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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第10章:幻惑
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第131話 ゴーマ城の戦い

「こっそり忍び込むなら、やっぱり『盗賊』の私だよね!」

「ええ、美波にしかできないことだわ。でも、くれぐれも無理だけはしないで。収穫がなくても、無事に戻って来るのが第一よ」

 ゴーマの城の下調べは、ほぼ夏川さんに一任することになった。まずは、出来る限り潜入ルートを探って欲しい。

 幸い、ゴーマ城の近くにも妖精広場があったので、身を隠すにはうってつけ。自分達の町のすぐ傍にある妖精広場のある遺跡の建物だが、魔物であるゴーマは明らかにここの近くを避けて通っているのだ。俺達が直接、出入りするところさえ目撃されなければ、奴らが襲ってくることはない。

 ここの広場では、主に夏川さんの情報待ちとなるので、俺達にできることは少なかった。せいぜい、いざという時に夏川さんが撤退する援護ができるよう、いつでも飛び出して行けるよう準備しておくくらい。何かあれば、スマホで電話できる。連絡手段があると、多少は心も落ち着く。

 そうして、二日ほどかけて探りを入れ、いよいよ決行の時が来た。

「夜は城の周りまでしか見張りはいないから、テント町は簡単に抜けられるよ」

 一般ゴーマの居住区であるテントの町は結構な広さだが、夏川さんの調べ通り、夜になると全員ぐっすりと寝静まるので、誰にも見つからずに通り抜けるのは難しくない。

念のために、目立たないようテントにも使われている大きなボロ布をマント代わりに纏ったりもした。勿論、この布をチョロまかしてきたのは、夏川さんである。流石は盗賊。

 息を潜めて、ゆっくりとゴーマの居住区を進む。原始的な生活を営むゴーマだから、夜になると灯りは一切ない。煌々と篝火が焚かれて、夜間でも警備体制が敷かれているのは中央のピラミッド城だけだ。

 天職のお陰か、月灯りだけでもさほど夜闇を進むのに苦労はしなかった。『盗賊』の夏川さんは明らかに夜目が利くようになっているけれど、俺と明日那、それと双葉さんも結構なものだ。一方で、やはり魔術士クラスな委員長と桜はそれほどでもなく、小鳥遊さんに至ってはやはり常人並みであった。

 委員長に手を引かれて歩く小鳥遊さんは、何度かテントの周囲に散乱しているゴミなのか道具なのか分からないモノに躓いたり、蹴っ飛ばしたりして、音を立ててしまったが……どうやら、ゴーマ達の眠りは深いようで、見つからずに済んだ。

「みんな、ここからが本番だよ! 城に潜入する時は、もう見つからないことよりも、スピード勝負だからね!」

 テント町を抜けて、いよいよ城のある中央へとやって来て、夏川さんはあらためて宣言する。城の周囲には、他の集落とはけた違いに高く、大きな木でできた柵で円形に囲われており、幾つも櫓が立っている。

 櫓に陣取るのは、どれもゴーヴの精鋭兵。二人一組で櫓に立ち、周囲一帯を見渡している。もし、テント町を進んでいる時に『光精霊ルクス・エレメンタル』で灯りをつけていたら、一発で奴らに見つかったことだろう。

 しかし、監視の視線すら何となく分かるという夏川さんの巧みなルート選択によって、俺達は無事に柵が建つ地点までやって来れた。

「私が上の兵士を倒してくるから、柵は明日那ちゃん、お願いね」

「ああ、任されよう」

「それじゃあ、三十数えたら突入して」

 そう言い残して、夏川さんは凄まじい勢いで垂直の木柵を音もなく登って行った。三十秒きっかりで、夏川さんはここのすぐ上に建っている櫓へと乗り込み、二体の射手ゴーヴを始末してくれる。

