第130話 ゴーマの城
ジャングルを進み始めて、三日が過ぎた。そこらに立ち並ぶ遺跡は、ダンジョンの一部ではあるのだろうが、これまでのようにちょうどいい位置に妖精広場は見つけられなかった。だから、初日と二日目の晩は、順番に見張りを立てて、適当な遺跡の中で宿泊。三日目の今日は、幸いにも、夏川さんの勘によって、崩れかけの遺跡の奥にあった妖精広場を発見した。
やはり、妖精広場の安心感というのは非常に大きいのだと、三日目の夜に誰もが実感した。昨日、一昨日の夜は、いくら見張りを立てているからとはいえ、呑気に安眠とはいかなかったからな。俺も山の中で野宿こそ経験は何度もあるが、それでもかなり気を張って、精神的な疲れがあることを認めざるを得なかった。
こういう時に、強力な魔物と遭遇せずに済んだのは、幸運だったな。もしかしたら、あの空を飛ぶドラゴンが気まぐれに襲い掛かって来るのではないかと、内心で警戒していたものだ。結局、あのドラゴンは最初に目撃して以来、一度も見ていない。あれは偶然だったのか、それとも、縄張りを飛び回るのに何日もかけているのか。ドラゴンに関する情報は、魔法陣のメールでもなかったので、いまだその強さも生態も謎のままだ。
結果的に、ジャングルの魔物を順当に倒しながら、俺達は無傷でここまで進んでこれた。進むごとに、ゴーマ軍団の根城に近づいているせいか、ゴーマとの遭遇率が明らかに上がっている。逆に、他の魔物が姿をみせなくなっていた。この辺はもう、完全にゴーマの縄張りだと考えるべきだろう。
ゴーマとゴーヴを相手するのも飽きてくるほどだが、確かな収穫があった。
それが、『魔石』の発見である。
魔石とは、コアとまた別の種類にあたる、魔力の結晶だ。基本的には火や水、風などの属性に分かれており、衝撃を与えたり、魔力を流したりすることで、そこに込められた属性の魔力が反応する。例えば、火属性の魔石を叩けば、炎が噴き出るのだ。
ゴーマの精鋭戦士たるゴーヴは、この魔石を用いた、単純な構造の魔法武器を使ってくる奴が多かった。主に、矢じりとして利用され、火や雷の矢を放ってくる。たまに、槍の穂先を魔石にしている奴もいた。
魔法陣のメール情報によると、魔石はコアの代わりにはならないとのことだが、俺達にとっては、また別に利用価値もあった。
「これだけあれば、いっぱい練習ができるよ!」
色とりどりの宝石のような輝きを放つ魔石の数々を前に、小鳥遊さんがヤル気をみなぎらせている。
どうやら、この魔石を材料として、魔法の武器を錬成するつもりらしい。
今まで魔法の武器を作るためには、その魔法属性を持つ魔物の素材が必要だった。魔石でも同じように製作、あるいは、今ある武器を強化できるのなら、かなり役立つだろう。
「……ごめんね、失敗しちゃった」
だが、なかなか上手くいかなかった。鉄の剣と火の魔石で、炎の剣を作ろうとしたが、完成したのは、刀身がほんのり温かいだけの剣だった。
どうやら、魔石の一つや二つでは、大した効果は出ないらしい。もっと大きな魔石か、あるいは純度の高いモノでなければ、実戦レベルの威力は引き出せないだろう。
かといって、小さな魔石を大量に投入すれば、今度は錬成そのものが失敗した。まだ小鳥遊さんの腕前では、高い魔力を扱うには足りていないということなのか。
これからのレベルアップが望まれるが……即戦力ではないものの、また別の可能性が開けたりもした。
「んーっ、できた!」
数多の失敗作の果てに生み出されたのは、魔法のアイテムだった。
「魔石だけで、錬成したのか」
「これは、赤い指輪のようですが」
最初の試作品は、火の魔石だけを材料とした、赤く輝く指輪。ルビーのように、透き通った真紅の結晶である火の魔石を、そのままリング状にしたような質感である。
「うん、これをつけると、ちょっとだけ火が出せるよ!」
早速、小鳥遊さんが自分の小さな指にリングをはめて、実践してくれる。
「はぁあああ……ファイヤーっ!」
