第125話 ゴーマの砦・攻略戦(3)
「ブルァアアアアアアアアアアアアアっ!」
けたたましい唸り声を上げ、ボスゴーマが猛然と突進を始めた。
「うおおっ!?」
「くそっ、危ねっ!」
今正に切りかかろうとしていた山田と上田を、ゴグマは巨大カトラスと爆破杖を振るって軽くあしらい、一気に突破。ただ真っ直ぐ、親の仇でも見たかのようにボスは僕に向かって迫りくる。
「な、なんでだよ!」
と理不尽なボスの行動に叫ぶものの、傍から見ていればこのパーティの指揮官は偉そうに指示を飛ばす僕だと分かるだろうし、何より……一人だけラプターに騎乗しているのだ。
ゴーマが人間の文化についてどこまで理解しているのかは不明だが、それでも一人だけ乗り物に乗って周囲の奴らに命令を叫んでいれば、ソイツが頭だと一発で分かるに決まってる。
つまり僕の失敗は、目立ち過ぎたことだ。
「走れっ、ラプターぁあああああああっ!」
後悔も反省も全て後回しにして、僕は即座に逃げの一手を打つ。手綱を握り絞め、急速に反転して駆け出すラプターから振り落とされないよう、必死にしがみつく。
「も、桃川くん!」
「おい、どうすんだコレぇ!」
「ボスは僕が引きつけるから、ゴーヴを始末しといてっ!」
僕には全く囮になるつもりなんかないけれど、ボスにロックオンされた以上は致し方あるまい。
果たして、急な作戦変更にみんなが理解を示してくれたかどうかは分からない。すでに走り始めたラプターは塔の正門から離れてしまい、みんなの姿は見えない。ここは柵に囲まれた砦の敷地内で、門も開けてないから、外には逃げられない。競馬場のコースを走るように、グルグルとまわり続けるしかない。
「ダゴォアア! ウゴ、ンガァアアア!」
そして背後からは、おぞましい雄たけびを上げながらゴグマが猛追してくる。力士みたいな体型のくせに、疾走するラプターに引き離されないほど足が速い。恐らく『疾駆』のような移動速度強化の武技を使っているんだろう。
巨体に見合わぬ異常な速さと身軽さで、ボスは逃げる僕の背中に向かって魔法を放つ。赤い宝玉がビカビカと激しく明滅し、バレーボール大の火球が形成されるのを見た。
「撃って来る! 3、2、1――今だ!」
「キョォアアア!」
死ぬ気で奴の杖を観察し、発射のタイミングを見極め、ラプターに伝える。中身のレムは頭の良い子だから、これだけ教えてやれば、上手くラプターの身体能力を生かして回避してくれる。
そう信じて、僕は赤い尾を引いて飛来した火球が間近で炸裂するのを見た。
「――だぁあああああああああああ!」
激しい爆風と震動に揺られて、今にも吹っ飛んで行きそうだ。けれど、こうして元気に絶叫を上げていられるということは、ひとまず無事に回避は成功したということ。
立ち込めた黒煙を突っ切って、僕らはちょっと煤けただけで、まだ走り続けているのを確認できた。
よし、奴の火球攻撃は回避できないほどじゃない。そこそこの爆発力で、単発。連射も誘導性能もない。ちょっと強力な火属性攻撃魔法を撃てるといった程度。
「けど、何度も飛んできたらヤバいな……」
次は回避に失敗するかもしれない。直撃を免れても、爆風に煽られて僕が落馬しても、そこでデッドエンド確定だ。
一方的に攻撃され続けるのはまずい。通用するかどうかは別にしても、魔法攻撃を妨害するためにも応戦しなくては。
「『腐り沼』!」
ひとまず、後ろ向きに放った『腐り沼』を目いっぱいに広げる。急速に地面に広がっていく毒沼に、僕らのすぐ後ろを追いかけてくるゴグマは、避ける余裕もなく真っ直ぐ突っ込んでくるが――
「ヌガァアアアアアアアアアアアア!」
ジュウジュウと音と煙を上げながらも、ボスは勢いのまま毒沼を突っ切ってくる。酸の毒は効いてはいるが、大したダメージにはなっていないようだ。コレで殺し切るには、しばらくの間は沈めておかないとダメだろう。無論、今の僕に奴をそんな長時間縛っておけるほどの力はない。バジリスク戦並みの準備がいるよ。
「ええいっ、『蜘蛛の巣絡み』!」
次は出来るだけ固く編み込んだ『蜘蛛の巣絡み』を射出。コイツにかかれば、ゴーマは網にかかった魚みたいに囚われるが、