 その間に、明日那が柵をぶった斬って、進入路を開くのだ。

 ちなみに、俺と明日那のどっちが柵を切るかはジャンケンで決めた。俺は負けたので、活躍の機会を譲ることに。

「――疾ッ!」

 武技でもない、ただの斬撃。しかし、明日那の振るう『清めの太刀』は見事に丸太の柵を切り刻み、綺麗に人が通り抜けられるだけの空間を開いてみせた。

「お見事、明日那」

「ふん、今の力があれば、鉄でも切り裂ける。この程度、ワケもない」

 言うものの、ちょっと褒められて嬉しそう。分かるよ、俺もこれやったら絶対、ドヤ顔しちゃう。

「――っと、さぁ、あそこの入り口に急いで!」

 忍者のように、上空からシュタっと降り立った夏川さんが、すぐに走り始める。

「みんな、行くぞ!」

 櫓の見張りを排除し、本来の門とは違う場所から潜入したお蔭で、まだ警備兵には見つかっていない。

 遮蔽物もなく、篝火で照らされた場所を突っ切るしかないが、今、この瞬間なら見つからずに城内へと滑り込めるかもしれない。急ぎながら、それでいて、できるだけ足音はたてないよう、俺達は一列になって走り抜け――

「きゃっ!?」

 あまりに緊張しすぎたのか、小鳥遊さんが道半ばで転んでしまった。転倒の衝撃による悲鳴と、倒れた音が、静かな夜に響く。

「ブゲラ、ウゴッ、ヴェァアアアアアアアアっ!」

 瞬間、耳障りなゴーマの声がけたたましく上がる。考えるまでもなく、俺達は見つかった。

「しまった、みんな急げ!」

「あ、うぅ……ご、ごめんなさいぃ……」

「謝るのは後だ、行くぞ小鳥!」

 すでに涙目の小鳥遊さんを明日那が拾い上げ、猛ダッシュで入り口へと向かう。俺達ももう足音を消す意味はないとばかりに、全力疾走で走り出した。

「ゲバァアアア!」

「ウォガァアアア!」

 すぐにゴーマとゴーヴの兵士がすっ飛んでくるが、ギリギリで城の入り口へ滑り込むことに成功した。

「頼んだ、委員長!」

「よし、全員入ったわね――『凍結防壁アイズ・ウォルデファン』」

 入り口となる通路を、委員長が放つ氷属性の中級防御魔法で塞ぐ。分厚い氷の壁が二重三重となって、通路を完全に埋め尽くす。

 よし、これで外の奴らはしばらく入っては来れない。

「この先にゴーマのボスがいるみたいだけど、私もここから先に進むのは初めてだから、何があるか分からないの。みんな、気を付けてね!」

 流石の夏川さんも、城の中を全て調べることはできていない。それでも、最上階の天辺に通じる階段が、内部からしかない、というのを突きとめてくれただけで十分だ。

 俺達はピラミッドの内部中央へ続くと思われる通路を、途中で立ち塞がる警備兵を斬り伏せながら進んで行く。

 そうして、ついに開けた大きな空間へと出た。

「グブブ、ボハハハハ!」

 そこには、明らかにゴーマのボス……確か『ゴグマ』というのだったか。そんな、デカい奴がいた。

 身長は3メートルを越えるほどで、相撲取りのような体型だ。頭から生える捻じれた一本角に、ゴーヴよりもさらに獰猛な顔つきとなっている。

 丸太のように野太い手には、その巨躯に見合ったサイズの武器を握っている。両刃の大剣、だが柄の部分に緑色の目立つ宝玉がついていることから、恐らく、風属性の魔法を使う、魔法の武器だと思われる。

 しかし、一番問題なのは、このボスであるはずのゴグマが……この広間に4体もいることだ。

「アブル、ゼバ、ブルォオオアアアアアッ!」

 いや、本当のボスは、一番奥にいた。

 4体のゴグマと比べ、さらに大きい、身長と体格を誇る。しかも、大きいだけでなく、目は一つで、猛牛のような大きな二本角。ゲームに出てくるサイクロプスとミノタウロスとか、そういうのを合体させたような印象だが、他にもっと目立つ特徴があった。それは、コイツの腕が四本もあること。

