第124話 ゴーマの砦・攻略戦(2)
午前二時。基本的に人間と同じ生活習慣を持つゴーマは、この時刻は見張り役の戦士以外は皆、静かに寝静まっている時間帯だ。
故に、櫓から周囲を見張る弓兵ゴーヴが、夜闇の中で光る、燃える様な輝きを見つけても、すでに手遅れだった。ソレは突如として森から飛び出すなり、ラプターよりも素早い動きで、一直線にテントの集落へと向かって行った。
なんだアレは、と相方に呼びかけ、その正体を見破らんと目を凝らした次の瞬間、ゴウっ! と本物の炎が迸るのを見た。
「ンバッ、グオンガァアアア!」
敵襲を知らせる大声が櫓から反響する。砦に控える兵士たちは跳び起きて、即座に動き始めるが……集落を襲う敵は火の嵐のように、瞬く間に灼熱の災厄をまき散らしていた。
「いっけぇ、エンちゃん!」
エンガルドの背中の上で、レイナがビシっと指をさせば、その方向に火炎の竜巻が迸る。エンガルドの口から、轟々と逆巻く炎のブレスは放射された。
「ヴェエアアアア!」
汚いボロキレのテントを、燃やすというよりは吹き飛ばし、炎のブレスはそこにある命を焼き尽くす。ぐっすりと眠りこけていた安寧の世界から一転、突如として灼熱地獄に叩き落とされたゴーマは、混乱と苦痛に絶叫を上げるが……そんな声もすぐに消え去る。
エンガルドのブレスが直撃すれば、ほとんど苦痛を感じる前に焼失してしまうからだ。
悲惨なのはむしろ、激しいブレスの余波によって、燃えやすいテントに引火することで発生した火災に巻き込まれた者だ。
俄かに騒然とする集落。夜中にも関わらず、煌々と周囲を照らし出す大きすぎる炎の輝き。そして何より、鼻をつく異臭。臭い、そう感じた時には、薄らと立ち込めてくる黒い煙にも気づくというもの。
火事と断じて、誰もが叫ぶ。折り重なるように無造作に床に寝転んでいても、テントの中にいるのは皆、家族。父は声を上げて逃げろと先導し、母は子を抱きかかえて走り出す。
「燃えて、燃えて! 早く、燃えちゃえーっ!」
風が吹く。強い風とともに、広がりつつある火の手はさらに勢いを増し、今しばらくは避難の猶予があったはずの者達さえも巻き込む。一人も逃がさぬというかのように、炎の魔の手はどこまでも伸び続ける。
「グヴェェアアアアアアアア!」
「ンバァアアアアアアアアア!」
炎にまかれて、四方八方から絶叫が響きわたる。オスもメスも、大人も子供も、一切の区別なく、家族諸共、燃え盛る炎に焼かれて死にゆく。ブレスとしての威力はなく、ただ自然に燃え広がった火事によって、炎の熱さを存分に味わいながら、焼け死んでいくのだ。
「いやぁーっ! もうヤダぁ、気持ち悪い、怖い! 早く、全部、燃えちゃってよぉ、エンちゃん!」
阿鼻叫喚の灼熱地獄の中で、レイナの声は場違いなほど可愛らしく響く。そして、それはさらなる地獄を広げるための合図に他ならない。
エンガルドはレイナを背に乗せたまま勢いよく駆け出し、まだ火の手が上がっていない箇所に向けて、火球を次々と撃ち込んで行く。狙いは適当、まだ燃えていないところは、全て燃やせばいい。
放たれた火球は、逃げ惑うゴーマを群れごと吹き飛ばす。武器を持った戦士らしきオスも、丸っこい赤子を腕に抱えたメスも。老いた両親を背負った若者も。どこまでも無慈悲に、平等に、爆風は命を散らしてゆく。そうして散った先で、テントという火種を糧に、さらなる命を奪うため、灼熱の魔手を伸ばし続ける。
「んあぁー、ちょっと暑いかもー、水ぅー」
