよな? その時は大丈夫だったかもしれないけど、今回はどうなるか分からないじゃないか」
「見たところ、呼吸もしっかりしてるし、脈拍も正常よ。何より、双葉さんは強靭な肉体の『狂戦士』だから、すぐに回復するはず。それよりも、今は一刻も早くコアを回収して、ここを脱出しましょう」
涼子の冷静な呼びかけに、悠斗も頷かざるをえない。
ここで、危険な薬を芽衣子に与えた桃川小太郎に対する疑念を深めている暇はない。ボスは全て倒したが、芽衣子は倒れ、他のみんなも消耗している。
ゴグマのボス達の戦いに手出しするつもりはなかったのか、城のゴーマ兵達は、まだ戦いの終わった広間へ踏み込んできてはいない。しかし、いつ奴らが雪崩れ込んできてもおかしくはなかった。
涼子の指示で、美波は手早く、倒れた四天王ゴグマと大ボスゴグマからコアを回収し、武器も拾おうとしたところで、大きすぎて誰にも扱えないと察して、諦めて戻ってきた。
「さぁ、行こう! 転移魔法陣のある部屋は、あの階段の向こうだよ!」
美波の先導に従って、悠斗達は死闘を繰り広げた大広間を後にした。
「くそ、結局、俺はまた彼女の力に頼ってしまっただけなのか……」
気を失った芽衣子を背負って走る悠斗に、勝利の喜びは微塵もなかった。背負った芽衣子の体は、今の悠斗にとっては、羽根のように軽い、ただの女の子だとしか思えない。
そのことが、さらに悠斗の心を悔やませた。
自分自身の悩みに沈んでいたからこそ、気づかなかった。背負った芽衣子の、さらにその背中に担がせてきた、彼女の武器にして、ボスを仕留めた『人斬り包丁』が、変化を始めていたことに。
黒いオーラに包まれた中で、その刀身が、さらに長く、分厚く、凶悪に、進化を果たす。
『八つ裂き牛魔刀』:人も魔物も、等しく切り裂く牛刀。