 四本の腕には、それぞれ、剣、斧、ハンマー、そして魔法の杖を握りしめている。

「俺があの四つ腕を止める。その間に、みんなはできるだけ早く他の四体を倒してくれ」

 委員長の氷の壁で、自ら退路は塞いできた。退くことはできない。どんな敵が現れようとも、俺達はここを進むより他はないのだ。

「分かりました、兄さん」

「それしかなさそうね」

 四本腕の大ボスゴグマに、四天王染みたゴグマ4体。これまでにない数で襲い来る強大な敵を前にしながらも、みんなは即座に覚悟を決めて武器を構えた。

「よし、行くぞっ!」

 手加減など、できる余裕は全くなさそうだ。最初から、全力で行かせてもらう!

 かくして、ゴーマ城の決戦が始まった。

「――『光の聖剣クロスカリバー』っ!」

「ブゥウラァアアアアアアアアアっ!」

 輝く白き光の刃は、四つ腕ゴグマが怪力をもって繰り出す、風の大剣も、震動するハンマーも、灼熱の斧も、そのことごとくを真正面から受け、弾いてみせる。

 圧倒的な体格差はパワーの差となり、四本ある腕もそのまま四倍の手数だ。普通ならロクに打ち合うこともできず、軽く叩き潰されるだけだが、俺はこの光の剣一本だけで渡り合う。

 そう、今の俺は『光の聖剣クロスカリバー』の力を借りて、ようやくボスと対等に戦えているだけなのだ。一進一退の攻防、というより、俺の方が押されている。

 奴は自分の巨躯も四本の腕も、おまけにそれぞれの武器も、しっかりと使いこなしている。達人のような術理こそないものの、十全に武器を振るい、ある程度の武技と魔法まで行使してくるのだ。

 一方の俺は、まだまだ『光の聖剣クロスカリバー』を使いこなすには程遠い技量でしかない。相手と同等の力があるだけでは、それを扱う力量に劣る俺の方が不利である。

 ダメだ、正面から切り合うだけでは、押し切れない。

「ブラ・ダブラ・ディゴラ――ジグラズドッ!」

 四本目の腕に握る杖から、俄かに雷光が迸る。意味不明のゴーマ語、だが、明らかに魔法の詠唱らしき旋律を謳っている。奴は魔法の武器に頼るだけでなく、ゴーマ流の魔法を修めた魔術士でもあるのだ。

 一旦、俺が奴の間合いから離れても、休むことを許さないように雷の魔法でしつこく追撃をかけてくる。杖の先端に輝く紫色のオーヴから、バリバリと何本もの雷が鞭のように襲い掛かってくるのを、どうにか避けたり防いだりするが……それもいつまでもつか、自信がない。

「くっ……強い……」

 恐らく、強さとしては宮殿エリアで完封してきたリビングアーマーのボスとそう大差はないはず。しかし、やはり一対一での正面対決となれば分が悪い。

 これが、今の俺の限界か――歯がゆい思いは焦りを生むが、しかし、これくらいの劣勢で心を揺らがせるほど、俺だって甘くはない。

 今は無理をする時ではない。耐える時だ。そう、俺は一人じゃない。仲間を信じて、コイツの猛攻を食い止め続ければそれでいい!

「俺は、いいや、俺達は負けない!」

「ムゥガァアアアッ!」

 仲間を信じる鋼の心をもって、俺は光の剣を振るい続けた。




 四つ腕の大ボスと光の剣を振るう悠斗は、嵐のように激しい攻防を大広間の中央で続けている。ここは身長3メートル越えのゴグマが暴れ回っても、尚、広々とした面積を誇る。広さだけなら、野球ドームほどもあるだろう。

 その広大な広間では、それぞれが散って激戦を繰り広げていた。

「――っ!? 大きい魔法が来るよ! 気を付けて!」

 小鳥の叫びに応じて、桜と涼子は素早く防御魔法の行使に踏み切る。

「――『氷結大盾アイズ・アルマシルド』」

「――『輝光防壁ルクス・ウォルデファン』」

 瞬時に突き立つ氷の壁に、白く輝く光のカーテンがかかる――直後、轟々と唸りを上げて火炎の竜巻が到来。ゆっくりと舐めるように、灼熱の渦は防御魔法を横薙ぎに振るわれ、瞬く間に守りの輝きを吹き散らし、凍てつく氷壁を溶かしていく。