勢いのある掛け声とともに、小さな火が指の先にポっと灯った。ロウソクに灯った火のような大きさで、強く息を吹きかけたら、消えてしまいそうだ。
うーん……思ったより、ショボい。
「名付けて、『チャッカ・リング』だよ! ふふん、どう? 小鳥、凄い?」
自信満々の小鳥遊さんに対して、一瞬、言葉に詰まる俺。同じく、ノーコメントを貫く桜は、チラチラと俺に視線を向けてくる。こら、こういう時だけ、兄に頼るんじゃない。
「えーっと、その」
「なんだ、大したものじゃないな。その程度なら、ライターで十分じゃないか」
一緒に眺めていた明日那が、親友として忌憚のない意見を述べていた。
「むぅー、明日那ちゃんのバカーっ!」
むくれる小鳥遊さんだったが、何事も小さな一歩からというべきか、このライター並みの火力である『チャッカ・リング』の錬成によって、彼女は新たな魔法を習得した。
『魔導錬成陣』:基礎的な錬成に、自らの魔力によって術式を刻む。永遠なる魔道探究の始まり。
この『魔導錬成陣』によって、これまではほぼランダムのような出来だった錬成が、ある程度、自分の思い通りの形状や効果にすることができるようになった。だが、やはり小鳥遊さん自身の熟練度が足りていないせいで、強力な魔法効果などは難しい。これまでの武器錬成よりも、大幅な強化が望めるのは、まだしばらく先になりそうだ。
だが、小鳥遊さんは『魔導錬成陣』の驚くべき使い道を発見した。
「むっふっふ、これ、なーんだ?」
再び、自信に満ち溢れたドヤ顔で、小鳥遊さんは次なる作品を紹介する。
「えっと、スマホ、にしか見えないけど」
俺は見た通りのことを答える。だって、彼女が手にしているのは、どこからどうみてもスマートフォンに他ならない。ナントカいうマイナーなご当地ゆるキャラのカバーがついたスマホは、小鳥遊さんのモノのはず。
「はい、蒼真君、正解! そうです、スマホです!」
「あれ、でも小鳥遊さんのスマホって、確かバッテリーが切れたって――まさか」
ふふん、と得意げに鼻を鳴らしてから、小鳥遊さんは堂々と宣言をした。
「なんとっ、雷の魔石を錬成すると、スマホが充電できるのでーっす!」
「おおー」
と、素直に感心してしまう。俺と同じように、他のメンバーも素直に凄いと感じたのだろう、興味津々で見ている。
電気とは無縁な異世界ダンジョンに来てから、もうスマホの充電など二度とできないと思い、万一に備えて電源を切って温存していたのだが、まさか、充電できるとは。
「この小さい魔石の欠片みたいなの一個で、なんとフル充電!」
確かに、スマホのバッテリーアイコンはフルになっている。
雷の魔石は、ゴーヴの矢から何個もとれている。今、持っている分だけでも、メンバー全員のスマホを複数回、充電できるだろう。
「これでスマホも使い放題! 電話もかけ放題だよ!」
「いや、小鳥遊さん、電話は無理だよ」
「えっ?」
そんな馬鹿な、と目を丸くする小鳥遊さんの仕草は可愛いが、正直、スマホがつきさえすれば、電話が通じると思っているらしい彼女の考えに、俺は戦慄している。
「だって、電話っていうのは――」
ピルルルッ! と、盛大な着信音がけたたましく鳴り響く。
「兄さんの、鳴ってませんか?」
「ええっ!?」
そんな馬鹿な、と目を丸くするのは俺の方だった。
電源は切ったままで、いつもの癖で制服のポケットに入れっぱなしにしておいたはず。けど、桜に言われるまでもなく、俺のスマホが威勢よく着信音を上げている。ポケットの中で、ブルブル震えているのも分かる。
「う、嘘だろ、本当に通じているのか」
恐る恐る、取り出してみれば、明るいスマホの画面には、小鳥遊小鳥、と大きく書かれていた。
「……もしもし」
「もしもし、蒼真君! 小鳥だよーっ!」
ああ、知ってるよ。眼の前で、無邪気な笑顔でスマホに喋ってるからね。
ダイレクトに小鳥遊さんの声は聞こえるが、俺の耳には、確かに、スマホから彼女の声も聞こえているのだった。
通じている。間違いなく、俺と彼女のスマホは今、通じていることを、認めざるを得ない。