首元をペシペシ叩いて荒ぶるエンガルドを一旦停車させ、レイナは鞄から取り出した水筒を呑気に空けては、カップに注いでチビチビと水を飲み始めた。
「ゲバッ、ブベラ!」
「グバァアアアア!」
エンガルドの動きが止まったのを好機と見たか。その瞬間、炎の向こうから、ゴーマの勇ましい掛け声と同時に、無数の矢が飛び込んできた。
粗末な弓は命中率こそ低くとも、数を揃えて一斉に放てば問題ない。相手は一人と一頭。とても一足飛びで避けられないほどの範囲に、ゴーマ弓兵隊渾身の一斉射が降り注いだ。
「あー、もー、やっぱりちょっとぬるくなってるぅ」
呑気に水のぬるさに不満をつぶやくレイナに、粗削りの矢が殺到する――だが、一本たりとも、この可憐な少女の身に届くことはない。
吹き荒ぶのは、炎の風。否、それは意図的に形成される、灼熱の防御魔法である。エンガルドを中心に、ドーム状に展開される火の壁は、簡単に突き抜けられそうなほどに薄らと向こう側が透けて見えるほどだが、そこに触れたモノは瞬時に灰となる。小さな石と木の枝で作られた矢など、どれだけ撃ち込んでも、この炎の結界を突破することは不可能。
レイナはゴーマの弓攻撃を嘲笑うように、いや、そもそも気づいてすらいないように、のんびりエンガルドの背の上で喉を潤していた。
「あっ、またイッパイ出て来たよ、早く倒してよ、エンちゃん!」
威勢のいい獣の咆哮と共に、次の矢を番えようとしていた弓兵隊に、大きな火球が飛び込んで行く。その一発で、部隊は全滅。成す術もない、とは正にこのことだった。
「ねぇ、もうそろそろ戻ってもいいかなぁ?」
見渡す限りを火の海と化し、レイナは自分の役目は果たしたとばかりに声を上げる。その問いに答えたのは、エンガルドとは異なる、鋭い鳥の声。
闇夜に紫電の輝きが閃くと共に、レイナの頭上からラムデインが舞い降りた。
「えっ、何か強そうなのが出てきてるって?」
霊獣は高い知能を持つが、当然、人の言葉は話せない。だが、精霊術士たるレイナは、おおよそ彼らが何を言っているのか、思っているのかが分かる。一種のテレパシーが通じることで、レイナの常識からすれば化け物同然の霊獣達のことも、一目見た瞬間に自分の味方だと理解することができたのだから。
「そっかぁ、じゃあ、戻るのはもうちょっと後にしよっかなー」
クルル、とうめきを上げて問い返したラムデインに、レイナは子供らしく口を尖らせて不満げに言った。
「いいの! だって桃川君、私にイジワルばっかりするから嫌いだもん」
フン、とそっぽを向くような主の仕草に、ラムデインはそれ以上、余計な進言はしなかった。
「あーあ、早くユウくんに会いたいなぁ……私、もうこんなのヤダよー」
そうして、エンガルドとラムデインの二頭は、いつものようにグズり始めた主を慰めるべく、甘い声を上げ始めた。
砦の方で、激しい爆発が起こっていても、一切気にせず、ただレイナの心だけを、忠実な僕である彼らは気遣うのだった。
「――よし、今だ、行こう!」
遠目から見てもはっきり分かるほどに大きな火の手が上がったことを確認して、僕はいよいよGOサインを出す。流石はエンガルド、凄まじい勢いでテント群に炎が広がっていく。アイツが一匹いれば、コソコソと油をまいて放火する必要もないのだから、楽なもんである。あまりにお手軽過ぎて、火計と呼ぶのもおこがましいレベル。
「おっしゃ、『水霧』!」
幸先の良いスタートを切れたことで、下川も張り切って霧を目いっぱいに展開。僕らも勢いに任せて、一気に砦へ向けて走り出す。砦周辺はグルっとテント群で囲まれているから、まずはここを抜けなければ辿り着けない。
