第127話 姫野愛莉と山川純一郎
「ああ、良かった、まだちゃんと生き残りのクラスメイトがいたなんて!」
「おう、何か、久しぶりに女子とか見た気がするな」
「山川君と山田君! 二人とも、無事で良かったよ! 大変だったでしょ? とりあえず、広場でゆっくり休みましょう?」
新たに合流した男子は、ヤマジュンと呼び親しまれている山川純一郎と、野球部のイマイチな方、山田元気の二人。ちっ、同じ野球部なら、高身長フツメンの高島君の方が良かったのに。
でも、このタイミングで新戦力が加入するとは、実に都合がいい。
陽真くんが逃げ出してから、少し進んで辿り着いた、大きな森林ドームが幾つも繋がるエリア。ここの攻略に、かなり苦戦しちゃってる。全く、情けないぞ、上中下トリオ。
この辺にはすっかりお馴染みの雑魚もいるけれど、問題なのは『ゴア』とかいう恐竜みたいな魔物。体は石みたいに硬くて、簡単に剣で一撃とはいかないみたい。
でも、恐竜だから牙とか爪とかヤバいし、凄い暴れるし、しかも必ず、群れてるし。
正直、この三人じゃあ防戦一方で、ゴアの数が五体以上になると、逃げるしかなくなる。ぶっちゃけ、コイツらを蹴散らすための戦力が足りない。
けれど、ここで男子二人の登場である。
これも、淫魔の女神様のご加護ってことでいいのかな? ウフフ、だって、私が一番頑張っているんだし、これくらいのご褒美はあってもいいよね。
「上田君、中井君、下川君、久しぶりだね。無事で良かった」
「おう、ヤマジュンも、無事で良かったな」
「もし、怪我とかしていたら教えてよ。ボクは『治癒術士』だから、ちょっとした負傷ならすぐに治してあげられるよ」
「なんだよ、ヤマジュンも『治癒術士』だったのかよ。愛莉も同じだから、俺らは戦いの怪我は大丈夫なんだよな」
「あっ、そうなんだ。それじゃあ、ボクにできることは『光矢』で援護するくらいかな。あんまり役に立て無さそうで、ごめんね」
「マジかよヤマジュン、攻撃魔法撃てるのかよ! いやー、良かったべ、やっぱりもう一人くらい、魔法撃つ奴が欲しかったんだよなぁ」
流石は二年七組の良心とも呼ばれるヤマジュン。上中下トリオとも普通にお喋りできている。
彼は元からクラスにおいて男女問わずに交友関係は広い。まだ馬鹿で根暗な処女だった私でさえ、ヤマジュンとは会話したことがあるくらい。
彼の素晴らしいコミュニケーション能力は、是非とも欲しい。女子ともそれなりに仲の良かったヤマジュンは、他の男子に比べれば女への免疫は高そうだけど……ふふ、所詮はヤリたい盛りの男子高校生。『淫魔』の私にかかれば、楽勝でしょ。
「おい、この辺はもう探索してんのかよ?」
「まぁ、してるっちゃしてるけど」
「ボス部屋は?」
「まだだけど」
「何だよお前ら、雑魚に足止め喰らってんのか? 情けねぇなぁ」
「ゴアが硬くて強ぇーんだよ。山田も戦ったら分かるべ」
早くもパーティの雰囲気を悪くすることを言っているのは、やっぱり山田元気。コイツ、フツメン以下のイモ面のくせに、やけに偉そうな言動のウザいキャラだ。俺様発言が許されるのはハイスペック超絶イケメンだけって決まってんの。まぁ、こういう身の程知らずの男って、どこにでもいるもんよねー。
でも、そういう奴に限って、チョロいんだけど。おだてると豚でも木に登るっていうし? 山田は豚ってよりもゴリラだけど。
「まぁまぁ、これだけ人数が揃ったんだから、きっとダンジョンの攻略も上手くいくよ」
「うん、そうだよねーっ! だからみんな、仲良くやっていこうね?」
そう、みんな仲良く私の下僕になれば、全部上手くいくんだから。ご褒美はちゃんとあげるから、汗水たらしてしっかり働いてよね、男共。
「――しゃあ! オラぁっ!」
思いのほか、山田が強かった件について。
ヤマジュンから聞いたけど、山田の天職は『重戦士』というちょっとレアな感じで、実際、かなり優秀な能力を持っていた。特に凄いのは、ゴアに噛み付かれても全然平気な防御力。何でも防御系のパッシブスキルが二つ重複発動しているから、異常に固いらしい。
ゲームだと防御全振りとか絶対使い物にならないけれど……現実の戦いで、大抵の攻撃をノーダメージにできるというのは、物凄い有利よね。
山田の文字通りに体を張った奮闘によって、上中下トリオがあれだけ苦戦したゴアの群れも、普通に撃退できるようになった。山田の防御力を前にすれば、ゴアの牙も爪も通じない。対して、『重戦士』として成長している山田は素で結構な腕力があるし、普通に攻撃系の武技も習得している。
うん、山田、マジで普通に強いんですけど。
「山田くぅーん! すっごーい、今日は大活躍だったね!」
「お、おう、別にこれくらい、普通だし」
私、強い男は好きよ?