「これは一体、どういうことなんだ……」
「もしかして、小鳥の思い込みが、そのままスマホに魔法として組み込まれたのではないかしら」
俺の疑問に、委員長が真面目に答えてくれた。
「いや、でも、そんな都合よくいくものなのか?」
「それじゃあ悠斗君は、このダンジョンの中に無線基地局があると言う方が納得いくのかしら」
当たり前の話だが、携帯電話、スマートフォンで電話・メールなどの通信をする際は、直接、お互いの端末が無線電波で繋がっているワケではない。たとえ目の前の相手に電話をかけたとしても、携帯端末は最寄りの無線基地局へ電波を飛ばし、そこを経由して、相手の端末に辿り着く。お互いの距離は関係ない。
直接、電波でやり取りするのは、トランシーバーだ。
「分かった、賢者の魔法ということにしておこう」
「ええ、小鳥にはこのまま、勘違いしてもらったままの方が良さそうね。変に理解すると、魔法がかからなくなるかもしれないし」
というワケで、理解と納得、それと口裏合わせを完了。
「凄いよ、小鳥遊さん! これでみんなと連絡できるよ! 早速、みんなのスマホを充電してもらえないかな」
「うん、この『賢者』小鳥遊小鳥に、任せてよ!」
こうして、俺達は魔法のスマホを手に入れた。
小鳥遊さんが『魔導錬成陣』で、スマホを充電。その際に重要なのは、恐らく、充電したらスマホで連絡ができるようになるんだ、と彼女自身が思うこと。その願いにも似た強い思いが、無意識的にスマホへ魔法を刻むのだ。
本当にそんなことで、上手くいくのか。半信半疑ではあったが、実際に、全員のスマホが問題なく電話もメールもSNSも利用できることを確認して、その効果を信じるより他はなかった。
「うーん、でも、ネットも繋がらないし、他の人には電話もかからないね」
「ここは異世界だから、元の世界とは繋がらないのよ。でも、近くにいる人とは、電波が届くから繋がるのよ」
「そっか! そうだよね!」
委員長が完全にトランシーバーの説明で、小鳥遊さんの勘違いを確固たるものとしていた。彼女の通信技術に対する理解の低さは、高校生として嘆かわしいレベルだが、それでも、その勘違いの思い込みが、役に立ったとここは喜ぶべきだろう。
たとえ、近距離の仲間としか連絡ができないトランシーバー状態だろうと、離れた相手と通信する手段を持つ、というのは非常に有用な効果だ。天職が『賢者』であり、そして、それが小鳥遊さんだからこそ誕生した、奇跡のスマホ魔法である。
実際、他のみんなも大喜びだ。ただ一人、残念そうにスマホを握りしめる双葉さんを除いて。
「小太郎くんと、アドレス交換しておけば良かったな……」
俯く彼女に、かける言葉は見つけられなかった。
『チャッカ・リング』と魔法のスマホを開発した小鳥遊さんは、その後も少しずつ魔石を利用した魔法の道具、マジックアイテムと呼ぶべき小物の製作を続けている。即戦力になるような凄い効果のモノはそう簡単にはできないようだが、このまま毎日、練習を続けていれば、彼女ならすぐに様々なマジックアイテムを開発できるようなるだろう。
小鳥遊さんが頑張る一方で、俺達も次なる転移魔法陣があるというゴーマの城を目指して慎重にジャングルを進む。
「――うわわっ、あった! やっぱりあったよ、ゴーマの巣!」
常に先頭を行く『盗賊』夏川さんが、ついにゴーマの住処を発見した。後続の俺達が慎重に進むと、その先には確かにゴーマの住処があるのだった。
目的地である城ではなさそうで、ただの小さな集落といったところか。
ゴーマはスケルトンのように、ダンジョンから自然に湧き出てくる類の魔物ではない。必ずどこかに巣があると、前から予想はしていたが、実物を目にするのは今回が初めてだ。
「巣、というよりは村のようだな」
「そうね。最低限、建築するだけの知能はあるみたい」
鬱蒼と木々が生い茂る密林の中にあって、明確に切り開かれた場所だ。薄汚れた目の粗い布地をかけた、テントのような家屋が所狭しと並んでいる。