レイナはすでに三分の一ほどの範囲を火災に巻き込んでいる。この勢いなら、あっという間に全域を焼き尽くしてしまいそう。すでにして、集落は蜂の巣を突いたような大騒ぎ。離れた待機場所にいても、奴らの汚らしい叫び声は聞こえてきた。
これこそ正に浄化の炎。汚物は消毒だ、と叫びたいほどの一網打尽ぶりであるが、僕らだって火事に巻き込まれたら普通に死ぬ。なので、まだ火の手が上がっていない反対側から侵入した。
深夜二時過ぎの暗い夜の中を、ヤマジュンが放つ『光精霊』を灯火代わりに展開させて、ぼんやりとした薄明りに包まれる霧の中を進んで行く。
「どけよっ、オラァ!」
野太い怒声と共に繰り出された山田の一撃が、霧の中にフラっと現れたゴーマをブッ飛ばす。
ちょうど僕らは奴らのテントが立ち並ぶ居住地を突っ切っている最中。この辺はまだ炎に巻かれていないが、大規模火災発生の情報はとっくに集落全体に伝わっている。大慌てで荷物を手に、テントからゴーマ達が飛び出しては右往左往しているのが、霧で見えなくても分かった。
『水霧』の範囲内に入っている奴らは、ただでさえ火事でヤバいというのに、謎の霧が立ち込めて視界を奪われているのだから、尚更に焦るだろう。僕らの前に立ち塞がるのが、敵を迎え撃つべく隊列を揃えたゴーマ部隊ではなく、武器さえ手に持たない一般ゴーマがウロウロしているだけ。
先導する下川の両サイドを固めるように、山田と上田が進路上の邪魔になるゴーマを吹き飛ばすだけで、僕らはどんどん先へと進む。たまに横合いから、ワケも分からず飛び込んでくる奴もいたけれど、その辺はレムと中井がフォローして対応。僕は特にゴーマ相手に攻撃する必要は今のところなかった。せいぜい、道の真ん中に転がっていた赤ん坊らしきゴーマを、ラプターが蹴飛ばしたくらいか。
「桃川! 壁まで来たぞ!」
ついに砦を囲む丸太の柵にまで辿り着く。こうして間近で見ると、結構な高さがある。剣士や戦士の身体能力なら、ひょっとすれば登れたりするのかもしれないけど、少なくとも普通の人間では不可能。
「よし、黒髪縛り!」
僕は予定通り、黒髪ロープで編み込んだ縄梯子を放つ。『蜘蛛の巣絡み』を習得してから、ある程度までは、編んだ形を一発で放つことができるようになっている。今の僕の習熟度なら、五メートルほどの縄梯子くらい、問題なく発射可能。
「よし、かかった! 山田君、先行して!」
「おう!」
一番乗りは危険な役だが、防御に優れる重戦士なら安心して任せられる。少数くらいなら、待ち伏せされても山田の能力なら蹴散らして、上陸地点を確保できるだろう。
「いいぞ、俺に続け!」
一体か二体、ゴーマを叩き潰した音の後、山田が叫んだ。即座に、後続の上田が登り、次に下川、中井、ヤマジュンと続く。ここ何日かは密林塔の出入りで縄梯子の上り下りはみんな慣れているので、実に迅速な侵入である。避難訓練とかも、やった甲斐はあったかな。
「いいよみんな、引いて!」
最後に僕が柵の上に登ると、そのまま下りずにラプターの引き上げ作業に入る。ここで乗り捨てていくには勿体ない。というか、鋭い牙と爪のあるラプターは白兵戦力としても使える。体格も人間よりちょっと大きいくらいのサイズだから、問題なく建造物にも入れるし。
「せーの!」
掛け声と共に、僕がラプターに巻きつけた黒髪ロープをみんなが引く。僕は柵の上から見てるだけ。ほら、黒髪縛りの制御があるし?