「ギリギリだったわね」

「小鳥、無事ですか?」

「だ、大丈夫だよ!」

 展開させた防御魔法をほぼ壊されたが、どうにか炎の竜巻攻撃を凌いだ。三人の額に流れる大粒の汗は、熱風に煽られたせいだけではないだろう。

 思えば、桜も涼子も、正統派の魔術士を相手に魔法で真っ向勝負、という経験は今回が初めてであった。火を噴く魔物は珍しくないが、このダンジョンで詠唱を口ずさみ、杖を振るって魔法を放つ敵というのは非常に限られる。

 その稀有な例が、今正に二人が、いや、小鳥も含めて三人で相対しているゴグマの炎魔術士である。

 真っ赤なカラーリングの錫杖のような杖を振り回し、次々と灼熱の猛火を放ってくる魔術士ゴグマは、その火力だけならケルベロスの火炎放射を上回る。さらに、炎魔法を扱うが故に、放つ火炎の形状は多種多様。爆発する火球であったり、鋭く何連発もできる火の矢であったり。あるいは、今辛うじて防いだように炎の竜巻であったりもする。

 こちらは魔術士二人とはいえ、火矢が一発でも直撃すれば即座に戦闘不能となる。対して、ゴグマは魔術士クラスといえども、その巨躯は見た目通りに頑強。すでに『光矢ルクス・サギタ』と『氷矢アイズ・サギタ』を何本もその身に受け、出血や火傷を強いているのだが、さして効いている様子はみられない。

 かといって、こちらも中級以上の攻撃魔法を放てば、向こうも危険を察知して防御魔法でガードする。その展開速度とタイミングは、こうした魔法合戦に慣れていることを感じさせる。魔術士として、単純に魔法戦闘での経験も向こうが上のようであった。

 桜も委員長も、ゴグマの火力と防御力の前には決め手に欠けるのは当然。普通なら、とっくに競り負けているところだったが、『賢者』小鳥が『魔力解析』によって相手の魔法行使の一手先を読んでくれるから、何とか凌げているというのが現状だ。

 小鳥が攻撃と防御に必要な情報を教えてくれる、さらに、隙を見てゴグマが味方を援護しようとするのも見切って、何とか悠斗たちへ援護射撃をするのを防げている。

「このままでは埒が明きませんね……」

「けど、桜が治癒魔法でフォローできているだけ、まだマシでしょう」

 唯一、こちらが勝っているのは、桜が行使する治癒魔法である。

 桜は魔術士同士の魔法戦こそ素人ではあるが、悠斗や明日那のような剣士の戦いはよく見慣れているし、自分も多少なりとも剣術の心得はある。その経験のお蔭で、ここぞというタイミングで、ボスと激戦を演じている悠斗達へ最低限『癒しの輝きヒーリングライト』をかけることだけは成功している。

「しかし、それでは私達の方も救援待ちということになってしまいます」

「今の私達じゃあ、アイツを止めるだけで限界よ。何とか、美波と明日那に突破口を開いてもらうしかないわ」

 悔しいが、どうあがいてもこれ以上のフォローは味方にできないし、三人でこのゴグマを打倒することも叶いそうもない。

「信じるしか、ないのですね……」

 自らの未熟、力不足に歯噛みしながらも、桜には一縷の望みを託して、隣で激しい戦いを演じる明日那と美波へ『癒しの輝きヒーリングライト』を施すことしかできなかった。




「うわぁーっ、痛ったぁ……くない!?」

「桜の治癒か。命拾いしたな、夏川」

「ありがとー桜ちゃーん!」

 意外と元気で余裕のありそうな夏川美波だが、このテンションを無理にでも維持しないと、心が折れてしまいそうだった。桜の『癒しの輝きヒーリングライト』が間に合ったから良かったものの、今さっき、美波が受けた一撃は戦闘継続が困難になるほどの手傷であった。

