第123話 ゴーマの砦・攻略戦(1)
さぁ、いつでも来いよ。
そんな僕の気持ちに応えるかのように、その時は訪れた。
この日、久しぶりにクルミも交えたささやかな昼食の後だった。
「キョッ、キョッ、キョワァアアアアアアアアアアア!」
けたたましい鳴き声が響きわたる。この声は、屍人形にしたラプターのものだ。
レイナとは別に、ラプターには常に塔の周辺に偵察に出している。それが戻ってきて、大声で僕を呼んだということは――
「来たか。いよいよ、この塔ともオサラバだね」
敵の襲来を確認し、僕らはついに密林塔を出発する。あらかじめまとめておいた荷物を手に、避難訓練もしておいたお蔭で、静かに、それでいてスムーズに塔を出る。
「ضباب المياه مخبأة――『水霧』っ!」
下川がフル詠唱で、気合いを入れて霧を展開する。あっという間に辺り一面、真っ白い霧に包まれ、何も見えなくなった。今にも、霧の向こうから下品な笑い声と共に、汚らしい舌が飛んできそうな気がするよ。横道戦はちょっとしたトラウマだよね。
「よし、行こう。まずは、急がなくてもいいから、静かに進もう」
視界不良の霧の中、唯一、先を見通せる術者の下川を先頭にして、僕らは一列になって慎重にジャングルを歩き始めた。はぐれてしまったら大変だから、険しい山を登山する時のように、黒髪縛りのロープでお互いの体を結んでいる。
「ウォオオオオオオオオオ!」
「ンガァアアアアアアアアアア!」
歩き始めてほどなくすると、けたたましい叫び声が響きわたって来た。
「どうやら、始まったみたいだね」
緊張の面持ちで、僕の前を行くヤマジュンが言う。
ゴーマ襲来、を察知したのは僕のラプターと、レイナが偵察に飛ばしたラムデインだけ。誰も実際にゴーマ軍団を目撃してはいないが、わざわざ僕らが肉眼で確認できるまで接近してしまっていたら、逃げるタイミングを失ってしまう。この場合は、僕を信じて行動するしかない。
そして、大勢のゴーマがあげる騒がしい声を聞いて、本当に大軍が塔に押し寄せたのだと実感できる。僕としては、むしろ奴らの声が聞こえて一安心といったところ。
「塔は大丈夫かな」
ヤマジュンが小声で、不安そうに聞いてくる。
「どうだろう。まだ戦いは始まったばかりだと思うけど」
残念ながら、レムの視界を共有して見るとかはできないので、僕にも塔がどういう状況になっているのかは分からない。分かることと言えば、レムと三号四号が健在かどうか、ということだけ。泥人形は破壊されると、呪術としての繋がりが切れる様な感覚が、何となくするので分かるのだ。
「今は、先を急ぐしかないよ」
「うん、そうだよね」
もう後戻りはできない一歩を、僕らはすでに踏み出してしまっている。その意味を、みんなも薄々感じているだろう。僕らは深い霧の中を、黙って進んで行くより他はなかった。
そうして、強い緊張感を覚えながら丸一日の行軍を続けた。酷く疲れたが、流石のレイナも文句を言わず、っていうか、アイツはエンガルドに乗ってるだけだから楽チンだけど。まぁ、僕も自作の鞍と鐙で、乗り心地がマシになったラプターに騎乗しての移動だったから、随分と楽させてもらったけれど。
ともかく、各自が精一杯に進んだお蔭で――無事に、僕らは、目的地へと辿り着いた。
「アレが、ゴーマの砦か」
ちょうど、僕らは切り立った崖の上に出るような形となって、ゴーマの砦、と呼ばれる場所が一望できた。
周囲一帯は、円形に木々が伐採されて拓けている。そのど真ん中に、密林塔と同じくらいの高さを持つ、石の塔が建っていた。違いは、一階部分に太い円柱に支えられた造りの平屋みたいな神殿が繋がっていること。
これまでの遺跡の構造から考えて、あの塔の最上階か地下室に転移魔法陣があるのだろう。