「キョァアアア!」
男五人+レム、六人分のパワーが合わされば、小型恐竜として百キロ超の重さがあるラプターも、グイグイと持ちあがっていく。ラプターの方も、鋭い鉤爪の足をガシガシと食い込ませ、垂直の壁を走るように登りゆき――無事に踏破。
柵を乗り越えれば、あとはそのまま自由落下でラプターは降り立つ。強靭な足腰を持つラプターにとっては、この程度の高さでは落下ダメージはない模様。そして、僕は縄梯子でスルスルと降り、再びラプターの背中へと収まった。
「下川君、塔の方向は?」
「こっちだ! 砦の奴らも混乱してるみたいで、まだ俺らの侵入に気づいてねぇ、これはイケるべ!」
よし、このまま一気に塔へ突入だ――と、駆け出した僕らの足を一発で止める、大爆音が轟いた。
「――っ!?」
なんだ、と叫んだ気がするけれど、耳がキーンとなって音が遠い。
「くっ……なんだよ、爆発か……って、霧が!」
一瞬にして、白い霧で塞がっていたはずの視界が綺麗に晴れ渡っていた。砦の中は篝火が絶えず焚かれているので、こんな夜中でも十分に視界が効く。炎が照らしだすゴーマの砦の中の様子を、僕は初めて見る。
そして、何が起こったのかも、一瞬で悟った。
「そうか、アイツが『ゴグマ』だな」
開け放たれた塔の正門、その前に門番の如く立ち塞がる大きなゴーマが堂々と仁王立ち。大柄で筋肉質な精鋭たるゴーヴと比べても、ソイツは頭抜けて大きい。3メートルくらいあるんじゃないだろうか。それでいて、体格は横綱のような筋肉ダルマ。
頭の天辺からドリルみたいな捻じれた一本角が生えており、顔つきもゴーマ特有ののっぺりした魚面というより、肉食獣のように険しく、同じ種族とは思えないほど造形が異なる。しかし、そのゴキブリブラックな肌色と、ゴーヴ共を従えてふんぞり返る態度から、奴らの大将であることは明白。
これで、ただ体がデカいだけで威張っているボス猿みたいな野郎なら、さして脅威ではなかったが……どうやらコイツ、力士のようなパワー系の見た目に反して、魔法を使うらしい。
奴の野太い右腕には、カトラスみたいな形をしたバカデカい曲刀が握られていて、もう片方の左腕に、赤い玉がついた杖を握り絞めているのだ。
大柄にすぎるゴグマが握るには、随分と貧相な細い杖に思えるが、先端に誂えた鷲の足みたいな鋭い爪のついた飾りに、ガッチリとはめ込まれているルビーみたいな球体は、魔力を宿す魔石だろう。すでに風魔法の杖の本物を見たことがあるから分かる。というか、西山さんの杖からとってきた風の魔石は、貴重な素材としてまだ鞄の中に入っているし。
まぁ、魔法の杖なんか見たことなくても、赤い魔石がビカビカと明滅する度に、火の粉が散るのを見れば、その効果はお察しであろう。耳をつんざく爆音と、一発で『水霧』を払った正体は、奴が炸裂させた炎の魔法であることは明白だ。
まぁいい、これで転移用のコアを探す心配はなくなった。
「アイツがボスだ! 何としてでも倒して、コアを貰う!」
「ダヴァ、ゴブ、ダッハ、ズッダルバァアアアアア!」
僕の叫びと、ボスの雄たけびは同時に響いた。故に、互いの配下が動き出すのもまた、同時。
「うぉおおおおおおおお!」
ウチのメンバーで先頭切って飛び出したのは、やはり『重戦士』山田。鉄壁の防御力による安心感もあるだろうが、こういう場合では最適解。能力があっても、いざという時に動けない奴もいるからね。
「行けよっ、山田!」
「ボスをブッ飛ばせ!」
ゴグマに向かって真っすぐ突っ込む山田に対し、手下のゴーヴが斬りかかるが、これを上田と中井が阻止。中々に素早いフォローだ。曲がりなりにも、密林塔まで一緒に戦ってきただけはある。前衛組みの連携は悪くない。
「『光矢』っ!」
「『水流撃』ぉおおおっ!」
「レム、行け――『黒髪縛り』」
僕ら後衛組みも、即座に山田の突撃を援護。さりげに、ヤマジュンが攻撃しているところを初めて見た。蒼真桜と同じ光の攻撃魔法である『光矢』を習得しているが、その輝きの大きさを見ると、彼女のモノよりも一段劣るように思えた。
やはり『聖女』とかいう明らかに特別な天職によって魔力ステータスが恵まれているとか、光属性強化の裏スキルとかあるのだろうか。それとも、単に武器の差か。桜の弓は小鳥遊さんに強化してもらって『聖女の和弓』とかいう専用装備っぽくなってるし。
たとえ威力は桜よりも劣っていても、ヒーラー役のヤマジュンが攻撃に参加できることの意義は大きい。ほら、味方が負傷するまでやることがない、って微妙に間が持たなくない?