顔は全然好みじゃないというか、普通にブサメンカテゴリーだけど、山田、アンタの強さは凄く魅力的。コイツ一人で、上中下トリオ三人を同時に相手しても勝てるくらい。
アンタのお蔭で、無事にゴアの縄張りエリアも突破できたし……ふふふ、今夜はいーっぱいサービスしてあげる。
最初から、嫌な予感はしていた。
姫野さんと、上田君、中井君、下川君、の四人組と出会った時、彼らの関係性は一目で分かった。そして、ソレが単なる邪推ではなく、事実であると確認するのに、三日とかからなかった。
複数の男子の中に、女子が一人だけ。しかも、ルール無用のダンジョンサバイバルときたものだ。
けれど、ある意味では彼らの関係性は健全であるともいえるだろう。姫野さんは、彼ら三人とほぼ公平に肉体関係を持っている。そして、三人もソレを許容している。恋人として姫野さんをとりあっているというより、風俗店を利用しているような感覚に近いのだろう。
三人が本当に仲の良い友人同士であり、ダンジョン攻略を進める上で信頼できる戦友である、という友情の要素を差し引いて考えても、彼らが反目せずにいられるのは、姫野さんが上手く舵取りをしているからこそ。
だからといって、このパーティが安泰だとはとてもじゃないけど言えない。男女関係の機微というのは、とても繊細で、そして、恐ろしく強固であり苛烈でもある。特にこんな状況下では、一度でも女に対する独占欲が出てしまえば、内部分裂は避けられない。
少なくない期間、三人は上手くやってきただろうし、姫野さんもそういうつもりだったはず。何かキッカケでもなければ、そのバランスが崩れることもなかっただろうけれど……変化が訪れた。
そう、ボクと山田君の二人が、彼らと合流してしまったからだ。
山田君はボクの友人で、クラスでも割とよく話はしていた。彼は少しばかり口が悪いし、自己中心的な性格ではあるけれど、根は悪い人ではない。友人であるボクには、何かと良くしてくれるし。要するに、彼の中で親切にするに足る仲間・身内と認めるハードルがちょっと高いだけなのだ。だから、認めていない他の人には、自然と当たりがキツくなってしまうだけで。
事実、ボクは山田君と二人で、無事にダンジョンをここまで進んでこられた。彼は『重戦士』として勇敢に戦ってくれたし、回復の他には戦いでは多少の援護しかできないボクに対しても文句一つ言わず、今まで守ってくれた。その行動こそ、山田君がボクという友人に対して抱く、本物の友情の証といえるだろう。ちゃんと仲良くなれば、彼はとても友達思いで、自ら苦労を背負える男なのだ。
そんな風に、山田君の性格にはとても素晴らしい面はあるのだけれど……不運なことに、この状況下では、僕の知る彼の性格は悪い方向に働いた。
「ったく、だらしねぇぞ、お前ら。もうちっと戦いで役に立ってくれよな。気合いが足りないんじゃねぇのか」
良くも悪くも体育会系な性分の山田君は、人の上に立ってしまうと割と平気でパワハラとかしてしまう横柄なタイプだ。
そして、このダンジョンサバイバルにおいて、男の立場の上下を決めるのは戦闘能力の一点に尽きる。上田君、中井君、下川君、三人の力は明らかに山田君よりも劣ってしまっていた。これで、せめて対等くらいなら問題は表面化しなかったかもしれないけれど、幸か不幸か、山田君は強かった。
だから、上下関係ができてしまったのだ。山田君は好き勝手に文句は言うし、怒鳴るし、三人の意見に耳を傾けようともしない。
でも、三人はいざ山田君と敵対すれば敗北は避けられないから、多少の反抗はしても、それ以上は強く出られない。弱いからこそ、言われるがまま。