「オガァ!」
カトラスの一閃で、あえなく切り裂かれる。
ただ投げつけただけでは、投網を絡みつかせることでもできないか。もしかかったとしても、コイツのパワーならそのまま引き千切って走り続けるだろうし。
「それならコレは、どうだぁ!」
右手にレッドナイフ、左手に鉄の短剣、その他にも五本ほどナイフを黒髪縛りに握らせて、一斉にけしかける。
あまり出番のない僕の飛刃攻撃は、頑張れば両手だけでなく、他にも複数生やした黒髪触手もつぎ込んで飛ばすことはできる。かなりの集中力を割くが、ラプターに乗ってボスが追いかけてくるこの状況下は、実質、一対一だ。これなら、ボスへの攻撃だけに集中しても大丈夫なはず。
「ガブラッ、ブガハハハァーッ!」
しかし、奴は襲い来る幾つもの刃を前にしても、回避も防御もせずにそのまま突っ込んできて、全てを受けて立つ。胸元、肩、腹、レッドナイフなんかは頭に命中したにもかかわらず――ダメだ、全く傷がついてない!
「くそっ、どんだけ固いんだよコイツ! 『重戦士』なのか!?」
見た目にもタイヤみたいな分厚く硬そうな皮膚で、人間の肌よりもよっぽど防御力はあるだろう。けれど、それなりの品質の刃を真正面から受けて、傷一つつかずに全て弾くということは、山田と同じ『鉄皮』か『鋼身』、あるいは両方持っているのかもしれない。
「行けっ、『逆舞い胡蝶』!」
無傷のように見えても、実はカスリ傷でも負っていれば、コレで多少の苦痛は与えることができるはず。というか、どうか効いてくれ!
「ブハハハ、ハッハー!!」
「ちいっ、足止めにもならん!」
やはりゴグマは殺到する光る蝶を前にしても、躊躇なく突っ込み、そのまま突破を果たす。やはり、それなりの手傷がなければ、『逆舞い胡蝶』で傷薬Aの回復力を反転させたダメージを与えるのは無理だろう。
でも、それにしたって、初見の怪しい光る蝶の魔法を前に、そのまま受けることを選ぶとは。もうちょっと悩む素振りくらいしろよ。よほど自分の肉体に自信があるのだろうか。
ともかく、これで早くも手詰まり。
だから僕は、こういうストレートに強い奴の相手は苦手なんだって、何度も言っているだろう!
悔しいが、このゴグマはかなり強い。パワー・スピードにも優れ、おまけに防御も固く、本職ではないが魔法も行使する。これまで相手にしてきたボスの中でもトップクラスの強さ。それでいて、能力のバランスが優れている。
だからといって、ここで大人しく負けてやるつもりはない。僕にだって、まだ手の内の一つや二つくらい……
「せめて、傷一つつけられれば」
活路を開く、最初の一手がない。本来なら、山田と上田の二人が武技を叩き込んで負傷させれば良かったのだが、この状況下では仲間の援護が期待できない。メイちゃん並みのパワーがあれば、ボスの前に強引に割って入って止められるだろうけど、彼らでは跳ね飛ばされるのがオチだ。
だから、僕の手で奴の鋼の皮膚を破らなければいけないが……『腐り沼』の毒は効果が薄く、レッドナイフの火力と切れ味で突っついてもダメだった。
僕にこれ以上の攻撃力があるとすれば……
「そうだ、コイツなら」
ポケットの中に手を突っ込んで、取り出したのは一本のバタフライナイフ。ちょっとたどたどしい手つきで開いてみると、安物のナイフのくせに、妙にギラつく刃が映る。
そう、コイツは樋口が愛用していたバタフライナイフだ。せめてもの戦利品として回収したが、嫌な思い出が蘇りそうで、積極的に使ってはこなかった。
「コイツの切れ味なら!」
ゴグマを切り裂ける。不思議と、そう確信する。
左手の短剣をバタフライナイフに持ち替え、狙いを定める。恐らく、チャンスは最初の一回だけ。僕が奴の防御を越える武器を持っていると気付けば、警戒して狙ってくる。ナイフを握る触手部分を斬られてしまえば、武器を失ってしまう。
だから、狙うならば慎重に。かつ、できるだけ大きく切り裂ける方が望ましい。
「――とぉおおおおっ!?」
再び、火球が着弾。またしても大きく体を揺すられるが、どうにか耐える。
やはり、これ以上の攻撃を受けるだけの余裕もない。これで決める!