ともかく、ヤマジュンの『光矢』はちゃんとゴーヴを牽制できていたし、下川の『水流撃』も攻撃力は低そうだけど、足止めには十分に役立っている。
『水流撃』は消防車の放水みたいに、勢いよく水流がぶっ放される魔法だった。左右に薙ぎ払うだけで、強烈な水の圧力に押され、マッチョなゴーヴも力任せに突っ切ることができないでいた。
後衛の援護の効果もあって、ボスに向かって斬りかかる山田をゴーヴ共は止めることができなかった。みんなでしっかり、フリーにしてやったんだ。まずは一発、ボスに武技をぶちかませ!
「はぁああああああああ――『一打』!」
「ウゴァアアアアアアアアアアアアっ!」
金属バッドをフルスイング、みたいなフォームで繰り出された山田の武技『一打』と、ゴグマが右腕一本で放った剣の一撃がぶつかり合う。
ゴーヴでも『一閃』と思しき武技を使っていたのだ。ボスであるゴグマも使えないはずがない。
山田とゴグマの武技対決は、僅差でゴグマに軍配が上がる。
「くっ、おおっ!?」
クラスでトップ5に入る重量級のはずの山田の体が、押された。けど、その程度だ。
山田は高い防御力を誇るが、一方、攻撃力やパワーは並みの戦士。つまり、武技を使えば上田も中井も同様に、一発まではボスと切り合えるということになる。
ゴグマ三人まとめてブッ飛ばすほどの、圧倒的なパワーがあればお手上げだったが……大丈夫だ、僕らとアイツに、そこまで絶望的な能力差はない。
「ウゴ、ンゴ、ブンガァアアアアアアアア!」
そこで、奴の魔法が炸裂した。
武技に押されて体勢を崩した山田に向かって、ゴグマは間髪入れずに左手に握る杖から魔法を、というか、その杖は実は棍棒だったとでも言わんばかりに、思いっきり叩きつけていた。
素早い二連撃に、山田は避けることも防ぐことも叶わず、直撃。
真っ赤な爆炎が瞬き、耳に爆音が突き抜けていったと同時、山田の体は凄まじい勢いでぶっ飛んで行った。
打撃と同時に爆発する魔法なのか。自分に爆風ダメージは喰らわないのかよ。ゴグマは頑丈だから平気なのか、それとも使用者には爆風は及ばない仕様なのか。どっちにしろ、躊躇なく思いっきりぶっ放した以上は、普通に使っても問題ない爆破攻撃なのだろう。
なんて、敵の魔法攻撃を冷静に分析していられるのは、吹っ飛ばされたのが山田だからだろう。別に好き嫌いの問題じゃなくて、あれくらいの爆発力なら『重戦士』の防御力で防ぎきれる。流石に痛いかもしれないが、重傷ではないはず。
「山田君!」
ヤマジュンだけが、心配そうに彼の名を呼ぶ。大丈夫だって、まだ治癒魔法の出番はないはず。
「ぐっ、くそぉ……アイツ、強ぇぞ」
地面を転がった山田は、そんなことを言いながらのっそりと起き上がる。ほらね、やっぱり大丈夫だった。
「おい、どうするよ、ボス結構強そうだぞ」
「俺らがアレ喰らったらヤベーな」
ゴグマの一際大きな巨躯と、インパクト抜群な爆破魔法を前に、前衛担当の剣士・上田と戦士・中井はややビビっている模様。あんなのと切り合えって言われたら、そりゃあ怖いに決まってる。
けど、すでにしてボス戦の幕は切って落とされている。ビビって足踏みしている場合じゃあない。
「山田君と上田君の二人でボスを狙って! 残りはゴーヴを抑えるんだ!」
「ウブラァ、ブダッ、ガヴォアアアアッ!」
とりあえず適当に戦闘指示を叫んだ。幸い、全員が自分の役割を理解し、すぐに動き出してくれた。