周囲には不恰好ながらも、木の杭を地面に突き刺し、蔦のようなロープで固定した木柵も張り巡らせてあった。
「兄さん、どうします?」
「奴らはこちらに気づいてないし、奇襲はできそうね」
ゴーマはさほど脅威にならない魔物だが、数は多いし、奴らにしつこく狙われれば消耗もするし、厄介な存在であることに変わりはない。委員長の言う通り、ここで奇襲を仕掛ければ、今の俺達なら一気に全滅できそうだ。
しかし、ああして集落の中で、ごく普通に子供を抱えて生活している姿をみると、いくら魔物が相手とはいえ……
「いや、ここは無視して、先を急ごう」
「そうですね、余計な戦いは避けるにこしたことはありませんから」
「それもそうね。放っておいても、大した脅威はなさそうだし」
俺のささやかな罪悪感に気づいているのかいないのか。ともかく、桜も委員長も、他のメンバーも納得して、その場は奴らに見つからないよう静かに離脱していった。
こういう小さな集落は、無視していっても問題ない。
俺達の前に必ず立ち塞がるのは、転移魔法陣がある城だ。そこに行きついてしまえば、女子供のゴーマがいようとも、戦場と化すのは避けられない。
「……あれが、ゴーマの城か」
そうして、一週間近くかけてジャングルを歩き回った果て、ついに辿り着いた。
密林の中で、山のようにどっかりとそびえ立つのは、巨大なピラミッド。マヤ文明の遺跡を彷彿とさせる。
石造りの巨大建造物は明らかにゴーマの建築能力を超えており、どう考えてもダンジョン遺跡の一部だ。このピラミッドの頂点を、魔法陣コンパスは指し示しており――そして、ピラミッドは大量のゴーマの兵士が駐留する要塞と化していた。
ピラミッド城を中心として、ジャングル行軍中に見た、ゴーマの集落と同じテントがかなりの範囲で広がっている。ここは最早、集落というより、城下町というべきだろう。
「……兄さん、どうします?」
「あそこを正攻法で攻略するには、ちょっと厳しいかもしれないわね」
流石に桜も委員長も、これほど大規模なゴーマの町を前に表情が暗い。これは、今までのようにダンジョンで遭遇したから戦闘する、というのとはワケが違う。あそこに突撃するのは、ちょっとした戦争だろう。
「けど、先に進むにはあそこに行くしかない。ここは外のジャングルだから、今までみたいに回り道を探すのは無理だろう」
「そうだよ! 私が塔の台座で見たのも、転移魔法陣がありそうなのは、ここしかなかったもん」
小鳥遊さんが、強く断言する。
可能性はないワケでもないとは思うが、台座のマップ機能に引っかからなかったということは、少なくともこの辺の一帯には、他の転移魔法陣も、地下ダンジョンへの入り口もないということだ。
捜索するなら、かなり遠くまで行かなければならない。そして、探したとしても、見つかる保証はどこにもない。
「でも、あそこはちょっと……」
「ああ、多勢に無勢になりそうだ」
夏川さんも明日那も、あまり乗り気ではない感じ。
「うーん、別に大丈夫じゃない?」
しかし、双葉さんだけはいつもの調子で平然と言い放つ。
「双葉さん、あまり軽率な発言は――」
「だって、いつもみたいに、ボスを倒して転移すればいいだけでしょ? あそこにいるゴーマを全部、相手にする必要はないんだから、サっと行って倒して来れば、そのまま逃げられるんじゃないのかな?」
「そんな簡単に……」
半ばあきれ顔の桜だが、双葉さんの言うことも一理ある。
「いや、結局、そうするしか方法はない。できれば、奴らにバレないよう城に潜入して、素早くボスを倒し、コアを入手。それからすぐに、転移で脱出だ」
「そうね……他に道はないのだから、やるしかなさそうね」
あまり乗り気はしないが、一度決めれば話は早い。みんなも不安はあるだろうけれど、それを押し隠して、勇ましく武器を手に立ち上がる。
とはいえ、このまま勢いで潜入に向かうワケにはいかない。出来る限り、下調べと準備を整えるべきだろう。