砦、と呼ぶべき部分はこの建物群を中心に構成されている。周辺には粗末ながらも、太い丸太を突き立てた柵がグルっと一周張り巡らされていて、四隅には櫓も立っている。遠目に、櫓の上には弓を持ったゴーマ、いや、あの体格からしてゴーヴか、弓兵が二人一組となって配置されていた。
門は正面に一か所。ここにも槍と斧をもった筋骨隆々の逞しい体格のゴーヴが立っている。他にも、歩哨のように、武器を手にそこら辺をウロウロしている奴らが見えた。
やはり、僕らの密林塔の攻略に出かけていても、本丸の防備は手薄にはしなかったようだ。
「けど、ここは砦っていうより、完全に奴らの集落だよね」
砦の外には、汚い布やら毛皮やらをつぎはぎしたような、粗末な造りのテントが幾つも広がっていた。どうやらゴーマの建築能力は、木造家屋を建てることはできないが、丸太を支柱としてテントを張るくらいはできるようだ。
よく見れば、ゴーマ達が忙しなくテントの間を行きかっている様子が窺える。僕はこれまで、奴らが武器を持っている姿しか見てこなかったが、土器みたいな食器や、袋イッパイの食材を抱えて、点々と設置されている竈に集まって食事をしているところを見ると、この異世界に住む住人なんだと実感する。さらによく観察すれば、メスらしき個体や、明らかに子供と思われる小さな個体も見えた。
どうやら、ゴーマのメスは胸が膨らむのではなく、腹が膨らんでいるようだ。妊婦のように、丸々と腹部が大きくなっている。もしかしたら、見かけた奴が全員、妊婦なだけかもしれないけど。あと、色も真っ黒ではなく、茶褐色。ますますゴキブリっぽい色合いで、キモさがヤバい。
「桃川くん、どうするの? 前に来た時と、あまり砦の様子は変わってないように見えるけど」
「まずは、少し休もう。ずっと歩きずめで、みんな疲れているし」
「大丈夫かな?」
「もう陽も暮れる。奴らも夜中にジャングルは歩けないから、明日の昼ごろまでは、まず本隊は戻ってこないはずだよ」
砦攻略の時間的猶予は、僅かだがあるはず。このまま焦って、疲れた体で突撃するのはちょっと勘弁したい。
それに僕としても、砦全体を眺めた上で、攻略の作戦……というほど立派なものじゃないけど、手順は決めておきたい。
日が暮れて見えなくなる前に、軽くノートに全体像をスケッチして、簡単な地図にしておこう。
「今の内に、食事も済ませておいて。何なら、仮眠をとってもいい。砦には、夜襲をかけるから」
「分かった、みんなに伝えておくよ」
さて、どうするか。ここまで偉そうに主導権を握ってはみんなを引っ張って来たものの……参ったなぁ、あの砦、結構、守りがしっかりしているぞ。
すでに、塔に残してきたレムと三号四号の反応は消えてしまっている。僕らが歩いた道のりの半ばまでは、反応があったことを思えば、かなりの時間、奮戦してくれたことが分かる。
レムの働きぶりを思えば、しばらく休ませてあげたいところだけど、
「――『汚濁の泥人形』」
あらかじめ、再召喚のために用意しておいた基本素材とラプター素材の余剰分を使って、僕はレムを創り直した。
「ありがとう、よく頑張ってくれたね。でも、ごめん、砦攻略のために、もうひと頑張りしてくれ」
「ガ、ガガ!」
任せろよ、とばかりに元気なポージングで返事をくれるレム。温存しておいた、メインウエポンである野々宮さんの槍と、サブウエポンの短剣、あとは厳選した弓矢を与えれば、今すぐ突撃できるぜと言わんばかりの、ヤル気を感じられた。レム、お前はいつも元気で羨ましいよ。
三号、四号は作らない。というか、作る余裕がない。魔力もないし、無理して作っても、大したスペックのない泥人形が二体増えたところで、さほど戦力には貢献しないだろう。
改めて、現有戦力を確認しておこう。
まずは『呪術師』の僕。騎馬として、屍人形のラプターが一頭。ラプター素材で強化したレムが一人。