ここであと一拍、動くのが遅れたら一気に劣勢になっていただろう。ゴグマが叫んだゴーヴへの命令は、僕の指示の直後だったし。
ゴグマは先陣を切って突っ込んできた敵の戦士、つまり山田を見事に吹き飛ばしてみせたから、ゴーマ軍からすると士気が上がる光景だった。ここで一声かけるだけで『コレはイケる!』と勢いに任せて部下のゴーヴ共も元気よく攻撃を始めるのだ。
「――広がれ、『腐り沼』」
奴らの勢いに呑まれる前に、何としてでも食い止める。ああ、こういう時は、広範囲に効果が広がる『腐り沼』は便利だよね。
両手の呪印から左右に血を飛ばし、両側に二つ展開。ナイトマンティスのように羽で飛ぶこともできないゴーヴにとって、地面に大きく広がる毒沼は重傷を覚悟しなければ超えられない危険な障害物と化す。
「撃ちまくれ!」
「『光矢』!」
「『水矢』!」
光と水の矢が、猛毒の水辺を前にたたらを踏んだゴーヴへと襲い掛かる。
魔法の矢に混じって、鉄の矢じりの普通の矢も飛来してきた。コレはレムの援護射撃。
最初に攻撃を命じた時、僕はレムだけは別な指示を与えていた。狙いは、僕らが立っている地点から最も近い位置に建つ、見張り台の櫓だ。
ここにはまだゴーヴの弓兵がいるはずだから、戦闘が始まれば奴らは頭上から僕らを狙撃し放題。流石に放置しておくには危険すぎるので、僕が黒髪縛りで縄梯子だけかけておいて、後はレムがこっそり侵入し、弓兵を始末させる。
そして今、櫓の上から放たれる矢が、僕らではなくゴーヴに向かって飛んで行っているのを見れば、レムの櫓制圧は成功したようだ。もっとも、この騒ぎの中で櫓がどうなっているか理解しているのは、僕だけだろう。ゴーヴ共も山田達も、櫓の方になどまるで注意を向けてないからね。
とりあえず、これで櫓の方は一安心。僕も集中して、援護に参加しよう。
といっても、僕にカッコよく発射できる攻撃魔法はないので、沼から『赤髪括り』の束を生やして、届く範囲の奴らに嫌がらせのような酸攻撃をしかけた。
筋骨隆々で気力体力に優れるゴーヴは『赤髪括り』で叩きつけられても、そう簡単には倒れない。けれど、こういう状況ではとりあえず負傷させれば十分だ。
トドメ、あるいは致命傷を与えてくれる仲間がいるのだから。
「はぁああああああああっ、『乱撃』っ!」
ゴーヴの足止め役には戦士・中井を残してある。ギリギリまで奴らが迫って来ても、彼が始末してくれる。
中井にとって最大威力である武技『乱撃』は、その名の通りに連続攻撃の技だ。タフな魔物にも、武技の威力を連続で叩き込むことで一気に致命傷を与えられそうな必殺技だが、援護の攻撃魔法か僕の酸攻撃で手負いになったゴーヴを始末するには、その連撃の内の一発だけで十分。
負傷を厭わず強引に僕ら後衛組みの攻撃を突っ切ってきたゴーヴは、中井の『乱撃』によって次々と切り倒されていった。彼が振るう芳崎さんの斧も、流石の品質で、まだまだ奴らをぶった切れそうだ。
そうして、上手くゴーヴの突撃を征した隙に、山田と上田のコンビはボスへと肉薄していくが――
「ウゴ、ブルア、ダヴァ!」
叫ぶゴグマの視線は、何故か目の前まで肉薄している前衛二人には向けられていない。奴は興奮した血走った眼で、真っ直ぐに――僕を睨んでいた。
「あっ、マズい……」
狙われた。そう、直感で理解した。