「さぁ、行けよ――『黒髪縛り』っ!」
さっきとほとんど同じように、僕は飛刃攻撃を放つ。ついさっき自慢の防御力で全て弾いてみせたのだから、次も必ず弾けると思うだろう。今更、回避なんてダサい真似しないよね?
「ブガァアアアアアアアア!」
奴らかすれば、火球攻撃で追い詰められた僕が、苦し紛れに無意味な反撃をしているように見えているのだろうか。ゴーマの顔色なんて分らないけど、不思議と奴が勝利を確信して大笑いしているように思えた。
ふん、馬鹿め。図体がデカくて、強くなっても、所詮はゴーマか。その低能ぶりに、僕は救われる。
「そこだぁ!」
絶妙な触手操作。盗賊のハイドアタックのように、静かに、素早く、動きの精度は冴えわたる。
ああ、そうか。樋口、お前はきっと、こんな感じで人を刺していたんだろう。
不思議な共感を覚えながら、僕はバタフライナイフをゴグマの背中に突き刺した。
「ンガァアアアァ!?」
硬い皮膚と肉を切り裂いていく感触と共に、ボスの苦悶の叫びが上がる。
よし、通った!
放った飛刃は全部で七本。レッドナイフは頭部付近を狙いつつ、火花を散らして目くらまし。他の五本は適当に狙いをバラけさせて誤魔化す。
どこを狙おうと奴は絶対防御の自信があるから全くの無警戒。だから、本命で飛ばしたバタフライナイフが、大きく迂回して背後を狙っても、奴は全く気にしなかった。
その結果がこれだ。
「やった!」
「ブゴォ、ムガァアアアアアアアアアっ!」
パっと血飛沫を背中から吹き上げながらも、ボスはいよいよ憤怒の雄たけびをあげて、僕へと迫る。
背中を大きく一文字に切り裂くことはできたが、全く致命傷たりえない。多少の痛みは感じたようだが、それで転倒することも、足を止めることもなかった。ダメージとしては、ごく小さなもので、戦闘の継続に影響はない。
けれど、これで十分なんだ。
「この僕を相手に傷一つ負った時点で、お前はもうお終いなんだよ――撃て、レム」
闇夜を切り裂く風切音。飛翔する一本の矢が、ゴグマの背中に突き立った。
「ンガッ!? グッ、オォアアァ……」
そのたった一本の矢で、ボスはあれほどの速さで走っていた脚がもつれ、勢いのままに激しく転倒した。
「うぉおおお、何だ!?」
「マジかよ、やったのか桃川!」
ボスと追いかけっこを初めて、ちょうど砦を一周回ってきたところ。塔の正門前でゴーヴ部隊と戦いを続けていた山田達が、盛大にゴグマがずっこけたのを見て驚きの声をあげていた。
「ボスは倒した! 塔の入り口を確保して!」
「マジで、桃川スゲぇ!?」
「嘘だろオイ……」
「でも、これで脱出できるべ!」
正確には、まだゴグマは死んじゃいない。でも、もう死んだも同然だから、関係ない。僕の勝利宣言に、メンバー達は活気づいて、襲い来るゴーヴ共を次々と跳ね除けていく。
一方のゴーヴは、あまりにあっけなく頼れるボスが倒れたことで、明らかに動揺を隠せない様子であった。士気も形勢も、一気に逆転である。
「はぁ……それにしても、上手くいって良かった」
楽勝みたいな感じだったけれど、これは僕の作戦が全て一発で上手くいったからこその結果。ただのラッキーといってもいい。
ゴグマを仕留めた矢の射手は、勿論、櫓の上に陣取り続けていたレムだ。上から見れば、僕とアイツの追いかけっこの様子はよく見えただろう。