前衛は『重戦士』山田、『剣士』上田、『戦士』中井。後衛は『水魔術士』下川、『治癒術士』ヤマジュン。
そして、どこにも組み込めないフリーター、もとい、独立遊撃隊長『精霊術士』レイナだ。
やはり攻略の要は、どこまで上手くレイナを使うかにかかっているだろう。コイツが本気になってくれれば、正直、正面突破も普通にイケるんじゃないかと思うくらいだが……あまり負担をかけさせると、ヤケになって逃げだすかもしれないしなぁ。
いや、逆に考えれば、逃げ込む先である転移魔法陣から遠ざけておけばいいのではないだろうか。そうだ、レイナの能力なら、一人だけ分断されても、戻って来れるだけの力もあるし。
「ヤマジュン、みんなを集めて。作戦が決まったよ」
息を潜めて、それぞれ小休止していたところを、ヤマジュンが声をかけて全員集める。メンバーを集合させる、という些細なことでも、人によっては集まりに差ができるもんだ。きっと、僕が直接声をかけるより、ヤマジュンが呼んだ方がみんな早く動くだろう。
「で、どうすんだ桃川。このまま一気に行くのか」
まぁ、そう焦るなよ山田。作戦説明するって言ってるだろうが。
「まず、転移魔法陣はあの塔の中にあると思う。だから、あそこに潜入するのが第一目的になる」
すでに日は沈んでいるから、僕が夕暮れの中に急いで描いておいたゴーマの砦の略地図を、みんなで囲んで眺める。
「つっても、門は締まってるし、見張りはいるし、木の柵だってあるだろ」
上田がまずパっと見で分かるレベルで気にするべき点を問う。単純だが、その分だけクリアが難しい。
「基本的には『水霧』に隠れて、僕の『黒髪縛り』で縄梯子をかけて、柵を乗り越えて侵入する。塔の扉が閉まっていても、窓は開いていたから、そこも縄梯子をかけて入ればいい」
塔の窓辺は、密林塔と同じく開きっぱなしで、ガラスは勿論、戸もついていない。後から板などで塞ぐ、などの処置も施しているようには見えなかった。
上手くいけば、霧に紛れて戦うことなく塔まで侵入できるかもしれない。
「でも、そこまで上手くいくか? いくらゴーマでも、自分のところに霧が出たら警戒するべ?」
まぁ、そうだよね。
砦含む集落周辺は、木を切り倒してある程度の範囲まで見通しが効く。だから、僕らが接近するには、割と遠くから霧を展開させなければ、姿を隠して近づくことはできない。
櫓に陣取る弓兵ゴーヴからすれば、あからさまに怪しい霧の塊が、ゆっくり砦に向かって接近してくる様子が、上から良く見えることだろう。きっと、僕らが柵に辿り着くよりも前に、異常事態発生と判断して、鐘とか太鼓とか鳴らして、危機を伝えるだろう。
「うん、だから、陽動作戦を仕掛ける」
「陽動? っていうと、えーっと、相手の注意を引くような騒ぎを起こす、ってことだよね?」
「そう、ゴーマのテントの集落に、火をつける」
奴らの集落は、凄い小規模ながら、城下町、というべき構成だ。柵に囲まれ、櫓が立つ、堅固な守りを誇るのは、あくまで中心にある砦だけ。そこから同心円状に広がる一般ゴーマの集落は、ただテントが並んでいるだけで、他に防衛設備は何もない。
夜闇にまぎれて接近して、放火をするのは容易い。松明の油もまだあるし?
「え、ええぇ……」
素晴らしい作戦だと思うけど、いくらゴーマ相手でも、明らかに一般市民みたいな奴らの住居に火を放つのは非道に感じるのだろうか。みんなの反応は、あまり芳しくない。
「気にすることないよ。あそこにいるのは全部ゴーマで、メスだろうが子供だろうが、どうせ僕らを見れば牙を剥いて喰らってやろうと襲い掛かってくる、ただの魔物だよ」
その代り、人型で、まるで人間のような生活を送っているけれど。でも、その程度の理由で、殺すのに躊躇することはないだろう。僕らのご先祖様だって、ネアンデルタール人とか絶滅させたんでしょ?