「フォガ! ムゴ、ウゴァアアアア!」

 美波と明日那の二人が相手にしているのは、四つ腕ボスが握る剣と全く同じ、風魔法の宿る大剣を持つ、剣士ゴグマだ。力士のような体型の上に、身の丈3メートルもの巨躯を誇りながらも、そのスピードは驚異的。圧倒的なパワーで繰り出される斬撃と、風の魔法によって放たれる『風刃エールサギタ』の合わせ技は、美波と明日那を追い詰めていく。

「それにしても、頑丈な奴だ」

「ううー、まだ倒れてくれないよー」

 前衛二人で、一人の敵を相手にしている。現在、この広間で行われている戦闘では最も恵まれた状況なのはここである。

 剣士ゴグマは強敵だが、いざという時に桜が治癒魔法をかけてくれるし、敵の剣が宿す風魔法の情報を小鳥が叫んで教えてもくれた。巨大な風の刃で薙ぎ払うという、敵の必殺技に気を付けながら、二人は果敢に攻撃を仕掛ける。

 美波は『ワイルドバンデッドナイフ』で刻み、深々と背中に突き刺してきた『ショッカーボルト』が今も電撃を発し、さらには『海魔の水流鞭』に仕込まれた毒も喰らわせている。

 明日那は『清めの太刀』でさらに深く切り裂き、突き刺し、出血を強いて、『フレイムレッドサーベル』で焼き焦がす。

 二人の猛攻を受けて、剣士ゴグマの肉体は毒と痺れに蝕まれて運動能力は確実に低下し、体には無数の切り傷を受け、さらには黒焦げとなった火傷も大きく広がっている。満身創痍という他はない見た目だが……

「ブガ、ブゴッ、ヴンガァアアアアアアアアアッ!」

 全く、攻撃の勢いは衰えない。むしろ、血が流れ出る度に、怒りと興奮でヒートアップしていっているようだ。

 それでいて、頭部などの急所への攻撃だけはしっかりと防ぎきっている辺り、完全に狂っているわけでもないらしい。

「まずは一体、早く倒して突破口を開かなければならないというのに……」

「もぉー、しつこい! 早く倒れて、よっ!」

 過ぎ行く時間に焦りを覚えつつも、二人はひたすらに暴れ回るゴグマを切り続けるより他はない。

 一刻も早く、目の前の敵を倒し、仲間を、悠斗を助けなければ――そう、ここで戦う誰もが思っていた。強大な敵と、これまでにない不利な状況での戦いで、目の前の相手で精一杯。