密林塔防衛の練習で、予想以上に弓の腕を上げていたから、射程圏内に入り、かつ遮蔽物や妨害がなければ、レムの放つ矢の命中精度は結構なものだ。その腕前を信じて、僕はレムに必殺の武器を託していた。
それが『クモカエルの麻痺毒』を塗った毒矢だ。
ゴーマ相手に人体実験を繰り返した末に開発した、僕の毒薬シリーズ記念すべき第一弾であるが、如何せん、量はそれほどでもない。抽出できたのは、雑魚に使っていてはあっという間に消費してしまう程度の少量だ。
しかし、ほんの一滴肌に垂らすだけで、ゴーマはビクビクと痙攣しながら全身麻痺するという劇的な効果がある。
高威力だが少量。ならば当然、手ごわいボスにつぎ込むに決まっているだろう。
僕はここにボスがいた場合、最初からこの麻痺毒矢を使って勝つつもりでいた。麻痺で動きを封じることが出来れば、後はどうとでもなる。
そして登場したのが、このゴグマである。ゴーマと同種族であるなら、クモカエルの麻痺毒が通じる可能性は非常に高い。正直、ただのゴーマ族のボスでしかないゴグマが出てきた時、勝った、と思ったもんだ。
まぁ、僕を一点集中狙いの行動に打って出るのは予想外だったけれど。
ともかく、ボスに麻痺を通せばこちらの勝ち。確実にコイツへ麻痺毒を喰らわせるために、何としても分厚い皮膚を切り裂いておきたかった。もしかすれば、皮膚だけで麻痺毒を弾いてしまうかもしれない。
だから、体内に毒を届かせるための傷口が欲しかった。できれば、毒矢を命中させやすいように、大きな傷が望ましい。
それと、万が一に備えて、より麻痺毒の効果が上がるよう、毒消しで放った『逆舞い胡蝶』もかけておいたしね。傷薬Aの方の蝶は、ダメージ狙いというより、本命としては毒消し蝶を隠すためといったところ。まぁ、余裕ぶっこいてたゴグマ相手には、あまり意味のないフェイントだったけど。
いやホントに、上手くいって良かったよ。樋口のナイフがなければ詰んでたし、レムが弓矢を扱えなければ、麻痺毒を届かせることはできなかっただろう。
「だから一応、感謝しといてやるよ、樋口。このナイフは、凄い切れ味だよ!」
僕は手にしたバタフライナイフで、うつ伏せに倒れ込んでピクピクしながら唸っているボスの脇腹に向かって、思いっきり刃を突き刺した。そして、横一文字に切り裂く。
非力な僕でも、ザクザクとゴムタイヤみたいな質感のボスを切り裂けるのだから、本当にとんでもない切れ味だ。実はこのバタフライナイフが凄い業物だった、というよりは、何らかの魔法的な強化の恩恵をうけていると考えるべきだろう。
まさか、ガチで樋口の怨念とか宿ってないよね?
ちょっと怖い考えを振り払うように、僕は目の前の作業に集中する。ボスにトドメを、ではなく、コアを摘出するのだ。
「この辺でいいの?」
「キョァアア!」
僕が切り開いた腹の傷口に、ラプターは思いっきり頭を突っ込んだ。鋭い牙で肉を食い千切り、内臓へ食らいつき、ズルズルと腸を掻きだしてから――ついに、血塗れのコアが現れる。
「よし、コアは手に入った! 塔に急げ!」
生きたまま腸を漁られて、まだ生きているのか死んでいるのか分からないゴグマを放置して、僕らは一目散に正門へと駆けだした。
これでようやく、ゴーマのジャングルからおさらばだ!