「こんな働きじゃあ、今日も愛莉は俺のモノってことで決まりだな」
そして何よりも決定的なのは、山田君が姫野さんを独占し始めたことだ。
お世辞にも優れた容姿とは言えない山田君には、当然だけれど、彼女がいたことはない。健全な男子高校生の野球部員として、性欲も旺盛。しかし、女性に対する免疫はほぼない。
そんな彼が、姫野さんの体に夢中になるのは火を見るよりも明らかだった。
悪いことに、姫野さんもそれを良しとした。
恐らく、彼女は強い男に媚を売ることで、この過酷なダンジョンを生きることに決めたのだろう。
それを、女として最低だとか、貞操観念が云々と、否定も批判もするつもりはない。こんな状況下で、一体誰が彼女の行いを責められるだろうか。
姫野さんは、クラスで接した限りでは、とても平気で男に体を売れるような性格の女子ではなかったはずだけれど、今では何年も水商売をやってきましたというほどに、男の相手に慣れた様子。
ひょっとして、これが姫野愛莉という女子の本性だったのかも――そう割り切ってしまいたいところだけれど、そこそこ人と接したボクの経験と直感、そして天職『治癒術士』としての嗅覚が、彼女に対する違和感を肯定してくれる。
まだ推測の域を出ないけれど、恐らく、姫野さんは……
「こんばんは、山川君」
「ああ、こんばんは、姫野さん。珍しいね、一人でどうしたの?」
姫野さんと男子の関係もあって、妖精広場で休息をとる際は、意図的に二人きりになれる時間というのを作っている。目安としては二時間くらい。とりあえず、本日の二人きりの休憩時間は終了しているので、ボクらは全員、安全地帯である妖精広場で就寝していた。
眠る時はみんな好きなところで横になっていて、ボクも基本的には一人で、広場の隅にある妖精胡桃の木陰を寝床と定めている。
そして、いつも一人で静かに眠るボクの下へ、今日に限って姫野さんがやってきた。
それとなく周囲に視線を巡らせると、山田君は今日も姫野さん相手に張り切ったせいか、すでにぐっすりと眠りについている。他の三人も、静かに芝生の上で横になっているのを見ると、眠っているようだ。
となると、姫野さんがボクの下を訪れた目的は、一つしかない。
「うん、ちょっと、山川君とお話したくて」
「そう、勿論いいけど、ボクも姫野さんも疲れていると思うから、あんまり遅くならないようにね」
「あはは、もう、真面目なんだから」
「そうでもないよ。真面目そうに見せてるだけ」
ただ生真面目なだけでは、人は寄りつかない。学生同士なら、色んなバカをやってみたり、ちょっとくらい悪いコトをした方が、友情も深まるというもの。
「えーっ、そうなの? そういう風に見えなーい」
「あはは、ボクだってこう見えて、みんなと色々――なんて、話はしない方がいいかな。寂しくなりそうだし」
もう、元の世界のことが懐かしく感じてくる。パニックを起こしたり、自暴自棄になったりしないよう、気をしっかり保ってはいるつもりだけれど……ボクだって今すぐにでも、平和な日本に帰りたい。
「ふふ、私は聞きたいな、山川君のこと」
けれど、こうして微笑む姫野さんは、どう思っているんだろう。彼女は本当に、元の世界に帰りたいと望んでいるのだろうか。男子との絡みなんて一切ない、クラスの隅で静かにしている、地味な女子生徒の一人、という彼女の学生生活に戻りたいと、心から願っているのだろうか。
「あんまり、ボク自身のことは面白い話はないと思うけど――」
確認の意味も込めて、ボクは姫野さんの話に乗ることにした。