 桜も委員長も明日那も美波も、そして、悠斗でさえ、他に目を向ける余裕さえなくなっていた。故に、誰も気づかない。

 四つ腕の大ボスは悠斗が。魔術士ゴグマは桜と委員長と小鳥が。剣士ゴグマは美波と明日那のコンビが。

 しかし、この広間で待ち構えていたゴグマは、まだあと二体いる。

 ハンマーを持つ者と、斧を持つ者。ただでさえ一体相手に拮抗状態のメンバーだ。どこかの戦いに、どちらか一体だけでも乱入すれば、即座に戦局は覆される。

 しかし、いまだにどのメンバーも敵を相手に互角の戦いを演じ続けている。

 ならば、ハンマーと斧の二体はどこに消えたのか。

 否、消えたのではない。彼らもまた、戦っている。

 激戦が繰り広げられる大広間、その一角で、『狂戦士』双葉芽衣子は、たった一人で、ハンマーと斧のゴグマを、二体同時に相手をしているのだった。




「ぜぇ……はぁ……」

 流石に、息が切れた。

 ここのところ連戦連勝で、リビングアーマーは強敵の部類に入ったが、強力なパーティメンバーのお蔭で苦戦すらしなかった。

 しかし、今は誰からの援護も望めない単独で、一体でボスモンスターに匹敵する力を持つゴグマを二体同時に相手をしている。

 桜の治癒魔法すら、一度も飛んでこない。いかに『狂戦士』といえども、苦戦は免れない強敵の揃い踏みであった。

「こんなのは、鎧熊以来かな」

 命をかけて、勝てるかどうかギリギリの戦いを最後に経験したのは、蒼真桜達と合流する直前に遭遇した鎧熊との戦いであろう。

「はぁ……小太郎くん、今どうしてるのかな……」

 一瞬でも気が緩めば、思い出すのは彼のことばかり。考えただけで、胸がいっぱいになり、そして、すぐに不安感と恐怖とで泣きだしてしまいそうになる。

 一言で言って、情緒不安定。自分でもはっきり、そう自覚できてしまうほどに重傷だ。

 戦いの最中であるにも関わらず、そうして自身の感情に振り回される芽衣子は、殺意をもって繰り出される凶器を前にしても、ソレに気づいていないかのような亡羊とした顔。

「ウォガッ!」

 確実に殺った、と燃え盛る斧を振るうゴグマは思っただろう。

 しかし、直撃の寸前で滑り込むように動いた黒い盾によって、渾身の一撃は弾かれる。いや、受け流される。スルリと滑るように直撃軌道は逸らされ、灼熱の火炎を纏う魔法の斧の刃は、虚しく石の床を叩き割るだけに終わった。

「ムガァアアアアアアアッ!」

 相方の一撃が空を切った隙を埋めるように、超震動によって触れるモノをことごとく粉砕する能力を持つ巨大なハンマーヘッドが芽衣子を襲う。

「ふっ、むん!」

 対するは漆黒のハルバード。人間が持つにはかなり大型の刃を備えた長柄武器だが、ゴグマの体に合わせて造られたハンマーと比べれば、随分と細く、小さく見えてしまう。

 しかり、芽衣子が片腕で握るハルバードは、ゴグマが両手持ちで振り回すハンマーと真っ向から打ち合い、弾き、逸らす。

 そこに宿るのは、狂戦士のパワーだけでなく、ハンマーと同じく震動能力を誇る武技『撃震』が込められているからだ。

「ふぅ、はぁ……」

「ブグルル……」

「ムググ……」

 強い、と、芽衣子も、ハンマーと斧のゴグマも、全員が思っていた。この一方的に見える様な二体一の戦況だが、実質、限りなく拮抗状態にある。

 芽衣子は『狂戦士』として、悠斗のパーティ内では随一の腕力を誇る。自慢する気などないが、それでもパワーには自信があったし、きっとそれが最大の武器であるとも芽衣子は思っていた。

 そのパワーで一蹴できないほど、重く、力強い敵が、このゴグマである。

 しかしゴグマからすれば、人間サイズでありながら、自分達と全く同じ怪力を誇る芽衣子は素直に脅威を覚える強敵であった。もし一対一で戦っていれば、遠からず彼女のパワーだけに押されて負けていたと、こと戦闘に関しては冴える勘が教えてくれる。

 この脅威の腕力を誇る、恐ろしく重くて強い人間の女を、二人がかりで相手できて良かったとさえ思えた。他のところの戦いは、どこも優勢に進んでいるようで、近い内に必ず決着がつく。最終的には、全員で彼女の相手ができる。流石にそれだけの人数差になれば楽勝だ。

 不思議と、悠斗達人間と魔物であるゴーマ達の考えは、全く同じものとなっていた。

「あの時と同じだというなら、使ってもいいかな――」

 追い詰められる。打破するためには、一時的でもいいから、今よりも強い力が必要だった。

 芽衣子は激しい攻撃を捌きつつ、決意を固める。怖くはない。むしろ、心が安らぐような嬉しさすら感じる。

 何故なら、ソレはもう今の芽衣子に残された、唯一、小太郎がくれたモノだから。

「――小太郎くん、私に、力を貸してっ!」

 一瞬の隙をつき、ポケットの中から抜き出した小さな革袋。中には白い粉末が、まだ半分ほど詰まっている。

 使用するのは、これもまた、鎧熊との戦い以来。

 そう、芽衣子は小太郎がいざという時の為に渡した、ゴーマの麻薬こと『試薬X』を使うことにしたのだった。

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