「問題なのは、誰がこの陽動をやるか、なんだけど――綾瀬さん、お願いするよ」
「ええーっ!?」
あからさまに驚くリアクションが果てしなくウザい。いいから黙って引き受けろよクソニート、と思うのは流石に勝手だろう。レイナじゃなくても、こんな捨て駒みたいな役目、絶対に御免だし。
「危険な役だけど、これができるのは綾瀬さんしかいない。エンガルドで火を付けながら、派手に暴れ回って、僕らが塔を確保したところで、ラムデインに乗って戻ってくればいい」
陽動として、テント群を瞬時に火の海にする火力、集まって来たゴーマを蹴散らすだけの戦力、そして、最後に転移魔法陣の塔にまで帰って来れる機動力。
全て揃っているのは、優秀な霊獣を従える、精霊術士のレイナ以外にはありえない。
「綾瀬さんができなければ、多分、砦は攻略できないから」
僕らは僅か六名で、敵の本丸に乗り込むことになるのだ。正面切っての戦いとなれば、ゴーマの数に押されてあっという間に全滅だ。
けれど、集落が火の海と化せば、慌てて消化に砦の兵も飛び出てくるだろう。レイナが暴れ回れば、敵の襲撃だと分かって、さらに兵力を繰りだす。
砦から兵を引き離すことができれば、僕らだけでも塔を占領できる可能性はぐんと上がるはずだ。
「れ、レイナちゃん! 俺も一緒に行くから!」
「山田君、それは無理だよ。塔の確保にも戦力はいるし、山田君じゃあラムデインも運んでくれないと思う」
つまり、レイナ以外のメンバーが陽動側に参加しても、最終的には置き去りになるのだ。無駄な犠牲のお手本みたいなパターンになるよ。
流石に死亡確実の置いてけぼりと言われれば、山田も食い下がれない。ええい、泣きそうな顔をするな、女々しい!
「綾瀬さん、申し訳ないけど、ここは桃川君の指示に従ってもらえないかな……きっと、ボク達みんなが生き残るには、この作戦しかないんだ」
お、流石ヤマジュン、ここで説得モードに入ったぞ。
「えぇ、で、でもぉ……私、怖い……」
「大丈夫だよ、エンガルドとラムデインがいれば、綾瀬さんはゴーマなんかに負けたりしないよ」
いやホント、お世辞じゃなくてマジでその通り。僕がこの二体を従えていたら、二つ返事で陽動作戦に参加してやんよ。それくらい、霊獣は強いのだ。
「お願いだよ、ここで綾瀬さんが頑張ってくれれば、みんなで生き残れるんだ」
それから、僕らは固唾をのんでヤマジュンのネゴシエーションの成り行きを見守り、この期に及んでゴネ続けるレイナの態度にイライラさせられながらも、ついに、
「……うん、分かったよ、しょーがないなー」
「ありがとう、綾瀬さん!」
無事、交渉成功。作戦実行にあたって、最大の山場を越えた。
いやこれ、ヤマジュンいなかったら完全に詰んでたよ。僕だったら絶対、こんな粘り強い交渉なんてできないから。僕じゃなくても、途中、誰も口を挟めなかったし。
「よし、これで決まりだ。綾瀬さんがテントに火を放って陽動。騒ぎになったところを見計らって、『水霧』で隠れて砦に接近。そのまま、一気に乗り込んで塔を確保する」
一度中に入り内側から正門を閉じれば、それなりに時間稼ぎもできるはず。僕らが塔内部のゴーマを殲滅して、転移魔法陣を探すくらいの時間は確保できる。
「問題は、転移魔法陣を動かすためのコアを持つ、ボスがいるかどうか。多分、ゴーマの大将らしい『ゴグマ』がいると思うけど、もしかしたら普通にボス部屋のボスモンスと戦闘になるかもしれない」
起動用コアについては、あとはもう完全に博打だ。最悪、ゴグマすらいない可能性もあるし……けれど、魔法陣のコンパスが頑なにこの砦を示し続けていることを思えば、僕らが転移する場所はここしかないのだと、信じるしかない。
「ぶっつけ本番で、退路のない背水の陣だよ。作戦決行は深夜2時にする。あとは、覚悟を決めて、砦に挑もう」
2018年1月19日
黒の魔王第6巻が発売中です。呪術師は読んでるけど、黒魔の方はまだ・・・といった方がいれば、是非この機会に読んでいただければ。そして、あわよくば書籍も購入いただければ。どうぞ、よろしくお願いします!