彼女に対する疑念は当初から抱いてはいたけれど、こうして二人きりで話をするのは今が初めてだ。
姫野さんとは何度かクラスで話したことはあったけれど、恐らく、いや、まず間違いなく、あの頃の彼女と、今、目の前にいる彼女は、別人といってもいい変化を遂げているはず。
こんな状況なのだ、変わることが悪いこととは言わない。けれど、程度の問題というのはある。そして何より、天職や魔法といった超常的な現象の存在するこの異世界において、人の心というのは、本当に精神的な影響だけで変質するのかどうか……ボクは、それを確かめたい。
「――うふふ、凄い、やっぱり山川君って、とっても顔が広いよね。こんなに誰とでも仲良くなれるなんて、物凄い才能だよ!」
キラキラした上目づかいで、ボクの交友関係を褒めてくれる姫野さん。
彼女はぽつぽつと語るボクの学園での話を、とても楽しそうに、そう、なかなか演技だとは気づけないほど、心から楽しそうに聞いてくれた。
うん、ここまで上手に話を聞ける姫野さんの方が、凄い才能だとボクは思うな。こんなの絶対、山田君じゃあ気づけない。
「みんな良い人ばかりだから。大抵の人は、ちゃんと話せばそれなりに分かってくれるものだよ」
謙遜じゃなくて、これは本当の話。
普通の人というのは、話が通じるに決まっている。同じ日本人で、同じ価値観を持って育っている。まして同年代となれば、共通の話題は幾らでもあるんだ。差し障りなく会話するには、何の問題もない。
勿論、普通じゃない人、話が通じない人、というどうしようもない人間も存在するのだけれど。例えば、ボクの両親だとか。
「でも、山川君はやっぱり凄いよ。人と普通にお喋りできるって、ただそれだけで凄いことなんだよ」
「ありがとう。まぁ、ボクも自分にはコミュ力くらいしか、取り柄はないと思っているし」
「それだけあれば人生大成功だよ。山川君ってホントに察しがいいっていうか、人の気持ちが分かるっているっていうか……まるで、心が読めるみたいだよね」
ソレができたら、どれだけ良かったか。あるいは、ソレが全くできないほど、他人に対して鈍くて無関心でいられれば、ボクの人生はもっと気楽なモノだったろう。
「流石に、心が読めるは言いすぎだよ」
「でもぉ、私の考えていることは、分かるよね?」
ほどほどに仲良くお喋りしたところで、距離を詰めてくる。オーソドックスだけど、上手い手だ。姫野さんの手が、それとなくボクの手へと重ねられた。
「うん、分かってるよ。ボクのところに来た時点で、察しはついていた」
「ごめんね、山川君が最後になっちゃって。私、ちゃんとみんなで仲良くやっていきたいなって、そう思っているの」
「ボクも同じ気持ちだよ」
「ふふ、でもね……それでも私、ちゃんと山川君の魅力は知ってるつもりだよ。だから、何も気にしないで。これは、私が好きでやることだから」
輪を賭けて甘い声音で、男にとっては都合の良い言い訳を囁きかけてくれる姫野さん。すでに彼女の両腕はボクの体に絡み、もう、唇が重なり合いそうな距離にまで顔も近づく。
流石にこういう経験はボクとしても初めてだけれど、なるほど、やっぱり、女の子っていうのは凄いな。男が女に溺れるのも、みんなが彼女に夢中になるのも、よく分かる。
女性の体に触れるというのは、本当に男の本能を刺激して、どこまでも魅了するものなのだ。
「ありがとう、姫野さんの献身的な気持ちは嬉しいけれど……大丈夫、ボクには必要ないよ」
やんわりと、彼女の体を押し返す。
キスの寸前。ここまで行って、断られたのは初めてなのだろう。一瞬、姫野さんは驚いたような表情をした――けれど、すぐに誤魔化すような微笑みを浮かべる。
「山川君、我慢なんてしなくていいんだよ? それとも、みんなに対して遠慮してる?」
「ううん、そんなことないよ」
「それじゃあ……私って、そこまで魅力がない?」
「いいや、違う、それは違うよ。姫野さんはとても魅力的な女性だと思うけれど、それと、ボクが断ったことは別な問題だから。強いて言えば、ボクの性癖が普通じゃない、ってところかな」
「むぅー、なにそれ、ホモなの?」
不機嫌そうな顔と声、でも、探りを入れるにはちょうどいい程度に冗談めかしている。
ホモ、か。惜しい、凄く近いけれど、そういうのとは、少し違う気がする。
「うん、そういうことにしておいてもらえると、ボクにとっても、姫野さんにとっても、都合がいいと思うんだ」
「なーんか、納得いかなーい」
「姫野さん、ボクは君の邪魔をしない。むしろ、協力してもいいとさえ思っている」
「ふーん?」
「と言っても、大したことはできないけどね。今まで通り、空気を読んで行動するし、出来る範囲で気を利かせてあげることもできる。もし、姫野さんの方で誰と一緒になりたいか、事前に言ってくれれば、ボクの方でそれとなく二人にしてあげることもできるかな」
「あっ、ソレはいいかも。四人も相手してると、やっぱり結構、気を遣うしー」
どうやら、姫野さんはボクを誘惑相手ではなく、協力相手として見ることにしたようだ。あからさまに、男を誘うような気配はすでにない。
「何か相談事があれば、アドバイスもするよ。逆に、ボクの相談も聞いてくれると嬉しいけどな」
「相談? なになに、例えば?」
「山田君とばかり寝るのは、そろそろやめた方がいいと思う」
「なんで? だって山田強いじゃん。トリオ三人がかりでも、山田なら倒せそうだし」
「うん、今はね。でも、天職は戦えば成長するんだ。三人がいつ、山田君の防御スキルを破るくらい強力な攻撃技を授かるか、分からないでしょ?」
「あぁー、なるほどぉ」
「仲良くやっていくなら、もう少し平等にしていった方がみんなも嬉しいし、姫野さんも力関係が変化する時に対応しやすいよ。勿論、自分の番が減る山田君は不満を覚えるだろうけど、その辺はボクがフォローしておくから」
「すごーい、やっぱ山川君、よく考えてるよねー」
「それほどでもないよ」
「ありがとね、フツーに感謝だよ。お礼に一発やっとく?」
「あはは、そうそう、ボクにはそんな感じでいいよ。みんなに良い顔するのも、疲れるでしょ」
「うふふ、それは山川君も同じでしょ?」
「ボクはほら、慣れているから」
「そっか、そーだよね。でも、息抜きしたくなったら、相手してあげる。手でも口でもオッケーだから、気軽に言ってね?」
「こうして姫野さんと話ができたから、しばらくは大丈夫そうだよ」
「遠慮しなくていいのに。本番じゃなかったら、浮気にならないから大丈夫だって」
「付き合ってる相手もいないけどね」
「でも、好きな子はいるんでしょ?」
しまった、一瞬、硬直してしまった。
その隙を、今や随分と男の表情を見抜くのに長けてしまった姫野さんが、見逃すはずもなかった。
「……はぁ、よく分かったね」
「そこはホラ、あれよ、女の勘ってやつ?」
どうやら、探られていたのは、ボクの方だったのかもしれない。
結局、その日の晩は姫野さんとこんな話だけをして終わった。そう、話だけで終われたということは……姫野さんは男と見れば食わずにはいられない、異常な能力、または精神スキルを持っているというワケではなさそうだ。
でも、姫野さんからは怪しい気配はするのだが、ひとまず、理性的に話し合える内は、大丈夫だろうと思う。




